アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

修道女カトレイ

2008-06-30 05:23:55 | 現代冥想の到達点
◎神は言葉で語り得ない

修道女カトレイは、14世紀頃の人か。

『彼女は言った。
「私がおりますのは、私が創造される以前にいた場所なのです。そこはただ神が神の中に存在されるだけなのです。そこには天使も聖者も、合唱席も天もありません。八つの天や九つの内陣のことを口にする人々もいますが、そのようなものは私がいまいるところにはございません。

言葉で表され、人々にで示されるものはすべて、神に至るための刺激でしかないということをおわかりくださいませ。

また神の中には神よりほかのなにもないということを。どんな魂も創造される以前に神であったのと同様、あらかじめ神とならないでは、神の中に参入することができないのです。」』
(忘我の告白/マルチン・ブーバー編/法政大学出版局から引用)

神よりほかの何もかもなし。これこそが古神道で言う惟神(かむながら)である。それは名もなく、像で示されるようなものでもない。道教の老子も同じことを語っている。魂の創造される以前のものとは、未生(生れる前の)の我のことであり、これは禅家のよく使う表現である。こればっかりは宗派による違いもないという真相があるように思う。

そしてまず自らが神となって初めて神の真相がわかるようになる。これもまた宗派にこだわらない共通の指針というべきものだと思う。

このレベルまで行く人が多数出ないと、世界最終戦争なしでのこの世の立替立て直しはないと思う。




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金剛頂経概観-1

2008-06-29 08:37:11 | 密教
◎先に仏身円満が必要

金剛頂経は、大日経と並ぶ日本密教の根本経典のひとつ。そのメイン・ストーリーはこんな感じだろうか。

最初、この物質界(色究竟天)にいらっしゃった毘盧遮那とそれを囲む一切如来グループは、地球(贍部州)に移動してきた。そこでかの一団は、一切義成就菩薩が菩提道場で冥想修行してるそばにやってきて、一切義成就菩薩に、そんな苦行をしても正しい悟りは得られないとアドバイスした。

それでは正しい冥想のやり方を教えて下さいと、一切義成就菩薩は彼らに懇請したところ、快く教えてくれて、彼はやがて、自分自身を一切如来の身体であるという観を得た。
すると取り巻いた一切如来グループは、次に仏陀の姿としての薩埵金剛杵を自分自身と観じなさいとサジェスチョンを与えた。

一切義成就菩薩は、この観想にも成功して、自分自身が如来であったことを知った。

そこで一切如来の皆さん、この悟りを堅固なものに加持して下さいと頼むと、一切如来は、薩埵金剛杵(金剛界如来)に一斉に入り込んだ。このことをきっかけとして、一切義成就菩薩は、如来、正等覚者となり,成道した。

そこで一切如来は、入り込んでいた金剛杵から出て、元一切義成就菩薩である金剛界如来を世界のトップの座(須弥山)に据えた。

これが仏身円満という覚醒までのステージで、この後37尊の出生するストーリーとなる。成道したばかりの金剛界如来がある一定の冥想状態(三昧)の中で、観想を行なうと、金剛薩埵を始めとする尊格が次から次へと出現する。

十六菩薩以下37尊が出現しきったところで、世尊・毘盧遮那を中心に一切如来が集まり、全員で冥想に入る。これ以後は儀軌の説明となる。

単純にこの流れを読めば、苦行をしてなんとか悟りたいと思っていた一切義成就菩薩がなぜか向こうからやってきた一切如来グループの冥想指導により、金剛薩埵になるという観想法を切り札にして、如来との一体化に成功する。

そしてその後に37尊格が出現するのであって、窮極の悟りの実現以前に高級神霊である37尊格が登場するものではないというところや、真正の悟りの前には、正規の高級神霊団が支援してくれるところがミソのように思う。




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アステカの聖体拝領

2008-06-28 07:45:43 | 冥想アヴァンギャルド
◎民衆意識とマルチ・ナショナルな宗教

神人合一のイメージを、信者をして強化せしめる方法として聖体拝領があるが、キリスト教のミサによるそれと、16世紀のアステカで行なわれていたそれが類似した儀式であったことを見ると、アステカの宗教は、観想を主力とするどちらかというとクンダリーニ・ヨーガ型の宗教であったように思う。ミサの聖体拝領は観想を補完するセレモニーと考えられる。

キリスト教のミサは、次のように執り行われる。
1.パン(ホスチア)の奉納
2.カリス(ワイン・聖杯)の準備
3.カリスを挙げる

4.奉納物の聖別(十字切り)と祭壇の献香
5.エピクレーシス(聖霊の降下を求める祈り)
6.聖別(パンとワインが主の肉体と血に転換する)

7.大奉挙(聖別されたパンとワインを会衆に向け高く掲げる。)
8.聖別後の祈り(聖別されたパンとワインを奉献する祈り)
9.奉献文の結び

10.挿入祈祷とフラクチオ(ホスチアがカリスの上で二つに割られる)
11.コンシグナチオ(ワインに対して、ホスチアのかけらで十字を切る)
12.混和(ホスチアとワインのカクテル)
最後は霊肉の一致のシンボル化ですね。

これに対してスペイン人修道士サアグンが1529年メキシコで目撃したアステカの儀式は、モクテズマ王や大祭司の前で行なわれた。
1.芥子粒の練粉でもって、ウイツィロポチトリ神の像を造る。
2.ケツァルコトアル役の祭司が、ウイツィロポチトリ神の像の心臓を火打石の槍で突き刺す。
3.死んだウイツィロポチトリ神の練り粉の肉体を細切れにする。心臓はモクテズマ王のものとなり、他の骨のようになっているバラバラの円筒状のパーツは列席する者に分配された。

この儀式は毎年行なわれ、神を食べることは「神食い」と呼ばれ、神を食べた者は「神の番人」と呼ばれる。
(参考:心理学と宗教/C.G.ユング/人文書院)

この儀式が隆盛なままキリスト教の布教を続けても、キリスト教のミサの方がアステカの儀式のパクリだと言われかねないので、サアグンは焦ったに相違ない。

どちらの儀式も、もともと個人と神が別である意識があることを大前提にスタートしているので、儀式の本質も神人一如を強調する形となっている。むしろアステカ民衆の意識が、西洋人に近い意識であったこと、つまり東洋的な意識(もともと神と人に隔たりはないという先入観)ではなかったことがひとつの驚きだと思う。

似た意識の大衆に対して、適切な宗教を移植すれば、非常によく似た儀式が出来上がる訳である。





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スピリチュアルと肉食

2008-06-27 07:14:17 | 時代のおわり
◎その人にフィットする戒律

密教系の本を読んでいたら、釈迦は最後食中毒を起こして死んだが、それは、キノコが腐ったのを食べたと大乗仏典では書き直しているが、それ以前の経典では実はキノコではなくて、もともとは猪の肉か、豚肉の腐ったのを食べたのだと書いてある由。釈迦が肉食をしていたのは、大乗的には都合が悪いことだったので、大乗で肉食していないことに書き直したようだとのこと。

おまけに今をときめくダライ・ラマとその周辺は、ステーキが大好きだなどと書いてあった。ダライ・ラマ自伝では、ダライ・ラマは自ら健康のために肉食をしていることを認めているが、改めてステーキが大好物などと書かれてしまうと戒律特に殺生戒についてどう思っているか考えさせられてしまう。

つまり肉屋のさんのカルマはどうなんだとか、スーパーの肉売り場の人のカルマはどうなんだとか、動物を殺すのは殺生だが植物を殺すのはいいのかなどと、果てしないカルマ・ヨーガ的な視点に落ちてしまうところがある。

そこで肉食反対の出口王仁三郎の主張を見ると、そもそもスサノオノミコトが、いわば爛熟腐敗した肉食文化の象徴たる大気津姫を殺した時(古事記による)に、その遺体から稲、粟、小豆、大豆、麦などの穀類が生った(死からの再生)ことを根拠にして、人間の正食とは穀食であるというもの。

穀食すれば心血自然に清まると、出口王仁三郎は云うが、その快適さを知るには、まずファーストフード店などで外食をしないことから始まりそうだが、ライフスタイルによっては実現することはかなりむずかしい人がいると思う。つまり現代人の大多数にとって肉食の禁止は現実的ではないのだと思う。

結局修行者にとって,その修行のタイプに必要な戒律はあるものだと思う。いわば正師から適切に与えられた戒めだけがその人に必要な戒律であると思う。しかしながら、肉食戒も含め、組織宗教が誰に対しても十把ひとからげに出してくる戒律は、そのすべての条項が修行者全員に必要なものとは考えにくい。




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クンダリーニ・ヨーガのチャンピオン

2008-06-26 06:14:07 | クンダリーニ・ヨーガ
◎スーパースター・釈迦

クンダリーニ・ヨーガは、肉体を持ちながら、アストラル体をはじめとしたあらゆる存在のレベルを極めるものであるが故に、その窮極を達成するには、尋常ではない困難な道程を通過していかなければならないと云われる。そのために、古来クンダリーニ・ヨーガの成就者は、禁欲的な求道者に与えられるネーミングとしては一味違う、英雄とか、勇者などの尊称が与えられてきた。

さて密教学者の頼富本宏氏が大日経の起源を求めてインド、オリッサ州のラトナギリ遺跡の仏像の光背に胎蔵大日如来の真言が彫られていたのを発見した。

それは、日本の四度加行の『胎蔵界念誦次第』に用いられる「ノウマクサンマンダボダナン・アビラウンケン」と大体同じだが、「アビラ」のところが違っている。もともとは、「アビラ」とは、ヴィーラ(勇者の意で、仏陀を指す)に対する呼びかけだったが、大日経疏を著した一行禅師や空海によって、地、水、火、風、空の五大の教義として変更されたものと思われる由(参考:大日経入門/頼富本宏/大法輪閣)。

釈迦は、勇者だった。つまり古代インドで、クンダリーニ・ヨーガのチャンピオンの代表格と見られていたのは、図らずも釈迦であったということがこれでわかるのである。学者さんによっては、釈迦と密教は直接の関係がないのではないかと疑う人もあるようだが、釈迦こそが、不本意ながら修行途上に散って行った数知れないクンダリーニ・ヨーギ達の尊崇を集めていたスーパースターであったことが、これだけでも窺い知れると思う。




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見神と一如

2008-06-25 05:59:56 | キリスト者の秘蹟
◎ドイツの修道女のケース

13、14世紀頃、ドイツのフライブルクのアーデンハイゼン修道院に、エルゼ・フォン・ノイシュタットという年老いたベッドに寝たきりの修道女がいた。彼女は既に70年間を修道院の中で暮らしていた。こんな状態なので、彼女は一人部屋に入っていたが、時折様子を見に来る修道女が、彼女から最近の調子を聞いてみた。

『修道女は彼女にたずねた、彼女が主を外に現れるとして観るのか、それとも内に現れる幻として観るのか、と。

すると彼女は語った、「その両方ともです。外にも内にも観ます。」

すると修道女はたずねた。外に現れる幻のほうがまさっているのか、それとも内に現れる幻のほうがそうなのか、そして内に現れる幻はどのようなものなのか、と。

すると彼女は語った。「外に現れる幻は、内に現れる幻と比べられるものではありません。と申しますのは、内に現れる幻は完全な、そのうえ誇らかなものだからです。」

そして彼女はまた語った「それは神々しい幻で、それが観える者にしかそれについて語ることができません。しかもそれを観る者たちでさえ、それについてただしく語ることなどできません。」

そこで彼女に修道女は、その時だれかのことを思ったりすることがありうるか、とたずねた。

すると彼女は語った、「そのとき私は自分自身のことさえよく思い出せません。神のなか以外のどこに想いや心のゆく場所があるのか、私にはわかりません。私の魂はその時神の内部に入って、神のなかにあるすべてのことを知るのです。そして私はその時私の魂が純であって何の汚れもないことがわかるのです。」・・・・・・・・

すると彼女に修道女がまたたずねた。彼女が外に現れる幻によって観るのはどのようなかたなのか、と。

すると彼女は語った。あの方は、美しく好ましい若者として姿を現され、部屋は天使や聖者たちの姿で一杯になります。あの方は私のそばに腰かけて、私を大変慈しみ深く見つめられます。けれど天使たちはみなあのかたの前にたたずんでいます。あの方ひとりだけで来られることはなく、天使たちがいつもいっしょにやってくるのです。

そしてあの方は私にこう語られます、『私は繰り返しここに来ることにしよう、そしてまもなくおまえを私のもとに引きとって、永遠におまえから離れないことにしよう』そしてあの方は内なる抱擁で私を抱かれるのです。」

ここで彼女に修道女はまた、あの方はどのような衣服を身につけておられたのか、とたずねて、さまざまな色の名をあげた。すると彼女はそれをどんな色にもなぞらえることができず、『あの方の身には、あの方がのぞまれるすべてが現れるのです』と語った。』
(忘我の告白/マルチン・ブーバー編/法政大学出版局から引用)

内に現れる幻は神人一如の状態であり、我というものがすでになくなっているのでもはや言葉で語ることのできる何もない。古神道で言えば幽の幽の状態。

これに対して外に現れる幻は、あの方と我が別にあるので、神人一如ではない状態。古神道でいえば天津神の登場なので幽の顕になるだろう。

最後にあの方は、老修道女を内なる抱擁で遇してくれるが、とても女性特有の官能の香り高いハプニングであった。 




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個別神霊と主神への祈りの違い

2008-06-24 06:44:49 | 古神道の手振り
◎顕斎、幽斎

出口王仁三郎は、個別神を祭祀を以てまつるだけでは不足であって、主神を祈ることでバランスがとれる。両方相整って完成となる。生活の安穏、幸福、癒しを希望するケースで片方の斎事だけでは片手落ちであるという。

なんとなれば、天津神、国津神、八百万の神などの個別神だけが、この世を分掌しているわけではなく、その根っこには、主神たる天御中主神がおはしますからである。要するに個別神を祀るのが顕斎であり、主神を祀るのが幽斎であるが、人間の立ち位置は、その顕幽のバランサーなので、日頃の業として顕幽両方やらなければならないということ。

真の神は霊であるとは、アストラル体のことを霊と言っているわけではなく、形のある個別神を体と見て、体の対義である霊、つまり形のないことを霊と言っているように思う。

祈りは霊を以てしなければならない(祈りは霊を以てせざるべからず)という意味は、自分の形のないところ、つまり最も深いところから祈らなければならないということだと思う。

出口王仁三郎によれば、まがりなりにも顕幽の区別がついているのは、古事記だけだと言っているので、その道の専門家でもなかなか違いのわからないものと見える。

『道之大本 第三章

一.神を斎(いつ)きまつるには、顕斎、幽斎の二つの大別あり。

二.顕斎は、天つ神、国つ神、八百万神を祭祀するものにして、宮殿あり、祝詞あり、幣帛ありて、神の洪恩大徳を報謝して、敬虔の意を表するの道なり。

三.幽斎は、真神を祈る道にして、宮社もなく、祭文もなく、幣帛もなし。ただ願望するところを、吾人の霊を以て祈祷し奉るの道なり。

四.要するに顕斎は、祭祀を専とし、幽斎は祈祷を専とするの道なり。

五.真の神は霊なり。故に其至霊に対するは、霊を以て祈るべし。

六.顕斎のみに偏るも非なり。幽斎のみに偏するも亦(また)非なり。

七.ある宗教の唱ふる如く、「神は霊なり」として、霊のみに偏し、形あるものを祭ることを忌み嫌いて、顕斎の道を無みし、偶像宗教などとそしるもの、あまり偏見にして、未だ全き教理といふべからず。

八.斎きまつるには、神像必ず不可ならず。されど祭祀祈祷の大道を誤りて、顕斎のみによりて福祉を祈るは非なり。祈りは霊を以てせざるべからず。』
(出口王仁三郎著作集第一巻/出口王仁三郎/読売新聞社から引用)




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宇宙太元

2008-06-23 06:04:30 | 古神道の手振り
◎不退転の信仰

出口王仁三郎も、混沌なるものをその視覚にとらえ、湯気とも煙とも何とも形容の仕難い、一種異様の微妙のものと表現し、それが宇宙太元であり、なんと天御中主神であることを確認している。

またこれは、一種無形、無声、無色の霊物であり、目撃した誰もが言葉で表現できないと語っていることと符合する。

そしてそれが、仏教やキリスト教のメインの崇拝対象、主神と何ら異ならないことを自らの実体験によって確認したような書きぶりである。

こうい体験と呼べない体験がないと、不退転の、本当に神の実在を信じるということはないのだろう。

『宇宙太元

大宇宙の元始に当たって、湯気とも煙とも何とも形容の仕難い、一種異様の微妙のものが漂うて居た。

此の物は殆ど十億年の歳月を経て、一種無形、無声、無色の霊物となった。これを宇宙の大元霊という。

我が神典にては天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と称(とな)え、仏典にては阿弥陀如来と称し、キリスト教にてはゴッドまたはゼウスと云い、易学にては太極と云い、支那にては天主、天帝または単に天の語をもって示されている。国によっては造物主または世界の創造者とも云うのである。

この天御中主神の霊徳は、漸次宇宙に瀰漫し、因蘊化醇して、ついに霊、力、体を完成し、無始無終、無限絶対の大宇宙の森羅万象を完成したる神を称して、大国治立命(おおくにはるたちのみこと)(一名、天常立命(あめのとこたちのみこと))と云い、ミロクの大神と云うのである』
(出口王仁三郎著作集第一巻/出口王仁三郎/読売新聞社から引用)




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インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国

2008-06-22 05:47:45 | 時代のおわり
◎スピリチュアルな視点など

なぜか私のトレード・マークに使っているクリスタル・スカルの映画。おまけになぜか長頭のクリスタル・スカル。

インディ・ジョーンズなので、最初は、メインストーリーの展開の面白さに惹きつけられていたが、後半はオカルトの考証の出来に関心が行ってしまった。

すべてを知りたいというソ連の女性士官イリーナの欲望は、現代人としてはとてもアヴァンギャルドなものであり、自我意識の極点では必ず起きる欲望で、精神世界ブロガーとしては、いかにもいかにもと納得。

肉体をそのままにスピリットが上昇という感じの描き方ではなかったですね。もう肉体に戻らないタイプの上昇、おまけに屍解みたいだったけれど、ああいう『人間の欲望の極点では上昇するシーンがある』というビジョンのヒントを観衆に与える効果は十二分にあると思った。

最近神霊憑依記事が多いので、最後のほうで神霊が憑依する仕方に注目していたが、神霊は目から入っていたようなので、ちょっとがっかり。ちゃんと考証して欲しかった。

最後に巨大UFOが飛び立つシーンがあった。そのシーンは一瞬で終わるのだが、ロズウェル事件がらみとはいえ、それはとても意外でもあり、考えさせられるところがあった。

というのは、昔さる大物霊能力者の自叙伝を読んでいたら、アカシック・レコードで自分の前世を遡っていったら、アトランティスの前世はまあ良いとして、シリウスから飛来した銀色の円盤で地球にやってきたシーンを見て愕然とした、という記述を読んだことがあるからである。

来たる者には去る時節がある。つまりUFOの地球からの離陸は、ある人物のひとつの長大な転生の終焉を示唆しているので、ある感慨を呼び起こしたのだ。

前世が中世の小国の王子様やお姫様だったとか、戦国武将やお姫さまだったという前世トピックは、オーラの泉や巷のスピリチュアル・ブログなどではしばしば目にするところであるが、地球に飛来したところから見た人は少ない。釈迦に至っては、象だったり、鹿だったり、猿だったりしたところから見ているけれど。

UFOの反重力装置と、その傍らで起こったイリーナの上昇は、同じ上昇原理としては全く無関係ではなく、全く同じ原理を用いているものだと想像できる。反重力、浮遊というものは、そうした存在レベルにおいてむしろ支配的な原理だからである。




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鎮魂の玉

2008-06-21 07:02:41 | 古神道の手振り
◎身体外のポイントへの集中

鎮魂法(シャーマニズム)をやる際には、鎮魂の玉と天の岩笛が要る。

出口王仁三郎の所説によれば、イザナギノミコトが、天照大御神に対して高天原を統治すべきであるとして、自ら首に掛けていた玉を取って、賜うた。この玉は、イザナギノミコトがその霊魂を付着させて、高天原の主宰たることを神定したもの。この玉は後にニニギノミコトに渡った。これが鎮魂の玉の由来。

さて鎮魂の玉は、個人が身を修めることを初め、大きくは無形の神界を探知する基礎であるから、鎮魂法で用いる玉とは、天照大御神が賜った玉と実質的に変わることはない。

令義解によれば、鎮魂について、「鎮は安なり。人の陽気を魂という。離遊の運魂を招き、身体の中府に止む。故にこれを鎮魂という。」とあり、身体の中府とは、身体のチャクラのことを指すのだろうが、この文だけではどのセンターか特定できない。中府に止むとは、心を一にして、あるチャクラに集中することである事がわかる。

憑依の例を見ると臍(腹)から憑依するケースと出口ナオのように正神が前額から入る例があるので、臍のマニピュラ・チャクラか、額のアジナー・チャクラをまず思い浮かべる。

『鎮魂に要する玉は、純黒にして正円なるを最もよしとするのである。重量は、七匁位から十匁位の間のものが一等である。三宝の上に其の玉を安置して、修行者は瞑目静座、一心不乱に其玉に向かって吾(わが)魂を集中するのである。

恰も蛇が蛙に魅いれるが如く、猫が鼠をねろう如くに一切の妄想なり感覚を蕩尽して修するのである。』
(出口王仁三郎著作集第一巻/出口王仁三郎/読売新聞社から引用)

引用した文では、集中する場所は身体内ではなくて、体外の『鎮魂の玉』になる。身体の中府に集中せよと言いながら、体外のあるポイント(鎮魂の玉)に集中させることで、チャクラに集中が転ずる何かが起こるのだろう。





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シャーマンのトランス適性

2008-06-20 06:23:49 | 古神道の手振り
◎生き身への神霊憑依の限界

出口王仁三郎のシャーマン実験によれば、シャーマンのトランスに最適な状態というのは、感覚を蕩尽し意念を断滅することである。ところがこれのできる肉体を持っている人間は、とても意志薄弱な人でかつ無智蒙昧な人でないとそんな状態にはなれるものではないと断言もしている。

要するに大正7、8年頃には、肉体のある限り、生きながら死人となりて成り果てるシャーマンで最も期待される状態にはなれるものではないと見切っていたようである。つまり大神と神人合一する技は、出口ナオなどの希少なケースを除いては、生きている限りは実現できないことを承知していたということになる。

言い換えれば深山幽谷に、バイブレーションの優れた地点(パワースポット)を見つけ、他人の近づかない冥想ポイントを見つけて、寒暖もあまり心配する必要なく、水や食べ物も充分ある環境を作ったとしても、結局肉体がある限り、大神との感合は起こらないという結論だったのである。

ここに肉体が生きながらの修行の限界を感じていた。そこで肉体死をベースとした修行に入るのが論理的展開であるが、彼自身6回死んだと語っているので、肉体死での修行は間違いなくあったものと思われるが、そのプロセスの詳細が今ひとつ明らかになっていないようである。

またシャーマンのトランス適性の中では、男女とも年齢制限がきついことがある。老女は不適当、子供は早すぎる、中年以降の人は総じて不合格ということになれば、その時期を過ぎた人にとっては何の意味もない技法ということになる。

このように神道シャーマニズムは、元来為政者の持ち物であったことから、もともと大衆にそのまま適用できるような代物ではなかったということを出口王仁三郎も身をもって感じていたし、また明治・大正に盛んだったシャーマンによるご託宣や憑き物払、願望実現などの土俗的なシャーマニズムに共通する生き身への神霊憑依という手法では、結局大神にはたどりつけないという限界を痛感していたということになろうか。




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シャーマンの適齢期

2008-06-19 06:14:05 | 古神道の手振り
◎本人の適性が難関

出口王仁三郎は、修行場所の選定や、シャーマンの適性についてはうるさい。デリカシーを重んじるクンダリーニ・ヨーガ系の修行では、さもありなむというところである。

まずこうした幽斎(シャーマニズム)の真髄を極めようとするものは、世事のすべてを捨て去らなければならない。これが大前提。財産も義理も社会的地位も家族も捨て去って、この修行に没頭して、最後は大死一番がなければダメだと王仁三郎は云う。

そして幽邃なる地で閑静な家を撰び、清浄なる審神台と、帰神台を設ける。鎮魂の玉と天の岩笛が必要。天の岩笛は、神人感合の媒介であり、自然にできたものを用いる(そんなに簡単に拾えるとは思えないですが)。

季節は春か、秋を上とする。夏は、蚊や蠅が多い上に、汗が流れるのが修行の妨げとなり、冬は、寒気のために自由な行動がとれず、山の中では積雪に悩まされることもある。

シャーマンの適齢期は、女子で十二、三歳から十五歳位までが最も上等。其の上の年齢は老女になるほど修行の結果が面白くない。

男子をシャーマン(神主)とする場合は、女性より感受性が鈍いのでもともとむずかしいのだが、十五、六歳が最適で、それからせいぜい三十歳位までに限る。必要な特性は、学識があって、智慧があって、胆力もあって、徳義心の篤い者、更に英敏であって、何所(どこ)となく凡人に勝れた所の在る者と条件が厳しい。

出口王仁三郎によると、(一般に)三~五週間の修行で神霊を感ずるが、邪神霊を感ずる者が少なくないので、濫(みだ)りにこうした技術は他人に伝授してはいけないとする。

結局シャーマニズムを極め、帰神(大神との感合)となるためには、世俗のすべてを捨ててこの道に入るのが最低の条件であるが、これをクリアしても、本人の適性が合わなければ、哀れ邪神霊の容れ器となるのがオチであると、結局警告している。




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神人一如

2008-06-18 05:45:50 | 古神道の手振り
◎プロセスは語らない

出口王仁三郎は、28歳の高熊山修行では、まだその頂上にたどりつけはしなかった。

ところが、次の文では、神人一如という言葉により、自分というものが既になくなった窮極の体験とは言えない体験を語っていることから、この頃にはおそらく中心太陽への突入体験があったのではないかと見られる。

この文は昭和6年頃の発表なので、教団全体が高級神霊憑依路線をやめた、大正10年頃の方針転換の後に、出口王仁三郎自身にそうした事件があったのではないかと推測される。

無上の垂直道を上昇し云々というその時の具体的有り様については、出口王仁三郎は、霊界物語などを見た限りでは、語っていないようである。

その理由は、自分の行動や発言や考え方を、見直し、聞き直し、宣(の)り直すことにより、世を直すことができれば、世界の立替え立直しが平穏にできるという、時間にまだ余裕のある時代のアプローチの仕方であったであったせいなのか、或いはそれを知ってどうにかなるほど人間が成熟していなかったためなのかは判然としない。

『無と云ふ事は言霊学上、天といふ事である。我と云ふ事は霊的に見た自分、宇宙と合致したる自分。自己の肉体をさして吾と云ふ、吾のわれは五つの口と書く。鼻の穴、口の穴、耳の穴、尻の穴、小便の穴、この五つの穴を備へた肉体の自分をさして吾と云ふ。

無我の境と云ふ事は、天地の神と融合したる状態である。慾望もなく、怨恨もなく、好きもなく嫌ひもなく、自分もなく人も無く、神の懐にとけいつて、神は我なり我は神なり、神人一如の境地に立つた場合を無我の境と云ふのである。

吾人の吾もわれなれば我国の我もわれと云ふ。併し乍ら、【我】と云ふ場合は大なる神の我、【吾】と云ふ場合は一個の肉体の吾となるのである。われわれとか、わが身とか、わが家、わが妹、わが妻など書く場合は必ず吾の字を用ふるのが至当である。』
(水鏡/出口王仁三郎/天声社から引用)




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高熊山での幽斎修行

2008-06-17 05:52:38 | 古神道の手振り
◎アストラル・トリップからの試運転

28歳の頃出口王仁三郎は、高熊山での幽斎修行にて、中心太陽への突入を敢行できたかといえば、そうでもないというのがとりあえずの結論であるように思う。

高熊山以前は、
真心の限りうちあけ 大前に宣(の)れども 神はいらへたまはず
(真心の限り打ち明け、大神の御前に訴えるが、神はお答えにはならない)
というような淋しい状態であった。

これから、第一回霊界修行では、江戸幕府を開いた徳川家康と思しき人物が、悪辣な手段を用いて天下を取った報いで、地獄に三百年迷っているのに出会って、霊界は時間空間の区別がないことを悟ったことを皮切りに、霊界探訪に出て行く。

この頃の体験のピークは、アストラル体での霊界探訪の中、霊界の信州皆神山で、女神伊都岐島姫に出会い、出口王仁三郎こそは、瑞の霊であるから、スサノオの神の剣にちなんだ16神将を与えるので、頑張ってと激励されたところ。

更にスサノオの神が現れて、これからは出口王仁三郎の魂(みたま)に添って守りましょうと約束してくれたところである。

今こそは友なく 一人の味方なし ただ大神を力と頼まむ

日の本は云うも更なり 外国(とつくに)の山川草木 なびき伏せなむ
(日本はいうまでもなく、外国の外国の山川草木も神の経綸で教化しよう)

(和歌は、霧の海/出口王仁三郎/あいぜん出版から引用)

このように大神と我は別の状態であるまま、高級神霊と心ときめく交流を繰り返すのであるが、
それだけの話に留まる。真正のピーク・エクスペリエンスはなかったのだ。

この後、静岡の月見里神社に本田親徳の系譜である長沢雄楯(かつたて)を訪ねる。が、その際に鎮魂帰神法と審神を出口王仁三郎に授けたらしいが、何が行なわれたかは、「霧の海」では、はっきりとは書いていない。




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大仏と伊勢神宮

2008-06-16 05:15:58 | 密教
◎見えるもの見えないもの

サンスクリット語のバイローチャナの音を、漢訳して当てたのが毘盧遮那。これに対して、漢訳する際に意訳したのが、大日如来。だから仏のことを密教では大日如来という。

奈良の大仏は、大きい。バイローチャナは世界に遍満するのだから大きく作った。同じクンダリーニ・ヨーガ系でも、伊勢神宮の内宮などは、ご神体は見せず、その物質界に非ざる本質を心眼で仰ぎ見なければわからないようになっている。

本物のクンダリーニ・ヨーガは、本来世間に隠れた神秘家のものであるが故に、大衆宗教にはなり得ないと思うが、それを伽藍の中で表現する時に、日本土着の神道では隠し、インド渡来の密教寺院では、大きく明瞭に見せるという違いは、どこから来るのだろうか。

日本人には、いわば胸に手を当てて見れば、誰でも大神の息吹を感じ取れる先天的な何かがあり、ご神体をイメージさせる具象を神社で見せなくとも、大神のバイブレーションを思い出すというところがある。これが惟神(かむながら)言挙げせぬ国の面目躍如たるところではないかと思う。

これに対して外人はイメージを見せることがなければなかなか響かないものであるが故に、具象としてのスカルプチャーや掛け図が必要であると、密教の指導者達が考えたのではないか。外人のほうがこの方面は疑り深く、信じにくいということだろう。

鞭に叩かれずとも、鞭の音を聴くだけで走り出す馬の方が良い馬なのだが。




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