アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

管の中を動く風-2

2014-01-31 03:46:09 | ザ・ジャンプ・アウト
◎管の中を動く風-2

シャーンデイルヤ・ウパニシャッドを中心とした説明の続きです。

4.ウダーナ(上風)
あらゆる関節に存在している。身体を挙げたり起こしたりするのは、ウダーナ(上風)の作用である。
魂の科学」P192では、『身体が倒れたりすることなく、立っていられるようにさせたり、胃から食べたものを吐き出させたりする』働きとする。

聖ヴィヤーサのヨーガ・スートラの解説によると『また死ぬ時、上に行く、そしてこの(上に行く)ことを(ウダーナ気)の支配によって得る。』(「魂の科学」P192)とあり、上に上がるパワーのことである。これが、例の上方へと向かうエネルギーのことだろうと思う。

このエネルギーの物質レベルへの応用が解禁されるのは、次の時代のことだろう。現代に解禁される意味はないと思う。というのは、人類は核兵器という人類全体の自殺手段を有しているからで、更にその他の自滅手段を有する必要はないと、神々はお考えではないのではなかろうか。今の人類にそれを与えるのは、善悪もわきまえないきちがいに刃物のようなものである。

物質レベルへの応用と言えば、肉体を数メートル宙に浮かせることも、一見その一種とも考えられる。ところが、明治から昭和にかけての宗教家出口王仁三郎は、「宙に浮いたその下の空間を、真剣で切れば血が流れる」と評しており、ウダーナ(上風)とは、別の作用であるように思う。 ウダーナ(上風)の作用では落下することはないのではないか。未来には落ちない飛行機があるというビジョン(幻視)をする人がいるが、そのエネルギーが、ウダーナ(上風)ではなかろうか。

ウダーナ(上風)がクンダリーニの上昇のエネルギーであるとすれば、エーテルは半物質の世界だが、半物質の次元だけでなく、最後のニルヴァーナの次元までの6つの次元を貫く不可思議なエネルギーであるということになる。

5.ヴィヤーナ(介風)
  耳、眼、胯(また)、踝、鼻、頸、臀の部分に通じている。捨て去り、取り入れる動作などは、ヴィヤーナ(介風)の作用である。

6.その他五風
 その他五風は、ナーガ(龍風)、クールマ(亀風)、クリカラ(鷓鴣(シャコ)風)、デーヴァダッタ(天授風)、ダナンジャヤ(勝財風)。
つばきを吐くのは、ナーガ(龍風)の作用(口に所在)。
まばたきは、クールマ(亀風)の作用(瞼に所在)。
くしゃみは、(鷓鴣(シャコ)風)の作用(喉に所在)。
疲労倦怠、あくび、くしゃみは、デーヴァダッタ(天授風)の作用(鼻の中に所在)。
痰は、ダナンジャヤ(勝財風)の作用(肉体全体に所在)。

◎チャクラと七つの身体-88
◎エーテル体-25
3.エーテル体の性質 呼吸-5 管の中を動く風-2
【ザ・ジャンプ・アウト 141】

コメント

呼吸-4

2014-01-30 03:04:52 | ザ・ジャンプ・アウト
◎呼吸-4
◎管の中を動く風-1

シャーンデイルヤ・ウパニシャッドでは、スシュムナーなど管の中を動く風には十種ありとしている。これらを総称して体風(ヴァーユ)とする。いずれもまずはエーテル体レベルのことと理解したい。

以下体風(ヴァーユ)の説明
1.プラーナ(呼風)
 口、鼻、頸、へそ、両足の親指、クンダリーニの上部と下部を通過する。溜め息、長大息、咳は、プラーナ(呼風)の作用と言われる。
「魂の科学」(ヨーゲシヴァラナンダ/たま出版)P191では、『食物や空気中から養分を取り入れて肉体全体に力を与える』としている。発声もこの作用。

2.アパーナ(吸風)
 直腸(肛門)、陽根、大腿、膝、腹、陰嚢、臀、下脚、臍、腸、胃(聖火の住処)を通 過している。糞尿などの排泄は、アパーナ(吸風)の作用である。
「魂の科学」P189では、『不純物を特別な仕方で排泄し、肉体に力を与える働きをする』と謂う。精液や月経もアパーナ(吸風)によるとされる。

3.サマーナ(等風)
  足、手その他一切の体幹部に遍満している。更に等風は、摂取された食物を火とともに身体に遍満させ、7万2千の脈管に動きつつ、火とともに体幹、支節に平等に巡らせる。

「魂の科学」P190では、『ヨーグルト状のもの(乳糜)を作り出し、それを定まった場所に分配する』とし、さらに『サマーナ気を克服するならば、(肉体から)火炎が出る』とまで説明している。

◎チャクラと七つの身体-87
◎エーテル体-24
3.エーテル体の性質 呼吸-4
【ザ・ジャンプ・アウト 140】

コメント

呼吸-3

2014-01-29 03:20:52 | ザ・ジャンプ・アウト
◎呼吸-3

身体の管で重要なのは、スシュムナー(中央)、イダー(左)、ピンガラー(右)であるが,ここでは、書いてあるとおり14挙げた。イダーとピンガラーの相違は、その理由はわからないけれど、只管打坐での脚の組み方とクンダリーニ・ヨーガでの脚の組み方は左右反対であることに関係があるように思う。

中央のスシュムナーは解脱道と呼ばれ、チベット死者の書の無上の垂直道を連想させる。

更にスシュムナーは時を食べる者。リアルな世界には時がなく、ただ場においてドラマが刻々と様相を変じていくだけ。こういうのを称して時を食べるとでも称するのではないか。

さて、この脈管の説明は、どのボディの脈管の説明だろうか。


この中の、「体風(ヴァーユ)の通路を、肩の部分、脇の部分において適当に抑留して、これを口にておおって、ヨーガを成就する」という表現で、特に気になるのは「口にておおって」という部分である。

口でその身体をおおってしまうというのは、たとえば肉体サハスラーラ・チャクラに至れば、エーテル体に進み、エーテル体サハスラーラ・チャクラに至れば、アストラル体に進むという順路があるようなのだが、このように前の身体から次の身体へと進むことを、口でおおってという表現にしているような気がするのである。

この口でおおってという表現は、ウパニシャッドの他のところでも登場する表現である。自分の尻尾をくわえるウロボロスの蛇が自分を食べ尽くしたら、次の身体に進むという神秘についての表現か。


◎チャクラと七つの身体-86
◎エーテル体-23
3.エーテル体の性質 呼吸-3
【ザ・ジャンプ・アウト 139】

コメント

呼吸-2

2014-01-28 03:14:48 | ザ・ジャンプ・アウト
◎呼吸-2
◎スシュムナー管など

ウパニシャッドは、哲学の本ではなくて、メディテーション(冥想)のガイドブックであって、中には実際にインドのジャングル(熱帯雨林)の中で暮らす托鉢と自給?自足の生活について細かい指針が定められている。その生活ぶりは、絶対に毎日飢餓に悩まされるのは間違いないというほど、過酷な修行生活を強制するものであり、病気にかかったら肉体の抵抗力が弱まって、すぐ重篤になってしまうのではないかというほどのものである。

さてシャーンデイルヤ・ウパニシャッドでは、「人体には、生気(プラーナ)に乗った生命が存在している。」とエーテル体のことを指摘している。(出所:世界聖典全集のウパニシャッド)
「.エーテル体の形状と位置づけ」の段で引用した文が人間の微細身の説明の前段であって、ここでは、シャーンデイルヤ仙人の身体の諸脈管と体風(ヴァーユ)についての聖アタルヴァンへの質問に対する回答を挙げる

まずは、14の脈管の説明。

『へその上下及び横にわたって、クンダリーニの坐がある。クンダリーニはシャクティ(性力)であり、8つの創造的な自性(自性(根源的実在)、覚(ブッディ)、我慢(自我意識)、地、水、火、風、空)の特質を持ち、八つの部分に分かれ円環状になっている。

水分食分(栄養分)の周辺にある体風(ヴァーユ)の通路を、肩の部分、脇の部分において適当に抑留して、これを口にておおって、ヨーガを成就した時は、頭頂のブラフマランドラ(サハスラーラ・チャクラ)は、アパナー気(吸風)及び火によって発光する。

心臓のところに大きな光炎があるが、(これは)智慧の現れである。
中央に位置するクンダリーニの主も脈管が14ある。
それは、イダー(新年の女神)、ピンガラー(吉祥天女)、スシュムナー(最悪女神)、サラスヴァティー(弁才天女)、ヴァールニー(水天女)、ブーシャー(栄養神)、ハスティジフヴァー(象舌)、ヤシャスウィニー(光栄神母)、ヴィシュウォーダリー(一切胎)、クフー(新月女)、シャンキニー(真珠母)、パヤスウィニー(豊乳牛)、アラムブサー(濃霧仙女)、ガーンダーリ(犍陀利女)である。

この中でスシュムナーは、解脱道と呼ばれる。

直腸の後方には、ヴィーナンダ(六弦琴)にくっついて、上は頭頂に至り、ブラフマランドラ(サハスラーラ・チャクラ)で認めることができる美しく精細なヴィシュナヴィー(ヴィシュヌの崇拝者)がある。

スシュムナーより左にイダーがあり、右にピンガラーがある。イダーにおいて月は動き、ピンガラーにおいて太陽は動く。月は闇徳の相であり、太陽は憂徳の相である。動的な部分は太陽であり、不死的な部分は月である。両者はあらゆる時を指定する。スシュムナーは時を食べる者である。

スシュムナーの両側後方にサラスヴァティーとクフーがある。
ヤシャスウィニーとクフーとの間にヴァールニーが位置している。
プーシャとサラスヴァティーの間にパヤスウィニーが位置している。

扁桃腺の中央にアラムブサーがある。
スシュムナーの前部で、陽根の周辺にクフーがある。
クンダリーニの上下にあらゆるところに行き渡っているヴァールニーがある。

ヤシャスウィニーは左の足の親指の先端に動く
上行するピンガラーは右の鼻の端のあたりにある。
ピンガラーより後方の右眼のあたりにプーシャーがある。

右耳のあたりにヤシャスウィニーがある。
舌の上のあたりにサラスヴァティーがある。
左の耳付近に上行するシャンキニーがある。

イダーの後方部より左眼の縁あたりに行くのがガーンダーリ。
肛門の末端から上行し下行するのがアラムブサーである。

これら14の脈管に他の多くの支脈があり輻輳している。14の脈管それぞれに支脈がある。』
(世界聖典全集のシャーンデイルヤ・ウパニシャッドから引用)

◎チャクラと七つの身体-85
◎エーテル体-22
3.エーテル体の性質 呼吸-2
【ザ・ジャンプ・アウト 138】

コメント

呼吸-1

2014-01-27 03:44:32 | ザ・ジャンプ・アウト
◎呼吸-1

(6)エーテル体の呼吸(肉体との関係・アストラル体との関係)、気、プラーナ、精の流路

肉体では、酸素を吸って、二酸化炭素を呼く。エーテル体では、気・プラーナを呼吸する。アストラル体では、感情を呼吸する。メンタル体では想念を呼吸する。

エーテル体の呼吸というテーマにおいて、私は次のような印象を持っている。

肉体の呼吸と同時に、エーテル体の気・プラーナの呼吸が並行してあり、更にアストラル体の感情の呼吸も同様に発生しており、メンタル体の想念の呼吸も連動している。

肉体死が、人がメンタル体から先に進むきっかけとなるのは、その時、肉体の呼吸もエーテル体の呼吸も、アストラル体の呼吸も、メンタル体の呼吸も止まることがあるからではないかと思う。

エーテル体の呼吸というテーマではあるが、エーテル体の呼吸は肉体の呼吸と密接に関連し、またアストラル体の呼吸とも相互に影響を与え合っているに相違ない。よって他のボディと離れてエーテル体単独での呼吸を分析しようとするのはあまり意味のあることではないかも知れない。

よってこの章では、古代インドのウパニシャッドの脈管の中を走り回る気とチャクラたちの説明と、ヴィパッサナー、とりわけOSHOバグワンの語るヴィパッサナーの記事からエーテル体の呼吸の本質を思い描くこととしたい。

彼らの描く風の動き、呼吸は、それは肉体で起こっているのか、エーテル体で起こっているのか、それともアストラル体で起こっているのか?なぜその点が故意に不鮮明となるような描写をしたのか?


本山博は、道教内経図について、「半物質である気・プラーナ=風は半物質であるがゆえに上から下へという力が働いており、『水』で表象される。またアストラル体レベルでは、同じ風という表現ではあるが、下から上へという力が働いており、『火』で表象される」という見解を語っている。

こうしたことを念頭に置いて、ウパニシャッドとヴィパッサナーの記述を見ると、思いがけない気づきがあるかもしれない。

◎チャクラと七つの身体-84
◎エーテル体-21
3.エーテル体の性質 呼吸-1
【ザ・ジャンプ・アウト 137】

コメント

古神道の七チャクラ

2014-01-26 06:52:33 | 古神道の手振り
◎十曜の神紋

以前に古神道の十種神宝はチャクラのことだろうと書いたことがあったが、出口王仁三郎も七チャクラを意識していると思われる。

これは大本教の十曜の神紋の説明ではあるが、七曜を通常用いるムラダーラ・チャクラ以上の七チャクラに当て、上位の三曜(第一球から第三球)は、個別ボディ=個人のチャクラに対応させず、宇宙全体のシンボルに当てる。

すなわち第一球は、卵色で、三元のうち『霊』であり、天之御中主大神であり、渾沌卵だと言っているので、宇宙卵イメージまでもある。宇宙卵といえばインドだが。
第二球は、白色で、三元のうち『力』であり、高皇産霊大神、神皇産霊大神。
第三球は、黒色で、三元のうち『体』であり、国常立尊、伊弉那岐大神、伊弉那美大神。

更にこの白黒・陰陽二元が感合して万物・諸現象を発生させるとする。

そして第四球から第十球までの七球が人間の七チャクラに配当され、最上位の第四球が天照大御神であるのは、頭頂サハスラーラ・チャクラのことになる。
最下位の第十球は、会陰のムラダーラ・チャクラ。

よって七曜が七チャクラのことであるようなので、七つのチャクラ説は密教にもあり、神智学の専売特許などではなく、人類共通の原則であることが仄見える。



霊界物語13巻から。
『(一)神旗の由来

 大本十曜神旗の義は、専ら日本の国体を晋く世に知らしめ、日本魂の根本を培養せむがために、開祖開教の趣旨に則りて考案せしものにして、上古天照大御神が天の岩戸に隠れ給へる際、天之宇受売命が歌ひ給へる天の数歌に則りしものなり。則ち一より十に至る十球より組織して十曜の神旗と称するなり。
●第一球は正上に位し宇宙の大本たる渾沌雞子の色となし、
●第二球は白色とし、
●第三球は黒色を以て、宇宙の実相たる真如を開発して、陰陽二元となれるに形造りしものなり。しかして、二元感合して、森羅万象を生ずるの理由より、四より十までを七元色に分別して日月火水木金土の七曜に配し、なほ全球を神統に配し奉りて、我国体の真相を知らしめむとするものなり。
仮りに十球の配別を色別、数別、神統別にて記せば、

 色別 数別 神統別
 卵  霊  一 天之御中主大神
 白  力  二 高皇産霊大神、神皇産霊大神
 黒  体  三 国常立尊、伊弉那岐大神、伊弉那美大神
 赤  世  四 天照大御神
 橙  出  五 素盞嗚尊
 黄  萌  六 吾勝尊
 緑  生成 七 二二岐尊
 青  弥  八 神武天皇
 藍  凝  九 今上天皇
 紫  足  十 大本皇大御神』
(霊界物語第13巻から引用)

コメント

本山博のエーテル体と催眠の位置づけ

2014-01-25 03:11:51 | ザ・ジャンプ・アウト
◎本山博のエーテル体と催眠の位置づけ

畢竟、エーテル体と催眠の位置づけとは何かということについて、本山博が端的な回答を用意してくれている。

エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体が個人的無意識に該当するのだが、彼は、個人的無意識が意識野を占領してしまうことを催眠と見る。よってエ-テル体とは、最も意識野を占領するに都合の良いボディであると言えるのではないか。これはトランスとしては、ローレベル・トランスということになる。

『結び

最後に今までに明らかにされたことに基づいて、催眠現象は、宗教経験の何れの段階で生ずるか、催眠現象と宗教経験との相違は何か、更に催眠状態に入りやすい人や宗教経験に入る人の生理学的特徴は何かについて要約してみよう。
①精神集中の段階では屡々個人的無意識が意識野を占取して働く。ここに催眠現象が生ずる。

②この催眠現象に対して宗教経験は、より大いなるもの、超個人的なものと個人的存在の殻を破った(人間)精神との合一にその本質があり、そこでは超個人的意識等が働く。

③催眠現象で現われる個人的無意識の働きは単に個人或は主観の領域に止まり、外界の現実とは関係をもたぬ。個人的無意識の内容はその個人が曽て直接にか間接にか感覚的認識に基づいてなした経験内容より成り立つ、従ってその限り時空の制約を受けるものである。

これに対し宗教経験で現われる超意識等は超個人的なものであり、現実の外界と密接な関係をもち、これに影響を与える。現実の外界を知るに感覚を用いず、超感覚的に知り時空に制約されない。その知の内容は普遍的である。』
(催眠現象と宗教経験/本山博/宗教心理学研究所P54~55から引用)


◎チャクラと七つの身体-83
◎エーテル体-20
3.エーテル体の性質 催眠-7
【ザ・ジャンプ・アウト 136】
コメント

催眠誘導の4段階とトランス

2014-01-24 03:29:05 | ザ・ジャンプ・アウト
◎催眠誘導の4段階とトランス

催眠によって入らされたトランスの深さに応じて、最も浅いレベルでは、運動支配ができ、次に深いレベルで、知覚支配ができ、最も深いレベルで、記憶支配ができる。

エーテル体あるいは、気・プラーナの位置づけとしては、先のメシングの例に見るように、人を気・プラーナのパワーによってトランスに送り込めるというところだろうか。かつまたメスマーの見立てのように気・プラーナは病気治しもできるし、他の物体に伝達したり、四方に伝播したり、またその効果を強化したりもできるのだろう。

催眠術とウォルフ・メシングを比較すると、催眠術は、言葉の誘導で相手の無意識を露出させ、次に言葉で指示(暗示)でもって相手をトランスに入れるのに対し、メシングは眼の力だけで、相手をトランスに入れる。

催眠と言えば、密室での怪しげなコンタクトみたいなイメージで考えがちだが、テレビ、ネット、新聞・雑誌などのあらゆるチャネルで行われている情報提供・情報操作も、受けた人間の行動を規制するという点では、広義の催眠における暗示提供のようなものであることも忘れてはならない。

一般的な催眠誘導の4段階とは次のようなものだが、このやりくちは、マルチ商法やら、グループセールスやら、ネット販売などあらゆる商売での説得シーンで、程度の違いはあれ応用されていると言っても過言ではないのではないか。勿論悪用もされている。

『催眠誘導の4段階
1 .ラポールを付ける
あらゆるトランス誘導において最も重要なステップは相手の無意識とラポールを確立させること。ラポールは単なる「信頼」ではない。 ラポールとは無意識の動きに全神経を集中させること。

2. 意識の働きを抑える
次に相手の意識活動を鈍らせることが必要となる。これは、基本的には相手を困惑させる、注意をそらす、もしくは何か他のことをさせて意識をそちらの方に向けておき、相手の無意識と直接コミュニケーションを図ること。

3. レスポンス・ポテンシャルを形成する
これは与えられた暗示を相手が受け入れたくなるように適切な理由を与えること。暗示でコントロールされることについて、興味をそそらせたり、または素晴らしい体験をさせる、といった動機づけ。

4. 暗示を与える
相手の批判能力を鈍らせ、相手の意識を、与えられた暗示にオープンにさせて、暗示を与えること。』
(催眠誘導ハンドブック/イゴール・レドチャウスキー/金剛出版P15から抜粋)

◎チャクラと七つの身体-82
◎エーテル体-19
3.エーテル体の性質 催眠-6
【ザ・ジャンプ・アウト 135】

コメント

エーテルの力

2014-01-23 03:09:47 | ザ・ジャンプ・アウト
◎エーテルの力

他人をうっとりさせたり、魅了したりするものに、エーテル体の力というものがあるように思う。エーテルとは、気のことであるから、気功やレイキをやっていらっしゃる人にとってはなじみのある力ということになろう。

メンタル体は想念、アストラル体は感情、エーテル体はエーテル、肉体では血液と流れているものは違う。催眠術は、主に想念と感情に働きかけるものであるのに対し、エーテルは、おそらくは相手のエーテル体に作用していくのではあるまいか。

力それ自体に善悪の色はないが、力を手に入れて、自分勝手な目的に利用しようとした瞬間に、人は落ちていくものである。けれど、逆に力を善用しようとしても、善なるものを知る限界的な体験に出会わない限り、その善用しようという意識的な努力の結果が必ずしも善になるとは限らない。力にかかずらわることは、求道者にとっては、進歩が止まることになるだけである。

1.ウォルフ・メシング
ウォルフ・メシングは、スターリン御用達の超能力者であった。
ウォルフ・メシングは、ポーランド系ユダヤ人。1937年ポーランドのワルシャワの劇場で数千の観衆を前に、もし東方に兵を向ければ、ヒトラーは死ぬことになると予言した。激怒したヒトラーは、メシングに20万マルクの賞金をかけた。ドイツがポーランド侵攻した時にメシングは、捕らえられるが、警官一同に催眠術?をかけ、一室に集めて、鍵をかけて、干し草の馬車に隠れてロシアに逃亡した。

逃亡後1年して、メシングは、スターリンの目にとまり、3つの課題を与えられた。
(1)霊能力で銀行強盗をする
メシングは白紙を銀行の出納係に渡し、そのパワーで相手から10万ルーブル引き出した。その後、我に返った出納係は、恐怖のあまり床に転倒し、心臓発作を起こしたという。

(2)出国パスなしで、クレムリンを脱出する。
クレムリンの警備兵に対し、自分が重要幹部で出国パスは必要ないという精神パワー(テレパシーか=(想念ですね))を送り込み、警備兵の目の前をとおり、クレムリンを脱出した。

(3)許可証なしにスターリンの私邸に入り込む
私邸には、秘密警察、ボディガード、武装警備兵が常時詰めていたが、彼らに対し、「私はベリアだ(副首相・警察長官)」と精神パワー(テレパシーか)で言い続けたら、黙って彼らは通してくれた。メシングはベリアの 扮装をしたわけではない。
(黒魔術の帝国/マイケル・フィッツジェラルド/徳間書店P242-245から引用)

テレパシーは想念なので、メンタル体レベルのもの。しかしテレパシーを伝えただけで、人は、我を忘れ、ものを錯覚するものだろうか。

2.エドワード・アーサー・ウィルソン
ウィルソンは、1878年英国のバーミンガム生まれ。1920年代から自動書記など神智学協会系のオカルティストとして有名だった人物である。米国、カナダを中心として小カルト集団のリーダーとして活躍した。彼は催眠術ショーをしばしば劇場で公開していた。

それは、信者から、土地をくれる約束を履行していないと、ウィルソンを被告とする告訴を受けた裁判でのこと。
信者の証人であるカルト教団の元理事ターンブルは、証人席で立ち上がるとやがてぶるぶる震えだし、その直後にうめき声を出し、床に崩れ落ち、目に見えぬ襲撃者と格闘するかのように、のたうち回った。他に法廷内で数人が、同じめまいのようなもので椅子からずり落ちた。

今度は裁判官が話そうとしても、犬のような唸り声しか出ず、しばらくしてやっとの思いで「これにて閉廷」と述べた。

裁判が再開されると原告の弁護士は、意見を述べる為に立ち上がったが、「変な具合ですが、何を言うのか忘れました」とだけ述べた。裁判官に促されても記憶は戻らない。

結局裁判官はウィルソンに有利な判決を下さざるを得なかった。
(カリスマへの階段/コリン・ウィルソン/青土社から引用)

人はテレパシーの想念伝達だけでは、他人の行動を規制できないが、この二人はその並外れたエーテルパワーで、我を忘れてしまうほどに相手をぼーっとさせ、そこで自分の意向を相手に伝えることで目的を達したのではあるまいか。すなわちエーテル・気の力で、相手の顕在意識の活動を少なくさせ(ぼーっとさせ)、相手の潜在意識がむき出しになったところで暗示を入れて、相手の行動を思うがままに操作した。つまり、エーテル・気のパワーで相手の意識レベルを低下させ、テレパシーで暗示を入れるという催眠術の手順を踏んだのではないかと思われるのである。

◎チャクラと七つの身体-81
◎エーテル体-18
3.エーテル体の性質 催眠-5 エーテルの力
【ザ・ジャンプ・アウト 134】

コメント

動物の催眠

2014-01-22 03:01:01 | ザ・ジャンプ・アウト
◎動物の催眠
○動物も暗示には素直

人に対して催眠術ができるように、動物に対しての催眠術は古くから知られていたようだ。木曽義仲(源義仲)が砺波山の倶利伽羅峠で火牛の奇襲で平家を破ったが、牛の角に松明をつけて山を駆け降りさせた火牛をやるためには、火を恐れる牛に対して、何らかの催眠術でおとなしくさせる必要があったのではないだろうか。

ここではコリン・ウィルソンが、動物に対する催眠術の二つの例を上げているが、人間に対する催眠術はエーテル体のパワーと考えられるが、動物への催眠術は、ニワトリのケースでは、視線の一点集中による催眠誘導を使っていると見えるし、象の催眠でも目の前で葉を振るという視線集中による催眠誘導を用いていると見える。

このことから催眠状態への導入の基本は、動物も人間も変わらないところがあるように見える。潜在意識の基本的性質は、誰でも「暗示にすなおに従う」という原則などから、より原初的であるがゆえに、動物と共通点があっても不思議はない。

人間の催眠は18世紀の終り頃から話題に上るが、動物の催眠は、ヨーロッパでは、1636年から知られている。

ダニエル・シュヴェンターという数学者がこんな観察をした。曲がった木片をニワトリのくちばしに結びつけると、にわとりはそれに視線を集中して、昏睡状態に陥る。

同様にニワトリのくちばしを地面に押しつけ、そこから前方にチョークで線を描くと、ニワトリは動けなくなる。

それから10年後、アタナシウス・キルヒャーというイエズス会の修道士がこんな実験をした。ニワトリの頭部を羽の下にたくしこみ、空中でゆっくり数回振る。これでニワトリは動けなくなる。フランスの農民は、市場でニワトリを買う時、今でもこの方法を用いている。

アフリカの人間は、おそらくこれより遥か以前から動物の催眠を知っていたと考えられる。

フェレンス・フェルゲンは、著書『人間と動物の催眠』(1963年刊)で、アフリカ人が野生の象を催眠にかける様子を述べている。まず象を木に縛りつける。象は荒れ狂う。現地人は葉の沢山ついた木の枝をその象の前でゆっくりと振る。やがて象は瞬きを始め、ついには目を閉じておとなしくなる。』
(世界不思議百科・総集編/コリン・ウィルソンから引用)

◎チャクラと七つの身体-80
◎エーテル体-17
3.エーテル体の性質 催眠-4
【ザ・ジャンプ・アウト 133】

コメント

メスマーの27の法則-3

2014-01-21 03:54:48 | ザ・ジャンプ・アウト
◎メスマーの27の法則-3
○エーテルとアストラルの区別

メスマーは、気(動物磁気)は、磁石の磁力や電気とは違う力であるとする。そうすると首などに磁石を捲いている人は何のためだろうか。

メスマーの動物磁気とは、肉体の直接な治療を意識したものだから、半物質であるエーテル体ベースのことだろうと考えるのが自然だと思う。

というのは本山博の「チャクラの覚醒と解脱」のP194からP195にかけて、気の次元とアストラルのサイの次元を峻別しており、かつまた中国の内経図を指して、これは気の次元だから、クンダリーニを水で表現している、これに対してヨーガでは、クンダリーニを火で表す。つまりヨーガでは、クンダリーニは、アストラル体レベルのことであると説明している。

要するに肉体の治療を目的とする限り、気=エーテル体レベルまでを主として相手にしているのであって、アストラルより上の話はあまり関係ないだろうということ。また、レイキ・手かざし治療なども気の次元、エーテル体レベルを出ない。

私はこれまで気とはエーテルとアストラル双方のレベルにまたがるものかと考えていたが、はっきりと区分すべきものだとわかった。

『一九、このような力も動物磁気と同様にすべての物体に浸透する。物体間の伝達、空間伝播、蓄積、集約、転送、鏡による反射、音響による伝播も可能である。この力は動物磁気の欠如にすぎないのではなく、動物磁気とは正反対の実在する力である。

二十、磁石は、天然、人工を問わず他の物体と同様動物磁気とそれを打ち消す力の両方に敏感に反応する。しかしいずれの力に反応し、その性質を持つようになろうとも、鉄や針を引きつける効果に変化はない。このことは動物磁気の作用が鉱物磁気のそれとは根本的に異なることを示している。

二一、動物磁気に関する理論体系は、火や光の持つ性質、重力説、自然界に見られる干満現象、磁気と電気などについて新たな説明を与えることであろう。

二二、病気治療という点に関する限り、電気や磁気は自然界に存在するその他の諸力とまったく同じ性質を示すにすぎないことがやがて明らかになるであろう。電気や磁気に何らかの治療効果があった場合、その効果は動物磁気の作用によるものなのである。

二三、私がこれから述べようとする実践的ルールに従えば、動物磁気の原理によって神経系の疾患を直接に、その他の疾患についても間接的に治すことが可能である。このことはさまざまな事実によって証明されている。

二四、動物磁気の助けを借りれば医師は治療薬の正しい処方を身につけることができる。つまり、薬の作用を強めて治療に有効な分利を引き起こしたり分利へと誘導したりする制御が自在にできるのである。

二五、私が自分の治療法を公表する理由は、動物磁気原理の普遍的な有効性を新しい疾病理論によって立証するためである。

二六、この動物磁気についての知識を基礎とすれば、医師は疾病の原因、性質、進行状態を、たとえその病態が非常に複雑なものであっても正確に診断することができるであろう。その結果病状の悪化を防ぎ、危険かつ不快な状況に患者をさらすことなく治療を進めることができるであろう。
しかもこの手法は患者の年齢、気質、性別を問わず有効であり、例えば治療の対象となる患者が妊娠中あるいは産後まもない女性であっても、他の患者と同じような治療効果を上げることができるのである。

二七、結論として次のように言うことができる。これまで述べた理論を臨床に応用するならば、医師は患者一人ひとりの健康状態を的確に診断し、罹患する可能性のある諸病からその患者を守ることができる。そして治療技術は完璧なものとなるであろう。』(ウィーンから来た魔術師/ヴィンセント・ブラネリ/春秋社P142-144から引用)

◎チャクラと七つの身体-79
◎エーテル体-16
3.エーテル体の性質 催眠-3
【ザ・ジャンプ・アウト 132】

コメント

メスマーの27の法則-2

2014-01-20 03:48:46 | ザ・ジャンプ・アウト
◎メスマーの27の法則-2
○気の力を自在に操れる人もいる

メスマーは指先を患者に向けることで催眠術で患者をトランスに陥らせ、そこで気(動物磁気)を送って分利と呼ばれる激しいけいれんを起こさせて、病状をピークに持って行き、やがて脱力と休息が起こる。そこから患者自身の治癒力で病気を治癒せしめた。

メスマーの27の法則の続き。
『一〇、人体は諸天体の影響を受け、またその周囲に存在するさまざまな物体と相互に影響を及ぼし合う。人体の持つこのような性質は磁石に似ているため、私はこの性質を動物磁気と呼ぶことにする。

十一、動物磁気の作用と諸性質は他の生物体・無生物体に伝達することが可能である。その程度は動物磁気に対するそれらの感受性によって異なる。

十二、動物磁気を伝達された生物体・無生物体は同時にその作用と諸性質を強化したり伝播したりすることが可能である。

十三、経験によれば、動物磁気は拡散し非常に薄く広がるため、すべての物体に浸透する。しかも拡散によってその影響力が弱まることはない。

一四、動物磁気は遠く離れた物体にも作用する。しかもその場合、動物磁気を媒介する物質は必要ない。

一五、動物磁気は光に似た性質を持ち、
何枚かの鏡を用いて反射させ、その効果を強めることが可能である。

一六、動物磁気は音波の作用によって他の物体に伝達したり、四方に伝播したり、またその効果を強化したりすることが可能である。

一七、動物磁気の磁力は蓄積したり、一点に集めたり、またある場所から別の場所へ移したりすることが可能である。

一八、私の発見によれば、すべての生物が動物磁気に対してまったく同じ感受性を持つわけではない。ごく稀れにではあるが動物磁気の効果を相殺するような力を持つ生物が存在する。そのような生物が近くにいる場合、その周囲にあるものの持つ動物磁気力はすべて消失してしまう。』
(ウィーンから来た魔術師/ヴィンセント・ブラネリ/春秋社P141-142から引用)

人体が諸天体の影響を受け、またその周囲に存在するさまざまな物体と相互に影響を及ぼし合うのは、エーテル体レベルとアストラル体レベル。

気(動物磁気)は空間を拡散する。しかしその影響力が弱まることはないというのは、エーテル体レベルではなく、アストラル体レベルのことだろう。

また気は音波に乗せて他の物体に伝達したり、四方に伝播したりでき、また気の効果を強化したり、蓄積したり、一点に集めたり、またある場所から別の場所へ移したりすることが可能であるとしているが、これは、メスマーがこのとおりに気の力を自由自在に扱えたということではないが、その作用に気が付いたという程度なのだろうと思う。

それに対して合気道の植芝盛平は、まさに気の力を強化したり、蓄積したり、一点に集めたり、またある場所から別の場所へ移したりできたと思われるが、そのポジショニングについては、「天の浮橋」という精妙なものであることを強調した。気の力を自在に操れる人もいるのだ。

メスマーは作曲家モーツァルトのひどい肩こりを治癒させたが、その原理を十分に語れるというほどではなかったようだ。

このメスマーの動物磁気に関する指摘は、個人のエーテル体に流れる気・プラーナ=動物磁気と空間全体に遍在する動物磁気が同等であることに着目したい。

さて、気(動物磁気)の効果を相殺するような力を持つ生物とは何のことだろうか。メスマーははっきりとは書いていないようだが、のことだろうか。出口王仁三郎によれば、猫は死体を躍らす力を持つと言っているが、猫が気を操れる力があるとすれば、それも気(動物磁気)の効果を相殺するような力と見ることができないことはない。出口王仁三郎は猫は魔王であるとも言っているし。

◎チャクラと七つの身体-78
◎エーテル体-15
3.エーテル体の性質 催眠-2
【ザ・ジャンプ・アウト 131】

コメント

エーテル体には催眠が作用する

2014-01-19 06:44:12 | ザ・ジャンプ・アウト
◎エーテル体には催眠が作用する

(5)エーテル体には催眠が作用する。

催眠とは、人を人為的にトランスに導く手段である。催眠はメスマーの頃から知られている技術であって、催眠と何らかの磁力との関連がメスマーには認識されていた。

◎メスマーの27の法則-1
○人間と全宇宙は常にシンクロしている

メスマーは、マリー・アントアネットと同時代の人物であって、近代催眠術の始祖みたいな人物である。彼の指摘した27の法則には、催眠術つまり人間を人為的にトランスに導くことについての経験的現実が多数盛り込まれている。まず最初の9個。

『一、天体、地球、生物などの間には相互作用が存在する。

二、ある流体が一分の隙もなく宇宙全体に広がっており、そのため宇宙には真空は存在しない。この流体はあらゆる運動を物体から吸収し、四方に伝播し、他の物体に伝達する性質を持つ。つまりこの流体は運動作用の媒体である。

三、この流体が媒介する物体間の相互作用は現段階においては科学的に証明されていない力学法則に従う。

四、この流体が媒介する物体間の相互作用によって一種の交代効果が生じ、この効果は潮の干、満と同じ種類の運動であると考えられる。

五、この干満運動の現われ方はさまざまな原因により決まるため、一般的、特異的、あるいは複合的な特徴が混じり合っている。

六、命題二の流体(自然界の中において見出せる最も宇宙的な物質)を媒介にして天体や地球、および地球上の諸要素は互いに影響を及ぼしあう。

七、この流体は物質および生命体の持つすべての諸性質の基礎である。

八、動物の体はこの流体の干満に反応する。この反応は流体が神経そのものに直接入りこむことにより即座に引き起こされる。

九、生体、特に人体の内部には磁石と同様なある種の性質が現われる。すなわち人体の内部には正反対の極が存在し、それらを明確に識別することが、できる。またその両極を交換、結合、抹消、強化することが可能であり、地磁気偏角に似た現象さえ観察される。』
(ウィーンから来た魔術師/ヴィンセント・ブラネリ/春秋社P140-141から引用)

ある流体が一分の隙もなく宇宙全体に広がっているというのは、物理学的には、長くナンセンスとされてきたが、最近ヒッグス粒子の発見によりにわかに真実味を帯びてきたのは、結構なことである。この流体は半物質なのだろうからエーテル体レベルの存在であろうから、それは気・プラーナのことであろうし、ここで想定されている流体の性質は、気・プラーナのそれと推定される。

メスマーの目からは、文字通りこの流体により、人間の肉体は、全宇宙と直接連動していると見えたのだ。

この洞察は極めて優れたものであって、人目を避けて悪事を行ってもその報いはたちどころに発生しているという法則が、エーテル体以上のレベルでは存在しているのだろうということが推測される。

またこの流体の干満は、中国では陰陽と呼ばれた。上記第八では、この流体が神経に流入することから、ますます気・プラーナのことと思われる。

◎チャクラと七つの身体-77
◎エーテル体-14
3.エーテル体の性質 催眠-1
【ザ・ジャンプ・アウト 130】

コメント

人間の洗脳は何年で解けるか

2014-01-18 06:57:52 | 冥想アヴァンギャルド
◎1950年代初頭の中国共産党洗脳以後

オウム真理教事件の裁判の報道があり、既にかの事件から19年も経ったことを知った。オウム事件では、カルト宗教という看板を隠れ蓑にして、洗脳というものがかくも強引にかつ粗暴なやりかたで行われていることに日本中が驚かされたものだ。

それは一教団内部で行われていたことだが、共産主義国家では、大規模に広汎に徹底的に行われるものである。

中国共産党は、1948年に中国統一を成し遂げて、その直後の数年において中国全土の思想改造という名の洗脳を、対中国人はもとより対外国人に対しても行った。

アメリカは、朝鮮戦争からの帰還兵の中共による洗脳されぶりを見て、その後洗脳技術研究にいそしんだようである。このあたりは、「CIA洗脳実験室/ハービー・M・ワインスタイン/wave出版」などでも書かれており、LSDの教祖ティモシー・リアリーの官憲からの追及の経緯などを見ても、そうした背景があったことはうかがえる。

こうした組織的洗脳について、私はかねてよりその効果が何年もつかについて関心を持っていたが、中国で共産主義政権誕生直後に施設で洗脳を受けた西洋人に対する調査に関する以下の文で、その大概を知ることができた。

『長期の効果

西欧人に適用されたような、刑務所内での思想改造のもつ、長期にわたる成功ないし失敗というものについて何が言えるのか。彼らを説得して、共産主義の世界観へ彼らを変えさせるという観点からすると、そのプログラムはたしかに、失敗だと判断されねばならない。

私の対象である二五人の中ではただ一人(そして、私のその人たちのことについて話を聞いただけの他多数の人々の中では、一人だけあるいはおそらく二人)が、ほんとうにうまくいった転向者と見なし得る人物であった。追跡調査で得られた情報によって、香港でこの人たちに面接したときに、観察しはじめて次のことが確かめられた。つまり、思想改造の精神から、中国共産党の行動をより批判的に見るようになるのが一般的ななりゆきであるということである。

彼らの釈放後三年ないし四年たつと、彼らのほとんどが、収容される以前に感じていたものとははるかにきびしい感情を共産主義に対して表明している。

世界の大きなイデオロギー的問題に対する解答を得るため彼らのあてにしているのは、共産主義ではなくて、彼らが若い頃知った西欧の列強であり、彼ら自身の内なる統合であった。この自分たちのうけた思想改造を意識的に容認するということは、決して、心理的な全景をあらわすものではなかった。しかし、意識的な意見というものは、結局は重要な意味をもってくるものである。』
(思想改造の心理/リフトン/誠信書房P253から引用)

刑務所や収容所などの施設での洗脳であっても、3~4年経てば戻るだろうということ。ただし、その間にまた洗脳を繰り返されれば元に戻るので、洗脳は定期的に繰り返し行われがちなものである。共産主義を1990年代でやめたロシア、東欧諸国の脱洗脳ぶりはどうだったのだろうか。

ともあれ、この時代の覚醒には、なるべく社会による洗脳を避けるように心がけるというのは必要なことですから。

コメント

ライヒのオルゴンの定義

2014-01-17 03:43:46 | ザ・ジャンプ・アウト
◎ライヒのオルゴンの定義
◎気を見る

精気、気、プラーナに気がついていたのは、東洋人だけでなく、パラケルススの他、グルジェフ、20世紀のアメリカの科学者ライヒなどもいた。

さて次の時代の人間と現代人の相違は、まず第一に神・仏・道なるものを明瞭に実感しているかどうかと、霊的なるものに対する感受性・知覚能力の有無ということがあるように思う。

だからといって「みんな霊能力をつけチャネラーになりましょうという」方向は全く誤ったものではある。というのは、現代人の不安定な心理状態のままで、霊能力をつけチャネラーになろうと努力したところで、その感受性の増進により、日々の生活に必要な生存競争に必要な闘争心が減退して、生活ができにくくなるだけで、一利はあるかもしれないが百害があるように思う。

確かに冥想には感受性を深める側面があるが、それが必ずしも霊がかりを目指すものであってはならない。冥想に対して、霊がかりや神懸かり、霊的な世界観を目標や先入観としない、ありのままの姿勢で臨めば、感受性の深まりに応じたネガティブな状態に迷ったりひっかかったりすることは、比較的少ないのではないか。もっともその人の持つ素質や霊的因縁、カルマというものを排除して考えることはできないけれど。

ウィルヘルム・ライヒは、種々の物体から青っぽい光が放射されていると語っているが、OSHOバグワンやスワミ・ヨーゲシヴァラナンダは似たようなことを言っているが、同じことを多くの人間が語っているわけではないので、これは、ライヒの持つ特殊な知覚のなせるわざではなかったかと思う。ヒトのオーラは、ある人が見れば光輪と見え、またある人が見れば、狐や狸が憑いていると見えるが如きものではないか。

ライヒのオルゴンの定義は、かっちりとしたものがなく、たとえばこのようなもの。
『晴れた日の日中空を見上げ、眼の力を抜いて空中を眺めると無数の光のきらめきが見えてくる。それはぐるぐる回りながら乱舞しているようだ。』
(ウィルヘルム・ライヒ生涯と業績/マイロン・シャラフ/新水社から引用)

この光のきらめきがオルゴンのことのようで、誰でも注意すれば見えるはずだが、科学史上でこれを採り上げた人はいない。また見えたとしても、どうしても眼そのものの属性ではないかという議論を排除できない。またライヒ自身はオルゴンが眼に見えることを非常に強調したが、オルゴンが見えることは、ライヒの個人的特殊能力であった可能性が高い(誰もが見えるわけでなく、見える人も見えない人もいる)。

オルゴンは、気、プラーナのことではないかという仮説はあるが、気、プラーナが目に見えるかどうかという点では、見える人もあり、見えない人もありというのが穏当な言い方ではないか。またオルゴンの定義そのものがしっかりしていないので、気、プラーナと同一かどうかという議論も実は難しい。

中国の医学書の古典黄帝内経では、体内を真気、邪気、正気、陽気など沢山の気が巡ることをいい、そのすべてが陰陽の影響を受けることを語っている。インドのウパニシャッドでもプラーナが体内を巡ることは言っているが、明らかに肉体レベルのことではない。

肉体レベルでない、気つまり七つの身体論でいうエーテル体レベルの議論をするに際して、全員が見えることを前提に議論を勧めようとしたところにライヒの無理があったのではないか。気を見れる人は少ないのだ。気を全員が見るのは現代ではないだろう。

◎チャクラと七つの身体-76
◎エーテル体-13
3.エーテル体の性質 濃縮した煙-5
【ザ・ジャンプ・アウト 129】

コメント