アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

巨石文明の周辺

2011-06-30 06:01:20 | 時代のおわり
◎宗教が主、物質科学が従

出口王仁三郎は、現代は地球に七層期が出来る時だとして、七回目のノアの大洪水あるを予言している。

文明の滅びを前にすれば、時の政治的宗教的リーダーたちは、その文明の精華を次の時代にいささかでも継承しようと目論むものである。

その大洪水があっても、激しい核戦争があっても消滅しそうもなく、なおかつ何も文字伝承のない後世の人々がそれを見て、人間も宗教もまったく異なる彼らであっても、かつての文明の驚異的な知的水準、宗教的水準を一目見て直観できるようなものを、建造しようと思うに違いない。

それが、スフィンクスであり、ピラミッドであり、欧米やインドや日本の山岳や、アジア各地に散在するストーンヘンジなどの巨石モニュメントなのだろうと思う。とても人力では持ち上がらない巨石を複数使って、モニュメントを構成してみせるのである。これによって、まずは当時の科学力の粋を誇示してみせる。

ただし、時代が下って大阪城の巨石などは、縄ところと人力であそこまで運んで行ったものだが、とてもではないが、巨大クレーンがないと運べないとまでは、観光客は思わない。

古代ローマの大プリニウスは、博物誌の中で、イギリスと思われる場所に温暖な気候と充分な食物と平和的な生活を享受する「ヒペルボレア人」が住んでいて、彼らはアポロン信仰であって、その島には円形の注目すべきアポロン神殿があるとする。

今のイギリスには、円形ドームのアポロン神殿などはないので、イギリス各地のストーンヘンジはもともと円形ドームがかかっていたのではないかという説もある。おまけに19世紀にはストーンヘンジ破壊運動もあった。

ストーンヘンジと言えば、春分秋分に、屋根なしで屋外の宗教儀式をやったのだという説ばかり目にするが、ドーム付ならば、冥想センターとして充分である。

文明は物質文明が従で、宗教の方が主であるのが基本。その主従が逆転しているこの近代西欧型文明こそ倒錯した文明である。

その当時、たとえば1万2千前に滅亡したアトランティス末期に、その時代のメモリアルとして建造されたものは、ピラミッドなどのモニュメントだけではなく、各国に残る神話もそうである。

建造物モニュメントの意義は、前の時代の科学文明の存在証明という側面が強いが、神話の方は、明らかに次の時代の精神性の発展を主導しようという意思があるように思う。

神話、それにかかわる当時の言葉は、文字も含めてすべて変わってしまう。それでも1万2千年後の現代には、再び文明の終わりが訪れて、新たな「鳥の周期の終わり」がやってくることをそれぞれの神話に託したということを、ヨハネの黙示録、北欧神話のラグナロークなどは示している。

旧約聖書のメルキゼデクの宗教はかつては隆盛を極めたようだが、その教義や精神性を推し量る文書は残っていない。メルキゼデクの宗教は、滅んだ古の宗教の代表として記述されているのだろうと思う。


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エソテリック(秘教)グループ

2011-06-29 06:00:31 | 究極というものの可能性
◎鍵と錠前

エソテリック(秘教)グループこそが、本物であり、覚者を中心とした表に出ている教団組織は本物ではない。教団組織は顕教組織であり、真髄を伝えてはいない。覚者は、裏で秘教グループを持つもの。

こう主張したのは、和尚バグワンだが、和尚バグワンにもエソテリック・グループがあるんじゃないのだろうか(形見わけしてもらった高弟たちとか)。ユダヤ教にも、仏教にも。キリスト教のそれは薔薇十字だと彼は指摘する。

『至高の知識を伝達したり保存したりすることは可能だ。ときとして、こうした秘教グループは、特定の人物に知識を受け取る力が備わるのを待ちながら、何世紀にもわたって知識を保存していることがある。

例えば、マハーヴィーラには5万人の僧侶たちがいたが、彼が生きているあいだに、全員が光明を得られたわけではない。ひじょうに多くの者たちが、道のどこかに取り残された。マハーヴィーラは二度とこの世に現れることがない。だが、道のどこかにいる者たちには、さらなる知識が提供されねばならない。誰がそれを提供するのだろう?マハーヴィーラはもはやこの世には現れない。

聖典類も理に合わないからあてにできない。誰かがそれを解釈しなければならないが、その解釈が解釈する者の理解力を上回ることのない以上、それは意味のあることではない。特定の意識状態に達した者たちに鍵を手渡せるよう、この鍵を保存しているグループがあるにちがいない。さもなければ、こうした人々は道に迷うか、いたずらに無益な苦闘をしなければならなくなる。あるいは新しい師をさがさなければならない。

だが、師を変えるたびに、彼は一から始めなければならない。なぜなら古いシステムのものは、何一つ新しいシステムには使えないからだ。この道のものは、何一つあの道では使えない。』
(未知への扉/和尚ラジニーシ/メルクマールP382-383から引用)

和尚バグワンは、聖典や「人が生きる環境」が錠前であり、「真髄」が鍵であるという言い方をする。錠前を持っているのが顕教であり教団組織。しかし鍵がないと未知への扉は開かない。

そして彼は、聖者・覚者は突然変異としてポッと出るのではなく、エソテリック・グループの鍵を利用して、未知への扉を開くものであって、聖者・覚者の個人技だけでそうなるわけでもないことも示唆している。エソテリック・グループのフォーメーションを有効活用できるのは、待望された聖者・覚者だけなのだ。

そして和尚バグワンも二度とこの世には現れない





悟りとは何か
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マヤの球技ペロタ

2011-06-28 06:01:19 | 究極というものの可能性
◎サッカーの原型

マヤの冥界ヒバルバの支配者(ミミズクの頭飾り)と双子の英雄の対決は、サッカーの原型のような球技で行われた。

ペロタのフォーメーションは4-1の5人チーム同士の対決で、球技場は、サッカー場並みの広さで両サイドの斜面の観覧席が正面と向こう正面に配置され、これもサッカー場に似ている。

ボールは直径1フィートのゴムボールで、重量は3キロ。砲丸投げの砲丸は男子が重さ7.26キロ、女子が4キロなので、これよりもやや軽い。

ゲームのルールは、手を使わず、ボールをすねや腕など体の一部に当てて飛ばし、地面に落とさないように運びながら、高い位置にある輪のゴールにボールを通過させたり、的に当てると勝利となった。

ボールとゴールの大きさだけで言えば、サッカー場でバスケットボールをしているような感じ。ところがボールが半端でなく重いので、出土したペロタ競技者の胴体には分厚い腹巻が巻かれ、すね当て、籠手、胸当てまであり、かなりな重装備での競技だった。ボールのトラッピング時の衝撃がすごいのと、ボールを奪う時のボディコンタクトが激しいためにここまでの装備が必要だったのだろうか。

ペロタの敗者は生贄となり、心臓が太陽神に捧げられた。時には敗者の生首をボールにして競技したこともある。

輪のゴールにボールを通過させられたのは著名選手でも生涯に数回と言われ、ホールインワンぐらいのむずかしさだが、それ以前に一度も敗者とならないと生き残れないので、これもかなり困難である。

プレーヤーにとっては、死を見ながら行うスポーツなので、神事にふさわしいといえる。今の近代西欧文明の社会では、そういうコメントは不謹慎だが、それはそれ。
明日まで悟れ」という禅修行もあったが、それに近いし、それよりも苛酷かもしれない。





悟りとは何か
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狂人ノート-2=和尚バグワン

2011-06-27 06:30:32 | 冥想アヴァンギャルド
◎転生の終焉

和尚バグワンは、先年亡くなったが、それが最後の人生であることを、生前から予告していた。
この文の<実存>とは神のことだが、二度とこの世に生まれてこない人間とは、十牛図で言えば第三図程度の“ちらと見た”だけの人なのか、それとも第八図まで行った人なのかという疑問がある。
“ちらと見た”だけでは、菩薩であり、この世にやり残したことは少なくはないだろう。

肉体を持って感じ取れる数知れぬ実感により、人は熟成を重ねていく。あらゆる実感を味わい尽くしたところにたどり着かないと<実存>はないだろう。

『怖れからは何もしてはならない。
わたしの体の心配はしないこと。大丈夫だ。
わたしの体の言うことを聴くのではなく、私に耳傾けなさい。
わたしの体はいつもちょっとおかしい。おかしくならざるをえない・・・・

ひとたび目覚めたら、体は意識をつかまえておくことができなくなる。
ひとたび目覚めたら、人はもはやこの世のものではなくなる。

<覚醒者>が死んだらふたたび生まれこないのはこのためだ。
彼には生まれくることができない。。それは不可能だ。

彼には肉体をもつことはできない。
これは、わたしの最後の肉体だ・・・・・

おまえたちは最後の肉体のなかにいる人間とともにあって幸運だ。
わたしはふたたび在ることはない。私は<実存>だからだ。
ひとたび<実存>であったら、人間は二度と生まれてくることはできない。

大事なもの、それは<実存>だ。
永遠なるもの、それは<実存>だ。
肉体は来てはまた去る。<実存>はとどまる。
肉体は生まれてはまた死ぬ。<実存>は生まれることも死ぬこともない。』
(狂人ノート/和尚/和尚エンタープライズジャパンP7-8から引用)





悟りとは何か
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狂人ノート=和尚バグワン

2011-06-26 07:26:03 | 冥想アヴァンギャルド
◎何百万ものブッダ

バグワンの狂人ノートは、初期のセッションのものだろうが、聴衆のレベルの高いことが見てとれ、ちょっとした詩集のような仕上がりとなっている。

『わたし以外は誰でも狂うことができる。
なぜならわたしはすでに狂っているからだ。

私はほぼ一世紀の四分の一狂ってきている。
もし,おまえたちが助けてくれるなら、わたしは一世紀は頑張れる。
頑張れるが・・・・・自分一人でではない。
自分一人でとなったら、私は卵の殻でできた人形でしかない。

しかし、もしおまえたち皆が助けてくれるなら、
わたしは、一世紀くらい楽に頑張れる。

私の父は七五まで生きた。
私の父親は八十まで、父の父親の父親は九十まで生きた。
このレースで、私にだって彼らを負かすことができる。


もしおまえたち皆がエネルギーを合わせたら、
おまえたちは、ひとりのブッダが世界中に何百万のブッダを創るのを助けることができる。
私は狂っている

さもなければ、ひとりのブッダのことを考えるだけで充分だ、
が、わたしは常に、何百万ものブッダについて考える。
それ以下では充分ではない。

わたしは常に、大きく考える。
わたしたちは、何百万ものブッダを創造しなければならない。
そうしてこそ初めて、新しい人間が誕生できる。
その時に初めて、キリスト教徒を消え去らせ、キリストたちを出現させることができる。』
(狂人ノート/和尚/和尚エンタープライズジャパンP162-163から引用)

和尚バグワンは、教団組織での布教を目指したから、布教目標として何百万人のブッダを掲げざるを得なかった。そのこともアメリカでカルト扱いされて、猛毒タリウムを飲まされる遠因となる。

現代社会に適応して生きていくのは、ちょっとノイローゼでないといけない。自分が狂わないと、この狂った現代社会に適応して生きてはいけないのだ。狂った社会が自らのことを正気と思い込んで、和尚バグワンのことを見れば、狂人に見える。そのことを和尚バクワンは、私は既に四分の一世紀狂っていると自嘲する。

世界人口60億人の3%ならば、1億6千万人で、とてもではないが何百万人でも追いつかない。
その勢いはあるのだろうか。

そのことについて、和尚バグワンひとりでではできないと主張している。それがアクアリアン・エイジ





悟りとは何か
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古代ギリシアの空虚論(ケノン)

2011-06-25 06:55:51 | 冥想アヴァンギャルド
◎アリストテレスと老子

古代ギリシアにおける空虚(ケノン)というものは、アートマン(有)に対してニルヴァーナ(無)の方を空虚と見立てたものが、その体験なき哲学者たちの議論の中で、いつのまにかケノン(空虚)という概念論に変質したのではないかと思われる。

『アリストテレス自身は、空虚の存在を否定しています。アナクサゴラス、エンペドクレス、パルメニデス、メリッソスも空虚否定論者であると述べています。そして一方、クストスやピュタゴラ学派やレウキッポス、デモクリトスらは空虚肯定論者であるとしています。

空虚論と否定論について、アリストテレスはこう記しています。
「ピタゴラスの徒も空虚は存在すると主張して、こう言っている。空虚は、まるで宇宙が空虚を吸い込むかのように無限な気息からこの宇宙に入りこむ。
この空虚がものの自然本性をいろいろに区別するのである。これは連続的なものを区分し分離しているのが空虚だからである」

「しかし、諸物体とは異なる或る間隙(広がり、すきま)は、それが物体とは離れて存在するにせよ、存在しない。」とアリストテレスは語ります。

「それがデモクリトスやレウキッポスやその他多くの自然学者たちの言うように、全物体を割って連続的なものでなくすような間隙であるにせよ、あるいまた、ピュタゴラスの徒の言うように、全物体は連続的であるがその他に何かが存在するとしても、とにかくこのような間隙は存在しない」

デモクリトスとレウキッポスを刺激してその思想を生んだ全物体(ト・パン・ソーマ)という概念は、彼らより少し前に活躍したパルメニデスの「有るもの」から来ているようです。これは、個々の物体として別個に存在する以前の全一的物体界です。』
(ガレノス 霊魂の解剖学/二宮睦雄/平河出版社P377-378から引用)

全物体に照応するものは、アートマンであり、老子の有、第六身体であるが、これをその「体験とは言えない体験」のない者が、同一の概念レベルという舞台で、知的イメージをめぐらせれば、全物体に対応する空虚などというものは存在しないという結論の方が手堅いだろうことが想像される。

老子は
『戸*(こゆう)を鑿(うが)ちては以て室を為る。其の無に当りて室の用有り。
故に有の以て利たるは、無の以て用を為せばなり。(また戸や窓をくり抜いて部屋を作るが、空白部分があって部屋の用を為す。この現象界たる有の持つところの意義は、有だけでそれをなしているのではなく、有の奥にある又は有の始めにある無の働きの為である)』として、その有と無の関係性を明らかにしている。

このように、古代ギリシアにおいても、世界観は、神なき世界観へと退歩の一歩を刻んでいたわけである。




悟りとは何か

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霊能力者の見るボディの正邪

2011-06-24 06:07:52 | 超能力・霊能力
◎見ている自分を最後まで手放せない

七つのボディは、このブログでもいろいろな角度からとらえているように、デファクト・スタンダードみたいなものだと考えている。

ところが霊能力者の中には、七つではなくもっとあるという説を立てる者がいる。
バーバラ・アン・ブレナンなどはその一例であり、10ボディ説である。

彼女曰く、
1.肉体
2.エーテル体

3.感情界
4.精神(メンタル)体

5.星気界(アストラル)体
6.エーテル・テンプレート体(物質界に存在するすべての形態をテンプレートで持つレベル)

7.天空界体
8.コーザル体(聖霊界の精神レベル)
以上のボディは肉体の外側に外皮のように伸びており、コーザル体では肉体から約75cm~105cmのところまで伸びているそうだ。十二単みたいですね。

9.ほとんど流動物質な体
10あるのはわかるが、よくわからない体
(参考:バーバラ・アン・ブレナン/光の手/河出書房新社)

彼女には、高級神霊がいて、いろいろ教えてくれる。しかし、覚者にあっては、必ず、唯一の絶対者からスタートして世界全体を一望のもとに見渡す経験があり、そこから七つのボディが展開する世界観を説明するのが一般的である。

そんな観点からすれば、彼女の10ボディ説は、世界全体を説明しているわけではなく、肉体の外側に他のボディがはみ出て見えるのだろうが、それが人間の七つの存在レベルとどうリンクしているのか、あるいはまた見ている自分がどこで逆転するのかのポイントについても認識がない。

霊能力者の特徴は、見ている自分を最後まで手放せないことだというが、手放せないままの世界観では、霊やオーラは見えるかもしれないが、結局はクリティカルなことは何も起きないだろうことが感じられる。





悟りとは何か
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今ここから逃げきれるか

2011-06-23 06:15:14 | 時代のおわり
◎何のために生き延びようとするのか

いまだに東北関東、特に東京から関西方面に福島第一原発関連の被曝を避けて、移住や避難をあおる人物が絶えない。

ところが文部科学省HPで毎日出されている環境放射能水準調査結果(都道府県別)を見ると、福島の次に高い値を出しているのは、水戸や山口県山口市である。更に、さいたま市や千葉市と比較して、鳥取県や愛媛県松山市、香川県高松市、岐阜県各務原市、大分県大分は、ずっと概ね高い値を出して来ている。

福島からの風向きからすれば、関東圏に比較して大量の放射性物質が関西以西に到達することはあまり考えにくいので、これらの地域は、福島とは関係のない放射性物質がその高い値を出す原因となっていると考えるのが妥当だろう。

その放射性物質は風向きから考えれば、韓国の25程度ある原発か、あるいはゴビ砂漠から黄砂と共に飛来する中国の核実験での生成物や、北朝鮮の核実験での生成物ということだろうということが容易に想像される。(なぜかマスコミは黙殺)

広島原爆を体験された医師肥田舜太郎さんは、日本の乳癌死亡者が、1950年と比較し2000年では4倍に増加したことを検出した。2000年までは、チェルノブイリの関係か東北地方の増加が突出していたが、この関西以西の放射線量では、低線量被曝が関西に広がる可能性があるのではないかと思った。

関東にも放射線量が局地的に高いホットスポットが松戸、柏、流山、三郷などで指摘されているが、この様子では関西以西でもホットスポットがないとは言い切れないのではないかとも思う。そのようなことから、2011年3月の西へ向かう東海道新幹線は女性や子供を満載した疎開列車だったと聞くが、その疎開の効果はどうだったのかとも思う。

人は、結局「今ここ」から逃げきれない。

縁のあった有力なグルが逝去して去れば、その弟子はパワースポットを求めて巡礼に出るのもの。人が去れば、地を巡るの謂いである。

「今ここ」には、日々の冥想から向き合うしかない。イエスの「あなたが立っているのは聖なる場所だから、今ここで靴を脱ぎなさい」とは、関西方面に疎開することとは別である。





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青春は長く老年は短い

2011-06-22 06:10:06 | 冥想アヴァンギャルド
◎想念の切り替わりの瞬間

青春は長く老年は短いとは、若い時のことはたくさん思い出せるが、老年になってからの記憶で思い出せることは少ないこと。

サヴァンみたいな病的な人で、あらゆる出来事をことごとく記憶している人もいる。しかし、そうした人は心的エネルギーを記憶の回想だけに向けすぎて、思考力が伴わないものだったという。

記憶そのものも、表層記憶の道路から潜在記憶の道路まで、時系列の記憶イヴェントが並ぶ多層の道路が、過去から現在へと、走っているようなもの。

1854年生まれのフランスの学者ジャン=マリ・ギュイヨーについて
『ギュイヨーの時間枠の根幹にあるのは、時間と空間の類推である。それは幾何学的な空間ではなく、遠近法で使われる空間、すなわち観察者の前に現れるものとしての空間である。時間の経験は、「内眼」の問題である。

画家が遠近法を使って空間を配置するのと同じように、記憶は私たちの経験を時間内に配列する。記憶は私たちの意識に深さを与える。

の中の場面が知らぬ間に変化するときがそうであるように。記憶のなかの秩序が乱れると、私たちの時間感覚も消えてしまう。

突然睡魔に襲われて眠りこけてしまったが心配した友人たちにすぐに起こされた一人の生徒を、ギュイヨーは例に挙げている。

居眠りしたほんの短時間に、彼はイタリアを訪れる夢を見た。滞在中の町や人びとや名所旧跡、個人的経験などのイメージが次々に移り変わり、彼は自分が何時間も夢をみていたような印象を持っていたという。』
(なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか/ダウエ・ドラーイスマ/講談社P270から引用)

呼吸の切り替わりの瞬間には空白がある。記憶の切り替わりの瞬間にもそれがある。記憶を想念の呼吸と見れば、それはメンタル体の呼吸である。メンタル体の呼吸の切り替わりに悟りのタイミングがあると見る。

そして短時間の夢の中に長時間が凝縮される不思議もきちんと解明されるべきものである。






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宇宙人とUFO

2011-06-21 05:57:49 | 超能力・霊能力
◎現代人の世界観のすき間

超古代文明やら、世界遺産とくれば、宇宙人とUFOである。
まずUFOはこの世の存在ではないと語って差支えないだろう。UFOはおおむねあの世の存在だとにらんでいる。

しかし世間のUFO論者はあの世の存在などとは口が裂けても言わない。現代科学の延長線上にUFOがあるとして、科学っぽくみせたいのだろう。

おそらく事は単純で、霊能力のある人は幽霊を見るようにUFOを見るのであって、「UFOを見た」という人は、あの世のUFOを現実としてみているのであって、霊能のある人にとってUFOを見たというのは現実体験そのものである。しかし霊能と関係ない人にとってはUFOなぞというものは眉唾に止まる。

宇宙人(エイリアン、異星人)には、善玉と悪玉がいる。つまり人間の味方と敵があるようだ。そしてこの世にはネガティブ・ポジティブな、いろいろなエネルギーのあり方があって、そのエネルギーを、きちんとエネルギーと見れる人は極めて少なく、そうしたエネルギーをキツネと見たり、水子と見たり、蛇と見たりする人もいるが、そうした人が通俗的霊能力者ということになろう。

宇宙人を見る人も、そうした流れの先にある人が大半だろうが、そうではなくて、本物のあの世の生物を宇宙人とみていることも当然あると思う。ヤキ・インディアンの呪術師ドン・ファンの一党は、あの世の生物たちとのバトルで暮らしていた。そういうのが宇宙人のいる世界で暮らすということなのだろうと思う。

霊能力と無縁に見えるクリシュナムルティですら、霊能力はあった。

宇宙人によるアブダクション(誘拐)などは、まさにそうした異世界での出来事と思う。現代科学は、七つの身体で言えば肉体レベルしか見ていないまま世界観を構築しているが、科学の先には間違いなく異世界が展開している。その異世界に片足を突っ込んだのが、ユング心理学であり、量子力学。

あとは次代の流れとともに、悟りというものや、エーテル体世界、アストラル世界があることが、人々の通念となれば、UFO・宇宙人当たり前の時代があると思う。
そうした条件の整わない現代にUFO・宇宙人を疑似科学として語ることは徒労であると思う。


UFOと宇宙人の世界に入り込むにはある一線を越えなければならない。霊能者あるいは、クンダリーニ・ヨーギとして生きることを選択するということは、あるいは霊能、またはあの世がある世界で生きることを選ぶということ。そういうのが好きな人だけがその生き方を選ぶ。

釈迦の大般涅槃経にも新約聖書にも老子にもUFOも宇宙人も出て来ない。UFOも宇宙人もない世界で生きる生き方もまたノーマルなあり方である。





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列子の夢と現実

2011-06-20 03:09:07 | 究極というものの可能性
◎さめているときは自意識を離れる

中国の霊界物語と言われる列子から
『列子先生が言われるには、
「精神上の現象を夢といい、感覚上の問題を出来事という。
かくて醒めている昼間いろいろと物を考え、寝ている夜間夢をみるのは、感覚のせいでなければ精神のせいである。従って精神が安定している場合には、考えることも夢を見ることも自然になくなる筈である。

若しも目のさめている時の出来事を信実と思い込んでいるものががいたら、そんな人にはほんとの話はできない。又、夢に見たことを信実と思いこんでいるものがいたら、そんな人はまだ悟りの開けていない人に他ならぬ。

要するに、さめている時の出来事も夢も、おしなべて変化の中の一相に過ぎない。
世の伝えに、奥義を悟った古の真の人物は、さめているときは自分という意識を離れ、寝ている時は、夢をさえ見なかったと言われているが、そらごとではないと思われる」と』
(列子/明治書院P149から引用)

変化の中の一相とは、全体として何を変化と見ているのか。

自分も他人も一体であるという一般人の常識からかけ離れた現実を持って、変化の全体とみているに相違ない。
インドでは悟った人は夢を見ないというが、その夢を見ないとは、悟っていない人が想像するような「夢を見ない」ではないことが想像ができる。





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菅直人現象

2011-06-19 08:11:40 | 時代のおわり
◎情けない自分の姿を見る

菅直人現象は、彼個人の問題に帰せられる部分も多々あるのだろうが、彼の総理としての登場を産んだ戦後日本の政治、経済、文化、軍事の帰結の総決算として見ることができる。

そのバック・ボーンとして、アメリカの意向は大きい。戦後60年以上たったのに、戦前の日本のようなアジアの覇者たる強力な軍事国家を再生させてはならないという大命題のもとに、日本を、一貫してエコノミック・アニマルで3Sな国民国家建設と発展を支援してきた歴史は無視できないものがある。

この結果、日本は、東北関東大震災に対して、機敏に対応できておらず、また福島第一原発事故に対しても決して的確に対応できているとはいえない。

それらの一連の事象は、ひとり菅直人に帰すべき問題ではない。政治の弱体化、責任をとらないのに権限を肥大させてきた官僚制、商業マスコミによる報道の限界、ゆとり教育による大衆の愚民化、そして日本の国民所得の上昇に伴って起きた工業生産の海外脱出と日本産業の空洞化の進行、国民総貧困化。これらは一朝一夕に起きたのではなく、何十年にもわたって起きてきた日常のできごとである。

さて、菅直人周辺の、言った言わない、やめるやめない、そんな議論よりも、問題の本質はなかなかニュースでは流されない部分にあることに、事あるごとに気づかされることが最近多くなったのではないのだろうか。

一例としては、
大津波で家が流されたら、最初の1週間程度は、政府の助けは、あてにならない。
原発事故や核兵器の攻撃が起こってもどこが危険だとか、どこが攻撃されたという情報を政府やマスコミは迅速に流さない。だから自分で情報をとらないと助からない。
天変地異や原発事故で強制移住させられても、引っ越し先の手配や引っ越し費用は自己負担になる(これは古来より政府がまるまる資金負担するものではない。東京大空襲や広島・長崎原爆で焼け出された人や亡くなったすべての人に、政府がこうした資金や便宜をきちんとはかったわけではない)。

菅直人は、本人の悪意の見えにくいサイコパスであると見れば、北欧神話で大活躍するロキみたいな国家を揺るがす典型的なトリックスターにみえる。
※ロキは神々の世界を崩壊に導く一矢を発射させる重要な役回りを演じた。

また一般の国民にとってそれが幸運だったのか不運だったのかはわからないが、菅直人にとって政治的な節目のタイミングで、東北関東大震災が起き、また内閣不信任案投票直前に否決の方向に状況が変わったのは、菅直人は「何かを持っている」としか言いようがない。
我々は、その残念な姿を通じて、情けない自分の姿を否が応でも見せつけられているところがある。

そしてまた、このことはみんな内心知っている。菅直人一人が辞任しても、日本の政治の本質的な問題点は、複雑にからまりすぎてほとんど変わることなどないだろうということを。

明治維新も先の敗戦も、外国の手によって日本の大変革をやってもらったようなところがある。多分今般も日本人の手による自浄はないだろう。

天地(あめつち)の自然の力に抗すべき 何物もなしと省みるべし
(出口王仁三郎)





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不争の徳は水の如し

2011-06-18 05:32:15 | 老子
◎老子第8章上善若水

『最上の善は例えば水の如しである。即ち水というものは、善く万物のためになって、それと争うことがない。そしてすべてのものの嫌うところに居る。だからこの水の精神はほとんど道の性質に近いと言って良い。

我等がこのの精神を体得するならば、われらが居る場所は必ず、その地を幸福なものにするであろう。またそのような状態の心は、淵の水のように波立たず、すべてを受け入れて奥深い。また他と与(とも)に不争の徳を守れば、その仁を善くすることになる。

またその言において不争の徳を守るならば、その信を善くすることができる。

また政治において不争の徳を守るならば、その治を善くすることができる。また物事を為すにおいて真に不争を守るならば、どのような難事にあっても、これを能くすることができる。

行動において不争の徳を守る時は、自然に出処進退することができる。』


この世の根源的要素としてのイデアとしての水の話であり、ギリシャの哲人ターレスが「万物の根源は水である」と述べたが、その『水』に近い。
ここは、心の状態や、政治のあり方、行動の仕方に敷衍して述べているが、昨今の他人を蹴落としてでも自らの利益を確保しようとするを是とする風潮とは、正反対の説である。

現代人は、金をもらうこと(金の見返りに何かを期待されること)、自分がメリットを受けることの弊害について、より敏感にならねば、この消息について直観するのも難しいのかもしれない。
そうしたものを受け取った瞬間に「争」の世界に入り、不争の徳を失うからである。





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宇宙飛行士と老化、放射線障害-2

2011-06-17 06:21:02 | ハタ・ヨーガ(冥想法3)
◎まずはできることから

「宇宙飛行士は早く老ける?/ジョーン・ヴァーニカス/朝日新聞社」では、宇宙飛行士のリハビリについて、運動による筋力回復と食事を中心に述べている。ホルモン療法、薬物、サプリメントも若干は書かれてあるが、メインの位置づけではない。基本は食事と運動である。

以下同上書から抜粋。

Ⅰ.食事
1.食事によるカルシウム補給。ほうれんそう、キャベツなどの緑黄色野菜、牛乳、チーズ、卵。食べ過ぎないようにし、カルシウム摂取量を上げるために日常は活動的にする。
2.腸でのカルシウム吸収を促すビタミンDを増やすために日光浴をする。食事なら野菜、レバー、卵。
3.骨を構成するたんぱく質を作るのに必要なビタミンKの摂取。かんきつ類、パパイヤ、いちご、トマト、じゃがいも、レタス、ブロッコリー、ほうれんそうなどの緑黄色野菜。
4.関節の主成分のコラーゲンを作るビタミンC。ビタミンCは、身体が酸化することも防ぐ作用がある。
5.骨を作るのに必要なもう一つの要素のリン。ヨーグルト、卵、チーズ、ナッツ等に含まれており、通常は不足になることはない。

Ⅱ.運動
1.有酸素運動(汗をかくほどの運動量)。代謝率を高める。
2.無酸素運動。炭水化物のエネルギーへの変換。
3.運動前のストレッチ
4.筋力強化のウェイトトレーニング
5.良い姿勢の維持(背筋、腹筋、首回りの筋肉の強化)
6.ピラティス・エクササイズ(腹横筋を鍛える運動)

ざっとこのようなものが挙がっている。運動の方は肉体系のものだけなので、エーテル体系の気功・導引などがあるとベターであり、放射線障害を意識するならば、放射性物質の排出を促進する手段が更にあるといいと思う。

いずれにせよ放射線障害対策は、日本全体の英知を結集して対策を立てる話だが、まずはできることから。そして冥想ですら十分な時間を充てられないのに、運動に十分な時間を充てられるかという問題がある。平常から相当意識していないと継続的に実行できないという点では冥想も同じではある。食材の汚染の問題も避けては通れない。





悟りとは何か


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宇宙飛行士と老化、放射線障害-1

2011-06-16 06:12:53 | ハタ・ヨーガ(冥想法3)
浦島太郎の玉手箱

今を時めく放射線障害に宇宙船内の飛行士はいつも晒されており、かつ無重力という特殊な環境で、宇宙飛行士老化の進行は早い。

さて、体内で、フリーラジカルとは、余分な電子をもっているために、他の分子から電子を奪い取る力が高まっている原子や分子のこと。これは、イオンよりも活性度が高く、分子を引き離したりして、生細胞を完全に破壊してしまうことがある。

フリーラジカルは、酵素を使ってブドウ糖からエネルギーを作り出すときに細胞の中に出現する。このフリーラジカルが、他の分子から電子を奪うのが酸化で、酸化の連鎖は、細胞の膜を傷つけたり、DNAを損傷させたりする。

身体内の酸化が進むのは、老化であって、より損傷した細胞が増えた状態である。
放射線にさらされると体内の酸化が進むので、東日本の人々は老若男女を問わず、平常時より老化が進む環境に晒されているということになる。放射線障害では、放射線により、DNAが損傷し、体内の酸化が進行して、居住地域による程度の差はあれ、より老化が進みやすい状態となる。

若くして老化が進む典型例として宇宙飛行士の宇宙滞在がある。
宇宙飛行から帰還した宇宙飛行士は、次のような状態になることが知られている。

1.骨からカルシウムが溶け出して骨量が減少する(骨粗しょう症)。
2.赤血球の数が減って貧血状態
3.背骨を支える筋肉と下肢の筋肉が衰える(筋肉が落ちる)
4.腸の働きが悪くなり小腸からのカルシウムの吸収効率が低下
5.免疫系の働きが悪くなり、体調が不安定。
6.暑さ寒さをとても敏感に感じるようになり、眠りが浅くなる。
7.視力が低下してものがぼんやり見える。
これらの症状は、全体として見れば急激な老化であって、浦島太郎の玉手箱状態である。宇宙飛行士の体調不良は宇宙酔いだけでなく、もっと深刻だ。
(参考:宇宙飛行士は早く老ける?/ジョーン・ヴァーニカス/朝日新聞社)

そこで、我々の放射性障害に対する対策は、宇宙飛行士がとっている体調回復策を参考にすることができるのではないかと考えた。(対策篇に続く)





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