アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

リモート・ビューイングの悪用

2014-05-31 03:55:21 | ザ・ジャンプ・アウト
◎アストラル・トリップを支配する金と権力

テレビのサイキック特番でよくやるように、超能力者といえども行方不明の死体の位置を探し当てることはなかなかできないが、職業的なアストラル・トリップによるリモート・ビュウアーならば、遠くの港にある貨物船の中にある麻薬の在り処まで、透視してしまう。

アメリカCIAでのリモート・ビューイング(遠視)プロジェクトを公開したデイヴィッド・モアハウスによると、
『いまでは、遠視者を自称し、「あなたを訓練して遠視者にしてさしあげますよ」と宣伝する人間が何百人もいる。わたしたちは王国への鍵を持っている----と。彼らはいう。

こういう“専門家”を見かけたら、こう自問してほしい。「この専門家(およびその所属組織)は、いったいどこから研究資金を得ているの?民間の資金か?それとも政府の資金か?だれかから助成金や契約金を受け取る立場にあるのか?」

真実を知りたければ、ちょっとした努力でつきとめることができるだろう。CIAがどういおうと、政府はサイキックおよび超常現象研究に対する資金供給をつづけているとぼくは信じている。そして金蔓を求める連中は、財布の紐を握る人間が次の契約を確実にするためにこういえと命じことを何でも口にする。

どんな分野でもそうだが、まともな研究者もいれば無責任な研究者もいる、カネを稼ごうと思っている人間もいれば、名を上げようとか、名誉を挽回しようとか思っている人間もいる。そして、本当に世の中の役に立ちたいと思っている人間もいる。

遠視について学ぶことに関心のある人は、その種の訓連の申し出を慎重に吟味し、自分が見聞きするものを注意深く判断しなければならない。たしかな真実が明らかになるまで-----社会の利益のために使われるよう、大衆の力で政府に公開されるまで、------遠視科学の奇跡的な潜在能力は、諜報コミュニティの記録庫のどこかに隠蔽されたままだろう。

この問題について、最後にあとひとつだけ述べておく。諜報目的の遠視は、いまもなお、潤沢な資金を与えられ、一般の目から厳重に隠され、保護された状態にあるとぼくは信じている。そしていま、遠視は殺傷能力を持つテクノロジーになっているだろう。』
(スターゲイト/デイヴィッド・モアハウス/翔泳社P369-370から引用)

そうか、アメリカのリモート・ビューイングは、古代チベットのドルジェタク並みのサイキック技術の悪用になっているわけですか。恐ろしいことですね。

リモート・ビューイングの問題点は、霊的視覚であるがゆえにその視覚で見ているのは、無数にある霊的世界のうちどの霊的世界を見ているのだろうかというポイントであることが想像がつく。

リモート・ビューイングのことではないが、そういえば、日本の本屋に行くと,なぜだか体外離脱おすすめ本が平積みにされて山になっているし、またそういう目で見れば、ロバート・モンロー以後の体外離脱も、ただ単に人間の認識する世界が死者の世界に広がるというだけでなく、その技術を応用したり利用したり、自分のもうけにしてしまおうと思う人間がいても何の不思議はないという目で、見直す必要があるように思う。

基本は、中心太陽合一はいわば垂直移動。それに対し、アストラル・トリップは、いわば水平移動であるがゆえに子供だましとまで言われるが、アストラル・トリップ技術でさえも人を破滅させるには十分な要素を持っていることを忘れてはならないだろう。
またリモート・ビューイングで、低次霊界を覗き込んで、地獄的未来ビジョンを見た人間が、未来予言と称して毒にも薬にもならない情報をマスコミやネットで垂れ流し続けているのも、現在の霊的視覚の現実である。

【チャクラと七つの身体-189】
◎アストラル体-58
2.アストラル体の性質-39 肉体からの脱却-21リモート・ビューイングの悪用
(ザ・ジャンプ・アウト243)

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リモート・ヴューイングと体外離脱の違い

2014-05-30 03:52:03 | ザ・ジャンプ・アウト
◎マクモニーグルの見方

超能力者マクモニーグルによると、体外離脱とリモート・ヴューイングは全く異なるものである。

彼の言う体外離脱は、3種ある体外離脱のうちアストラル・トリップを指す。しかし、見ている対象の人物が何を考えているかわからないし、壁の向こう側で何が行われているかを知るには、壁の向こう側に自分のアストラル・ボディを持っていかなければならない。

これに対し、リモート・ヴューイングでは、マクモニーグルの心のイメージの中にその部屋のぼやけた映像が出てきて、部屋の人物のぼやけた映像が見え、彼が何を考えているのかを知ることができ、どんな生活をしているのかを知ることができる。

具体的には、彼らが何を考え、どんな友達がいて、昨日の夕食に何を食べたかなどを知るのはとても簡単なことだとする。

でもそんな簡単なことすらアストラル・トリップ(体外離脱)では、できない。

アストラル・トリップもまあ超能力に分類されるのかもしれないが、これに対しリモート・ヴューイングこそ天眼通であり、他人の心の中まで見ているのだから他心通であり、ホンチャンの超能力である。この辺がアストラル・トリップなど子供だましと、アストラル・トリップの評価が低いところなのだろう。

【チャクラと七つの身体-188】
◎アストラル体-57
2.アストラル体の性質-38 肉体からの脱却-20リモート・ヴューイングと体外離脱の違い
(ザ・ジャンプ・アウト242)

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スウェデンボルグの四つの見え方

2014-05-29 03:34:19 | ザ・ジャンプ・アウト
霊的視覚には、単なる心理的印象(心象・思い込み=想像のなかで、心の中だけで飛んだ)とアストラル・トリップでの体験があり、その他にスェデンボルグやデイヴィッド・モアハウスの言うような視覚やリモート・ビュウイングがある。こういったものの違いには留意しておきたい。

◎ビジョンと体外離脱

霊能力者スェデンボルグが自らの四つの視覚について言及している。

第一の視覚とは、彼が眠りの視覚と呼ぶもので、トランスに入った状態で、見るビジョン。それは日中の視覚と同様に生き生きしている。

第二の視覚とは、目を閉じて見るビジョン。想像上の光景がありありと浮かぶこと。それは目を開いている時と同様に生き生きしていて、しかももっと美しく快適。

第三の視覚とは、彼が霊的視覚現象と呼ぶもので、目を開いた状態で見えるもので、霊とか天国とかが表象的に示されるもので、表象のビジョンというべきもので、どこか漠然としたものでもあり、人間の通常の想像とは異なる。

第四の視覚とは、人間が肉体と切り離されて霊になること。この状態では覚醒していて、視覚、聴覚、触覚がある。
これはメンタル体なのかアストラル体なのかという問題があるが、霊界のことしか語らないのなら、アストラル体なのだろう。
(以上参照:巨人スェデンボルグ伝/サイン・トクスヴィグ/徳間書店P317-319)

透視能力者マクモニーグルの見え方は、第一の視覚にあたるだろうか。

スウェデンボルグは第四の視覚つまり体外離脱で大いなる喜びをもってそれを体験したのはわずか3、4回だったとしている。それ以外の大半の体外離脱は、決して愉快なものではなかっただろう。

スェデンボルグの体外離脱ですら、「体外離脱に何かいいことがある」と期待させるものではなかった。体外離脱には3種あるが、中心太陽に至る本物の体外離脱はそう簡単なものではないようだ。

【チャクラと七つの身体-187】
◎アストラル体-56
2.アストラル体の性質-37 肉体からの脱却-19スウェデンボルグの四つの見え方
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臨死体験の背景

2014-05-28 03:54:07 | ザ・ジャンプ・アウト
◎見る人の感受性

臨死体験の最大の謎は、まず臨死体験者全員が永遠の光を見たり、神聖なる愛を感じたりするわけではないということである。全体の三分の一の人だけがそうした体験を語るにすぎない。

どうして三分の一かをきちんと説明できる理論は未だにないようだが、臨死体験をしがちな人は変性意識に陥り易いのではないかという仮説がある。変性意識といってもいろいろあるが、特に臨死体験では、肉体と分離して見ている自分が登場する。肉体と意識が分離することは心理学的には解離と呼ばれる。

解離は一般的には、PTSDの一種類で子供の時の虐待などで起こることが知られているが、ここでは肉体機能の低下により、肉体からアストラル体かメンタル体かが離脱することがあると見たい。

ケネス・リングの調査では、臨死体験者の二割程度が幼少時の家庭内に険悪な雰囲気があったとしているが、だからといって、その2割が心理的解離を経験したことがあるかどうかはわからない。心理的解離と、肉体から他の精細な身体が離脱することは、別の現象と考えるのが自然だろう。

このあたりは、全身麻酔をして見当識を失った人が、その間のことを覚えているかどうかという議論にもつながっていく。

人は、臨死状態にあれば、いわば無意識の状態にあるわけであるが、無意識を意識化する訓練の有無が臨死体験をどの程度覚えているか=意識化に連動する、という図式も考えられる。幼少時の虐待によれば、解離により、無意識の部分であるアストラル体意識を認識しやすかったり、冥想訓練により、そうした意識化に慣れていたりというところがあるのではないだろうか。

このあたりの意識化の部分は、その人の感受性の問題でもあり、三次元宇宙から四次元宇宙にわたる三次元のあらゆる宇宙や空間の流れを飛び越えて四次元に入るところを文字通り、そのとおり見ることのできる覚者もいれば、単に小川や三途の川としか感じられない人がいるような感じ方のばらつきがあることと似ているように思う。

どんな人にも一律で現象が起きているのだが、その感受性の開発のされ方により、臨死体験で起こることは、全く覚えていない人も含めて、様々な見え方をされるというのが真相に近いのではないだろうか。


【チャクラと七つの身体-186】
◎アストラル体-55
2.アストラル体の性質-36 肉体からの脱却-18臨死体験の背景
(ザ・ジャンプ・アウト240)

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臨死体験のロード・マップ

2014-05-27 03:44:55 | ザ・ジャンプ・アウト
◎霊界の先

臨死体験でもアストラル体の分離が発生することがある。
臨死体験(ブルース・グレイソン&チャールズP・フリン共編/春秋社)では、臨死体験の類別が挙げられている。

○雑音
トンネル
肉体の外にいる
走馬灯的記憶
○超俗性(白い光、天国の風景)
○神秘的意識状態(言語に絶する・知性的)
○余波効果(死への不安の減衰)

これだけを見ても臨死体験の内容にはばらつきがあり、深浅高低いろいろある。臨死体験でもって体外離脱したとしても、その半数以上の人が神を見ないで終わる。それを体験する人の感性や魂の成熟度の差はいかんともしがたい。

このブログで臨死体験を取り上げたり、ユング派の象徴解釈を取り上げたりするのも、すべて変性意識が、「悟り」のプロセスの近傍にあるためであって、その他の理由からではない。

臨死体験で筒みたいな暗く長いトンネルを抜けて、肉体の属する物質宇宙を脱出して、エーテル宇宙を抜け、アストラル宇宙に入って自分の肉体を天井から見下ろしていて、その足で、三途の川の手前で、昔亡くなった親族に出会ったとしても、それは悟りとは関係ない場合の方が多い。

臨死体験ではなく、回転禁止の一方通行の死へ向かうルートを述べたチベット死者の書でも死後に到来する最初のチャンスを逃すと、悟りへの可能性はどんどん低下していく。臨死体験というのは、最後は生へ戻ってくるのだから、チベット死者の書とは少々違うが、チベット死者の書でいえば、中有に向かうまでのどこかの時点までは臨死体験として到達できるが、それ以上は行かないのだと思う。

中有まで行くことに何か価値があるのではなく、どこまでいくかということそのものは「悟り」とは関係なさそうなので、「どこまでいくかということ」にはあまり意味がないように思う。だから体外離脱や臨死体験で霊界のどこまで行ったとしても、霊界を抜けられるものでもないし、悟りという、霊界を抜けたところにある至高の体験とはいえない体験とは関係ないのだろうと思う。


【チャクラと七つの身体-185】
◎アストラル体-54
2.アストラル体の性質-35 肉体からの脱却-17臨死体験のロード・マップ
(ザ・ジャンプ・アウト239)

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AKB48の遭難と出口王仁三郎入蒙

2014-05-26 20:29:01 | 古神道の手振り
◎よしや身は蒙古のあら野に朽つるとも日本男子の品は落さじ

出口王仁三郎の霊界物語で「入蒙篇」は別巻の扱いであるが、ポスト出口王仁三郎時代を明示する重要な一巻である。

外面的には、今で言えば仮釈放中に当局の許可なくモンゴル旅行したのだが、その間に出口王仁三郎一行は銃殺寸前となり、辞世の歌まで詠んで、すんでのところで解放されたという冒険譚である。

大正13年2月12日出口王仁三郎は、大正10年2月12日に上弦の月と金星が空に輝いた時に教団の最初の大弾圧の第一次大本事件が起こったように、この日同じ現象が空に起こったのを見て、蒙古行きの決心を固め、翌日には蒙古に向けて綾部を発った。

2月12日は、かのダンテス・ダイジの誕生日であり、ポスト出口王仁三郎が彼であるリンクと見れる。

出口王仁三郎の一行には合気道開祖植芝盛平も加わっていたが、6月22日、日本人6名、中国人2名が一列に並ばされ、蒙古パインタラの町の銃殺場で機関銃を向けられたが、最初の発射で何故か銃の反動で射手が後ろに倒れたので、この日の銃殺は中止となった。

同日夕方から日本領事館が解放交渉にあたり、出口王仁三郎一行がパインタラを出られたのは、30日のことだった。

出口王仁三郎 蒙古パインタラの辞世。
『よしや身は蒙古のあら野に朽つるとも日本男子の品は落さじ』

『いざさらば天津御国にかけ上り日の本のみか世界を守らむ
 日の本を遠く離れて我は今蒙古の空に神となりなむ』


昨日岩手で遭難したAKB48の川栄李奈さんの誕生日が2月12日なので、思わずこのことを思い出した次第。怪我の速やかに回復することを祈ります。


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離魂

2014-05-26 03:34:31 | ザ・ジャンプ・アウト
◎死期と分身 

その肉体を離れて魂が漂泊することを離魂という。

北勇治という人が外出から帰ってきて、居間の戸を開けると机におしかかっている人がいた。誰だろうと思ってみると、ヘア・スタイルから衣類まで自分がいつもセットしたり着ているものと同じである。顔を見ようと歩いていくとその人は向こうを向いたまま障子の細く開いたところから縁先に出てしまって、後を追ったが、姿はみえなくなっていた。

それから勇治は病気になり、その年のうちに亡くなった。母やその家の家来は、勇治の父もその祖父もそのような病気で亡くなったことを知っていたが、敢えて勇治本人には教えないままにしていた。(参考:栗原清一/日本古文献の精神病理学的考察)

このように自分自身の姿を見ると死ぬという言い伝えは日本とドイツにあるという。
                

さて似たような話で、唐代伝奇の猜娘(せんじょう)離魂のエピソードは禅の公案にもなっている。

猜娘は王宙と相思相愛の恋中になるが、猜娘の両親はそれとは気がつかず、猜娘はやがて、両親の言いつけのままに他の男性と婚約させる。王宙はこのことを不本意として、都に上る旅に出る。

その日の暮れつ時、思いもかけず猜娘が裸足のまま後を追ってきて、二人はその足で、蜀に逃避行を敢行する。蜀で5年暮らすうちに、子供も二人生まれたが、猜娘が父母を恋しがるので、故郷へ帰ることにした。

猜娘の実家の近くで猜娘を待たせ、王宙が猜娘の実家に挨拶をすると、、母親は、「娘は病気で5~6年寝たきりなのに、でたらめなことをいう」と言って怒る。

両親がそれを確かめに猜娘に使いを出すと、間違いないことがわかった。寝たきりだったもう一人の猜娘はこれを知ると起きて着替えて迎えに出て行った。すると不思議や二人の猜娘は一つに合体し、着物までぴたりと一致した。


北勇治の話と猜娘の話は、全く別のスキームの話であると思う。

死期が近づき、人生の最終ステージになると、次のステージののぞき窓がへその下にちょっと開く。これでもって、何かの拍子にちょこっとアストラル・トリップしているのを肉体の側から見た。これが北勇治の話ではないだろうか。

猜娘の話は、フィリス・アトウォーターの8分身のことを知っていれば、練達のクンダリーニ・ヨーギであればできることだとわかるだろう。猜娘の思いの純粋さがこうした人間離れした出来事を起こしたのだと思う。

【チャクラと七つの身体-184】
◎アストラル体-53
2.アストラル体の性質-34 肉体からの脱却-16離魂
(ザ・ジャンプ・アウト238)

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アストラル・トリップ後の肉体

2014-05-25 03:56:25 | ザ・ジャンプ・アウト
◎肉体の睡眠状態

出口王仁三郎の死のトリップ後の肉体に引き続いては、最近流行しているアストラル・トリップ後の肉体について。

死後の肉体は非常に痛みやすいものだ。それでは、3種ある体外離脱のうちアストラル・トリップ(OBE)後の肉体について、アストラル・トリップを発生させる準備から見てみる。

『食事-ヘビーな食べ物、たとえば肉、香辛料を使ったもの、脂っこいものは避けよ。

信じること-遊体離脱経験は良いものだという信念システムを自分の中に刷り込め。場所の感覚を消し去ろう。

場所-電機製品のない、きちんと整頓された場所を見つけよ。自分は安全だと思える場所であることも重要。

ポジション-仰向けになる人が多い。ヨガの心得がある人は蓮華坐あるいは半蓮華坐がお勧め。まわりで何かが動いてもそれに邪魔されないよう、四方のスペースを十分に取ること。

目的-ゴールを明確に。あなたはどこへ行きたいのか。だめ、地元の高校のロッカールームはいけません。歓迎されるような所にすべき。おもしろいことに、OBE前に、目的地への道筋をおさえておくとうまくいく場合が多い。これは自分の死の体験をデザインすることに関しても重要な示唆を含んでいるのではないか。

リラックスした状態ヘ漂う-身体のある部分一カ所に自分の意識を集中させる。しばらくそれを続けたらその部分を意識から消す。呼吸は深く、規則正しく。体を眠りに「落とし」ながら精神は鋭敏なままに。自分の松果体腺または「第三の目」にエネルギーを集中させること。

言語を司る部分を沈黙させよ-自分の呼吸に耳を澄ませばこれができる(意識の高い状態から言葉のゲームを切り離す練習法はいくつかある。たとえば言葉で言い表す「言葉を聞く」ことなしに読んだり、タイプをしたり、踊ったり。武術や武道もここに加えられるだろう)。

自分にまつわる諸概念をなるべく多く置き去りにせよ-大学の学位、人種的プライド、セックスをめぐる達成、政治的な悩み、最近の自分の人気など。とにかく荷物は少なくする。

たったこれだけのことだ。OBEの準備さえ整えれば、あとはここからそこへ移動するだけ。
もちろんそれが必ずしも実現するとは限らない。だが、もし実現したらこんな具合になるだろう。』
(死をデザインする/ティモシー・リアリー/河出書房新社p215-217から引用)

こういう環境ができあがるとアストラル・トリップが始まるわけだが、死のプロセスでは、呼吸停止、心拍停止が起こるのに対し、ここでは、意識は清明ながら肉体の睡眠状態が期待されている。肉体の睡眠では、呼吸停止も心拍停止も関係ない。

この辺が、正統的なクンダリーニ・ヨーギ(death tripper)が、アストラル・トリップをして児戯にも等しいと酷評する所以の一つなのだろう。頭頂から出て死の世界に入るというのは、通俗的アストラル・トリッパーの想像だにできない地平の彼方にあるのだ。

それにしても出口王仁三郎は、6度死なないと徹底できなかったのだろうか。また高野山の覚鑁も虚空蔵求聞持法に何度もトライしたというのは、本当に虚空蔵求聞持法だったのだろうか。

【チャクラと七つの身体-183】
◎アストラル体-52
2.アストラル体の性質-33 肉体からの脱却-15アストラル・トリップ後の肉体
(ザ・ジャンプ・アウト237)

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高熊山での幽斎修行

2014-05-24 03:33:07 | ザ・ジャンプ・アウト
◎アストラル・トリップからの試運転

28歳の頃出口王仁三郎は、高熊山での幽斎修行にて、中心太陽への突入を敢行できたかといえば、そうでもないというのがとりあえずの結論であるように思う。

高熊山以前は、
真心の限りうちあけ 大前に宣(の)れども 神はいらへたまはず
(真心の限り打ち明け、大神の御前に訴えるが、神はお答えにはならない)
というような淋しい状態であった。

これから、第一回霊界修行では、江戸幕府を開いた徳川家康と思しき人物が、悪辣な手段を用いて天下を取った報いで、地獄に三百年迷っているのに出会って、霊界は時間空間の区別がないことを悟ったことを皮切りに、霊界探訪に出て行く。

この頃の体験のピークは、アストラル体での霊界探訪の中、霊界の信州皆神山で、女神伊都岐島姫に出会い、出口王仁三郎こそは、瑞の霊であるから、スサノオの神の剣にちなんだ16神将を与えるので、頑張ってと激励されたところ。

更にスサノオの神が現れて、これからは出口王仁三郎の魂(みたま)に添って守りましょうと約束してくれたところである。

今こそは友なく 一人の味方なし ただ大神を力と頼まむ

日の本は云うも更なり 外国(とつくに)の山川草木 なびき伏せなむ
(日本はいうまでもなく、外国の山川草木も神の経綸で教化しよう)

(和歌は、霧の海/出口王仁三郎/あいぜん出版から引用)

このように大神と我は別の状態であるまま、高級神霊と心ときめく交流を繰り返すのであるが、それだけの話に留まる。真正のピーク・エクスペリエンスはなかったのだ。

この後、静岡の月見里神社に本田親徳の系譜である長沢雄楯(かつたて)を訪ねる。が、その際に鎮魂帰神法と審神を出口王仁三郎に授けたらしいが、何が行なわれたかは、「霧の海」では、はっきりとは書いていない。

【チャクラと七つの身体-182】
◎アストラル体-51
2.アストラル体の性質-32 肉体からの脱却-14高熊山での幽斎修行
(ザ・ジャンプ・アウト236)

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出口王仁三郎のアストラル・トリップ

2014-05-23 03:12:48 | ザ・ジャンプ・アウト
◎三次元宇宙の自由自在な歩き方

出口王仁三郎(戦前の教派神道家)は、綾部、亀岡から一歩も出ないまま、当時開かれていた東京上野の博覧会に、三回も行って見てきたが、見るべきものもなく詰まらんぜなどと話したことがあり、日常的にアストラル・トリップで、方々を見て歩いていたものと考えられる。

アストラル・トリップ・幽体離脱というものは、寝入りばなに置きやすいとか、手術の時に起きるとか、臨死状態の時に起きるとか、「科学的なアプローチ」をしようとする本には、いろいろと書かれてあるものだ。しかしそうした偶発的なトリップの最後に行き着くところは、意図的なアストラル・トリップであり、そうした意図的なトリップの典型例がこの出口王仁三郎の例ということになろう。

たとえこれができたからといっても、「人間の命の悲しみ」「情けない自分からの解脱」というようなものとは何の関係もないことは言うまでもない。

『私は明治三十一年二月、高熊山修行中、重要なる世界の各地を皆見せてもらったが、その有り様はこうである。
神使に導かれて、ある大きな室に入ってゆくと、いま弥勒殿に掛けてあるような、大きな地図がかかっている。神使はある地点を指さして、そこは某地点であるということを示される。

次に他室へ導かれて入ってゆくと、その地点の大きな模型が備えつけられてある。神使は、一々詳しく説明して下さった。

だから私は、その地点を踏まないでも、実際行ったと同じように知っているのである。前にも言うたとおり、第一番に天教山の富士山、次に信州の皆神山、それから次々諸所方へつれて行かれたのであるが、飛騨の山奥などには前人未到の神秘境がある。一度はそこへもゆかなければなるまいと思っている。

今でも必要があってこの地点を見たいと思う場合には、さっと地図がかかり、模型が出てくる。模型と言っても実際に歩くことができるほど大きなものである。』
(月鏡/出口王仁三郎/天声社から引用)

【チャクラと七つの身体-181】
◎アストラル体-50
2.アストラル体の性質-31 肉体からの脱却-13出口王仁三郎のアストラル・トリップ
(ザ・ジャンプ・アウト235)

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催眠術でアストラル・トリップ

2014-05-22 03:06:48 | ザ・ジャンプ・アウト
◎活元運動以上の世界へ

整体の野口晴哉は、催眠術も研究していた。彼は催眠術でもって他人をアストラル・トリップさせることができた。アストラル・トリップとメンタル体で肉体を離脱する悟りとは何の関係もないけれど。

以下は彼の夫人の文。
『催眠術の実験は、日暮里時代に最も盛んに行なったらしいが、その方法や状況について、私は余り深く知らない。
ただ、それらの実験を通して得た人間の潜在意識の世界、心の構造というものは、先生の心理指導の重要な素地になったといえよう。

やがて催眠術を捨てた先生は、今度は、人間を催眠状態にしないで、さりげない対話の中で、潜在意識教育による個人指導の方法を考え出すのである。
ただ、先生が何故、催眠術の実験をやめてしまったかについて、書いておきたい。

「催眠状態には三段階あるが、“わきが”なんかは、第一段階で、嫌な匂いを、よい匂いにすりかえてしまうことが出来る。面白かったのは、Kさんの娘が困っていたのでモデルにしたら、傍で見ていた友達の“わきが” まで治ってしまったことだ。

ところが、だんだん催眠状態が深くなって、第三段階に入ってしまうと、思うままに、魂を自由に飛ばすことが出来るんだ。

ある人をそういう状態にして、自分の実家のある関ヶ原の家を見て来いと言ったら、“寒い、寒い”と言うんだ。“どうして寒いのか” と訊くと、“雪が降っている”と言う。こちらは天気なのに可笑しいと思って、電話をかけたら、やはり雪が降っているということだった。

また、ある日のこと、二つの部屋を襖で仕切って、片方の部屋に人形を寝かせ、片方の部屋にある女の人を寝かせて、深い催眠状態に誘導してから彼女の魂を人形に移した。

それを確かめるために人形の腕に針をさすと、“痛い”と言う、そして針を抜いたら途端に、血が出たんだ。
それを見た瞬間、ハッとして、“こういうことは、魂を冒瀆するものだ”と思った。僕はそれきり、一切の実験をやめてしまった」』
(回想の野口晴哉/野口昭子/ちくま文庫P66-67から引用)

最初の関ヶ原の話は、アストラル・トリップだろうと思う。マクモニーグルみたいに視界だけそこにいくのではないのだろうと思う。催眠術者によっては、メンタル体離脱までできる場合があるのだろうが、それが今の時代のニーズに合うのかどうかはよくわからない。そういう他力なやり方が時代全体を救いの方向に転回させるパワーがあるようには思えない。

そして後の方の魂を人形に移す話。意識の中心を人形側に持っていくと出血までするというメカニズムは、エーテル体、アストラル体とそれ以上のボディまで人形に移すということだろうか。別人のボディに別人の魂を憑依させるという技術なのだろうが、クリシュナムルティもこれをやられかけた事件があり、チベットでもこうした方法があることは知られている。

彼がこの技法の研究までできたところを見ると、彼が単なる霊能力者でも単なる整体師でも単なる催眠術師でもなかったことが歴然とする。彼は健康は説いたが、愛の方には関心がなかったみたいだ。

活元運動とは、ある準備動作をきちんと行うとその人に合った必要な運動が身体の奥から自発的に現れることだそうだが、この2つのエピソードは、エーテル体の感応を肉体の運動に反映させるという活元運動を遥かに凌駕したレベルのものであり、霊能力者でない素人が関心を持つべきものではないように思う。

その力を悪用はしなかったらしいが、世の中には恐ろしい人がいるものである。だれも人形のままで一生を終わりたくない。

【チャクラと七つの身体-180】
◎アストラル体-49
2.アストラル体の性質-30 肉体からの脱却-12催眠術でアストラル・トリップ
(ザ・ジャンプ・アウト234)

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アストラル・トリッパーの作法-3

2014-05-21 03:05:52 | ザ・ジャンプ・アウト
◎変性意識な日常

デイヴィッド・モアハウスらのアストラル・トリッパーは、我々のように堅気の世界で毎日8時間以上働いて、わずかな余暇を冥想に充てるという修業形態ではない。

所属こそ米軍の中の一部署だが、リラックスを旨とし、いつでも必要なアストラル・トリップができるようにスタンバイしていたという状態だった。

それは以下のような状態であった。

1.トリップ直後立ち上がると、身体に力が入らず、立ちくらみがするほど消耗している。

2.トリップからの帰還に数分かかる(ナチスのダッハウの強制収容所訪問からの帰還には20分もかかった)。意識の一部がアストラル世界のターゲットにくっついているみたいなかんじで、こんどは現実に焦点を合わせる方が骨が折れた。

3.体外離脱プロセスをコントロールできないままに、アストラル・トリップを繰り返したが、
回数を重ねるうちにこのような後遺症はなくなった。

4.自動車を運転するといつのまにかアストラル世界に引き戻されてしまう可能性があるので、トリップ後の車の運転は禁止になっていた。

5.一旦アストラル・トリップをやめた時期があった。この時期は、悪夢に悩まされ、どんなことにも集中できなくなり、孤独でむなしかった。感情の波に呑み込まれ、人前でも頻繁に涙を流した。このように感情的、肉体的、精神的に崩壊しかけていた。この結果、日中はオフィスの建物から一歩も出ないし、週末もめったに家を出なかった。
眠るのが怖いので、毎晩テレビとラジオを同時につけたままにした。こうした生活は続けられず、結局持っている服を全部車に積んで、毎日車の中で寝た。
これで妻や子供との家庭生活は崩壊した。

6.症状は更に悪化し、眠ることはおろか、静かな場所にじっとしていることもできなくなった。

変性意識を利用して何かをしようとする以上は、そのコントロールに熟達していない限り、変性意識の嵐に翻弄されることになる。(変性意識も取扱いが難しいという点では原発のようなところがある。)

こうした記述にある状態で、思い浮かべるのは、チベットの観想法を主体とした冥想修行者である。何か月分の食料を持ち標高4、5千メートルの山の洞窟に籠って一人で何か月も修業し、ビジョンを観想し続ける。ビジョンが生き生きとすればするほど、変性意識の側にはいるのだから、状況は、上述のデイヴィッド・モアハウスのケースに似ているはずである。

チベットの観想修行者の側からすれば、逆に邪悪極まりない現代社会の中でテキパキ仕事をしたり、きちんと毎日勉学に励んだり家事をこなして行くとうのも、ある特殊な意識状態であることも確かであると思う。

クンダリーニ・ヨーギからすれば、こうした変性意識状態は「死の世界」。クンダリーニ・ヨーガは、死の世界を窮めて生がその一部であることを知る技術なので、現代社会にはとても不適応になるが、こうしたことも避けては通れない。

【チャクラと七つの身体-179】
◎アストラル体-48
2.アストラル体の性質-29 肉体からの脱却-11アストラル・トリッパーの作法-3
(ザ・ジャンプ・アウト233)

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アストラル・トリッパーの作法-2

2014-05-20 03:35:37 | ザ・ジャンプ・アウト
◎時間軸の遡及

アストラル・トリッパーは現在進行形の事象だけを見に行くわけではない。必要に応じて時間軸を遡及する。
時間軸の遡及とは、過去にさかのぼって過去を見に行くことである。

例のデイヴィッド・モアハウスがやっていたのも、時間と空間を超越して、時間的空間的に離れた人間や場所やものを観察し、それについての情報を収集することだった。物を探す場合にはダウジング・ロッドを持ってダウジングまでやる。

ある日、モアハウスは同僚と共に、1983年にソ連に撃墜された大韓航空機007便の、過去に遡ってのリモート・ビュウイングにチャレンジした。

『その夜、午後10時、鍵をかけて部屋に閉じこもった。部屋の外で、自分から進んで遠視セッションを実行したことは一度もなかったから、神経質になっていた。アクシデントが起きる可能性はできるだけ排除しておきたかった。

殺風景な部屋となにもない壁を見ながら、うろうろ歩き回った。ターゲットの座標と短い心覚えを書き留め、その紙をナイト・テーブルの上に置いた。電気を消し、闇の中に横たわって、カウントダウンをはじめ・・・・・・・・

エーテルのベールが分かれて、次に気がつくと、大韓航空機のコックピットにいた。しばしそこに佇み、所定の位置にいる操縦士、副操縦士、機関士を見つめた。なにを見つけることになっているのかよくわからないが、とにかく変わったことはなにも感じなかった。

霊体の目を閉じ、両手で機関士の体に触れて、その心を読んだ。自分の仕事に関係した思考しかなかった。副操縦士の心は、家族と財政状態に関する思考がごちゃごちゃに詰まっていた。少なくとも接触していたあいだは、機の内外で起きていることについて、まったくなにも考えていなかった。』
(スターゲイト/デイヴィッド・モアハウス/翔泳社P263から引用)

これを見ると、現在時を見るのもアストラル・トリップであり、過去を見るのもアストラル・トリップであることに変わりはないようである。

ただ過去については、アストラル体が訪問した先が、大韓航空機が爆破されたのが実現した過去である可能性はある。未来が複数あるように過去も複数あっても不思議はないのではないか。

今回の原発事故に限ったことではないが、現実にはそうでなかったことを政府発表やマスコミ報道をすれば、それは事実ではなかったとしても、10年後には歴史的事実として、多くの大衆にとっては、揺るぎない過去の事件として認定される。その結果、過去には、(世間には知られていないが)本当に起こった事象である過去と政府発表・マスコミ報道の事象である過去と、都合2種類の過去が、(大衆の想念、カルマの中には)成立する。

モアハウスはどちらの過去を見に行ったのか?。どちらも何でもありの霊的世界の霊的過去を見ただけではないのだろうか?という疑問がつきまとう。
そして見た手法は同じアストラル・トリップで、現実を見るのも、過去(世)を見るのも手法の差はないように見える。

一念三千世界

【チャクラと七つの身体-178】
◎アストラル体-47
2.アストラル体の性質-28 肉体からの脱却-10アストラル・トリッパーの作法-2
(ザ・ジャンプ・アウト232)

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アストラル・トリッパーの作法-1

2014-05-19 03:05:48 | ザ・ジャンプ・アウト
◎勇者の道がお好みならば

職業的アストラル・トリッパーの作法は、このスター・ゲイトという本で、その多くが明らかにされている。

1.まずベッドに横たわり、照明の明るさを加減する。
2.大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

3体外離脱する。

『訓練で仕込まれたとおり、頭をクリアにして,変成状態(オールタード・ステイツ)に入る手順を実行する。最初は多幸症といってもいいようなくつろいだ気分になる。

が、数分でそれが加速しはじめる。めまいが襲い、麻薬でも与えられたような、混乱した気分になる。

数秒後、引き裂くような音。-----マジックテープをはがすような音-----が耳の中で響く。離脱が始まったのだ。

突然ぼくの霊体が物理的な自分から起き上がり、空間の中を前へ突進してゆく。スピード感は圧倒的で、耳を閉じたまま、それが終わるのを待つ。

いったいなぜ、どうやってこういうことが起きるのか。だれも知らない。理論は複雑で不明瞭だった。遠視者のだれひとり、そのメカニズムを理解しようとはしなかった。足を踏ん張ってライドに耐え、到着したときに見たもののことを描写するだけ。そしてぼくは、ふと気づくと漆黒の宇宙に浮かんでいる。

それからトンネルと呼ばれるものに向かって降下する。落下速度がどんどんはやくなり、周囲の星々がぼやけて水平の光のすじになり、それからエネルギーの円筒になる。目も眩むスピードで巨大なネオン管の中を旅しているような感じ。

落ちていくうちにトンネルの内壁が幻惑するように踊り、そしてぼくの霊体は膜のような実体を突き抜ける。目標エリアに到達したのだ。』
(スターゲイト/デイヴィッド・モアハウス/翔泳社P19-20から引用)

この目標エリアはさるジャングルである。この状態で、視線をある遠くの一点に固定するとそこにボディも移動するようだ。そのボディは、岩でも金属の扉でも通りぬける。エネルギーの円筒のようなものとトンネルは臨死体験でよく語られるもの。臨死体験も一種のアストラル・トリップである部分があるのだろう。

こうしたアストラル感性を日常的なものとする生活に入ると、あらゆるアストラルの住人や要素を相手にして生きることになる。

他の霊的存在と日常的に出会い、現実のような悪夢・ビジョンを頻繁に見ることになり、普通の日常生活はほとんど営めなくなる。こういう生活を続けると肉体、精神とも消耗する。

そちらの世界のほうが、本当のリアリティ、本当の愛への近道であると考える人はその道に進むのだろうが、その道は「勇者の道」と呼ばれるほど冥想修行者にとっては困難なルートである。
「勇者の道」を選ばない人々には近道ってのもある。

【チャクラと七つの身体-177】
◎アストラル体-46
2.アストラル体の性質-27 肉体からの脱却-9アストラル・トリッパーの作法-1
(ザ・ジャンプ・アウト231)

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ダイアン・フォーチュンのアストラル・トリップ

2014-05-18 03:50:26 | ザ・ジャンプ・アウト
◎霊界の大いなる力の潮

2008年12月22日。珍しく、冬至の頃に大風が吹きまくっている。

『春分の日になった。春分は隠秘学者にとって最も重要な時期である。霊界には、大いなる力の潮が流れており、それを扱うのは非常に困難である。星幽界に問題があれば、この時期にはいつも暴風になる。

また星幽界では集会があり、多くの隠秘学者は身体を抜け出して参加する。そうするためには、失神状態にならなければならない。すると精神は身体を離れるのである。

身体が空になっている間は、普通この方法を知っている者に側にいてもらって身体が傷つくことのないように見てもらう。』
(心霊的自己防衛/ダイアン・フォーチュン/国書刊行会P158から引用)

最近の日本では、昔なら年に数回しかなかったような大風、プチ嵐が吹き荒れるようになった。このダイアン・フォーチュンの記述によれば、日本の星幽界(アストラル界・霊界のこと)には大いに問題があるので、毎度大きな風が吹きまくっているということになるだろう。

体外離脱には3種有るが、ダイアン・フォーチュンは、ここでは、アストラル・トリップに言及。その際に肉体は失神状態になっていることを述べているのは、他のグルや先覚者と見解を同じくしており、その力量のほどを示している。

【チャクラと七つの身体-176】
◎アストラル体-45
2.アストラル体の性質-26 肉体からの脱却-8ダイアン・フォーチュンのアストラル・トリップ
(ザ・ジャンプ・アウト230)

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