アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

観想付呼吸法の16種セット-2

2011-09-30 05:48:31 | 冥想アヴァンギャルド
◎追い込んで手放す

パーリ語原典からのアーナパーナサティ・スッタの観想付呼吸法の16種セットの後半8種。これは、井上ウィマラ氏の別の著書「呼吸を感じるエクササイズ/岩波書店」にも出ていて、ヴィパッサナーの基軸ノウハウの一つと位置づけられるのだろう。

16種全体で特徴的なのは、吸うと吐くの間のブランクについて、特に意識した配慮や観想がセットされていないことである。やはり基調は、息を見つめるという特殊な観想にあるようだ。


『9・「心を感じながら息を吸おう」と訓練し、「心を感じながら息を吐こう」と訓練する。

10.「心を喜ばせながら息を吸おう」と訓練し、「心を喜ばせながら息を吐こう」と訓練する。

11.「心を安定させながら息を吸おう」と訓練し、「心を安定させながら息を吐こう」と訓練する。

12.「心を解き放ちながら息を吸おう」と訓練し、「心を解き放ちながら息を吐こう」と訓練する。

13.「無常であることを繰り返し見つめながら息を吸おう」と訓練し、「無常であることを繰り返し見つめながら息を吐こう」 と訓練する。

14.色あせてゆくのを繰り返し見つめながら息を吸おう」と訓練し、「色あせてゆくのを繰り返し見つめながら息を吐こう」と訓練する。

15.「消滅を繰り返し見つめながら息を吸おう」と訓練し、「消滅を繰り返し見つめながら息を吐こう」と訓練する。

16.「手放すことを繰り返し見つめながら息を吸おう」と訓練し、「手放すことを繰り返し見つめながら息を吐こう」と訓練する。

修行者たちよ、このように呼吸による気づきを何回も繰り返し修行 したとき、大きな効果があり、大きな成果があるのです。』
(呼吸による気づきの教え/井上ウィマラ/佼成出版社P226-227から引用)

この文章に引き続いて、四つの気づきの確立という章があり、この修行によって
『修行者は感受において感受を繰り返す』あるいは『修行者は心において心を繰り返し見つめながら過ごす』という、現代人の勤労生活者からすると、聞くだに恐ろしい自分の心を真正面から見つめるテクニックであることがよくわかる一節がある。

とりわけ13段目以降の無常を見つめる、色あせていくのを見つめる、消滅を見つめるというのは、簡単にネガティブな世界に落ち込んでいきそうなテクである。迅速にうつになりそうな技である。

ここを通過して、手放せと言われるのか。一人でまともなグルなしでやるのは、これは危険かもしれないと思った。ただ釈迦自身がこの技法でもって覚醒したという言い伝えもあるそうだから、技法の正統性はあるのだろうと思う。


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観想付呼吸法の16種セット-1

2011-09-29 06:07:34 | 冥想アヴァンギャルド

◎感じて静める、感じて静める

釈迦の呼吸法で、漢訳の大安般守意経では、『仏に六潔意あり、数息、相随、止、観、還、浄、この六事はよく無形を制する。』とあったが、釈尊の呼吸法/村木弘昌/春秋社の解説では、よくわからなかった。

そこで、パーリ語原典からのアーナパーナサティ・スッタの全訳を井上ウィマラさんがやっているので、それを見てみよう。これは、観想付呼吸法の16種セットであって、いわゆる呼吸を見つめるってやつ。最後の4種は、のっぴきならないところに自分を追い込んでしまう可能性が高いと見た。

井上ウィマラさん自身もこの呼吸を見つめる修行法をなさってきた人らしく、文章の端々に精妙な感性を持ってあらゆることに出会っているという風が見える。この状態でだんだんに追い込んで行って、この16段呼吸観想の最後の方は相当に煮詰まってしまうのがわかる。

坐法は、身体をまっすぐに保って、足を組む、だが、クンダリーニ・ヨーガ系らしく、あまり制限はないようだ。

まずは、最初の8段。
『1.長く息を吸っているときには、「長く息を吸っている」と知り、長く息を吐いているときには、「長く息を吐いている」と知る。

2. 短く息を吸っているときには、「短く息を吸っている」と知り、短く息を吐いているときには、「短く息を吐いている」と知る。

3. 「全身を感じながら息を吸おう」と訓練し、「全身を感じながら息を吐こう」と訓練する。

4. 「身体の動きを静めながら息を吸おう」と訓練し、「身体の動きを静めながら息を吐こう」と訓練する。

5. 「喜びを感じながら息を吸おう」と訓練し、「喜びを感じながら息を吐こう」と訓練する。

6. 「リラックスしながら息を吸おう」と訓練し、「リラックスしながら息を吐こう」と訓練する。

7.「心の動きを感じながら息を吸おう」と訓練し、「心の動きを感じながら息を吐こう」と訓練する。

8. 「心の動きを静めながら息を吸おう」と訓練し、「心の動きを静めながら息を吐こう」と訓練する。』
(呼吸による気づきの教え/井上ウィマラ/佼成出版社P226から引用)

感じて静める、感じて静める、これを対象を変えながら、呼吸を軸に深めつつ繰り返していく。目から入るあらゆる映像と耳から入る聴覚刺激で洗脳されまくっている現代人にとってこの訓練はきついかもしれない。
2千年前でもこの修行が簡単だったとも思えないので、きついのは当然か。



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シリウス=大犬座

2011-09-28 06:07:42 | 究極というものの可能性
◎今は重視すべきではない思ひ出

出口王仁三郎はオリオン由来であることを公言し、ダンティス・ダイジは、シリウス由来であることをほのめかしている。

こう言っちゃあなんだが、何も知らない現代人に向かって、あなたの前世は○○星ですなんてことを託宣したとしても、それは本人の何がしかの好奇心を満足させるだけであって、求道的には何の益もない。

前世は輪廻転生の一部だが、それが問題になるのは、自分が開悟して、その余禄として超能力たる自分の過去世をさかのぼる遠隔透視ができるようになってからのこと。自分が開悟する前に、あなたの前世は○○でしたなどと言われてもあなたにはそれを確かめる能力も術もない。そんなことはあなたに余計な混乱を招くだけである。あなたについての霊言、チャネリングも似たようなものである。

そして輪廻転生も、ほとんどの人が想像している『滅ぶべき肉体に不死不滅なる霊魂が宿っていて、その霊魂は輪廻転生する』というのはそもそもオカシイ。必滅の肉体+不死の霊魂セットは、うそっぽく、その考え方の延長で、誰かがもともとシリウスからやってきたなどと信じ込むことに何の意味もない。


さてあなたは、神に出会ったのち、何回かの前世のビジョンをさかのぼって、地球外の惑星から地球に降り立ったビジョンを見たとする。

『シリウス(ギリシア語ではセイリオスという)は、古代社会でもっとも重要な星だった。エジプト史の上でも一時期この星は非常に重視され、そのギリシア名にちなんで・自国を
「シリウスの地」と称した文書もあるほどだ。

また神殿の向きをとくにくわしく研究した十九世紀イギリスの天文学者ノーマン・ロッキャーは、古代エジプトでシリウスにゆかりの方位に合わせて建てられた神殿を七つも測量した。

そのうちふたつはカルナクに、ひとつはすぐ隣のデイル・エル=バハリ(ハトシェプスト女王を葬るためにつくられた有名な神殿複合体)にある。実際このような慣習は約三千年にわたって続けられた。その最後を飾るのが、前七百年にデンデラにつくられたイシス神殿の付属建築物である。

そうしたことから、エジプト人はこの星をさまざまに呼んだ。ソティスといったときもあれば、イシス=ソティスとか、さらにはトトと呼んだ時期もある。ちなみにこの最後の名は、エジプトの、主神の名であるだけでなく、エジプト暦の最初の月の呼び名でもあった。

ともあれいずれの名も、古代の知の体系、とりわけ最高位の女神であり乙女座の原型ともなったイシスにちなんでいる。シリウスがエジプトの占星術でどれほど重要視されていたのかは、この星が時に犬をかたどった単一のヒエログリフであらわされたことからもわかる。つまり表象としては、シリウスやそれの属する星座は、ローマ人がそれを大犬座と名づけるずっと前から犬と結びつけられていたのである。』
(風水都市ワシントンDC/D.オーヴァソン/飛鳥新社P168-169から引用)

エジプトに移住したアトランティスの残党の主力がシリウス由来であったとしても、それは現代人が覚醒できるかどうかには、ほとんど関係ない“エピソードX”に過ぎない。



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世界の天然ガス埋蔵量の急増と火の雨

2011-09-27 06:08:09 | 時代のおわり
◎メタンハイドレート

最近NHKで、天然ガス埋蔵量が急増していることが報道された。国際エネルギー機関IEAによれば、世界の天然ガス需要は2035年に08年比で62%も増加すると予測。エネルギー全体の需要が年率1.2%で増えるなか、天然ガスは年率2%と約2倍の勢いで伸び続ける。それを支えるのが非在来型天然ガスを中心とする世界の天然ガス埋蔵量の急増である。

非在来型天然ガスには、現状、タイトガス・コールベッドメタン・シェールガスという三種に加え、海底を中心に分布するメタンハイドレートがある。

タイトガス: 浸透率0.1ミリダルシー未満の砂岩に含まれる天然ガス
コールベッドメタン: 石炭層に吸着したメタン
シェールガス: タイトガスよりも浸透率が2桁以上低い(0.001ミリダルシー未満)泥岩の一種である頁岩(シェール)に含まれる天然ガス (1ミリダルシー=9.87 x 10-16 m2)

水平坑井や水圧破砕など技術の飛躍的な進歩により、世界中に眠っている膨大な量の天然ガスの存在が明らかとなり、非在来型ガスの技術的回収可能量は230.3兆立方メートルと試算され、少なく見積もっても、残された在来型(404.4兆立方メートル)の60%弱も存在することが明らかとなっているという。

以上のタイトガス・コールベッドメタン・シェールガスは、既存の石炭層、石油層の近隣に存在していたもので、採掘技術の進歩により、資金調達さえできればかなりの量を使用できる目途が立ったということで大変結構なことである。

さて、先日のNHKの報道ではメタンハイドレートについては一言も言及がなかった。メタンハイドレートは燃える氷とも呼ばれ、海底の温度が数度上昇するだけで溶け出し、海底内で放出されたメタンガスは海中を経由して大気中に放出されると云われている。

大量のメタンガスが大気中に放出されたところで、何かの拍子に着火すれば、その被害は甚大なものになるのではないか。メタンハイドレートの動向は日本のエネルギー需給を左右するだけではなく、軍事専門家にとっても実は大きな関心事なのではないか。

将来起こるかもしれないメタンハイドレートに起因する火の雨は、故意の人為か事故か、自然発生かはわからないが、メタンハイドレートの動向については、今後も留意していく必要がある。

朝鮮の神人姜甑山には、こんな予言があり、その実現可能性にメタンハイドレートがかかわってこないともいえまい。『東洋は火で攻め、西洋は水で攻めるだろう。この世を火で攻める時は山も赤くなり、野も赤くなって、子供が危急であっても、助け出す間もないであろう。』そのものずばりではないが、出口王仁三郎も、これをほのめかすようなことは言っている。

日本海沿岸で海底面に露出したメタンハイドレートが発見されており、日本人にとって無関心ではいられまい。


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ノストラダムスの世界解釈の方法

2011-09-26 05:49:12 | 超能力・霊能力
◎強力な癲癇状の興奮と天啓

さて、ノストラダムスの予言スタイルである『深夜秘密の部屋で青銅の椅子に座ってかすかな炎が立ち上る』について、ノストラダムス自身が解説している部分がある。

同じような遠隔透視であるが、ノストラダムスのそれは、マクモニーグルのそれとは、見ている地平が全く異なっているという印象を受ける。その予言・透視の違いは、言うなれば世界の全体性とバランスがとれているかどうかということのように思える。ノストラダムスにとっては、人類全体の運命は、他人事ではなかったが、マクモニーグルはそこまでの余裕と懐の深さはなかったように思う。

以下は、ノストラダムスが息子セザールに宛てた手紙の一節。
『すなわち、予言者とは、わが子よ、いわばあらゆる被造物が持つ生来の認識ではるか遠くの事物を見る人の謂である。そして、予言の完璧な光明を用いて、予言者は神界のことも人界のこともはっきりと現出させることがありうる。

将来を予言する結果が時間上はるか遠くにまで広がっているのだから、それ以外の方法がないのである。――――なぜなら、神の秘密は不可解であるし、因果関係を示す徳は生来の認識の広大な拡がりと接し、自由意志にそのもっとも近い源をもっており、さまざまな原因を明らかにするからである。それらの原因そのものからは、人間の解釈によっても、また他の認識様態とか、現在から時全体を包含する全き永遠にいたるまでを天空の下に包括するような不可解な科学によっても、天啓を授かるための知識は獲得されないのであるが。

強力な癲癇状の興奮でこの不可分の永遠を手にすることで、諸原因は天体の運行とともに解明されるのだ。わが子よ、おまえによく分かるように、こうした内容の認識がおまえの繊弱な脳裡にまだ刻みこまれえないとか、はるか先の未来の出来事の素因が理性を備えた被造物には理解されえないとかを私は言うのではない。

―――――けれども、もしこれらの素因が本当に理知的な魂をもつ被造物に理解されうるなら、目の前にある事柄もこれから先の事柄も対して秘匿されることにもならないし、啓示されるということにもならない。

ところが実際は、神からの天啓がなければ、これらの素因に対する完全な認識は得られないのである。なぜなら、予言をもたらすいかなる天啓も、その主なる源を創造主なる神の起動力から、次いで偶然と自然から得ているからだ。それゆえ、類似の出来事が起こるといっても、決して無差別に起こるものではないので、前兆は予言したとおりに部分的に実現するのである。

小さな炎―――――そこで未来の出来事の一部は明らかになるのだが―――――を手に入れ、黄道帯の助けを借りて発せられる声でならいざ知らず、知性から作られる理解カでは神秘的にものを見通すことはできない。

そこでまた、わが子よ、脆弱な感覚をわずらわしてまで、体をやつれさせ魂を堕落させるような事想とか絵空事におまえの理性を決して使わないでほしい。ましてや、その昔、聖書や聖なる教会法が排斥した呪うべきこのうえない魔術の絵空事に。ただし占星術の判断は例外で、排斥されることはない。占星術と神からの霊感と啓示のおかげで、夜なべ続きの予測によって、私は予言を文書にしてまとめあげたのである。』
(新釈ノストラダムス/フォンブリュヌ/講談社P24-26から引用)

知性から作られる理解力では、ダメとしているので、世の終わりの学者たちが喧伝するやり方は、冥想による啓示を前提とした何かであることがわかる。
それは、ホロスコープをきっかけとするトランス状態を示す強力な癲癇状の興奮によってビジョンを得たり、将来起きる出来事を感得するのだが、それだけでは、何が起こるのかを理解することはできない。

それを理解するのには、ある天啓が要るのである。
文中の黄道帯は、12星座並べれば、ウロボロスであり、クンダリーニの表象なのだが、黄道帯=クンダリーニだから、クンダリーニが小さな炎であると断言するまでの自信はない。


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ノストラダムス的歴史観の世界的広がり

2011-09-25 07:54:52 | 時代のおわり
◎1999年以後の進歩

ノストラダムスの大予言は、既に外れた予言として世間が省みることはほとんどない。それが証拠に、ノストラダムス関連書籍は、1999年以降に出版されたものは皆無に等しいからである。予言の真の価値は問わず、流行ものの一つとして、時間のない世界からのメッセージを扱っている。

少なくとも1999年の大破局は、今年で12年は、ずれたことになる。誰が何のために延期したか。それは、人類の熟成が未だしということで、12年ずれたということだろう。
さて、この12年で少しでも自分は為すべきことを為し、できるだけ坐れただろうか。

以下の引用は、ノストラダムスが息子セザールに宛てた手紙の一部。
『しかし、息子よ、私がおまえの未来の認識力から隔たりすぎることがないようにするためにも、多くの大災害と、水びたしにならないような国がほとんどないほどの革命をもたらす世界的な大火災が起こる前に、学者たちが私の世界解釈の方法を、大いにそして通常誇らしげに喧伝するであろうということを知っておいてほしい。

この大火災は、歴史と地理そのもの以外のすべてが滅びるまで続くであろう。そのため、いろいろな国々でこれらの革命が起こる前後、雨が乏しくなり、天から大量の火と火を吹く砲弾が降って来てすべてを焼き尽くすであろう。そして、これは最後の大火災〔一九九九年〕の前に起こるであろう。なぜなら戦争がその世紀〔二〇世紀〕を終わらせる前、その最後の段階〔一九七五-九九年〕において、戦争がその世紀を支配するからである。ある国々は数年間革命から逃れられないであろう。その他の国々はさらに長期間破壊が続くであろう』
(隠された千年王国/スティーブン・コーク/春秋社P82-83から引用)

火を吹く砲弾は、火の雨。ここで注目しているのは、「世界的な大火災が起こる前に、学者たちが私の世界解釈の方法を、大いにそして通常誇らしげに喧伝するであろうということを知っておいてほしい。」という部分。

ノストラダムスの世界解釈の方法を理解するということは、ノストラダムスと同じ立ち位置に立って、世界の歴史の流れを遠隔透視することである。百詩篇の冒頭にあるように、深夜秘密の部屋で青銅の椅子に座ってかすかな炎が立ち上れば、同じ立ち位置に立つということだろう。

つまり学者たちが覚醒して、時間のない世界に軸足を置いて、時間のある時代の流れをきちんと解釈できるようになる。そんな学者が世界中に増え、真理を世界的に喧伝するのだろう、・・・・が今はとてもそんなことは期待できそうもないように見える。

しかし世界中に正しい教えが広まるというのも、それが起こる前提条件の一つとして認識されているのだろう。


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ノストラダムスの6年の無常

2011-09-24 07:04:47 | 超能力・霊能力
◎神の手で追い込まれる

ノストラダムスは、もともとは街の霊感占い師兼医者だったが、ペスト流行の最中に、あろうことか、我が妻と子供二人をペストで失った。

それまでは、一般の人々をその独特の治療法である、バラの花びらを乾燥してすりつぶしてカプセルに詰めたものをペスト患者の舌の下に入れるという手法で多くの患者の命を救ってきた。その治療法の成功によって彼は富も名声も得てきたが、家族のペストを治せなかったことをきっかけに、彼は社会的にも家庭的にも追いつめられて行く。

妻と子供を失ったショックは彼には耐えがたいもので、その精神的な動揺は後援者や親類縁者の期待を裏切るほどにひどかったらしい。妻の両親からは持参金の払い戻しを求める訴訟を起こされ、異端審問所からは、不正行為の咎で取り調べをすると脅され、ノストラダムスは、結局仕事を続けることをあきらめた。

そして虚脱状態の中、地位も名声も金も失い、ノストラダムスは、6年間フランスとイタリアを放浪した。

こうして、無常に追い込まれながらも生きる情熱を持ち続けていたからこそ、予言詩集『百詩篇』が出来上がった。

ノストラダムスは息子セザールに対し、百詩篇の取り扱いについて、時の人々の期待とは異なる内容であって、不興を買うことになるだけだから、「聖なるものを犬にやるな、真珠を豚に投げ与えるな」と戒めた。

釈迦は自ら家庭と社会生活を捨て去ったが、ノストラダムスは、いわば神の手で棄てさせられた。どちらがいい悪いなんて言えないが、どちらもまず先に無常がないとそうはなるまい。


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その秘密を語ってはならない

2011-09-23 06:48:07 | 錬金術
◎ふさわしい原素材

錬金術書「賢者のばら園」も「物いわぬ書」も、その秘密は洩らされてはならないとする。しかし老子は、「知る者は言わず、言う者は知らず」という。この2種のロジックを突き合わせると、賢者たちが、その秘密について説明を求められた時によくいう「それは言葉では説明できない」という発言にブチ当たる。

それはもともと言葉なんかで説明できなので、「洩らしてはならない」と逆説的に表現されたのだと思う。

『「賢者のばら園」フランクフル卜・アム・マイン, 1550年,から。
太陽と月によって象徴されている王と王妃,心理学的にいえばアニムスとアニマが,聖霊の鳩によって生気を与えられた「花を通して」,話しあっている。

テキス卜を翻訳すると次の通りになる。(業の秘密)「注意せよ。われらの練達の業において, 賢者たちが隠したものは何物もない。ただ人に洩らしてはならぬ業の秘密については例外である。なぜなら, もしそのようなことが起これば、彼(秘密を洩らした者)は呪われるだろうからである。彼は神の怒りを招き, 卒中で死ぬであろう。だから業におけるすべての誤りは,ふさわしい原素材を選ばぬことにある・・・・・」

(中略)

「物いわぬ書」より。仕事の段階。
それを終えた後,錬金術師とその仲間「ソロル・ミスティカ」(奇跡の姉妹)は沈黙の姿勢をとる。秘密は洩らされてはならない。下方。絵の部分の銘―――――この本の中の唯一のことば―――――の訳「祈れ。読め、読め、読め、あらためて読め。仕事をせよ。さればなんじ、見出さん」。』
(ユング そのイメージとことば/アニエラ・ヤッフェ編/誠信書房P127から引用)

原素材とは、精神の成熟度をいうのだろうか。それを得るには成熟度が今一つな原素材では、結局得られないということか。


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人は何のために生まれたか

2011-09-22 04:40:46 | 只管打坐
◎ヘルダーリンの至高・至美

ヘルダーリンの詩から。

『より高い生

人間はおのれの生を選びおのれの決定を選ぶ、
迷妄をはなれてかれは 知恵と思想と
世に滅びた記憶を知っている、
そして何物もかれの内的世界の価値を苦しめることがない。

壮麗な自然は、かれの日々を美しくし、
かれのうちなる精神はかれに新しい志向を
しばしば与える、そして真理をたっとぶことと
より高い意味といくつかの稀少な問いを。

そのとき人間は生の意味をも知りうるのだ、
最高のもの 最美のものをおのが目的として命名し、
人性にしたがって生の世界を観、
高いこころをより高い生としてうやまうことができるのだ。
                          
                 スカリダネリ
(一八四一年一月二十日ごろの作と推定される)』
(ヘルダーリン全集2 P339-340から引用)

転生で子宮に入る以前から真理への情熱を持ちながら、稀少な問いを携えて生きる求道者の姿が、この詩から見えるようだ。
人である以上は人として生の部分を見ざるをえないが、ねたみ・やっかみを排して、他人の高い精神性を素直に敬うことができる人は、なかなかいないものである。

そして至高・至美を追い続けるには、ある種の情熱が要る。


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人間の運命についての二つの視点

2011-09-21 06:03:58 | 究極というものの可能性
◎人間という形と自由

人間の運命については、自分が劣った人類のままで滅ぼされるままになるか、あるいは劣った人類であることをやめて、優れた人類として滅ぼされることを回避するかという文明的な視点がある。

もうひとつの視点としてはドン・ファン・マトゥス流の、人間という形を超越するという、人間の自由の方により着目した視点がある。

最初の文明的な視点では、文明社会が存続するかどうかという、文明そのものへの愛着を残したまま、人間として生きようという意思がある。劣った人類とは、神知らぬ人間のことである。優れた人類とは、少なくとも神に出会ったか。神との合一を経た人間のことである。そんな人であれば、自分が滅ぼされようが滅ぼされまいがそんなことは気にしない。

次の人間の自由の方に重心を置いた視点というのは、はなから文明の維持存続にはあまり関心がないように見える。人間という形を超越するとは、肉体として生きることにすらあまり興味を持っていないようにすら見える。カルロス・カスタネダの修行をみると、アストラル世界での修行が中心であって、肉体生活がどうだったかというのは二の次だ。

こうした世界に生きる人々とは、例えば最乗寺の慧春尼で、境内に薪を積み上げて火をつけてその中で坐禅し、火定に入って、兄の了庵が、「慧春、熱いか、熱いか」と問うと「冷熱は生道人の知るところにあらず」と答えてみせた。あるいは、天仙が肉体のまま虚空に昇るとは、文字通り「出世間の法」であり、たとえば陰長生は、馬鳴生から授かった「太清神丹経」で、薬を調合し、丹薬が完成させ、即座に昇天しないように、その半分を服用した。その後、陰長生は、黄金10数万斤を作り、面識の有無を問わず世間の貧しい人に恵んでやり、三百余歳で平都山の東で白日昇天した。

この二つの視点は、只管打坐かクンダリーニ・ヨーガかということではなく、その人の個性が選び取るものであって、修行法のタイプとはとりあえず関係がないように思う。まずは人間を超える視点を確保して、その後に選びとる。それが自由というものなのではないだろうか。




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宇宙植民計画 第三の選択・第四の選択

2011-09-20 05:59:30 | 時代のおわり

◎第五の選択

宇宙植民計画とは、地上が天変地異と核戦争で壊滅していこうとしている最中に、少数のエリート優性人類が地球を一時脱出し、月の基地や宇宙空間のステーションに一時待避し、ほとぼりがさめてから地球にもどるか、火星に構築した移民基地に移住しようというような計画。

どこからどこまでが石屋の仕組みかわからないが、この計画のもう一方の柱には、人間牧場や人類家畜化計画、人類奴隷化計画があり、大半の劣った人類は早々にその未来を捨ててもらおうという意図がありありであり、それと裏腹に優秀な人間だけ生き延びてもらおうという発想がある。

原発やエイズの蔓延、麻薬の浸透、国家財政破たんによるユーロ暴落やドル暴落をきっかけとした世界通貨体制の崩壊など、どうみても人類にとって益にならないような大きな施策がある場合は、それは劣った人類の削減策のひとつであると見ることもできないことはない。

問題なのは、誰が何のためにこうした大企画を練って実行に移しているか、なのであるが、それは隠された支配エリートグループの仕業ということになっている。
参考:第三の選択/たま出版、第四の選択/徳間書店

そういう結論で納得できる人は良いが、そういう結論の奥にもうひと押しあるのではないだろうか。

その点でオバマ大統領の2009年の核兵器廃絶演説の隠された意味について想像をめぐらさざるを得ない。それとスペース・シャトル計画の終了。実質的に宇宙植民計画は放棄されたのではないか、そしてそこに第五の選択が用意されているとしても、それは、金も力も権力もない我々「劣った人類」にとって歓迎すべきものではないような気がする。

ただし、ノアの時代もロトの時代も、劣った人類は過去何回か壊滅させられたという歴史はあるので、冷静にみれば,単純に嫌悪感だけで、その「選択」を考えれば間違えるように思う。


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物質世界とエーテル世界の壁

2011-09-19 07:42:17 | 超能力・霊能力
◎マクモニーグルのパチン

この世とあの世の間には壁がある。最初にあるのは、肉体(第1身体)からエーテル体(第二身体)の間の壁である。

遠隔透視家のマクモニーグルは、この壁の実態を解明しようと、1945年7月16日の最初の原爆実験時の透視と、イギリスのウィンズケール原発の原子炉の透視にチャレンジした。

いずれのケースも核分裂が連続して発生して物質変成という錬金術が行われている場所である。あの世がこの世に映るという法則は、エーテル体世界で発生した事象が物質世界でも発生するということでもあるから、エーテル体世界で発生した物質変成が、この物質世界では核分裂として起きるということ。

核分裂では、熱と光と爆風と強力な放射線が発生する。マクモニーグルはアストラル体離脱で見ているケースと単に見に行ってビジョンとして感知するケースがあるようなのだが、ここはアストラル体離脱ではなかったようだ。最初の原爆実験時では塔の上に据え付けられた原爆を透視し、ウィンズケール原発では、黒鉛炉の中の制御棒まで透視したので、透視としては成功だったのだと思う。

ところが、原爆実験時の透視では、周辺のトレーラーや仮設シェルターが塔を運転するものだと気が付いた瞬間に「パチン」(指パチンみたいな)という感じがあり、透視していた風景が、塔周辺から、300キロ離れたところから見る白い非常に明るい光に変わった。

またウィンズケール原発の透視では、黒い管が鋼製の容器に反応している様子をスケッチしている時に顔を平手でパチンと叩かれたようになり、透視目標についての感じが大きく変わって、記述を最初からやり直したいと思った。

マクモニーグルは、このパチンで透視の視覚が突然変更する原因は、物質が変成するケースで、霊能力者が現実の限界ぎりぎりのところで透視している時に起こる現象だと思っている。
(以上参考:マインド・トレック/ジョー・マクモニーグル/中央アート出版社)

人間はある事象が起こっていても、起こっている事象を正確に認識できないということがままある。三途の川を渡ってあの世へ行くと見る場合に、少なくとも物質界宇宙の壁を抜けエーテル体宇宙の壁を通過してきたはずなのだが、その間のクリアーな記憶は残っておらず、ただ「三途の川」と見える。

マクモニーグルのパッチンもそうしたものではないだろうか。起きたことすべては見たが、何が起こったかを理解も表現もできない。そうしたものであるような気がする。
またこれは、人間には、その人にとって耐えられない事件は起こらないという法則と似ているように思う。

或いは壁の両側をまたぐ事象はアストラルの目では見えないとか・・・・・・?


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悟りとは何か
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アトランティス犠牲の宮

2011-09-18 07:36:59 | 時代のおわり
◎放射線障害対策へ


エドガー・ケーシー予言によれば、アトランティスの生き残りの人たちには、尾や羽や蹄までついていた人がいたという、それは、アトランティス最盛期のバイオテクノロジーで生産されてきた人々で、そうした人たちの障害を採り除く目的で、病院と学校が統合された犠牲の宮が建設されて、そこで、肉体医療と精神医療が施されたという。

アトランティスの滅亡の噂が高まる中、アトランティスからエジプトへ大規模な移住の波が起こり、エジプトにも主として身体の浄化(尾や羽や蹄などの肉体の異常な付属物を取り去ることらしい)を目的とした犠牲の宮が建設された。

また犠牲の宮は、胎教や出産コントロールの機能まで有していた。
『こうして、魂が身心霊の完全な働きを伴って地上に生まれるための、最初の通路とな
れるよう、人々が自分の体を浄化させるための犠牲宮を建てる必要が生じたのである。
このことがアトランティス人の指導者たちの間に大論争と対立を呼んだ。

そのために、神官は瞑想に入り、自分を隔離し、絶えざる祈り、絶えざる求め、それらの絶えざる力の開放を通して、自分を浄化する必要が出てきた。
このようにして神官は若返り、いわば年令を逆戻りした。
そしてこのことが、現在の祈り会のメンバーさえも共に祈り、瞑想した、その時期の始まりとなった。仲間としてではなく、彼ら自身の願望において、目的の統一が起こるためにである。(281-43)』
(アトランティス(エドガーケーシー文庫)/エドガー・エバンズ・ケーシー/中央アート出版社P159-160から引用)

これを見ると、犠牲の宮では、単なる肉体変成ではなく、白隠の軟酥(なんそ)の観みたいな観想法をベースに全身の若返りまで実現していた。

更にこの時代には、元素を熱と力と電力に変える技術が既にあったそうなので、原子力もあったのだろう。原子力があれば放射線障害は必ず起こるものなので、犠牲の宮で放射線障害対策も行われていた可能性は高い。

戦後日本の核軍事政策のなれの果てが福島の原発事故となり、事故処理でも国民の健康は優先度を低く置かれたまま推移している。神知らぬ者がほとんどである日本人に効果的な放射線障害対策を、「今」施すことができたとしても、神知らぬ者が大半である以上は同じ過ちをまた繰り返すことになる。

原子力でも、どんな技術も技術そのものに白黒の色はついていない以上、使う人によってその技術はホワイト・マジックにもなり、ブラック・マジックにもなる。

アトランティスも神知らぬ者の跋扈跳梁により滅亡したが、そのテクノロジーは、また使えるので、ブラック・マジックにならないうようなユーザーである人間の側の準備が整うのを待っているということだろう。

アトランティス古記録は、3か所に保管されており、スフィンクスから続くある通路と、アーリア人の地にある神殿が影を落とす場所、そしてユカタンの地にある神殿が影を落とす場所である由。


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裸でも生きる

2011-09-17 05:47:25 | 時代のおわり
◎誠実っぽいけれど

「裸でも生きる/山口絵理子/講談社」は、超負けず嫌いで、恐れることを知らない山口絵理子さんが、自分でバングラデシュでジュート製バッグ輸出会社を立ち上げて日本で成功を収める話。

バッグの生産も日本での輸入手続も「何も知らないんです。」といいながら取り組んで、きちんと仕上げるところは、社会で成功する基本を備えている人なのだと思う。ただ日本は社会が成熟しており、こうした気合、気概だけで通用するにも限界があるのだろうと思う。つまり成功が大きくなればなるほど、いろいろな意味でのねたみ、やっかみを気にしないではいられない社会だってことである。

これは、内的な修行のことがテーマでなく、外的な社会生活のことがテーマになっており、西洋占星術なら第七室から第12室までの世界のことである。こうした世界では、自分のメリットを捨てて相手に譲る謙譲、宵越しの金は持たず今日食べる分の食物しか受けず明日の食事の心配はしないという清貧を基本線にしてやっていけば間違いなく会社はつぶれる。

この著書では誠実という徳性は伝わってくるが、謙譲、清貧には縁がない。「裸でも生きる」ということは、外的生活だけでもやっていけるみたいなかんじ。せめてビジネス中心の生活の合間に、サッカー日本代表キャプテンの長谷部誠みたいに心を整える時間を持っていてほしかった。


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過去世記憶の取扱い

2011-09-16 05:59:38 | 超能力・霊能力
◎「過去世と意識の進化」の罠

書物には、人間の書いたものと神の書いたものがある。神の書いたものとは、神を知る人間が時代の移り変わりによっても変わることのない言葉を書いたものである。

その観点からすると、「過去世と意識の進化/ワグナー・アレグレッティ/Voice社」は、人間の書いた書物であるといえる。

『進化上のメリット


多次元的自己認識

わたしたちは、数千年にわたるパズルのピースを集め、組み立てることによって、物質次元を超えた自分の過去の記録を発見し、いつかは、多次元に存在して多数の生を生きてきた自叙伝を書くことができるようになります。

それはつまり、いまのわたしたちが数千年にわたるカリキユラムの成果であり、過去の集大成であることを認識することです。

はるかな昔から今日まで培われ、確立された自分の条件付けや固定観念、洗脳、侵入による汚れ、道徳からの逸脱、抑圧のパターンなどを認識しなければなりません。 したがって、過去世回帰を抜きにして自己認識のレベルを高めることは、不可能です。

意識学によれば、意識の進化の過程において、過去世回帰は避けて通れないものなのです。』
(過去世と意識の進化/ワグナー・アレグレッティ/Voice社P168から引用)

過去世記憶を取り扱う前提として最も問題なのが、人は古い時代から順々に過去世を生きてきて、輪廻転生を繰り返し、現世を生きているという転生観である。

これは、先の記事『必滅の肉体+不死の霊魂セットは、うそっぽい』で指摘した考え方とは正反対の見方になる。つまり現世はリアル、過去世の人生、未来世の人生はドリームであるが、それぞれは同時に並立して存在しているわけではないようだということ。

ワグナー・アレグレッティのように「現世もリアル、過去世もリアル。でもって現世の私は過去世の集大成」と語るとき、もともと現世も過去世も同時並立しないのであれば、集大成なぞありえないことに思い当る。

こうしたワグナー・アレグレッティのような過去世観こそ霊能力者特有のもので、誤りに陥りがちな危険な考え方であると思う。霊能力者の世界観では、ほとんどが「自分と大神・ニルヴァーナとは、絶対に一体化することはない別物である」という考え方をまず出ることがないものであるからである。
こういう見方も「霊がかり」と呼んで注意しておくべきものだろうと思う。


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