アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

七支刀

2012-05-31 06:15:27 | チャクラと七つの身体
◎古神道のチャクラ

七支刀といえば、奈良県天理市の石上神宮に六叉の鉾として伝えられていたのだが、明治になって、日本書紀にある神功皇后の時代に百済の国から奉られた七支刀とはこれではないかと騒がれ、今は国宝となっている。

碩学宮崎市定による銘文の解釈は、
表面:泰始四年五月十六日丙午正陽 造百練鋼七支刀 呂辟百兵 宜供供侯王永年大吉祥
<解読>
泰始四年(468年)夏の中月なる5月、夏のうち最も夏なる日の16目、火徳の旺んなる丙午の日の正午の刻に、百度鍛えたる鋼の七支刀を造る。これを以てあらゆる兵器の害を免れるであろう。恭謹の徳ある侯王に栄えあれ、寿命を長くし、大吉の福祥あらんことを。

裏面:先世以来未有此刀 百□王世子奇生聖徳 故為倭王旨造 伝示後世
<解読>
先代以来未だ此(かく、七支刀)のごとき刀はなかった。百済王世子は奇しくも生れながらにして聖徳があった。そこで倭王の為に嘗(はじ)めて造った。後世に伝示せんかな。


この銘文を見ると火徳の最も盛んな丙午日の正午に鍛造したとあり、干支の基本に忠実だが、だからこそ、その銘文におけるクンダリーニ・ヨーガのレベルは、やや怪しい印象を受ける。日干の運用は実星によるのではないか。またこれは刀ではあるものの、実戦用ではなくて儀式用であることは定説のとおりであろう。

七支の形状は、いうまでもなく頭頂サハスラーラ・チャクラにあたるのが剣尖であって、以下の6チャクラが左右交互に下方に配置される。例のユダヤ教の燭台も七支であるが、燭台にろうそくをともすという実用の用途があるせいか、七つの枝はすべて上方を向く。この日猶デザインの差は、天皇は男系だが、ユダヤ人は女系ということと関係があるのではないか。

日本のクンダリーニ・ヨーガといえば、古神道であるが、当時既に百済でも日本でも古神道風のクンダリーニ・ヨーガが国家にオーソライズされたものとして存在していて、その延長線上に、それを前提とした七チャクラのシンボルである七支刀が国家的進物とされたということなのではないかと思う。

このことは、7世紀の役行者が日本にクンダリーニ・ヨーガである道教を持ち込んだが、既に日本には古神道のクンダリーニ・ヨーガが存在しており、役行者の道教はうやむやのうちに揉み消されたという真相につながっていくように思う。

ここは5世紀日本の支配的宗教は既に古神道であったことが確実と思われるということ。



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王仁三郎と日月神示のひな形神劇

2012-05-30 06:07:09 | 時代のおわり
◎中国と共産主義の脅威など

「王仁三郎と日月神示のひな形神劇/伊達宗哲/徳間書店」は、出口王仁三郎予言とフリーメーソン陰謀論を中心に世の大峠を推理した作品。アメリカロシアが最終戦争の軸になると書いてあるが、中国は関与しないのだろうか。というか中国の脅威についてほとんど触れられていないのは、この本が出された2010年には、念頭になかったのだろうか。

今やアジアの環太平洋諸国は中国の脅威を無視することはできないし、オバマ政権も2011年前半頃からそれまでの中国宥和政策を180度転換させて、軍事的政治的にはアンチ中国路線に転換した。経済的には違うけれど。

これは1950年代から行われた中国封じ込め作戦のリバイバルみたいなものだが、当時米国の国力は頂点を極めた時期であったのに対し、今や米国のアジア島嶼国における基地は、フィリピン、台湾と徐々に撤退し、沖縄海兵隊も撤退が日程に上がり、韓国でも戦時指揮権を米軍が韓国に返上する日程がほぼ固まり、軍事的には中国周辺の米国の長期的凋落は歴然としている。よって、こうした政治的軍事的封じ込めが成功するかどうかは未知数である。

それからこの本(王仁三郎と日月神示のひな形神劇)の世界観の特徴は、共産主義に対する脅威の意識が強すぎること。
旧ソ連崩壊以後、まともに共産主義をやっているのは、中国と北朝鮮とキューバくらいのものとなり、共産主義国は今や世界のレアものとなった。その中国も小平改革以後“国家資本主義”とも称されるようになり、ピュアな共産主義とはいえない。こうした状況を踏まえれば、共産主義の脅威と言えば世界中で正味2か国程度であり、脅威といえるのかどうか。

冷戦時には確かに米ソ軍事的2極と言われたが、その2極は、相互に軍縮交渉を重ね、緊密なコミュニケーションにより安定したバランスを取り続けてきた。今やもう一つの極である中国は米国からのたび重なる核軍事力削減交渉に応じておらず、世界の鬼っこみたいな形になっている。

こうした異形な中国の存在は、そのインバランスだけではすべてを語ることはできなくて、むしろシンボリックなトピックであって、他の核保有国であるパキスタン、インド、イスラエル、南アフリカ、北朝鮮に加え今後のイランなど核拡散の問題が地政学的な軍事バランスを突然崩す可能性が高まっていることが、現代の軍事バランスのもう一つの特徴と言えよう。共産主義国の脅威ってのはとてもレトロな見方になってしまったのだ。

そしてギリシア問題を発端とした通貨ユーロ危機の問題は、事実上のギリシア破たんを前提に動きだしており、ユーロは今後危機から混乱の時代に入って行く。そしてその影響は欧州のみならず、米国、アジアにも広がっていく。

政治、経済、軍事こうしたものを、神典、予言の類からそれを想像において追う時期は過ぎ、既に現実の大峠の坂を上りつつあるというのが最近の印象である。


※弊ブログのトータル訪問者がついに昨日1百万人(IPベース)を突破しました。長年のご来訪感謝いたします。


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テレビが広める暴力

2012-05-29 06:12:04 | マインド・コントロール
◎暴力が娯楽として広められる

オウム真理教の信者が殺人を行ったのは、洗脳からではなく、組織人としての論理からだったようだ。しかし、人間本来の道徳律である善を行い悪をしないという規範を忘れ、そういう邪な論理を受け入れやすくするために、あるいはそういうことに気が付かせないために、思考させないことやどうでもよい情報提供、あるいは利己肯定、暴力肯定を中心とした洗脳が、テレビでは日夜行われている。

『テレビが広める暴力

第l章でも見たように、現在、テレビはますます過激になってきている。この三十年のあいだに娯楽番組は非常に暴力的になってきた。今や娯楽番組を見れば、他人を蹴落としたり、屈辱的な行為をしたりさせたり、といったことのオンパレードである。

テレどはとにかく「面白く」するためなら何でもしてきた。辛辣な言葉を浴びせ、他人を攻撃し時には身体的な暴力もためらわない。そういうものが「生の迫力を持つ」番組としてもてはやされているうちに、私たちの中にも「暴力を暴力と感じない」風潮、が生まれてきた。今では「面白くするためなら何でもあり」といった様相を呈している。

若者たちを一つの場所に閉じこめて逐一その模様を放送する「シークレット・ストーリー」や、無人島でサバイバルをさせる『ランタ島』など視聴者参加型の過激なバラエティ番組では、これまで恥ずべきことであり隠すべきだとされていたものが、大々的に流されている。そこでは、生身の人間が自分が生き残るためなら他人を傷つけ、追い落とすのもいとわない姿が当然のように、娯楽として映しだされている。ドラマや映画のようなフィクションなどではない。私たちと同じような人々が精神的、身体的な暴力をあからさまに見せているのだ。しかもそれは笑いにくるまれて「楽しい見せ物」と化している。

こんなふうに「暴力」が娯楽として提供され、繰り返しそういった映像を見ていると、どういうことが起きるのか?私たちは次第にそれに慣れてしまうのである。あんなふうにふるまうことは普通だ、あんなものは暴力のうちに入らないだろう、と考えるようになり、今では、「暴力を暴力と思わない」風潮ができつつあるのだ。』
(死のテレビ実験/クリストフ・ニック/河出書房新社P265-264から引用)

こうした暴力を暴力と思わない傾向は若い人ほど顕著であり、また最近駅での暴力が多いのだが、これがその原因の一つではないか、その「暴力を暴力と思わない傾向」は酔って潜在意識が出がちになる条件の下、たちまち暴力行為として現出しているのではないか、などと思う。

冥想はそうしたものの対極にある。

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うしかひ草-師走

2012-05-28 04:25:06 | 只管打坐
◎市くらに入る

うしかひ草12か月の最終月。
『市くらに入る

あれたる竹のあみ戸をひきたて、ひとりふるまひゐけるほどに、また人のとふこともなし。いにしへしれる人もあれど、とめあはむなどすることもなく、かついね、かつおきて、ただ心のままなり。

人にあへども、たれ人といふことをしらず、さすがしらぬにもあらず、われながら心えられぬさまなり。

ころしもしはすのなかばになりぬ。
はるちかきおりふしとて、野かた山かた、ここかしこ、市たちていそいそしければ、むねあらはにかたぬぎはだし、つるはぎ、ふくべなどこしにつけ、ほほゑみたてるを、いち人子どもなどの、わらひあヘるもおかし。

たなによりゐて、すずろにとありかかりとものうちいひつつ子どもどち、をどりもてゆくみちすがらうたひける。

ふれふれこゆきたむばのこゆき、いたいとの、とゐどのとゐがむすめ、かぢはら、てふちてふち、あはあは、かぶりかぶり、しほのめ、あいやの、ほろほろ


春ちかきとしのくれなりおもしろし
をどれやおどれおどれうなひこ
わが年のおひにけるかないくつねて
はるになるぞと人にとふまで』

荒れた竹の網戸を引き立てたまま一人住まいしているうちに、また人の来訪することもない。
昔のことを知っている人もあるが、求めて会おうなどとすることもなく、寝たり、起きたりしてただ心のままである。
人に出会うけれども、誰かということを知らず、さすがに知らないでもないので、我ながらしっくりしない。
頃しも12月の半ばになった。春近い頃とて野の方山の方ここかしこに市が立っていそいそしているので、胸あらわに肩脱ぎはだしで、服は短くつんつるてんで、腰に瓢箪をつけて、微笑んで立っているのを、行く人子供などが笑い合っているのも興趣がある。

棚によりかかって、自然にあれこれとものを言いながら子供たちが踊って道を行きながら歌うには、
降れ降れ小雪 丹波の小雪云々。


この踊る様は、寒山拾得の仕官を誘われて笑って逃げる笑顔にも似る。異次元の風光に晒された後に、この世に戻って来たならば、笑い踊るしかない。

うしかひ草は以上で完結だが、中国産の十牛図に比べるとよほど淡々とした味わいである。



うしかひ草-睦月(心をおこすの段)
うしかひ草-如月(家を出ずるの段)
うしかひ草-弥生(牛を尋ねるの段)
うしかひ草-卯月(足あとを見る)
うしかひ草-五月(牛を見る)
うしかひ草-六月(牛を得る)
うしかひ草-文月(牛をかふ)
うしかひ草-葉月(牛にのる)
うしかひ草-長月(牛を忘るる)
うしかひ草-神無月(牛人ともに忘るる)
うしかひ草-霜月(家に帰る)


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NHKスペシャル未解決事件「オウム真理教」

2012-05-27 07:39:17 | 時代のおわり
◎気が弱い人々

教団の武装化と暴走の原因を探るという視点からのドキュメンタリー。
古参信者の女性の方は、ニューナルコという記憶喪失処置を10回も受けさせられたからこそ、無事だったのだろう。

印象に残ったのは、麻原に対して宗教教団設立を進めた人物の麻原に対するアドバイス「気の弱い人間が宗教には集まってくる。そんな連中を魚釣りのようにどんどん吊り上げればいい」。

麻原にとって教団は、権力欲を実現するための手段であって、ハルマゲドンもポアもサリンもそのプロセス上のアイテムに過ぎなかったわけだ。

気の弱い部分とは、自分の感性に誠実であるという部分であって、気が弱いと往々にしてこの世を渡りづらいことになる。しかし、無常を感じるというのは、他の現代人から見れば気が弱いと見られがちである。なぜならば、現代人は人を功利性、自分へのメリットの有無の点から見がちだからである。

しかし人は、その柔弱な部分なくして、「本当に生きる」という方向に向かうことはないのではないか。

一連のオウム関連事件から既に17年も経つが、真相は明らかにされていない。番組では、1988年後半から麻原の念頭に武装化があった可能性を指摘していた。同年上九一色村の3県県境に本部を設置。

たとえば上九一色村の3県県境に本部を立地するのは、警察の手入れを受けにくいというのは当時からテレビでも言われていたことであって、そういうような専門の警察知識、化学兵器製造・使用、武器製造、テロなどの軍事知識、資金や部材調達と決済、対マスコミ・対政界対策など広範で専門的な情報を与えうる組織がその頃から深く関与していたのであろう。高学歴でも素人の集団が為しえる技ではない。そうしたことが事件後20年にもなろうとするのに真相が明らかになっていない原因なのだろう。

求道方面でいえば、悟っていない者が本物のグルを見分けるのは困難であることを改めて思った。充分な社会常識や少々の宗教知識や少々の無常感を持っていたあなたであっても、その人が悟った人かどうかを断定することはできないのだ。また悟っていない者同士が大勢集まってもリーダーが悪いと暴走することがある。

この一連の事件の結果、かなりの人が現代宗教、宗教教団、そしてその教祖についての欺瞞性を知ることになった。教団を維持していく以上は必ず商売の部分(信者からの金の吸い上げなど)があるのだが、そこを強調して、宗教すべてが宗教商売であるとか、無名のグルの宗教はカルトだみたいな先入観を世間に与えることになったのは、遺憾なことだった。

1995年はちょうど、OSHOバグワンクリシュナムルティなど、20世紀をリードした覚者たちが亡くなってまもない時期であり、実にタイミングが悪いと思うと同時に、グル・マスター・師匠をあてにせず、本当に自分自身が悟りに向かわねばならないのだと考えさせられたものだった。


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出口王仁三郎の本当の気持ち

2012-05-26 07:14:36 | 古神道の手振り
◎外道悪魔と世間から蔑まれる

これは、出口王仁三郎自身が霊界物語で、自身の本当の気持ちをわかりやすく述べた部分であると指摘した部分(新月の光/木庭次守編)。

まずは、 信仰の為ならば、地位も、財産も、親兄弟も、知己も、朋友も一切捨てる。そういうことを言うとカルトだと言われがちだが、本物の宗教、求道は古今東西そんなものだ。

次に一切の執着を離れた境地がある。

そして主の再臨を待っていること。再臨すれば、主は刃を出す。すなわち、役人を中心とした世の金持ち、権力者が、白昼強盗のように大手を振って税金、社会保険料などの名目で、貧乏人から金をむしり取る。その結果、貧乏人は生き血を抜かれ痩せ衰える。
こうした時代には、主が刃を持ってあらゆる暴虐の舞台である社会、文明、神知らぬ者どもを立て替えるのだが、立替メニューには、大震災あり、食いつめて無政府状態の民衆暴乱あり(さすがのノーテンキJAPANでも、まもなく起き始めるのだろう)(参考:霊界物語68巻第三篇 民声魔声 第九章 衡平運動(霊界物語はネットでも読めるサイトがあります))。
後に主は再臨したのだろう。


最後に出口王仁三郎自身は、悪人のようにそしられて外道悪魔、地獄一定なんて言っているが、それは彼の感慨。

主が再臨するかどうかで気をもむより、日々冥想を。

『皆様、主は「我が来るは平和を出さむ為では無い。刃を出さむ為に来れり」と仰せられてゐるでは在りませぬか。吾々は主再臨の好時期に生れたものですから、余程の覚悟を致さなくては成りますまい。

現代人の多数は宗教の力に依つて、或は絶対的信仰の力に依つて、真善美の行為を現はし、家庭の円満を企画し、自己の人格を向上し、社会国家を益せむものと焦慮してゐる様で厶いますが然し私は思ふ、ソンナ怪智くさい考へを以て信仰が得られませうか。刃を出す覚悟が無くては再臨のキリストに救はる事は出来ますまい。信仰の為ならば、地位も、財産も、親兄弟も、知己も、朋友も一切捨てる覚悟が無くては駄目です。

信仰を味はつて家庭を円満にしようとか、人格を向上させやうとか云ふやうな功利心や自己愛の精神では堂して宇宙大に開放された、真の生ける信仰を得る事が出来ませうか。自分は世の終りまで悪魔だ、地獄行きだ、一生涯世間の人間に歓ばれない。かうした悲痛な絶望的な決心が無くては、此の洪大無辺にして、有難い尊い大宇宙の真理、真の神様に触れる事が出来ませうか。

某聖者が地獄一定と曰はれたのは此処にある。某聖者は世を終るまで悪人たる事を覚悟されてゐた。主イエス・キリストも神様の御命令とあれば何事も敢て辞さないと曰ふ覚悟を持つて居られたのであります。

一切の囚はれより、一切の慾望より、一切の執着より、真に離れ去つた時、それは真に胸中無一物、空の空であり無の無である。その時の心境こそは鏡の如く晴れ渡り、澄み切り、総ての事象は如実にその心境に移り来る。その時こそは真に絶対の自由と平安と、幸福は立どころに与へられ、さうして過去の一切の経験は一つの偉大なる力となつて、現在の一点に躍動するものであります。

即ちこの瞬間の一点を踏みしめ踏みしめ凝乎と足許を見極めて精進するやうになれば、そこに所愛の創造があり、進化があるのです。

私は平素この精神を以て信仰生活を終始して居るのです。私はこの僧院の司教として斯る信仰を持し、聖キリストの再臨を待つて居るのですが、世間の一般からは外道悪魔の様に批評されてゐます。』
(霊界物語64巻下第一章復活祭)


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古代エジプトの女王の魔術

2012-05-25 06:13:46 | 超能力・霊能力
◎魔術への感性

古代エジプトの女王の魔術は、極端に文盲の多い社会での文字、意匠の潜在意識に与える影響をまず考えさせられるものだ。
『マスディによる次の話は、エジプトの寺院の碑文や神々の像に関してアラビア人たちの抱いた見解を説明して余すところない。

ファラオの軍隊の多くが紅海で溺死したとき、女や奴隷たちはシリアや西洋の王たちに襲撃されないかと心配した。この難局にあたって、彼らはダルーカーという婦人を女王に選んだ。なぜなら彼女は賢く慎重で、魔術に巧みであったからである。

ダルーカーのとった最初の行動は、エジプト中をすっかり塀で囲み、短い間隔に兵士を配置して守らせることであった。その目的は、エジプトを遊牧民族の侵略から守るのもさることながら狩りにうつつをぬかしている自分の息子を野獣の襲撃から守りたいということにあった。このほか、この囲みの回りに、ダルーカーは鰐やその他の恐ろしい動物の像を置いた。

その三十年の治世の間に、彼女はエジプト中を自分の寺院や動物の像だらけにした。それからまた隣国をはじめ、シリアや西洋の住民たちをかたどった像、ならびに彼らが乗りまわす動物の像を作った。寺院の中にはあらゆる自然界の神秘や、鉱物、植物、動物の包含する誘引力と反発力を集めた。

彼女は悪魔の力を借りた魔法を、周転する天体がより高度の力に服するその瞬間に行なった。
エジプト攻撃のための軍隊が、アラビアなりシリアなりの、どの地方からでも出発すれば、女王は兵土と彼らが乗る動物の像を地下に埋没させた。すると同じ運命が、像がかたどる生き物に、どこにいようと、たちまち襲いかかって、像の破滅は必然的に敵の軍勢の破滅をもたらすのであった。

要するに、塀に彫ったり描いたりした神々の大きな像や、それと一緒彫られた象形文字の碑文は、それを読むことも理解することもできない者たちには、まさに護符の役目をする魔法の像や呪文と全く同じと考えられたのである。』
(古代エジプトの魔術/E.A.ウォーリス・バッジ/平河出版社P33-34から引用)

文盲の人々は迷信に左右されがちなものである。それと同様に無神論社会に生きる人々もたとえば宗教禁止の中国人たちや、神など信じない大半の日本人たちも、往々にして震災などの自分の生存を脅かされる可能性を目の当たりにしたとき、迷信深くなりがちなものである。

女王ダルーカーの地下に埋めた像がシリア軍に襲いかかるのを誰が眼前に確認したのだろう。それはこの物質世界で起きたのか、アストラル世界で起きたのか。
結果的にシリア軍はエジプトを攻撃しなかったかもしれないが、その理由は像の攻撃だったのか。

こういう話で思うのは、まず誰もが霊能力者であるわけではないということ。いわば霊能力者だけがそういう世界で生きていることをまず想起しなければならないだろう。

しかし今の日本人は政府と企業にコントロールされた情報を、スマホやネットやテレビを通じて日夜流し込まれている。こういう情報を受け取る日本人の精神は、無神論が通常だからオカルトを信じやすくなっているうえに、若年層では幼児期から成長期でのテレビ・ゲームのやり過ぎでボディの臍付近に穴が開いている人が多く、そうしたこの世ならぬものの影響を受けやすいと来ている。いわば霊能力者もどきが多数闊歩しているのだ。そんな人達でも只管打坐で行けるのだろうか。

エジプトの女王は、天体を見て魔術がもっとも効果的に行われる時間帯に行使した。東京スカイツリーの開業が日蝕日をはずしたのも、そういうことを承知した人間が背後にいたのだろう。



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ウェールズのある町の水没

2012-05-24 06:08:58 | 時代のおわり
◎谷は水に覆われ湖と化し

英国ウェールズにも町が水没した伝説が多い。これは、バラ湖の話。
『バラ湖に水没した国の領主は民の苦しみを省みることもなく贅沢の限りを尽くし、その悪名は広く知れ渡っていたという。

そんな君主の耳元で「第三代目に報いを受けるであろう」とささやく声が何度も繰り返される。にもかかわらず、警告を無視して領主一族は遊蕩を続けていた。

孫の誕生を祝う宴会の席がある晩催され、招かれた貧しい吟遊詩人の耳元で「報いが近い」との声が聞こえる。
小鳥が一羽、吟遊詩人を宮殿の外へと招き、そして誘われるまま、吟遊詩人は丘に迷い込んでしまう。

一晩丘の上で過ごし、翌朝目を覚ましてみると、谷は水に覆われ湖と化し、見えるのは朝日に光る水面だけであったという。(Rhys,II,408-410.)


一説によれば、湖には竪琴が浮いていたとも、風のない日に水面から湖底に沈む宮殿の尖塔が見えるともいわれている。洪水の後、沈んだ町の教会の音がきこえる、あるいは竪琴が鳴っているなど、水没前の名残を示す挿話はよく洪水伝承には見受けられるが、このウェールズの伝承もその例のひとつであろう。』
(世界の洪水神話/篠田知和基.丸山顕徳編/勉誠出版P224-225から引用)

三代目と言えば北朝鮮だが、ここは、日本人全体を遊蕩を尽くす領主一族として見てみる。

終戦時の若者の孫も既に成人となって、3代目となる時期。神の側から見た遊蕩とは、神知らぬままに衣食住の足りた生活を続けることこそ遊蕩なのではないかと思うようになってきた。(文字通りの遊蕩は論外だが)

これはアメリカの禅僧嶋野栄道氏の日本文明観にも通ずるところがある(日本は良くなり過ぎた。)。

神知る者の日常は、神知らぬ者にとっては、別の世界のことなので論じない。神知らぬ者たちにとっては、「一日一日が、なぜ神知らぬ自分がこんな衣食住の足りた生活をできるのだろう?これぞ神秘。」とでも言うような日常なのではないかと思う。

既に日本は、東日本大震災、原発事故と充分な警告が起こった。政治と経済の他にやるべきことがあるはずだが。


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津波の予告

2012-05-23 06:14:58 | 時代のおわり
◎神の生き宮

明治34年生の沖縄の老爺が八重山の大津波予言を語る。

『【事例一】 人魚と津波(読谷村伊良皆伊波厚徳・明治三四年一〇月二二日生)
今から、百八〇年前の話だが、八重山に、白保という部落があって、一〇人ぐらいの人は、部落の人と意見が合わず、その人たちは上原という所に、所払いにされていたそうだ。ある日、(その所払いになっている人たちが)網を張って、翌日行ってみると凄く大きい魚がかかっていた。「これは、見たこともない魚だが、何という魚だろう。人魚という物じゃないだろうか」と考えたそうだ。

これは、今のジュゴンというものだそうだ。そして、「こんなに大きな魚がかかってきたんだから御馳走になろう」と言って、包丁で殺そうとしたら、「助けてくれ」と叫んだ。「珍しいことだなあ、魚なのに叫び声を出すなんて」と思っていた。

するとその魚が「私は、実は、一大事なことをお知らせに来たんだが、網にかかってしまった。実は、明日の何時に、大津波が来るからね、高い所に避難しなさい。そして、近くの部落にも知らせてくれ。これを知らせたくて私は来たのだが、貴方たちの網にかかってしまった。貴方たちに合図したんだがね。
三日三晩、もう、笛吹いてみたんだが、聞こえなかったのかね」と言った。

「ああ、なるほど、聞いた覚えがある」と言ったんでしょうね。「それはどうも有難う」と言って、その魚を放したそうだ。そこで、「仲の悪い部落の人達にも知らせなければならない」と、再三知らせたけれども、村の人達は「また嘘をついて私達を騙そうとするのか」と言って、ちっとも聞き入れなかったようだ。

そして、翌日、その日になると、ずっと沖の方まで潮が干いた。それで、この部落の人達は皆な、海に魚取り貝拾いに行って、もう持てないくらい拾った。どんどん拾えるので面白くて、時の経つのも忘れていた。

その時急に、ずっと沖の方から、天に届くほどの波が寄せて来たわけさ。大波が寄せて来たので、悲鳴をあげて逃げたが、もう間に合わず、海に行っていた人達は、皆、波にさらわれたそうだ。

そういうことで、この部落には人が居なくなったので、新しい村を造るため離島の黒島から募集した。そして、新部落は浜の方には造らずに、ずっと上の方に造ったのが、今の白保部落だそうだ。また、あの村造りの時には沖縄から役人を使わした。皆を励ますために、あの白保節というのは、その頃に出来た歌なんだそうだ。(『伊良皆の民話』昭和五四年三月三十一日読谷村教育委員会・歴史民俗資料館発刊)』
(世界の洪水神話/篠田知和基.丸山顕徳編/勉誠出版P294-295から引用)

この世に生まれてきたからには、現実生活においても為すべき何かはある。だから津波の噂を聞けば生き延びる算段をするものだ。
さりとて人はパンのみに生きるものに非ず。人は神の生き宮としても生きるもの。それであってはじめて、その人に真善美がある。


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尼さんはつらいよ

2012-05-22 07:09:33 | 冥想アヴァンギャルド
◎渡る尼寺は鬼ばかり

「尼さんはつらいよ/勝本華蓮/新潮新書」では、実際にご自分が寺に入って尼寺の実態を暴き出したドキュメンタリー。求道の方面はあまり書かれていない。

勝本さんは、世間中の俗世間であった尼寺を出て出家した一人(寺を出て出家する)である。いわゆる尼寺の下働き生活では、一日に10分マントラを唱えるのが出家らしい行為であるというのでは、何のために出家して尼寺に入ったのかわからない。尼寺にいては体力も落ちてどうしようもないというので有名尼寺を出たのだ。

渡る尼寺は鬼ばかりであって、炊事洗濯掃除を自分でやるのは仕方ないとして、戦前に寺に入った老尼に「尼が勉強するとロクなことはない。口ばっかり達者になってちょっとも働かん」などと真っ向からいやみを言われたり、そんな中で毎日体力の限界まで雑用をやらされていた。

この尼さんたちには、一人一人にお気に入りの猫がいて、それぞれの尼さんが自分の猫を猫かわいがりして、マグロの刺身や岡山の高級ちくわなどの高級食材を猫ちゃんに与えていた。猫嫌いな勝本さんは、この愛欲の様を見て、「動物をかわいがる人は心がやさしい」どころではなく、ペットに執着しているように見えた。その上周辺の寺から尼僧が集まる会での話題は犬猫であって仏教のぶの字もなかったという。

勝本さんはこの尼寺の苦い経験の後、大学院に入り直したのは、志があることだったと思う。なかなかできることではありません。

尼さんは絶滅寸前というが、一方で求道の志のある女性は少なくない。またこの本を見るかぎり、尼寺にも、これぞという尼グルはいなかったようである。よって今の時代は細々と在家で修行するしかないのだろう。仮にちゃんとしたメディテーションセンターがあったとしてもちゃんとした指導者がいなければ実は上がるまい。やはり冥想修行においてグルの存在は大きい、と改めて思った。




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うしかひ草-霜月

2012-05-21 02:26:14 | 只管打坐
◎家に帰る


『家に帰る

やうやう家にかへりて、むかしすみつる竹のあみ戸のうち、見いれ侍れば、しほりもなく、かきねもくづれぬ。いくほどもあらぬに、かばかりあれはてむとは、おもはずながら、さし入てみるほど、まやののきばも、くちはてて、たるひはあれど、ならびあしとみゆ。

やり水のこほりに、おちばのかたよりとぢてしづくのおとなひもたふるこそ、見るめもわびし。

かべあらはに、さむきあらしのうちふぶきたるならでは、こととひかはす人だになくて、なかなかあらるべしともおぼヘず。

さりとてすみすてむわざにもあらざりけりと、おもひつづけて、おりながら見るに、いまめかしからぬ庭の小さざ、のいろ、むかしにかはりたるさまもみヘず、すべてなにとなくすみなして、わざとならぬこそ、見どころおほけれ。

いたづらにあられふるなりわがいほの
にはの小ざさのいろはかはらで

そめねどもおのがいろいろおのづから
ゆきはましろにまつはみどりに』

ようやく家に帰って、昔住んだ竹の網戸の内側を覗いて見ると、枝折戸もなく、垣根も崩れていた。大した年月でもないのにこれほど荒れ果てようとは、と、思わず踏み入って見ると、馬屋の軒端も朽ち果て垂樋はあるが並びが良くなく見える。

鑓り水の氷に落ち葉が片寄って固まって滴の訪れが絶えているのも、見る目もわびしい。

壁があらわで、寒い嵐の吹雪いているところで、言葉を言い交す人さえもなく、なかなか良い状況とはいえないと思った。

そうとは言っても住むのをやめることもないのだったと、思い続けて見てみると、今風ではない庭の小笹、松の色、昔と変わった様子も見えず、すべて何となく住みついて、わざとらしくないところが見どころが多いことだった。


十牛図では、第九図にあたり、体験とはいえない体験、大死一番を経て、人間世界、娑婆世界に戻ってくるところ。異次元の風光が彼の皮膚感覚に残っていることが文章中の随所に感じられる。


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北フランスの自由心霊派なる異端

2012-05-20 07:28:19 | キリスト者の秘蹟
◎人が全的に神に変容するとき

14~15世紀、北フランスの自由心霊派と呼ばれるキリスト教の異端の話。

『異端者たちが、聖母やキリストは、〈霊的に繊細な〉者の必要とする完全性にまだ到達していなかった、と言い切った例は数多く記録に残されている。そして自由心霊派の先達自身が、自分の体験のきわめて詳細な報告を残しているのである。

最初に訪れるのは、初心者が自己放棄および自己拷問から絶対的受身無関心の涵養に至るまで、自分の意図する精神状態に達するように工夫されたさまざまなテクニックを実習する期間である。

それから、数年間続く錬成の後に功徳があらわれる。ある先達はこう語っている、
「人が全的に神に変容するとき、自由の霊もしくは自由心霊に到達する。この融合はまことに完璧であるために、聖母マリアも天使たちも、人と神との区別をつけることができない。

そこで、人は神から流出する前のその人の始源の状態にもどるのである。人は、そのかたわらに置けばすべての造られた光さえも闇や暗黒にひとしくなるあの本質的光によって照らされる。人は自分の願いに応じて、父なる神とも子なる神とも、また聖霊ともなることができるのである」。

このような主張は、自由心霊派兄弟団の中では決して例外的なものではなかった。』
(千年王国の追求/ノーマン・コーン/紀伊国屋書店P177から引用)

人が全的に神に変容するとき、自由の霊もしくは自由心霊に到達するなどということが異端であると直観できる人が、今の時代にどのくらいいるのだろうか。個人の価値観自由で、宗教だって神のありかただってなんでもありの時代。だからこそ自分が本物を見分ける嗅覚を持たないと、何度も騙されることになりがち。

そうした嗅覚は、自分の力だけでは持ちえないということもあるし。


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八角形の建物と道教

2012-05-19 06:20:30 | 道教
◎天武天皇から後醍醐天皇

八角形の建物と言えば、周易の八卦あるいは風水を意識したものだから道教のものだろうという説になる。木造建築は、火災、兵火であまり残っていないのだが、有名どころでは、徒然草の吉田兼好ゆかりの京都吉田神社の大元宮がまず道観だろうという話になる。

そして八角墳。7世紀中頃から8世紀初頭まで、舒明天皇陵の段ノ塚古墳、天智天皇陵の御廟野古墳、天武・持統合葬陵の野口王墓古墳、文武天皇陵の中尾山古墳のように、天皇陵は八角墳(封禅書では八角形の壇上で天子が天を祀る)となった。道教に傾倒したと思われるのはまずは天武天皇だが、この世紀は、前後の天皇を含め、実はずっと道教メインだった可能性が疑われる。

時代は下って、白河天皇の御代に、代々の天皇の尊崇を受けた京都白河の法勝寺に1083年に高さ約80メートルとされる八角九重塔が建立され、京都じゅうからよく見えたが、1208年)にこの塔が落雷で焼失。このときは栄西が大勧進になって再建した。これは今は残っていないもの

奈良吉野の金峯山寺は、後醍醐天皇が一時身を寄せていたあたりだが、ここになぜか八角の建築がある。それが八角三重塔で、後醍醐天皇の南朝時の住まいがあった場所に、建てられたものとされる。

八角は、皇室のシンボルである菊花紋16弁の元ではあり、また道教独自のものであるとは言えないところがある。というのは地水火風の4大のそれぞれに、陰陽ないし表裏などのサブディレクトリーを設ければ8になるだけのことだからである。ただし、日本の建築土木の八角ものの由来を考えると、どうしても道教、それも道教を国教とした唐の影響に思い当らざるを得ないのである。

後醍醐天皇は、時代が飛ぶので、吉野に依った動機が何かあったのだろうと思う。


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ノートルダム大聖堂の狙い

2012-05-18 06:23:47 | キリスト者の秘蹟
テンプル騎士団と両性具有

『騎士団の「規則」の起草にあたり、クレルヴォーのベルナールは、騎士全員が「ベタニアとマリアとマルタの家に服従すること」、という条項を設けた。

このことから多くの研究者が長年主張しているある説の信憑性が高まる。騎士団とシトー修道会が資金提供し影響をおよぼした偉大なノートルダム大聖堂は、教会の教えにあるようにイエスの母マリアに捧げられたのではなく、実際にはマグダラのマリアと彼女が産んだイエスの子に捧げられた、という説だ。

秘儀的な伝統では、マグダラのマリアは「聖なる知恵の象徴」である。

またナザレ派では、マグダラのマリアは伝統的に「ソフィア(聖なる知恵)」の星の冠をかぶり、イシスの女性神宮さながらに黒いドレスをまとった姿で表わされる。そして、彼女の幼子は王位を示す金の冠をかぶっているのである。』
(シンボル・コードの秘密/ティム・ウォレス・マーフィー/原書房P180-181から引用)

ベサニヤのマリアとマグダラのマリアは同一視され、マルタの話は、以下の聖書の話が起源である。
『さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村(=ベタニヤ村)に入られると、マルタという女が喜んで家ににお迎えした。彼女にマリアという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。

ところがマルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ、妹が私にだけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃてください。」

主は答えて言われた。「マルタ、マルタ、あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、ひとつだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」』
(ルカによる福音書10章38~42節)

地母神のシンボルとしてのマリアと個我の極点である男神イエスの合体は両性具有に行きつく。それは、十牛図では忘牛存人なのだが、その意義をノートルダム大聖堂に封じ込めたというわけである。一つのご神業というべきであろうが、ノートルダム大聖堂は、そういう目的での効果的な冥想センターたりえたのであろうか。



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うしかひ草-神無月

2012-05-17 06:11:27 | 只管打坐
◎牛人ともに忘るる

『牛人ともに忘るる

ころはかみな月のすゑ、ふゆがれのけしき、秋にはおさおさおとらじなど、見るところに、はつしぐれ、ひたふる木の葉まじりて、さわべの草に、しも、いと、しろうみゆるあした、しみづながるるいわねに、けぶりのたちあがれるもおかしくて、あかずながめまく、おもふなど、人のいふめるもげにさることぞかし。

またあなたなる山のあはひに、ひときはうすきけぶりの、雲ゐまでにみゆるは、すみがま、たくなるべしなど、おもひつづくるに、四方のそら、くものゆききもはやくてさむけく、見る見るも、ゆきになりぬるは、めさむるここちぞする。

川べにをりたちて、こかげほらやうのところに、しのびたるけはひあはれなりけめ。

みやこのかたには、初雪などいひて、もて、きやうずる人もあなれど、月さへはれくもり
て、ちどりのかよふみちすらたふるばかりなり。

はれもせずくもりもやらずはつかあまり
見る人もなきふゆのよの月

ましろにぞゆきはふりける小夜千鳥
かよふ川べのみちたゆるまで』

頃は10月の末、冬枯れの景色も秋にはめったに劣るまいなどと見ているところに、初時雨にひたすら木の葉が交じり沢辺の草の霜が大変白く見える朝、清水流れる岩根に湯気の立ちあがれるのも趣があって、飽きずに眺めまくってもの思いしているなど、他人が言うかもしれないというのも、もっともなことだ。

向こうの山の間に、一際薄い煙が雲にまで届いているように見えるのは、炭窯を焚いているのだろうと思い続けていると、四方のの雲の行き来も早くて寒く、みるみるうちに雪になったのは目が覚める心地がすることだ。

川辺に降り立って木陰が洞窟みたいになっているところに雪を忍んでいる様子はあはれである。

都の方では初雪などと言って、興じる人もあるようだが、月冴え晴れ曇って、千鳥の通う道すら絶えるばかりである。

これは十牛図の第八図、一面の雪野にが冴える冬景色を当てるのはとってもジャパネスクな風情である。小夜に千鳥も通わない冬の夜の月である。


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