アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

ベンジャミン・フルフォードとアヤワスカ

2011-11-30 06:11:36 | 時代のおわり
◎宇宙全体の仕組みも見えた

ベンジャミン・フルフォードのブログもたまに見に行くことがあるが、ぶっ飛び過ぎていて読み続けられない。でも彼のアヤワスカ(アマゾンにある向精神性植物の一つ)体験を見ると、まじめな求道者な面があったことがわかる

『もともと若いころから、わたしは別次元の世界に興味を持っていて、その手の本を読みあさっていた。十七歳のとき、家出をした。南米のアマゾンに一人で出かけ、ある呪術師の弟子になった。師匠はインカ帝国の知識を引き継いだ人で、アヤワスカと呼ばれる超能力を体験できるような薬も飲んでいた。呪術と薬の両方を使って、いろいろな世界にアクセスしていたのである。

(中略)

わたしはその呪術師に付いて、いろいろな神秘体験をした。たとえば、アマゾンにいながら、カナダの友達が今何をやっているか見に行くことができた。時間と場所を移動できるのだ。あるときは、川でカヌーをしている姿が浮かんできた。後でその友達に尋ねたら、本当にその日カヌーをしていたと答えた。

それから、ずっと遠い過去にも行ってみた。何度も例に挙げている、カンブリア大爆発の時代をのぞいた。初めて大きな生命が出始めるときで、どの生物も躍動し、喜びにあふれでいるのがわかった。それぞれの個体にとって初めての体験であり、いろいろな音を交換し合い、大合唱しているような雰囲気に包まれていた。

四万年後の未来も見に行った。しかし、全然状況が理解できなかった。縄文人を現在の東京にいきなり連れてきたら混乱するのと一緒なのだろう。ただ、地球は水と緑にあふれ、非常に健全で、人類がほかの惑星と連絡を取っている様子も見た。

自分の最期も見た。百八十歳くらいになって、瞑想状態になった身体から魂のようなものが抜けて離れていった。不老不死の延命技術が発達したのだろう。わたしたちはまだこれから百数十年生きられるらしい。

ほかに見えたのは、人類の終わりらしき状況。人類が一つの大きなエネルギーとなって渦を巻いている。ちょうど卵の中に渦巻きがあって、最終的にはその渦巻きが卵を出てどこかへ行ってしまう。まさに「産卵」である。この現実を完全に捨てていく場面だと思われた。

宇宙全体の仕組みも見えた。すべての現実が共存していて、プラスマイナスに忙しく切り替わっていた。

一緒にアヤワスカをやったベルー人は違うことを言っていた。彼が見た世紀末は、聖書に描かれているような場面だったという。この薬の特徴は、夢が起きている状態で見える
こと。未来にはあらゆる可能性が存在するから、人によって違うものが映し出されるのだろう。』
(闇の支配者に握り潰された世界を救う技術/ベンジャミン・フルフォード/講談社P223~225から引用)

これは全体として見れば、例の未来予知実験で見えた未来が4者4様だったのと同じ。人類の最後とか宇宙全体の仕組みを見て、その後の人生航路を転換するような感動があったかどうかわからないが、この本には書いていないだけだろうか。

記述が淡々とし過ぎていて、何か愛と感動が不足している印象を受ける。そういう感じでないと、あれほどまでに行動的には生きられないのだろうと思うけれども。

一緒にアヤワスカをやったペルー人と比べて結構すごいところまで行っているし、その土壇場で何が起きたかを知る感受性と冷静さがあると見るべきなのだろう。
ブログだけではわからなかったが、興味ある人物の一人となった。


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僕は日本でたったひとりのチベット医になった

2011-11-29 06:13:10 | 密教
◎チベット人の無私と国際化など

東北大学薬学部卒で、メンツィカン(チベット医学暦法学研究所)を7年かけて卒業し、インターンを含め10年をインドのダラムサラで修行した小川康さんの10年を中心に書いた本が、「僕は日本でたったひとりのチベット医になった」(径書房)である。

ダラムサラは音に聞くチベット人街で、亡命チベット人の大拠点の一つ。ただし最大のチベット人居住区は南インドにあるという。

薬草採集はヒマラヤの山中となり、高山の中でベースキャンプに帰る道を失い、遭難しかけたこともあった。チベットは月面みたいな荒涼たる土地が大半だから、薬草を採取するのも命がけである。

卒業試験の最後はチベット四部医典8万字を一人で4時間以上かけて暗唱させられるのは37歳の学生たる小川さんにとってとても大変だった由。

メンツィカンの女子寮のおばばが、全財産をダライ・ラマに寄付した後に倒れて介護が必要になる状態になった。これには皆で往生したが、全財産をダライ・ラマに寄付するという行為に対し、周囲のチベット人はすごいとか特段の感慨もなく、至極当たり前のことと受け取っていたというが、そのあたりにチベット人の無私が生きている。

チベット医学には何かあるというが、彼はその何かにはまだ出会っていないようだ。ただ小川さんの出会った周辺の人物の多くが最近になってドイツ、カナダ、ニューヨーク、ニュージーランドなどへ移住したり現地で活動したりしているのは印象に残った。亡国人はこのように国際的に活動すべしだと思った。そうした運命が日本に降りかからないとも限らないのだからと、私も英語の学習し直しを最近考えている。

ところでこのメンツィカンという学校では、冥想は教えてないみたいですね。ただ、暦法コースも併設のようだが、チベット占星術はそちらでやるのだろうか。この本では暦法にも冥想にも言及がなかったのが残念である。



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クリシュナムルティの「御身」

2011-11-28 03:47:26 | 只管打坐
◎沈黙のローブ

お先真っ暗な見通しばかりなので、久々のクリシュナムルティ
彼の1920年代の詩から。

『「探究 The Search」

風のように新鮮、熱烈に
谷間の隠れ家を探す
そのごとく私もまた
わが魂の秘密の住居を探す
自らをすべてのもの
過去と現在から浄めつつ。

突然沈黙のローブが
喧噪の世界におりる
瞬間、私は御身を見る
森羅万象と私自身の中、奥深くに。

山の小道
岩に腰を下ろせば
御身が傍らと私の内におられ
御身とわが内に万物はあり
幸いなるかな
万物に御身と私を見出す人は。

日没の光の中
春の樹木の綾なすレースを透して
私は御身を見たり。
またたく星々の中に
私は御身を見
素早く飛び去り
黒々した山へと姿を消す鳥らに
私は御身を見る。
御身の栄光は、わが内に輝きを目覚めさせたり。』
(クリシュナムルティとは誰だったのか/アリエル・サナト/コスモスライブラリーP246-247から引用)

この詩では、御身という名で、表現しえないそれを仮に名付けている。後代の詩や散文では御身などとは絶対に言わない。いずれにしても体験とは言えない体験を表現してもらわないと、我々は何のことか想像すらもできないのだから、こうした詩文は貴重である。


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二つのポリシーのせめぎ合い

2011-11-27 07:13:45 | 時代のおわり
◎千年王国の2説

次の時代が千年王国になるだろうという説には二説あって、この世に千年王国を創る説とあの世に千年王国を創る説である。
どちらの説も我々悟っていないその他大勢をどうするかが、対応の分かれ目になる。

まずこの世に千年王国を創る説は、聖書の黙示録や北欧神話や出口王仁三郎予言などで指摘されている世界のことである。

そして、あの世に千年王国を創る説とは、旧約聖書のイザヤ書にあるような一旦悟っていない大多数のその他大勢のすべてをあの世に送って、機根の上質な人間だけこの世に再誕させ、迅速にこの世に新たな千年王国を創造しようという企画である。

イザヤ書では、その目論見のため、「見るな、聞くな、感じるな、悟るな、更には癒されるな」と人間の感情を無視した方向性を打ち出して、人間のこの世が荒れるがままにして、速やかに滅亡せんことを期待している。

このタイプの期待・方向性は一見邪教のようではあるが、ノアの方舟や、ギリシア神話に出てくる何回かの世界的洪水などでは、一旦は人類は全滅させられたのであるから、悟っていないその他大勢は遠慮なく絶滅させるという残酷・無慈悲な神のポリシーの片方は、古来より存在してきたわけである。

イザヤ書以外でも最近のアセンション説の中には、よく見てみると霊界に楽園を造ろうとするものがあるが、それはイザヤ書型の悟っていない者全滅型の未来を語っているものであることに注意が要る。

更には、どういうわけか人間の健康を損ない、人間が快適に生活できないような広範囲に悪影響の出るようなことを人為的に行う者がある。原発などはその一例だが、エイズのような人為的に作られたと思われる病気もその類である。要するに人類の迷惑になるようなことを意図的にしでかして「あの世に千年王国を創る」ポリシーを積極的にやっているのではないかとしか思えない勢力があることも、(普通の社会人の常識では考えられないことだが)念頭におきたい。

要するに、この世に千年王国を創る説では、悟っていないその他大勢は、出来が悪いけれど何とか生かして悟るように持っていく、
あの世に千年王国を創る説では、悟っていないその大勢は一旦全滅、
という全く異なるポリシーがあるように思う。

ただし、この世に千年王国を創る説とあの世に千年王国を創る説の2種に共通する発想を想像してみると、ある文明全体に神を知る者が○人以上いればその文明は滅ぼさないが、○人未満ならば滅ぼさないみたいな足切り基準が存在するのではないかということに思い当る。
これは旧約聖書のソドムのロトが救出される際のいきさつに出てくる。

あの世に千年王国を創る説では、この足切基準は人間の都合を全く無視しているのに対し、この世に千年王国を創る説では、足切基準はやや人間寄りにできているとも言えよう。

この二つのポリシーのせめぎ合いは、古事記の伊邪那岐尊(イザナギノミコト)が黄泉の国の伊邪那美尊(イザナミノミコト)を訪問した後の、伊邪那美尊が一日に1000人殺すなら伊邪那岐尊は一日に1500人の子供を産ませましょうというやりとりの時代からあるので、昔からあるものである。

しかし、文明の終わりに生きる我々の日常生活の維持という点からは、のっぴきならない二つのポリシーのせめぎ合いである。その混乱の原因は我々が悟ってないことにある。悟らずして文明の精華もない。


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宮内庁長官、皇族減少で首相に直談判

2011-11-26 07:47:47 | 時代のおわり
◎ローマ法王に似る

皇族方の人数が急速に減れば、宮内庁の役人の人数を大きく減らすリストラが不可避などという役人の論理はさておいて、敗戦後に皇室の制度を定めて宮家を削減した頃から今日の事態は予想されていたことであり、GHQの読み筋どおりに展開しているということ以外の何物でもない。

ところが別の見方もできる。
第二次世界大戦後、核兵器による米ソの角逐が予想される世相を背景に、なぜか日本が、軍隊を持たない、あるいは戦争の放棄という21世紀風の現実離れした憲法を持ったのは、至福千年に向けての世界への巨大なアドバルーンであったといえる。これはいわば20世紀の七不思議のひとつみたいなものだ。

それに加え、GHQが当時意図しようがしまいが、将来あるいは近い将来に日本から天皇が消える可能性を置いたということは、いわば戦争の放棄とセットで、新時代の根幹として、先行して世に出てきたものだろうと思う。古神道風に言い換えれば、この2点は、三千年前からのビッグ・プロジェクトとして仕組まれたものと充分見ることができる。

新時代、至福千年では、人類は平等ではなく神を頂点とする181段階のヒラルキーで成る神主主義の時代。これまでは民は神を知らないのが大多数だったが、新時代は大多数の民が神を知る時代。過去の歴史では、大多数が神を知らない民向けの体制として、神の名代、大神官として日本には万世一系の天皇が存在していた。これから大多数の民が神を知る時代になってくれば、天皇の在り方は、自ずと変わってくるのではないか。

そうした無意識の大きな時代の流れを反映した動きが、今回の宮内庁長官が皇族減少の危惧で首相に直談判という扱いになっているのだろうと思う。女性宮家創設というアイディアはそうした大きな流れに掉させる力があるのかどうか。

さはさりながら、天皇の国の根幹。人臣位を極めれば天皇に近づくものであり、巨富を得れば次には名誉を望むものだが名誉の極みは天皇であるといえる。世の中には聖と俗があるが、天皇は日本の聖と俗の要であり、その要が変わる影響は我々にとっても極めて大きなものにならざるを得ない。

マラキの預言では、ローマ法王もあと一代。カトリックにとって法王の系譜が終わってしまうのは一大事だが、カトリックの置かれた状況はなぜか天皇家とシンクロしていると見える。


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迷いの中に坐る

2011-11-25 05:57:56 | 只管打坐
◎行の招く所は証(さとり)なり

何もしなければ、何も変わることはない。

何もしなければ、終末に予定されている天変地異やあらゆる混乱に巻き込まれるだけに終わる。

リターンを求めて坐ることは、あってはならないことだが、とにかく悟っていない自分でも迷いの中に坐らなければ何も始まらない。それが、たった一日5分でも。

そこで、道元の学道用心集から
永平初祖学道用心集の仏道は必ず行に依りて証入すべき事の段から

『知るべきである、迷いの中で修行を始めることは、〔そのまま〕証(さと)りを、覚(さと)る前に得ることであることを。

この時にはじめて、〔迷いの中の修行が、そのまま証りであることを知って〕こちら(迷い) の岸からあちら(証り) の岸に河を船や筏で渡るということが、昨日の夢のように無用になってしまうことを知って、永遠に藤蔓を見て蛇と見誤るような旧来の見方を断ち切るのである。

これは、仏が強引になされるのではない。自ずから仏のはたらきが熟してめぐりあわせたものである。言うまでもなく修行が招くところは証りである。〔招くと言っても〕自分の家の宝蔵は外からやって来るのではない。

また、証りが使い用いるところが修行である、〔修行によらなければ〕心の跡かたがどうして変わることがあろう。

原文
「識るべし、行を迷中に立つるは、証を覚前に獲るものなることを。
時に始めて船筏の昨夢を知って、永く藤蛇の旧見を断ず。
これ仏の強為にあらず、機の周旋せしむる所なり。
況んや行の招く所は証なり。
自家の宝蔵、外より来たらず。
証の使う所は行なり、心地の蹤跡豈に廻転すべけんや。」』
(道元禅師全集第14巻P54から引用)


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トゥルク・トンドゥップのチベット脱出

2011-11-24 05:36:01 | 密教
◎仏教の智慧の光によるヒーリング

トゥルク・トンドゥップは、何人もいるチベットの転生仏の一人。1959年のダライ・ラマのチベット脱出と同じ年に、インドに脱出した。1980年ハーヴァード大学の客員教授として招かれて、アメリカ生活が長い。

この文は、チベット密教における修行と悟りがいかなるものかということよりも、厳しい現実の生活に当たって、どのように人間としてまともであり続けるか、あるいは仏教の智慧の光をよすがにして、いかに正しく生き続けてきたかのほうに力点がある。

つまり、観想法によってどんな仏を見たのか、幻身を実現したのか、などという神秘体験の方に比重はなく、衣食住をどうやって繰り回してきたのかということにポイントを置いた話である。

当時のチベットでは、冥想と正しい生活態度によって治癒が起こるというのはあたりまえだったそうだから、現代の日本人でも冥想と正しい生活態度は基本技ということになる。

そして悲劇的な出来事に出会ったら、起こりつつある出来事の本質を認識し、それに対して心を開き、自分に与えられている力の源泉を使う。そうすることによって、彼は比較的容易に喪失感を癒すことができたそうだ。

『十八歳のとき、チベットの政治的な動乱によって、わたしは二人の師と八人の友人たちといっしょに、チベットを横断し、インドヘ逃亡した。何ヶ月もかかって、何千キロもの道を歩いた。

その途中、人里はなれた谷の聖なる洞窟で、師であり、五歳のときから、まるで親のごとくわたしを育ててくれたキャラ・ケンポが息を引き取った。それは、灰色の高山に四方を囲まれた場所だった。そのとき突然、わたしは、じぶんが孤児であり、逃亡者であり、家を失った難民であることを自覚した。

長い旅の果てに、わたしたちは、豊かな智慧と文明の国、インドにたどりついた。何か月ぶりに、わたしは、木陰の涼しさと、庇護されていることの温かさと安らぎを感じることができた。インドへのチベット難民は約十万人を数えたが、その多くが食物、水、気候、高度の変化のために死んでいった。生き残った者たちにも、チベットに残した愛する者たちの苦しい生活が、日夜ちらつく毎日だった。

そういう暗い日々にあって、わたしを導き、慰めとなってくれたのは、心の中にはぐくんだ仏教の智慧の光だった。もしも問題解決が可能で、しかも、そのために努力することが有意義なら、平和な落ち着いた心と開かれた態度、そして喜びに満ちた姿勢で、解決のために、じぶんの生活を捧げようとした。もしも解けない問題であれば、やっきになって燃えつきてしまったり、時間を無駄にし、エネルギーを浪費しないようにした。

どちらの場合も、感情や頭の中の固定観念に執着したり、その上に長く居座ったり、気にしたりせず、ただ、流れていくにまかせた。そんなことをしても、状況は悪くなるだけだからである。

シャンティデーヴァはこう言っている。
「問題を解くことができるなら、心配する必要はどこにあろうか。
解くことができないなら、心配することになんの意味があろうか」

インドに逃げてからというもの、わたしは僧院の中で生活したり、比丘の戒律を守ったりしたことはない。しかし、チベットの僧院の、聖域としての平和で喜びに満ちたイメージは、いまだに生き生きと目に焼きついている。このうえなく賢明で慈悲深かった子ども時代の師たちのやさしく心慰める言葉は、いまも耳の中で鳴り響いている。さらに大切なのは、当時、直面した困難によってはぐくまれた、平和で開放的で強靭な心の体験が、どんどん精練され、透明な輝きを増していったということである。それはちょうど、金が、溶かしたり、打ったりすることによって精練されるのと同じだ。幼い僧院時代のイメージや言葉や体験の光は、人生の苦痛や混乱や弱さの中でわたしを導き、癒すエネルギーであり続けてくれた。

平和な心というろうそくの明かりを、人生の戦いの嵐から守る。そして、開かれた肯定的な態度の光を、ほかの人々に向けて送る。この二つが、困難なときに、それを乗りこえることを可能にさせてくれた。人生の大いなる悲劇は、さまざまな意味において、祝福であるということを、わたしは悟った。そういった悲劇的な出来事は、あやまった安定をつつむ毛布をひきはがすことによって、人生は幻である、という仏教の教えをはっきりとしめしてくれる。我執のこぶしを開くことがもっている治癒力については、もちろんのことだ。』
(心の治癒力/トゥルク・トンドゥップ/地湧社p15-17から引用)

シャンティデーヴァは8世紀の聖者。



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明治政府と西郷隆盛

2011-11-23 08:03:41 | 時代のおわり
◎米欧回覧の再評価

天皇陛下ご不例にあらせられる時ではあるが、「天皇の暗号/大野芳/学研」を読んだ。

この本は、幕末以来巷間にささやかれる天皇陛下周辺の異説を独自に取材して、裏付けをとろうとした試みの一つである。

明治初期の出来事で腑に落ちない事件はいくつかあるが、その一つが西郷隆盛が下野した理由である。歴史の教科書では、征韓論をめぐる対立で、西郷隆盛が下野したことになっている(武力征伐を主張した板垣らに対して、西郷が全権大使となって韓国派遣を進めたが、実現しなかった云々)。

この本では、西郷の下野について次のような推理をしている・
西郷は、福羽美静らの『纂輯御系図』を公表することで、天子の正統であることを明確にしたいという目論みがあったのに対し、大久保利通らは、そうすることで薩長同盟から今日に至るまでの偽勅、密勅などの欺瞞の経緯が白日のもとに晒されるのを嫌った。ましてこの時期、木戸、岩倉は米欧回覧で、国外にいる。・・・・この紛糾が決定的になったので、西郷は官職を辞して薩摩に帰った。

米欧回覧とは、木戸、岩倉、大久保らが、明治4年12月から1年9か月にわたり米欧を遊覧したもので、なぜか大久保だけが明治6年5月に帰国し、西郷にも会わぬまま箱根から京阪に姿をくらまし、木戸は同年7月に帰国、岩倉は9月に帰国。

そして、西郷は明治6年10月24日に辞職。翌25日、板垣退助、江藤新平、副島種臣も辞官、下野。更にこの3日の間に佐官級将校の辞職は46名に及んだという。

これ以後西南戦争に続いていくのだが、この流れを見れば、米欧回覧と西郷下野が連動していると見るのは自然であろう。

更に著者大野芳氏は、明治政府要人の米欧回覧は後世に言われるような西欧国家見学というようなものではなく、日本国内の不満分子からの反撃・復讐を避けるべく、ほとぼりが冷めるまでの海外高飛びではなかったかという卓見を披歴している。

明治政府は廃藩置県をやったが、これで幕藩体制の武士は一斉に失職したので、今日のギリシアならずとも、全国的なゼネストやら全国規模の反乱が起きなかったのは不思議ともいえる。その雰囲気の中で明治政府首脳が1年9か月海外に高飛びというのは、まんざらハズレでもないように思える。次の西郷隆盛の言はそれを裏打ちするかのようである。

米欧回覧使節団の横浜出港にさいし、西郷隆盛は、「嗟(ああ)、あの大使一行の乗船が万一太平洋の真中で覆没したらんには、それは却って国家の仕合せならん」と語った。

明治政府の中で、より欧米寄りだった人物が米欧回覧に出て行ったのだろう。


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真相不明のままのオウム真理教事件

2011-11-22 06:11:46 | 時代のおわり
◎麻原の最終解脱の真偽など

オウム真理教事件は真相解明のないままに、裁判が終結した、と報道されている。

冥想オタクとしては、麻原某が悟っていたかどうかが最初のキーポイントとなる。
それについては、何人もの元信者たちが感じていたとおりだと思われるので、ここに脱会した古参信者の例を挙げる。

『古参信徒Aの事例

Aは入会前に「米国の瞑想団体」で共同生活を送った経験があった。これを評価してのことだろう、セミナーの際、麻原から風呂に誘われ、直々に「サンガ」(後の出家制度)の設立に向けて協力を要請されたという。

入会後は、シャクテイパットなどによっていわゆる神秘体験をし、「本物」を確信した。「このまま死んでもいい」くらい強烈なものだったという。麻原は会員一人一人を大切にしていたし、メンバーも和気あいあいとしていたと感じていたのだが、しかしAはわずか一年たらずで退会している。

その直接的契機としては「スパイ事件」を挙げている。猪疑心の強い麻原がAの友人でもあった会員を「スパイ」とみなしたようで、Aに「正体」について問うたため、でまかせに「フリーメーソン」と答えたところ、麻原は満足した様子を示し、動向を見張るよう指示された。

こうした麻原とのやりとりで、自身の目的から逸脱した出来事に振り回されることにうんざりしてしまった。彼が言うところのこの「スパイ事件」は決定的であったが、Aはこれ以前より、かねがね麻原や教団(神仙の会)に対して不信感を募らせていたようである。

Aが入会して間もなくのこと、ヒマラヤから帰国し「最終解脱した」と語る麻原に、「ほんとうに解脱したのか」と問うた会員がいた。それを受けて麻原は、石井久子に是認を促したのだった。極めて個人的で心的な「解脱」という状態について第三者に訊ねる態度は理解に難く、「嘘をついているのではないか」と訝ったが、同時に「まさか」という思いもあった。

やがて入会当初は数万円程度だった修行コースは数十万となり高額化の一途を辿った。多くの会員が離脱したが、麻原は「このくらい出さなければ解脱はできない」と意に介さなかったという。麻原の宗教的知識もなにやら怪しげに感じた。当初はヨーガのみだったのに、次第に密教色が濃くなっていった。仏教については少々知っているように見受けられたが、他の宗教に関してはほとんど無知とも言えるほどで、Aが教義上の矛盾を指摘すると黙り込んだり、話題を変えてしまったという。

また取り巻きの言動も目に余るものがあった。Aより後に入会した新実が、出家中の身でありながら「偉くなったら彼女を迎えに行く」とAに打ち明けたのだ。(新実は)「出家の意味が解っていないのでは?」と甚だ疑問であった。麻原のおよそ宗教者に相応しからぬ言動も気になっていた。「尊敬するのは(世俗の政治家である)毛沢東」と述べたときには驚かされた。Aは、宗教的知識がある者ほど早々に辞めていったと述懐している。』
(情報時代のオウム真理教/井上順孝/春秋社p347-348から引用)

この麻原が自分が最終解脱したかを石井に問うシーンは他の書籍にも出てくる有名なところであり、それについては麻原自身も自信がなかったのだろう。

このブログでもマスターの真偽を見分ける方法をサジェストしているが、悟っていない自分が、他人が悟っているかどうかを見分けようとすることには、自分が悟りの何たるかを知らないからして、そもそも無理がある。

そこで真正のマスター、グルに出会うには「縁」に依ると、議論の矛先をずらさざるをえないところがある。求道の情熱、本当に生きたいという気持ちの強さだけが、真正の覚者に出会う機縁をもたらすのだ信じて日々坐るしかないのだと思う。

2008年のリーマン・ショックは、100年に一度の危機と言われたが、5年たたないうちに、「100年に一度」の規模の欧州発の経済恐慌が起きようとしている。
オウム真理教が自ら社会を攪乱するまでもなく、今や「終末」である。


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ダライ・ラマの日々の冥想

2011-11-21 03:35:57 | 密教
◎菩提心と空

ブータン国王とくれば、次はダライ・ラマ。ダライ・ラマが自ら語る一日の中に、彼の日々の冥想が息づいている。

『私の普段の一日

私の一日は、朝の三時か三時半ごろに始まります。目覚めるやいなや、なによりも先に仏さまを思い浮かべ、インドの偉大な聖者、龍樹(ナーガールジュナ)が書かれたお経を唱えます。
そうです、私はベッドに横になったままで祈るのです。合掌し、心からの尊敬をこめて、しかし半分まどろみながら・・・・。

仏教を実践する僧侶として、朝いちばんに仏さまを礼拝してから、他の方々の幸せを願うことのみに向かうように、また思いやりで満ちるように、心の準備をします。そして、これから始まる一日をできるかぎり有意義に使うことを誓います。それから少し運動をします。私もルームランナーで走るのです。

五時頃になったら朝食をとります。その後、何座か瞑想してお経をいくつか唱えると、もう八時か九時です。普段は、それから新聞に目を通しますが、謁見室で人と会うこともあります。
さしあたって用事がないときは、かつて師僧たちに教わったことのある仏典を読むことが多いのですが、話題の新刊書などを読む時間にあてることもあります。

そして、ふたたび瞑想のために坐ります。命あるものなら誰もが抱える「苦しみ」をなくしたいと願い、そのために自分が悟りを求める心のことを仏教用語で「菩提心」といいます。この「菩提心」を対象として観察し、分析的な瞑想をします。それから同じ要領で「空」についても瞑想します。

私は毎日の修行のなかでも「菩提心」と「空」の二つの瞑想をもっとも重視しています。この二つの瞑想は、日々の生活のどんな場面でも役立ってくれるからです。苦境に立たされても、どんなに悲しいことがあっても、また悪い知らせに接しても、これらの瞑想のおかげで心の底まで乱されることはなく、何があろうと落ち着いていることができます。瞑想は私の心の支えなのです。

昼食後は、約束の待つ謁見室に戻ります。私はここで、ほとんど毎週のようにチベット本土から亡命してきたばかりのチベット人たちを迎え入れています。

五時近くになると、夕方のお茶の時間です。私は僧侶なので夕食はとりません。でも、お腹がすいてどうにも我慢できないときに限っては、仏さまがたに「どうぞお許しください」と断ってからビスケットをかじります。それから、また祈りと瞑想に専念するのです。

そして、七時か八時には眠りにつきますが、その前に、今日一日をどのように過ごしたか、
ふりかえることを欠かしたことはありません。私の睡眠時間は八時間から九時間ほどです。このうえない安らぎ。至福のときですね・・・・・(笑)。』
(ダライ・ラマ こころの自伝/ダライ・ラマ14世/春秋社P41-42から引用)

この語りには、覚者の規律で特徴的なことがいくつか述べられている。


朝の起き抜けの浅い意識状態の中で祈りを捧げること。

朝、運動をすること。たまたまルーム・ランナーを使っている。

朝食後と午前中は数セット坐る。その冥想の中で、菩提心の観想やの観想を行う。ダライ・ラマは、この2種を特に重視している。クンダリーニ・ヨーギですね。

毎週新たな亡命チベット人を迎えるのでは、その心からは悲しみが拭い去られることなどないのだろうが、この2種の冥想で、その悲しみに押しつぶされることなく、落ち着いていられるというのは、単なる心理操作、感情コントロールではなく、自分も相手もないというあらゆる差別のない状態に戻っているのだろうと思う。

夕方のお茶の時間以降は、祈りと瞑想。

一日の終わりには、その日一日の回顧。これも睡眠の前準備としてとても重要なものなのだろうと思う。

亡国であるとはいえ、一国のトップである人とはいえども、地味な一人の冥想修行者の生活ではある。

我々は、働いていたり学校に通っていたりすると、日中坐ることはできないが、日々の冥想を。



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ブータン国王来日

2011-11-20 08:02:10 | 密教
◎私は龍を見たことがある

ブータンといえば、中国の圧政に苦しむチッベト密教信者や高僧の、いくつかある脱出ルートの一つとして知られる。

そのブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王夫妻が来日している。

世界の中でも王室、皇室は最近ではめっきり少なくなり、仏教国の王室で残っているのは、ブータンとタイと日本くらいになってしまった。

同じチベット密教でも、ダライラマの訪日はほとんど報道されない日陰の扱いであるのに対し、ブータンは何だか思いっきり日向の扱いであることに、面はゆい感じさえする。

さてブータンにとっても隣国中国のチベット密教信者たちの苦難は、決して他人事ではない。また2001年ネパール王室において、王族が一堂に会した王族晩餐会で、国王夫妻以下多数の王族が射殺された事件は、今なお真相は定かではないというものの、ブータン王室としても相当なショックがあったはずである。

隣国ネパールの政情は、ネパール王族殺害事件以後安定しているとは言えず、ブータン国王としても、今般は相当な危機感を持っての来日であり、きれいな金閣寺などの仏教寺院を見たいとか、東北関東大震災の被災者を慰霊したいということだけが目的ではないのだろうと思う。

ところで、ワンチュク国王は、訪問先相馬の小学校で
「龍を見たことがありますか?私は龍を見たことがあるのです。は経験を食べながら成長するのです。龍はひとりひとりの心の中にいるのです。ですから、強い龍になりましょう。』と小学生に語りかけた。

彼は、龍を自己のたとえとし、自己を見たことがあるというのだから、見神体験があることを、言葉も通じない小学生に対し衒いもなく率直に語っているので、相当に修行を積んだ人であるように思った。

ワンチュク国王、よくぞいらしていただきました。

日本でも今後宗教弾圧シーンがないとはいえないと思う。社会全般で利益だけを求める国の先には必ずそういうものを招く流れがある。


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失われた占星術の技法-4

2011-11-19 03:38:37 | 占星術  (冥想法6)
◎あるべき占星術の姿

これまでの失われた占星術の技法を見ると、天文学の発達や天体望遠鏡の機能向上とは裏腹に古来のテクニックを喪失し、片輪走行みたいになっている占星術の現代の姿がイメージできる。
いまや占星術は、現実の天球図とは異なる仮想の出生天球図でイメージされた人物像でもって占断を下すという、高度にインスピレーションを要する技になっているようだ。

ストーンヘンジやピラミッドが占星術のステーションだったという気は毛頭ないが、もともとあった占星術の姿はこのようなものだったと思う。

1.毎日肉眼や機器で惑星および主要な恒星の位置を観測、確認する。
2.恒星の位置に合わせた、黄道星座つまりサイデリアル黄道帯を使用する。
3.公的生活、外的生活は上半球(7~12室)、内面活動は、下半球(1~6室)だが、内面活動の見方については、冥想修行の可能性を見ることをメインとしてホロスコープを用いる。
4.惑星の動きだけでなく、一等星など恒星の影響についても解釈を加える。
5.占星術師は少なくとも悟っていること。占者が、何が善で何が悪かわからなければ、占断以前ではある。

こうしたものであれば、占者の高度なインスピレーションでもってホロスコープのずれを補正するみたいな負担は最小限にできるのではないか。

そうは言っても、ホロスコープでのんびり「その人にあった生き方、ライフスタイル」なんかをアドバイスすることで何とかなる時代は終わった。いまやその人が正しく生きているかどうかそのものが問われている時代となってしまった。


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作曲家たちの飛翔-4

2011-11-18 06:05:44 | 究極というものの可能性
◎きっかけ

作曲家たちは、様々な意識的・無意識的な準備を経て、寝起きや夢で霊感を得るのだが、そこにはきっかけがある。

ウェーバーは、とあるカフェでひっくり返した食卓や椅子を眺めていて、オペラ「オーベロン」の着想を得た。

田園や森や木々、岩、村などの自然をきっけかけにインスピレーションを受けた例は、ベートーベンの田園、シューマンの春などがあり、逆に聞くものをして自然を思い起こさせるケースは枚挙にいとまがない。

作曲家ブリテンは、ベルゼンの死の収容所を訪れることで、「ジョン・ダンの神聖なソネット」を書き上げた。

作曲家シア・マスグレイヴは、鉱山事故のニュースを聞いてから、オペラを書くことに没頭した。

自然と並んで、詳説や劇、詩などの文章も作曲家にとって着想を得る豊かな源泉となっていることを、グルック、ドビュッシー、ラヴェル、メンデルスゾーンなどは書き残している。

文章以外にも他人の音楽や美術も霊感のきっかけとなっている。
(以上出典:インスピレーション/ジョナサン・ハーベイ/春秋社)

こうしたきっかけの例は、わりと音楽を連想しやすいものに注目が行くのだろうが、禅では悟りのきっかけを、あの短文の中にわりと記録に残しており、禅では契機というものに対するこだわりがある。禅では、意表を突くあらゆるものがきっかけとして用いられる。

チベットの埋蔵経をこの世に出すのも、新たな曲をこの世に出すのも、無意識の倉庫から引っ張り出すという点では同じようなものだ。しかし、それが、どのようなきっかけで起こったかはあまりにもバリエーションが多すぎて、いわば何でもきっかけになるものであると見た方が良いように感じる。

きっかけそのものの性質、態様が問題なのではなく、むしろ内に満つる今にも流れだしそうな、はじけだしそうなものの内的な圧力を高めていくことの方が主題であるように思う。


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河北新報のいちばん長い日

2011-11-17 05:54:44 | 時代のおわり
◎神の心は石ころの心

新聞記者が、荒浜や気仙沼や陸前高田や志津川などの被災地を被災直後に回って、死体がごろごろしている中を、人を助けることを第一にしないで、どんな気持ちで取材していたのかと、震災直後は思っていたが、この本(河北新報のいちばん長い日/文芸春秋)でよくわかった。

新聞記者も人の子であって、なま死体を見続けると自分が生の世界にいるのか死の世界にいるのかわからなくなり、しばらくしてから、やがて自分は生きているということを強く意識するものらしい。これは最前線の戦場に置かれた兵士の現実感の喪失と何ら変わることはない。

3月12日正午、南三陸町で記者が目にした、たくさんの荷物すら持っていない、すべてを失った人々が、恐れも怒りも悲しみさえも感じられない生気のない顔で、黙々と海と反対方向に向かって歩く光景がとても印象に残った。

神の心は石ころの心

3.11の初日は、被災の範囲、規模、展開速度が大きすぎ、速すぎて、報道機関でありながら今何が起きているのかを把握できていなかったこと。あるいは3月15日頃からは東京のテレビや新聞報道が原発中心になって、各地のインフラの破壊状態、回復状態の報道は漸次少なくなったため、地元の人にとっては河北新報の地元情報が貴重だったこと。などなど、図らずも被災者でもある地元新聞社としての限界と優位性を開陳することになった。

宮城県沖地震で地震慣れしているはずの河北新報の人が、震災発生から17日間は、毎日ほとんどおにぎりしか食べられなかったというのも、この震災の深刻さを物語る。


『天地(あめつち)の自然の力に抗すべき 何物もなしと省みるべし』
(出口王仁三郎)


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吊るされた男の死

2011-11-16 06:02:20 | 冥想アヴァンギャルド
◎死から先

『奥義を完全に伝授された男は、その工程すべての知識を持っており、こうした秘儀を自分のものにするからには、死の報いがあることを知っている。
(タロットの大家から、沈黙の義務を象徴すると言われている、「吊るされた男」にかんするエリファス・レヴィの言葉)』
(世界予言全書/トニー・アラン/原書房P154から引用)

この文からすると、吊るされた男は、クンダリーニ・ヨーガの工程すべての知識を持っている男である。そしてその体験とは言えない体験をしてみせた暁には死が待つ。

その体験の後、9割方の人は死によってその人生を終わるが、まれに復活する者がいる。復活する者の中には、言葉を持たない者もおり、彼らからは精妙なバイブレーションは伝わるが、言葉による伝授はない。ただし復活した者の中には、言葉でもって大いに語る者もいる。

その一人が出口王仁三郎である。

西洋の錬金術書はあまたあるが、その著者のすべてが極めている訳ではない。また中国の金丹書もその著者のすべてが極めている訳ではない。むしろ彼らの多くは窮めないまま書き下したのだろうと思う。抱朴子みたいなのがそれ。錬金術系の書物も、本当に修行の参考にできるものはさほど多くないと思う。

さはさりながら、書物よりもまずはグルを探すことこそ重要だと思う。その動機の真剣味が磨かれねば何も起きないのだ。


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