アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

働きながら内丹

2008-08-31 08:07:30 | 道教
◎陶弘景の時代

中国浄土教の元祖の一人曇鸞が仏教に転向する前には、道教の修行をしていたが、その師匠が陶弘景。

陶弘景の時代は外丹全盛の時代とはいっても、内丹を全くやっていないわけではない。その著書「真誥」では、錬金術でもって丹薬を作ろうと深山幽谷に入っていって作ったが、うまくいかなかったけれども、失敗作の丹薬を自分で飲んでみたとか、場所を替えてやってみたなど、外丹の話題が多い。

内丹の例としては、高級神霊である雲林右英王夫人が霊媒に降臨し、土地の有力役人許長史に対し語った言葉、
『真一を守ること懸命な人は、一年間それを実践すると、頭の白髪はなくなり、禿げたところにも黒髪が更めて生ずる。しかし家族とともに暮らし、家業を行い、外においては役人として務をはたし、友人と交際している。そして目は広く用い、いろいろなところに気をくばっている。

これでは道を行なうとして懸命にはなれない。このような状態で事(守真一の実践)を行なっても、その結果は得られない。

真仙の多くは隠逸し、林嶺の中に住んでいる。人間社会から遠く離れて、執着せず暮らし、そこで守真一を実践すれば、必ず嬰児のようにみずみずしく、鬢は黒くなるのである。』
(真誥/石井昌子/明徳出版社から引用)

真一を守るとは、内丹というクンダリーニ・ヨーガ的修行のことである。当時(4世紀頃)は、コンビニもスーパーもない生活を山の中で行なっても不審者と思われなかったのだろう。そういう修行生活を送ることが一応社会的に認知されていたのだろう。

当時であっても、宮仕えをしながらでは、クンダリーニ・ヨーガ的修行は成らないと見ていたのであり、いわんや遥かに気息を使うことが多い現代において、働きながらの内丹修行は、成就しがたいものであると思う。

曇鸞が仏教に転向したのは、クンダリーニ・ヨーガ的には、陶弘景の内丹では食いたりないところがあったためだろうか。陶弘景にも29歳の時、七日間の臨死体験があり、7日目に蘇生、その間恍惚として夢幻の世界に遊ぶが、この間のことははなはだ奇異なことばかりで他人には説明できないとしたというが。




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真の極楽、仮の極楽

2008-08-30 07:25:58 | マントラ禅(冥想法7)
◎辺地往生

親鸞は、辺地往生といって、念仏の功徳によって、信心が不十分な者は、まず浄土に往生するものの、辺鄙な浄土に生れて疑いの罪を償って後に、初めてホンチャンの浄土に行けると説明している(歎異抄第17条)。

観無量寿経でいえば、極楽に往生したものの、池の中の蓮のつぼみのなかから出れない状態が親鸞の頭の中にあって、それが辺地往生のイメージとしてあったのではないだろうか。

その蓮のつぼみの中の冥想修行が疑いを晴らす修行であって、地獄の責め苦がないので、冥想修行にいそしむ心理的、肉体的余裕もある。この世であっても宗教というのは、そうした生活に余裕のある人のたしなみみたいなところがある。生活に追われれば冥想はしにくいもの。

そして、辺地往生したとしても、恥じることなく修行にいそしめば、真の極楽に往生間違いなし。

観無量寿経にある西方の仏国土、つまり極楽とは、いわゆる霊界における天人五衰の滅びのある天国なのか、それともプラトンのイデア界の如き、不壊なる永遠の反映の国なのだろうか。

辺地往生する時は自分があり、その修行が終わっても極楽浄土に行く自分、帰る自分が残る。阿弥陀仏の展開の一つである自分が浄土に花開き、自分という自我の死により、阿弥陀仏と一体となるステージが、その先に期待されるように思うのだが、そのステージでもって不壊なる永遠の世界に入ることができるというのが、順当な構成となるように予想できるように思う。



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秋の芭蕉三句

2008-08-29 06:05:50 | 丹田禅(冥想法8)
◎欠くるはずもなし

白露をこぼさぬ萩のうねりかな 芭蕉

萩が秋風にうねれば、露がこぼれぬはずもない。そこで一滴の白露もこぼれない、つまり一つの欠けたところもない白露を、そのうねりに見てとった芭蕉の居場所こそ、白露をこぼさぬところであった。

枯れ枝に烏(からす)のとまりけり秋の暮 芭蕉

堪えがたい炎暑もいつしか終り、秋になったかと思うまもなく、いつしか葉もすっかり落ちる晩秋となった。暮れつ方、枯れ枝を見ると、これまた枯淡のカラスが冬の到来を予感させる。実生活は不条理の陰影から逃れ得ないが、この場のカラスは生の躍動のシンボルと見える。

秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉

秋は、四季のうちで人を最も深い冥想に誘う季節。季節自体が冥想している。
隣室の物音が聞こえ、いつもは日常のせわしない自分のことだけに向きがちな関心が、知らず知らずに隣人へと向かう。それは一瞬の気づきにすぎないが、別の宇宙へのドアノブでもある。




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もらい過ぎない

2008-08-28 06:05:10 | 老子
◎老子第44章 名與身

名声生命とは、どちらがより多く自分なのであろうか。財貨と生命とは、どちらがより多く大切なものであろうか。生命を保つ為に名声や財貨を失うのと、名声や財貨を得る為に、生命を失うのとどちらが本当に苦痛なことであろうか。

だから考えねばならぬことは、名声を愛しすぎると必ずより大なるものを失うということである。財貨に執着しすぎると、より重要なものを亡くするということである。

足るということをしれば、辱められることがない。とどまるところを知れば、危ういということがない。この真理を体得したならば、何時までも栄えることができる。』

名誉や評判と、金は社会生活を営むにはある程度は必要なものである。高い名誉や良い評判の受け過ぎは、近い者からの妬みを受けるものであり、いわゆる有名人というものは、その著名ゆえに、出かける先々で不便を強いられることは見聞きするものである。

また金に執着しすぎると、金というものは、限られたものを無慈悲にも他人から集めて来る性質があるが故に、大慈大悲、愛というものについて酷薄な人間になることがありがちなものである。

金も良い評判も、自分の身に「受け過ぎた」「もらい過ぎた」という微妙な感じがわかる人だけが、受け過ぎを回避できるのだと思う。その感じは経験によるものだろうか、それとももっと深いところから来るインスピレーションなのだろうか。

いずれにしても、この辺もわかる人にはわかり、わからない人にはいくら説明してもわからない部分なのではないだろうか。

「金も良い評判も少し足りないくらいが良い」と語る人がいたが、経験から来る単なる生活の智恵としては、聞き流せないニュアンスの深さがあるように思った。なかなかそのようにできることではないからである。




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転生活仏の選び方

2008-08-27 06:14:00 | 密教
◎公平と公開

1792年、ダライ・ラマ8世は、政敵の赤帽ラマの意向を受けたネパール軍がシガツェのタシルンポ寺を寇掠したため、清軍に反攻を要請。清軍は、ネパールのカトマンズに進攻し、ネパール軍を降伏せしめた。

清朝は、この事件を教訓として、この赤帽ラマのような不徳の人物が転生ラマ(活仏)に選ばれたのは、その認定方式が神おろしや情実人事によるものであったためとして、金瓶掣定と呼ばれる転生ラマを決める方式を定めた。

金瓶掣定とは、黄金の瓶の中に複数の候補者の名前を入れて、抽選によって転生ラマを選ぶ方法である。金瓶掣定は、ダライ・ラマ10世から12世までの選定において採用され、清朝末期のダライ・ラマ13世の選定からこの方法はとりやめとなった。

中華人民共和国になってからは、中国は活仏の認定権を清朝から継承していると主張し、中国共産党がその認定に口出ししてくるようになっている。

ダライ・ラマ13世がチベットの独立を宣言して以降は、転生ラマの選任は、ダライ・ラマの専担事項となった。

道元が授記に異常な関心をもっていたのも、こうしたチベットの活仏の選定の正当性が問題となるのも、いずれも宗教組織内外の政治の上での必要性であって、活仏個人、教祖個人の聖性とは何の関係もないことのように思う。

その覚醒の正統性については、古来証明書や奇跡でもって証明することはできなかったのであり、第三者に証明できるようなものであれば、それはたちまち化けの皮がはがれるようなしろものであるように思う。

宗教を基本とした政治的組織を編成する時に、初めて誰にでもわかる証明方法の必要があったのではないだろうか。

真正の悟りには、外からの証明などどうして必要とされることがあろうか。




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バンチェン・ラマの最期

2008-08-26 06:16:21 | 密教
◎誰も知らない

バンチェン・ラマ10世は、中国によって、ダライ・ラマの対抗勢力となることを期待されたが、1962年に中国のチベット政策の悲惨な実態とその誤りを指摘する7万言の意見書を中国政府に提出して、それをきっかけに9年8カ月の独房生活を余儀なくされた。

その拘禁からようやく解放されてまもない1989年1月、50歳のバンチェン・ラマは、チベットのシガツェのタシルンポ僧院で謎の死を遂げた。

バンチェン・ラマ10世は、1989年1月、高さ12メートルの半球の霊塔の落慶法要のために北京からタシルンポ寺院にやってきていた。

バンチェン・ラマの侍従ロブサン・ツルティムは、1月28日午前1時にバンチェン・ラマに読書をするのでもう1枚毛布を持ってくるように命じられ、持って行ったところ、大勢の中国公安部員がバンチェン・ラマの部屋を囲んでおり、部屋に入ることも認められず、毛布は奪われた。

公式発表では、28日午前8時5分に逝去。2月3日にタシルンポ寺院の800名の僧たちが遺体と対面すると、バンチェン・ラマの皮膚は既にどす黒くなっており、自然死ではないことを疑わせるものだったという。

『「毒殺されたんじゃないかと思う」とツルティム・テルセーは言う。「バンチェン・ラマは8時から8時半の間に亡くなられた。その後三、四人の中国人医師が扉を締め切って遺体とともに丸一日閉じこもっていた。パンチェン・ラマがすでに亡くなっていたなら、どうしてそんなことをする必要があったんだろう。逆にまだ亡くなられておられず、医師たちが救命処置をしようとしていたなら、どうして扉を閉める必要があったんだろうか。」』
(チベットの少年/イザベル・ヒルトン/世界文化社から引用)

死の瞬間を看取った記録がないため、メンタル体で出れたかどうかわからないが、政治の激動に巻き込まれると、なかなか厳しい人生航路になる。特に中国では、政治的に末端の人間でも徹底的にやられるので、バンチェン・ラマのような宗教界のリーダーではまして厳しいものになったという印象を受ける。




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猫の技

2008-08-25 05:58:54 | 時代のおわり
◎鬱陵島の猫

猫の人への技として、人の言葉をしゃべる、眠っている人の胸に乗って悪夢を見せるなどが代表的なものと考えられる。

人の言葉をしゃべるとは文字通り日本語を発声するわけではないが、一人で在宅している徒然で、猫の気持ちが言葉として解せられるほど意識レベルが落ちているような時に、猫の気持ちがわかることがあって、それを猫がしゃべるとしたのではなかろうか。

また胸の上に5キロはあろうかという猫が乗れば、流石に乗られた人は目を覚ますだろう。ここは肉体猫がそのまま胸に乗るのではなくて、アストラル体猫が胸に乗って悪夢を見せることを、胸の上に乗って悪夢を見せると見たのだろうと思う。

また猫が人語を解するなどは、わりとあることなのではないかと思うことがある。

函館五稜郭で有名な榎本武揚が、竹島の猫を持ち帰ったそうだが、その竹島とは、今注目の竹島ではなく、鬱陵島のことである由。

というのは、1667年の出雲藩士斎藤豊仙の『隠州視聴合記』によれば、『戌亥(西北)の間を行くこと二日一夜、松島あり、また一日の程、竹島あり、俗に磯竹島と言う、竹島海産多し』
(猫の歴史と奇話/平岩米吉/築地書館から引用)とあり、

この松島というのが今で言う竹島であり、この竹島というのが鬱陵島のことだそうだ。猫が住めるかどうかということで言えば、今でいう竹島は、300メートル離れた2個の岩礁に過ぎず、猫が住めるものではない。他方鬱陵島は、巨木が繁茂し、鳥獣が多いそうなので、猫が住めるのは鬱陵島ということになる。

この島の猫は、尾が短く曲がっていたが、鎌倉時代に中国から持ち込まれた猫は短尾だったので、大陸由来の猫だったのだろう。また野生猫に三毛やぶちはいないということから、おそらく鬱陵島の山猫は、きじ猫だったと思われるのである。

きじ猫は猫の本流なのだ。




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13段観想から念仏へ-5

2008-08-24 08:21:00 | マントラ禅(冥想法7)
◎メイドインチャイナと道教

観無量寿経の想定している修行カリキュラムは、現世で輪廻転生の中であらゆる悲惨をなめるよりは、南無阿弥陀仏の功徳により、仏国土に一旦入って、そこで12大劫もの長い間、蓮の花の蕾の中で孤独に修行したほうが本人のためであるという判断があって、敢えてそれを勧めるものであった。

つまり現世での肉体での修行ではなく、霊界におけるアストラル体での修行を前提にしたものであるが故に、クンダリーニ・ヨーガの修行法の一つなのであると考えられる。

どうしてこのような妙なことになっているかというと、観無量寿経は、自分の子供に殺されそうになった貴婦人韋提希が、釈迦にお願いして教えてもらったという由来なのだが、観無量寿経の導入部には、韋提希がその子によって殺されそうになり、牢獄に幽閉された経緯が説かれて、ここで現世とは、人間の欲望による悪が支配する絶望的な世界であることか強調されている。

このエピソードは、
もともと韋提希と夫である頻婆娑羅王の間には子がなかった。占い師に相談したら、ある仙人が三年後に死に、その仙人が二人の子として転生すると言う。焦った頻婆娑羅王は、三年待たずに、早速仙人を殺してしまった。仙人はいまわの際に、この恨みは必ず晴らしてやると言い残した。

まもなく韋提希が身ごもった。頻婆娑羅王は、占い者に相談すると、生れてくる子は必ず父王を殺すことになるという。そこで父王は、韋提希に高楼で出産させることにした。

出産した後、その子阿闍世は、直ちに高楼より地上に投げつけられたが、奇跡的に小指の骨を折っただけで助かった。

阿闍世は、長じて父が自分を殺そうとしたことを知り、クーデタを起こし、父王と母王を牢獄に幽閉し、二人とも亡きものにしようとする。
(参考:仏教の思想Ⅱ/梅原猛/集英社)


中国浄土教の元祖曇鸞(476-542年)は、道教の修行中に、洛陽で菩提流支に邂逅し、観無量寿経を授けられた。道教の師匠は、陶弘景という当代随一の道者であった。

密教と言えば具象を冥想対象とした観想も特徴であるが、中国に仏教由来の密教が入ってきたのは7世紀後半頃ではないかと思う。観無量寿経はこれより1世紀以上も早く観想のシリーズを出してきている。
そして、観無量寿経には、梵語原文も見つかっていないし、密教の本場チベット語訳文も見つかっていないし、メイドインチャイナであるという疑いがあるとされる

そこで、これはひょっとすると道教の修行法にも連続的な観想カリキュラムがあってそれをヒントにして出してきたような可能性もあるのではないだろうかと思った。道教もクンダリーニ・ヨーガ系だし。




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13段観想から念仏へ-4

2008-08-23 07:03:14 | マントラ禅(冥想法7)
◎念仏はスタートライン

これまでの12段の観想は、まるで曼陀羅を作り上げていくように、太陽を作り、水を造り、大地を据え、大樹林を置き、川を流し、摩天楼群を配置して、続いて仏像をイメージさせて、仏・菩薩そのものを現前させるという、ユニットを一個一個作り上げていくようなきめ細かな作業の積み重ねである。

だから細切れにしか時間のとれないフツーの人達ではなかなかこの膨大な観想カリキュラムを完成することはできない。特に大きさが無限である阿弥陀仏(無量寿仏)を観想することは至難である。
それでは、まとまった時間のとれないフツーの人に救いはないのか。そこで登場するのが13番目の冥想である。

13.雑想観
  阿弥陀仏は、その身を変化して出現する能力があって、1丈6尺(約5メートル)にして出現することもできる。
  これを応用して、これまでの12観想を行なうかわりに、この丈六の阿弥陀仏が池の水の蓮台の上にあることをありありと観想できれば、西方の仏国土に生れることができる。

 この後に器根別に(仏道修行の段階別に)、死後どのように仏国土に入るかの説明がある。その最後に不善悪業を繰り返す下品下生の人については、様々な苦しみに迫られて仏の観想をする暇がないので、臨終にあたり、心から南無阿弥陀仏を唱えれば、仏国土に往生できるとある。

 南無阿弥陀仏の功徳によって、その方は亡くなってすぐ、仏国土の蓮の華の蕾に入ることができるが、それから12大劫の長い年月が経過しないとその蕾から出られず、華が開かないという条件付きではあるが。

こうして見ると南無阿弥陀仏という念仏は、修行のプロ向けの何カ月も何年もかかるような観想のシリーズができない人で、毎日悪事を積み重ねている人が、死ぬ直前に唱えれば、いつかその冥想の華が開くことを約束するものとなっていることがわかる。

つまり念仏だけで仏国土への往生はできるが、往生した後に膨大な期間の冥想修行がやはり必要であると観無量寿経は見ているということになる。つまり念仏とは、観想を主体とするクンダリーニ・ヨーガ的修行のとっかかりに位置付けられていると思われる。




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13段観想から念仏へ-3

2008-08-22 06:13:55 | マントラ禅(冥想法7)
◎二段構えの構想

観無量寿経の13段観想の続き。

7.華座観
  超巨大な宝石でできた蓮華の花の台をイメージする。

8.像観
  目を閉じている時も開いている時も、これらの花座の座の中央に阿弥陀仏(無量寿仏)、阿弥陀仏の右に観世音菩薩、左に勢至菩薩の像がありありと坐っていると観じる。

9.真身観
次に阿弥陀仏(無量寿仏)の仏像ではなくて、阿弥陀仏の身相、光明そのものをビジョンとして持つ。その身体の色は、黄金であり、巨大な身長である。

これはすべての仏たちの体の観想ともよばれ、仏の心を見ることになる。仏の心とは大慈悲であるとあり、この一連の観想の軸足は、仏の七つの属性の一つである愛(慈悲)に置かれていることを知る。

この観想は無量寿仏の眉間の白い旋毛から観想を始めよとある。そこから8万4千の相好(好ましい特徴)が観想できる。

10.観音観
観世音菩薩を観想する。
観世音菩薩もまた巨大であり、身体の色は紫金。その発する光の中に、地獄から人間・天までのすべてのあらゆる生き物のすべての形や姿が現れている。頭頂部が盛り上がっており、その上にある不可視の頂点の部分が阿弥陀仏には及ばないところだけが、阿弥陀仏との相違点である。

11.勢至観
 大勢至菩薩を観想する。これも巨大な身体であり、大きさは観世音菩薩と同じ。身体の色は紫金。

12.普観
ここで自分自身の心に目覚め、西方の幸あるところ(仏国土)に生れ、蓮華の中に両足を組んで坐り、蓮華が閉じたり開いたりする観想を行なう。

この観想のシリーズを行なえば,阿弥陀仏と観世音菩薩と大勢至菩薩の分身のセットが観想者の前に現前することを約束する。

この観想は全体としては、仏国土に生まれ変わることを観想により実現しようとするものであり、仏国土でもその寿命は長いといえども有限で、ついには輪廻するのだから、厳密な意味では、人間苦を根本的に超克しようとする行き方とは言えない。

ところがこれは、窮極の七つの属性の一つである愛、(大慈悲)を軸として、展開させるもので、一旦は中間ポイントである仏国土に人を拾い上げて、その後に窮極を目指す段階的な展開を構想しているように思う。




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13段観想から念仏へ-2

2008-08-21 06:05:59 | マントラ禅(冥想法7)
◎舞台セットの構築


観無量寿経の観想の続き。
4.宝樹観
  大地の次は、宝石の樹木の観想。七重に並ぶ七種の宝石の木を一本一本イメージを構築していく。幹、茎、枝、葉と観じて、木々の葉の間には花が咲き、宝石の実がなっている。これは林の観想とも呼ばれる。

5.宝池観
 仏国土には8つのあらゆる願いを叶える宝石でできた功徳ある池がある。一つの池からは14の流れが出ており、その流れは宝石の色であり、黄金の河岸であり、底砂はダイヤモンドでできている。

6.宝楼観
 この国土の境目に5百億の宝石の楼閣がある。この楼閣に無数の天人たちがいて、天上の音楽を奏でる。この冥想はすべてを見る観想ともよばれ、この時点で、諸仏登場の舞台が整った。

観無量寿経では、ここで韋提希夫人は、釈迦の神通力によって阿弥陀仏観世音菩薩と大勢至菩薩を見せてもらうことができたが、釈迦没後の人もこれを見られる方法を教えて欲しいと釈迦に乞うと、いよいよ仏、菩薩の登場となる。




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13段観想から念仏へ-1

2008-08-20 05:57:49 | マントラ禅(冥想法7)
◎観無量寿経

浄土三部経の一つである観無量寿経に13段観想のことが出ている。
この観想の目的は仏国土を見ることであって、仏そのものと一体化することではない。漸進型の修行法なので、クンダリーニ・ヨーガの系流の修行法である。

1.日想観
  西に向かって太陽を見て、そのイメージが目を閉じても消えないようにする。

2.水想観
  清らかな水を見て想念を乱されないようにする。次に氷をイメージして、氷の透き通るように心を透き通らせる。

3.地想観
次に仏国土(極楽)の大地は、瑠璃(青玉)でてきているので、瑠璃を観想する。瑠璃の敷きつめられた大地に黄金の縄が張りめぐらされ、境界は七種の宝石で区切られている。その大地の上に幾千万もの宝石でできた楼閣がある。これが仏国土である。

この観想ができるようになったら、それらを明瞭に観ることができるようにする。目を閉じている時も、目を開いている時もそのビジョンがなくならないようにする。眠っている時以外には、このビジョンが残っているようにする。

日中に活動している時もこの仏国土ビジョンが残るような状態では仕事や勉強にならないので、この初歩の地想観程度でも、出家者みたいに観想に専念できる環境にいないと、この観想法が成就しないことが推測できる。




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中国的腐敗と未来

2008-08-19 08:10:44 | 時代のおわり
◎将来の政治的揺り戻し

趙紫陽は天安門事件をきっかけとして事実上の軟禁に入り、2005年1月逝去した。

共産中国ではもともと、階級敵として、地主と資本家(金持ち)を打倒することで人民の信用を勝ち得て、その政権を実現してきたのだが、ここ20年本来階級の敵である金持ちを先行して沢山作り出すことで、全体を富ませるという綱渡り的な方針を打ち出してやってきた。

こうした背景から本来貧農・労働者の敵である富裕層は、過去にあったような文化大革命みたいな政治的揺り戻しがあれば、真っ先に打倒、迫害される可能性を覚悟しながら活動しているところがあるのだと思う。

ところが中国経済は、国内の政治変動が、かつてのように中国ほぼ一国にその影響が限定される規模ではなく、世界経済そのものに大きな影響を与えるところまで、巨大化してしまった。

文化大革命では、国内の人民が、一説では数千万人亡くなったという自国内の影響にとどまったが、次にたとえば共産党内の権力闘争が激化し、大きな政治的揺り戻しがあれば、その影響は全世界経済を揺るがすものになってしまうだろう。

小平の時代には、実権は長老たる小平と陳雲が握っており、政権は安定していたが、江沢民以降は、経済発展とともに腐敗の規模も発展し、次の文のように政権に近いところでも腐敗の行く末を懸念するほどになっている。

腐敗が極まれば、別の人民革命か、既得権者間で利害調整して国家分裂などということもありえるのだろうと思った。

故趙紫陽と親友の宗鳳鳴の会話(文中の「私」は、宗鳳鳴)。
『まず私が話をした。
(中略)圧力・統制・独裁・権力乱用の度合いは、このように一段と高まっている。そして腐敗の度合いもいっそう高まっている。

「現在における腐敗の程度は、あらゆる王朝を超えている。この体制は腐りきってしまった」と人々は噂している。

深センのある民営企業家--彼は孫文や黄興の時代の革命烈士・毛簡簡の子孫だが--は私にこう言った。

「自分は烈士の子孫だから、当然共産党が政権をとることを望んでいる。だが、共産党は既に危険な構築物になってしまっていて、修理が難しい。人々からも信用を失った。あまりにも腐敗しすぎている。」

趙紫陽も応じて言った。
この体制は事実上腐乱している。その最たるは民主的な監視がなされていない点だ。』
(趙紫陽(第二部36章)/宗鳳鳴/ビジネス社から引用)




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中国の政治的安定と経済大国化

2008-08-18 15:04:12 | 時代のおわり
◎政治的揺り戻しのなかったこと

共産中国が1948年成立以降、政治的な揺り戻しで、人民が深刻なダメージを受けたイベントは、反右派闘争(1957年)であり、大躍進運動(1958年)であり、文化大革命(1966~76年)であったことが中国の知識層のあいだでは共通の認識であることがこの文でわかる。

これらの政治的な揺り戻しの都度、経済活動は停滞した。そして文化大革命終了以降30年にわたり、中国は政治的動乱を経験していないのである。

これらのことから、1989年の天安門事件が国内全体規模の広範な政治運動化しなかったことが、結果的には、小平復権以後30年以上にわたる政治的安定をもたらし、それを基盤として、その後の経済発展と現在の経済大国化に結実したと考えられる。


『私はまた香港の雑誌『開放』の社説を読んだ。「趙紫陽は公民権を持つばかりでなく、、依然として中国共産党党員である。当局は何を根拠に、8年もの長きにわたって自由を奪い、今なお拘束しているのか。」

私が思うに、趙紫陽だけではない。元国家主席の劉少奇や、開国の元勲にして民族の英雄である彭徳懐元帥も異論を持っていた、あるいは非常に正しい意見書を書いたがために、死地に追いやられて冤罪を負ったまま死んだ。異なる政治意見を持ったり、異議を唱える普通の者が迫害されることは言うまでもない。

私は反省させられた。過去に我々は血気盛んに国民党の独裁に反対し、孫文の三民主義に背く蒋介石に反対し、一つの主義、一つの党、一人の指導者による専制統治を実行した。いま私たちは前車の轍を踏もうとしているのではないか。国民党の独裁政権を打倒したのちにもう一つ別の独裁政治体制を作ろうとしているのだ。元の木阿弥ではないか。右派に対する独裁と迫害が、多くの人を一家離散に追い込んだ。人民公社と大躍進運動が民衆を奴隷のように締めつけ、数千万の人間が、尋常ではない死に方をした。そして「文化大革命」では、国中のいわゆる「牛鬼蛇神(訳注:批判や妥当の対象者)」に対する全面的な独裁で、中国は前代未聞の大災難に見舞われた。いくつもの悲劇が生れた。私はできる限り早く一党独裁の政治体制を終わらせ、民主政治を実行し、全力で政治改革を行なっていくべきだと痛切に感じた。民主的ではない政治、法治が実行されない国では、公民の権利が保護されない。』
(趙紫陽(第一部36章)/宗鳳鳴/ビジネス社から引用)』

中国は、現在に至るまで共産党一党独裁なので、民主主義ではないが、この本の著者は趙紫陽の老朋友なので、趙紫陽の長きにわたる軟禁生活を糾弾する立場から書かれているので、文字通り、民主主義の政治が実現するように希望しているとは思えないが、・・・。




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冥想の方向性-3

2008-08-17 06:34:51 | 冥想アヴァンギャルド
◎二種類の効果

釈迦出家した直後に師匠を選ぶ段になって、天国に生まれ変わることを目的として修行するのか、もう再生することのない解脱(神人合一)を目的して修行するのか、どちらかを選択することになった。

釈迦は勿論解脱の方を選んだが、冥想の効果には、このように天国に再生することに代表される実用性つまり現世利益・願望実現と、全くそれを越えた解脱、つまり涅槃・ニルヴァーナ・絶対無・宇宙意識という2種類がある。

殊更に冥想というしゃちほこばった形式・表現をとらなくても、現世利益・願望実現のテクニックとは、それぞれの人がそれぞれにそのやり方を心得ながら、受験や恋愛などの願望を実現しようとする時に、意識的に無意識的に心得ているものであるように思う。

現世利益・願望実現のテクニックの代表格は観想法になるが、これは密教の冥想手法の中心となるものである。密教では、観想対象として高級神霊である尊格を用いることが多いが、その対象を具体的願望に置き換えたのが、マーフィなどの願望実現法であるといえる。

こうした現世利益・願望実現以外に関心のない人には、これ以上冥想テクの話題を勧めても何の意味もない。

冥想の効果のもう一つである解脱、つまり涅槃・ニルヴァーナ・絶対無・宇宙意識の問題点は、それがあまりにも、世間の人が考えている解脱のイメージやニルヴァーナのイメージとはかけ離れ過ぎていることである。

世間の人の大方は、ニルヴァーナとは、涅槃寂静というくらいだから、自分の心境がとても静まり返りすぎちゃった時に、大宇宙とひとつになったようなスッキリした気分になってしまうみたいな、自分のちょっと変わった心理状態であるように想像するが人が多いと思う。

ところが実態は全然そうではなくて、自分の心理のひとつの状態のことではなくて、自分の生きている世界や宇宙全体がひっくりかえってしまうようなことであるのだ。

ここが、現代人には最も理解も想像もされにくいところであると思う。なぜならばそれは、日常の生活実感からすればとんでもないことであり、自分には何も得になることではないからである。




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