アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

西郷隆盛の写真が残っていないこと

2016-04-30 06:29:43 | 時代のおわり
◎真相を暴露しない

西郷隆盛の写真が残っていないことは、幕末ミステリーの一つとして数えられることもある。でもそれは、おそらくミステリーでも何でもないかもしれない。

西郷隆盛は、沖永良部島への島流しの時代にフィラリア症(象皮病)にかかった。

西郷隆盛は晩年は陰嚢が人の頭大に腫れ上がっていた。西南戦争に敗れ鹿児島城山で自刃したが、首のない屍体検視にあたり陰嚢水腫の存在から西郷隆盛本人と判定された。(愚直の一念/尾辻義人/斯文堂、空飛ぶ寄生虫/藤田紘一郎P53-55)

こういう人が写真を撮られたくないのは当たりまえ。マスコミや世間は何でも暴露したがる傾向があるが、暴露しない方が本人のため、世間のためになることはある。

昔NHKの大河ドラマで、西田敏行が健常者として西郷隆盛を演じていたが、あれも西郷のイメージ形成に影響を与えたことはあると思う。

それにしても世に稀な一等星に当たる人物に、神はこのような苦難を与えるものなのですね。

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トイレの神様

2016-04-29 07:00:08 | クンダリーニ・ヨーガ
◎クンダリーニ・ヨーガの面貌

霊界物語第一巻に、艮の金神たる金勝要神は大便所に何千年も落とされていた神であるという顰蹙もののセンテンスが大真面目に置かれている。艮の金神とは、大本教神話のメイン・プレーヤーであって、その主役が、『われは大便所の神なり。』と自己紹介して登場するのだ。

権威づけ、箔付けをするなら、これはあり得ない展開だ。こういう部分は、上品な社会人は読み飛ばしがちなものであるが、実はクンダリーニ・ヨーガの根本はここにある。

『人がたとえ皆逆立ちして見えても、足に向かって話し掛ける冷静さを持つ人だけが、クリヤ・ヨガブリザードを突破できる』ダンテス・ダイジ

『耳で見て目できき鼻でものくうて 口で嗅がねば神は判らず
 耳も目も口鼻もきき手足きき 頭も腹もきくぞ八ツ耳』出口王仁三郎

『わしは、風の吹きさらす樹に、九日間の間、槍に傷つき、オーディン、つまりわし自身に我が身を犠牲に捧げて、誰もどんな根から生えているか知らぬ樹に吊り下がったことを覚えている。』オーディンの箴言138

こうして並べて見てみると、オーディンの箴言の『槍に傷つき』とはブリザードのことを言っているのだろうか。
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神をも恐れぬ

2016-04-28 05:41:07 | 冥想アヴァンギャルド
◎「総員 玉砕せよ!」水木しげる

「総員 玉砕せよ!」は、水木しげるが自任する代表作。自身の体験が色濃く反映されている。玉砕とは、全員死ぬこと。

舞台は、南太平洋ニューブリテン島のバイエンで、ここを死守する部隊が、自分は死なないで逃げおおせようとする将校の玉砕命令に従って、絶望的な戦闘を繰り返していく話。
この漫画では、旧日本軍の非人間性と将校の人でなしぶりが端的に描かれている。

しかしながら軍隊という組織は上意下達であって、如何なる命令でも服従するものである。よって命令・指示を出すトップ層がどういう人たちかということが問題となる。

出口王仁三郎によれば、東條英機は、天佑つまり神の助けを求めなかったのがまずかったと指摘している(新月の光)。敗戦の原因は東條英機のみに帰せられるものではないが、当時の日本軍人たちは、自分たちが一番偉く、神なんか関係ないという感覚に陥っていたわけだ。

一方役人。役人は法の執行者であり、かつその執行の結果において個人として責任を問われることはまずない。よって役人のトップ層は、無謬かつ無責任というような地位となる。これについて日本郵政の社長までやられた西川善文氏が、テレビインタビューか何かで、高級官僚は身分であるみたいなことを発言していたのを記憶しているが、要するに人間として社会的に無謬かつ無責任であればそれは身分であるということかなと、その表現に感心した。

神が無責任であるわけではないが、無謬というのは神の属性であって人間の属性ではない。

国家神道の成立過程を見ていくと、岩倉具視らの影響も大きいが、役人が仏教の弱体化と天皇の現人神化を推進してきた部分も大きい。徳川の始めなら天海僧正のようなスピリチュアリストが神眼で未来や世界全体を見まわして大改革遂行してきたところを、おそらくは明治以降、神知らぬ只の人が高級役人として大改革したのであろう。

今軍人にはかつての権力はなく、文官全盛だが、文官がその守られた身分で神と関係なく国家を操縦すれば、かつてのように国民を塗炭の苦しみに追い込むことが現出せぬとも限らない。これを神をも恐れぬ所業とスピリチュアリストたちは見る。

さて何万人何千人の組織の中で神知る者がたった一人であれば、今の時代は何もできやしない。神知る者が本当に続々と出なければ、日本が変わることはない。しかし日本は神国であるがゆえに、正しく変わることを求められている。

組織の論理だけでは突破口はない。よって日本の大改革は、外国の手によるという情けないことになりがちである。
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日本人が知っておくべきこの国根幹の重大な歴史

2016-04-27 05:13:13 | 古神道の手振り
◎出口王仁三郎の出自など

「日本人が知っておくべきこの国根幹の重大な歴史/加治将一・出口汪/ヒカルランド」は、ヒカルランドでは珍しいハードカバー本。
出口王仁三郎フリークとしては、出口王仁三郎情報を収集すべく見てみた。

出口王仁三郎の有栖川宮ご落胤説を丹念に追っている。ただし、クンダリーニ・ヨーギとしての出口王仁三郎については何の言及もない。出口王仁三郎は、神人合一し、肉体死を体験すること6度に及んだわけだが、そのことについて有栖川宮ご落胤は主たる条件だったかと言えばそうではあるまい。

彼は六神通のうち天眼通、天耳通はほとんど常時使用している人物であった。
神と常時コンタクトしながら社会的活動を遂行するというのはまことに稀有なことであり、出口王仁三郎を語る本来的な重心はそこに置くべきだろうと思う。

彼が人と会うとその人の守護神がその人の来歴を報告に来る。加えて、人によってはその人の人生上の重要シーンをビジュアルに見せてくれる。そうしたブリーフィングを受けた上で人に会うのだから、相手はたまったものではないだろう。でも神人というものはそういうものだろう。

出口王仁三郎は、昭和10年から昭和17年まで収監されていたので、世間的にはこの時期隠されていたのであるが、昭和10年の第二次大本事件までで、出口王仁三郎の社会的ご神業は完遂した。

新月の光に出口王仁三郎が出征兵士へお守りを渡す話が複数出てくるが、昭和17年8月の出所以後のことなので、昭和16年の開戦以前から日本の敗戦を見据えて出征兵士に対応していたわけではない。

出口王仁三郎の求道の師としては、静岡県清水の稲荷講社の長沢雄楯がいるが、力量的には、出口王仁三郎の方が上であり、師らしい師について修行していないのは、こうした実力派クンダリーニ・ヨーギには時々あることである。肉体のある師かどうかは別ということがあるようなのだ。
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雛型経綸とズレ

2016-04-26 07:32:31 | 究極というものの可能性
◎日本人全体への評価

大本教への二度の弾圧は雛型経綸であって、やがて日本の行く末に反映していくとされる。

最初の弾圧は、第一次大本教事件であって、大正十年に指導者出口王仁三郎らが逮捕収監された事件。教勢的には一時大打撃を受けたが、大本教はそれをバネとして逆に教団の規模を急拡大していき、昭和十年には全国で8百万人とも言われる信者数を誇っていた。

これが日本の姿で言えば最初の敗戦である太平洋戦争での敗戦に当たる。戦後はA級戦犯が東京裁判にかけられ戦敗国の悲哀をなめ、国民も貧困と飢餓に苦しんだが、たまたま朝鮮戦争が勃発したことにより日本は、西側の東アジアにおける要石として未曽有の経済発展を遂げることができた。

二度目の大本教への弾圧は第一次大本教事件であって、昭和十年十二月八日聖師出口王仁三郎が、逮捕収監され、信者3千人が検挙された他、教団資産の接収、教団建築物のダイナマイトによる破壊など、地上の上から教団の痕跡をなくしてしまおうというほどの破壊が行われた。

大本側でもこれを予期した動きがあり、昭和十年十二月の弾圧前夜、道士笹目秀和が教団のご神体を崑崙山中に返還することを出口王仁三郎らに託され、ここにスピリチュアルな大本教の使命は終わったとされる。

出口王仁三郎の収監期間は6年8か月の長きに及んだ。

これが日本の姿で言えば二度目の敗戦にあたるはずだが、それはまだ日本には起きていない。

この文明の大破壊は、多くの預言者、覚者によって20世紀末、あるいはシンボリックに「1999年」などと言われていたが、その時期はやや先送りされているように見える。

本来あるべき世界の姿、日本の姿からズレているから遅れているとは思う。そのズレが、必ずしも人間の側にとって好ましい方向かどうかはわからない。

東日本大震災は、大地震、大津波、原発事故とまさに国難であった。しかしこれを予言できた者はほとんどいない。未だに仮設住宅に15万人も住む現状では、文明破壊の一歩と言える。

そして今般の熊本連続地震。これも予言できた人はほとんどいないのではないか。

予言できたできないということが問題なのでなく、緩慢に日本の大破壊が進むのは、緩慢であることは人間にとって恩恵だが、日本人全体の覚醒度が、大破壊の規模、程度を決めることが問題。そこで、東日本大震災と熊本地震は、ズバリ日本人への評価そのものだろうということ。

その文明の評価は何人悟った人間を出せたかということ。日本は冥想国家になれるか。


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孫子と現・元共産主義国家

2016-04-25 03:39:19 | 時代のおわり
◎ラインハルト・ゲーレン回顧録

以下の文は、ナチスの情報機関の元締めのゲーレンが書いた孫子の一部だが、その内容は、いままさに現・元共産主義国家から日本に対しても的確に仕掛けられている。

『戦場で戦わずに敵の抵抗を破壊する術策に勝る術策はない。戦場でのみ、直接的戦術は必要である。だが、真に、また恒久的勝利をもたらすものは間接的戦術だけである。

敵国にある価値あるものはなんでも破壊せよ。諸侯を犯罪的事件に連座させよ。その他の方法によっても、彼らの地位を掘りくずし、彼らの名誉をおとしめ、彼らをその同胞市民の間の公然たる笑い者にしてしまえ。

最下層民、賎民の助けを避けるな。できるかぎりの手段を使って、彼らの政府の活動を破壊せよ。

敵国住民の問に、分裂と争いを広めよ。若者が老人に反抗するように仕向けよ。あらゆる手段を使って、敵軍の武器、補給、規律を破壊せよ。古くからの習慣を打ちこわし、信心を集める神々を地に落とせ。約束と報酬を惜しまず、間者とその同類を買収せよ。四方八方に間者を送り込め。彼らに金や約束を惜しむな。彼らこそ大きな報酬をもたらす。』
(諜報・工作/ラインハルト・ゲーレン回顧録/読売新聞社P331から引用)

日本でもインテリジェンス組織の設立が叫ばれて、設立されたかどうかは知らないが、ゲーレンによれば、設立から軌道に乗るまでは5年かかるという。

国を守るのは、自衛隊だけでなく、実はこうした組織が守っていく。そうした国の保安に関する常識を政治家もマスコミも国民もほとんど持たないことも国家の危機が進む要因となる。

戦前は各国においた駐在武官が現地の情報組織を統括していたが、本国の首都でそうした各方面の情報を分析判断していた部署が相当に赤禍にやられていたのが判明したのは戦後になってからであり、近衛上奏文などはその一つの典型的暴露とみることができる。

アメリカ盲従で切り盛りしていた国家もいまや自前の眼と武器を持たねばならぬように追い込まれつつある。

また本当に国を存続させるのは、無辜の国民の覚醒度合でもあることも忘れてはならない。インテリジェンス組織や軍隊を用いる国民の心が駄目なら、国も駄目になる。まずは冥想により心を立て直すことが肝要。

応仁の乱以後 100年以上遷宮もできなかった伊勢神宮再興の運動の中心になったのは、神道家でなく、宗派の異なる仏教の尼さんだった。大改革は常に辺縁、辺境から起きるものだ。
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出口王仁三郎の尸解論

2016-04-24 05:44:55 | クンダリーニ・ヨーガ
◎自然の法に従う尸解など

出口王仁三郎が尸解を論じている。尸解は、とりわけチベット密教では重視されているが、
禅で尸解は普化が有名であり、日本でも尸解はなかったわけではない。

『加藤『尸解(しけ)の法についてお伺い致したいのですが』

出口氏『ガット虫が蝉になるのもみな尸解の法である。
ガット虫に羽が生えて変わるだろう。麦の中から虫が発生(わ)いて蝶になる。これもみな尸解の法だ。天狗になったとかいうのは人間のうち尸解の法によってなったのだ。鳥などは自然に従っているから何でも出来る』

加藤『尸解の法によって霊界に入る以外に霊界に入ればそれらの血液はどうなるのですか』

出口氏『鶏なんかは大抵食うようになっているから、殺された時に霊が抜ける。それが霊身を作って、鶏なら鶏になっている。人間の体は死ぬと血が黒うなってしまう。霊のある間は霊が流通させているけれども、霊が抜けてしまうと肉体の中に入ってしまう。滓(かす)が残っているが血が血管の中を廻っているのは霊が動いているからで、人間の血は霊なのだ。

霊が入っているから赤い。霊がなくなってしまったら、水分が体内へ吸収されてわからんようになる。静脈血は初めから黒いが、本当に良いやつは融和してしまう。水気が屍体と一緒になってしまうのだ。血液は元通りあるのだけれども、屍体の中に一緒になってしまうので分からなくなってしまうのだ。霊というものは形のないものだから、形のないものが血液の中を廻っているから赤いのだ』』
(『昭和青年』昭和7年12月号の出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会から引用)

七つの身体論でいえば、血液といえども物質レベルだから、血液についてはOSHOバグワンはほとんど気にしていない。チベット死者の書でも血液については、体液の流出として描かれてはいるが、その程度の言及だったように思う。

出口王仁三郎も霊は形がないとして物質レベルではないことを前提にしている。
覚醒から尸解に至るロジックは、通常の社会通念の外側にある。そして尸解も輪廻転生の一シーンであり、メカニズムが解明されるのは今の時代ではないだろう。
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狂った長堂和尚のこと

2016-04-23 07:16:40 | 丹田禅(冥想法8)
◎小根劣機

白隠禅師に認められた福岡県の古月禅師の弟子の一人に長堂という僧がいた。
長堂の機鋒激しく、静岡に赴いて自分の悟っている境涯を白隠禅師に見せつけてやろうと思い立った。
古月禅師は、長堂に紹介状を書き与え、静岡に送り出した。

気勢にはやる長堂は、沼津に着くやいなや白隠へのお目通りの許しも得ず、いきなり入浴中の白隠のところに押しかけて、自分の見解を聞いてもらった。

白隠は、「そういう見解ならば、ここに来たのも無駄でなかったというものだ。まあしばらく下がりなさい」と言って長堂を下がらせた。長堂は、この時白隠禅師が自分の境地の高さを認めてくれたとやや誤解したらしい。

さて白隠が古月からの紹介状を見ると「この若者は見処がないわけではないが、器量が小さい男です。どうか方便を以て教えてください」などと書いてあった。

白隠はこれを読んで、長堂に対し「お前のような小根劣機の者が、もし大事を了畢したなどと言っても、そんなものが何の役に立つか!」と怒鳴りつけた。
哀れ長堂は、その場で発狂してしまい、その後も回復しなかったという。

後に長堂は、福岡県に帰って寺の住職となり、独り禅の修行を続けていた。毎年12月臘八の接心(12月1日から8日の朝までの昼夜寝ずの禅修行)を小僧と猫を伴って行い、坐禅中に猫が逃げ出すとこれを捕まえて、どうしてわが寺のルールに従わないかと、猫を警策で打ち据え猫を数えきれぬほど殺したという。

小根劣機とは、生まれつきのことであり、いわば本人の力ではどうしようもない部分。結果的に自ら社会性を断って、自分の世界に入り込んでしまう長堂のような人は、時節を待つしかないのだろう。


『人間は神と悪魔をかかへつつ喜怒哀楽の巷に迷ふ』(出口王仁三郎)
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十勝の陸別で牧草地が隆起

2016-04-22 05:35:53 | 時代のおわり
◎人心が動く

北海道の十勝の陸別で牧草地が幅20m、長さ60mにわたって高さ3mほど隆起しているのが発見されたそうだ。同じ様な現象は、1年ほど前に知床でも500メートルにわたり海岸線が高さ15mほど隆起しているのが発見されたことがある。

熊本の地震でもわかるように、地震国家日本では、小規模な土地の隆起沈降はよくあること。松島や象潟では、大規模な土地の沈降を見ることができる。

地震の少ない中国のことわざに桑田変じて滄海となるというのがあるように、大規模地殻変動すら現実に起こるものだ。

禅語録に、幡が風になびいて揺れるのを見て、何が揺れているかという問いに対し「幡が揺れている」「風が揺れている」という議論はともに不正解となった。

ものを考えない習慣を持つ人が増え、そうした日本では、かつてないほどに人心が揺れ動きやすい。やじろべえが反転して均衡に戻るような動きが、日本人にどの程度できるのだろうか。
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不自由な生活と人格変化

2016-04-21 05:54:25 | 時代のおわり
◎強制収容所による人格変化と熊本地震

熊本地震も長期化につれ広域避難が語られるようになった。

強制収容所における迫害による長期にわたる後遺症の一つとしては人格変化があげられる。

社会的に孤立し、無感動で、頼りがなく、受身であり、運命論的であり、依存的であるという傾向と、
他方では疑い深く敵意を持ち、他人を信ぜず、皮肉で悪意のある態度をとるような傾向がある。

これらの人格の変化は対人関係の障害をひきおこすし、そうした現実の中で更に際立ったものとなるのである。』
(拘禁の病理/金子嗣郎/紀伊国屋新書P49から引用)

この文章は長期にわたる強制収容所での生活の結果としての人格変化の例だが、衣食住の不自由を忍ぶ避難生活の中では、こうしたいやな面が出てくるのはやむを得ないところがある。

悟りとは人格の円熟とは関係ないが、極めて自由の制限された生活環境にも人間は自由であることを自得せしめるものであろう。覚者と社会的不適応は永遠の論点の一つだが、現代日本社会は、あまりにも不便さが極小化された特異な社会であるがゆえに、避難生活の中では。社会的適応の心理的諸問題が表面化しやすいということはあるのではないか。

孤独、孤立が、表面化するがゆえに『絆』と言うのだろう。
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出口王仁三郎が世界の秘密を見た時

2016-04-20 05:28:08 | 古神道の手振り
◎み神よ我と倶(とも)にあれ

この歌は、出口王仁三郎が、初めてこの世界の行く末と世界の秘密を高熊山の一週間連続冥想修行において感得した時に、留守宅の机上にしたためておいたメモ。

この後、彼は意識ははっきりしているが口もきけない、身体も動かせないという状態に入る。この文章が高熊山修行後に書かれたものであろうとは思われるが、本人はそう説明していない。

『我は空行く鳥なれや
我は空行く鳥なれや

遙かに高き雲に乗り
下界の人が種々(いろいろ)と
喜怒哀楽に執はれて
身振りも足振りする様を
我を忘れて眺むなり

実に面白の人の世や
されどもあまり興に乗り
地上に落つる事もがな
み神よ我と倶(とも)にあれ』
(霊界物語第37巻第六章から引用)

出口王仁三郎は、芙蓉仙人に案内され、霊界・幽界・神界と世界の始めから終わりまで見た。この時の出口王仁三郎の感動と驚きがこの歌に込められている。

この時見た日本の行く末について同じビジョンを持っていたのが出口ナオで、それを理由に同じ教団として活動する。

戦後、マスコミからも政界からも出口王仁三郎は事実上抹殺されていると言ってよい。彼が戦前官憲から弾圧を受けたという事実が尾をひいている部分もその理由の半分だが、それ以上に日本人が日本の由来、日本の歴史、神と自分についてあまりにも関心が薄いというのも理由の半分だと思う。



以下も出口王仁三郎の歌だが、クンダリーニ・ヨーギの現実感覚について、クンダリーニ・ヨーギ達はしばしばこのような表現をとるものだ。

耳で見て目できき鼻でものくうて 口で嗅がねば神は判らず
 耳も目も口鼻もきき手足きき 頭も腹もきくぞ八ツ耳

クンダリーニ・ヨーガは、このようなものだろうと思う。
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地震への備え

2016-04-19 08:01:00 | 時代のおわり
◎他人任せ

東北北海道の人は、幼少の時から地震は怖いものだと骨身にしみており、関西の人も阪神大震災、関東の人も東日本大震災があってから、防災用品とりわけ食料、水の準備は心がけている人が多いはずだ。その目安は、東日本大震災以前は3日分は備蓄というのが基準だったように思うが、最近は、今後の首都圏大震災では7日分と言い出すようになった。

どこでも近所の小中学校が避難所となっているが、そこに何千人という人が押し掛ければ、食料、水の備蓄はあっというまになくなる。70万都市熊本で10万人が避難者として押し寄せれば、避難所の居所は勿論食料も水も足りないだろう。

仙台も大都市だが、震災後の最初の三日は水・食糧が特に厳しいことは皆知っていた。それでも一か月くらいは確かに食料は厳しかったし、東日本全域が津波でもやられたし、原発メルトダウンのこともあった。ただ家屋の損壊は熊本ほどではなかったし、食料・水の各家庭での備蓄が地震初期は相当に効いていたのではないか。

一方今回の熊本の地震では、建物の耐震性がまず言われるが、各家庭での食料、水の備蓄がもともと不足していたのではないかと思われるふしがある。

食料、水の備蓄は、あすはどうなるかもわからない我が身の、神への畏れの現われみたいなものである。畏れを感じていればそうするし、感じていなければそうしない。

100%の努力を尽くさないと天佑神助はないと、経験的に知っている人は多いのではないか。

被災したら役所が面倒をみるものだと思い込んでいる人が多いようだが、最初の3日は自分でがんばるものという心がけが結果として地域全体を楽にするのではないか。

役所の中も半数くらいが非正規になって、昔ほどがんばれない。

それもこれも自分で考えない人が余りにも多くなったせいだろうか。
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日本の龍脈-中央構造線

2016-04-18 05:32:40 | 時代のおわり
◎ただひとり かみのみまえに ひれふし おろがむ

中央構造線に沿った古社を西から追っていくと

まずは九州、
阿蘇神社 (肥後国一宮)

大分へ横断して
西寒多神社(豊後国一の宮)

松山、西条、四国中央と進み、四国の吉野川沿いに横断し
大麻比古神社(阿波国一の宮) これは鳴門

和歌山市から再上陸し、日前・国懸神宮(紀伊国一の宮・旧官幣大社)
紀の川沿いに上り、そして葛城、吉野を経て櫛田川沿いに東行し、伊勢に出る。
伊勢神宮

渥美半島から三河に入り、諏訪に向かって北上する。
砥鹿神社(三河国一の宮)

大鹿村から茅野を通り、諏訪へ向かう。
諏訪大社(信濃国一の宮)

中央構造線は、日本の西半分だけれど、十分に龍脈。世に密教系の行者が風雨雷霆を叱咤し、天候や地震を操作する話があるが、天神地祇自らが動かすことに比べれば児戯に等しいものであることを痛感する。

今般の熊本地震は、阿蘇神社の損壊で始まった。この龍脈上には、鳴門があり伊勢神宮がある。人間は神の生き宮。天地(あめつち)を わがものとして 楽しむことができるか。

出口王仁三郎の歌2首

われもなく うつしよもなく ただひとり かみのみまえに ひれふし おろがむ

あめつちを わがものとして たのしめば こころのにわに とわのはなさく



(画像はwikipediaから)
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中央構造線と巨大地震の連発

2016-04-17 06:04:43 | 時代のおわり
◎人心の刷新

フォッサマグナといえば、映画「黒部の太陽」で世に広く知られることになったが、中央構造線も巨大地震のラインだとは、今回初めて知った。

というのは、豊臣秀吉の頃、
1596年9月1日慶長伊予地震 M 7.0 愛媛県で寺社倒壊など
1596年9月4日慶長豊後地震 M 7.0~7.8 大分県で死者710人など
1596年9月5日慶長伏見地震 M 7.0~7.1、京都や堺で死者合計1,000人以上。造営されたばかりの伏見城の天守や石垣が崩壊。

このように5日間で巨大地震3連発とは恐れ入る。

中央構造線ではないが、安政の1854年には、別の連発があり、
12月23日 安政東海地震(東海・東南海地震) M 8.4、死者2,000〜3,000人。房総半島から四国に津波、特に伊豆から熊野にかけて大きな被害。
翌日、
12月24日 安政南海地震 M 8.4、死者1,000〜3,000人。紀伊・土佐などで津波により大きな被害(串本で最大波高11m)。

こうしてみると巨大地震の連発は、日本列島の定番みたいなもの。
出口王仁三郎の尾張半田の分断予言もよく見れば、中央構造線上である。日本の天神地祇が大地を震わして人心の刷新を図られるのは、日本国の特徴である。それは、必ずしも人間の都合とはマッチしていないのだが。
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バーヤズィード・バスターミーの修行

2016-04-16 06:40:40 | 冥想アヴァンギャルド
◎ありとあらゆる被造物が死ぬ

イスラムの神秘家バーヤズィード・バスターミーは、9世紀イランの修行者にて神秘的合一を達成した人物。彼の祖父は、拝火教徒で、父はバスタームの名士だった。

『伝えられるところでは、彼はこう語ったという。

「私は十二年間というもの鍛冶屋が鉄を鍛え上げるように己自身の鍛練に没頭した。己自身を苦行の竈(かまど)に入れては、修養の行の炎で焼きつけ、我執をおさえつける鉄床の上に置いては非難の大槌を叩きつけて、己自身の鏡を作り上げた。

五年間、私は自分自身の鏡そのものであった。私は、あらゆる種類の服従と礼拝でその鏡を磨き続けてから、一年間、戒めの視線を投げかけた。

すると自らの腰の回りに、高慢と媚、神に従う己への自己満足、自惚れでできあがった異教徒の腰帯(ゾンナール。拝火教徒がしめる腰帯。非イスラーム教徒の象徴)が見えてきたのだった。私は、後の五年、修養に努め、ついに異教徒の腰帯が断ち切られた。私は新たにイスラーム教徒となったのだった。

見渡すと、ありとあらゆる被造物が死んでいるのが見えた。彼らのために“アッラーは偉大なり”を四度唱え、彼らの死体から立ち戻ると、被造物に邪魔されることなく、神の手助けにより、神に到達することができた』
(イスラーム神秘主義聖者列伝/ファリード・ウッディーン・ムハンマド・アッタール/国書刊行会P159-160から引用)

いわゆる自我の死について、破鏡という表現ではなく、『ありとあらゆる被造物の死』という表現で示す。ダンテス・ダイジは、自我の死とは、自我をとりまくあらゆる宇宙の死であると示唆したが、同じことを描写しているように思う。

あらゆる被造物の死から立ち戻るとは、復活であり、神の手助けがあって神に到達とは、秘儀そのものである。
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