アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

康節が天津橋で杜鵑を聞く

2015-10-31 06:50:11 | 時代のおわり
◎一事象から天下全体の動きを直観

康節は、梅花心易を創始した北宋の儒学者。

康節が、洛陽にあって、客と天津橋上を散歩をしていたら、突然杜鵑(ほととぎす)の声を聞いて、不機嫌になった。

客が理由を問うと、
康節「もともと洛陽には杜鵑はいない。ところが今洛陽にやってきた」

客「それは、どういうことですか」

康節「洛陽にはもともといない杜鵑が、南からやってきた。これは、気が南から北に流れていることを示す。

天下が治まろうとすれば地の気が北から南へ、乱れようとすれば南から北へ動くものである。よって、洛陽に杜鵑が現れたのは天下が乱れる兆候だ。」

果たしてこの後王安石の変法によって世は乱れる。

康節によれば、こうしたマクロな気の流れは、鳥が先に移り、次に草木が移るそうなので、今で言えば地球温暖化そのもの。
地球温暖化とは、地球全体で地の気が南から北へ動くものであって、地球全体が乱れる大ムーブメントの謂いとなる。

梅花心易では、一事象から天下全体の動きを直観したから凄いみたいな扱いではあるが、このような直観は現代人ならかなり働いているのではないか。それが現代人の進化というものだと思う。

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此の道や 行人なしに秋の暮

2015-10-30 04:56:04 | 現代冥想の到達点
◎帰る家がない

覚者の絶対的孤独感は、それが、絶対的であるがゆえに理解されにくい。

此の道や 行人(ゆくひと)なしに秋の暮

これは松尾芭蕉の句。これだけ読めば、宵闇漂う舗装されていない道を宿へと急ぐ自分の寂寥感の表出であるだけの句である。

ところが松尾芭蕉は覚者なのである。覚醒は、孤独の極みを通過して起こる。そしてまた覚者の感情はあまりにも当たり前の人間と同じように残っている。個の隣で全体と一致するということが起こるのだが、それは、強烈な孤独感を残す。

その孤独感は、あまりにも透徹していてあらゆる次元において独りであるという実感でもあるから、「帰る家がない」という嘆きにもなる。

国家や社会や家庭が荒れ果てていても、彼らに帰る家や故郷はない。
ダンテス・ダイジはそうした心境を「私はわが家に安坐している」という詩において、
『帰る家がないからといって
家を求めてさ迷うには及ばない』とそろりと書いている。

こういうのを恩寵というのだろう。
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天災と人為

2015-10-29 05:42:43 | 時代のおわり
◎マクロの禊払と報恩感謝

真言密教の国家鎮護の後七日御修法は、この1200年、宮中において執り行われたり行われなかったり。

一方、時代が固定化し、人間が堕落し、奢侈淫逸に流れ、爛熟の弊風が世の中に充満すれば、日本では不思議に大地震が起こり、メガ・レベルの禊払いを行うのが、神国の神国たる所以である。

貞観、元和、寛永、慶安、元禄、宝永、天明、安政、大正、そして昭和18年の鳥取地震、19年の東南海地震、20年の三河地震、21年の南海地震、そして、2011年の東日本大震災と、大地震が起きた時代の雰囲気を見れば、当時の政治や経済や社会のありようが、大地震を招来したかに見える。

天災が多いということは、被災者がその都度発生することであるが、マクロな修祓、立替えというのは、そうしたものであり、それをきっかけに国全体が善なる方向に修正されるきっかけとなるのであるから、そのような災厄ですら神の恩寵と見ることこそ、真の報恩感謝というものだと思う。

人は自分の思いだけでは、何も実現できはしないが、それでも日々できることを精勤するのが、人として当たり前の姿である。

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21世紀の黒船到来

2015-10-28 05:10:03 | 時代のおわり
◎米イージス駆逐艦の南沙諸島の中国拠点への派遣

米海軍がイージス駆逐艦「ラッセン」を、南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島で中国が建設している人工島の12カイリ(約22キロ)内に26日夜(日本時間27日午前)、派遣した。

これで日本の70年続いた泰平の夢は破れた。集団的自衛権を整備し、仕上げにカザフスタンなど中国周辺国5か国の歴訪を安倍首相が行ったタイミングを見て、中国の野望に米国がストップをかけてみせた。
時しもさそり座の満月の日。オバマ政権は占星術師からアドバイスをもらっていないのだろうか。あるいは、まだ続く悪魔同士の戦いにそこまでの配慮はしていないのか、あるいは占星術を媒介とするアストラルは、大峠の近い今は、復興を見据えた路線を踏まえた読み方をすべき時期に入っているのか。

今般は米中対立みたいにみえるが、最初はこのように欧米ロシア挙げて「よき支那物」を取る格好でスタートするのかもしれないが、何かのきっかけで、アメリカまでがしまいに日本を取る仕組みに転化する可能性は大いある。ABCD包囲網の再現である。

日本は、3.11東日本大震災で悪カルマのある程度の解消をしたということはあるが、それが日本人の真の神仏への目覚め、あるいは冥想回帰へのきっかけになったとは思えない。要するに3.11東日本大震災は、警告レベルのものに矮小化されて今に至っているように思う。

窮まれば方向転換するのだが、残念ながら窮まらなかったということなのだろう。鞭の影を見るだけで動くのは良い馬であるが、窮まらないと方向転換できないのは、お粗末な馬である。

出口王仁三郎は、最初から「日本人は自分の手で立替え立直しはできない、外国人の手でする」と予言しているが、残念ながらそんな雰囲気に満ちている。
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人への懺悔、神への懺悔

2015-10-27 05:36:57 | 冥想アヴァンギャルド
◎悪しきバイブレーションの伝播と後始末

キリスト教会では告解室があって、人への懺悔が行われる。聖職者への告白を通して、その罪における神からの赦しと和解を得るという理屈づけである。仏教でも懺悔はあって他の僧に行うものである。

しかしそうした人前の懺悔では、その罪過は他人に伝えられることによって別の悪しきバイブレーションを伝播していく。出口王仁三郎は、自分の恥を他人にさらすのは、神を辱めるものであって、真の神様は喜ばれないと言っている。

出口王仁三郎は、善言美辞と言い、言い直し、聞き直し、宣(の)り直しという。

修祓・破壊と復興・再生という観点からすれば、人前での懺悔とは、面子を失うのであるからいわば修祓・破壊に相当し、その後の立て直しも考えなければならない。言い直し、聞き直し、宣(の)り直しとは、復興・再生の方である。

これに対し神の前での懺悔であれば、失う面子もそこそこであり、立て直しのスタートも容易で迅速である。

綸言汗の如く、流水も押しとどめることはできず、人前での懺悔は、後始末が大変である。

人は日々できることのベストを尽くし、天津祝詞などで日々諸々の罪穢れを払い給えと願い清め給えと願って過ごしていれば、つまり神前に懺悔を繰り返していれば、あえて人前で懺悔の必要はないだろう。


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魔術師マーリンの予言

2015-10-26 05:38:33 | 時代のおわり
◎キリスト教の信仰は滅亡し

ブリタニア列王史に魔術師マーリンの予言がある。予言に登場してくる地名は、ブリタニアが多いが、そうとばかりは言えないと思われる部分もある。何しろブリタニアは一度は世界を征服したのだから。

冒頭にブリタニアの山や谷は荒れ、キリスト教の信仰は滅亡して教会の廃墟が見られるというショッキングなシーンが見られる。

最後の詩に、太陽の光線に打たれて海は波立ち、昔の塵がまた甦るであろう。風は不吉にも突風となって格闘し合い、星座中にその騒音は響きわたるであろう、とある。

70余章の予言詩は、ノストラダムスのそれのように、時期の同定は困難。最後の詩でもって予言詩全体が、この時代が次の至福千年へつながるものであることを仄めかすが、決してそれは感動的な描き方ではない。

英国では、まだキリスト教会は滅亡していないが、そういう時代もあるだろう。狐の時代には、蛇が生まれて人間を滅ぼそうとする、ともある。あらゆる情報操作のこの時代は、狐の時代でもある。
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女性哲学者ヒュパティアの惨殺

2015-10-25 06:36:13 | 冥想アヴァンギャルド
◎キリスト教徒によるアレクサンドリア図書館の破壊

2009年のスペイン映画「アレクサンドリア」は、5世紀にアレクサンドリアで活躍した新プラトン主義哲学の天文学者・数学者であったヒュパティアの物語。彼女を天文学者、数学者の側面だけで見ると誤解しがちだが、この映画でも彼女が無神論であると烙印を押していた。

新プラトン主義とは、要するにプロティノス(3世紀)の系列であり、プロティノスを単なるギリシア哲学者と見ると見誤る。プロティノスは、その言説からクンダリーニ・ヨーガ型の冥想を経た人物であることがわかるが、彼女にもそうした冥想修行は継承されていたはずであり、その伝でいけば、「無神論」というレッテルは当たらない。

ヒュパティアの言う「考える」とは、ある冥想手法を前提とした「考える」であったように想像する。

当時は、キリスト教のギリシア教父オリゲネスとプロティノスの交流のように、自由に異教徒間で教義と体験の点検、検討、研究がなされていたはずだし、それらしきシーンも出てくる。

映画では国教となったキリスト教徒がヒュパティアを集団石打ちで惨殺するのだが、史実ではもっと残酷で、ヒュパティアを馬車から引きずりおろし、教会に連れ込んで、彼女を裸にして、カキの貝殻で生きたまま彼女の肉を骨から削ぎ落として殺害したという。惨殺されるのは、初期キリスト教徒の定番であったが、キリスト教徒はわずか4世紀後に、その因果を他宗派に向けたわけだ。

ヒュパティアの無惨な死は、アレクサンドリアから多くの学者たちが亡命してしまうきっかけともなり、アトランティスの叡智を収めたアレクサンドリア図書館がキリスト教徒の手によって破壊されたのは、後の近代西欧文明の世界支配の予兆だったといえよう。
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国家鎮護―後七日御修法

2015-10-24 06:23:25 | 密教
◎空海と日本人の安閑

後七日御修法とは、もともと弘法大師空海が開始せられた真言宗による国家鎮護の御修法である。

宮中にては、正月1日~7日に神事をとり行うのに対して(先七日)、正月8日~14日の後七日に行われる仏事すなわち国家鎮護の御修法を後七日御修法と呼ぶ。

空海は、天長5年、後七日御修法において、顕教スタイルの金光明最勝王経が講義されるのを聞き、このままではいけない、本格的な祈祷もなければならないと発心したのか、翌年に上奏し、承和元年(834年)から正月8日~14日、宮中中務省で、密教の修法をとり行った。

翌承和二年、勘解由という役所を改めて真言院とし、後七日御修法を永代恒例の厳儀とし、長安青龍寺恵果より招来した法具で荘厳した壇で、空海自らが大阿闍梨を務めこの修法を行った。
以後顕密双方の法式が執り行われることになった。空海はこの年高野山にて没す。

しかしながら、南北朝の戦乱で宮中真言院が廃絶、修法も中絶。
1432年普光院将軍(足利六代将軍義教)が真言院を再興し、後七日御修法も再開。

ところがまたも室町時代の戦乱で、後花園天皇の長禄年間(1457-60)に仏事廃止となったのと同時に後七日御修法も廃止となった。

江戸時代になり、東寺長者義演大僧正の奏請で、後水尾天皇が後七日御修法の再興を勅許。1623年から宮中で恒例として行われた。

更に明治4年9月太政官令にてこれが廃止せられた。
明治16年年初より、後七日御修法が再開、以後大東亜戦争末期も含め、後七日御修法は連綿として続けられている。
(参考:密教の神秘思想/山崎泰廣/大阪書籍)

宮中の国家鎮護の修法そのものは、このように、何千年も継続していたわけではない。ただし、修法中断の期間に国家鎮護されていなかったわけではない。

その中断期間においては、真言宗周辺の名も知れぬ篤信者が、国家鎮護の重心を担っていたのだろうと思う。これこそ日本の奇蹟ではあるが、誰もそんなところは騒ぎ立てず当たり前だと思っているようなところが日本らしい。この辺が日本人のおひとよしを育んだのだろうか。


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苦しみですらまんざらでもないのさ

2015-10-23 05:23:04 | 究極というものの可能性
◎アンナプルナ南壁 7,400mの男たち

2012年のスペイン映画「アンナプルナ南壁 7,400mの男たち」は、標高7400メートルのヒマラヤのアンアプルナ山頂目前のキャンプで高山病で意識が錯乱した登山家を世界中から友人たちが集まって救出に向かう話。アンナプルナ南壁は、高峰が連なり、7キロに及ぶ長い稜線を踏破しなければならないヒマラヤ山脈屈指の難ルートであり、10人のうち4人が命を落とすといわれる。

その救出に参加した登山家達が言う。高い山では、筋肉がきりきり痛むことがあるし、呼吸は苦しいし、飢えにさらされるし、渇きも常である(一杯の飲み水を作るのに携帯ストーブで氷を溶かして小一時間もかかるらしい)、疲労困憊で、意識をしゃんとするのにも骨が折れる、などと。

映画ではそれでも登山するのは、登山すると日常に取り紛れてわからなかった大切なことが何かということがわかるから、なんて説明をするがそうではあるまい。

真相は、「苦しみですらまんざらでもない」からである。

「苦しみですらまんざらでもないのさ」と云うのは、ダンテス・ダイジ。若い時分にこの言葉を知った私は大いに驚いたものだ。苦は悪であり、とにかく避けるべきものではないかと。要するに私には人生経験が欠けていたわけだが、釈迦の生老病死が苦であり、苦を避けるにはどうすればいいのかという仏教のスタート地点を頭から否定するようなこの発言には、ぎょっとさせられたものだ。

登山は苦しい。それでも登山をするのは「苦しみですらまんざらでもない」からである。
苦を超克するには、苦を堪えるある程度の胚胎期間がいる。悟りには、苦が要るのである。苦が窮まるには、苦の時期が要るが、「苦しみですらまんざらでもない」ことが無自覚であるうちは、悟りなどあるまいと思う。

「苦しみですらまんざらでもない」ことを自覚したダンテス・ダイジの凄みがここにもある。
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中国という現実感覚

2015-10-22 05:16:41 | 時代のおわり
◎大観園の解剖=戦前の中国のアヘン窟

日本では上水道が行き渡り、山中などよほどの不便なところでない限りは、手汲みの井戸にお目にかかることはなくなった。

私の少ない経験で言えば、水の悪い中国での生活に対して、昭和10年代の生まれくらいの人まではあまり抵抗がなかったように記憶している。水事情が悪ければ、風呂もシャワーもなかなか浴びれない。

明治や大正の人は、中国に留学し、中国語の舌の訓練が要る発音と「礼節」を学んだ人がいたものだが、彼らにさほどの中国での生活に違和感があったことは聞かない。中国での生活をやや不便と感じこそすれ、そこでの生活に耐えられないとまで思うことはなかったのではないか。

そうしたやや慣れた日本人であっても、中国人の徹底した虚無に近い部分の人生観に暗澹とし、また驚異の眼を見張るケースが時にあったようだ。

『大観園の解剖/佐藤慎一郎/原書房』は、そうした最もディープな中国人の生態と哲学と人生観に焦点を当てている。大観園は、戦前の旧満州ハルビンにあったアヘン窟。ここで中国人は、アヘン吸引に終日を充て、アヘン購入を繰り返すため、やがて金も尽き、飢えと麻痺で最後は路傍に死体として捨てられる。

死体は大方衣服をはぎ取られ、寒中に真っ裸であり、その衣服はたちまち売られ、取得した者のおこづかいになる。日本におけるような死者への「仏」に対する尊崇などかけらもない。

中国人は本能的であり、人間より動物に近い。その国土では永久に飢饉が繰り返される。これに対し、日本では、本能を脱却することが人間の理性の発露であることを誰もが自然に理解し行動のベクトルはそちらに向かおうとする。日本でも飢餓の時期はないことはないが、その都度少ないものを分け与えて清貧に暮らすことを恥じない民族の知恵がある。

大観園では、瀕死の病人(アヘン中毒者)の衣服を生きているうちに剥いで金にする。衣服は金になり、宿で死なれては他の宿泊者が迷惑するからだそうだ。裸で病人を街頭に置けば凍死するのだが、中国人はそれを自業自得だとし、同情すらしない。

こうした個人主義の極みについて中国人は、「誰不管誰」(人のことは人のこと)言い、隣家に盗賊が来ても構いやしないという、ものすごい通念があることで説明する。

中国共産党だってたかだか略100年の歴史だが、漢民族は4千年こうやって生きてきた部分がある。これでは、孔子の儒教が大いに必要とされるわけだと思う。道教から出てきた功過格がどこか上滑りなままで終わっているのもわかる。

中国の風土、社会、伝統の下では、このように最低限の人間の尊厳すら簡単に侵されるのであるから、甘ちゃんで苦労なく育った今の若い日本人には、漢民族あるいは中国人の本質というのは、ますます想像もできない人間像なのだと思う。
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ルドルフ2世のマニエリスム

2015-10-21 05:25:01 | 究極というものの可能性
◎神秘の開示

学生時代にマニエリスムの本を読んだが、その絵画は複雑で技巧に走り過ぎ、とても感心できる代物ではなかった。しかし、いまマニエリスムの一つである、ジュゼッペ・アルチンボルドの連作を見てみると、カルマあるいは前世がこの世を形成してきているというストラクチャーをそのものズバリで表現し得ていることから、ある種の完成度を持っていることに感心させられてしまう。

R.J.W.エヴァンズはその著書「魔術の帝国 ルドルフ2世とその世界」p207で、ハプスブルグ家の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の時代のマニエリスムは、絵画も工芸もそのテーマは神秘の開示にあるとした。

開示しなければ、その神秘全体を知的に直観することは難しい。開示しないままに全体を感じ取るという行き方もあるが、それは詩人や冥想家の手法である。

当たり前のことだが、人間の今生は、前世から引き継がれたものであるし、全くもってそうしたマンツーマン輪廻転生を否定する「人は神の生き宮」という立場もある。いずれにしても人は神とともに神を生きねばならない。

その姿が、仏教では、諸悪莫作、衆善奉行である。



(画像はwikipediaから)
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初期の天皇とアジア

2015-10-20 07:27:50 | 古神道の手振り
◎艮の金神の復活

艮の金神の東北へのご退隠とは、天皇が極東の島国だけを治めている様をいうのだとも出口王仁三郎は言う。

天皇の欠史八代とは、2代綏靖天皇から、3代安寧天皇、4代懿徳天皇、5代孝昭天皇、6代孝安天皇、7代孝霊天皇、8代孝元天皇、9代開化天皇のことで、事績の記述がないことをいう。出口王仁三郎のいうように、9代開化天皇で、世界の統一が完成したということであれば、初代神武天皇の東征以来、9代開化天皇までの時代の天皇の事績は、この日本列島のことではなく、ユーラシア全域のことであった可能性がある。

先代旧事本紀の神武天皇の段に饒速日の命が、空を飛ぶ天の磐船で大空を飛翔した記述が出てくるが、この時代は飛行機を持っていたが、まもなくそのテクノロジーは失われた。飛行機のある時代であれば、天皇のいう「統一」とはアジア全域であった可能性がある。またアジアの語源は秋津洲であると、出口王仁三郎も言う。

14代仲哀天皇が古事記で言うところの西の国は、新羅のことと考えるのが、通説であるが、こうした流れからすると、西の国は、西欧諸国であっても不思議はない。

しかしながら1、2世紀頃、飛行機のあるような物質文明が残っていた可能性は想像できるものの物証がないので、この議論で頑張ることはできない。

ただ、出口王仁三郎の神代から開化天皇までについての発言を総合すると、以下のようなことになるのではないかと想像される。

1万2千年前のアトランティス沈没の際にスサノオが日本にやってきた。スサノオはアジア全域を支配していたが、やがて勢力が一旦衰える。神武天皇の時代に東征を開始(東征というからには、根拠地は西アジアだったか。天孫降臨はウランバートル付近などとも。)、開化天皇の時代にアジア統一、世界統一を完成。
この後、天皇の支配エリアが日本だけに限定されるようなイベントが起こり、現代に至る。

以上は、根拠のない夢想に過ぎないが、出口王仁三郎の片言隻句を集めて組み立ててみると、こんな具合になる。これがより現実味を帯びるには、たとえば次のようなことが起きないといけないと思う。

1.文明全体を破壊する世界大洪水が直近ではいつ起きたかが判明すること。3500年前?
2.飛行機や外洋船のテクノロジーがいつ頃まであって、いつ失われたかが明確になること。2000年前頃には失われた?
3.神代文字の古日本の歴史書が敦煌文書やナグハマディ文書のようにまとめて出てくること。

こうしたことがはっきりしてきて初めて出口王仁三郎が霊眼で確認した、初期の天皇の事績がぼんやりと輪郭をとってくるのではないか。そして天皇の徳治による世界統一へと進む。これが艮の金神の復活にあたる。
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開化天皇

2015-10-19 00:01:10 | 古神道の手振り
◎若人の奮い立つべき時は来ぬ

出口王仁三郎は、「開化天皇を知らずして、霊界物語がわかるものではない」とした。
でも、『日本書紀』『古事記』とも、第9代開化天皇の事績に関する記載はない。

出口王仁三郎によれば、開化天皇は、若倭根子日子大毘毘命(わかやまとねこひこ-おおひひ)であり、若き日本の根本の神様であり、世界を統一する神様であるという。

更に、出口王仁三郎は、開化天皇のご神業を為し、昭和青年会の宣伝歌「若人の奮い立つべき時は来ぬ 若き日本の春は近めり」とは、開化天皇の宣伝歌であるともいう。

この歌と並んでこんなのもある。

いつはりの殻ぬぎ捨てて 天地(あめつち)の真木の柱の道光るなり

また霊界物語第一巻の冒頭
「高熊山は上古は高御座山と称し、のちに高座といひ、ついで高倉と書し、つひに転訛して高熊山となつたのである。丹波穴太の山奥にある高台で、上古には開化天皇を祭りたる延喜式内小幡神社の在つた所である。武烈天皇が継嗣を定めむとなしたまうたときに、穴太の皇子はこの山中に隠れたまひ、高倉山に一生を送らせたまうたといふ古老の伝説が遺つてをる霊山である。天皇はどうしても皇子の行方がわからぬので、やむをえず皇族の裔を探しだして、継体天皇に御位を譲りたまうたといふことである。」

日本がまもなく世界統一の大業を為すわけである。
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リンゴの島アヴァロン

2015-10-18 06:36:39 | 究極というものの可能性
◎異界への入口

アーサー王伝説では、カムランの激しい戦いの末、戦場に残ったのはアーサー王、その配下のルーカンとベディヴィア、モルドレッド卿のみとなった。モルドレッド卿との一騎打ちの末、ついにアーサー王は槍でモルドレッド卿を討ち果たしたが、アーサー王もまた瀕死の重傷を負った。三人の湖の乙女が、アーサー王を船でリンゴの島アヴァロンに運んだ。

アヴァロンの場所は不詳。だが、ケルトでは、リンゴとは異界、不老不死への扉であり鍵である

アイルランドの海の神マナナンは、エヴァン・アブラッハ(エヴァンのりんごの木)という名の島という異界を支配した。ここはリンゴの木がたわわに生い茂る魔法の国、不老不死の国。

そして現代もリンゴの時代である。世界支配の策源地ニューヨークのマンハッタン島はリンゴであり、額に刻印ならぬ腕に持つスマホはリンゴiphoneである(欧米ではリンゴ・スマホのシェアは7割ともいうらしい)。

これらのモチーフはリンゴを縦に2つ割りだが、実はリンゴの秘教的シンボリズムは横割りである。横割りにするとペンタグラムであり、日本の陰陽道でも、五芒星(晴明桔梗)とされ、魔除けの呪力を持つとされてきた。旧日本陸軍の軍帽にも中国国旗にもペンタグラムが輝いた。そういうのは黒魔術と呼ぶのだが・・・・・。

リンゴは異界への入り口である。リンゴスマホも異界への入り口となっているのか。
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イチイの木

2015-10-17 06:54:41 | 冥想アヴァンギャルド
◎死の世界への入り口

イチイの巨木の外見はグロテスクだ。ホラー映画やサイコ映画でよく出てくる。ケルトでは古い教会のわきにイチイの巨木があり、大方は教会創建当時のもの。

古代ケルトの王たちは、生命の転生、永続する存在の輪を意味する木製のブローチを身に着けていたが、この素材がイチイ。だからイチイは、「知恵の魔力」「王の輪」という別称を持つ。円環は、一円相であり、ウロボロス

イチイは大弓の素材であり、イチイにより未来を占うこともできる。

またイチイはこの世とあの世を安全に守ることができるといわれ、墓地に盛んに植えられた。死出の旅路を守るため、死者の衣にイチイの枝をしのばせる習慣もあった。

イチイの種は有毒であり、シェイクスピアの戯曲ハムレットで、デンマーク王の耳に注ぎ込んで殺した「ヘボナの毒汁」はイチイの毒だといわれている。鳥もイチイの赤い実は好物だが、種は残す。

ケルトの祭司であるドルイド僧たちは、イチイを「死とそれに続く復活の木」として重要視していた。

イチイは、その姿形と、その素材の有用性と神秘性により、大いに真の世界、死の世界(世界は、ほとんどが死の世界であり、生の世界はその一部であるというクンダリーニ・ヨーガ型の世界観)へのインスピレーションを掻き立てたのだ。


(wikipediaから)
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