アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

ずるいことを悪いとする日本人・当たり前とする中国人

2015-05-31 05:56:24 | 時代のおわり
神と悪魔の戦い

ラッシュ・アワーの電車始発駅(大宮、桜木町、東京、三鷹など)では、列車2本先まで整列乗車をしているものだ。ところが列車が着くやいなや整列しない中国語を大声でしゃべる一団が列の外側から割り込んで乗車してくるのが、いまや朝の首都圏の風物詩となっている。中国人が列を守らないのは、東京ディズニーランドでもそうだし、博物館、美術館や著名観光地やデパートやスーパーなど買い物の行列でも日常的に見ることが多い。

なぜこうなのか。それは日本人はずるいことを悪いとする通念・生活習慣が行きわたっているからである。これに対して中国ではずるいことをするのがあたりまえだからである。日本では賄賂をもらうのは犯罪で皆善くないことだと思っているが、中国では賄賂をもらうことはあたりまえで、地位の高下にかかわらず賄賂を要求されるのはよく見聞するところである。

第二次世界大戦までは、悪魔と悪魔の戦いだったが、最終戦争では神と悪魔の戦いなどというと他人事みたいだ。ところが、実際のところずるいことを悪い事とするのは、神の側であって、ずるいことをあたりまえとするのは悪魔の所業である。

仮に悪貨は良貨を駆逐するで、生活苦もあって、今後日本人がこうしたずるいことをあたりまえとする悪習に染まって行ったとしよう。それは非常に暮らしづらい社会となる。

こうした悪魔的生活スタイルを持つ人が多い中で、ずるいことをしないというのは、その人は救世主にたとえられる。

『文明終末期において、
もろもろの悪をなさず
もろもろの善をなす人は、
正真正銘の救世主である。』
(アメジスト・タブレット・プロローグ/ダンテス・ダイジ/森北出版P65から引用)

神と悪魔の戦いは、絵空事でなく、この日常に既に行われているのだ。日本でも関西ではあまり行列を守らないという話もあったような・・・・。

日本にも中国でわいろをため込んだ裸官の親戚縁者が相当移住してきているのかもね。モラルは低いわけだ。
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エンリケ航海王子

2015-05-30 06:23:31 | 冥想アヴァンギャルド
◎イスラム教徒と戦いキリスト教を布教

昨日口永良部島の大噴火があったが、ポルトガルも火山国。
エンリケ航海王子は、大航海時代の初めに位置するポルトガルの王子。彼は最終的にアフリカ北岸のセウタ攻略を手始めに、ギニア発見に至り、後の喜望峰到達の足がかりとなった。

特に評価されたのは、ボジャドール岬を越えたことである。
ボジャドール岬は、カナリア諸島の対岸、アフリカ北西の西サハラ岸にある、岬とはいえないほどのでっぱりである。

しかし、ボジャドール岬は、越えてはならない世界の最果てだった。というのは、ボジャドール岬の彼方には、「白人でさえ肌が真っ黒に焼け焦げになってしまうような灼熱の炎熱地獄が待ち受けている。そこには人間はだれも住むことができず、人間の居住地など存在しない。海は浅く、至るところに暗礁があり、潮の流れも激しい。そのため一度越えると、もう二度と戻ってくることはできない」という迷信があり、欧州の船乗りをためらわせていたからだ。

1434年、ポルトガル人ジル・エアネス船長が、ヨーロッパ人として初めて、ボジャドール岬を越えて航海することに成功した。

こういう遠征には金がかかるもの。アポロ計画もそうだが、こうしたフロンティア・プロジェクトは、国家財政を傾けるほどの費用がかかる。エンリケ航海王子も死後には巨額の負債があったという。しかしその資金の源流はテンプル騎士団に遡る。

テンプル騎士団は、ヨハネ騎士団、ドイツ騎士団とならぶ三大騎士団の一つでフランス人騎士により、1118年に創設。テンプル騎士団はシトー会の戒律に従い、中近東各地で軍務を行った。資金源は欧州王侯貴族や市民からの寄進。巡礼者がエルサレムに行く場合、欧州の騎士団支部に金を預託し、それをエルサレムのテンプル騎士団本部で受け取れたという。

14世紀初頭には1万か所の騎士団領を有していたほどだったが、1291年エルサレム陥落で、テンプル騎士団はキプロスに撤退。以後騎士団の軍事支出がなくなったので、膨大な資金は商業や金融などの経済活動に流れることとなった。これを王権の危機と見たフランスのフィリップ4世が、異端の容疑でテンプル騎士団全員を逮捕し、全財産を没収したのは、間一髪のタイミングだったかもしれぬ。
資金と武力を持った集団が国内にいるのは危険なことである。

ポルトガルでもテンプル騎士団は隆盛であったが、テンプル騎士団の所領・財産はキリスト騎士団に引き継がれ、そのキリスト騎士団のトップであったのが、エンリケ航海王子である。彼の航海の原資は、テンプル騎士団の金だったのである。キリスト騎士団は、ローマ教皇直属の組織だが、ポルトガル国王の命令も受けており、セウタ防衛は国王の意向だった。そしてキリスト騎士団の使命はイスラム教徒との戦いとキリスト教の布教である。

21世紀になってもキリスト教国は、イスラム教徒と戦い、キリスト教の布教を続けているのは、いかがなものか。
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ハルビンの町の始まり

2015-05-29 03:24:52 | 時代のおわり
◎青年は女性を目指す

朝鮮銀行総裁の勝田主計の話。

『その勝田は、「明治三十一年に・・・自分が浦塩斯徳に居った時に余程面白い話を聞いて居った」と、露国がこの年ハルビンの町を開いた際の裏話をしている。

ハルビンの町は、黒龍江支流の松花江岸辺にある。一八世紀末、ロシア人がここへ進出してきたときは、辺り一面アへン原料の真っ赤なケシの花が咲き乱れていたという。

露国は、三国干渉の報酬として、明治二九年六月の露清同盟密約で、満洲北部を横断する東清鉄道の敷設権を獲得した。続いて三一年三月には「旅大租借に関する条約」を成立させて、東清鉄道のハルビンから旅順口、大連港に至る南満洲支線の敷設権を得た。

明治三十年四月に、オデッサを発った露国の鉄道建設隊は、予備調査を続けながら東進し、翌三一年五月にはハルビンに到着して、ここから鉄道工事に着手した。
総工費五億ルーブルに達したこの二つの鉄道は明治三六年に営業を開始した。両鉄道の結接点のハルビンは要衝の地になり、ここに露国が本格的な都市を造ろうとしたときに、勝田はこんな話を耳にした(露国がハルビン建設に投下した資金は、十月革命で露国がここから撤退するまでの二〇年間に、二億六千万ルーブルー-日本円換算二億六、八〇〇万円に達したという)。

「露西亜の官憲からして日本の貿易事務館に持って来て、今度哈爾賓といふ町を開く、就ては此町を開くにつき必要のものは女であるから、日本の醜業婦を二百人ばかりも哈爾賓に寄越して呉れまいか、相当な保護を与へて決してお前の国の迷惑になるやうなことはしないといふ話があった。

・・・・・其時は貿易事務館でなかなか議論があって例の国辱論もあったらしく到頭其照会に対しては承諾をしなかったらしい、併し事実として哈爾賓を開いたのは日本の醜業婦が最初に乗込んで行って、是が基礎になって段々人が集中して・・・三十七、八年の戦争頃には十数万の人口を有する大市街になった」』
(大陸に渡った円の興亡/多田井喜生/東洋経済新報社P34-35から引用)

戦争がからむと、しばしば住民の男女数比は崩れるものだ。維新前の長州などもそう。これは戦場ではなかったが、最前線の軍事的角逐地ではあるが、未開の地に街を開く場合は、アメリカ西部の町でも、満州ハルビンでも似たような状況があるということだろう。

「女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨も ひょいひょいと生む」一休
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鶴岡八幡宮の廃仏毀釈

2015-05-28 05:41:11 | 時代のおわり
◎そして法華経だけが焼け残った

鎌倉に行くと駅からいそいそと歩き若宮大路を上って行くと、鶴岡八幡宮の伽藍に突き当たる。鎌倉の中心がスピリチュアル・センターなのは結構なことである。

ところが意外やこの鶴岡八幡宮も明治初めの廃仏毀釈では数年にわたり仏像、堂宇伽藍を破壊され、往時の面影もないほどに小規模化されていた。クロムウェルが英国王室所蔵の絵画など美術品を売り払ったことを嗤えないほどである。

鶴岡八幡宮には、維新まで薬師堂(薬師三尊と十二神将あり)・護摩堂(五大尊)・大塔・経蔵(源実朝が取り寄せた宋版一切経があった)・鐘堂(正和5年=1316年の銘ある梵鐘)・仁王門があったがこれらはすべて廃却された。宋版一切経は辻で焼かれていたのをたまたま通りかかった浅草寺の僧が焼け残った法華経だけ買い取っていったという。

「廃仏毀釈百年の著者」佐伯恵達氏は、こうした廃仏毀釈の背後には平田一派の策動があったとしているが、それだけではここまでできまい。廃仏毀釈には、GHQによる一連の施策と政策の練度が似ている印象を受ける。
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天皇家の改宗

2015-05-27 03:09:24 | 冥想アヴァンギャルド
◎明治維新の秘密

天皇家は、皆仏教徒であり、皆念持仏を持ち、6世紀の用明天皇以来仏教徒でなかった天皇はいない。
『あるいは、清和天皇の貞観の政治・醍醐天皇の延喜の治、村上天皇の天暦の政・等々、すべてもとを正せば聖徳太子の十七条の憲法に則られて、仏教精神をもって仁政をほどこされたのである。暦代天皇の御崇仏についての事例はまことに枚挙にいとまがないほどである。いま京都東山の泉涌寺に参れば、その御崇仏の念がいかにあつかったかがうかがわれるであろう。

明治天皇が崩御されるとき、「朕が一生に於いて、心残りのことは、即位式を仏教の大元帥の法によって出来なかったことである」と仰されたということは、天皇の御心情として察するに余りあるものがある。(「松島善海師談」)

このように歴代天皇皇族等すべて仏教徒にましましたものを、明治4年9月14日、政府は天皇家御累代の念じ仏・厨子・仏具等一切を皇家菩提寺たる泉涌寺ヘ移してしまって、天皇を時代錯誤もはなはだしい現人神としてしまった。これは天皇家への宗教的精神的クーデターでもあったのである。』
(廃仏毀釈百年/佐伯恵達/鉱脈社P341から引用)

当時天皇家全体を事実上改宗せしめるほどの権力権威が薩長にあったとは考えにくい。その権力・権威こそが明治維新の真の主人公であったに相違ない。
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イギリスには立派な美術品が少ないこと

2015-05-26 03:42:08 | 時代のおわり
◎ある種のデリカシーを欠く

英国王室は大変な資産を有しており、各地に城や宮殿、領地を有しており、宝石などもかなり所有しているが、なぜか世界的に有名な絵画や彫刻は少ない。これはそれまでに英国王室が金に飽かせて買い集めていた絵画や彫刻を、17世紀に清教徒革命のクロムウェルが二束三文で売り払ったせいだとされる。イギリスはその歴史上、海賊国家の片鱗を何度か見せているが、これもその素顔をうかがわせる特徴である。ある種のデリカシーを欠くのである。

そういえば、大英博物館や宮殿・教会は立派だが、著名美術品は少ない。イギリスには美術品以外にもないものがあり、それは、おいしい料理だ。美食はラテン系のイタリア、フランス、スペインがどうしてもまさる。

文明の精華は宗教だが、宗教の粋は、立派な伽藍や教会や、聖人の干からびた肉体の一部でもなく、高僧の金襴緞子の豪華衣装でもなく、印刷されたテキストでも手書きで筆写された経文でもない。いわんや仏像や彫刻やモニュメントでもない。

今のように肉体の準備が整わなかった過去の時代には、ラーマクリシュナがカーリー女神の神像にカーリー女神そのものを見たように、文章や彫刻やステンドグラスの意匠が、神の一瞥のきっかけとなったことがあっただろう。

しかし、今は馬は既に水辺に連れて来られたので、水を飲むかどうかは馬自身の決断にかかっているのだ。水を論じたり、水を見たりするのは、水にコンタクトしなくてもできるが、決断した馬だけが渇きを癒すことができる。



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一休の大悟

2015-05-25 03:58:16 | 丹田禅(冥想法8)
◎舟の端に坐って坐禅

一休堅田の華叟の下で禅修行していた時、いつも浜に停泊している漁師の舟の端に坐って坐禅した。
うるさく想った漁師がこれをいやがって、時に湯釜を叩いて邪魔をしたという。

来る日も来る日も舟の端に坐り続けた5月20日の夜の闇の中で、
鴉がカアーと一声泣いた。この時一休は大悟した。

翌朝、一休は自分の見解を華叟に呈示したところ、華叟は一休の大悟を認めたが、
「それは小乗の修行者(羅漢)の悟りであって、真の悟道者(作家)の境涯ではない」とひっかけ質問をしかけた。

一休は怒って、「これを羅漢の悟りとみるなら、それで結構」と言い放ったところ。華叟はそれでこそ真の悟道者だと認めた。

揺れる舟の上で悟れるものか。それを苦にしないほど深く入れたのだろう。雨の日はどこで坐っていたのだろう。一個の人間が死を賭して坐るのだから、雨が降るとか風が強いとかは寝言みたいなものだろう。とにかく坐ったのだ。現代人も坐れない理由はいくらでもつけられるので、とにかく坐る、だろう、

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日蓮と出口王仁三郎

2015-05-24 06:50:49 | マントラ禅(冥想法7)
◎今、日本国既に中国に奪われんとす

日蓮は、1222年2月16日千葉県生まれ。1253年に彼は鎌倉の名越の松葉が谷に草庵を結んだ。翌1254年から1260年の七年間にかけて、烈風による焼亡、月蝕、暴風雨、長雨、大雨、洪水、雷電、大火、山崩れ、天然痘、大流星飢饉が続出し、日本は大国難の体となった。

こうした騒然とした状況の下、1260年7月16日、日蓮は北条時頼に立正安国論を提出した。
立正安国論では、「四方の賊来たりて国を侵す」と外国勢力の日本侵攻を予言し、更に北条時宗宛て書状では、「今、日本国既に蒙古に奪われんとす」とモンゴル軍の襲来を予言した。

こうして14年後の1274年、文永の役でモンゴル・高麗連合軍が日本に来襲した。

時代は移り、今や日蓮宗系の新興宗教教団が隆盛となった。かたや古神道の出口王仁三郎は既に中国軍の日本来襲を予言し、70年以上が経っている。日蓮系ではそうした現代の予言はないのだろうか。

日蓮の教団は、いわば元寇という外国勢力の日本侵攻を奇貨としてその後の巨大化のきっかけをつかんだ。ところが、それから800年経って、日蓮系が中国の日本侵略の強い意図にほおかむりをしているみたいのはどうなのだろうか。尖閣列島も沖縄も「今、日本国既に中国に奪われんとす」なのではないだろうか。

霊界の事象が現世に移るの法則を考えると、超弩級の自然災害が連発して、政府も国民もアップアップな時にそうしたものは起きる順序なのだろう。孫子の兵法を十分に研究している中国は、万全の勝てるタイミングでしかやって来ない。

日本は、ゆとり教育のおかげで何が正しくて何が悪なのかわからない若者が更に増えた上に、1990年代後半からの大不況も20年続き、生活に追われて冥想どころではない人がそれこそ世帯の1/3になんなんとしているのではないか。

学生の2.5人に一人が借金を背負って卒業するなどというのは、亡国の罠みたいなもの。これまでの壮年世代のあらゆる事なかれ主義と外国の日本衰亡策(教育・マスコミ・通貨・財政・産業・エネルギー)がマッチして、今の日本の窮状を現出せしめているところはある。

まずは日々の冥想を
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ビジョン中毒

2015-05-23 06:44:37 | 冥想アヴァンギャルド
◎見るでもなく見ないでもなく

只管打坐では、目を半眼にし、見るでもなく見ないでもなくとやる。視覚刺激に左右されないためでもあり、また閉眼することによる観想の進展を恐れるためでもある。

このアポロン的な時代では、見ることが極めて強調される。見るということは内を見ることではなく、外を見る事であって、本質から離れることだから、その意味で見る事は誤りである。

四六時中見ることで、心中にイメージが氾濫し、映像が自己を支配し、自分は無数のビジョンの大海の中に埋没する。審神されていない多くのシーンたちに翻弄されるうちに、洗脳され、まともな自分は失われる。

ヒッポの司祭アウグスチヌスは「見ることは邪淫である」と語り、古代ギリシアの哲学者デモクリトスは、見える事物から哲学的真理を探り当てようとして失敗し、眼をつぶそうとした。老子第12章では、人の目をして盲(めしい)ならしむと、洋の東西で、視覚刺激の危険性を語る。

ちょっと前までは、インパクトあるビジョンは暗闇で光を見る映画だったが、今や白昼に光を見るスマホである。洗脳の技術では、昔は直接潜在意識を刺激する方法が主流だったが、最近は表層意識に働きかけるが如くして見かけ間接的に行う方法にスマートになったのに似ている。

でもどちらにしても、視覚刺激でもって、人の行動・思考・観念に影響を与えようというメディアが身近であることに変わりはない。

こうしたものから独立するパフォーマンスは、半眼、閉眼のメディテーションしかないのである。人は自らの独立と自由のために冥想するなんて言えば、政治キャンペーンみたいだが、それも一面の真実。ただし冥想の側からすれば、何の目的も、下心も、期待も持たず坐らねばならない。
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岡本天明が出口王仁三郎に会いに行く

2015-05-22 03:41:03 | 古神道の手振り
◎二度目の面会チャレンジも失敗

岡本天明は、日月神示のシャーマン。依代の常として、降りた神示の解釈は、岡本天明自身が行うことはできず、通常は審神者が行うもの。

日月神示は、昭和19年6月から岡本天明に降りて、自動書記した。天明は、神示を降ろしている神は、出口ナオに関係する神霊らしいと考えて、天命は、日月神示の審神を受けに亀岡に向かった。しかし、中矢田農園に居る出口王仁三郎に2度に亘って面会を試みたが、結局出口王仁三郎に会えずじまいだった。

二度目の面会チャレンジも失敗におわり、口をきいてくれた倉田地久の前で、天明は男泣きに泣いたという。
(以上出典、岡本天明伝/黒川柚/ヒカルランド)

出口王仁三郎は戦後も数年存命であったが、その後存命中にも審神を受けたことはなかったのだろう。

日月神示は、出口王仁三郎の審神を受けずに、結局漢数字だけの部分の解釈など高田集蔵という人物によるところが多く、今に至るらしい。

日月神示は、大本系でありながら、出口王仁三郎の審神を経ていない。よって私は十全の信用を置けるものではないように思う。内容や言葉使いなど、既に審神済の大本神諭、いろは歌などに似ているが、内容的にはどんなものなのだろうか。
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十字架のヨハネの神の観想の極致-2

2015-05-21 03:12:35 | キリスト者の秘蹟
◎この真暗な闇

『3、第二の特質は、この夜の霊的闇に基くものである。その闇の中では、霊魂のより優れた部分の諸能力は、闇に包まれている。

霊魂は、何も見ず、また、何も見ることができないので、神のところへ行くためでなければ、神以外のものには、何ものにも留まらない。

それ故、霊魂は、形相や形象や自然的知覚などの障害物から自由になって進んでゆく。これらの障害物は、霊魂が神と永遠に一致することを常に妨げるのである。

4. 第三の特質は、霊魂が、この険しく、崇高な道においては、理性のはっきりした内的光に頼ってゆくこともなければ、そこから満足を得ようとして、外からの導きにすがってゆくこともないのであるが(この真暗な闇が、そういうものすべてから、霊魂を完全に引き離しているので)、愛する方を慕い求めている心のもとに、その時に燃え上がる愛のみが霊魂を動かし、導き、孤独の道によって神の方ヘ飛翔させる、ということである。しかし霊魂はそれがどのようにしてか、また、どんな方法でなされるかは知らない。

そして次の一行が続く。

この幸いな夜に』
(暗夜/十字架のヨハネ/ドン・ボスコ社P306-307から引用)


真っ暗な闇の中で、燃え上がる愛のみが原動力となって、霊魂を、孤独の道によって神の方へ飛翔させる。

この孤独の道を、無上の垂直道とチベットでは呼んだかもしれない。

偉大なるかな十字架のヨハネ。
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十字架のヨハネの神の観想の極致-1

2015-05-20 05:21:14 | キリスト者の秘蹟
◎誰にも見られず、何も見ないで

十字架のヨハネの「暗夜」は神の観想の極致を述べたものである。400年も前にこのような研ぎ澄まされた純粋な観想についての著述があることをとても幸運に思う。

『第三の歌

この幸いな夜に
誰にも見られず、何も見ないで、
ひそかに私は出て行った
心に燃え立つ光の他には
何の光に導きもなしに

説明

1.霊魂は、彼の言う霊的夜にこの世の夜というたとえと比喩を当てはめてする説明をさらに続け、その夜の中にあるすぐれた特質を歌い、賛美する。霊魂はこの夜を介して、これらの特質を見出したのであり、待望の目的地に速やかに、安全にたどり着くことができるよう、それを身に着けて行ったのである。これらの特質のうち、霊魂はここで、次の3つを挙げている。

2.第一の特質は、この幸福な観想の夜において、神は霊魂を非常に孤独で秘密な観想という様式によって導かれ、被造物の接触も、感覚に属するものは何ものも、愛の一致の途上で霊魂を乱し、引き留めようとして霊魂に至りつくことはできないほど、感覚から遠く離れた様式によって導かれるということである。』
(暗夜/十字架のヨハネ/ドン・ボスコ社P305-306から引用)

霊的夜とは、いわゆる世間的な意味でのお先真っ暗ではなく、孤独な観想のことを指す。ここで言う秘密とは:

秘密の英知が愛によって霊魂に与えられるのだが、この供与は悟性、感覚の届かないところで行われるので、いわば闇の中で秘密に行われる。よって霊魂はその秘密の英知を知りもせず、それがどういうことなのか悟ることもなく、また語ることもできない。

こうしたニュアンスで秘密である。

また第一の特質に関する説明では、感覚的なものは一切排除したところにそれは起こるとしている。
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中国の邪視、邪眼など

2015-05-19 05:36:38 | 時代のおわり
◎日本でもねたみ、やっかみは盛ん

2015年5月12日、国連本部で開催中の核不拡散条約(NPT)再検討会議で、核軍縮を扱う委員会が、最終文書では、世界の指導者らに被爆地を訪ね、被爆者の証言を聞くよう提案した部分が、中国の横やりで丸ごと削除された。

かくの如く中国の日本たたきは徹底している。戦争に勝った中国は、さほど豊かでなく、戦争に負けた隣国日本が豊かなのは、面白くないのである。ここに日本へのねたみが発生している。もともと中国共産党の存立の基盤が抗日戦争だから反日をやり続けるという話は、横に置き、中国人の感情面ではそういうところではないか。

こうした妬み、うらやみのことを邪視、邪眼という。昔岩波文庫でアラビアン・ナイトを読んだ時、この邪視という言葉がよく登場していた。邪視、邪眼と言えば、魔術的だが、要は妬みのことである。日本の政界・官界すら男の妬みの世界、なまいきの世界などとも言われる。

中国では邪視とは言わないと思った。中国では何と言っても白眼視である。白眼視はもともとは軽蔑の眼付だったようだが、中国ではどこに行っても、逆切れとしての白眼視に出会う。白眼視は確かに白目をむくが、中身は邪視であり、逆切れである。

悟った人の平素の感覚である、自分の今に安住するというところからは、ねたみというものは出て来ない。自分がどうなろうとそれは、自分の知ったことではないからである。

日本では露骨にそうしたものを表面化させないから中国より優れているのかもしれないが、日本ですら、内面で、ねたみ、やっかみは盛んである。だからこのように中国人が大量流入し、その邪眼な現実を日本人が自覚せざるを得ないシーンが増えているという側面もあるように思う。
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日本でのキリスト教信者の首相誕生

2015-05-18 03:12:21 | キリスト者の秘蹟
◎宗教は為政者の道具

世の中で本当の宗教に興味のない人は多いが、そんな人が宗教をどのように見ているかが、次のマッカーサーの言で推し量ることができる。

社会党の片山哲が首相になった翌日の1947年5月24日、マッカーサーが日本国民向けに次のようなメッセージを出した。

『マッカーサーは、キリスト教徒の首相誕生の重要さは日本だけに限られたものではないと信じ、

「今や東洋の三大強国にキリスト教徒出身の首相、中国の蒋介石、フィリピンのマヌエル・ロハス、日本の片山哲が誕生したことは広く国際的な観点から見ても意義が深い。

これは聖なる教えが確実に広まっている証であり、東洋と西洋の人々が人間の心という面で共通点を見いだすことができ、抑圧によって権力拡大を狙っているイデオロギー主義者たち(共産主義者たち)に対抗し、難攻不落の防壁をついに築き上げるという希望を齎(もたらす)すものということを、明確に裏付けるものである。

これは人類の進歩である」と言い自分を納得させていた。マッカーサーは、このような長い文を書くのが好きだった。』
(国破れてマッカーサー/西鋭夫/中央公論社P109から引用)

キリスト教信者であれば、それだけでいわば無条件に万々歳的な印象である。ところが過去2千年、キリスト教国家は、相互に争乱を繰り返したことに飽き足らず、大航海時代以降は、世界の力による征服へのトライを繰り返してきた。
こうした宗教観は、毛沢東のそれと大差ない。宗教は為政者の道具の一つにすぎない。

残念ながら、こうした見方が世間一般の宗教の見方というものだろう。それでも人間そのものは、いつしか神化という進化を待つほどに肉体の準備ができた。こうした厳しい時代だが、欲得に関係なく宗教の本質に関心を持つ人が一人でも増えてくれればよいけれど。

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破壊と進化

2015-05-17 06:20:10 | 時代のおわり
◎白い蠍、黄色い蠍。

1961年10月ソ連は史上最大規模の水爆実験を行った。これは50メガトン水爆であり、40キロ離れたレンガ造りの建物が爆風でなぎ倒され、800キロ離れた窓ガラスが衝撃波で割れた。

これだけ被害規模が大きくなると、着弾点が目標から40キロ逸れても命中になるし、なにより命中精度が問題にならないほど破壊力が巨大であるということ。

核爆弾の父オッペンハイマーは、「たとえていうなら私たちは瓶の中の二匹の蠍だ。どちらも相手を殺すことができるが、それには自らの命を危険にさらさねばならない」と言った。(出所:原爆を盗め/スティーブ・シャンキン/紀伊国屋書店P312-313)

アメリカと中ロ対立が尖鋭となり始めた。
アメリカと中国・ロシアは同じ瓶の中の蠍である。アメリカ共和党はオバマ政権の対中国弱腰が中国の南シナ海埋め立てなど中国の増長を招いたとみており、中国への対応を2016年の大統領選挙の争点にするつもりだという。

白人国家がかつて黄色人種国家に核爆弾をさく裂させたが、相手が白人だったらそこまではすまい。将来白人種国家に核爆弾が投下されるとすれば、それは白人ではない国家によるというのはありそうなことである。白い蠍、黄色い蠍

文明の精華とは、世界遺産のことではなく、21世紀の人間の進化のことであって、核ミサイルで相手国を脅して財産を「合法的にみせかけて」奪うことでもない。
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