中丸美繪ブログ

モーストリー・クラシック誌上で井口基成伝連載中。小澤征爾伝も引き続き執筆中。
その取材と裏話


小澤征爾という神話・・・講演を行いました。

2018-07-04 11:35:33 | 日記
6月初旬、東京・六本木の国際交流会館・・・重要文化財だそうです・・・において、「小澤征爾という神話」の講演をおこないました。
主催は、大阪にある國民会館。
これは鐘紡を創設した武藤山治を顕彰する組織で、その建物も歴史的なものとなっているようです。

当日は、約2時間にわたり、小澤征爾さんをめぐって資料から明らかになった小澤像や、関係者の取材のなかで浮かび上がってきた新事実についてなど、講演しました。

また日本人ばなれした小澤さんのリズム感・・・の紹介として、CDも聴いていただきました。
選曲はベートーヴェンの7番。朝比奈隆指揮・NHK交響楽団と、小澤指揮サイトウ・キネン・オーケストラを連続して、聴き比べてもらいました。
この比較鑑賞は評判がよかったです。

本当にまったく違います!

この講演の抜粋が、國民会館のホームページにのることになるようです。

言葉たりないところもあるけれど、概要は知っていただくことができます。

現在、拙著「小澤征爾という神話」は推敲段階。
今年、小澤さんは、松本でのフェスティバルで指揮はしないけれど、現地には滞在するようです。

すでに猛暑の夏!
体力を温存してほしいですね。

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小澤征爾さん入院ー奥志賀高原ー愛子さまスキー

2018-04-09 16:28:37 | 日記
小澤さんをめぐる本のために、小澤さんを追って何年がたつだろうか。

先日、大動脈の異変で入院の小澤さん。
検査も長引き、水戸室内も別府のアルゲリッチ音楽祭もキャンセルとなってしまった。

これでは、いよいよ夏の松本のフェスも??とおもいきや、夏の復帰をめざすという情報がはいってきた。
さすが、小澤さんである。

週末わたしは、なんと志賀高原へいった。
ここは小澤さんがまだ桐朋学園在学中、恩師斎藤秀雄らが好んでスキーにきていた場所である。
さらに、斎藤秀雄が最期に生徒たちを指揮した桐朋の合宿もおこなわれた場所である。
このとき、斎藤が指揮した「ディヴェルティメント」を小澤さんは、サイトウ•キネン・オーケストラのテーマソング?のようにしていて、アンコールやだれかが亡くなったとき、ご自分の病からの復帰で長い曲が指揮できなくなったときなどにとりあげてきた。

小澤さんは、志賀高原より、もっと山にある奥志賀高原で室内楽セミナーを長年おこなっている。
この奥志賀高原との縁も、そもそもはスキーからだった。
小澤さんは「どんな貧乏なときでもスキーをしてきた」というほどのスキー愛好家である。
病を得てからも、ひとりでも新幹線で奥志賀高原にむかったものである。
ケネディ賞を受賞した小澤さんは、その前かあとかどちらだったか、キャサリン・ケネディ前駐日米国大使とも滑っている。


ここに、小澤さんは別荘ももっている。
それは、奥志賀高原でスキー学校を開いている杉山進さんから土地を買ったものだ。
杉山さんは、コルチナ冬季オリンピックのアルペンスキー選手。
オーストリア国家が認定したスキー教師の資格をもつ。
スキー学校の先駆けのかたである。
この方が、小澤さんのスキーの先生でもある。
お歳は、小澤さんより三つ上。
そもそもは、小澤さんの子供たちが学校からいったスキー学校が杉山さんのところで、その縁で、小澤さんと杉山さんは出会う。
そんな縁で、小澤さんは杉山さんのスキー学校を借りて、そのカフェテリアや講堂やらで、室内楽セミナーをおこない、その最終日に、長野電鉄が小澤さんのためにたてた「森の音楽堂」で演奏会をおこなってきた。


杉山さんにお電話をする。
「こんど奥志賀にいくのですけど、どなたかに子供にスキーを教えていただきたい」
「その週末、僕は仕事なんだ、会いに行きたいけど、残念だなあ」

こうして奥志賀高原にでかけ、杉山スクールの先生に指導をうけることに。

シーズンが済んだこの時期の奥志賀は、客も少ない。
驚いたことに、外国人従業員が多い!
当然、客も欧米人、少しのアジア系。

小澤さんのために長野電鉄がたてた「森の音楽堂」は、ひっそりと静まりかえっている。
この音楽堂、どのくらいつかっているのか。
スキーが釜の飯よりも好きという夫がつぶやく。
「小澤さんのためにたてたのだろうけれど、あまり使われていないようだな。長野電鉄は、そんなお金を、長野行きの直行バスを出すとに投入すれば、もっとスキー客が集まるだろうに。この時期でもまだまだ奥志賀高原はスキーができるんだ。アクセスが悪すぎるから客があるまらない・・・」などと、スキー第一主義の発言をする。

たしかに少ない。
スキー人口はますます減っているようで、下手な私は、間違った方向に滑って行って、マイゲレンテ状態が続いた。
だれもいない森のなかを滑る・・・・・これはたいへんに気持ちがいい!!!
増えてほしくない。、、、、スキー客。
でも、夫は経済人でもないのに、繁栄を口にする。

志賀高原の地元発行の冊子によると、愛子さまも、三月末にはいらしたようである。
そうそう、ここには毎年、皇太子夫妻がいらしているのだ。杉山さんが指導にあたられてきた、とも聞いた。
愛子さまもお小さいときから滑っているのだろう。
上級コースを滑られるほどの腕?というか、足?をもってらっしゃるらしい。
颯爽たる滑りのほどを見せる写真が掲載されていた。

小澤さんは、一時軽井沢で講習をおこなうことをめざしていた時期がある。軽井沢が天皇ご一家の保養地の一つであるとすれば、ここ奥志賀高原は、皇太子ご夫妻の保養地の一つ。
天皇になられたら、ここ奥志賀高原の注目度があがるのでしょう。

昨日は雪が降った。
奥志賀高原ではまだまだ春スキーが楽しめそうである。
小澤さんが、この冬もスキーをしたかどうか。ひとりで新幹線にのってでも、冬の長野に通った小澤さんである。
ぜったいに滑ったと確信している。そのときちょっと息苦しく感じたのかしら。それで検査にいったら____
ということもありそうである。

夏の松本での復活、楽しみにしています。





コメント

小平奈緒選手の伯母様は、松本での小澤征爾フェスのー

2018-02-19 15:11:27 | 日記
小平奈緒選手、金おめでとう!!!
オランダへの留学!!!!決意!!!!
一発勝負を仕留めるこの美しい、マニッシュな獣。彼女の伯母様は、ー小澤征爾さんが松本市で行なっているフェスティバルの仕掛人、元エプソン勤務の武井勇二さんのおくさまえです。チトヤヤコシイ?。

武井さんは、1980年代、小澤さんがどこかでフェスティバルができないか、といったときに、エプソンの中村社長ー世界で初めてクオーツ時計を開発したーを口説いて、スポンサーとして、松本にフェスティバルを持って来させた仕掛人なのです。
以来、ご本人曰く、おいらが先に死ぬか、小澤さんが逝くか、ーというくらいで、フェスティバルの要、総合コーディネーターを務め、小澤さんを支えてきました。
この武井さんの奥様が、小平奈緒選手のおばさまのみちこさま。
活発で、シャキリとなさっている素敵な方で、
フェスティバルのときの演奏会でも、私が〜すぐにおそばに寄りたくなる方です。
なんでもみちこさんは、わりあい最近登山をはじめられ、で、こノー奥様、ーさすが、ガンガン登られてるいうです。
一方で、勇二さんの方は、諏訪交響楽団では若いときにヴィオラ弾いていたくらいで、そんな若いときに小澤さんとしりあったくらいの音楽狂。
みちこさまに付き合って登山することもあるらしいのですが、滑落もあって。。。。。
しかし、ともかく、
世界一というのは、epsonにしろ、小平奈緒選手にとって、みじかなものだったようです。
小澤さんも、比べることが難しい音楽だけれど、世界一と言われるオペラハウスの音楽監督でした!
このオリンピックがはじまってから、毎日武井さんのことも、おもいだしていたわたしでした。

なおさんおめでとうううううう!!!!!!


コメント

大学センター試験に出た朝比奈隆

2018-02-10 11:48:23 | 日記
ありがとう!!!

のぶのぶさーん!!
朝比奈先生の記述は、センター試験世界史BP.46
第4問C文にありますーとのこと!!!
シュテルン氏がらみでしたか!!!
今年はムーミンでも話題になったけれど、一般常識のようなものが問われる時代になったのかな、、、、
そういえば、かつての、戦前の旧制高校は、教養主義で素晴らしかったといったのは、朝比奈さんの親友、住友と三井銀行を合併させた、三井住友銀行最高顧問となった伊部恭之助氏でした!
ー伊部さが語る朝比奈さん、学生時代のやんちゃでおっちょこちょいの朝比奈さん、「オーケストラ、それは我なり、朝比奈隆四つの試練」ー試練のーその2にかかわってきます!!
お懐かしい朝比奈さーーーーん!!!!

試験に登場して、さぞかし喜んでいるでしょう。

「書くのは自由だ」といって、書く権利と自由を認めてくれたうえで、色々ー語ってくれたあああ。
大人物です!!
そんな巡り合った人が、歴史のなかに生きるのを見るのは、格別なものです。
コメント

大学センター試験に出た朝比奈隆

2018-02-09 10:26:25 | 日記
ありがとう!!!

のぶのぶさーん!!
朝比奈先生の記述は、センター試験世界史BP.46
第4問C文にありますーとのこと!!!
シュテルン氏がらみでしたか!!!
今年はムーミンでも話題になったけれど、一般常識のようなものが問われる時代になったのかな、、、、
そういえば、かつての、戦前の旧制高校は、教養主義で素晴らしかったといったのは、朝比奈さんの親友、住友と三井銀行を合併させた、三井住友銀行最高顧問となった伊部恭之助氏でした!
ー伊部さが語る朝比奈さん、学生時代のやんちゃでおっちょこちょいの朝比奈さん、「オーケストラ、それは我なり、朝比奈隆四つの試練」ー試練のーその2にかかわってきます!!
お懐かしい朝比奈さーーーーん!!!!

試験に登場して、さぞかし喜んでいるでしょう。

「書くのは自由だ」といって、書く権利と自由を認めてくれたうえで、色々ー語ってくれたあああ。
大人物です!!
そんな巡り合った人が、歴史のなかに生きるのを見るのは、格別なものです。
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