アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

中国もし日本を占領すれば

2015-06-30 05:27:37 | 時代のおわり
◎日本民族浄化政策

1950年代に中国チベットに対して行ったことを、日本に対して行うとすれば、次のような日本民族浄化政策が行われるのではないか。

1.日本人の財産収奪(目抜き通りの日本人経営の商店を接収し、代わりに中国人企業を入れる)
2.日本語の破壊(公用語は中国語とし、日本語を公私ともに禁止する)
3.日本民族を劣等民族と位置づけ、中国人の下として、人権を制限する。
4.日本の宗教の破壊(伽藍の徹底的廃棄、仏像、神社仏閣の破壊、僧・聖職者の強制還俗、葬式などの宗教的行事の禁止)
5.若者を男女を問わず、拉致監禁、拷問を行い、断種や去勢をしてから解放する。日本人同士の結婚を禁止する。これが日本民族浄化のとどめ。

基本的人権を認めない中国では、チベットにおいてこうした蛮行がまかりとおってきた。
出口王仁三郎が明治中期に見た未来ビジョンでは、京都の寺社は中国軍の空襲で丸焼けになったという。

いまの日本は、1950年代の中国軍侵攻直前のチベットによく似ている。心すべきである。
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食べられる社会、食べられない社会

2015-06-29 05:29:41 | 時代のおわり
◎精神病者の大量生産に至る

今から20年ほど前、日本は一億総中流と言われ、その言葉に何の疑問も持たないほどに皆食べられる時代だった。

宗教は、旦那衆の最後の道楽と言われ、食べられる人間であって初めて修行にいそしむことできるという側面はある。だから当時は間違いなく、宗教修行に入りやすい環境が今より遥かに整っていた時代だったと言える。

20年前オウム真理教事件があって、もともと宗教に関心ない人に宗教への敬遠を産んだことは間違いないが、その一方で宗教に携わる人々にその宗教が、観光事業だったり、祭事イベント事業だったり、不動産管理業だったり、不安醸成による帰依を図るマインド・コントロール事業だったりする面について一過性ながら反省の気運が起こったものだ。

万人が食べられる時代は、いつしか半数以上の人が食べられない時代に変わった。今ではかつてのような冥想に専心して打ち込む環境を求めるのは厳しい。自分一人食べていくのがやっとの時代に、余暇を冥想に充てるモチベーションはほとんどないのではないか。

その一方で、この厳しい環境から「どうしてこういう時代になってしまったのだ」という疑問を真剣に持ち始めている人も、若い人には多いのではないかと思う。

荒れる時代の前には、そうした人たちが必ず登場してくるものだ。

けれども、ブログとかSNSを見ても、まがいものばかりで、ほとんどそうした本物の胎動が感じられないのはどうしたことだろうか。だから精神を病む人が多いということか。

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気の毒な若者達-2

2015-06-28 06:13:52 | 時代のおわり
◎洗脳の問題

振り込め詐欺の被害者は、自分が騙されているとは気がつかないが、同様に洗脳されている人間は、自分が洗脳されているとは気がついていないものである。若者については、ゆとり教育自体が愚昧化洗脳であったという疑惑もあり、さらにいまスマホ洗脳という日本精神喪失の淵に立っているとも言える。

洗脳については、このブログでいろいろな側面から取り上げてきたが、要は自分がどんなにみじめで情けないものであるかに目をそむけているかに尽きる。感受性豊かな青年期に冥想に取り組み始めないと、以後この洗脳ジャングルの中で正気で生きていくというのは相当に大変なことになる。

この時代における洗脳は、様々な勢力が様々に行っているので、統一的な意図を持っていると言い難い部分があるが、それでも全体としてみると以下のようにいくつかの特徴がある。

1.洗脳の手段

(1)現代では普通に生きているだけでも、あらゆる洗脳情報に曝されている。我々はテレビ、ネット、スーパーや量販店の店内放送、スマホなどの洗脳情報に晒されない日はない。
こうした洗脳は、人をいちいちトランスという意識の低下状態に持っていくことなく人を洗脳している。

(2)テレビ、新聞、インターネット、コマーシャル、そういったものに影響を受けた人々のこれらの情報の受け売りたる口コミ、このような情報に接することそのものが、全体としてメガ洗脳社会そのものである。

(3)カルト、大衆向け宗教洗脳などアストラル体ベースのメカニズムを応用した迷妄、将来についての不安・混乱の惹起は組織宗教では広汎に行われている。

 (4)洗脳手段の代表的なものは、古代からアイドルと決まっている。最近ではAKB48。ソロモンの知恵では、そんなアイドルを人々の魂へのつまづきとか、愚か者の足のためのわなななどと、古風な言い回しで批判し、アイドルの末路を警告している。


プチ洗脳から、メガ洗脳まで洗脳の規模もいろいろ、洗脳の意図もいろいろある。ただしその狙いを見れば、これら洗脳の行く末が推測できる。

2.洗脳の狙い

(1)現代においては、あらゆる刹那的な快適さを提供してくるマスコミの洗脳情報の嵐は、冥想へ向かうモチベーションである「虚無を見る」ということを、できるだけはぐらかす方向で作用している。
 
(2)つまり社会全体が「虚無を見る」「死というものを考える」ということを見て見ぬふりをする風潮があるということである。これを死を忌避する文明と呼び、これこそが近代西欧文明の特徴である。
結果としてその方向性は、神から離れる人をどんどん増やすっていうのがあるように思う。たとえば利殖、蓄財、投資は現代日本社会では当たり前のことであって、ほとんど誰もそれが神の本来の道筋からはずれたことだなんて思いつきもしない


3.洗脳の結果としての精神
 (1) 洗脳の結果としての精神がどのようなものか。その典型が歩きスマホ人間である。自分にとって重要な情報も重要でない情報も自分に四六時中流れ込みまくり、情報の自発的取捨選択をしない習慣がつき、知らない内にその情報の真偽を判別する思考力判断力も低下していく。こうして気がついたらスマホの奴隷となって道を歩いている。

(2)洗脳の効果を高める周辺事情として依存がある。依存(ギャンブル依存、薬物依存、ゲーム依存、スマホ依存、アルコール依存など)というものが洗脳手法の発展と相まって、多数の精神異常者を醸成していること。
 (3)加えて洗脳の効果を高めるものとして、日本人は貧困化により個人主義的傾向を強めさせられているが、個人主義なライフ・スタイルになりきれないところ。その孤独をいやす象徴的なものがペットブームである。

4.洗脳からの脱却あるいは正気
 洗脳からの脱却とは正気を取り戻すことである。

(1)刑務所や収容所などの施設での洗脳であっても、3~4年経てば戻るだろうということが知られている。ただし、その間にまた洗脳を繰り返されれば元に戻るので、洗脳は定期的に繰り返し行われがちなものである。よって現代の洗脳は定期的に繰り返される。

(2)正気であるということは、自分が自分らしく人間らしく生きる基本である。正気を取り戻す手段はいくつかあるがその一つが冥想、メディテーションである。武道、芸道、仕事道など、ある道に専心努力するのも正気への道だが、その王道は、古来、冥想、メディテーションである。だが、今その道はあまりに廃れてしまっている。

洗脳関係記事

ビジョン中毒
人間の洗脳は何年で解けるか
ビョーキな内向き洗脳社会
長年の洗脳・情報操作と中国人
電気ショック療法と洗脳
やりたくないことをさせる技術
東日本大震災からの変心
日本を蝕む『B層』の害毒
電子洗脳と見ている自分
○脳とスクリ-ン
○テレビ洗脳
○虚空蔵菩薩求聞持法もいろいろ
○テレビの前の正気-1
○テレビの前の正気-19
プチ洗脳社会の歩き方
転び切支丹クリストヴァン・フェレイラ
スマホを見ながら前を注意しないで歩く人達
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気の毒な若者達-1

2015-06-27 07:04:50 | 時代のおわり
◎金の問題

最近の若者は、かわいそうだ。24才以下の就業ということでは、二人に一人が失業しているか、非正規雇用。これは高卒大卒では、更に数字が違うのだろうが、その大卒ですら、2.5人に一人が借金を抱えて卒業するという。

学校を出ても、非正規雇用のままでは、子供を作ってもまともに育てられない可能性が高いので、婚期が遅れがちになり、ついには、生涯未婚率(50歳の未婚率)は、2010年で男性約20%、女性約10%。更に単身世帯割合は3割。これでは出生者数はどんどん減り、その結果として老人比率を押し上げる。
※合計特殊出生率(一人の女性が生涯に生むとされる子どもの数)は1.43。

また結婚しても離婚率3割という、単身世帯数押し上げ要因もある。

正規雇用民間企業の平均年収と役人の平均年収は倍違うが、さらに非正規雇用との比較だと較差はさらに広がる。かくて若者や子供のなりたい職業上位には公務員が必ず登場する。

収入が少なければ、友人知人とのリアル交際は自ずと限定されるので、さらにリアルでの個人主義的ライフスタイルは堅固なものとなる。

知識・情報という面では、集団的自衛権の話題は盛んだが、その先にある徴兵制、志願制の問題はおくびにも出ない。アメリカでも兵隊の年齢制限は38歳までだったと記憶しているが、まさに集団的自衛権の問題は、若者の雇用対策という側面も、持っている。

アメリカで、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争に駆り出された若者は、日当をもらえただけでなく、戦争神経症やPTSD、ドラッグ依存など、様々な精神疾患に起因する問題を抱えたことは知られている。日本社会・文化の一番生きの良いところは若者が作り上げてきたわけだが、日本でも平時にあっても社会的には希望の持てない状況で、今後さらにこうした若者が増えていくことで、社会の荒廃は進み、治安もさらに悪化するだろう。

智恵と金と権力を持てる老人層が、自分の老後の心配ばかりしないで、今持っている金を青年層に分け与える政策を採らないと、将来老人は若者に牙をむかれるようなことがあるのではないか。お互いに十分ではない金を分かちあうのだ。

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正統的アストラル・トリップ

2015-06-26 05:25:47 | 冥想アヴァンギャルド
◎世界のミニチュア・マップ

アストラル・トリップといえば、モンローものが幅を利かせていて、なにやらよくわからない時空を進んで、コロンブスみたいな発見をするみたいなものと思われているのではないか。

ところが明治から昭和の大クンダリーニ・ヨーギ出口王仁三郎はこれぞ正統的アストラル・トリップというものを残している。神眼を許されるという言い方で、こうした能力を有することを語るが、聖者は天命を生きているからこそのこうした技であって、アイソレーション・タンクに浮べば誰でもできるものではないように思う。

『私は明治三十一年二月、高熊山修行中、重要なる世界の各地を皆見せて貰つたが、其有様はかうである。神使に導かれてある大きな室に入つて行くと、今弥勒殿にかかげてあるやうな、大きな地図がかかつて居る。

神使は或る地点を指さして、其処は、某地点であるといふ事を示される。次に他の室へ導かれて入つて行くと、其地点の大きな模型が備へつけられてある。神使は一々詳しく説明して下さつた。だから私は其地点を踏まないでも、実際行つたと同じやうに知つて居るのである。

前にも言うた通り、第一番に天教山の富士山、次に信州の皆神山、それから次々諸所方々へつれて行かれたのであるが、飛騨の山奥などには前人未到の神秘境がある。一度はそこへも行かなければなるまいと思つて居る。

今でも必要があつて此地点を見度いと思ふ場合にはさつと地図がかかり、模型が出て来る。模型と言うても実際歩く事が出来るほど大きなものである。』
(月鏡/出口王仁三郎より)

この文で気になるのは、説明してくれる神使である。なんでも彼は、人に会うと、その人物の来歴・人となりも、こうした神使がいちいち教えてくれるそうだから。神使の本質について詳述していないのがますます怪しい。
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ベン・シラの知恵―4

2015-06-25 05:08:48 | 究極というものの可能性
◎智恵はすべて主よりきたり

ベン・シラの知恵の序言から。

智恵はすべて主よりきたり、彼とともに永遠にある』
(聖書外典偽典2 教文館/P88から引用)

智恵の本質は主を畏れることにあり、忠信な者たちにあっては、これは彼らの(母の)胎で創られた』
(聖書外典偽典2 教文館/P88から引用)

智恵は、いわゆる直観知を指すのであって、いわゆる三段論法や止揚などの水平的論理展開を指すものではない。そうでなければ、この自由極まりない知恵の本質が神を畏れる事、つまり向こうから来るものであるなどと語ることがあろうか。
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ライヒの最初の仮説

2015-06-24 04:19:05 | 究極というものの可能性
◎オルガスムスとエネルギー放出

ライヒ研究家のロバート・オーレンドルフがライヒの理論をコリン・ウィルソンに語った。
『わたしは驚いた。だが、オーレンドルフの言葉にはもっと驚かされた。オルゴン・エネルギーについては確信をもっていないというのだ。
「わたしは物理学者じゃない」。そして、いささか意地わるくこう言いそえた。「ライヒだってそうさ」。

だが、オーレンドルフはこう説明した――――
オルゴンを信じるかどうかは重要ではない。オルガスムによってなんらかの形態の生命エネルギーが放出されるというライヒの最初の仮説が重要なのだ。どんなに懐疑的な人でも、これは否定できないだろう。

それがふつうの物理的エネルギーであろうと、「生体エネルギー」
であろうと、普遍的生命エネルギーであろうと、大した問題ではないのだ。ライヒ派の治療法はたんにこんな考えにもとづいているのだ――――ある形態のエネルギーが閉塞状態になると、神経症が生じる。神経症はエネルギー鬱滞の別名なのだ。』
(性と文化の革命家 ライヒの悲劇/コリン・ウィルソン/筑摩書房p22-23から引用)

オルゴンとは、断言していないが、エーテル体レベルの半物質エネルギー。あるボディレベルでオルガスムスが発生すると、ある形態の生命エネルギーの放出がある。そのレベルとは肉体レベル以外の七つの身体レベルで起きるのか、またその放出とは水平方向の放出なのか垂直方向の放出なのか。

いずれも物質レベルの話ではないので、いわゆる熟達したクンダリーニ・ヨーガ修業者間でのみ実証されるべきテーマだと思う。
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夢と覚醒の間に違いはない

2015-06-23 05:10:58 | 密教
◎聖者の現実感覚

ミラレパの伝記の冒頭
『この世を空と同じであると見るものは
真の認識の領域に到達せり

夢と目覚めの間にいかなる相違も感じぬものは
真の実修の領域に到達せり

至福と空の間にいかなる相違も感じぬものは真の行為の領域に到達せり

いまとそのときの間にいかなる相違も感じぬものは
実在の領域に到達せり』
(チベットの偉大なヨギー ミラレパ/おおえまさのり訳編P6-7から引用)

荘周胡蝶の夢を読んで、自分が蝶か、蝶が自分かと惑う様は、この世を真面目に生きる人間にとっては、パロディにしか映らないが、上のチベット密教の一文は、荘周胡蝶の夢における現実感覚こそが、真正な現実感覚であることを示している。

覚者は天命を履み行うものだが、夢も現実であり、覚めている状態も現実である二重のリアリティを認めながら、善を行い悪を行わない。

荘子は、それにまだ気づかない人が不審に思わないように、世俗的現実感覚からずれたところははぐらかして書いているが、チベット密教は、専門道場で長期間観想の海に泳ぐ修行者向け経典だからそのものズバリだ。
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中国の世運循環の見方

2015-06-22 04:44:20 | 冥想アヴァンギャルド
◎災禍の中で道に向かう

今日は、夏至。
小混沌は4段階で循環する。すなわち最初は春に始まり、夏に開き、秋に閉じ、冬に尽きる。

時代には、泰平と乱世があるが、刧(災厄)とは乱世の時期のことである。笹目秀和氏によれば、現在の刧の長さは6万年と長く、その刧は大規模となる。

刧の時期においては、天は天災を以て警告を発し、人災がその後に発生する。人災がいよいよ烈しければ、天災はますます重くなり、また天災が甚だしいほど人災はますます多くなり、小混沌サイクルのボトムに達する。

以下は笹目氏の説く中国の刧のこと。

干ばつ、飢饉、洪水、が天災の中でも重いもの。人災の中で最大のものが三種あり、革命の刧、赤化の刧、掃滅の刧。

革命の刧とは、種族の革命、政治の革命、軍閥の革命、文化の革命があるが、いずれも既存の権威を破壊し貶めて、あらたなものに権威づけするものである。このプロセスで戦争も発生するものである。

赤化の刧とは共産禍のこと。

掃滅の刧とは、内乱、内戦や外国からの侵略のこと。
こうした三大人災が盛んに流行する時は盗賊がはびこるとされるが、中国の国家指導下のハッキング、産業スパイはその盗賊の例である。

およそ災難が降りかかって、その災難に応じる者は、天が刧を行わざるを得ないからだろう。しかし人災はよく逃れ得ても天災を逃れるのは難しい。

しかしながら、人はこうした災厄の中で、人心の正邪が現れ、道に向かうことができる。ここで初めて人は人災、天災から逃れる道筋ができる。神様仏様助けて下さいと、「祈らずとも、神や知るらむ」である
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儒教の奥秘

2015-06-21 06:53:17 | 道教
◎坐忘問答

荘子大宗師篇で、孔子に対して高弟顔回が、その境地を語る。

顔回「先生、私はまた更に進歩しました、今度は坐忘ができるようになりました。」
孔子は、驚いて「坐忘とは何のことかね」

顔回「肉体を放棄し、聡明を退け、形を離れ、知識を去り、大通なる道(tao)と一つになりました。これを坐忘と言います。」
孔子「道と一体になれば、もはや好悪差別の心はなくなるし、道と同化すれば、この世とあの世の無常がわかる。これは聖人の境界だ。私は今後あなたを先生としましょう」

肉体の放棄とは、肉体からの離脱であって、クンダリーニ・ヨーガでも言われる冥想段階。タオ=大通との合体とは、ヴェーダンタで言うところの至上我との合一、ニルビカルパサマディのこと。

好悪差別の心がなくなることについては、禅の第三祖僧サンが信心銘で解説しているとおり。
これは、荘子で語られた文章ではあるが、論語孟子にこんな文章を入れるわけにいかないので、たまたま荘子に出てきただけで、儒教の奥秘はここにあることは間違いない。
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極まれば反転する

2015-06-20 06:12:05 | 時代のおわり
◎個人情報を握られるということ

第三次世界大戦が起こるかどうかとか、この世の終わりが来るかどうかについては、とかく巷の人々は、霊能力者の霊感や予言者の予言をもって判断のよすがとしたがるものだ。

しかし、今般笹目秀和氏の著作を読んで、物事は極まれば必ず反転するのであるから、逆に極まらなければ反転はしないということに、改めて思いを強くした。

反転以前の極みとは、第三次世界大戦であり、この世の終わり、最後の審判のことである。

今のこの世界の方向性は、全体に対してあまりに個の意識が強くなり過ぎた。つまり全体とは、世界全体であり、神、仏のことであるが、ともすればこれをないがしろにして自分のことばかり押し通す人間が多すぎるということ。つまり自分のことばかり考えている人間が多すぎるということである。そういう逆ベクトルな人間の増加が行くところまで行かないと、悪人のいない地上天国の現実化は始まらないということではある。

冥想により、更に多くの人間の意識がより繊細な感性に動いて来れば、本来はわざわざ全面核戦争とか第三次世界大戦を惹き起こさずとも逆転は始まるのだろうが、今の形勢はそうではあるまい。

今の人間は隠れて悪を行ったり、あるいは人が見ていなければ悪を行うことが平気な人が多い。

しかし来る地上天国・千年王国では、誰もそんなことはできない。なぜならば、全員の行為の結果が、あの世に記憶されているということを、居住民全員が知っているからである。この記憶装置がアカシック・レコード。なぜ全員それを承知しているかというと、全員が神・仏を知っているから。

中国は、アメリカでも日本でも個人情報のハッキングを繰り返し、世界の人間全員の個人情報データ・ベースを作ろうと目論んでいるという話まで出て来る時代になった。

こうしたものがこの世にできてくるというのは、実は霊界にあったものが現世に現実化するという一例であり、これを「移し世」と言う。あの世では全個人の行為データ・ベースも想念データ・ベースもある。アートマン、このあらゆる過去現在未来・生きとし生けるものすべてを包含したこの一つながりのもの。この一部がこのデータ・ベースたるアカシック・レコード。

日本に限らないが、今の時代に悪人の沢山いる政府が、全個人の情報を握れば、それを悪事に利用するのは間違いない。中国や旧ソ連では、政府の握る個人情報の中に思想傾向というのがあって、それが一生涯個人の締め付けに使われてきた。

このように、すべての自分の個人情報を握られるというのは、一般に悪夢だが、じつは、次の千年王国のプロトタイプになっていることなど、信じにくいことだが、これも現実なのだと思う。
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笹目秀和の見る中日外交

2015-06-19 03:14:30 | 時代のおわり
◎日中関係予言

笹目秀和の栄枯盛衰観は、独特に見えるが、四書五経の易経に見える栄枯盛衰観であり、独特とは言えず、中国の正統的なものごとの栄枯盛衰観と言える。

この本は1983年の著作であり、日中国交正常化まもない頃であるが、既に人災である中国の共産主義支配の反作用(赤化刧の悪影響)が終わらないのに文明や人口を衰亡させる大災害(掃滅の刧)がやがて起き、これに続く文章では中国人口の三分の二が減ずるなどということまで書いている。

日中関係も相互に外国を巻き込んで世界大戦までいかないと終わらないと見ている。尖閣とか中国人ハッカーとか中国移民とか話題に上らない日はないが、本当の日中雪解けの気運はそこまでいかないと具体化しないのかもしれない。

※刧とは三種あり、いずれも人災のことである。
※小混沌とは、超長周期の時代の見方で、混沌が収まる時代と荒れる時代が繰り返す周期の中で、荒れる時期のこと。
(文中の本国とは中国のこと)

『その乱の極まるところは即ち小混沌である。赤化刧のがいまだ終らないのに掃滅の刧が起きてくる。
この刧は本国一国だけでなく、外国も兼ねあわしている。此れは彼は服さず、彼を殲滅しなければならず、彼は是れに服さず、是れを掃滅しなければならず、彼我の勢力を以てしては対抗できないので、彼は外国を誘い、是もまた外国を誘い、お互いに外国と結託して、中外の戦を出現させている。

中日外交の如きは、即ち是れが現象である。しかも亦行程は始まったばかりでまだその極に至っていない。
いま協定すということがあっても、その患(わざわい)は止み難く、政府は抵抗する意志なきも、人民は故意に極力争っている。権力のないものが、あくまで極力争うことを欲し、権力のあるものは、あくまで無抵抗を欲し、両者合せず、即ち是れ数と運の関するところであり、この刧がひとたび始まると、数年にして平静になるというものではなく、必ずや世界大戦にまで発展し、小混沌の極点にまで達する、それで是れを掃滅の却というのである』
(ストップ・ザ・富士大爆発/笹目秀和P154-155から引用)
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何の木の花とはしらず 匂ひかな

2015-06-18 05:29:43 | 丹田禅(冥想法8)
◎自発的パッションすらも忘れ去り

芭蕉が、伊勢神宮に至り、新緑の木立の中、御神前に向かおうと歩を進めていると、そこはかとなく、香が流れてきた。

何の木の花とはしらず 匂ひかな
(芭蕉)

あらゆる懸命な人間的営為の後には香りが残る。求道の行きつくところは、なにもかもなしだが、OSHOバグワンは、「このかぐわしき香りは物質ですらない。香りは宇宙の中に消え去り、それと一つになる」といい、道元は、花は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなりとするが、そこにも香りが残る。

道元は、悟りを得るのは水に月が宿るようなものだ(正法眼蔵の現成公案篇)というが、そこにも同じ匂いが漂っている。

だからこそ、これだけは、強烈でかまびすしいプロパガンダや洗脳トライなどとは全く無縁なのである。本当に深遠なる奥深い所から来る自発的パッション、それすらも忘れ去られて匂い哉。
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神を信じると言う人・神を信じないと言う人

2015-06-17 05:27:39 | 冥想アヴァンギャルド
◎神や仏は自分とは別のもの

ある人達はグループを作って、神や仏を信じると言い張り、また別の人たちはグループを作って、神や仏など信じないと言い張る。

そうした主張、プロパガンダ、テレビ・コマーシャル、スマホ上の宣伝についてここで詳述はしないが、こうした論議や思想のために世の中のすべての人達は、解脱の道を逸れて、地上の世界において輪廻を繰り返す。

神や仏は自分とは別のものだという誤った通念が、この21世紀では抜きがたい。

その通念がOSHOバグワンがアメリカ、ギリシアなど21か国で追放される原因となった。OSHOバグワンを追放したのは、各国政治家であるが、宗教リーダーもそれを後押しした国もあり、現代人の宗教観がどんなものなのか、現代の宗教教団がどんなものかそれによってその本質を推察することができる。

そのムーブメントが正しいものであったり、その宗教家が覚醒していたかどうかは関係なく、自分たちの既得権益を侵したり、自分たちの造り上げた秩序を混乱させるものは、法の名の下に排撃するものなのだ。

それが21世紀社会と人間の、フツーの姿であるがゆえに、一個人が真に求道しようとして、まともな師匠・グルを捜すのも、その真摯なチャレンジを日々積み重ねるのも、とても困難な時代である。

『文明終末期において、
もろもろの悪をなさず
もろもろの善をなす人は、
正真正銘の救世主である。』
(アメジスト・タブレット・プロローグ/ダンテス・ダイジ/森北出版P65から引用)

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こころを肉体から分離して

2015-06-16 05:18:03 | クンダリーニ・ヨーガ
◎ニルビカルパ・サマーディ

ゲーランダー・サンヒターから
『こころを肉体から分離して、それを至上我へ合一させる。これがサマーディなりと知るべし。』
(続ヨーガ根本経典/佐保田鶴治/平河出版社P131から引用)

クンダリーニ・ヨーガといえば、あまりにも個人が冥想をしてアートマンに合一し、ニルヴァーナに至ると言う見方ばかりが浸透しすぎたきらいがある。

やはり古代秘教タイプの全体から説き起こし、それが次第に個に至るという説明もバランスを取るのに必要なのではないか。世界全体が冥想している中で、個人が起こっているという見方の方を。

サマーディには、ニルビカルパサビカルパがあるが、ニルビカルパの方が全体だけの方である。
この個人と世界という説明は、東洋人の好きな体と用という二分類でいえば、体の側である。これに対して用の側の説明として、
『冥想が冥想を冥想している』
神が神を神している
『愛が愛を愛している』
というようなものがある。
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