アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

オーラとアストラル体

2014-04-30 03:24:02 | ザ・ジャンプ・アウト
◎自分を知り他人を知る

第三身体の波動を理解するようになったら、稀有な体験をするようになるだろう。人を見るとそのまわりを取り巻く波動を、すぐさま語れるようになる。自分の波動に気づいていなければ、他人の波動は認識できない。

第三身体から発せられる霊的波動は、すべての人の頭のまわりに集まる。仏陀、マハーヴィーラ、ラーマ、そしてクリシュナの絵に書かれた後光は、彼らの頭の回りに見られたオーラだ。

それには特別な色があり、それは見抜かれている。

第三身体の正しい体験を得ると、こうした色が見えるようになる。

これらの色を見始めると、自分自身だけでなく、他人の色も見るようになる。』
(奇跡の探求Ⅱ/和尚/市民出版社から引用)

第三身体とは、アストラル体のこと、和尚のいいところは、こうした本質とは関係のない座談的なことも一生懸命説明してくれることがあること。脱線しすぎて冗長な場合もあるが、ディテールの中に大きなヒントが隠れていることも多い。

オーラが見れただけでは、自分自身の、人間の本当の救済につながるわけではないが、一歩自分自身の理解が深まった程度のことはあるのだろう。只管打坐でも、クンダリーニ・ヨーガでも、オーラが見えるなどということは相手にはしない。

本山博もほとんどオーラのことは述べず、アストラル次元のものはカルマに縛られているので、まともに相手にしてはならないと以下のように述べている。

『アストラルの次元の霊やそのもたらす予言は、保守的で非道徳であることが多いのです。たとえばこんな話が中国の「聊斎志異」に載っています。アストラルの次元でいろいろなことが分かる霊能者が、今度生まれてくる赤ん坊は、両親の前生のカルマとの関係で、その子供が生まれてきたら、その家が滅んだりその子供にも不幸なことがたくさん起きる。だから、親と子の両方の幸せのためにはその子供は棄ててしまうのがよいと言ったという話なのですが、アストラルの次元における霊のもたらす予言や判断は、この話のように、非道徳なものも多いのです。

こういう予言や判断というのは、普通の道徳、あるいはカトリック的な道徳、予供を生んだ以上は、それがたとえどんな子供であっても大事に育てなければいけない、それが善であるというふうに、考えている道徳の立場からみれば、非常に非道徳なのですね。

しかしアストラルの次元というのは、アストラルの次元そのものが最も深くカルマの世界に落ちている世界なのですから、アストラル次元の霊は、自分を保全するために判断をするのです。ですから本当に道徳的に正しいかどうかということはアストラルの次元では判断がつかなくて、非道徳的な考え、判断をする場合が多い。こういう霊に一支配されている霊能者は悲劇ですね。』
(神秘体験の種々相/本山博/宗教心理出版P69から引用)

不昧因果ですね。

【チャクラと七つの身体-158】
◎アストラル体-27
2.アストラル体の性質-8 死の世界への入り口-6 オーラとアストラル体
【ザ・ジャンプ・アウト212】

人気ブログランキングへ


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

霊体と霊衣-2

2014-04-29 03:40:40 | ザ・ジャンプ・アウト
◎神恩と世の大峠

『故に神徳ある人が鎮魂を拝受し、大神に謝罪し、天津祝詞の言霊を円満明朗に奏上したならば、たちまちその霊衣は厚さを増し、三角形は円形に立て直り、死亡を免れ得るのである。

斯くして救われた人は、神の大恩を忘れた時において、忽ち霊衣を神界より剥ぎ取られ、直ちに幽界に送られるのである。

自分はあまたの人に接してより、第一にこの霊衣の厚薄を調べてみるが、信仰の徳によって漸次にその厚みを加え、身体ますます強壮になった人もあり、また神に反対をして人に妨害をして天寿の霊衣を薄くし、中には円い形をやや山形に変化しつつある人も沢山実見した。

自分はそういう人に向かっていろいろと親切に信仰の道を説いた。されどそんな人に限って神の道を疑い、却って親切に思って忠告する心をひがまし、逆にとりて大反対をするのが多いのである。

これを思えばどうしても霊魂の因縁性来というものは如何ともすることができないとつくづく考えるのである。』
(出口王仁三郎全集第五巻/出口王仁三郎/あいぜん出版から引用)

ここでは、重病人といえども、正しい信仰を行なうことにより、信仰の徳というものが積み重なり、霊衣が厚く頭部が円くなる人もいる一方で、健康な人でも神や人の反対を繰り返すことで、霊衣薄く頭部が三角になる人がいるとする。

首尾よく霊衣の厚みが戻った人でも、神恩を忘れた非道な行いをした時は、霊衣を剥ぎ取られ、幽界送りとなるとあり、よくお寺のホラースポットで脱衣婆の像を見かけるが、それは実在していたかと思い当たる。

さて昨今テレビや新聞を見ても、まず「徳が高い」などという言葉に出会うことはない。徳が高いとは、神恩を感謝し、惟神(かんながら)に生きることである。

惟神(かんながら)に生きるためには、大神(仏、禅の無、ニルヴァーナ)に出会って、惟神がその生き方の中で不退転となることが急務となる。
(るしやな仏 阿弥陀如来も 伊都能売(いづのめ)も み名こそかわれ 一つ神なり
  [出口王仁三郎])


出口王仁三郎は、他人や神を誹謗している霊衣の薄い人や頭の三角な、ちょっとヤバめの人に、天津祝詞の奏上を手始めとして、懇切丁寧に多くの人に信仰を勧めたが、入信することは本人にとっては大きな決断だから、そうしたプレッシャーの中で、かえってそうしたアドバイスを逆に受け取って反発までする人が少なくないことを云う。

そこで霊魂の因縁性来はどうしようもないとは、正しい宗教、信仰の道や、生き方に出会ったとしても、その人の霊的成熟度によってそれに応ずるかどうかが決まるので、すべての人を勧誘に応じさせるのは不可能であると見切ったことであると思う。

このあたりの見方によって、世の人々全員を救えはしないので、世の大峠には何人生き残るという厳しい見方になっていくことが理解できる。

【チャクラと七つの身体-157】
◎アストラル体-26
2.アストラル体の性質-7死の世界への入り口-5 霊体と霊衣-2
【ザ・ジャンプ・アウト211】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

霊体と霊衣-1

2014-04-28 03:12:59 | ザ・ジャンプ・アウト
◎死者との違い

『現界に生きて居る人間の霊魂を見ると、現人と同形の霊体を持っているが、亡者の霊魂に比べると一見して生者と亡者の霊魂の区別が判然する。

生者の霊体(霊魂)は、円い霊衣を身体一面に被って居るが、亡者の霊体は頭部は山形に尖り三角形の霊衣をまとっている。それも腰から上のみ霊衣を着し、腰以下に霊衣はない。

幽霊に足がないと俗間に云うのもこの理に基づくのである。

また徳高きものの霊魂はその霊衣極めて大きく厚く大きく光沢強くして人を射る如く、且つよく人を統御する能力を持って居る。

現代は斯くの如き霊衣の立派な人間が少ないので大人物と云わるる者が出来ないのである。現代の人間はおいおい霊衣が薄くなり、光沢は放射する事なく、あたかも邪神界の神々の着ている霊衣の如く、少しの権威もないように霊眼で見られるのである。

大病人などを見るとその霊衣は最も薄くなり、頭部の霊衣はやや山形になりかけて居るのも今までに沢山見たことがある。

いつも大病人を見舞うたびにその霊衣の厚薄と円角の程度によって判断を下すのであるが百発百中である。

何程名医が匙を投げた大病人でも、その霊衣を見て厚くかつ光が存しておればその病人は必ず全快するのである。これに反して天下の名医や博士が生命は大丈夫だと断定した病人でもその霊衣がやや三角形を呈したり紙の如く薄くなって居たら、その人は必ず死んでしまうものである。』(続く)
(出口王仁三郎全集第五巻/出口王仁三郎/あいぜん出版から引用)

まず霊衣とは、エーテル体かアストラル体かということについて。
この文では、亡者にも霊衣があるとしているので、アストラル体のこととわかる。エーテル体は死後まもなく崩壊するからである。従って霊衣とは、アストラル体の外皮のようなものだろうと知れる。

四柱推命でも、アストロロジーでも、易でも人の死期を知るのは最大の眼目の一つであるが、このレベルの霊眼を開けば、まず占断を誤ることはないだろうし、命式を見たり、ホロスコープを眺めたりする必要もなくなってしまう。

寿命が長いことがその人にとって幸福かどうかという問題は、これとは別の問題ではある。

そこで徳高き者が霊衣が厚く光沢が強いとあるので、どうすれば、徳を高くできるかということになる。

また、「徳が高い」ことに価値があるという考え方そのものが、もうほとんど顧慮されない時代になっているので、徳が高いということの意味を更に掘り下げる必要がある。(続く)

【チャクラと七つの身体-156】
◎アストラル体-25
2.アストラル体の性質-6 死の世界への入り口-4 霊体と霊衣-1
【ザ・ジャンプ・アウト210】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

幽霊とはなにか

2014-04-27 03:21:55 | ザ・ジャンプ・アウト
◎砕霊と幽霊考

最近、生きながら幽霊みたいな雰囲気の人を見かけるが、ダライラマの「幽霊とはなにか」。

『Q:死が意識の究極のありようならば、幽霊とは何なのでしょう。法王は幽霊に遭遇したことはありますか。

A:子供の頃、幽霊がひどく怖かったものです。
仏教では苦楽の大小によって六種類の転生を、地獄、餓鬼、畜生、人、阿修羅、天の六つの境地への転生を説きます。またそこに生きる生きものの心身の微細さ、粗大さによって、欲界、色界、無色界(※)の三つの世界にも分けます。
幽霊はこの三つの世界のいずれにも存在し得ます。そのあるものは悪しき存在であり、あるものはよき存在です。
あるものは残酷で、あるものは親切です。

※欲界:欲望のある物質的世界.私たちの住む世界も含めて六道輪廻の世界すべてが欲界である。
色界:欲望は断じたが、いまだ肉体が存在している世界。
無色界:肉体はもたず、精神的要素のみからなる世界。』
(ダライラマ日々の瞑想/ダライラマ/講談社P182から引用)

砕霊となった霊は、幽霊になるのだろうか。砕霊となった人の自意識はどうなるのだろうか。人の死後のありようということを考えると、疑問はどうしても自意識と霊あるいは、自意識とアストラル体の部分に行きつくのだが、本山博氏もそこは語っていないし、出口王仁三郎も語っていない。

輪廻転生の主体と思われるアストラル体が粉々になったら、輪廻転生の原因たるカルマのエネルギーはどう消化されるのだろうか。輪廻転生のサイクルから抜ける解脱ということが砕霊で実現したということではあるまい。

死後あるいは、死に至るプロセスをエリザベス・キュブラーロスらが研究したが、現代人はその自意識と輪廻転生(リンカネーション)が一対一で対応しないで、死後が展開するだろうってところまで、研究が深まらないと、生から死、死から生への連続あるいは不連続について知的に納得することはないのではないかと思った。

ただその仕組みの解明が、この地獄的な人間社会の改善に役に立つかといえばそうとはいえないとも思う。

また、この幽霊の定義を見ると、宇宙人の定義と似ているように思う。

【チャクラと七つの身体-155】
◎アストラル体-24
2.アストラル体の性質-5 死の世界への入り口-3 幽霊とはなにか
【ザ・ジャンプ・アウト209】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

孤独と無力から自由へ

2014-04-26 05:38:31 | ザ・ジャンプ・アウト
◎あらゆる幽霊を凝視せよ
◎それはアストラルなのか、自分の頭の中の思いつきに過ぎないのか


ある人は水子霊だと云い、ある人は狐だといい、ある人は○代前に亡くなった先祖の霊だと言い、ある人は邪悪なバイブレーションだと言い、ある人は単なる曇ったエネルギーのまとまったものだと言う。

こうしたものの正体の見分け方を、メキシコのヤキ・インディアンの呪術師ドン・ファン・マトゥスが説明する。

『これからは不思議な亡霊の姿を前にしたら、気持ちをしっかり保って、断固たる態度で凝視するがよい。相手が非有機的存在であれば、それに対するお前の解釈は枯れ葉のように舞い落ちるだろう。もう何も起こらなければ、それはお前の臆病な心が生んだくだらん幻影にすぎん。そもそもそれはお前の心ですらないのだ。』
(無限の本質/カルロス・カスタネダ/二見書房から引用)

非有機的存在とは、霊的存在や、アストラル的生物のこと。

実際にカルロス・カスタネダが、自分のことを盟友であると自称する二人の非有機的存在を見つめて見た。
『私は容貌を記憶しようとふたりをまじまじと見つめたが、彼らの容貌は刻々と変化した。見つめる私の気分によって変貌するようだった。

そこには思考はいっさい介在していなかった。何もかもが本能的感覚によって導かれていた。長々と見つめるうちに、彼らの容貌が完全にぬぐい去られて、ついに私の前にあるのは、二つの震動する輝く塊だけになった。

それら輝く塊には境界がなかった。内部に凝集力があって自らを維持しているように見えた。ときどき平べったくなったと思うと、また垂直方向に伸びて、人間の身長の高さになる。』
(無限の本質/カルロス・カスタネダ/二見書房から引用)

ドン・ファン・マトゥスは、あらゆるものには、減ずることのできない残留物があり、それがエネルギーだとする。そしてカスタネダは、このセッションで、非有機的存在、霊をその本質へ変容させ、自意識を持つ非人格的エネルギーへと変えることに成功し、その本来の姿を見た。

ドン・ファン・マトゥスはまた、単なる自分の心理的な思いこみがそんなイメージを作りだしそれを現実の生き物と認識するケースと、他人であるアストラル的生物に出会うケースがあるが、アストスル的生物のエネルギーを直接見ることが人間、つまり呪師であるクンダリーニ・ヨーギにとっては、最重要事項であると評価する。

クンダリーニ・ヨーギは、「意識の暗い海」と呼ぶ死の世界で様々なエネルギー体と出会うが、カスタネダの見えた状態が通俗的霊能力者の卒業というべきものなのだと思う。

ドン・ファン・マトゥスによれば、この世には600種類以上の世界があり、それぞれの世界と世界への間を移動する場合は時間が非連続となる。これが三千世界の実情なのだろう。

慣れていない世界で旅をするのは、孤独と無力感に襲われがちなもので、人の自惚れなど木っ端みじんに打ち砕かれる。我々も病的なほど自己中心的だし、霊なるアストラル的生物も病的なほど自己中心的だからだ。

そうした冷厳な世界の中で、戦士であるクンダリーニ・ヨーギは、絶望に陥ったり、発狂したりせずに、勇敢さ、力強さ、謹厳さを失わずに戦い続けられるのは、自分が「無限」(神、宇宙意識、イーグル)とつながっていることを充分に知っているからなのだと思う。

【チャクラと七つの身体-154】
◎アストラル体-23
2.アストラル体の性質-4 死の世界への入り口-2 孤独と無力から自由へ
【ザ・ジャンプ・アウト208】


人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

死の世界への入り口

2014-04-25 05:28:26 | ザ・ジャンプ・アウト
◎オーラ、霊、宇宙人、守護神

1.死の世界への入口
死の世界への第一歩。オーラ、球形の霊体。UFO・臨死体験・シャーマン、先祖供養

アストラル体とは、せんじ詰めれば、それを悟った人が語っているのか、悟っていない人が語っているのかというところにあるが、初手は通俗的心霊譚も意識しないわけにはいかない。通俗的心霊譚ですらも、迷信ではなく、無意識と呼ばれる単なる心理でもなく、いま人間が同時に生きている七つの次元の一つの出来事の一端なのである。

最初は幽霊の見分け方、そして霊体と霊衣についてなどを並べる。更に守護霊、先祖供養、UFOに及ぶ。

◎孤独と無力から自由へ
◎幽霊とはなにか

◎霊体と霊衣-1
◎霊体と霊衣-2
◎オーラとアストラル体

◎芸術、インスピレーション、超能力
◎UFO・臨死体験・シャーマン

◎アストラルな副守護神
◎カルダーノの守護霊
◎人間の善悪

◎先祖供養の実相

◎広い宇宙に地球人しか見当たらない理由
◎宇宙人は猫をいやがること
◎宇宙人とUFO

【チャクラと七つの身体-153】
◎アストラル体-22
2.アストラル体の性質-3 死の世界への入り口-1
【ザ・ジャンプ・アウト207】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

ボルジア家 愛と欲望の教皇一族

2014-04-24 05:55:52 | キリスト者の秘蹟
清貧貞潔のかけらもなく

ボルジア家 愛と欲望の教皇一族は、教皇アレクサンデル6世を主人公にした。かつての映画ゴッドファーザーみたいでエロエロな連続テレビドラマで、今はwowowでやっている。

教皇アレクサンデル6世は、あの栄光の1492年にローマ教皇に即位したロドリーゴ・ボルジアのこと。

アレクサンデル6世には数人の女性に産ませた6人の息子と3人の娘がいる。その中でも有名なのは息子チェザーレと娘ルクレツィア。劇中ではホアンという男兄弟しかいないが、実際には聖職者でありながらもっと艶福家だった。

娘ルクレツィアは、劇中で脱ぎまくるのだが、「ジュエリーの歴史 ヨーロッパの宝飾770年 ジョーン・エヴァンズ/著 八坂書房」には、ルクレツィアのジュエリー目録のことが出ていたりして、スーパー・リッチなセレブだったらしい。
彼女は、有名な美女であり、史実ではドラマ同様?に三度結婚し、三度とも失敗だった。最初の夫とは父のアレクサンデル6世にだまされて離婚させられ、二番目の夫は、兄チェザーレに殺され、三番目の夫フェルラーラ公とはしばしば引き離されるという塩梅だった。

バチカンには何だかボルジアの間まである。

チェザーレは、劇中では殺人マシーンだが、史実では、19歳で枢機卿となってまもなくその地位を解放され、ヴァレンチノ公爵、ロマーニャ公爵となり、フランス国王の従妹の美貌のシャルロット・ダルブレと結婚するが、4か月で離婚。また弟ホアンの喉を掻ききったという噂や、彼の指示でビッシェリエ公アルフォンソが絞殺されたり、毒薬専門家を抱えていたりとか、ドラマどおりの悪辣な人物だったようだ。

大概の教皇は、見神体験はあるものだろうが、複数の愛人を抱え、カトリックの聖職者でありながら大家族を抱え、一家の全体の繁栄を図るというのはいかにも異形である。無欲、清貧、貞潔のかけらもなかったローマ教会は、その後更生したのだろうか。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

関山慧玄

2014-04-23 03:42:22 | 丹田禅(冥想法8)
◎英雄の孤独と放浪

黒田官兵衛は、毛利軍と別所軍の両方ににらみを利かせるべく書写山円教寺に秀吉とともに本陣を移した。

書写山円教寺は今でも堂々たる大伽藍であるが、なんとこの寺は大徳寺開祖の大燈国師の若い頃のメインの修行場であった寺でもある。

大燈国師が亡くなる前に、花園上皇に対し、彼の後継者には関山慧玄が適当であると既に指名を終えていた。

果たして大燈国師の病没に先だって、花園上皇は全国の四方八方に使者を遣わして関山慧玄の行方を捜させた。


さて関山慧玄は、1277年生まれ。大燈国師に師事して52歳の1329年、関の字の公案を透過し大悟した。いかにも老境での大悟である。これを記念して、大燈国師は、印可状も与え、“関山”の号も与えた。

まもなく関山は、美濃の伊深に草庵を結んで、周辺の村人にもそれと気づかれることなく百姓をやっていたが、1337年花園上皇の命を受け、妙心寺開山となり、花園上皇の師ともなった。さらに彼は、ほどなく妙心寺を退去したともされる。

関山には、語録もなく、頂相もなく、こういう人は厳格であったと周辺から称されるのだが、要はシャイだったのではないか。

どんなに大悟徹底したとしても、それゆえの生きづらさはあるのではないか。だから帰る家がないという空虚さを残しながらしばしば旅に出たり、住まいを変えたりするということではないかと思われてならない。

そのあたりの心情は、かのダンテス・ダイジの「帰る家がないからといって 家を求めてさ迷うには及ばない」という一節に凝縮されているように思う。英雄は孤独なものだ。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

ロシアの択捉島と国後島の軍備増強

2014-04-22 05:57:03 | 時代のおわり
◎外国の隅々までもワヤにいたして

2014年4月18インタファクス通信が、次のような報道を行っている。
『 ロシア国防省は、露極東やシベリア地域を管轄する露軍東部軍管区の再軍備計画の一環として、2016年末までに北方領土の択捉島と国後島に、兵士用の居住施設などの軍施設を150以上増設することを発表した。サハリンとクリール諸島(北方領土と千島列島)に駐留している軍部隊には、すでにこの3年間で戦車など350もの最新兵器が配備されているが、今年も新型戦闘機や対空ミサイルなどを配備、軍装備を増強するという。』

能天気な日本では、ロシアの日本侵攻準備などという報道はまずないが、中国だけでなくロシアも日本侵攻を虎視眈々と狙っている。
危ないのは尖閣だけでなく。北海道も十分に危ないわけだ。ロシアはクリミア侵攻に飽き足らず、日本に対しても牙を研ぐことをやめていない。

ロシアが日本を強襲してくるビジョンは、明治以来の大本神諭瑞能神歌などで繰り返し描写されている。

いつものことだが、国際記事は、小さく報道しているものの中に大きな動きが隠れている。大本神諭ではないが、日本人民が未だに本気で改心せぬ以上は、こうしたことが起きてくる。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

アストラル体の区分

2014-04-21 03:26:21 | ザ・ジャンプ・アウト
◎死の世界の始め

アストラル体は、死の世界の始めであり、入口である。よって主たるテーマは死の始まりということになる。

そこでようなカテゴリーを想定することができる。

1.死の世界への入口
死の世界への第一歩。オーラ、球形の霊体。UFO・臨死体験・シャーマン

2.肉体からの脱却
 アストラルトリップ、肉体死、三種ある体外離脱、臨死体験、脱魂型シャーマニズムと憑霊型シャーマニズム、離魂

3.死のプロセスとアストラル

4.死の世界を扱う技術
鬼門とアストラル体、アストラル体は遂には衰亡する。超能力、チャネリング、占星術

5.死の世界だが、悟りではないということ
 独存との違い 死の質の違い、アストラルの世界には独特の優勝劣敗の法、アストラル人間にも救いはない,尸解仙

6.睡眠時でも寝ない自意識
死の領域を超えて彼岸に至る

7.俗人に誹謗させてはならない

8. 死を忌避する文明
一厘の仕組、岩戸開き

9.アストラルの冥想の位置
アストラル体とクンダリーニ、冥想の深浅高低、ケン・ウィルバーの体系

10.バクティ・ヨーガ

【チャクラと七つの身体-152】
◎アストラル体-21
2.アストラル体の性質-2
【ザ・ジャンプ・アウト206】


人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

天津神を降格す 国津神を昇格す

2014-04-20 07:56:02 | 古神道の手振り
◎主役が端役に、エキストラが主役に
◎フツーのまじめな人 野槌彦

朝な夕なに天津祝詞を奏上する人は少なくないだろう。その中で天津神が必ず出て来る。
ところが、霊界物語では、大火によって地球全体を修祓、浄化を繰り返すのだが、その中で、この天津神全員を国津神に降格し、国津神の一部を天津神に昇格させる神事が顕れる。

地上天国、千年王国を現出させるプロセスには必ずこういう人事ならぬ神事がつきものだと思うが、霊界物語にはあまりにもあっさりと書かれていて、見逃しやすい。

ところがこの神事こそ、天と地の立替そのものなのである。

霊界物語の最も重要な最後の10巻が天祥地瑞。その後半部分には地上が火で現れるイベントが繰り返し描かれ、地上天国を各地に拡大していく。この神事はこうした争乱騒擾の中での出来事だが、決定的なシーンである。

国津神から天津神に昇格したのは、フツーのまじめにやっている人である野槌彦だが、「とてもじゃないけど一人では、ご神業遂行できない」と追加で4柱の国津神を昇格させることを乞う。合計5柱でも少ないが、これまでのように一人の傑出したリーダーが指導するのでなく、アクアリアン・エイジ(宝瓶宮時代)として集団指導であることを示している。


霊界物語第78巻
『第一七章 天任地命

 茲に葦原の国土の守り神と生れませる葦原比女の神は、天体に現はれし月星の奇現象に三千年の天地の時到れることを、鋭敏なる頭脳より証覚し給ひ、大勇猛心を発揮して、天津神等を一柱も残さず地に降し、また地に潜みたる神魂の清き国津神を抜擢して、天津神の位置につらね、国土の政治一切を統括せしめ給ふ大英断に、朝香比女の神は感激し給ひ、諸神に向つて宣示的御歌を詠ませ給ふ。云々』

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

アストラル体の性質

2014-04-19 03:12:14 | ザ・ジャンプ・アウト
◎磁力、霊的波動

「1.霊がかりを排す」で縷縷述べたようにアストラル体の現代における力点は、アストラル体は通過点ではあってもゴールではないということ。もちろんアストラル体で窮極に之(い)くということはあるが、その代表的なものはバクティ・ヨーガであり、それについては別途述べる。

またアストラル体はもはや半物質でもないのだから、霊能力者ではない一般人にとっては、その性質について述べると言っても、知的イメージを膨らませることしかできない。

そこで諸賢が述べたアストラル体の性質を列挙し、その次にクンダリーニ・ヨーガ修行者が実地に感ずるアストラル体の特徴を見ていこうと思う。

◎アストラル体の性質

『アストラル体は第二身体のような気体だが、、それは透明だ。だから外側にいる瞬間には、もう内側にいるだろう。境界が透明なため、あなたは内側にいるか外側にいるのか知ることさえないだろう。』(秘教の心理学P157)

『次に第三身体-アストラル体がある。その動きは更に極めて微妙なものだ――恐れ、怒り、愛、そして憎しみよりも更に微妙だ。』
(奇跡の探究2/和尚/市民出版社P338から引用)

『第三身体は非常に微妙な霊的波動を持っているからだ。そこに感情はない―――、ただ霊的波動だけがある。(奇跡の探究2/和尚/市民出版社p347から引用)


『第三身体の現象は、さらにずっと微妙だ。それは感情を完全に理解するようになって初めて把握できる。
感情が凝縮されると行動になる。アストラルの霊的波動は感情の波動よりも細かい。
(中略)

アストラル体は、波動の集合体と呼んでもさしつかえない。』(奇跡の探究2/和尚/市民出版社P339)

第三番目の次元『スワー・ローカ(宇宙電気とその磁気的属性で構成された世界)』(聖なる科学/ユクテスワ/森北出版P72から引用)
ユクテスワによれば、第一番目の次元から第三番目の次元まではマーヤの支配する闇の世界である。つまりアストラル体の次元、アストラル体の宇宙は、霊界は霊界でも低次元霊界なのである。


『三番目の身体はちょうど空気のような「磁力圏」に生きている。まわり中に磁力がある。あなたは磁力を吸い入れ、吐きだしている。その入ってきたり出て行ったりしている磁力に気づいたとき、あなたは強力でも無力でもない。その両方を超越している。』
(瞑想-祝祭の芸術/バグワン・シュリ・ラジニーシ/メルクマール社P324)

以上をまとめると、アストラル体とは、磁力であり、波動であり、感情よりも微細な霊的波動である。
ただしこの第三次元は、マーヤ無明に属するので、低次霊界とも呼ばれる。

これだけでは、具体的なイメージを結ばないので、更に説明が必要になる。


【チャクラと七つの身体-151】
◎アストラル体-20
2.アストラル体の性質-1
【ザ・ジャンプ・アウト205】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村


【ザ・ジャンプ・アウト】 【悟りとは何か】 【ダンテス・ダイジ】 【クリシュナムルティ】 【OSHOバグワン】 【出口王仁三郎】 【道元】
【生の側から窮める】 【死の側から窮める】 【通俗人間性からのジャンプ】
【肉体】 【エーテル体】 【アストラル体】 【メンタル体】 【コーザル体】 【アートマン】 【ニルヴァーナ】
【アトランティス】 【現代文明】 【日本の行く末】



コメント

神がかりにだまされる者は、神の綱が切れる

2014-04-18 03:58:36 | ザ・ジャンプ・アウト
◎Coolな出口王仁三郎

大本教の大立者であった出口王仁三郎は、音に聞こえたクンダリーニ・ヨーギ(行者)。雲にのってアストラル・トリップをしまくるなど、超能力を自由自在に使える人であった。また明治31年の高熊山の洞窟修行で、この世の行く末を見たようである。

『日本は二分、外国は三分になる。信仰のないものは助からぬ。経済界は目茶目茶になる。』
(新月の光/八幡書店/木庭次守編から引用。以下『』内は同様)

これは、大本神諭に人類は三分しか残らないとあるのを意識した発言。

それでは、信仰とは何か。

むらきもの心に神の宿るとき 三千世界一目に見えすく(王仁三郎)

『聖師を真渓涙骨氏の案内にて西本願寺の大谷光照法主が訪問されての一問一答
問:今後の宗教はどうしたら良いでしょうか。
答:拝みたい者には、富士山でも造って拝ましたらよいでしょう。』 

築山として富士山でも造ってとは、まだ自分以外の何かを拝むことが宗教だと思っている人もいるだろうから、そういう人には築山も必要。しかし本筋は、自分の内なる神、主神に自らアプローチすること。

『問:聖師様(王仁三郎)を友達のようにしては、いけませんね。
答:いやこのほうが王仁三郎は好きじゃ、神様は民主主義じゃからな』
預言者が、一般人の友人として現れる時代であることを肯定している。

『○○○には、○さんの霊がついている。
○(○○○)には○○の霊がついているのである。
神がかりにだまされる者は、神の綱が切れる。』
スピリチュアル系ブログでも、プレアデス、オリオンなど天体の名を冠した霊がかりをいう者あり、古代の聖人の霊をいうものあり、ガブリエルなどの天使や龍の名を語る霊がかりあり、多彩なことである。

出口王仁三郎も、 霊がかり、神がかりに騙されてはいけないと諭している。
霊がかり、神がかりは、ポジティブなインスピレーションを採用する程度で十分であって、懸かる霊の先に本流が流れているなどと見誤り、帰依してしまうと「だまされた」ということになりがちであることを言っている。

それを見分けるために王仁三郎は、審神(さにわ)をいうが、その違いの分かる人は、昔も今も少ないのだろう。

【チャクラと七つの身体-150】
◎アストラル体-19
1.霊がかりを排す-19
【ザ・ジャンプ・アウト204】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

神智学とクリシュナムルティ

2014-04-17 03:29:47 | ザ・ジャンプ・アウト
◎脱チャネリング

神智学はもともとロシアの19世紀最大の霊媒ブラバツキー夫人が始めたものである。1873年ベールを脱いだイシスという本を自動書記で記述し、この本が評判となり、知名度を上げ、設立したばかりの神智学教会を、彼女はボンベイに遷した。

1884年心霊研究教会が、彼女の家政婦の語るブラヴァツキー夫人の霊界通信はすべてイカサマだという話を信じ込み、彼女の霊界通信を弾劾した。

ブラヴァツキー夫人は、この弾劾による汚名を晴らせぬまま、1891年60歳で心臓病で逝去した。

1900年ルドルフ・シュタイナーが神智学協会に登場し、1910年頃には、シュタイナーは、ヨーロッパを代表する有名人となった。同時期にペザント夫人がクリシュナムルティを新たな救世主の乗り物として紹介したことがきっかけで、神智学教会は、ペザント夫人の一派と、シュタイナーの人智学協会に分裂した。

シュタイナーは、信奉者に祭り上げられて、アヴァターラ(神の化身)として新世界宗教を開こうかという勢いであったが、折しも勃発した第一次世界大戦によりそれも成らず、ドイツ敗戦の影響も消え去らぬ1925年に世を去った。

ブラヴァツキー夫人や、ペザント夫人の一連の動きは、結局アストラル体レベル止まりの霊界通信や霊言、チャネリングの研究を中心としたものである。いわゆる霊がかりなものである。

霊がかりは結局、人間の根本的救済とは何の関係のないものであるから、その真相を感じ得たクリシュナムルティは、只管打坐的な悟りにあって道を説くという手法を選ぶことになる。その証拠にクリシュナムルティの話にはほとんど霊言やチャネリングの話は出て来ない。意識的に忌避すべきものと認識していることがうかがえる。

霊的なことは、付随的なことであって、本質的なこととは関係ないのだ。

【チャクラと七つの身体-149】
◎アストラル体-18
1.霊がかりを排す-18
【ザ・ジャンプ・アウト203】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント

またの転生に及ばず

2014-04-16 03:21:44 | ザ・ジャンプ・アウト
◎解脱と他の天体への道

『またの転生に及ばず』

この意味には2種類あって、地球での転生期間が終り、新たな鳥として別の天体へと転生するケースと、文字通り転生がないケースである。

エドガー・ケーシーのリーディングで想定されているのは、前者であって、今生で地球での転生期間が終ることをテーマにしたリーディングでよく現れるパターンは、前世がアトランティスか古代エジプトであったケースで、現代人として生きているものである。

また文字通り転生がないケースにも2とおり考えられるが、一つは悪が優勢な人生であった人ならば、エジプト神話での死者がアメンチーなるあの世の法廷に引き出されて、アメンチーの王に仕える怪獣アメイト(amait)の前に投げられて、見る間に肉体も魂も一口に食われて、もう再び生き返ることはできないというもの。

もうひとつは解脱である。
釈迦の説明では、『「解脱とは虚無と同じである。虚無は、解脱だ。その解脱は私である。その私は虚無である。(中略)

本当の解脱は生成することも消滅することもない。だから解脱は私なのだ。私は生成することも消滅することももなく、老いることも死ぬこともなく、破れたり、壊れたりすることもない。作られたものではない。(中略)このような意味で、私は大いなる妙寂に入る、と言っている。』
(ブッダ臨終の説法/田上太秀/大蔵出版から引用)

解脱が私である立場ならば、地球上への再転生を選ぶことも可能だし、それを選ばないことも可能だろうことが推測できる。

このような自分の再度の転生の転生の有無についての関心は、結局霊がかりな視点に落ちやすい。他方、神や解脱への方向性は、常に自分をなくして行こう、利己をなくして行こう、自分のメリットに関心を払わないで行こうとする方向である。

ところが、霊がかりな視点とは常に最後まで自分を手放さず温存して行こうとする方向性が残りがちなものである。つまり霊がかりとは、実は神から遠ざかる方向を志向することに落ちやすいところがある。霊がかりなスピリチュアルでは、波動を浄化して、更に高いレベルへの向上を目指しましょうなどとステキなキャッチフレーズだが、その言葉の裏にはトゲがある。

21世紀のテーマは、どう見ても神とのダイレクト・リンクであるが、ダイレクト・リンクは、常に個をなくそうという方向で起こる。多くの自意識が20世紀においてその極限を直観した後は、自意識においては神との合一が次の課題である。

転生というものは、いまだ神を知らぬ個生命においても充分に関心の高いものであるがゆえに、別の天体への転生などというものに興味を持って行かれると、神人合一という課題の自覚までには至りにくい、むしろその邪魔になるがゆえに転生への関心はそこそこにすべきであると思う。

【チャクラと七つの身体-148】
◎アストラル体-17
1.霊がかりを排す-17
【ザ・ジャンプ・アウト202】

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へにほんブログ村

コメント