アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

マイノリティ・リポート

2017-07-31 04:50:37 | 冥想アヴァンギャルド
◎犯罪撲滅の方法論

映画マイノリティ・リポートは、スティーヴン・スピルバーグ監督で、トム・クルーズが主演。

時代は2054年の未来都市で、そこに犯罪撲滅のために3人の予知能力者をプールに缶詰めにして未来に起こる犯罪を幻視せしめ、その幻視をもとに警察が未遂である犯罪者を予防逮捕して、思想矯正していく。

この結果、ニューヨークでは6年間殺人が起きていない。

ところが幻視された未来の犯罪は、3人の幻視者間で異なることがあり得る。それが、マイノリティ・レポート。

幻視内容が3人の間で異なることを利用して、自分の犯した犯罪を隠蔽しようとした人物がいるのだが、それは、この犯罪予知システムの創設者であった。

これが粗筋。


この一なるもの=アートマンは、当然に幻視できるし、そのデータ・ベースにアクセスもできる。

ただし幻視には、2種類あり、個人的記憶層からアクセスするやりかたと、このアートマンから拾うやり方の2種あるのは、ダンテス・ダイジの説明のとおり。ここでは後者を用いるのだが、当然それは覚者にのみ許された技術である。

犯罪撲滅の方論としては、あらゆる利己を極小化していく、自分を他人のために犠牲にするのが当たり前である社会にする方向がベストなのだが、2054年にあってもアメリカではそんな発想はないということなのだろう。

そもそも、苦しみ、叫び、怨嗟をなくすには、至福千年、すべての人が神を知っている社会の実現しかないのだが、この映画では、そういう発想の気配もないことに驚かされた。
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覚者は自分で自分の寿命を決める

2017-07-30 05:49:02 | 冥想アヴァンギャルド
◎何のために生きるのか、どう死んでいくのか


ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経/中村元訳/岩波書店P71~72』に、釈迦入滅の3か月前に、釈迦は悪しき者・悪魔との対話において、自らが3か月後に亡くなることを宣言し、それに引き続いて、チャーパーラ霊樹の下で、寿命の素因を捨て去ったという記述がある。

これは自殺ではないが、寿命をこの時に自ら定めたのである。

そういうことは、天意・天命の然らしむるところでないと、そうはならないと思うが、釈迦ぐらいになると、自ら天意・天命を定められることがあるのに不思議はない。

今の時代は、長寿が幸福と同義ではないことは広く知られることとなった。

解脱だ、彼岸だ、引き寄せだ、長寿だ、ノン・デュアリティだと言ってみても、みじめで情けない自分からは逃れられない。

OSHOバグワンは、死相は、死の6か月前には既に現れるという。いつ死ぬかは、万人にとって最大の関心事ではあるが、死の恐怖からほとんどの人は逃げることができず、現代文明は、死の恐怖を上手にごまかしたものが幅を利かせているまがいもの文明である。

何のために生きるのか、そこでどう生きるのか、そしてどう死んでいくのか。

釈迦は、それを完遂し、最後は自分で自分の寿命を決めて亡くなっていったのだ。

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カリオストロ

2017-07-29 06:22:13 | 究極というものの可能性
◎ある古代秘教系の預言者

カリオストロあるいはカリョストロは、アニメ「ルパン三世 カリオストロの城」で日本では最も知られている。

カリオストロは、フランス革命の時代に山師、詐欺師と酷評され、最後は牢獄(サン・レオ城の異端審判所地下牢)でその一生を閉じたといわれているのだが、そのごうごうたる非難の陰で、ヨーロッパ秘教の大立者としてサンジェルマン伯爵と並んで謎の人物としての位置づけがある。

彼は背は高くないが、黒髪でやや風変わりな服装で、底をつくことのない財布から惜しみなく貧乏人に施しをしたので、『貧乏人の父』とも呼ばれ、パリで豪奢な生活をした。彼によるとサンジェルマン伯爵から『密儀』の伝授を受けたという。

1785年5月10日、フランスのランバル王女のフリメーソン加入式典に招待され、そこで薔薇十字こそ全密儀の古代の真のシンボルであるという説明を行い、メンバーの注目を浴びた。

薔薇は宇宙全体のシンボルであり、太母。十字はそれに対して犠牲と再生だが、薔薇と対置した場合、陽であり乾であり、男性原理。だが、当時をときめいたマルチン・ルターの紋章が薔薇と十字だったことも意識されていただろう。

密儀は、大雑把にいえば、死と再生のシミュレーション。日本だと仏教史跡にある胎内くぐりであって、真っ暗闇を歩かせるのが死の疑似体験。

さらにカリオストロは、その集会で、来るべきフランス革命の恐怖と王制崩壊を詳しく予言し、さらにナポレオン到来まで見通して、参加者の度肝を抜いた。

そういう人物だからこそ、フランス革命前夜の女王の首飾り盗難(金塊1t程度の価値がある首飾りで、王妃マリー・アントワネットもからんだ事件)の冤罪により6か月バスティーユ牢獄に投獄されたりもした。

また彼は1789年、カリオストロはローマでエジプト系フリーメイソンのロッジを開設した科で、1791年に終身刑を言い渡され、1795年に獄死したとされる。

爛熟を極めた国には、そういう人物が出るものだ。
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タントラ・ヨーガ瞑想法

2017-07-28 05:27:22 | クンダリーニ・ヨーガ
◎ニルビカルパ・サマーディへ

『タントラ・ヨーガ瞑想法/スワミ・ジョーティルマヤナンダ/メルクマール』この本は、1982年出版だが最近初めて見た。

この本の帯にあるとおり、クンダリーニ・ヨーガは、具体的な瞑想手法は、正師から弟子に対して、弟子の状況を見ながら適切にタイムリーに与えられていくべきだが、師を持たない弟子が独習することは危険であると言いながら、瞑想法をかなり公開しているという点では危険な本ではある。

当時、好事家の間では、誰もが読んでいるが、著者の悟境もよくわからないし、あまりこの本へ言及する人は多くはなかったのではなかろうか。

1990年代瞑想法の紹介ということでは、OSHOバグワンのヴィギャンバイラブ・タントラ10冊が有名だった。が、この瞑想方法の紹介は、短い経典に彼の長い講釈がつくものであって、まともに座り方を書いているものは結構少ないように思う。

たとえば、
『ここにあるこの領域は、変化、変化、また変化だ。
変化を通じて変化を枯渇させる』
(ヴィギャンバイラブタントラ 6覚醒の深みへ/バグワン/市民出版社P117から引用)

バグワンの説明では、この一なるものは、変化し続ける。釈迦は変化を色即是空と見て実態がない、と新たな一段を加えるが、タントリストは自分が変化になりきる・・・そこで何かが起こる。

これは、瞑想法ではなくて、公案みたいなものだ。この世の見方という曲った通念を矯正するのにそういう刺激が必要なこともある。只管打坐といっても、只管打坐瞑想だけやっているわけでなく、作務もあれば経行も食事もトイレもあって只管打坐。

だからヴィギャンバイラブ・タントラは、瞑想手法集ではないが、瞑想手法集と銘打って問題ないという議論も勿論ある。

パタンジャリの八支(八つの瞑想法)の最後はサマーディ=三昧。サビカルパ・サマーディとニルビカルパ・サマーディが問題になるが、すでにどちらも個我はなく、ニルビカルパ・サマーディを窮極とする。

どちらにしても個なる人間からは、すべてを捨ててのジャンプが必要ではある。
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神を斎(いつ)かぬくにの行くすゑ

2017-07-27 05:43:54 | 古神道の手振り
◎出口王仁三郎の「五十音歌」から

出口王仁三郎の歌集東の光の「五十音歌」から

『琉球の嶋にわたりて思ふかな
神を斎(いつ)かぬくにの行くすゑを

類例もなき救世(よすくひ)の神教(みをしへ)を邪教とけなすは外教のみなる

蓮華台しもふる夜半に只一人
天地に祈る霊婦かしこし

老若のけじめ無き代とつつしみて
天地に祈れ若き人たち
稚比売(わかひめ)の神の命(みこと)は地に降り
貴(うづ)の御教(みのり)を宣(の)らせたまへり

古(いにしえ)の百の聖者も悟り得ぬ
まことの御教(みのり)世に出でにけり

うつくしき神の御国(みくに)も
人皆の心の罪にけがれ行くなり

エルサレム神の都も近づきて
月の御光(みひかり)いよいよ冴えたり

大本の神に背きし曲人(まがひと)のまなこ醒まさむとはなりけり』


『神を斎(いつ)かぬくに』とは、この歌集の昭和三年の時点では、ソ連などの共産主義国家であり、国家神道という只の人間を主神に据えた国家のことだったろう。
現在にあっては、まだ共産主義をやっている中国や北朝鮮のことではある。実質無神論国家日本のことでもある。

『うつくしき神の御国(みくに)』は、『神の都』と同列であるから、日本だけのことでなく、世界全体のことをさす。

昭和10年第二次大本教事件にて、日本国官憲は、出口王仁三郎の教えを邪教と認定し弾圧した。『類例もなき救世(よすくひ)の神教(みをしへ)を邪教とけなすは外教のみなる』

万教同根は、言うは易いが、一朝一夕には成らない。
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冥想の方法の体系-1

2017-07-26 05:44:49 | 現代冥想の到達点
◎ダンテス・ダイジの冥想観

ダンテス・ダイジの遺作アメジスト・タブレット・プロローグのタントラ・ヨーガ・スケッチに彼の冥想方法体系の眼目が置かれている。

『マントラ禅・丹田禅は
心身一元観の上に心身一体を経過して
心身一如にいたる

クンダリーニ・ヨーガは
不二一元観にその立場を持ち
霊肉二元を経過して絶対実在にいたる

只管打坐は
霊身心一如から生死一如にいたる
色即是空は空即是色となり
色是色・空是空として
永遠の未完結を完結する』
(アメジスト・タブレット・プロローグ/ダンテス・ダイジ/森北出版p38から引用)

マントラ禅・丹田禅は、ダンテス・ダイジ独自の用語であるが、大雑把に言えば、念仏・お題目・オ-ムなどのマントラに一体となろうとする修行法がマントラ禅で、臨済禅でのムーとかセキシュとかで肚を作っていこうとする修行法が丹田禅。

心身一元は、最初は観だが、一体へと進み最後に一如となると見る。

クンダリーニ・ヨーガでは、ノン・デュアリティでおなじみの不二一元観で始まるが、その修行法ゆえに、出口王仁三郎でも頻出の体主霊従、霊主体従などの霊肉二元を経過し、絶対実在で終わると見る。

そして只管打坐は、身心脱落だが、それを霊身心一如から生死一如と見るところは大胆な見方である。

色即是空と空即是色は観念的には同義だが、この社会通念から見たら真逆の在り様こそこれぞ絶対の現実であり、またそれらと観念的には反対だが、色是色・空是空もまた絶対の現実として措く。そうであれば、永遠の未完結を完結するとしか言えまいが、それが只管打坐。

これだけでは、わかりにくいが、ダンテス・ダイジには更にこれを敷衍した文章もある。
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エルの臨死体験

2017-07-25 05:36:28 | クンダリーニ・ヨーガ
◎プラトンの国家の臨死体験

プラトンの国家の最終章にエルという兵士の臨死体験が出てくる。

臨死体験は、体験の質に非常にばらつきがあり、究極の体験に近いものはとても稀であるが、エルは特別扱いされてあの世の姿のフルコースを見せてもらったようだ。

人間がバルドから、再生してくる人生を選ぶときに、まず神は、様々な生涯の見本を見せ、それよりも多いを与えて、死者にその籤により人生を選ばせる。

神は籤を選ぶ人間に対して注意事項を与える。それは、籤で選んだ人生には特有の傾向と力があり、人はそれに縛られるということ。そして徳を積むか減らすかによってその人生は変動するということ。だから責任は籤を選ぶ人間本人にあって、神の側にはないこと。

さて、ある天国から来た人間は、前世で真の知を追求することなく、漫然と徳を身に着けてこの中有(バルド)にやってきた。彼は、人生籤を引いて、僭主の人生を選んだ。この人生では栄耀栄華は経験するが、自分の子供の肉を食らうことになることや様々な禍がついてくることを後で知った。

そこで彼は自分の選択を嘆いて、神の注意事項を守らず、不幸の原因が自分自身の選択であると認めず、運命を責め、神を責め、自分以外のすべてのものに八つ当たりした。

真の知とは伝統的には哲学だと思われているが、今なら明らかに大悟覚醒のことである。

プラトンの昔からこういう人生を選ぶ人はいたものである。
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出口王仁三郎の究極

2017-07-24 05:40:20 | 古神道の手振り
◎天(あめ)もなく また地(つち)もなく われもなく有漏路無漏路(うろぢむろぢ)を超越して居り


出口王仁三郎の高熊山修行時の歌集『霧の海』の続き。
出口王仁三郎は、高級神霊に出会い、ついに究極に到達する。

『七乙女 木の花姫はあとさきに
吾をかばひてうたひつつゆく

恍惚と珍(うづ)の天地のすがしさに
わが精魂はとけいりにけり

天(あめ)もなく また地(つち)もなく われもなく
有漏路無漏路(うろぢむろぢ)を超越して居り

霊魂の力一ぱい天地(あめつち)に
いやひろごりてめぐりにめぐる

天にもあらず地(つち)にもあらず現(うつつ)にもあらぬ世界に
われ生く心地す

七乙女 木の花姫の御姿(おんすがた)夢のごとくにかくろひましけり』

七乙女は、七つの次元であり、七つのチャクラ。ここに出口王仁三郎は、チャネラーの宿命である『われ』を忘却し、霊魂の力一ぱい天地に広がって、『この一つながりのもの』となった。

そしてとどめに、天もなく また地もなく われもなく有漏路無漏路を超越した。
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年齢と霊能

2017-07-23 06:46:50 | 超能力・霊能力
◎気のエネルギーの転換

出口王仁三郎は、死ぬまで霊能者であり続けたし、空海などもそうだったと思われる。天海などは、霊能者でありながら百歳超まで長寿であったのは、何か思うところがあったのだろうと思う。

本山博は、『生まれつきの霊能者は、年をとると身体の中の気のエネルギーが少なくなってくるので、チャクラで気のエネルギーを霊的なものに転換することができなくなってきます。』(スピリチュアリティの真実 本山 博/著 PHP研究所P22から引用)と述べ、自分で自分のエネルギーを消費して霊能を発揮しているタイプの霊能者は、60歳くらいになると霊能が消えるなどと書いている。

オウム真理教の教祖は、初期にはシャクティ・パットで何かエネルギーを注入するようなことをやっていたらしいが、ある時シャクティ・パットをやった直後にひどく衰弱し寝込むことがあって、以後一生懸命にはやらなくなったらしい。(かの教団の弟子には、高額な(30万円とか)シャクティ・パットを受けた弟子が多くかつ記録も著作として結構残されており、最近関係書を何冊か読んでいたが、どうもこんな具合らしい。)

本山博は、霊能力が消える実例として、心霊手術者を挙げ、霊能力がなくなって後は、うさぎや豚の血を使って、それを心霊手術で出た血だと誤魔化すことがあったとする(心霊手術と称するようなものを日本でやると医師法違反ですが。)。

実は霊能を使うと思われるメンタル・スポーツにも同様のことがあるのではないかと思われる。たとえばゴルフとかアーチェリーとかボーリングとか。サッカーでもバルセロナのメッシのシュートは人間技とは思えないところがある。

中国の神話にも弓の名人が登場し、弟子と弓で対決するのだが、双方矢じり同士が正面でぶつかるという何本かの応酬の末に、最後名人がすべての矢を打ち切った。これに対し、弟子が残った1本を名人に向けて放った。名人はこの矢を身を躱すことなく、正面から受け、なんと飛んできた矢を歯で噛みとめて、弟子を打ち破ったというのがある。

矢じり同士がぶつかるのは双方超能力者だが、自分のために用いる超能力霊能力は、最後は陥る。弟子が師匠を襲うのは天意にそむく。

自分のために用いない霊能力、超能力は、天意神意に沿うものであって、出口王仁三郎が同じことを二度と言えないと言ったのにはそういう消息が窺える。


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無我の声聞く

2017-07-22 06:25:42 | 古神道の手振り
◎無我の聲 こゑなき聲をききながら われ神国(かみくに)の花に息すも


出口王仁三郎の高熊山修行時の歌集『霧の海』の続き。
出口王仁三郎は、高熊山でアストラル・トリップにて神界を旅行する。

『神界の旅

うつらうつら松風の音(ね)にさそはれて
わが精霊は霊界にかよふ

目路の限り百花千花(ももばなちばな)咲き匂ふ
野辺を楽しくわれ一人ゆく

花匂ひ小鳥はうたひ蝶は舞ふ
広野に立ちて神の息(いき)吸う

山も野も生気にみちたる天地(あめつち)の楽しき中にひたるわが魂

むらさきの雲四方八方(よもやも)に
たなびきて心すがしも霊界のたび

山も野も風も草木も光りつつ
われもひかりて花園にたつ

夜のなきこの神国に玉の緒の
生きの生命(いのち)のたのしさにひたる

むらきものこころ楽しさ
おもはずもわれ霊界の歌口ずさむ

地の上にためしもあらぬこの眺め
われ霊界に見るぞ楽しき

ままならば我が身このまま現界に帰らず
永久(とわ)に住たしと思ふ

木も草も黄金(こがね)の色にはえながらみづみづしもよ常夏(とこなつ)の呼吸(いき)


恍惚とわれを忘れてたたずみぬ
この神国の清きながめに

死後の世界ありとは知れどかくまでも楽しき国とは思はざりけり

吹く風も清く涼しくやはらかく梅花のかをり四方(よも)に流るる

たぐひなき珍(うづ)の景色にひたりつつ
われは静(しづか)に無我の聲(こえ)きく

無我の聲 こゑなき聲をききながら
われ神国(かみくに)の花に息すも

むらきもの心のどけし
花匂ふ春の神国(みくに)われひとりゐて

ひさかたの天の岩戸の開けたる後の神代のすがたなるかも

梢吹く風にも神の聲をきく神国(みくに)の春にわが酔へるかも

悠々と黄金(こがね)の翼ひるがへし
わが目路ちかくみ空すべる鷹

草も木も小鳥も蝶も
黄金(おうごん)の色にかがよふ天国の春』

出口王仁三郎のアストラル・トリップでは、まず中有からはじまり、地獄、そして天国と回る。

現代人は現世利益が骨の髄までしみ込んでいるせいか、宗教における目的はとかく天国あるいは天国極楽的なものと思い込んでいるのが常である。ところが時代はそれでは済まず、神と悪魔の合体、あるいは天国と地獄の結婚が、実は当代の最重要のテーマとなっている。それがあって初めて色即是空。

出口王仁三郎の著作には、それに該当する言葉は、幽の幽、最奥の神あるいは無我という言葉にて控えめに出てくるので、ともすれば見落としがちであるが、現代人が出口王仁三郎を読むならばそこを読まなければならないと思う。

霊界物語とか神国とか、ばんばんアストラルを舞台にするのではぐらかされがちだが、『無我』こそ道の枢なのである。

そして天国の姿とは。それがそのまま地上に映ってくる至福千年、みろくの世のことである。
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生きている人も中有にいる

2017-07-21 04:52:35 | 古神道の手振り
◎生ける人もみまかりし人も八衢(やちまた)の辻に迷へるさまを怪しみぬ

出口王仁三郎の高熊山修行時の歌集『霧の海』から。
高熊山には、かつて四十八宝座というのがあったが、大本教事件で壊されて今はほとんど残っていないという。

『如月のさむき夕べにひきかへて
夜あたたかき高熊の山

しんしんと夜は更けわたり
幽斎の修業はますます深まりにけり

青葉わたる風の囁(ささや)き しみじみときく
高熊の夜はしづけし

四十八宝座のうえに端座して
われ幽斎の境にいりにけり

天かけり国かけりつつ わが魂(たま)は
天の八衢(やちまた)さしていそぎ

知る知らぬ数多(あまた)の人に出会ひけり
わが魂(たましい)は八衢(やちまた)の辻に

生ける人もみまかりし人も八衢(やちまた)の辻に迷へるさまを怪しみぬ

精霊の世界にいりてややしばし
われ現世(うつしよ)のこと忘れゐし

珍しも意志想念の世界には
みまかりし人の生きて語れる

われゆけど言葉をかくる人もなし
ただぼんやりと見てゐたるのみ


歌集『霧の海』では、この先で、まさに恋人である二人に対し三人目が三角関係で争う八衢(やちまた)=中有のワン・シーンが登場する。

中有とは、死者の世界とばかり考えていたが、中有とは、生者も死者も同じレベルで交わっている世界であるとは、現代の常識では思いもつかぬ世界であった。

そうすると、低級霊界であるヴァーチャル・リアリティの世界が繁栄し爛熟を極めている現代とは、限りなく低級霊界である地獄に近いというのはもっともなことである。

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誰も書かなかった高橋信次 巨星の実像/菅原秀

2017-07-20 05:29:27 | 冥想アヴァンギャルド
◎まったくわかっていなかった頃

誰も書かなかった高橋信次 巨星の実像/菅原秀/成甲書房を懐かしく読んだ。

高橋信次の娘の高橋佳子の真創世記シリーズがベストセラーになったこともあり、高校生大学生の頃は、GLA本はむさぼるように読み、伝統的仏教でないこんな仏教もあるのだと胸ときめいたものだ。

そんなことは言っても、当時は伝統的仏教がどんなものであって、いわんや神道が国家神道の時代や出口王仁三郎を経て現状どうなっているかなどは全く知らなかった。

高橋信次の肉体からは、金粉が出るからすごいとか、過去世を透視して、古代インドなどの異言を話す超能力には驚嘆するなど、当時の自分は超能力かぶれで、霊がかりそのものであって、まったく感心できなかった・・・と自覚するのは後年のこと。

その後GLAブームも下火になり、私は高橋佳子と同世代なのだが、中身はともかくまだ本屋で彼女の本を見かけるので、教団は続いているのだな程度の認識ではあった。

以下は読書メモ
・高橋信次は、憑依霊をとって病気を治すことを毎日のようにやった。
・プロテスタントでは、憑依霊の記述を寓話として無視している。
・カトリックには専門のエクソシストがいる。

霊能力そのものは、悟りとは全く関係ない。それが証拠に、霊能力も霊がかりも全く相手にしない禅という宗教がある。

高橋信次には光の体験みたいなのがあったようだが、それを審神することはなかったようだ。審神できる能力があれば、もっと違った展開になったかもしれない。

憑依霊についていえば、オウムで有名になった膝ジャンプは、GLAでもおなじみであり、大本教でも大正時代まではジャンプさせまくったが、やめた。低級エネルギーが憑依すると膝ジャンプするのは、日本でも中国でも古来よく知られた話だが、世間では一向にこれが常識にならないのは、日本人のナイーブさの成せる業か、マスコミのレベルの問題か。

もう霊がかりとか膝ジャンプとか言っている時代ではないはずなのだが。
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入蒙記 霊界物語特別編

2017-07-19 07:11:28 | 古神道の手振り
◎白音太拉(パインタラ)の遭難

出口ナオの役割は水の洗礼、出口王仁三郎の役割は火の洗礼

保釈中の身ながら入蒙を敢行した動機については以下である。

『東魚来つて西海を呑む。日西天に没すること三百七十余日、西鳥来りて東魚を喰む。

 右の言葉は、聖徳太子の当初百王治天の安危を鑒考されて我が日本一州の未来記を書きおかれたのだと称せられ、我国古来聖哲が千古の疑問として此解決に苦みて居たのである。

日出雄は右の言葉に対し、我国家の前途に横たはれる或物を認めて、之が対応策を講ぜねばならぬことを深く慮つた。』
(霊界物語 入蒙記 山河草木 特別篇/第1篇 日本より奉天まで/第7章 奉天の夕から引用)

東魚来つて西海を呑む云々は太平記に断片が残る聖徳太子未来記の一部。

出口王仁三郎ははっきり書いてはいないが、東魚は日本であって、西海は中国のことだろう。最初日本は中国を呑むが、三百七十余日後に中国軍の空襲が日本を襲う(西鳥来りて東魚を喰む)というようなビジョンを意識せられていたのだろうか。

三百七十余日後とは、文字通りではなく、三千七百余年のことかもしれない。
出口王仁三郎の超古代史観では、スサノオの命が、ユーラシア全体を統治していた時代があるが、これを「東魚来つて西海を呑む」と見たのだろうか。


さて入蒙後、出口王仁三郎は、救世主として各地で歓迎され、盧占魁軍と共に行軍を続けていくが、次第に雲行きが怪しくなり、白音太拉(パインタラ)で、まず盧占魁軍の側が武装解除され夜半に馬賊の将軍盧占魁を含む兵が次々と銃殺され、出口王仁三郎一行も縄をかけられ銃殺を待つばかりとなった。この時発した出口王仁三郎の言葉。

『支那の奴は御馳走政策で卑怯にも騙討をせうとするのだらう、それでは私は愈々キリストとなつて昇天すべき時期が来たのだらう。君達も盧の部下も皆天国に連れて行くから、君達は霊が離れないやうにするが良い』(上掲書第三四章 竜口の難から引用)

中国のやりくちは、基本はだまし討ち。だが騙し討たれてもじたばたしないのは真の宗教者である。

この際の出口王仁三郎の辞世
よしや身は蒙古のあら野に朽つるとも日本男子の品は落さじ

さらに辞世
いざさらば天津御国にかけ上り日の本のみか世界を守らむ

日の本を遠く離れて我は今蒙古の空に神となりなむ

等と辞世を七回迄詠み、大日本帝国万歳、大本万歳を三唱した。

白音太拉での出口王仁三郎一行捕縛の際に、宿に置き忘れた病人直し用の一本の杓子が出口王仁三郎の危急示していたので、これを日本領事館に連絡する奇特な人がいて、結局出口王仁三郎は助かった。それは結果論。ここまでトータルで御神業ということになる。


武装解除され、亡国にならんとするぎりぎりのところで、冥想修行者として求道の覚悟を示せるのだろうか。
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出口王仁三郎の真の評価へ

2017-07-18 02:49:40 | 古神道の手振り
◎国会図書館の出口王仁三郎関連文献など

このブログでも、ネットでかつ無料で国立国会図書館デジタルコレクションからダウンロードできる文献があることを紹介している。

出口王仁三郎文献は、わりと充実しており、アマゾンでも売っていない貴重書が結構あり、大本教関連団体から戦後出版されていない内容の文書もいくつかある。

ところが霊界物語を含めてこれだけの分量があると、ダウンロードするだけでも一苦労。

そこで親切なことに、まとめておいてくれるサイトを発見。それは、霊界物語ネットのhttp://reikaimonogatari.net/dl.php。
全部で2.7ギガくらいあります。

見てみると、内務省のスタンプが押してあるものが多く、内務省の方々が大本教摘発に際して参考にされた文献群であろうとわかる。

残念なのは、庚午日記が全部そろっていないこと。霊界物語は全部国会図書館でもアップされていないこと(戦後の出版で伏字にされた部分が実はどの程度のものか興味あり)(このオニドのページにも上がっていない)。

出口王仁三郎の教義は、昭和10年頃ほぼ完成を見たと思うので、昭和10年に近い文書ほど注目して見ており、
この国会図書館の出口王仁三郎全集は昭和9年から10年のものであり、これこそ最重要と思う。就中全八巻しかないうちの第六巻を入蒙記に充てているが、この中の出口王仁三郎一行の武装解除の段は、大峠における『世界武装解除』『日本武装解除』を暗喩するものであり、入蒙記を、単に軍部の誘いに乗った出口王仁三郎が、張作霖軍の動きを読めず死にかけたが、運よく生き延びた体の冒険漫遊記であると読むのは誤りなのである。

ここに全81巻の霊界物語でも入蒙記が別巻とされている理由がある。

出口王仁三郎全集の第一巻、第二巻は、戦後の大本各派の考え方ではあまり取り上げられてこなかった部分があり、考えさせられる部分がある。それはいわゆる霊がかりを離れた部分である(神人和合など)。


さて戦後、霊界物語をあまり読まなかったらしい出口直日さんがヘゲモニーを長く握っていたせいか、戦後は霊界物語の内容の掘り下げ、分析に関する文書はほとんどない。

そのかわりに世間を騒がした宗教家として、二度の大本教事件の首魁とての取り上げは何度もされてきている。これは遺憾なことである。


出口王仁三郎における古神道再興は、ネオ古事記としての霊界物語の自動口述書記、帰神を実質的に放棄し鎮魂主体での修行法構築、さらに二度の大本教事件を誘うことと大本神諭と数々の予言による日本国の運命の軌道修正というのが、基本的な柱になっていたように見える。

さらにみろくの世に向けた布石として言霊学の基本の公開がある。今の時代は、あまりにも現界、物質世界、肉体レベルのみ偏重であって、言霊で扱うアストラル・レベルの精妙な感覚を正当に感得できる人はまれであるために、この時代に言霊学が正当に理解され実地に応用されることはないだろうが、出口王仁三郎はことさらに言霊学を置いた。

クンダリーニ・ヨーガは、血統相続ではなく霊統相続。古神道再興という流れで見れば、本田親徳→出口王仁三郎→ダンテス・ダイジという流れはあるように思う。

さらに言えば、出口王仁三郎は6度死んだが、何度目が高熊山であって、その他の5回はいつであって、それぞれどのようであったかは、何も伝えられていないのは非常に残念である。

それこそが、出口王仁三郎の『体験とは言えない体験』の核心だからである。

あまた出口王仁三郎本は出ているが、それがわからないと出口王仁三郎の真の評価はできない。

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防暑法

2017-07-17 02:36:48 | 冥想アヴァンギャルド
◎シエスタから保水スカーフまで

35度を超える暑さが1週間続くと、さすがに身にこたえる。

午後3時頃電車に乗ると、野球だかサッカーだかの小学生チームがコーチと一緒に結構乗っているが、『激しい運動をしないようにしましょう』などという生命の危険防止よりも行事予定の消化が大事なんだと空恐ろしく思った。

夏季の気温上昇がここまで来ると、スペインか南米みたいにシエスタ(昼寝)でもって猛暑時間は外出しないとか、中東の、防塵、防暑兼用でシュマグ(顔を覆うスカーフ)を用いるとか、民俗的な対応が必要ではないかと思う。

南米アマゾンでは夏季40度まで上がり湿気もすごいのだが(湿度90%はざらにある)、日本人移民の方が2リットルの水を毎日10本は飲んでいたというような話を記憶している。

身体の中心部の体温は40度以上になると熱中症になるのだそうだが、このアマゾンの日本移民の方の水の飲み方はその対処法を象徴している。

今日本では午後外出してもせいぜい冷えたペットボトル1、2本だが、直射日光に肌をさらすスタイルで、これで水分による体温抑制は足りるのかと思う。

ちなみに私は、頭に水を含んだタオルキャップみたいなのをかぶり、首には保水のスカーフを巻き、水冷で外出しています。数時間外にいることになったので、
さらに保冷剤付きベストにチャレンジもします。

外出して帰宅した直後は、やる気がなくなり、何とはなく身体が動かなくなるものだから、このぐらいは気をつけて対応しています。
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