アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

2013年の終わり

2013-12-31 07:40:44 | 時代のおわり
◎神は、人に世を持ちきりにさせない

この1年ご来訪ありがとうございました。

今年は、異常気象の年だった。特にレイテ島の台風と高潮で都市が壊滅したのは、以前から予見されている、世界中の都市が海水面の盛り上がりによって壊滅するというビジョン実現の端緒になるように思った。

近代西欧文明の中核となる都市といえば、ニューヨークであり、ロンドンであり、東京であり、上海であるが、いずれも海浜に面しており、海水面の上昇を主因として水没してしまい、やがてこの文明の精華を失ってしまう可能性が見られている。

今年のもう一つの特徴は、将来の戦争の噂。シリアの内戦を主とした中東の不安定化、これは中東を舞台にした世界列強対決・ハルマゲドンの戦いの導火線となることも懸念される。

そして北朝鮮の金正恩体勢化の側近粛清による政権の脆弱性の露呈、これは朝鮮半島の戦乱の可能性を高めている。再びの胡兵の来襲はあるのか。

そして中国内戦の可能性の高まり。中国での腐敗撲滅運動は、北京政府対上海政府、あるいは北京政府対四川政府、北京政府対広州政府などの対立を強めており、ご法度だった中国共産党常務委員経験者の処罰にまで踏み込もうとしている。文化大革命の時も最後は都市を舞台にした人民解放軍同士の衝突になりかけて終息に向かったようなので、今回も行くところ(中国4分割)まで行かないと終結に向かわないのではないか。

戦争は、男女を問わず、人間を破壊する。戦争での現代人の心的抵抗力は、わずかなものだ。マスコミ報道では強調されないが、戦場になった地域と戦場にならなかった地域の心のすさみ方は天地の差がある。戦場になったフィリピン、朝鮮半島、中国、沖縄。それに対して戦場にならなかった台湾、日本本土(空襲と原爆はあったけれど)の差は大きい。

人間のさかしらに任せきりだと、地球温暖化により海水面の上昇はどんどん進み、核戦争・化学戦争の危険もどんどんたかまる。よって古神道では、いつまでも神は人間にこの世を任せきりにしないと言う。ほっておくと人類滅亡だから。

こういう背景を感じ取りつつ、このブログでは、主要テーマのアウトライン・リンクを作成した。また8月からは、ブログ全体のまとめとして「ザ・ジャンプ・アウト」シリーズを始めた。年末までに完成できるかと思いきや、全体の1/3程度しかできなかった。

このブログを始めた2005年の頃はスピリチュアル系ブログは、捜さなければならないほどしかなかったが、その正邪はともかくスピリチュアル系ブログの数は増えた。そうしたブログの風潮で気になるのは、一生懸命がんばらない雰囲気のブログが結構あることである。

覚醒の道程は、利己・わがまま・独善となることを避けながら自我の確立を為し、その極点に於いてすべてを棄てるという流れになるのだが、がんばらなければ、自我の確立もなく、何も起こりはしない。そうした中で、まじめな求道ブログもちらほらと見かけることが増えてきている。

一人一人が、少々のがんばりでできることを惜しまずやるというのが、実は大切だと思います。それが小善を積み重ねる、小悪を重ねないということ。一発逆転の大善行を行うチャンスなどめったにあるものではないが、小善は身近で簡単にできるもの。多勢に無勢を逆転するのはそれしかない。

現代人は、マスコミも相当に悪いのだが、そのままにしておくと小悪を積み重ねる方向に行動させられがちなもの。『法律に触れさえしなければ、他人に迷惑をかけなければ、他人が見ていなければ、悪いことをしてもよい』などという風潮はその最たるもの。また巷ではこうした最低限の公徳心すらもない中国人も増えているが、日本人であってもなかなか、このかそけき真実について感じ取れ、語り合える人も少ないことである。

よいお年を。

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ルドルフ・シュタイナーのエーテル体-1

2013-12-30 03:07:22 | 冥想アヴァンギャルド
◎睡眠中は肉体とエーテル体だけ

ルドルフ・シュタイナーは霊がかり気味だが、エーテル体に関しては、具体的な記述を残している。引用文中の『自我』はメンタル体になるだろうか。

彼は夜眠っている時、アストラル体とメンタル体は体外離脱していると見ている。それが本当ならば、眠りに落ちる瞬間、意識をはっきり持っていれば、体外離脱の実感を感じとる人間が少なからずいてもおかしくはないだろう。

※物質体=肉体
『眠りの状態において、非常に独特なことが人間に生じます。人間は夜間、植物のような状態になります。夜眠っているときの人間は、物質体とエーテル体しか有していません。いわば人間は植物状態へと下降するのです。人間は二つの部分に分かれます。物質体とエーテル体がベッドの上にあり、アストラル体と自我は外に出ます)

「それなら、人間はベッドの上で一個の植物になっているのか」という問いを発することができます。

そうではありません。しかし、ベッドの上で眠っている人間は、植物と同じく、物質体とエーテル体から構成されています。地上で、純粋に物質体とエーテル体のみを有する存在は植物だけです。

アストラル体と自我が物質体とエーテル体のなかにあることによって、物質体とエーテル体も変化します。植物には神経繊維がありません。物質体は自我がそのなかに存在することによってのみ、温血を有することができるのです。「高等動物は、本来は人間でありえたものが下降した姿だ」と、見なすことができます。

物質体のなかで、自我は血液組織として表現されています。アストラル体は神経として、エーテル体は腺組織として表現されています。物質的本性は、人間の身体そのものとして表現されています。

アストラル体が神経組織の本来の構築者だとすると、アストラル体が外に去ってしまう夜、神経組織は哀れな状態になります。エーテル体は物質体のなかにとどまっているので、腺組織は哀れな状態にはなりません。血液も、夜間は自我に置き去りにされます。』
(精神科学から見た死後の生/風涛社/ルドルフ・シュタイナ-P30-32から引用)

エーテル体は内分泌腺を支配し、アストラル体は神経を支配するとルドルフ・シュタイナーは見ている。

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伊都能売(いづのめ)=両性具有

2013-12-29 07:12:04 | 古神道の手振り
◎厳(いづ)と瑞(みづ)の合体形

両性具有とは、一般人は即おかま・ニューハーフを連想し、高尚なビジョンのこととは思わないのが昨今の風潮である。泰西の錬金術文書などで、肉体の半分が男性で残り半分が女性の妙チクリンな挿絵を見ることもあるが、宇宙意識の一歩手前の人間の完成形の姿として、こうしたイラストが登場してくることに当惑する人も多いかと思う。

西洋にこそそういう変態じみた女男を崇める習俗はあっても、神国日本にはそのようなものはないと思う人もいるかもしれない。ところが日本にもきちんと存在している。

さて伊都能売(いずのめ)神とは、古神道家出口王仁三郎の唱える重要な高級神霊である。伊都能売神こそは、男女両性具有であって、出口王仁三郎の云うところの厳(いづ)と瑞(みづ)の合体形なのである。

こうした伊都能売神を出口王仁三郎は、慈悲の本源であり、愛の神であるとする。更に伊都能売神こそが、またの名を観世音・観音といい、木花咲耶姫命ともいう。

伊都能売神には既に男女の区別なく、善悪を超越し且つ審判思想を打破する、大愛大善大慈悲神である。大善大慈悲と言えば、天国のイメージだが、審判思想を超えているとは、天国も地獄も越えたところにあるということ。

男女の別を超えるのは、人間としての完成形。

ごくまれに男だか女だかわからないような人の中に、悟った人がいるかもしれないということでもある。

出口王仁三郎の「神の国」から
『伊都能売神は慈愛の本源であつて、如何なる罪悪者をも救済して、一人も漏さない絶対無限の慈悲の神である。精神界は勿論、現界に於ける人間一切の苦悩を払ひ清めて、天国に導き玉ふ愛善神であつて、その愛善たるや絶対無限である。故に既成宗教の唱ふる如き、審判的思想は全然無いのである。善悪を超越し且つ審判思想を打破する、大愛大善大慈悲神であつて、一人と雖も蒼生の滅亡するのを忍ぶことの出来ぬ愛の生神である。而して霊肉の調和に就ても、難行苦行の修行を経過せず、信仰と歓喜との内に実現せしめんとする、真の絶対愛に住する神である。

悪人を悪人として罰し、善人を善人として賞するは、是現実界即ち自然界の人為的法則であつて、愛善そのものとは非常に遠いものである。罪悪に苦しみ、痛み、憂苦に沈んでゐる蒼生は、宜しく大本大神即伊都能売の神を信仰すれば、優窕しき慈顔を向け、温かき御手に、罪を負つて救つて呉れる神である、

(中略)

厳の御魂五柱、瑞の御魂三柱(又は五柱)活動力を総称して、伊都能売の御魂と奉称するのである。而して伊都能売は即ち、観音にして木の花姫の顕現である。天地宇宙の間に、斯の神より外に何ものも無いと云つても良い位である。或る時は天神となり、地神と現じ、八百萬の天使と変じ、千変萬化五六七の活動を為し玉ひ、宇内を光被し、開発し、整理し、天国霊国に日月神と化現し玉ふは、皆伊都能売神の大神格の活動である。』
(大正15年9号 神の国より引用)

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呂洞賓の10のテスト-2

2013-12-28 06:35:24 | 道教
◎他人のために命を差し出すことに躊躇なし

呂洞賓の10のテストの続き。

テスト6
呂洞賓が外出して家に帰った時、家の財産はすべて盗賊に盗まれ、食糧さえも無くなっていた。だが、呂洞賓は怒りの色も見せず、いつものように耕作をはじめた。ある日、畑を耕していると、鍬の下から数十枚の金塊を掘り出した。しかし、呂洞賓は一枚も取らずに、そのまま金塊を埋めた。

テスト7
呂洞賓が街で銅器を買って帰ると、その銅は全部黄金だと分かった。呂洞賓はすぐに銅器を売っていた人を見つけて、それを返した。

テスト8
あるヒッピーのような道士が、市場で薬を売っており、「この薬を飲んだらたちどころに死亡し、転生した後、得道できる」と話していた。10数日を経ても、その薬を買う客はいなかった。さて呂洞賓がこの道士の薬を買うと、道士は「速やかに死の支度をするが良い」と告げた。呂洞賓はこの薬を飲んだが、結局何も起こらなかった。

テスト9
呂洞賓が客船に乗って河を渡っていると、河の中ほどに至ると、河の水が急に氾濫し、風も波もにわかに猛り狂った。乗客はみな恐れおののき泣き叫んだが、呂洞賓は端座し、動かなかった。

テスト10
呂洞賓が一室で一人で修行していたところ、突然、目の前に無数の魑魅魍魎が現れ、撃たんとするもの、殺そうとするものが無数に現れた。しかし呂洞賓は毫も恐れることはなかった。
血だらけの一人の鬼みたいなものが、「あなたは前世で私を殺した。今日その借りを返してくれ」と泣きながら、呂洞賓を責めた。呂洞賓は「人を殺したならば、命で償わなければならない」と語り、刀を探しに行って自殺してその命で返そうとした。すると急に、空中に大音声が響き渡り、魑魅魍魎たちは一瞬のうちにすべて消え去った。

その後、呂洞賓のマスターの鍾離権が現れて、「私はあなたを10回試したが、あなたはすべて心を動じさせることなく乗り越える事が出来た。必ずや仙人に成ることができるだろう」と話した。その後400年間、呂洞賓は世の中に現れたり消えたりした。宋徽宗は政和年間に、呂洞賓を「好道真人」と封じた。


テスト6とテスト7は不意の不運と幸運に対処する姿勢を問われている。人間の財産はその積徳の多寡に応じて定まっていると見れば、不意の不運の後には幸運がめぐり、不意の幸運の後には不運が巡ると予想する。しかしこれは、功利性、自分のメリットの視点でしかない。
ここは、求道者としてすべてを捨てられるかどうかが問われているのだから、自分の生命維持に必要な分以上のものは天に返すという『天意』優先の行動規範を持っていると見るべきだろう。

テスト8は、呂洞賓は、薬を服用して自分の生命を捨てて道を成就(成仙)したいということに迷いもケレン味もない。果たして彼は、躊躇なく死の毒薬を飲んだがその結果は別のことである。

テスト9は、人間は髪の毛一本自分の思い通りに白くも黒くもできないからには、自分の船上の生命を自分でなんとかできるわけではない。

テスト10は、天国的なものを求めていく修行の途中の最終段階で、こうした魔が出現するもので、釈迦、イエスなどでもこういうのが出て来る。
また「他人のために自殺してあげる」のを厭わないのは、西郷隆盛の僧月照との入水や、ダンテス・ダイジの竹富島の幽霊に乞われて自殺した話と同じで、覚者なればこそできる業である。

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呂洞賓の10のテスト-1

2013-12-27 06:08:36 | 道教
◎無私と打算

呂祖全集などに道教のスーパースター呂洞賓の受けた10のテストが載っている。

最初は黄粱一炊の夢。そして10のテストの前半部。

呂洞賓は、唐代、山西省蒲坂県永楽鎮の人で、海州刺史呂譲の子と伝えられている。幼少より聡明で、科挙に行く途中に、仙人の鍾離権に出会い、修行の道に誘われたが、出世の夢を捨てられず断った。

 その日、鍾離権と一緒に宿泊した呂洞賓は、黄粱を煮る間に夢に入った。夢の中で、彼は科挙に合格して出世し、二度、裕福な家庭の娘と結婚し、たくさんの子供をもうけた。さらに40年後、一国の丞相となり、10年の間の国家を牛耳った。しかし、その後、罪を犯して、家財をすべて没収され、家族は離散し、一人で荒野をさまようことになった。

 鍋の黄粱(こうりゃん)が煮え切らぬうちに、夢から覚めた呂洞賓に、鍾離権は「先の夢に、浮き沈みと栄辱のすべてが示されたであろう。50年は一瞬であり、昇ったり下ったり、栄華を極めたり恥辱を受けたり、いろいろのことがあっても、世人の一生はまるで一つの夢に過ぎない」と語った。この話を聞いた呂洞賓は、鍾離権について救世の術を求め修行することを決心した。

テスト1
 呂洞賓がしばらく家を不在にして遠方に旅して後、帰宅したところ、家族が全員病に倒れ、亡くなっているのを目にした。彼は動揺することなく、棺桶をそろえ火葬の準備をした。すると、たちまちにして死んでいた家族が生き返った。

テスト2 
 呂洞賓が市場で物を売っているとき、客と交渉して売買の価格が決まったが、買手はその値段の半分しか払わなかった。これに対して呂洞賓は、何も言わずに商品を買手に渡した。

テスト3
 ある日、家の前に1人の乞食が来たとき、呂洞賓はすぐに金や物を上げたが、乞食は感謝するどころか、却って布施が足りないと言って呂洞賓を罵った。これに対して、呂洞賓は何度も笑顔で謝まった。

テスト4
 呂洞賓が山中で羊を放牧していたとき、空腹のトラが猛烈な勢いで駆けてきて羊の群れを追った。呂洞賓は羊の群れとトラの間に立ち、羊を守ろうとしたところ、トラはそこから離れた。

テスト5
 呂洞賓が山中のあばら家で読書していると、一人の18歳ぐらいの絶世の美女がやってきた。帰宅する途中で道に迷い、日も暮れたので、この家で休ませてほしいと言った。呂洞賓は承諾した。夜になると、この女性はあの手この手で呂洞賓に迫って、一緒に寝るよう求めた。呂洞賓は心を動かすことなく固く断った。この女性はこうして3日間呂洞賓につきまとったあと、立ち去った。

第一のテストは家族が生き返ったがそれはまずあるまい。話全体をオブラートに包んで不条理のショックを緩和している。ヨブ記に似ている。

第二、第三のテストでは悪人に理不尽な仕打ちを受けても反撃しないのは、相手もよくよくのことだろうと斟酌しないとできる業ではない。

第四のテストでは、誰も見ていない場所での無私である。これは現代人が最も欠くところ。

第五のテストでは、釈迦やイエスの成道前の誘惑みたいに誘惑がやってきた。この段階では、天国的なものを求めていたからこそ、これが起きたのだろう。

(続く)

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ウルグアイのマリファナの自宅での栽培解禁

2013-12-26 05:52:29 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎霊的なチャネルを不用意に開く

心霊現象とか超能力にかかずらわって生きると、まともな社会生活はできなくなる。ドラッグにかかわるのも、同様にまともな社会生活はできなくなる。

 南米ウルグアイでは2013年12月25日までに、マリファナの栽培、購入が合法化され、自宅での栽培が解禁された。政府の管理下に置くことで麻薬密売組織を締め付け、粗悪な非合法麻薬乱用による青少年の犯罪を抑制する狙いがあるそうだ。ウルグアイでは以前からマリフアナ使用を取り締まる法律はなく、使用は容認されていたが、24日以降は個人使用のため、年6本までの自宅での栽培も可能になった。

これでオランダに次いで、ウルグアイはマリファナ・フリークが集う国になった。

この肉体感覚による世界だけが、世界のすべてではないという感覚をマリファナによって知るのは、死の世界を垣間(かいま)みるということであって、決してまずくないことのように思える。しかし、死の世界を扱う技術はクンダリーニ・ヨーガなのだが、一度その世界を知ってしまったら、善し悪しは別として、二度とその世界の仕切りから抜けることはできない

そのあたりの消息は、チベット魔法の書/デビッド・ニールに詳しい。意識の沈潜やマリファナにより、無意識の世界、死の世界の一部を覗き見ることはそう困難なことではないが、無意識の世界、死の世界という巨大な無法エリアには何が納められているかわからないのだ。

マリファナは、単なる気分転換やプチ・現実逃避以上の危険な荒野の入り口でもある。

そういえば、OSHOバグワンもアメリカを追われて後ウルグアイに新天地を求めたことがあったが結局、まもなくウルグアイをも去らざるを得なくなったことがあった。

ウルグアイは停滞的な国と言われるが、強力な3人のフォワードを有してサッカーは強くて、一方で妙なことに理解のある変わった国である。

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霊の形=霊衣について-1

2013-12-25 05:56:38 | 超能力・霊能力
◎現代人は霊衣が薄く破れ

某覚者は、人の名前は覚えていないことがあるが、会った人の霊の形は覚えているという。

霊界物語では、天人も亡者も霊衣(幽体、精霊)を持っているそうだから、アストラル体のことを霊衣というに相違ない。

真正の眼力を持った人物にとっては、会った人物の体調、寿命、正邪など霊衣を見れば百発百中なのだろうが、そういう能力を金儲けに使わないのは、人として当たり前のことである。

霊衣は厚いほうが良いが、そういう天国的側面の追及だけでは済まない時代になっている。

逆に霊衣を無視して、服装、ファッションなど外面で人を判断するのもどんなものなのか。

『星移り、月換るにつれ、神界の御服装はおひおひ変化し来たり、現界の人々の礼装に酷似せる神服を纒はるる神司も沢山に現はれ、神使の最下たる八百万の金神天狗界にては、今日流行の種々の服装で活動さるるやうになつてをる。
 また邪神界でもおのおの階級に応じて、大神と同一の服装を着用して化けてをるので、霊眼で見ても一見その正邪に迷ふことがある。

 ただ至善の神々は、その御神体の包羅せる霊衣は非常に厚くして、かつ光沢強く眼を射るばかりなるに反し、邪神はその霊衣はなはだ薄くして、光沢なきをもつて正邪を判別するぐらゐである。しかるに八王大神とか、常世姫のごときは、正神界の神々のごとく、霊衣も比較的に厚く、また相当の光沢を有してをるので、一見してその判別に苦しむことがある。

 また自分が幽界を探険した時にも、種々の色の服を着けてゐる精霊を目撃した。これは罪の軽重によつて、色が別れてゐるのである。しかし幽界にも亡者ばかりの霊魂がをるのではない。現界に立働いてゐる生きた人間の精霊も、やはり幽界に霊籍をおいてをるものがある。

これらの人間は現界においても、幽界の苦痛が影響して、日夜悲惨な生活を続けてをるものである。これらの苦痛を免るる方法は、現体のある間に神を信仰し、善事を行ひ万民を助け、能ふかぎりの社会的奉仕を務めて、神の御恵を受け、その罪を洗ひ清めておかねばならぬ。

 さて現界に生きてゐる人間の精霊を見ると、現人と同形の幽体を持つてゐるが、亡者の精霊に比べると、一見して生者と亡者の精霊の区別が、判然とついてくるものである。生者の幽体(精霊)は、円い霊衣を身体一面に被つてゐるが、亡者の幽体は頭部は山形に尖り、三角形の霊衣を纒うてをる。それも腰から上のみ霊衣を着し、腰以下には霊衣はない。

幽霊には足がないと俗間にいふのも、この理に基づくものである。また徳高きものの精霊は、その霊衣きはめて厚く、大きく、光沢強くして人を射るごとく、かつ、よく人を統御する能力を持つてゐる。現代はかくの如き霊衣の立派な人間がすくないので、大人物といはるるものができない。

現代の人間はおひおひと霊衣が薄くなり、光沢は放射することなく、あたかも邪神界の精霊の着てをる霊衣のごとく、少しの権威もないやうになつて破れてをる。大病人などを見ると、その霊衣は最も薄くなり、頭部の霊衣は、やや山形になりかけてをるのも、今まで沢山に見たことがある。

いつも大病人を見舞ふたびに、その霊衣の厚薄と円角の程度によつて判断をくだすのであるが、百発百中である。なにほど名医が匙を投げた大病人でも、その霊衣を見て、厚くかつ光が存してをれば、その病人はかならず全快するのである。これに反して天下の名医や、博士が、生命は大丈夫だと断定した病人でも、その霊衣がやや三角形を呈したり、紙のごとく薄くなつてゐたら、その病人は必ず死んでしまふものである。

 ゆゑに神徳ある人が鎮魂を拝授し、大神に謝罪し、天津祝詞の言霊を円満清朗に奏上したならば、たちまちその霊衣は厚さを増し、三角形は円形に立直り、死亡を免れるものである。かくして救はれたる人は、神の大恩を忘れたときにおいて、たちまち霊衣を神界より剥ぎとられ、ただちに幽界に送られるものである。

 自分は数多の人に接してより、第一にこの霊衣の厚薄を調べてみるが、信仰の徳によつて漸次にその厚みを加へ、身体ますます強壮になつた人もあり、また神に反対したり、人の妨害をしたりなどして、天授の霊衣を薄くし、中には円相がやや山形に変化しつつある人も沢山実見した。

自分はさういふ人にむかつて、色々と親切に信仰の道を説いた。されどそんな人にかぎつて神の道を疑ひ、かへつて親切に思つて忠告すると心をひがまし、逆にとつて大反対をするのが多いものである。これを思へばどうしても霊魂の因縁性来といふものは、如何ともすることが出来ないものとつくづく思ひます。』
(霊界物語第二巻/霊主体従丑 総説/出口王仁三郎から引用)

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OSHOバグワンの輪廻とインド

2013-12-24 05:49:07 | 冥想アヴァンギャルド
◎今生である葉と来世の葉

OSHOバグワンは、インドでは、輪廻転生が宗教家の布教の方便として使われてきたと見る。

曰く、ヒンドゥー教徒は神と魂を信じている、ジャイナ教とは神を信じず魂だけを信じている、仏教徒は、神も魂も信じていない。けれども三教徒とも輪廻は信じる。

ヒンドゥー教、ジャイナ教のように魂があるのが前提となっていれば、人は死ぬと肉体が地上に残され、魂はやがて別の肉体に入るという説明が理解しやすい。仏教は魂は認めないが、何だか生の連続である輪廻はあるとしている、連続体であるが前のと同じではないのが転生していると。

こうしたインド三宗教の下では、いつでもいくらでも何転生でもやり直しがきくので、インドでは、時間にルーズであり、人々を無気力にする結果となった。

この教訓を踏まえて、逆にキリスト教では、人生は一度きり、時間がないと急き立てるのを方便とした。その結果西欧近代文明化では、時間が過剰に意識され、せかせか性急に1/100秒を争って日々活動するようになった。

人世は一回きり、時間を無駄にしてはならない、とは、事実上輪廻がないことを前提にする言い方だが、ダンテス・ダイジも人生一回きりであるとする。そこで転生して出て来る人物は今生のものと100%同じものではない。同じ幹から複数の似た葉が出るように、今生である葉と来世の葉はとても似ているが、全く同じではないと。

これはOSHOバグワンが、前に挙げた釈迦(仏教)の見解にほぼ同意しているのだが、それと似た見解である。
(参考:英知の辞典/OSHO/メルクマール社P560-566)

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ヘルマン・ヘッセの十一月

2013-12-23 07:22:43 | 究極というものの可能性
◎死ぬことができるならば、それこそ聖なる知恵

ヘルマン・ヘッセの詩から

『十一月

今しも何もかもが身を隠して色を失いつつあり
霧に閉ざされた日々は不安と心配とに思い悩み
嵐の夜が過ぎれば朝には氷がちりちりと鳴って
別れを泣き悲しむ、世界は死に満ち満ちている

君も死ぬことを学べ、身を投げ出すことを学べ
死ぬことができるならば、それこそ聖なる知恵
死ぬことに向けて準備せよ―――そうすれば君は
陶酔のままに高められた生と歩み入るだろう
(一九二一年)』
(ヘルマン・ヘッセ全集16全詩集/臨川書店P220から引用)

思春期の人が文字通り読めば、感傷的、厭世的に自殺を賛美する詩として感じてしまうかも知れない。

「自分のすべてを捧げれば、すべてのすべてになる」という秘儀のシチュエイションに思い当る人だけが、この詩からインスピレーションを得る。

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私の遺言-佐藤愛子

2013-12-22 07:28:07 | ザ・ジャンプ・アウト
◎多勢に無勢

「私の遺言/佐藤愛子/新潮社」は、全然遺言ではなくて、作家佐藤愛子さんの心霊出来事日記であった。

全体として、彼女周辺の霊能力者がネガティブ・パワーとバトルする話ばかりで、珍しくもないのだが、こういうのが好きな人には良いのだろう。

この中で彼女が、神界から来た人として、神道修行者の相曽誠治を高く評価しているが、彼の世界観はどこまでも霊がかりであって、三次元が人間界で、四次元が幽界で、釈迦は七次元にまだ到達していなくて性格が暗い、キリストはちょっと泣き虫、仏教には神界に入れない因縁があるなどと独特の世界観を持っている。

また、この霊能力者は、神戸の震災を予言し、翌日の天気を当て、と達者である。

けれども、一般に霊能力者は、頑なに自分を恃む心が強いようだが、そういう雰囲気があるのだろうと思う。

自分も含めて、悟っていない人というのは、何が正しいことかわかっていないので、概ね小悪を積み重ねる。つまり霊能力者の言うところのろくでもないバイブレーションを日々積み重ねている。何億人という人が毎日そういう状態なのだから、少数の有能な霊能力者が、その中の非常にバイブレーションの悪い極く一部分を浄化しても、多勢に無勢なところはあるのではないか。

よってそういう点からもマスコミの責任は大きい。また逆に我々の一日一日の過ごし方も非常に重要になってくる。

霊能力者は最後まで自分を捨てられないところがある。十牛図でいえば、自分が残ってるのは第七図。それと現代は知性の時代。霊がかりなコンタクトをしなければならないめぐりあわせの人も勿論いるのだろうが、そうでない一般人は、その発達した知性で正しい方向を嗅ぎ分けねばならないと思う。

相曽誠治氏も多勢に無勢は感じていたらしく、後に弱気な発言をするようになっていたという。

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能阿弥と茶道様式の固定

2013-12-21 07:47:11 | ザ・ジャンプ・アウト
◎形から入って自然に整う

能阿弥は、室町時代の人で、もと越前朝倉家の被官であったが、将軍足利義教、義政に同朋衆として仕えて、茶道の様式を最初に整理した人物となった。以下の引用文を見ると、茶道の作法、ファッション、様式が、寄木細工というか、当時の様々な技芸、流行のコラボであったことが窺われる。よく映画やドラマで取り上げられる茶杓の置き方を見ると、その所作に何か見覚えがあると思い出されるが、矢の扱い方であったとは面白い。能の歩き方まで入っている。

茶の作法の個々の意義づけや由来はともかくとして、「形から入って自然に整ってくる」という狙いこそは、その定めた様式を自然に体現する人物の出現を何百年でも待つというオーソドックス系宗教(顕教系)の哲学と共通している。

パドマ・アーサナも、その心境がとある状況になれば、その坐相となり、パドマ・アーサナが起こる。

『能阿弥は、義教の死後、八代将軍義政に仕えた。彼が、書院飾や台子飾の法式を一応完成したのは、恐らくこの東山時代のことと思われる。台子の飾り方が規定されると同時に、茶器の扱い方、置合せの寸法なども自然ときまってくる。

置合せの寸法を曲尺割(かねわり)というが、これは、利休の師匠の武野紹鷗が規定したともいうが、能阿弥に始まるという説もある。恐らく、能阿弥が創め、紹鷗に至って完成されたのであろう。

それから、点茶の方式も、闘茶では禅院の点茶法を真似ていたが、能阿弥は、小笠原流の礼法を参酌して、今日行われているような茶の点て力を考案した。

風炉の茶事の柄杓(ひしゃく)の扱い方に、置き柄杓、切り柄杓、引き柄杓と称する三通りの動作があるが、これは、弓の矢の操法からきている。小笠原流が採り容れられた証拠であろう。

また、点茶の際の動作、特に道具を運ぶ際の歩き方などは、能の仕舞いとそっくりである。これは、能の所作を茶道に採用した一例と思われる。

点茶の際の服装も、前に述べた唐様の闘茶会における主客の姿と違って、和様化されただけでなく、書院の茶法では、厳粛な礼装をした。「南坊録」によれば、赤松貞村は、後花園天皇に献茶した際に烏帽子と水干であったが、義政は狩衣を着したという。

また、たとい稽古の際でも、俗人は裃(かみしも)、僧体の者は袈裟十徳、貴人は素袍(すおう)という定めであった、と記している。素袍は、利休の活躍した安土桃山時代には武人の礼装であって、下に素袍袴(すおうばかま)をはくが、義教や義政の頃は下級武士の服装であり、上流の武士は公家と同様に狩衣(かりぎぬ)を礼服としたので、義政も台子の点茶には狩衣を着用したのであった。狩衣の場合は、烏帽子をかぶり、指貫(さしぬき)を用いる。

こうなってくると、少なくとも上流武家の社会では、将軍家の影響を受けて、礼儀正しい茶湯が勢力を占めてくる。道具の飾り方とか、点茶法とか、服装とかいう外形的なことだけでなく、心の礼も、形から入って自然に整ってくる。

殊更に約束の時刻をたがえたり、茶席で大酒をしたり、博打をすることは勿論、本非の勝敗を争うというようなことも二の次となり、闘茶遊芸は自然消滅の状態となる。茶道への第二歩は、確かに茶礼の成立であり、その貢献者の主なものは義政の同朋能阿弥だったと云える。


珠光流茶道の秘伝書「山上宗二記」によると、能阿弥は向朋衆の中の名人であったという。この場合、名人とは、茶湯の名人のことである。茶湯の名人とは、唐物道具を所持し、目利きも茶湯も上手で、作意も手柄もあり、しかも一道に志の深い者を云い、そのうち歴史上にその名を遺す程の者を特に古今の名人と称し、利休以前の例として、珠光・引拙・紹鷗の三人を挙げている。』
(世阿弥と利休/桑田忠親/至文堂P136-138から引用)

※本非:茶の飲み比べで、最初は栂尾の茶を本、宇治茶を非としていたが、時代が下がると本非が逆になった。
※闘茶:茶の飲み分けで、賞品として、結構な金子、褒美を争った。

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覚者の生業-2

2013-12-20 03:47:45 | ザ・ジャンプ・アウト
◎覚者の生業-2

自我の死と言うと、つい自分だけの死を思い浮かべがちなものだが、自分とともに世界が死ぬ。宇宙のすべてが死ぬ。

覚者の生業を論ずるには、自分だけ死んで再生したのではなく、世界も宇宙も、もろともに再生したという大前提を忘れてはならないだろう。再生とは逆転であり逆立ちであることを世界樹が教えてくれる。世界樹は樹幹は足で、根が頭。

「死ぬということは?」という質問にダンテス・ダイジが答える。
「正確に言うと死ぬということもないというふうに死ぬんだ」(出典:十三番目の冥想/渡辺郁夫編P69)

そして江戸時代の禅僧至道無難は言う。
「何にも執着しない態度で、何もかもするがよい。

生きながら、死人となりて、なりはてて、
思いのままにするわざぞよき。」

両者とも同じニュアンスで死に方を語っているように見える。


一度自分も宇宙も死んだ暁には、自分の本意、本音を誤解することもないだろうから、誤またず生業として天職を選ぶことだろう。

チャクラと七つの身体-63
◎肉体-46
◎覚者の生業-2
【ザ・ジャンプ・アウト 119】

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覚者の生業-1

2013-12-19 03:42:38 | ザ・ジャンプ・アウト
◎覚者の生業-1

ウパニシャッドから始まるインドの聖典を読むと、ひたすら無限の光明の方向に進んでいくが、光明を得た後の生業の立て方には関心がない。インドでは、ニルヴァーナ、モクシャに届いたら、人間世界に戻ることなどに関心がないからである。

一方、人間世界に戻ることをはなから考えているのは日本と中国である。


悟りを開いた人はどうやって飯を食うか。イエスは大工だった。釈迦は乞食だった。孔子は葬儀屋だった。

自分が努力して冥想修行を続けていけば悟るわけではない。自分がそこに行くのではない。悟りのほうが、すべてのすべてである名状しようもない何かの方が、向こうから来る。だから来るが如し。如来という。

職業での成功も、財産を築くことも、家族も、地位も、名誉も権力も、すべて世俗のものは捨てないと、それは来ては呉れない。

ところが自分の全てを捨てると、全世界を得る。自分が死ぬとすべてを得る。自分が死ぬと自分が世界として展開していることを確認できる。

病で九死に一生を得た禅僧盤珪が、『一切は不生にて整う』と語ったのは、この消息である。

覚者の生業とは、万人が光明を得ている社会である千年王国における人々の日常の様々な稼業のことである。地上天国の到来を待たずとも、今でも、どんな人間にも貴賤はなく、どんな稼業にも貴賤はない。大悟の後は、天命としての職業を生きるのだ。

チャクラと七つの身体-62
◎肉体-45
◎覚者の生業-1
【ザ・ジャンプ・アウト 118】

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出口王仁三郎の高熊山修業後の体調

2013-12-18 03:57:37 | ザ・ジャンプ・アウト
◎出口王仁三郎の高熊山修業後の体調

出口王仁三郎ファンなら、霊界物語の最初の方に出てくる、出口王仁三郎が高熊山の洞窟で飲まず食わずの修行をするところまでは、大体読んだことがあるに違いない。
これは断食断水を伴った一週間のクンダリーニ・ヨーガ的冥想修行であって、六度あった死のうちの彼の最初の死はこれであったに違いない。

ここではその後の体調に注目する。
(喜三郎=出口王仁三郎)

『高熊山で霊的に覚醒し、山から下りてきた喜三郎は、しかしすぐにひどい病気になり、動くことも話すことも、目を開けることすらできなくなってしまう。家族は基本的に妙霊教の信者ではあったが、喜三郎のために様々な宗教の癒し手に頼った。

ある除霊師は喜三郎の頭の回りで騒々しく拍子木を打ち鳴らしたし、ある僧侶は、日蓮系の宗派に共通する「南無妙法蓮華経」という題目を唱えながら、喜三郎の頭や尻や手足を数珠で叩いた。太鼓を叩きながら喜三郎のまわりをぐるぐると回るものもいた。

家族は喜三郎に狐か狸が憑いたと考え、その霊を追い出すためにとうがらしや松葉を喜三郎の鼻の下で焚いた。そして、母親の涙が喜三郎の身体に落ちたときから、急速に回復したと王仁三郎は書いている。

高熊山での体験を経た王仁三郎は、世俗の仕事を捨て、霊の神秘を解き明かすことに人生を捧げる決意をする。瞑想を行い、見つけられる限りの霊能力者に教えを請うた。』
(出口王仁三郎帝国の時代のカリスマ/ナンシー・K・ストーカー/原書房P51-52から引用)

死から奇跡的に回復したと言っても、なかなか本復するものではないだろう。よく心停止から○分たつと脳細胞の何割が死滅して云々といわれるように、肉体は壊滅的な打撃を受けるものだから、よくぞこのような状態から回復したものだと思う。

この部分が、腕の確かなグルなしでのクンダリーニ・ヨーガは危険極まりないと言われる部分。しかしながら、真正のグルはこの痛んだ肉体のケアも間違いなくできるものだと思う。チベット密教のポワでも、死後の肉体の回復という課題については全く同じことなのだろうと思う。

出口王仁三郎は肉体を持たないグルにこの時出会っている。
出口王仁三郎は、高熊山で、洋服姿の天教山の皇大神の神使松岡と出会っていた(霊界物語19巻)

天教山(富士山)の皇大神といえば、国祖野立彦神、野立姫神が、火口に身を投げたことで知られるが、この二神の神使が、松岡であろう。

二神がその火口に身を投ずる様は、生道人(なまどうじん)の想像できるようなものではない。「神格偉大にして、神徳無辺なる淤能碁呂島(オノゴロ島)の御本体ともいふべき野立彦神、野立姫神においては、我が身の一端ともいふべき天教山の烈火の中に投じ給ふは、易々たるの業なるべし。」(霊界物語第六巻)

すべてを捧げた身なれば、今さら体調を云々するものではあるまいというところだろうか。

チャクラと七つの身体-61
◎肉体-44
◎出口王仁三郎の高熊山修業後の体調
【ザ・ジャンプ・アウト 117】

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出口王仁三郎の生き返り

2013-12-17 03:30:00 | ザ・ジャンプ・アウト
◎クンダリーニ・ヨーギは六度死ぬ

このブログの基本的主張のひとつとして、クンダリーニ・ヨーガの道を選んだ人ならば、死の世界を極めれば、人は絶対に悪いことをしなくなるというものがある。

明治から昭和にかけての偉大なクンダリーニ・ヨーギ、出口王仁三郎は、五、六度死の世界に入っていると告白している。そして、生きているうちに死後の世界がわかると何が善で何が悪かわかる(五倫五常)とも言っているので、その主張しているところは同じである。

生きながら死の世界に入るという意識の極限状態を経ないと、本当の愛、本当の善などわかるものではないのである。だから宗教教義の教育習得だけで、愛と善に生きることなど決して出来はしないとも言うことができる。

『私は五六度死んだことがあるが、生きかへつてから後も二週間くらゐはひどく疲労れたものである。元来生の執着は神様より与へられたものであつて、結構なことである。三十才の生命を神様より与へられてをる人が十五才にして自殺したとすると、十五年の間霊は迷うてゐるのである。

しかのみならず霊界へ行けば総てが決まつてしまふから、人は現界にある内に十分働かして貰はねばならぬ。人生の目的は地上に天国をひらくためであるから、魂を汚さんやうにすることが一番大切なことである。刀身がゆがむと元のさやに納まらないごとく、魂が汚れゆがむと元の天国にはをさまらぬ。

人間に取つて一番大切なことは何といつても生きてゐるうちに死後の存在を確かめておくことである。死後の世界が分かると五倫五常が自然に行へる。倫常を破るといふことは自分の損になることがハツキリ分かるからである。

人間は死後の世界を研究してから仕事をするがよい。私は人生問題になやんであるときは爆弾を抱いて死んでやろうかとさへ思つたことがある。神様の御恵みによつて何もかも知らして頂いて歓喜に満ちた生活に入ることが出来たのであるが、当時の悩み悶へ、苦しみ、幾度か死を考へたことほどそれが痛切であつたのである。』
(水鏡/難き現界/出口王仁三郎から引用)

出口王仁三郎の場合は、生き返っても2週間くらいは体調が戻らなかった由。

◎チャクラと七つの身体-60
◎肉体-43 
◎出口王仁三郎の生き返り
【ザ・ジャンプ・アウト 116】

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