リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

リュートの調弦の仕方(6)

2023年09月23日 14時17分16秒 | 音楽系
Bradley Lehmann氏が2004年にバッハの調律法に関する論文を発表しました。それによると平均律の自筆譜の表紙ページに書かれているグリグリの図柄が調律の方法を表しているというのです。早速バーゼルにいるチェンバリストたちが反応して、彼の示唆する方法に基づいたチェンバロを使ってコンサート&レクチャーを学内のクライナーザールで開催しました。

興味深い内容なので、私も聴きに行きました。これがそのときに配布された資料です。



それによると1/6コンマ(698セントの5度)、純正(702セントの5度)、1/12コンマ(700セントの5度)と一箇所B-F間が704セントが組み合わされているということを表紙に描かれているグリグリの図柄が表しているというのです。

そういえば思い出すのがロバートダウランドのVRIETIE OF LUTE-lessons(拙訳「とりどりのリュート曲撰」)でリュート各コース間の音程を示している図がありますが、同じ完全4度でも間隔を広めにしてある部分があるということです。

単なる図柄ではなく結構深い意味があるということですね。

リュートの調弦の仕方(5)

2023年09月22日 17時43分42秒 | 音楽系
実はバロックリュートの調弦はとてもシンプルです。唯一重要なポイントは3コースと2コース間の完全4度をどう取るかだけです。これで全てが決まります。

具体的な手順(取りあえず平均律で合わせてみます。3コース2コース間は平均律=500ヘルツ):

3コースをラに合わせる
3コースの5フレットを2コースの開放に合わせる
2コースの3フレットの音を1コースの開放に合わせる
ここまでできたら、実質的にもう終わったも同然です。
あとは1~3コースの音に残りのコース全てをオクターブまたはユニゾンで合わせます。
右手の人差し指で弦をおさえ、親指と薬指で基音になる弦とと合わせるを鳴らして、左手でペグを操作するといいでしょう。

平均律は古楽っぽくない感じがするのか平均律が嫌いな人は一杯いるようですが、平均律の考え方はフレット楽器にとても合致していると思います。V.ガリレイのフロニモでは「均等な半音」について言及している記述がありますし、フローベルガーは平均律で調律していた可能性があるそうです。(音楽の音律:東川清一)

音程の微調整ができないような人が鍵盤楽器用のテンペラメントを引き合いに出したり何分の一コンマだなどとおっしゃってフレットの位置を変更し自慢げに話をするのは噴飯ものです。それは単なるファッションでしょう。そういう人に限って弦の選定も楽器の調整もできていません。もうちょっと勉強し、そして実践を重ねたいものです。

今村泰典講習会

2023年09月21日 23時53分20秒 | 音楽系
名古屋市内の会場で今村泰典講習会が開催されました。いつもは拙宅とか桑名市内で開催が多いのですが、今回始めて名古屋市内での開催に相成りました。

受講生は6名、聴講生が8名+チェンバロ製作家と私と今村氏で合計17名となかなかの盛況でした。受講生の内訳は、アーチリュート1名、バロックリュート2名、クラシックギター3名で、お若い方が多かったのはうれしい限りです。特にギターの3人はまだ高校生です。

途中40分ほどの休憩を挟み、受講生6名のレッスンが終わったあと、今回の「目玉」ともいうべき、テクニック特別講座がありました。



遅い時間だったので、高校生2名は帰宅、あと一人の高校生は父母付き添いです。

特別講座の内容は、主に右手の脱力のためのトレーニングで、50分近い講座のあと、皆さん異口同音に手が軽く動くようになったと仰っていました。これを毎日1時間続けると相当右手の動作が軽くなること請け合い、と今村氏の保証つきです。私は後ろから見ていましたが、右手ではなく左手の問題点が見えてきてしまいました。レッスンではなかなか後ろから見ることはないので、これは新しい発見でした。


リュートの調弦の仕方(4)

2023年09月20日 13時04分57秒 | 音楽系
リュートは現代の楽器に比べたら本当にメンドクサイですね。きれいに調弦しようと思ってもその前段階に、前回挙げたようなことが必要とは・・・でもリュートは産業革命以前に使われていた楽器です。リュートが栄えた18世紀半ば以前の人たちは当然のこととしてそれらのことを受け入れています。21世紀に生きてコンピュータを使い自動車にも乗る私たちですが、リュートを弾く限りは18世紀半ば以前に人たちがやっていたことを受け入れて共有しなくてはならないのです。リュートを弾くということはそういうことです。(まぁ、ケブラー繊維を使ったり合成樹脂弦を使えたりできる分、まだずっと楽なはずです)

さて前回の2つのことが出来ているという前提で、前段階のトレーニングとして次のことをしてみましょう。

1)ユニゾンの複弦同士を合わせる練習をする。

ジョン・ダウランドは彼の論文で、先生が生徒に指導する確認点として次のことを挙げています。「まず最初に全てのコースのペアの1本1本をユニゾンで合わせる練習をするよう生徒に指導してください」

2)メーターで合わせるのではなく、音の出るチューナーを使い音に合わせる。

ギター用のチューナーではこういうのはありませんが、K社が出しているオーケストラ用のチューナーでは音を出してその音に弦を合わせるということが可能です。これはとても重要な練習で、合わせるためには音をきちんと聴かなければなりません。こういう方法は昔の方法で音叉を使うという方法と同じですが、チューナーを使った場合自分が合わせた音をチューナーに「聴かせて」音程をフィードバックすることができます。チューナーの針がぴったりゼロのところに行けばバッチリです。結果を針で判断する以上針の動きをどう解釈するかという問題は残りますが、それでも音を聴かずにメーターだけで合わせるよりはずっと調弦のスキルは上がると思います。

リュートの調弦の仕方(3)

2023年09月19日 21時23分56秒 | 音楽系
ではまず正確に調弦する前に必要なことを挙げておきましょう。どれだけ耳がよく調弦法に熟達している人でも以下の2つのことが出来ていない楽器ではきれいな調弦は不可能です。

1)まず弦の選定です。振動不良で音程がゆれるとか音程のよくない弦を使わないことです。総じてガット弦の方が不良弦はずっと少ないと思いますが、それでも不良弦はあります。1~3コースに合成樹脂を使用する場合は、例えば老舗のP社のナイロン弦は振動不良弦がとても多いです。一発で振動不良のない、またはなんとか行けるというレベルの弦に当たることはまずありません。イタリアのA社の新型合成樹脂弦のうち、細いものは使わない方がいいです。振動不良云々以前の問題として、すぐ切れます。お薦めはアメリカのガット弦のメーカーG社のナイロン弦です。他社と異なり使用しているナイロンの組成が少し異なるのか音色がとてもきれいです。ガット弦とは音色の少し方向性は違うもののヘタなガット弦よりいいと思います。振動不良も少なく音程もいいです。

2)ペグがウルトラスムーズに動くよう調整する。キリッキッキという音がするようなペグは論外です。どんなに遅く回しても回転に段階が生じることなく、かつきちんと止まるペグでないといけません。ギターの場合だと工業製品である糸巻きのギアは安い楽器であってもほぼ問題なくこのようなスムーズさは担保されています。おまけにギア比が低いので微調整が可能です。ところがリュートの場合は楽器の精度によってはペグやペグ穴の工作が悪かったり、材質の選定が悪かったりしてどうしてもウルトラスムーズネスを求めることが出来ない楽器があります。そもそもただでさえハイギアなリュートのペグです。このような状態の楽器ではきれいな調弦は不可能です。

またペグはスムーズに動いていてもナットの溝に弦がひっかかってスムーズに動かないときがあります。そいうことがないよう、溝をしっかり磨き、濃い鉛筆を溝に塗り込むといいです。それとペグボックスが長いバロック・リュートだと、ペグボックス内の弦の長さが長い5~8コースは、ケブラー繊維などの細くても恐ろしく耐荷重が高い糸でペグ内の部分をつなぐとより調弦がスムーズにできます。

リュートの調弦の仕方(2)

2023年09月18日 17時18分23秒 | 音楽系
チューナーで合わせると何が問題か:

1)そもそも「大体のところ」しか合いません。それでも適当に調弦するよりははるかにマシで、チューナーの扱いに習熟すれば実用にはなんとか耐えるレベルくらいにはなります。

2)チューナーのメーターで合わせた場合、メモリやLEDインジケーターばかり見て肝心の音程を聴く習慣がなくなってしまいます。

3)弾いているうちに例えば全体に弦の音程が下がり出し(といっても半音の100分の2~4くらいの話です)、1コースだけ他のコースより下がり方が大きかった場合、実際は1コースを他のコースに合わせれば済むのに、チューナーを使って調弦し直す場合だともう一度バロックの場合24本全てを合わせ直さなければなりません。1コースだけチューナーで合わせ直しをすると残りのコースに対して1コースはとても音程が高くなってしまい汚い和音、いびつな音階しか出なくなります。

自分の家でひとりで弾くときは、狂ってきたらチューナーで合わせ直せばいいでしょう。でも時間がとてもかかります。

人前で弾くときは、控えでどれだけ正確に合わせていてもステージでは温度や湿度が同じとは限りません。ステージに上がったらまず軽く確認をして、演奏の途中でも微調整をしていくものです。チューナーの針やインジケーターでしか合わせられない人は、途中から(あるいはスタージに立ったとたん)調弦は大狂いのまま演奏を続けざるを得ません。これだと50年位前、チューナー登場以前のアマチュアギタリストの演奏と同じレベルです。

バロック音楽の旅16講座第1回

2023年09月17日 22時22分21秒 | 音楽系
今日はバロック音楽の旅16講座シリーズ第1回。「バロック音楽の基礎」というタイトルのレクチャーを行いました。本年度の講座の申し込みはやや低調でしたが、間際にかけて何人かお申し込みいただき、最終的にほぼ例年並みと相成り一安心しているところです。



講座開講に先立ち、先頃お亡くなりになったヴィオラ・ダ・ガンバの坂本利文氏への追悼のお言葉を述べさせて頂きました。坂本氏は当講座のコンサートに2014年以来4度出演して頂いていた常連のお一人でした。

今年はコロナ感染症が第5類に以降したのを受けて感染症対策を昨年より少し緩めました。マスク着用は任意、検温はしない、アルコールでの手指消毒は必要に応じてなど、でしたがマスクはされている方の方が多かったようです。

レクチャーではまずバロック音楽とはどんな音楽なのかというのを歴史的側面と音楽的な側面から話を進めて行きました。続けて楽器や楽譜の話に入り最後は最近のトレンドであるHIP(Historically Inspired Performance)の話まで致しました。

最後に第2回以降の講座の案内をしました。第3回以降はコンサートですが、実際のお姿もパワポでご紹介しました。リュート誰それ、と文字だけより顔写真があった方が親しみがわいていいですよね。今年は7人の演奏家にお越し頂きますが初参加の方はなんとその内4人。若手の上羽剛史さん(スピネット)、山下瞬さん(チェロ)、ベテラン能登伊都子さん(ポジティヴ・オルガン)、古橋潤一さん(リコーダー)にお越し頂きます。あと3人は常連の髙橋弘治さん(チェロ)、杉浦道子さん(チェンバロ)、増野友香さん(ソプラノ)というラインナップです。

本講座は全講座連続受講が原則ですが、第2回からの参加もお受けしております。興味のある方は是非次回10月8日にくわなメディアライヴにお越し下さい。専用のホームページもございますので、お時間がある方は一度のぞいてみてください。

バロック音楽の旅16HP

リュートの調弦の仕方(1)

2023年09月16日 17時16分48秒 | 音楽系
デジタルチューナーが普及してからは、アマチュアギターアンサンブルで滅茶苦茶音が狂っているまま演奏することはさすがになくなりました。50年くらい前はそれはもう・・・では完全に合っているかというと実はそうではありません。耳栓をしたくなるようなレベルのアンサンブルはなくなったというレベルです。

ギアの糸巻きがついていて弦が6本しかないギターでもこんな塩梅ですから、24本も弦がある13コースのバロック・リュートではその大変さは推して知るべしです。

バロック・リュートの場合はチューナーを使うしかきちんと調弦をする方法はなさそうに思えます。今まで沢山のアマチュアの方のレッスンや演奏を見聞きしてきましたが、チューナーを使わず、例えば3コースのラだけチューナーから音をもらって残りの弦をきちんと合わせることができる人は知りません。

チューナーのメーターできちんと合わせることができればそれでいいんじゃん、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、チューナーで合わせる場合はチューナーが判断した情報に合わせて調弦しているのであって本来の音と音を(つまり現物同士)つき合わせて比較しているのではありません。ここで問題になるのは「チューナーの判断」です。チューナーは例えば弦が不良で音程が一定でない場合も答えを出します。それに合わせるということはそもそも変ですよね。適当に数値を丸めるんでしょう。もっとも精度の高いチューナーで針のメーターがついているものだと針が迷ってたりする場合もありますが。チューナーのメーターで合わせられるのは「大体のところ」です。

リュートは音量が小さく音の時速時間が短い上、弦が多いと来ていますから調弦は技術的にも大変でかつ時間もかかります。バロック・リュートならなおさらです。「大体のところ」でも合わせられるチューナーの登場は画期的だとは思います。

でも実はひとつ大きな問題があります。どの弦楽器でも同じですが、弦は数分も経てばバランスが狂いだします。気温や湿度(特にガットの場合)の変化があればどんなに安定していた弦でもたちどころに狂います。ひとりであれ人前であれ、演奏するときは狂ってきた弦を微調整していく必要があるのです。少し前私の生徒さんで、「センセ、夕べ寝る前にきちんと調弦したので今日はバッチリあっています」とレッスンの前に誇らしげにおっしゃった方がいましたが、そんなことは絶対ないのです。




シャテル・サン・ドゥニとレ・パコ

2023年09月15日 22時59分07秒 | 音楽系
シャテル・サン・ドゥニは田舎の小さな町です。バーゼルからベルンに向かい、ローザンヌ方面の列車に乗り換えパレジューで下車、ローカル線に乗ります。



超スローな列車で15分くらい行くと終点のシャテル・サンドゥニに到着です。



駅前にはレストランやチーズ屋さんといった小さなお店がいくつかあります。モーリスのスタジオに行くときはここから電話を入れて迎えに来てもらいます。もちろんモーリスはレース車みたいな運転はしません。

駅前のチーズ屋さんはとても美味しい地チーズを売っていますので、来ると必ず少し買っていきます。あるときモーリスを訪ねるためにシャテル・サン・ドゥニ駅に降り立ったときのこと、ふと携帯を忘れてきたことに気がつきました。電話番号は覚えていません。これは困りました。ひょっとしたらと思い、駅前のレストランに入り、モーリスというリュート製作家の人のところに行きたいのですが、といいましたら、「ああ、やつのことはよく知ってるよ。地下室の電話番号だってしってるんだ」という人がいて、電話をかけることができました。田舎なのでみんなお互いよく知っているんですね。(私はフランス語はできませんが、確かにこういうやりとりをしました)

レ・パコのスタジオからの景色です。



12月から1月にはこんな景色になるときもあります。



この日行ったときはたまたま「雲海の日」でしたが、シャテル・サン・ドゥニから電話をかけたときは雨が降っていました。モーリスが駅に到着すると「さっきまで日光浴してたんだ」とおっしゃるのでよく理解ができませんでしたが、なるほどこういうことだったんですね。




スイスの山岳自動車レース

2023年09月14日 12時40分37秒 | 音楽系
北海道で行われる自転車ロードレース大会「ツール・ド・北海道」で一般車両が進入して選手の死亡事故がおきました。もう37回を迎える大会なので運営はしっかりしていたと思われますが、選手達は道の片側だけのレースだとの認識があったという報道もあります。とすれば危ない話ではあります。

こちらはスイスの自動車レースCourse de Cote Chatel St Denis Les Paccots (シャテル・サン・ドゥニ、レ・パコ間山岳レース)。一般の道路で行われます。


実はこのシャテル・サン・ドゥニ、レ・パコ間のコース、私は何度も通ったことがあります。

スイスの製作家モーリス・オッティジェーにはバーゼル留学時代とてもお世話になりました。今も彼の楽器を何台か使っています。彼が住んでいるところがレ・パコというところです。彼のスタジオに行くときは、バーゼルからベルンまで行きそこでローザンヌの方に行く列車に乗り換えます。そしてパレジューというところでテーマパークにあるような可愛らしい電車に乗り換え、終点シャテル・サン・ドゥニで下車します。そこからモーリスに電話して来るまで迎えに来てスタジオがあるレ・パコまで乗せていってもらいます。道はずっと昇り坂で、スタジオは山の頂上近くにあります。




シャテル・サン・ドゥニからル・パコまでの道はよく整備された道でポツンと一軒家に出てくるような道ではありません。交通量は少なく対抗する車はたまに来るくらいです。こんなところであのようなレースが行われているとは驚きです。