アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

2008年の終わり

2008-12-31 06:23:58 | 時代のおわり
◎知的理解の糸口

この一年つたない一修行者のブログにご来訪ありがとうございました。

今年は、ブログを始めた頃の、聖者覚者達の慣れない世界観や人生観に対する戸惑いみたいなものは、だんだんなくなってきて、そうしたものについて、だんだんすんなりと取りついていけるようになってきたように思います。

人間を突き詰めていけば、ある一定のラインを超えたところで神のことになるのだが、それは人間が神になるようなしろものではなくて、神が神であることを知るものであるという感じ。大体聖者覚者が道や法を説くのは、その感じから出てきている。その感じは日常感覚とは全く異なったもので、慣れるには非常に時間がかかるもの。そういう感じについて知的理解の訓練が進んできたという程度ではあります。

スピリチュアルなものへの関心は世間的にとても高まってきたけれども、実のところ癒しやピースフルな情感を求めるものを看板に掲げるものが大半であって、一歩進んで自分はどう生きていくのかを突き詰めようとする情動は必ずしも世の中のムーブメントという形にはなっていないように思います。

今の人は頭から入る人が多いので、ムーブメントにならない理由は、何をしようとしているのか理解されにくいことに尽きると感じていました。一言でスピリチュアルといっても、一言で人生どう生きるのかと言っても、それだけでは取りつくしまがないのです。

おまけに、誰もが不条理な理不尽な生活にいつも陥れられ、人生の無常を日々体感しているわけではないので、無常、不条理と関わり合いのない人にとっては、人生をいかに生きるかなんてテーマは他人事にすぎません。

かと言って、人生どう生きるのかと、禅寺を訪ねていきなり『かあつ』とやられたり、牧師さんに身の上話を親身に聞いてもらったり、自分勝手な願望成就の祈りを繰り返しただけでは、それ以上のものはなく、いわゆるメソッドと目的がかけ離れすぎて、何も生まれず、空回りとなってしまう。これでは人は人の限界を出ることはないように思います。

個々人の考え方が、多様化しすぎ、自分勝手すぎで、そんな面白おかしくもないことについて、誰も耳を貸そうとはしないものです。まして、日常感覚にはない『ある感じ』について、最初は我々と同様に無力な個人であった先賢が、どのような精神的変遷を経てそこに至ったかについて、多数の例示をまじえてわかりやすく示してみせないと、耳に入ったとしても知的理解の糸口すらつかめないだろうと思います。

そこで、このブログの記事数も一千を越えたこともあり、このままでは新参の来訪者の方にとっては、単なる記事の羅列にしか見えないだろうということもあり、今年の初めからまとめみたいなものを出さないといけないと考えていましたが、結局出せずに終わりました。「まとめみたいなもの」については、早速来年の初めにも出してしまいたいと考えています。

米国の経済的破綻により、今後は米国の世界の警察官としての役割が弱体化し、方々の国で小規模な紛争が発生しやすい環境となりました。たとえば中東不安定化からハルマゲドンというシナリオも見えますが、そこで期待されているのは、誰か他人である救世主の再誕ではなく、他人ではなく自分の再誕以外にありません。悟った他人が側にやってきても、肝心の自分が悟れなければ救世にはならないのです。





観音/12~13世紀チベット製/ボストン美術館蔵

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ペットの命と人の命

2008-12-30 01:18:49 | 究極というものの可能性
◎可哀相気分

中国では、「ペットは食べ物ではありません」というムーブメントが起きていて、日本では「大きくなりすぎたら保健所に引き取ってもらって下さい」などとのたまうペット屋さんまであると聞く。

こうした輩は、犬畜生よりも我が命のほうが疑問を持つ余地もなく尊いと思い込んでいる人たちのこと。

人間の肉体は死ねば用がなくなる。

嵯峨天皇の妃であった檀林皇后は、自分の死に際して「我死なば 焼くな 埋むな 野に棄て やせたる犬の腹を肥やせよ」と詠み、亡き後は遺骸を野原にうっちゃって置くことを命じた。

かの一遍上人も、「葬礼の儀式ととのふべからず。野に捨て獣にほどこすべし」と遺言し、獣に献体することとした。

親鸞は、「某閉眼せば、賀茂川にいれて魚にあたふべし」とし、魚への供物とすることにした。

死して残される最後の持ち物は遺骸であるが、最後の持ち物である大切なボディすらも名も知れぬ野犬や魚に差し上げるためには、この世への執着がいささかでもあってはできないことと思う。それに加えて生きとし生けるものすべてへの情愛がなければ発想できるものではない。

いずれも人生の去り際に見せるものだから、金も財産も惜しい、名声も惜しい、家族と別れるのもいやだという手合いにはできない芸当であるのは勿論だが、その時だけの「動物が可哀相」という気分だけでそれができるものでもないと思う。

最近は法律があってこんなことはできないし、野犬はあまり見かけることはなくなったが、やせた野良猫やカラスを見ると、ありあわせの食べ物でもあれば腹の足しにしてもらいたいと思う寒風厳しい季節である。




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太極図説と世界の構造-3

2008-12-29 06:52:23 | 究極というものの可能性
◎死生の原理

太極図説の最後の部分では、太極が天地人に展開し、人も聖人、君子、小人に展開していき、太極でもってすべてが尽くされていることを述べる。

ここで聖人とは、太極をそのままに生きる人のことであり、神人とでもいうべき人のことであり、既に我欲はない。わざわざ人極と呼び名を立てているところをみると、聖人がパワースポットたり得ることを窺わせるところがある。

これに対し君子とは、太極が何たるかを承知しており、それを生きることに努力を続けている人のことであり、菩薩みたいなものを想定していることがわかる。

また吉凶とは、自分の都合がよいのが吉で、都合が悪いのが凶ということではなく、自分のメリットとまったく関係のないところの、天道に照らして正しいのが吉で、背いているのが凶である。

結局太極図説は、易経のエッセンスを表現しているのだが、易経を子細に研究して、傍ら静坐していくジュニャーナ・ヨーガのような修行法をイメージできるように思う。易経の文意に精通するだけでは何も起こらないが、そうしたある日、宇宙全体を徹見する時があることを見ているのではないだろうか。

大意:
聖人は、万事を定めるのに中正仁義をもってし、静という陰の根本を主として、(太極に対して)人極を立てる(静に居るという聖人のスタンスを人極と呼ぶ。天の浮橋。)。

それで聖人は、その徳が天地とぶれないし、その明るさは日月と等しいし、その順序は四季の運用と同じであり、鬼神とその吉凶はその合致している。(要するに聖人のポジションは、人間を超えたところにしかない。)

次に君子は、(仁義中正のままに生きることができないので)仁義中正を修めて吉である。

次に小人はこれに悖る行いばかりなので、凶である。

太極は、天地人の三才において展開する時に、天道は陰と陽に分かれ、地道は柔と剛に分かれ、人道は、仁と義に分かれる。

また云うに、物事の根源を尋ねれば、終わりに返ることも知る、だから死生の原理を知ることになる。

易経はステキな本だ。すべてが尽くされている。


(太極図説の本文の続き)
「聖人は之を定むるに、中正仁義を以てし、静を主として、人極を立つ。

故に聖人は天地と其の徳を合せ、日月と其の明を合せ、四時と其の序を合せ、鬼神と其の吉凶を合す。

君子之を修めて吉であり、小人之に悖(もと)って凶である。

故に曰く、天の道を立てて、陰と陽と曰い、地の道を立てて、柔と剛と曰い、人の道を立てて、仁と義と曰う、と。

又曰く、初めを原(たず)ねて、終に反(かえ)る、故に死生の説を知る、と。
大いなるかな、易や。これ其の至れるなり。」
(完)




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太極図説と世界の構造-2

2008-12-28 07:44:43 | 究極というものの可能性
◎集合的無意識にあり

太極図説の続きでは、無極から陰陽、五行を軸として、万物が展開し、生生化化していくことを述べ、唯人間だけが、天地の間にあって天の浮橋として、天国と地獄の合体を体現している秀でたものであることを強調する。

この部分を哲学として読めば、一つの変わった思想以上のものにはならないが、ある種の冥想(静坐)の広がりのなかで、世界の構造が間違いなく陰陽五行の神秘的な多種多様の結合離散であることを見たとなればいささか事情は違ってくる。心理学者のユング流にいえば、全人類の集合的無意識の中に、陰陽五行が組み込まれていることを確認したことになるからである。

五行には善だけあるのではなく、悪もある。

大意:
五行が生じても、その本質的な性質は一つであり、無極の真と陰陽五行が神秘的な結合をして、混沌としたものが凝って現象となっていく。

そのうち陽(乾道)は男、陰(坤道)は女で、この二気が混じり合って万物を発生させる。

万物は、次から次へと発生し、変化も極まりないが、とりわけ人は秀でていて、最も霊妙である。つまり肉体という形はあるが、それを器として精神が発することでそれがわかる。

五行が相互に反応して、善悪が分かれ、万事が出る。

(太極図説の本文の続き)
「五行の生ずるるや、各々其の性を一にす。
無極の真と、二五の精(陰陽・水火木金土のこと)とは、妙合して凝る。

乾道は、男と成し、坤道は女と成し、二気が交感して、万物を化生する。

万物は生々して変化窮まり無し。ただ人だけが、其の秀でたるを得て、最も霊なり。形は既に生じて、神発して知る。

五性(水火木金土のこと)が感動して、善悪が分かれ、万事が出る。」




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太極図説と世界の構造-1

2008-12-27 07:06:00 | 究極というものの可能性
◎アートマンとニルヴァーナ

大極図とは、韓国の国旗のことではない。北宋の周敦頤の太極図説の挿絵のことである。

その説明文である太極図説の冒頭に「無極にして太極」とあるが、無極とは、ニルヴァーナ・無のことであって、大極とは、アートマン・有のことを指す。従って無極が動いて万物が展開するのではなく、太極が動いて陽を生じて、太極が止まって陰を生ずるとする。

そこで陰陽絡み合って、木火土金水の五要素(五行)を生じて、それが順調に運行されていくと四季となる。

また五行はもとをただせば陰陽であり
陰陽はもともと太極であり
太極はもともと無極。

この書き方をみると、周敦頤は、例の宇宙全体を見る体験があって、そこから出てきて世界の構造全体を無極、太極、陰陽、五行で説明し切ったものであろうと考えられる。

ところがなぜ4エレメンツ(要素)でなくて、五行なのか。仏教も地水火風、西洋秘教系の西洋占星術も地水火風の4エレメンツなのに、なぜ五行を自信をもって語るのかという問題が残る。

太極図説の本文の冒頭
「無極にして太極。 

太極動いて陽を生ず。動極まって静なり。

静にして陰を生ず。静極まって復(ま)た動く。

一動一静、互いに其の根と為り、陰に分かれ、陽に分かれて、両儀立つ。

陽が変じて、陰が合して、水・火・木・金・土を生ず。
五気順布して、四時(春夏秋冬のこと)が行われる。

五行は一陰陽である。
陰陽は一太極である。
太極は本(もともと)無極である。」




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易経とアセンション

2008-12-26 06:16:02 | 現代冥想の到達点
◎周易序卦伝

どういうつもりで易経を創ったかを考えると、人間の覚醒のためであることは疑いの余地もない。

64卦が並んでいる順序を説明しているのは、十翼の周易序卦伝。その最後のほうに「その帰することろを得る者は必ず大なり。ゆえにこれを受くるに豊をもってす」とある。これは、雷沢帰妹でもって帰するところができるが、帰することができるようになれば必ず大をなす、それで次の卦は雷火豊。

これは、雷沢帰妹で自我が芽生え、自我は成長し始めると巨大化する。

そして大を窮めるものはその居所を失い、旅に出る(火山旅)。旅先では受け入れられにくいが、受け入れてくれる人もいる。これが巽為風。受け入れてもらうと喜ぶ(兌為沢)。喜ぶとそれまで高まっていた精神のテンション・プレッシャーは下がり、散る(風水渙)。

巨大化した自我は孤独になりがちだが、そうした自我を受け入れてくれる人もいて、冥想などで高まったテンションを下げる工夫も知る。

ものごとは散る、離散のままではならず、節度を持って(水沢節)、信じるところとなる(風沢中孚)。テンションを落とすリラックス冥想だけでは終わらず、観想法や只管打坐などの節ある冥想に進む。

信ある者は必ずこれを実行する。そしてついついやり過ぎすることがある(雷山小過)。
やり過ぎのところはあっても、ついにはなし遂げられる(水火既済)。

しかしものごとは、なし遂げられたままで終わることはなく、未済になる(火水未済)

これでいくと、水火既済までが人間のことで、火水未済は、人間が全部ひっくり返ってしまうので、人間のことではないだろう。従って、水火既済から火水未済のところが覚醒、アセンションであると読める。

朝鮮の神人姜甑山は、水と火による文明の終わりを見ている。




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孔子のクンダリーニ・ヨーガ

2008-12-25 06:05:12 | 究極というものの可能性
◎易経の十翼

王陽明のたどった道も、儒学ながら究極のエクスタシーを求める道の一つであることを見た。それはどちらかといえば只管打坐型の冥想によったものであった。

それでは、儒教の大成者である孔子はどうなのかといえば、「怪力乱神を語らず」などとその言行に見えるので、超能力、霊能力、霊的世界をまったくもって人生の最初のうちは相手にしていなかったことがよくわかる。

ところが孔子の著作の中に易経の十翼があり、彖伝上下・象伝上下・繋辞伝上下・文言伝・説卦伝・序卦伝・雑卦伝のことだが、これらは、霊的世界の構造と個々の要素の連環を詳細に述べたものであり、一歩進んでそれが現実に展開していくつなぎの部分を解説したものである。

つまり、クンダリーニ・ヨーガ的世界の大著作が孔子の晩年には残されているのである。
孔子は、晩年にはクンダリーニ・ヨーガをやっていて、かなりのレベルに達していないとあれほどまでに精緻な現実と霊界のストラクチャーを描き出すことはできなかったのではないかと思う。

愛弟子の顔回や子路の死など、孔子の晩年には孔子を絶望の淵にたたき込むようなイベントが連発した。孔子は71歳の時に顔回の死に遭遇して、思わず「天われを喪(ほろ)ぼせり」と慨嘆した。既に悟っていれば、こんなことは言わないだろう。

この発言からすると孔子の自我の死はこのあたりであり、クンダリーニ・ヨーガの熟達はこの後ではないかと思う。孔子は74歳で亡くなるが、十翼はこの後にまとめられたのではないか。

儒学もまた一筋縄ではいかない。




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老名医の手術

2008-12-24 04:02:03 | 時代のおわり
◎最後まで油断できない

若い時にゴッド・ハンドと言われた70歳の老医師が、脊椎ガンの手術にアドバイザーとして立ち会った。

『「それでは先生、よろしくご指導をお願いします。先生には止血をお願いします」

「目が悪いから止血もできないと思う。自分で止血もしなさい。」

「腹部は縦切開で入ります。」

「解説はいいから早くやりなさい。」

「太い静脈がありますが切りましょうか」

「すぐ切りたがるな。切らないで続けなさい」

「でも静脈がじゃまになりますが」

「下に引けば視野から消えるよ」

「横隔膜を切りはずしていいですか」

「はずさなくては何も見えないじゃないか。早く切れ」

「心臓が横にあって危険なんですが」

「心臓を隠すともっと危険だぞ。心臓は横に置いておけ。危険なものはそばにあったほうが安全なのだ。」

「心臓をまちがって傷つけそうで怖いのですが」

「ここでメスが使えないなら初めからこんな手術はしなければよかったじゃないか。危険は承知で手術しているのだ。心臓を切ったらわしが塞いでやる。
さっさと切れ。」

「ガンを取りきれそうもありません」

「ガンを残したらなんのための手術なんだ。背骨と一緒に全部取れ。当たり前じゃないか、まったく。」

「背骨を取ったら、ぐらぐらになりますよ」

「来週もう一度手術して背骨をつなぎ直せばいいだろ。頭を使え」

「なるほど。さすがむかしの名医」

「よけいなことを言わずに早く手術を終わらせろ。これ以上出血させるな。」

「手術はすべて終了しました。ありがとうございました。」

「バカ者!まだ皮膚を縫っていないじゃないか。皮膚を縫い終わるまで見届けてやる。最後まで油断してはならなんのだ」』
(生死を分ける医者選び/米山芳夫/草思社から引用)

これは肉体のことではあるが、最後まで油断できないのは同じ。精密な仕事の先には只管打坐的な究極を予感させる。事上磨錬の先には身心脱落的な世界があるのだろうと思う。

それにしてもお医者さんの手術では、先生の一挙手一投足が、患者の余生に大きく影響することがよくわかる。とても重い一手一手である。





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ダイアン・フォーチュンのセクシュアル

2008-12-23 06:07:05 | 超能力・霊能力
◎竜巻に似た精神の渦

『性的結合の瞬間、竜巻に似た精神の渦が形成される。それは漏斗状の渦巻きで、他の次元にそびえ立っている。

肉体が交わると渦巻きは上の次元へと昇っていくのである。

すべての場合において、肉体・エーテル体・星幽体は、絡みあっているので、渦巻きは星幽界(アストラル)にまで達する。

受肉の機が熟していれば、星幽界の魂がこの渦巻きに引き込まれて、両親の世界へ入ってくるのである。

渦巻きが星幽界より上まで届けば、他の種類の魂が入り込んで来るかもしれないが、それほど上まで到達するのは稀である。そこで人間は欲望によって生まれると言われるのである。他のものによって生まれる人間はあまりいないからである。』
(心霊的自己防衛/ダイアン・フォーチュン/国書刊行会から引用)

この辺が、カーマ・ヨーガの利用する基本法則であって、チベットの性的タントラもこの原理を念頭においたものだろうし、真言立川流や西洋魔術系のフリーセックス邪教はこれを乱用したものなのだろう。

ダイアン・フォーチュンは、星幽界(アストラル)の上に精神界(メンタル)を認めており、更に大神も視野に入れているので、全体的な世界観という点では、わりと正統的な見方をしているのではないかと思う。

チベット死者の書は、生まれてくる側から見ているが、ダイアン・フォーチュンはこれを受ける側から見る。受肉とは、機が熟しているのが条件であり、その機をつかむのが簡単ではないことは、チベット死者の書でも何回もの受肉のチャンスをとても逸しやすいものとして書いてあることから、それを感じとることができる。





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ダイアン・フォーチュンのアストラル・トリップ

2008-12-22 06:04:08 | 超能力・霊能力
◎霊界の大いなる力の潮

珍しく、冬至の頃に大風が吹きまくっている。

『春分の日になった。春分は隠秘学者にとって最も重要な時期である。霊界には、大いなる力の潮が流れており、それを扱うのは非常に困難である。星幽界に問題があれば、この時期にはいつも暴風になる。

また星幽界では集会があり、多くの隠秘学者は身体を抜け出して参加する。そうするためには、失神状態にならなければならない。すると精神は身体を離れるのである。

身体が空になっている間は、普通この方法を知っている者に側にいてもらって身体が傷つくことのないように見てもらう。』
(心霊的自己防衛/ダイアン・フォーチュン/国書刊行会から引用)

最近の日本では、昔なら年に数回しかなかったような大風、プチ嵐が吹き荒れるようになった。このダイアン・フォーチュンの記述によれば、日本の星幽界(アストラル界・霊界のこと)には大いに問題があるので、毎度大きな風が吹きまくっているということになるだろう。

体外離脱には3種有るが、ダイアン・フォーチュンは、ここでは、アストラル・トリップに言及。その際に肉体は失神状態になっていることを述べているのは、他のグルや先覚者と見解を同じくしており、その力量のほどを示している。




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食えない中国人

2008-12-21 06:46:27 | 時代のおわり
◎過酷な生活とせちがらさ

毛沢東ですら、悪党小人の跋扈するのが、中国であると見ている。そんな食えない中国人のとのつきあい方のこつを具体的に述べた「対中ビジネス50年のホンネ語録」(中国人に絶対負けない交渉術/吉岡健/草思社)というのがあって、その中からいくつか抜粋すると、

1.中国人に自分を理解してもらおうなどと考えてはならない。

2.中国人が考える朋友関係の密度は「利用価値の密度」。中国人が日本人と結ぶ「用件朋友」。用事が終わればそれまで。

3.中国社会では人物よりも肩書がものをいう。肩書を除いた後の人間的価値がどれほどかは問題ではない。

4.中国との交渉は「ダメ元」精神で、「おまえは、おまえの言いたいことを言え。おれは、おれの言いたいことを言う」でやる。双方の主張を徹底的に戦わすなかで解決策を見いだす。初めから妥協案を持ちかけてはならない。

5.たとえ自分に三分の理しかなくとも、少しでも相手のミスを見つけて攻撃し、自分の利益を防御するのが中国社会の掟である。

6.中国人の礼儀は、かたちだけは慇懃で丁寧ではあるが中身はない。

7.中国で”ペテン”にひっかかるのは総じて欲ボケ人間である。

人徳や清濁併せ呑むというようなお人好し加減が全く効かない中国社会の現実がここに現れている。

個人の利益を全く度外視した「」とか「真一」という話を出しても、雑談のトピックにはなるだろうが、中国人には全く相手にされはしまいというのが、この条々でよくわかる。

このようにタオとか、宗教とか、真人とか、君子というような話が全く通用しそうもない社会ほど、求道者にとって厳しい環境はなく、人によっては邪境とまで呼ぶ人までいる。

こうした社会は一朝一夕に成るものではなく、共産主義になったからそうなったというようなここ数十年のものでもないと思う。例の禅僧趙州十二時の歌のような殺伐とした社会は、中国4千年の歴史のかなり古い時代からあるものであり、中国の伝統のようなものだと思う。

日本でも、関西に行くと、本場中国ほどではないが、そうしたせちがらさを感じるところがあり、特に京都にはそうしたものをより感じることがあった。百年、千年のタームで戦災に何回か逢うことがあるとそんなふうになりがちなのではないかと想う。




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就活で使える人物を見る方法

2008-12-20 07:01:26 | 時代のおわり
◎悪党小人相手の技術

呂氏春秋には、六験の他に八観という人の鑑定法もある。

1.貴ければ、その進むるところを観る
  地位や身分が上がった時に、どういう人物を推挙してくるか、どういう人物を尊敬しているかを観る。全体的な人間観、人生観がわかる。

2.富めば、その養うところを観る
  金ができれば、ペット子分を養うものだが、それを観る。その組織が将来栄えるかどうかはこれでわかる。

3.聴けば、その行うところを観る
  善なることを聞いたら、実際にそれを実行するかどうかをみる。何か適当な理由をつけて善いこととわかっていてもやらない人は多い。善事を為すには、根底に有る志があるものだと最近つくづく思うようになった。
言うは易く行うは難し。

4習えば、その言うところを観る
  習熟すれば、人はそれについて語るもの。その話を聞けば、どういう考え方の組み立てをしているかわかるもので、その人物の軽重広狭善悪清濁を測ることができる。

5.止(いた)れば、その好むところを観る
 仕事が板について、一人前になってくれば、何を好むようになるかで、人間の幅や志向がわかるもの。立派な奴なのか、つまらない奴なのか。誠実な女なのか、いい加減な女なのか。

6.窮すれば、その受けざるところを観る
  人は貧窮に陥れば、金のため、食うためには、なんでも受けてやってしまいがちなもの。そうした中で、最後の一線である何を受けないかを見る。人間の尊厳を試す見方であり、冷酷なしうちだと思う。
人が人をそこまで見抜く必要があるとするところに中国の風土の過酷さを感じざるを得ない。

7.賤なれば、その為さざるところを観る
  人は落ちぶれると、恥知らずなことでも何でもやるようになりがちである。そこで、最後の人間としての誇りがどこにあるかを観ようとするもの。

就職活動ではこんな場面はないだろうが、人生場裡には、心の準備ができないまま、こんなシーンに出くわしてしまって、観られる人がいる。

8.通ずれば、その礼するところを観る
 とんとん拍子に出世していけば、何を大切にするかを観る。それは金だったり、女だったり、威張り散らして権力を誇示することだったり、勲章をもらうことだったりする。

さすが中国儒教3千年の歴史であって、このような小技にはノウハウの重篤な蓄積を感じさせられる。

しかし共産中国に至っても、毛沢東ですら「政治の秘訣は、悪党小人をいかに支配し操縦することだ」と言わざるを得なかった。つまり、それほどに中国の民衆は食えない者ぞろいであるがために、こんな人物の見方を持ってこなければならなかったのである。

昨今の日本の大衆も、だんだんそうなりつつあるところがあるのは、皆様お気づきのとおり。儒教でいう利、最近でいえば自分のメリット、自分の権利ばかりかざす社会だと、中国的なせちがらい社会になりがち。




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就活に役立つ人物を見る方法

2008-12-19 06:06:04 | 時代のおわり
◎人を見る目の拠って立つところ

採用では、今も昔も人物を見るのが基本で、それは変わらないところがある。

呂氏春秋にある六験では、

1.之を喜ばしめて以てその守るを験す
  人を喜ばせて、会社の立場など、人として守るべきところを守れるかどうかを見る。

2.之を楽しましめて以てその僻(へき)を験す
  人を楽しませてそのかたよった好みを見る。楽しんでいい気分になると人はその好みを見せるもの。変な嗜好はそんな時に明らかなる。

3.之を怒らしめて以てその節を験す
  人を怒らせて、感情を爆発させて、どの程度抑えるべきところを抑えられるかを見る。かっかとして我を忘れるようではだめ。
これは面接の時にいやみをちょっと言う手で、よく使われるもの。

4.之を懼れしめて以てその特(独)を験す
  人は恐れると、びくびくして何かにすがりたくなる気分に陥るもの。窮地にあっても、どの程度しっかり独立した行動ができるかどうかを見る。

5.之を哀しましめて以てその人を験す
  人は悲しい目にあうと、その人のすべてが現れるもの。正面からその悲しみを受け入れられる人、他人のせいにする人、酒などに溺れる人、さまざまとなる。

6.之を苦しましめて以てその志を験す
 就活の面接ごときでは、苦しむ場面はないだろうが、艱難辛苦の場面でこそ、その意志力の堅固であるところが試される。組織の成員にとってはとても貴重なファクターである。
(参考:人物を修める/安岡正篤/竹井出版)

私も昔は、人相や手相も含め、こういうのに非常に関心を持っていた時期があったが、所詮こうしたものは、小手先の技術、枝葉末節ではある。幹たる部分がしっかりしていないとどんな悪事もやる。組織に役に立つ人間であるかどうかと、人間としてまともかどうかは全く別の問題であることは、昨今のいろいろな痴漢や万引などの軽犯罪事例が示している。




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西洋の大物忌

2008-12-18 06:04:02 | 究極というものの可能性
◎シュメールの神の同衾者

『ヘロドトスは、バビロンの聖塔の突端にある神殿の中には神々の像はなかったが、美しいカバーで被われた大きな寝台とその傍に黄金の机があったと報告している。選り抜かれた一人の巫女を除いて誰もこの部屋へは入ることが許されなかった。その中では時折神が自ら現れると思われていた。ここに我々はギリシア人の手によって伝えられた聖なる結婚式の後世への反映を見てとるのことができる。

ヘロドトスは、さらにエジプトのテーベにあるゼウスの神殿でも、一人の巫女が同衾者として神の許に仕えていたことを伝えている。

われわれはここに、太古のシュメールの祭儀に由来する風習が、一カ所に数千年を越えて保たれたばかりでなく、はるかに広い地域やさまざまな文化の中に広がっていったことを知るのである。』
(シュメール文明/ヘルムート・ウーリッヒ/佑学社から引用)

シュメールのバビロンのジグラートの最上部に神を迎える部屋があって、そこには一人の巫女しか入ることを許されなかったとは、伊勢の大物忌を連想させる役割である。

伊勢の大物忌なる巫女は、もともとは倭姫の代わりという名目ではあるが、神との同衾者にはかわりはあるまい。

もとは天皇と大神は同殿同床で、日本では古来巫女ではなく、天皇自らが同衾していたが、倭姫の頃からは大物忌が大神と同衾(昼夜となくお仕え)するようになった。

大神と同衾とは、その巫女が大神のシャーマン・依代としていることを意味するものだと思うが、現代のように個々人が直接大神とコンタクトすることが期待される時代になる以前は、このように特殊なシャーマン適性のある者を選抜して、為政者が神意をうかがう道具として用いることが必要だったのだと思う。




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長慶天皇の御世

2008-12-17 05:31:32 | 古神道の手振り
◎一つの誠

寄道述懐
教へおく ひじりの道は あまたあれど なすは 一つの誠 なりけり
(長慶天皇御製、千首和歌 1367年)

(先賢が教えおいてくれた聖者への道は沢山あるが、それを為すのは一つのであったことだ。)

長慶天皇の御世は、南北朝の最中であり、ご在位は、26歳から41歳までの15年。

その間摂津の住吉、吉野、金剛寺、吉野と、そして大和の栄山寺(奈良県五條市の東)と休む暇もなく行宮を移された。その間絶え間なく賊軍たる足利軍との交戦が散発し、多難のご生涯であった。

そうしたご生涯であったからこそ、その御製には、ひときわ澄んだご階調をうかがうことができる。

長慶天皇は、長い間その御在位が疑問とされていたが、大正15年になってようやく御在位が確定した。これも、いかばかりか御苦しみのおおかりき南朝の日々のためかと思い奉る。




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