アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

客神

2012-04-30 07:06:43 | 冥想アヴァンギャルド
◎時代とともに言葉も変わり神も変わる

時代が移れば、言葉は変わり、神も変わる。

中国で周の国がを滅ぼしたが、殷の祭神であった二王三恪(におうさんかく=二王は夏殷、三恪は黄帝、、舜)を残しておいた。それでもって、周の祭祀の時には「客神」として二王三恪も周の廟所に参向した。

中国は易姓革命であって、万世一系ではないが、このようにすることによって、周の時代であっても三皇五帝の時代からの連綿と続く正統的な世俗の権威を継承しているのだということを誇示していた。

日本でも神社には主殿の他に客殿を設け、主祭神(今木神=いまきのかみ)とは別に古い神を丁重に祀っている。

古代では、こうした世俗の権威が宗教的な権威崇拝の形を規定していくことで、世俗の権威の圧倒的な力を補完していた。

このようなことは一般的には、被征服民を祭祀祭神も含めて完全に屈服させるよりは、被征服民の神を残しておいた方が、今後の統治に対する感情的反発が低いからこうしたのだという説明がなされる。

しかしその動機の本筋は別のところにあったのではないか。

この世にもあの世にも、上のものはやがて下になり、下のものはやがて上になる、或いは強きものはやがて弱きものになり、弱きものはやがて強きものになるという絶対法則がある。

これによって征服者の権力を少しでも永続させるためには、被征服民を徹底的に屈服させることによる権力のピークの到来を少しでも先延ばしすることが上策であると考えていたのではないだろうか。

つまり客神の丁重な扱いとは、今風に言えば呪術的パワーポリティクスからの発想だと思われる。

平家の急速な滅亡も此の辺に理由があったのではないか。日本が急速に衰退するとすれば、無神論下で現世的繁栄を極めただけの冥想的に乾いた社会にその主因があるのではないか。


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時輪タントラの灌頂

2012-04-29 07:51:10 | 密教
◎金剛薩たの究極の身体

「ダライ・ラマの密教入門(秘密の時輪タントラ灌頂を公開する)/ダライラマ/石濱裕美子訳/光文社」では、石濱氏が、オウム真理教が殺人や盗みを行った根拠の経典がこれであると言う。

なるほど、この灌頂中の金剛阿闍梨灌頂で、誓いの言葉として挙がっている言葉には、
『金剛の一族に属するものは殺生を行うべきである。
剣の一族に属するものは真実でない言葉を語るべきである。
宝珠の一族に属するものは他のもの財産を盗むべきである。
蓮華の一族に属するものは他のものの配偶者を盗むべきである。』
(上掲書P273から引用)
という不穏当な言葉が並んでいる。

あらゆる暗喩を適切に理解しなければたどり着かないタントラの奥義への道程において、どうしてこの部分だけ、文字通り「殺生、嘘つき、窃盗、不倫」と理解しなければならないのだろうか。そんなはずはない。

禅でも臨済は、道で仏に出会ったら仏を殺せと物騒なことを主張するが、それは殺人の勧めではなく、「他人が悟った」「他人が仏になった」という話があっても相手にしてはならない、自分がどうかというのが問題なのだということ。

この誓いの言葉の前段で、
『私は「大印契」(マハームドラー)(妃)をともなった、
「聖なる身体」(清浄身)として明らかになった。
これは大楽と空が不二となった究極の智慧が意識に現れるときの姿である。
それは金剛薩たの究極の身体である。』
(上掲書P271から引用)
と両性具有が実現されることを言っているので、十牛図で言えば得牛くらいの境地であることが前提で「殺生、盗み」などと言っていることがわかる。

なおなお大印契とは、交合図(サンヴァラ)であり、両性具有なのだが、それが金剛薩たでもあるとは・・・・。ただいずれにしても中心太陽突入のファイナル・ステージではない。

経典経文は、誰しも自分に都合よく読みがちなものであり、西洋で錬金術書の黄金を金属の黄金と思い込む間違いと、この「殺生、盗み」の字義どおりの解釈は同列だと思う。


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時輪タントラから見た金環食

2012-04-28 08:43:26 | 密教

◎ナムチュワンデンと星

2012年5月21日は173年ぶりの金環食。インド密教では、金環食のシンボリズムが古くからある。

それが、インド密教の時輪タントラで用いるナムチュワンデン(十相自在と呼ばれる代表的な護符)。チベットでは、ナムチュワンデンは、寺院の壁、経典の表紙、護符などありとあらゆるところで見かけるそうだ。このナムチュワンデンの台座は、三重になっている。この台座が、金環食のシンボリズムである。

ナムチュワンデンの上部は組み梵字であって、7チャクラ+荘厳点(半月)、空点(太陽)、ナーダ点(独鈷金剛杵)の合計10要素なので、十相自在なのだそうだ。

台座の三重は、日輪と月輪、そして羅ごう。羅ごうは、黄道、白道の昇交点を天体と見立てた仮想天体(月の降交点は計都)。日蝕、月蝕は、必ず昇交点、降交点で発生するので、計都・羅ごうが蝕を司るとされていた。

日輪は女性の経血であり、月輪は男性の精液であり、それから生じるのが胎児であるから、日と月の交わる昇交点は胎児であるので、羅ごうは、金環食=受胎の中心シンボルである。

羅ごうは、人間であるから、天(太陽)と地(月)の間の、この微妙なバランスでの立ち位置こそ人間の特徴であり、これを見て合気道の植芝盛平は、天の浮橋と表現したのだろう。

大いなるかな金環食の意義。

計都・羅ごうは、西洋占星術ではドラゴンヘッド、ドラゴンテイルだが、それが前世を意味するという原理の起源は時輪タントラだったわけだ。

時輪タントラの昼のヨーガでは、この先に、閃光と青い滴を置いているが、どういうつもりなんだろうか。
(参考:超密教時輪タントラ/田中公明/東方出版)


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地気コントロール

2012-04-27 06:15:53 | 冥想アヴァンギャルド
◎鉄棒と原発

韓国は風水の盛んな地。忠清南道の国立公園文将台(1033メートル)の峻嶮な岸壁の北方に「甘露泉」と呼ばれる神秘な湧水があり、土地の人は、文将台はいわゆる風水で言う代表的なパワースポット地形である「九宮龍頭穴」であり、甘露泉はその精気を生む聖なる泉とされているという。

戦後この周辺の岸壁から、直径1.5センチ長さ20~30センチの鉄棒が1~1.5メートル間隔で埋められているのが多数発見され、韓国では、日本が龍脈を断って地気を抑えるために埋めたなどと語られていたという。(青瓦台の風水師/文芸春秋社p184-185による)

そうしてみると原発の立地は、人里離れたところが一般的であり、日本の龍脈の分布を考えると、日本に50以上も、それも僻遠の地に膨大なエネルギーを生む人造パワースポットなる原発を置いたというのは、大いに日本古来の地気のアーキテクトを乱したことであろう。それについては、大本の金勝要神(きんかつかねのかみ)のお怒りや三千年プロジェクトもさることながら、各地の祖霊、産土神のご機嫌を大いに斜めにしたのではないかと思う。

鉄棒の呪力と原発を比較して、どちらが霊界的に強力かなどと論じても意味はないが、そうした日本全体の地気紊乱の結果が、この未曾有の不景気、有史以来前代未聞の老人国家、高失業率と平均賃金の急速な低下とそれに起因する少子化・人口減少、地獄的精神状態の人間の横行を引き起こしている。

原発は、この火力文明のシンボルのひとつ。原発の多くが断層の上に立地していることをもって、日本民族の行く末というものを想像せざるを得ない。その立地が将来どういうことを招来するか、ありありと想像した官僚や政治家、設計者は少なくなかったはずだが、因果は昧(くら)ますことはできないので、その結果は日本人が刈り取らねばならないのだろう。日本製原爆の話も流れとしては同じような話に思える。


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洞天福地=中国のパワースポット-2

2012-04-26 06:04:05 | 道教
◎壺中の天

後漢書方術伝にある話。

汝南の町に壺公という名の薬売りの老人が住んでいた。壺公はいつも、夕方になり店を閉めると店頭に下げてある小さな古びた壺の中に、ひょいと飛び込んで身を隠してしまう。このことは町の誰一人として知るものはいなかったが、ついに役人の費長房に見つかってしまった。

費長房は面白半分に、ぜひ一緒に連れて行くようにと頼んできた。壺公はしぶしぶ承諾し、ある日の夕方、費長房を連れて、壺の中へと飛び込んだ。

豈はからんや、壺の中の世界は、広大無辺であり、金殿玉楼がそびえ、広い庭園には珍しい花が咲き乱れ、人工の泉水も至る所に配置されるなど、とても素晴らしい様子だった。

費長房は、ここで美酒佳肴、山海の珍味の饗宴を受け、さらに様々な仙術などの伝授を受けて、二、三日過ごした。

さて費長房が、壺から出び出して、この世に帰ってくると、実はこの世では十数年も経っていたことに気がついた。

この話は浦島太郎みたいなフィナーレで、読み方はいろいろある。壺に飛び込んだら別世界とは、壺をサハスラーラ・チャクラとみると理解しやすい。

壺に飛び込んだら、そこは別の霊的世界が広がっていたというのでは、スェーデンボルグみたいな単なる霊界探訪に終わってしまい、肝心な方面へ展開しない。ここではむしろ壺に飛び込んでみたら、『世界が逆転した』ことにアクセントがあると見る。

世界が逆転すると時間が止まることを、実は十数年たっていたことで暗喩する。錬金術の挿絵の一つに、地球を取り巻く星々の天の半球の外側に一人の人物が坐り、首だけその半球に突っ込んで見ている絵があるが、それが、この壺中の天からこの世を見る図である。

この壺をパワースポットと言わずして、何と言おうか。


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光る石のユダヤ伝説

2012-04-25 06:12:21 | 時代のおわり
◎原子力発電の光る石

『ユダヤ教の伝統では、ノアの箱舟にまつわる美しく光る石の話がある。この石は夜より昼間に輝きを増し、太陽も月も見えない洪水のあいだ、昼と夜を区別するのに役立った。

別のユダヤの伝説では、アブラハムは、ハガルが彼との間に産んだ6人の息子のために都市をつくったと言われている。その都市を囲む城壁はとても高く、日光がさえぎられるため、アブラハムは息子たちに大きな宝石とパールを与えたという。太陽の明るさをしのぐその石は救世主の時代に使われるだろうと語られている。』
(宝石と鉱物の文化誌/ジョージ・フレデリック・クンツ/原書房P136から引用)

最初の光る石は、ノアの属した前文明の照明。後の光る石こそ原子力発電の石=ウランのことだろう。後の光る石を我が神性の輝きと見る見方はないと思う。というのは、それを説明するのに、ここで、核家族化の進んだ高層マンションみたいな、人口照明がなければ昼なお暗い家と条件を限定する必要はないだろうからである。


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うしかひ草-葉月

2012-04-24 06:11:04 | 只管打坐
◎牛にのる

『牛にのる

ひかずヘてあひなるるほど、うし人のさかひもなく、うしもはなのほど、おごめきて、たはれたるさまに見え侍る。

さてもこのほど、けうとき山の中にすみて、こころいとあらきものから、かばかりなれむとはおもはざりき。

ふるさとのかた、みちはるかなりければ、うしにのりてあゆませゆくほど、うつしごころなく、うきたることぐさども、いひもてゆきける。

ここかしこなるむらむら、ところせけなるそばつたひ、うしのあゆみにまかするもおかし。ころは は月なかばにて、野山もいろづき、ものさびしげなるに、しかのねかすかにきこゆなるもわびし、月さヘくまなく、きりはれにたる、あきののら、ひとしほなどおもふに、吹きくるあらしのすさまじきに、かりのなきわたるも、なをつきづきし。

のるうしのあゆみしずかにかへるさの
空すみわたる夕づくよかな

きりはるる うはの空にもうそぶきて
身をうしのせによこたふるなり』

日数を重ねるうちに牛と人との境もだんだん無くなってきて、牛の鼻がうごめいて、戯れるように見える。

さても此の時、人跡まれな山に住んでいた、荒々しい牛がここまで慣れるとは思わなかった。

故郷の方角は道遥かであったが、牛に乗って歩かせ行くうちに、こころはトランスに入って行き、浮いたことなどをしゃべりながら進んだことだった。

ここかしこの村村や、狭いをつたうのも牛の背に任せるのも興趣がある。

頃は旧暦8月半ばにて、野山も紅葉し、ものさびしげであるところに、鹿の鳴く声がかすかに聞こえるのもわびしいものだ。月の冴えた光も隈なく、霧も晴れた秋の野も一層趣きがあるなど思っていると、すさまじい嵐の吹き来る中に雁が鳴きわたるも季節柄似つかわしいことだ。

牛に乗ったからには既に帰り道。
バーナデット・ロバーツの狂気の終わりであるように思う。バーナデット・ロバーツの悪戦苦闘こそが、牛の慣らしの典型ではないかと思う。


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道元による栄西評価

2012-04-23 04:21:07 | 只管打坐
◎たとえ地獄に落ちようと自分を捨てる

若き道元栄西に師事していた一時期があり、建仁寺で修行していたらしい。

ある時、建仁寺に一人の飢えた者がやってきて、「夫婦と子供一人で暮らしているが、何も食べないで数日になった。餓死寸前であるので、なにとぞお助けいただきたい。」と願い出てきた。

寺の僧房には、衣服も食料もなく、どうしようもないように思われた。たまたま薬師如来を作るための材料をとっておいた銅板があった。栄西は、手ずからこれを打ち曲げて丸めて飢えた者に差し出して、「これを食べ物と交換して、飢えをしのぎなさい」と仰った。

飢えた者は喜んで帰ったが、弟子たちが、仏法僧に一旦供養されたものを勝手に処理した罪になるのではないかと、これをとがめた。

栄西は、「そのとおりだが、釈迦ならば、飢えた人を見れば、自分の肉や手足を裂いてでも、飢えている人に差し上げるに違いない(釈迦前生譚)。さきの餓死しかかっている人には、仏像全部を差し上げても御仏の御心にかなうだろう。

だから、わたしは、この罪で、たとえ地獄、餓鬼、畜生に落ちても人々の飢えを救わなければならない。」と答えた。

道元は、この先達の高い志を今の修行者も考えてみなければならないし、忘れてはならないと評している。(正法眼蔵随聞記にある話)

宗教界の寵児、今をときめく栄西であってすら、慢心することなく、無私に務めて恐れることはなかった。道元の栄西への尊敬はこの一件でもうかがい知ることができる。栄西没後50年の繁栄の実現の一端は道元によって成されたのである。


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評価も賞賛もされない無私

2012-04-22 07:56:51 | 時代のおわり
◎親切心が仇となっても

無私とは、本来大慈大悲、mercyの一つの現れであり、胸のアナハタ・チャクラの属性の発現であって、極めて正統的なメンタル体の7つの属性の一つとして評価されるべきものである。

アジア深部の探検家の一人ヤングハズバンドが、1904年鎖国のチベットに軍事進攻し、首都ラサで英蔵交渉を行ったが、その交渉の結果、英国は捕虜を釈放し、チベットは古い政治犯を釈放した。

この政治犯の中に、1881年英国スパイのサラット・チャンドラ・ダスのチベット潜行を支援したという罪で19年間鎖で牢につながれていた者がいた。サラット・チャンドラ・ダスの身分が割れた時には関わった多くのチベット人が処刑されたり投獄されたりしたという。

また別の解放された政治犯2名は、河口慧海のラサ潜伏を助けた者であって、河口慧海のケースでは、河口慧海は身分がばれる直前に逃亡したものの彼をサポートした周辺のチベット人が逮捕・投獄されたという。(ヤングハズバンド伝/金子民雄/白水社P324-325による)

逮捕投獄された支援者は、買収されたわけではないので、純粋に無私な気持ちからサポートしたのだろう。しかし、無私という純粋な徳性は仇となった。

ダイヤモンド・オンライン(2012年4月17日記事)で、『他人のために死ぬことは「美徳」と言えるのか?南三陸町の女性職員を道徳教材にした教育者の“良識” ――浅見哲也・埼玉県教育委員会職員のケース』という標題で、震災当日、防災無線で町民に避難を呼びかけ続け、犠牲になった宮城県の南三陸町役場に勤務していた24歳女性職員のことを道徳教材にしたことが叩かれている。

自分を犠牲にして他人を助けたのは彼女だけではなく、消防団の人や、近所の身体の不自由な人を助けたばかりに津波に呑まれた人などいくらでもいる。しかしそれを道徳教材に挙げた途端に、『思想が戦前の国家主義に近い』、 『“自己犠牲”を強いる教材はまずい』、『“美談”として死を取り上げることはダメ』という発想が、あたかも社会通念であるかのような観点から、批判的に書かれている(この記事自体は、道徳にはあまり関心がなく、震災時の避難誘導などの体制のほうに力点があるのではあるが)。

つまり戦前・戦中の日本で滅私奉公をやらされたトラウマからか、無私自体が世間ではタブーであるという発想が仄見える。

無私の反対は利己であるが、ここまで利己的な価値観を増長させてきたから、この地獄的な現世が出現しているのではないか。無私という徳性をきちんと日の当たるところに出して社会的に評価していかないと、日本の衰退を押しとどめることなどできないのではないか。

かと言っても『無私』というスローガンを大勢の悟ってない人が宣伝しても、何も改善しない“から騒ぎ”に終わるのだが。


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栄西の仏法東漸

2012-04-21 06:17:31 | 丹田禅(冥想法8)
◎中国から日本への東漸

今NHKの大河ドラマは平清盛である。やがて平家は滅亡し、源氏の世に変わるが、この二つの時代の切り替わりをうまく泳ぎ切って、次の時代に禅を興隆させた人物がいる。それが栄西である。

栄西は、在宋時から現地の人々に対しその超能力を発揮してみせており、雨を降らせるくらいはお手の物だったようだ。

そんな栄西が、天皇家に取り入ったのは、後鳥羽天皇の勅命により神泉苑で雨をふらせる祈祷をおこなった時のこと。栄西の十指からは大光明が放たれ、たちまち雨が草木に降り、葉上の露にはことごとく栄西の姿が現れたという。このことから平頼盛の帰依を受け、後鳥羽天皇より葉上の号と紫の衣を賜った。

栄西の事績は京都建仁寺の建立や、日本へのお茶の持ち込みであるが、それ以上に神経を使った事業は、平家全盛の時代に萌芽を持ち込んだ禅を、平家滅亡後にいかに源氏にも抵抗なく受け入れされるかということであって、この部分に栄西の心血の大半が注がれたのではないか。うまくいき過ぎてやっかまれてもいる。

栄西も仏法を東漸させた。嶋野栄道のそれは、日本からアメリカへの東漸であったが、栄西のそれは中国から日本への東漸だった。

栄西は、未来記においてそれを使命であったと自覚している。つまり、中国臨安の霊隠寺の住持の仏海禅師が、「仏海死後20年目に仏法東漸して日本に渡る」と予言したが、栄西によってそれが実現したと博多の中国商人張国安に言わせている。

そして栄西自身は栄西没後50年で日本に禅が興隆することを予言し、果たして50年目には、道元が只管打坐の基礎を作り、まもなく宗峰妙超の出現を待つほどになっていった。

平家いや日本の急速な衰退は、今の調子では避けられまい。日本が滅亡するかどうかはわかないが、そうなっても仏法だけは護持していこうと考えている人もいるのだろう。


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洞天福地=中国のパワースポット-1

2012-04-20 06:18:39 | 道教
◎十大洞天

唐代の司馬承禎のまとめたとされる中国のパワースポット一覧が、洞天福地である。

洞天福地には、ビッグ10(十大洞天)、ミドル36(三十六小洞天)、スモール72(七十二福地)がある。もともとは、さる人間が霊眼に現じた霊界中国のパワースポットを地上に配当したものなのだろう。

その証拠にビッグ10にあたる十大洞天のうち三番目と四番目は地上位置が確認されていない。

第一 王屋山洞 周囲万里 洛陽と河陽の両界にまたがる王屋県から六十里。西城王君

第二 委羽山洞 周囲万里 台州黄巌県から30里 青童君

第三 西城山洞 周囲三千里 場所未詳 上宰王君

第四 西玄山洞 周囲三千里 人が踏み込めない場所にある 

第五 青城山洞 周囲二千里 蜀州青城県 青城丈人

第六 赤城山洞 周囲三百里 台州唐興県 玄洲仙伯

第七 羅浮山洞 周囲・五百里 循州博羅県 青精先生

第八 勾(句)曲山洞 周囲百五十里 潤州 句容県 紫陽真人

第九 林屋山洞 周囲四百里 洞庭湖の湖口 北嶽真人

第十 括蒼山洞 處州楽安県 北海公涓子

十大だから、10チャクラに照応するものだろうが、第一の王屋山洞がサハスラーラ・チャクラ、第十の括蒼山洞が足裏チャクラ。

第四のアナハタ・チャクラにあたる西玄山洞は、地上の位置が確認されていないとしているが、これこそ現代人にとって地上のパワースポットに求める(外に求める)ようなものではないので、これを謎として置いたのだろう。

マニピュラは青城山、先般の四川大地震で大きく揺り動かされた。


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ジョルダーノ・ブルーノの魔術の見方

2012-04-19 06:06:43 | 究極というものの可能性
◎奇跡・魔術は両刃の剣

魔術というのは、記憶術と呼ばれる観想法を用いた現実の再構成のようなものだと思う。

ローマで異端として焚刑になったジョルダーノ・ブルーノの魔術の見方。彼の異端審問での陳述。
『ブルーノは、善き魔術と悪しき魔術の弁別に関する自身の見解を、なぜ彼が『へルメスの封印』という書物を持っていたのか、と尋問された際に、その関連で説明している。

「魔術は」と、彼は切り出す、「一本の剣のようなものです。邪悪な者の手にある時はそれは悪しき用いられ方をされます。しかし〈神〉を怖れ、その剣から生じ得る正当な効果と不当な効果を弁別し得る善き者の手にある時には、つまり星々の配置から生じる威力を介して、また図像や印章を介してそれをうまく使用する術を知っている時には、全く別です」。つまりそれを善き自的のために用いることができるのである。

モーセは偉大な〈魔術師〉である(囚人仲間の密告は続く。ブルーノが異端審問官に答えた言葉でほなく、彼が監獄でそれとなく語った言葉である)。モーセはエジプト人たちから魔術を学んだ。ファラオの取り巻きの魔術師たちを打ち負かすほど、その魔術に熟達していた。

キリストの行った奇跡に対してはどのような見解を持っているのか、と異端審問官は尋ねた。

ブルーノはそれに答えて、それらの奇跡はキリストの神性の証だ、しかしそれよりも大いなる証は福音で説かれる法そのものだと思う、と述べた。キリスト以外の人々、例えば使徒たちが奇跡をなす時には、彼らはキリストの力を借りてその奇跡を行っている、
だから外面的に見ればキリストの奇跡と使徒や聖人の行う奇跡は同じ奇跡に見えるが、そうではない。

なぜならキリストの奇跡は彼自身の力によってなされるのに対して、他の者たちの奇跡は自分ではない他者の力、つまりキリストの力を借りてなされるからだ、とも述べた。』
(ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統/フランセス・イエイツ/工作舎P517から引用)

ジョルダーノ・ブルーノは奇跡または魔術と呼ばれる現実の再構成に当たって、魔術そのものは白でも黒でもないとし、更に、それを用いる時は、用いる人物の正邪こそが問題であるとし、更に星の位置・影響、様々なシンボル・イコン・印を利用して強化すると簡潔にまとめている。

後半のイエスの使徒云々は、イエスのシンボリズムの体系の中で使徒・聖人は魔術・奇跡を行使したということなのだろうと思う。

それにしても簡単に焚刑にするものだ。これを見て後世の錬金術師たちはさらに韜晦したのだろう。だれもが最初から奥義を知っているわけではないから。また悟ってない者が魔術にアプローチすべきでもない。


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支那四分割の進行

2012-04-18 06:08:06 | 時代のおわり
◎父老収覧

かつて中国四分割説を出しておいたことがあったが、本当に四分割に向かっているようだ。
これは、中国人民解放軍の七つある大軍区を、四つに改編しようとする動き。
四大戦略区とは、北部戦略区、東部戦略区、南部戦略区と西部戦略区。

1.北部戦略区は、東北3省と内モンゴル及び現在の北京軍区と済南軍区、北海艦隊と元の広州軍区が管轄する湖北省を含む。

2.東部戦略区は、南京軍区の管轄区域に、南京軍区内の東海艦隊、空軍、第2砲兵部隊と武装警察が含まれる。

3.南部戦略区は、現在の広州軍区及び成都軍区の雲南、貴州の2省、プラス両軍区が管轄する南海艦隊、空軍、第2砲兵部隊、武装警察。

4.西部戦略区は成都軍区と蘭州軍区(雲南、貴州を除く)。

これに関する人事が2012年下半期に開かれる中共第十八党大会で行われるという話なので、予言は実現に向かって着々と進行するのだろう。

西部戦略区は海がないが、どうするんだろう。

内藤湖南は、中国における統治成功の鍵は、父老収覧であると言った。父老とは、中国の良民の代表であって、父老の歓心を得なければ継続した統治はできないとし、孫文らの革命は、父老の歓心を得ることに配慮しなかったので、結局うまくいかなかったとした。

父老収覧とは、郷里が安全であり、宗族が繁栄して、その日その日を楽しく送ることができることで、暗に鼓腹撃壌的社会を意識している。内藤湖南は「支那に於いて生命あり、体統ある団体は、郷党宗族以上には出でぬ(内藤湖南全集5巻P297)」と喝破しているが、これは隣国の鶏や犬の鳴く声が聞こえるほどの小国寡民を理想としていることにもなろう。

中国共産党政権も頻発する各地の暴動を見ると、父老収覧が決してうまくできていないのだろう。そういうことが伏線となって、かつては夢想に過ぎなかった、中国四分割が徐々に形を整えていく。


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聖胎長養

2012-04-17 07:43:17 | 丹田禅(冥想法8)

◎悟ってもべらべら語らない風流

大徳寺の大燈国師が、大悟した後、京都の鴨川の五条の橋のあたりの河原できっちり20年間、無名の乞食として過ごしたことが聖胎長養としては有名である。聖胎長養とは、悟ったことをべらべらと語って回らず、これを韜晦して過ごすことである。

一休宗純の師である華叟宗曇は、「印証を得てより20年、仏法の二字を道(い)わず」とし、大徳寺門下ながら、一生近江堅田から大徳寺に戻って布教することはなかった。これも聖胎長養。

禅の五祖弘忍(ぐにん)が、六祖慧能の悟りを認めて、衣鉢を伝授した際に、20年我が教えを弘めることなかれと戒めた(祖堂集巻十八 仰山の段)。これも聖胎長養。

愚堂東寔の弟子至道無難は江戸時代の人だが、47歳で大悟した後、江戸では子供に手習いを教えて口過ぎをするという極貧にあり、かの正受慧端(白隠の師匠)が初めて会った時には、至道無難は菰を布団がわりにしていたという。この至道無難の生き方も聖胎長養。

馬祖は、『心が生じたものを色と名付けるが、色は空であると承知しているから、生じても生じない(生は不生なり)。この意味を体得したならば、時により服を着て飯を食べ、聖胎を長養するべきである。運の流れにまかせて(任運)、時を過ごしても、他に何事があるだろうか。』(祖堂集巻14馬祖の段)

大悟を経た者は、その生きる姿そのものが悟りの現れになるのであって、他に何事もないのである。

他に何事もないと言っているが、悟りの世界は、あまりにも素晴らしいので、往々にしてそのまま死ぬ場合の方が多いようなのだが、そこから戻って来いと指図しているのである。

何も問題がない、何も問題がないということであれば、生き続けることに意義はないのだから、生を終わるのは当然の論理的帰結だが、そこを呼び戻して聖胎長養なのだろう。

この生き様を一休は『風流』と呼んだ。誠に風流である。


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うしかひ草-文月

2012-04-16 03:30:32 | 只管打坐
◎牛をかふ

『牛をかふ

人なれぬうしのことなれば、いたふあがきて、しづかならず、はづなとり、めもはなさず、ゐてゆきけり。

とあるたに河に、井せきの水の、みなぎりあへるありけるほどに、すそもしつ、水もかはむとすれど、なかなかはまむさまも見えず。

ころしも文月のなかばにて、みちのべのつゆのをきどころなきに、きりぎりすもおりおりなきて、月さやかなれど、くまなくはあらぬよもすがら、おぎのうはかぜみにしみて、なにとなくふるさとのかた、こひしうおもひでらるるに、いなづまのひかり、ひややかに、わさ田もいろづくほどにて、とりあつめたる秋のあはれ、いとどかなしさもまさるめり。

いかにもしてこのうしかひなれて、ふるさとにかへらまくおもふに、やや人なるるやうに見ヘて、水ものみ、草もはみければ、いきのぶるここちしにけり。

つなは手になほありながら あきの野に
すすきがもとにうしをかふなり

なれてだに野がひの草のつゆのまも
やまぢわすれぬうしのこゑかな』

人に慣れない牛なので、たいそう暴れて静かではない。端綱をとって目も離さないようにして引いていった。

とある谷川にせき止めた水のみなぎっているところに来たが、牛は水も飲まないし、草も食べる風でもない。
時しも7月の半ばで、道の辺の草の露繁く、きりぎりすも時に鳴く。月は明るいが、隅々まで照らすというほどでもない。

荻の葉の上を渡る風が身に染みて、なんとなく故郷のことが思いだされていると、稲妻が光り、田も色づいているなど、秋の印の多数あるので、いとどかなしさもまさるようだ。

何とかしてこの牛を飼い慣らして故郷に帰りたいと思うに、牛がやや人慣れたように思われ、水も飲んで、草も食べたので、生き延びた心地がしたことである。

これは哲学者の薔薇園で言えば、第五図結合の前段に当たるので、第四図沐浴に相当するところか。相手は見つかっているので、これからお互いをよく知りあって飼い慣らさなければならないというところである。

日本人は、津波の威力を目の当たりにしたことで、津波という地母神の働きが必ずしも人間の都合の良い方向のものではないことを知って、やや混乱している。人はそうした無慈悲な状況に慣れてはいないものだ。


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