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190E の歴史


意外と知られていない190E(W201)の長い歴史を
簡単にご説明します。

<1940年代>


1949年に登場するW136 こと170S。
この車が生まれる前年の1948年頃、2ドアクーペが企画されました。
これがW201こと190Eシリーズの元祖とされています。
但し1/5スケールの模型プロトタイプで終わっていたようです。

<1950年代>




1956年頃作られた1/1スケールモックアップ。
リアには「170」のエンブレムが付いて居ます。
ナンバープレートは戦後10年間程度使われていた
黒字に白の旧ドイツナンバーが掲げられています。



1956年6月18日の日付が付いた試作A案。
旧ドイツナンバーが付けられたモデルとほぼ同じようです。



同じく1956年6月18日の日付が付いた試作B案。



こちらも1956年6月18日の日付が付いた試作C案。

日本でも有名なポントンことW120 /W121(180 / 190)
のデビューが1953年なので、明らかにそれらのボトムラインを
考えていたのでしょう。
またこの頃から、現代にまで続くスポーツタイプグリルと
基本グリルの二本立て(ベンツの迷走)で企画されていたようです。

<1960年代>








アーバンな感じのするこの車両は、
新時代のメルセデスを予感させる細いピラーが特徴的。
噂によればFFも考えられた時代の車だそうです。
モックアッププロトタイプにありがちな左右別のデザインが行われており
右側が4ドア、左側が2ドアで作られています。
この車、少しマニアックな方なら、



DKW(旧アウディ)F102や



アウディF103を思い出すだろう。
実は1958年から1964年までダイムラーベンツはDKWを含む
アウディ・アウトウニオングループのオーナーだった為、
アウディグループを支援するという名目で実験的な技術を展開して
いったという。(インボードブレーキ、高圧縮エンジン、FF)
もしベンツが小型車構想をこの段階で廃棄して居たら
アウディ80やA4が、190Eの代わりになっていたかもしれない。

<1970年代>


1973年のオイルショックの影響を受け、
小型車販売の必要性に迫られたメルセデスベンツ社が
当時のEクラスであるW114をベースに小型化した
走行可能な試作車を1974年1月に制作。
パッと見では、通常のEクラスと見間違う完成度の高さですが
良く見ると全ての面が小型化されているのが分かります。
この頃からST410というナンバープレートを掲げています。

















数々のデザイン案が考えられた末、
1977年10月11日に撮影された1/5スケールのモックアップ。



後に細部のデザインが採用された「No.4」案。
既にサッコプレートが完成しています。



翌11月23日には10台程度の1/1スケールモックアップが作られ
社内審議されました。
上記画像のモデルは、最終選考に選ばれた「No.2」案。
この時のスタイリングデザイン部門のチーフエンジニアこそ
有名な社内デザイナーのイタリア人、ブルーノ・サッコ氏でした。
お堅いイメージの歴代のメルセデスが、イタリア風のデザインを
持つのは、彼のお陰と言えるでしょう。

<1979年~82年>


1979年3月6日に最初のプロトタイプが生産され、
その年の後半からテスト走行が始まりました。
画像は北極圏をテストドライブする初期の試作車。
仮想対抗馬として社内写真に出て来るフォードグラナダ風に
偽装していますが、通常の190Eもグリルを外すとこんな感じに見えます。
「No.2」案をベースにしているので、窓枠などは
後部に行くほど上にカーブしているデザインになっています。
生産車両の前期型では空気抵抗になるので装着されなかった
フロントチンスポイラーに注目です。



1979年12月にドイツのタブロイド紙が報じたスクープ記事。
ステアリングに付いて居るボタンは2000年代に生きて来ます。



最終生産試作車らしいスナップ。
ボディー同色のマスキングがしてありますが、
既に生産車両と同じ装備が施されています。
燃費重視の為、チンスポイラーは消えています。



今でもメルセデスベンツ博物館に残る
190Eドライブトレイン専用の研究試作車。
エンジンは助手席前に積まれています。





数々のテストが行われ、



1982年秋より生産が開始された190シリーズは、
ドイツで1982年12月8日に発表され、翌9日より販売が開始されました。
画像は、W123型Eクラスと同時生産されているジンデルフィンゲン工場。
生産の4割がこの工場で製造されました。
尚、日本仕様の右ハンドルは、ブレーメン工場で生産されています。



1985年からヤナセにより正規輸入され、
新たなメルセデスの歴史を作りました。



ドイツの2工場、ポーランド、タイ(トンブリー区)、インド
で生産された総生産台数は1,874,668台。
1993年4月13日にドイツ工場での生産を終えた最後の1台は、
メルセデスベンツ博物館に入館しています。
製造後の治具は一部インドに送られ、1994~2002年まで
ノックダウン生産されていたそうです。

ご注意:上記は僕が今まで190Eについて日本やドイツ、メルセデスベンツの関係者などからのリサーチをした事柄や見聞きしたことを記載しております。事実と大幅に異なる記載があった場合は、優しくご指導頂ければ幸いです。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (サッコ 201)
2020-02-21 23:04:53
中澤様、こんばんは。

190Eはこんな多くの試作車を経て量産化に辿り着いたのですね。何れも見た事がない写真ばかりで勉強になりました。

時間もコストもたくさんかけて完成した車、190E。
これからも大事に乗っていきたいと思いました。
 
 
 
サッコ 201さまへ (H.Nakazawa)
2020-02-25 00:14:15
コメントありがとうございます。
遅レスで申し訳ありません。

1974年に開発が開始した時、「コスト度外視も甚だしい」と言われたそうです。内燃機関自動車で、これ以上にコストを掛けた車は、今後登場しないでしょう。
是非、愛車をより一層、愛してあげて下さい。きっとご期待に応えてくれる車だと思います。
 
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