アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

頭頂からの脱身

2010-10-31 07:31:18 | 超能力・霊能力
◎雲の如き「霊魂彗星」

『私はあの世の「裁判官」だった/吉田寿治/徳間書店』は、頭頂から脱身したエピソード。中心太陽への突入はなく、あの世をいろいろ見てきたというところ。

その冥想手法はクンダリーニ・ヨーガ的である。腹式呼吸をして呼吸を整え、閉眼して腹から頭の先までの大きな光を認識していたが、その光に沿って意識を上下する練習を繰り返した結果、頭頂のサハスラーラ・チャクラ経由で体外離脱した。そして、日本上空から更に上昇し、人間や他の生物に再生する霊の待機場所である、乳白色でドライアイスが昇華したような雲の如き「霊魂彗星」に到達した。その時の見聞録がこの書である。

著者は、このトリップ体験を宇宙意識と呼ぶが、中心太陽突入がないからには、そうではないように思われた。

この手の本では、書けること、書けないこと、また見たけれど理解できなかったことなどがあり、書かれてあることがすべてだとは思わないが、大筋は書かれてあると思う。

『霊魂彗星のバリアのようなものを超えた時、三人の人が出迎えて、私にねぎらいのことばをかけてくれました。しかし、私には理解することができませんでした。』(同書P102から引用)
この部分からも、起きたことすべてを理解できたわけではないことがわかる。

また「学校教育-霊的直感力と覚醒した意識を育む土壌づくり」などというスローガンを出してきていることから、霊がかり系な世界観に生きている人である。

この方は、個人の行動においては善を志向、そして地球の安全と平和を希求する。

それは総論としては、正しいが、何が善であるかはっきりわからない人ばかり集めて、鳩首協議したところで、まともな結論は出てこないだろう。またまともな結論が出たとしても、何が善であるかわからない人ばかりいる社会において、その結論が大勢の支持を得ることはまずない。

いずれにしても頭頂から脱身したからといって、それだけでOKなわけでなく、様々な意味での成熟なければ、事は成らないようである。





悟りとは何か
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またの転生に及ばず

2010-10-30 06:33:41 | 超能力・霊能力
◎解脱と他の天体への道

『またの転生に及ばず』

この意味には2種類あって、地球での転生期間が終り、新たな鳥として別の天体へと転生するケースと、文字通り転生がないケースである。

エドガー・ケーシーのリーディングで想定されているのは、前者であって、今生で地球での転生期間が終ることをテーマにしたリーディングでよく現れるパターンは、前世がアトランティスか古代エジプトであったケースで、現代人として生きているものである。

また文字通り転生がないケースにも2とおり考えられるが、一つは悪が優勢な人生であった人ならば、エジプト神話での死者がアメンチーなるあの世の法廷に引き出されて、アメンチーの王に仕える怪獣アメイト(amait)の前に投げられて、見る間に肉体も魂も一口に食われて、もう再び生き返ることはできないというもの。

もうひとつは解脱である。
釈迦の説明では、『「解脱とは虚無と同じである。虚無は、解脱だ。その解脱は私である。その私は虚無である。(中略)

本当の解脱は生成することも消滅することもない。だから解脱は私なのだ。私は生成することも消滅することももなく、老いることも死ぬこともなく、破れたり、壊れたりすることもない。作られたものではない。(中略)このような意味で、私は大いなる妙寂に入る、と言っている。』
(ブッダ臨終の説法/田上太秀/大蔵出版から引用)

解脱が私である立場ならば、地球上への再転生を選ぶことも可能だし、それを選ばないことも可能だろうことが推測できる。

このような自分の再度の転生の転生の有無についての関心は、結局霊がかりな視点に落ちやすい。神や解脱への方向性は、常に自分をなくして行こう、利己をなくして行こう、自分のメリットに関心を払わないで行こうとする方向である。

ところが、霊がかりな視点とは常に最後まで自分を手放さず温存して行こうとする方向性が残りがちなものである。つまり霊がかりとは、実は神から遠ざかる方向を志向することに落ちやすいところがある。霊がかりなスピリチュアルでは、波動を浄化して、更に高いレベルへの向上を目指しましょうなどとステキなキャッチフレーズだが、その言葉にはトゲがある。

21世紀のテーマは、どう見ても神とのダイレクト・リンクであるが、ダイレクト・リンクは、常に個をなくそうという方向で起こる。多くの自意識が20世紀においてその極限を直観した後は、自意識においては神との合一が次の課題である。

転生というものは、いまだ神を知らぬ個生命においても充分に関心の高いものであるがゆえに、別の天体への転生などというものに興味を持って行かれると、神人合一という課題の自覚までには至りにくい、むしろその邪魔になるがゆえに転生への関心はそこそこにすべきであると思う。





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始まりもなく終りもなく人間でもない

2010-10-29 06:16:08 | 只管打坐
◎人なる周辺世界と冥想

満月でした。長く仕切られたバルコニーから見る彼女は、ちょうど大きな樹木の上にかかって、澄み渡っていて綺麗で非常に近くに見えました。柔らかい静まり返った影が、数知れずできていました。非常に朝早いので街は沈黙していました。大きなネズミが見られていないふりをして、窓の桟を静に通りすぎました。鳥のざわめきは全くなく、埃で汚れている木の葉にも動きはありませんでしたが、影たちが囁き出して、赤ん坊が泣きだしました。

瞑想は歓喜です。瞑想は精神集中ではないので、気の逸脱は起こりませんでした。それは何ものでもないので、その中にあらゆるものが存在する活動です。それには中心がないので、始まりも、従って終りもありません。人はその活動の中へ入っていけません。
人というものを職場や教会や寺院に置いてこなければなりません。

人は経験や知識を抱えてその活動の中へ入れません。人というものが、存在していてはいけません。』
(クリシュナムルティ・ノート/J.クリシュナムルティ/たま出版P402から引用)

その瞑想は、人ではない。その瞑想は始まりも終りもない。だから道元は修証一如(悟りも冥想も同じ)などと言ったのだろう。

その瞑想は人が残っていてはダメ。霊がかり系のスピリチュアルは、人であることをまず手放すことがないから、これとは全くタイプの異なる瞑想である。

人ではないとは、社会性の放棄、つまり社会的地位、財産、家族関係などあらゆるものから解放されることである。そして肉体の放棄。この瞑想の瞬間にはその解放が実現されていなければならない。脱落身心とは、その解放のことなのだろう。

この辺の間合いというか消息は、身心脱落を経た者が語る分には本当だが、経ない者が語る分には嘘になるという危うさがある。だから議論にはなりにくい。





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おもてなしの極意-3

2010-10-28 05:53:02 | 丹田禅(冥想法8)
◎キャピトル東急ホテル

キャピトル東急ホテルは、既に閉館したが、外国人客の多いヒルトン流の老舗ホテルとして、業界では一目置かれていたホテル。ビートルズも宿泊した。

欧米人には見知らぬ他人にむやみに親切にする風習はない。日本の旅籠には、そうした風習を土台にした、お客様を見た上で、相手にあった気の利いた対応をするサービスが普通である。キャピトル東急ホテル最後の総支配人太田範義さんは、このコラボを目指した。

店はお客様を信頼し、お客様は店を信頼するから、京都では「一見さんおことわり」だし、お店では「お客様からわがままなオーダーを言われるようになって一人前」という、相互の信頼をベースにした関係ができあがる。ホテルもそこを目指していくが、そのためには、マニュアルを日々捨て去って行かなければならない。つまりマニュアルにないオリジナルな応対を、相手と時宜に応じて次々と繰り出して行かなければならない。

これは禅でいく、「ピッタリ合う」ってこと。そこでホテルマンは、「お客様の喜びは自分の喜びである」と期せずして言い、禅でいう主客の区別がないことを、実行してみせる。

ベル・ボーイと来客は一期一会、わずか数分で出会って別れる。ベル・ボーイはその数分間に命をかける。これは禅者の所作と同じ。

また日本の旅館では新来のお客様は、大番頭か女将が迎えるが、欧米流のホテルでは、いわば下っ端のベル・ボーイが迎える。要するに欧米流のホテルでは、まず招かれざる客を排除選別する姿勢があるということ。一方日本の旅館では、遠来のお客様が現れれば、主人(大番頭、女将)が貴賤、貧富、老幼を問わず親身に出迎える。この差別・区別がなく、そしていろいろなものをすべて受けるというのは、ジャパニーズ・ホスピタリティの粋であるが、禅文化の影響であるように思う。

唐代の禅僧普化が、「明るいのが来れば明るいように打ち、暗いのが来れば暗いように打ち、四方八方から来れば旋風のように打ち、空から来れば連打する。」というのは、その消息を語っている。

キャピトル東急ホテル最後の総支配人太田範義氏の10の信条の中で、「一人の力はたかがしれている」というのが特に気に入っている。これがないと慢心するからである。

(参考:おもてなしの心/キャピトル東急ホテル最後の総支配人太田範義/グラフ社)





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おもてなしの極意-2

2010-10-27 06:14:15 | 丹田禅(冥想法8)
◎京都祇園の流儀(中島よしゑ)-ばかかしこ

スピリチュアル修行では、自分の心に対してできるだけ飾らない、嘘をつかないことを基本原則とする。ところが、おもてなしの場では、相手がメインなのでそれだけでは通用しない。

客商売も、客質がお金持ちや社会的に高位な人物が相手となると、クレーム処理も含めて、応対には高度なノウハウと熟練が必要となる。会社組織でトップになったような人は、お座敷でも相応の見事な心配りができる良いお客さんが多いのだろうが、金持ち・有名人となれば、必ずしもお客さんとして優良な顔をお座敷で見せるわけではないだろう。その意味では、京都祇園の芸妓のおもてなしはひとつの極点といえる。

そこで「ばかかしこ」・・・これは、ばかのふりをするのが原義だが、要するに自分が知っている話をお客さんからされたら、「そんなの知ってます」けれど、初めて聞いたように感動してみせる。すべてわかっていて何も知らないふりをするのが、積極的な聞き上手。

これぞ、「ばかかしこ」のおもてなし。

中国のホテルでは、トイレの前にタオル渡し人がいて、ギョっとしながらタオルを受取ながらチップを渡したりするが、祇園では、お手洗いに舞妓はんがついて来る。酔っているから部屋を間違えたり、よろけてころんだりすることの防止もあるが、最大の狙いは里ごころをなくすこと。

「今日はどうどすか。」「楽しんではりますか。」などと用足しの最中にも、宴席の盛り上がりの雰囲気を落とさないように、声をかける。宴席の雰囲気を我々の「日常」と見立てれば、日常の裂け目を見せない配慮ということ。

これは、相当に高度な心理戦略で、いわば宴席の楽しい雰囲気の「洗脳」から醒まさせにくくするおもてなしである。トイレにエスコートという意外性も、さりげなさはないが、おもてなしとしては高度であると思う。

(参考:京都祇園流 格別のおもてなし作法/中島よしゑ/亜紀書房)





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一回きりの死すべき運命

2010-10-26 05:47:46 | キリスト者の秘蹟
◎個人と世界  

血を流すとは、自我の死のこと。自分が死ななければ、救いはない。
天にあるもののひな型は、徹底的に自分へのメリットというものを排除するという行為、生き方、考え方によってのみ浄化される。天にあるもののひな型とは、永遠に滅びることのない聖なるもの、イデアのこと。

だから「血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない。」とは、自我の死がなければ悟り=神へのワンタッチはないということなのだと思う。

神との契約とは、神と個人が完全に別個であるよいう自我認識の人々ばかりなる社会にあって、初めて成立する考え方である。なまくらな自我しか持たない人の多い日本人には、なじみがない考え方でもある。

そんな強固な自我構造の人々に対し、その自我をなくせと説くのは、理解されにくいことである。それはまた、この高度に発達した資本主義社会で、自分の利益、メリットを無視してかかれというのが、ほとんど共感を得にくいのと同じである。
こうした人ばかりなる世を世の終りといい、地獄的意識の人が多い時代ともいう。

そしてキリストは、神そのものでなく、神へのパイロット(水先案内人)であり、自我を捨てようとする人を導く立場にとどまった。「キリストは、ほんとうのものの模型にすぎない、手で造った聖所にはいらないで、上なる天にはいり、今やわたしたちのために神のみまえに出て下さったのである。 」とはそのことである。ここは高級神霊によるサポートのことだが、キリスト教という宗教の枠内では、人が神にアプローチする場合必ず通らねばならないステップとして現れることをいうのだろう。

一度自我が死ねば、一度きり血を流せば、罪は許されるので、死ぬのは一度きりであることがわかる。

ヘブル人への手紙9章から、
『いったい、遺言には、遺言者の死の証明が必要である。 遺言は死によってのみその効力を生じ、遺言者が生きている間は、効力がない。だから、初めの契約も、血を流すことなしに成立したのではない。

すなわち、モーセが、律法に従ってすべての戒めを民全体に宣言したとき、水と赤色の羊毛とヒソプとの外に、子牛とやぎとの血を取って、契約書と民全体とにふりかけ、そして、「これは、神があなたがたに対して立てられた契約の血である」と言った。彼はまた、幕屋と儀式用の器具いっさいにも、同様に血をふりかけた。 こうして、ほとんどすべての物が、律法に従い、血によってきよめられたのである。血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない。

このように、天にあるもののひな型は、これらのものできよめられる必要があるが、天にあるものは、これらより更にすぐれたいけにえで、きよめられねばならない。ところが、キリストは、ほんとうのものの模型にすぎない、手で造った聖所にはいらないで、上なる天にはいり、今やわたしたちのために神のみまえに出て下さったのである。

大祭司は、年ごとに、自分以外のものの血をたずさえて聖所にはいるが、キリストは、そのように、たびたびご自身をささげられるのではなかった。

もしそうだとすれば、世の初めから、たびたび苦難を受けねばならなかったであろう。しかし事実、ご自身をいけにえとしてささげて罪を取り除くために、世の終りに、一度だけ現れたのである。

そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、 キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現れて、救を与えられるのである。』
※ヒソプ:ハーブの一種。





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至福千年

2010-10-25 06:10:33 | キリスト者の秘蹟
◎裁きの権利を持つ人々の復活

ヨハネの黙示録第20章
『またわたしが見ていると、ひとりの御使が、底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。

彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕えて千年の間つなぎおき、そして、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印し、千年の期間が終るまで、諸国民を惑わすことがないようにしておいた。その後、しばらくの間だけ解放されることになっていた。

また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。
(それ以外の死人は、千年の期間が終るまで生きかえらなかった。)これが第一の復活である。

この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する。 』

この世のことは、物質と肉体という、いつかは滅びる要素、不安定な要素を持っているものだから、どんなに物質的に、生活的に恵まれたものであっても、永劫の至福の時代はあり得ない。

ただし至福千年という限定された1千年だけは、それが認められる。その至福を実現するために、天使が悪魔を封印する。

その時代には正しき人々が生き返る。彼らは裁きの権利を与えられているとは、彼らの見解、世界観、宗教観が神のそれに等しいということであるから、最低でも見神、見性を経たレベルである。つまり菩薩。つまり悟りが要件とされるとみる。(それ以外の人は生き返らなかった)

この千年王国への転生を第一の復活と呼ぶのだろう。彼らはキリストとともに千年王国を支配するのだから、その神性においてキリストと同格と見るのが素直だろう。千年王国における死を第二の死と呼ぶが、そんなかれらにとって、第二の死はおじ恐れるものではありまい。

千年王国へ転生する条件は、前世において、殉教した人や、邪宗崇拝をしなかった人。邪宗崇拝をしないとは、アンチ・キリストでないこと。アンチ・キリストとは、神を知らないがそういう生き方を是として生きる人のことまでいうのではないか。





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西安事件の真相

2010-10-24 07:09:18 | 時代のおわり
◎周恩来黒幕説

1936年は、中国国内では、国民党と共産党が内戦を盛んに展開していた国共内戦の盛んだった時期。1936年12月、国民党幹部の張学良が、こともあろうに国民党トップの蒋介石を西安において監禁し、共産党との停戦と対日戦での協力を迫った。12月24日、蒋介石は三週間がんばったが、ついに翻意して共産党の周恩来と協力することを約束させられた。これ以後対日戦での国共合作と成る。

この張学良謀叛の段が西安事件であり、共産中国側では、張学良は英雄扱され、周恩来は、監禁されていた蒋介石の釈放を斡旋した良い人とされる。この構図では、張学良(満州軍閥のトップで、日本軍に爆殺された張作霖の子供)が単独で裏切ったように見えるので、事件の真相としては、裏切りの動機を始め、釈然としない説明に終っている。

自衛隊の草創期に習志野第一空挺団に所属していた阿尾さんが、台湾の苗剣秋(張学良の元参謀)さんから聞いたとされる話では、西安事件の黒幕は周恩来であった。仮に西安事件が張学良の単独主犯であれば、事件以後心底翻意した蒋介石から国士にふさわしい待遇を受けていたに相違ないのであるが、実際はさにあらず、台湾において張学良は、蒋介石が亡くなる1975年まで完全な監禁状態に置かれていたとのこと。つまり蒋介石は、裏切り者張学良を一生許すことはなかったのである。

最晩年の張学良のインタビューをテレビで見たことがあったが、西安事件については語ることがなかったように記憶している。張学良は1991年に釈放されるまでは、台北市に隣接する陽明山の古い家屋に幽閉されていた由。50年以上の幽閉である。
張学良の役回りは、関が原の合戦の小早川秀秋に似ている。

西安観光に行き、唐の楊貴妃の沐浴した華清池を見て、ここが西安事件の舞台かなどと、例の釈然としない説明書きを読んだりするのだろうが、西安事件はまだ評価の定まった歴史ではなく、現代史に属するので、真相解明にはまだ時間がかかるだろう。





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スカイ・ダイビングでのパノラマ現象

2010-10-23 06:26:16 | 究極というものの可能性
◎数秒で急速な意識レベルの低下

自衛隊の草創期に習志野第一空挺団に所属していた方の述懐。

この方は、人間の高所恐怖は33フィート(約10メートル)が上限で、それより高度が高くなると逆に恐怖感が薄らぐものだとする。これはおそらく自衛隊での定説であり、この理論に沿って訓練メニューが作られていたりするのだろう。そこで33フィートからの飛び出し訓練を終えて、飛行機からのスカイ・ダイビングに挑む。

飛行機からは眼下に習志野演習場が見えてきた。

『私は二番目に飛び出した。4秒以内に傘が自動的に開く開傘ショックがなければ、予備傘を開く紐を引かねばならない。

「一降下、二降下、三降下、四降下」と心で数える。その瞬間にズシンと開傘によるショックがあった。この4秒間の何と長いことか。

そして、不思議なことにこのわずか四秒の間に、これまでのことが走馬灯のように次々に頭に浮かんできたのだ。開傘、そして傘点検、異常なし。やっとホッとできる。
周囲の空に浮いている同僚の笑顔が見える。

(中略)
地面に降りた瞬間、私は大地を叩いて「私は落下傘で降りた」と小躍りしたい気持ちになった。あの初めての降下の時に感じた恐怖や快感は死ぬまで決して忘れることはないだろう。』
(自衛隊秘密諜報機関/阿尾博政/講談社から引用)

恐怖を入り口にして、数秒で急速な意識レベルの低下が発生して、個人のアカシック・レコードの高速再生であるパノラマ現象を見る。

「現代人は数秒で悟りに到達することができる」と語る人もいるが、この急速な意識レベルの低下、しかも見当識の低下を伴わないそれ、つまり失神しないこと、意識が清明のままであること。これこそが、その説の根拠であるのではないか。またここに人間の意識の秘密があるように思う。





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おもてなしの極意-1

2010-10-22 06:10:16 | 丹田禅(冥想法8)
◎和倉温泉の加賀屋
◎清濁併せ呑みおくびにも出さず

禅で求められるものに、主と客の対立をなくす、というのがある。男女の区別を越えるというのも似たようなものだ。

加賀屋は、プロが選ぶ日本のホテル・100選で20年以上総合第一位を続けてきた。

客の旅館への評価は、客と最も長く接する客室係のウェイトが高い。
その客室係のことばには、
「お一人、お一人、心も顔も異なるお客様に向き合えるのは、この方のためにと尽くす自分の心しかありません」

「すべてはお客様のために」

「ですから毎日顔も心も違うお客様と向き合うのに、形を定めたマニュアルはほとんど役に立ちません。私たちはお客様が玄関にお入りになった瞬間から、片時もお客様から目をそらさず、お一人お一人の行動や言葉に神経を注いで、この方に何をして差し上げたら喜んでいただけるのか、そのことばかりを考えています。

(中略)

こんな気持の先回りを、いつ、どなたにも、さりげなくして差し上げるところに、加賀屋のもてなしの極意があるのかもしれません。さりげなくして差し上げるサービスが、おもてなしなんです。」
(加賀屋の流儀/細井勝/PHPから引用)

接客係は主で、お客様は客である。主が客になりきって、一歩先回りしたサービスを展開する。本当になりきってしまえば、客の人間としての臭み、善悪、美醜、清濁、そうした人間としては歓迎すべからざるものを感じ取らざるを得ないはずだが、それはおくびにも出さずに、接客のプロとして、相手の無意識に意識的に期待しているものを感じて、実現してみせる。

そして、さりげなくとは、報酬を期待せずに行う善行の基本動作である。

ここに加賀屋のおもてなしの凄味があるのだろうと思う。

なお加賀屋は、一人一泊4万円は予算を見ないと厳しいそうなので、そういうクラスの旅館である。





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エーテル体と病気

2010-10-21 06:13:41 | 気功、導引(冥想法2)
◎ちょっとした不調というきっかけ

熱帯や亜熱帯で暮らすと晩秋から初冬にかけては体調を崩しやすいものだ。日本でも夏の猛暑が厳しかったこの度などは、よくよく気をつけないといけない。

シンガポールや香港帰りの人が帰国して、よく彼の地で開いた汗腺が閉じないなどというが、その微妙な肉体のアンバランスな状態と似ている状態が晩秋から初冬にかけてはあるのだと思う。

『どんな病気にかかる時でも、その75パーセントは第二身体から生じて第一身体におよぶ。第二身体はとても暗示にかかりやすいため、新入の医学生はいつも自分が勉強している病気にかかる。症状が出はじめる。頭痛について議論しているとすると、知らないうちにみんな内側へと入ってゆき、「私に頭痛はないだろうか?私にこうした症状はないだろうか?」と問いかけはじめる。

内へと入ることはエーテル体に影響を与えるため、その暗示は受け取られて、頭痛が投影され、生み出される。』
(秘教の心理学/OSHO/メルクマール社P156から引用)

第二身体とはエーテル体のこと。エーテル体とは気のボディである。第一身体は肉体。

肉体でのアンバランスは、しばしば意識では不安という形で認識される。そうした自己暗示が、しばしば肉体の微妙な不調とコラボして、病気のきっかけとなるものだ。それが、晩秋から初冬にかけて起こりやすいということがあるのではないだろうか。

そこで、気功などの第二身体強化系のメニューが、季節にマッチした対策となる。





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山水画とスピリチュアル

2010-10-20 06:07:56 | 丹田禅(冥想法8)
◎迷いと悟りを一枚の絵に

ノーベル文学賞はあるが、ノーベル絵画賞はない。文学とくらべて絵画への評価は、
見る方の美意識そのものがより問われるというほどでもないのだろうが、不思議なことである。

水墨画には三遠という手法がある。これは遠景(高遠)、中景(平遠)、近景(深遠)を、それぞれ異なる眼の位置から見たもので、三つの情景のつなぎ部分には、雲や霞のようなものが描かれる。

高遠とは、山の下から頂上を見上げる仰角視点、平遠とは前山より後の山を眺める水平視点、深遠とは山の前からその背後をのぞき込むような鳥瞰視点のこと。

悟っていれば、あるいは悟りに近ければ、明つまりニルヴァーナを表現することはできる。しかし、悟りに遠ければ、明・ニルヴァーナを描くことはできず、無明・マーヤ混乱、騒擾に落ちる。よって後者のケースでは、世界そのものを一幅の絵に表現するという格調は感じられない。 

迷いと悟りを一枚の絵に仕立てる。それこそが画期的なのであって、これぞ真のスピリチュアル絵画なのだと思う。そのために、三遠という視点が複数存在するのは、唐代に開発され、宋代に完成された天与のテクニックというべきものだと思う。

下の絵は、雪舟の秋冬山水図。





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雪舟 天童山第一座 

2010-10-19 06:24:08 | 丹田禅(冥想法8)
◎覚者の漂泊 

雪舟は、40台になっても相国寺の知客(僧堂に来る賓客の応接)止まりで、室町時代で京都五山全盛であって、出自が卑しいために禅的力量があったからといっても、それ以上出世する見込みはなかった。

そこで48歳にして、明国に出発し、栄西や道元ゆかりの天童山景徳禅寺で天童山第一座という道元以来の高い評価を得る。

日本にあっては、いわば前途に希望のないしがないサラリーマン絵師だったが、ここから俄然社会的な意味で、自信あふれる人生に変わったのではないか。

明国にあっては、その優れた絵の技術を持ちながら金に恬淡としていたことが、周囲の崇敬を呼んだ。明国では、各地の景勝を見て回り、かの四季山水図もその頃の作とされる。

覚者の社会的不適応の問題は、いつの時代でもあるものだと思う。それが雪舟においては、山口や九州、美濃などの漂泊という形になることは不思議ではないように思う。
 
道元は正法眼蔵という難解な哲学書みたいなのを残したが、雪舟は、法・ダルマから来たるところの水墨画を残したといえよう。
絵は雪舟の自画像






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グルメの嘘

2010-10-18 06:00:27 | 時代のおわり
◎ブランドを食らう

グルメと言ってもいろいろあるが、毎日夕方6時台の番組では、ひとしきりニュースが終るとB級も含めて、ほとんどグルメ番組になっているのには辟易させられる。公的電波使用の意義を疑わせる能天気さといえよう。

さて「グルメの嘘/友里征耶/新調新書」は、値段が平均1万円~3万円くらいの外食店についてコメントした本。

オーナー・シェフの「毎朝、自分で築地へ行って自分の目で見て最高の食材を調達する」という言葉は、最高の食材は、仲卸から高級料亭などに安定供給されるから、オーナー・シェフなどには、いわゆる余りものしか回って来ないから羊頭狗肉であることが多い。

あるいは、世間には青森県大間のマグロが多いが、本物は少なく実は北海道で穫れた幼魚上がりが多い。

また料理人の経歴には要注意で、和洋の区別なく一流店であればあるほど魚部門、肉部門などの分業がしっかりしているもので、有名店に3年いたといっても、玉葱の皮むきだけ3年とか、穴子の炙りだけ3年というケースもあるので、有名店の経歴がそのまま技術の高さであると評価することはできない。

更に三つ星シェフや有名料理人などの高級店のチェーン店ほど、その有名シェフや有名料理人がいないので、料理の質は怪しい。 

以上これらの食材供給やジョブ・ローテションの常識からすれば、なるほどと思えることが縷々述べられている。

最後にはミシュランの調査員の舌のレベルについての疑問(サービス業に10年以上従事している人が多いらしいが、その間あまり外食はできなかったのではないかという疑問)から、ミシニュランの星格付けそのものへの疑問へと展開している。

結局この本全体から見れば、ワインなどに高い金額を乗せずに、高級食材を腕利きの料理人が、安い価格設定で出すべしみたいなことを理想としている。これは消費者からすればベストだが、料理店の経営者からすれば、「清貧」なだけで、経営としてはいかがなものか、ずっと零細経営のまま・・であるように思う。

第一消費者の側だって、ジャンク・フードに味覚を破壊されたような「味のわからない客」が少なからずいるのである。

食についてだって、オレ達にはブランドが必要だ。
オレ達は、本音のところでは、高級をうたうレストランや和食店に、最高の調理をされたピュアで美味しい本物の食材を食べに行っているわけではない。店と結託したマスコミの宣伝に乗せられている場合もあるのだろうが、オレ達は、実は食のブランドを食べるという高級感を味わいに行っているだけなのだから。そこにB級グルメ全盛の鍵も隠されている。

自分の外にある本物を捜し求めるという点では、パワースポット巡りと大差がない。





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ヌレエフ

2010-10-17 07:48:59 | 冥想アヴァンギャルド
◎尊大なる踊りの神

ヌレエフは、ニジンスキーと比較されるロシアのバレエ・ダンサー。1961年、23歳の時に、巡業先のパリでフランスに亡命を敢行。その亡命のせいで、長くソ連の秘密警察であるKGBによる拉致の影におびえて暮らし、その後母には、1度会えたきりだった。

彼の性格は自分勝手で、金に汚い、と必ずしも評判は芳しくない。性的にも両刀使いで、露出狂的でもあった。長くペアを組んだバレリーナのマーゴット・フォンテンとの関係や、アンソニー・パーキンスやミック・ジャガーとの関係の他に、巡業先では、彼はナンパに出かけ裸で、筋骨隆々タイプの獲物を物色することがままあった。

その踊りは神に入っていた。彼のライバルであったバリシニコフの弔辞では、
『彼は生きることや仕事に対し飽くなき意欲を持っていました。その肉体と魂は繊細な美の完璧な媒体でした。彼はカリスマ性と愚直なほどの純朴さを備えて地上に降りてきた人間で、近づき難い神々の尊大さも持ち合わせていました。

無数の人に取り囲まれながらも、人生の中心にバレエを置き、すべてをバレエにただひたすらバレエだけに捧げ、人間としては孤独な一生を送りました。彼を忘れることは生涯を通じ決してないでしょう。』
(ヌレエフ/B・メヤースタブレ/文園社P215から引用)

マーゴット・フォンテンによれば『彼がパートナーになると従うしかありませんでした。彼は私が望むように踊らせてくれるのです。私は持てるもののすべてを与え、彼はなすべきすべてをしているように見えました。彼は単なるひとりのダンサーなのでなく、バレエそのものなのです。』
(ヌレエフ/B・メヤースタブレ/文園社P209から引用)

ヌレエフはほとんど眠らず、バレエのレッスン、公演の合間の細切れの時間を、読書にあてていた。その読書量は膨大であり、絵画、音楽、演劇、文学などについてよく語っていた。またホモや乱倫がたたり、エイズに犯され、1993年54歳で亡くなるが、それは悟る悟らないの本筋とは関係ないこと。

ヌレエフは、バレエを事上磨錬の行として、かなりのレベルに達していた。野性味あふれるロシアの踊りの神が降臨、示現していたといえよう。





悟りとは何か

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