アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

心意の妄動を制する。

2008-02-29 05:57:16 | 老子
◎老子 第52章 天下有始

『この天下なるものにも始めがある。それを天下を生んだ母としよう。既にその母なるものを知ったならば、またその子の如何なるものであるかを知り得る。

既にその子の如何なるものであるかを知って、その母に正しく仕えたならば、身を没するまで殆(あやうい)いことはない。

その感覚的欲望を抑え、心意の妄動を制したならば、一生悠々と過ごすことができる。その感覚的欲望に任せ、心意の奔騰に任せたならば、一生救われるということがない。

その萌しの微小な間にものを見わけるのを明といい、真に軟柔にして何物とも争わぬのを強いというのである。そのあらゆる学問知識経験等の智慧の光を用いて、真の明に帰るならば、一身の殃(わざわい)を遺すことはない。これを襲常というのである。』

襲常とは、道(タオ)を隠してあらわさず保つこと。

母なる無為に子としての自分が正しく仕えるとは、母たるタオ(ニルヴァーナ)を見知っていて、初めて自分が個別意識たる「子」であることを知ることができる。

母とはあらゆる陶酔の極みとして、人を憩わせるノスタルジアである。

ここでは、母を知り、子の本質を知っても、心意なる心理・情動は勝手気ままに動きがちなものであるから、それをコントロールしながら生きることで一生悠々と生きる。そのコントロールの練習が悟後の修行つまり、聖胎長養と呼ばれるものだろう。

悟っていない側から見ても、覚者の社会復帰は簡単にはいかないものだと推測される。いきなりタオを悟ったら、周辺の人々はとまどうに決まっている。これは臨死体験者周辺の人のとまどいと同様。


    1日1善。1日1クリ。


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目を開ける禅

2008-02-28 06:09:48 | 只管打坐
◎只管打坐メソッドのクリティカル・ポイント

只管打坐は目を開ける禅。しかし達磨の時代は、目を閉じる禅が主流であり、目を開ける禅は少数派だったようだ。そこでダルマは、眼を閉じる禅を鬼魅(ばけもの)の気として退ける。

ダルマは、四禅を得てもそれは中間段階であり、再び乱れだす境地であるとして使い物にならないと否定する。あくまで般若、絶対の理法を目指さねばならない、そのためには、眼を開けての坐禅を勧める。

これの傍証となる資料もある。

恵成は恵思の弟子であり、天台大師と同門である由。

続高僧伝第十六の後梁の釈恵成伝に
『恵成は、一挙に注釈のノートを焼いた。筆硯を投げすて、志を専らにして、はげしくつとめて、必ず目的をとげようと考えた。当時恵思の門に集まったもの、数十人があり、みな先達であった。

恵成は、後輩として及ばぬことを恐れた。そこで夜も昼も眼を開けて坐禅した。

15年が、過ぎた。師の恵思は、最後にかれを方等、観音、法華、般舟などのちがった三昧道場に入らせて、次第に障碍を除かせた。

そこで3年の修行によって魔業や禅病はすべて散絶した・・・・・・。他の人々が、眼を閉じているときは、道理を明らかに観察できても、眼を開けると、すぐに見失ってしまうのに比較すると恵成の禅は天と地ほどもへだたっていた。』
(講談社学術文庫/ダルマ/柳田聖山p308から引用)

只管打坐のクリティカル・ポイントは眼を開けることだが、眼を閉じることとの差を論理的演繹的に説明することは極めてむずかしい。ダルマがそう言っているからそうなのだ以上には出ないだろう。


    1日1善。1日1クリ。

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霊で語らないこと

2008-02-27 06:03:35 | 究極というものの可能性
◎中心太陽への突入との類似

フィリス・アトウォーターの分析で良いところは、あまり霊がかっていないところである。臨死体験者には霊能力が開発されることがあることを述べてはいるものの、それ以上霊で語らない。霊に拘泥する、霊にこだわるということは、アストラル世界にひっかかるということになるので、簡単にアストラルを通過すべき、神秘なる人間として好ましいことではない。

アストラル界には、天国だけではなく、地獄もある。臨死体験でも、死んですぐ、なだらかの傾斜の輝く芝を歩んでいく天国を見た人ばかりではない。例の暗いトンネルに入って、ようやく向こうに見える光に届いたと思ったら、荒涼とした丘陵があり、その丘陵には、裸のゾンビみたいな人々がびっしりと立ち並んで、一斉に自分の方を見ていたなどという地獄の入り口みたいなシーンに出くわす人もいる。

その結果、天国を見た人は、「死を恐れることはない」と生還した後に語ることになり、一方地獄を見た人は、「死は悪夢であり、天国でイエスが待っているなどというのは嘘っぱちだ」などとその体験を根拠に死の世界の是非を主張することになる。

このように臨死体験者の体験談の大方は、見ている自分を脱することはないが、まれに神と合一した人の例がある。このブログでは、そうしたものだけに教訓とすべき真実があると考えている。絶対光(神、仏、イエス)との同一化がなければ、いつまでも相対の世界である霊やアストラルの天国、地獄に迷ったままになるだけだからである。

絶対光との同一化とは、クンダリーニ・ヨーガで窮極とされる中心太陽への突入である。クンダリーニ覚醒プロセスでは、肉体死に始まり、中心太陽の突入を経て、肉体に帰還する。臨死体験でも、レアケースではあるが、それと似たプロセスがあり得ると考えている。


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臨死体験後の変化-2

2008-02-26 06:10:22 | 究極というものの可能性
◎見性者や見神者にも共通

フィリス・アトウォーターの『光の彼方へ/ソニー・マガジンズ』による、臨死体験後の心理的後遺症の続きの抜粋。

『4.感覚が鋭敏になる
霊能力がついたり,未来のことがわかったりする。

5.不安や恐怖心が驚くほど失せ、現実認識が変化する。
人生の矛盾が納得でき、人生の目的や意義が理解できる。家族がこれに対して同調する場合もあるが、別居や離婚に至るケースもあり。

6.自分たちの体の中に住んでいる、あるいは体を着ていることを知り、肉体に対してこれまでと異なる感じを抱く。
臨死体験後、体験者が肉体に馴染み、肉体の重要性や特殊性を完全に受け入れるまでには時間がかかるが、たいていは結局落着けるようになる。

7.他人の言葉や意味するところが理解しにくくなり、意思の疎通を図ったり、人とつき合うのがむずかしくなる。
以前親しめなかったものに親しむようになったり、親しかったものから遠ざかったりする。体験前と世界は変わっていないのに体験した個々人はそうではない。大きな変化を遂げない臨死体験者も少なくないが、半数以上は子供さえも変化する。』

この中で、4、5、6は、見性者見神者にも共通するものだと考えられる。特に6などは、全体と個性のバランスをこの世になじませる聖胎長養のようなものと思われる。

7.については、いささかわかりにくいが、臨死体験の結果世界観が変わってしまい、それによって現実の個々の出来事や他人との付き合い方に齟齬が起こることがあるということなのだと思う。

臨死体験者全員が神に出会うわけではなく、地獄をちらっと覗き見して帰ってくるだけの人もいるので、臨死体験と一括りにはできないが、これらの七つは、臨死体験の中で、神に出会った人の心理的後遺症と限定できるように思う。というのは、禅の見性者、見神者と似たところがあるからである。


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臨死体験後の変化-1

2008-02-25 06:10:55 | 究極というものの可能性
◎神に出会った者の特徴

フィリス・アトウォーターの『光の彼方へ/ソニー・マガジンズ』によれば、臨死体験後には、心理的後遺症というべきものがある。臨死体験そのものにもいろいろバリエーションがあるので、絶対的に以下の七つが該当するとは言い切れない部分はあり、また選んできた七つの特徴の概念が同レベルかどうかという議論もあるのだが、参考にはなる。。

1.独占的な愛や帰属意識が失せる。臨死体験者は社会のしがらみや規範にもかかわらず、他の人達を愛し、受け入れるようになる。
 出会う人すべてが愛されるべきものであると考え、博愛を実践し、寛大になる。一方で家族や友人にとっては、愛が薄れたと感じられがち。

2.境界や規則、限界を認め理解することができない。
基本的な警戒心や注意をせず物事に無防備に接近しがちになって騙されたり、殴られたり、盗みにあったりすることが多い。

3.時間感覚や、過去や未来の時間的認識が困難になる。
今をとても大切に、時計の時刻ではなく、流れによって生きる。中には腕時計を身につけることをいやがる人までもいる由。

特に上記1と2は、神を見たり見性した人に共通の特徴で、自分の利益に無頓着になり、自分のことを守らなくなることである。これは間違いなく、次の時代に生きる人々の特徴であると思う。このような人が多く生きる時代にならないと、良き時代にはならないだろう。

また傍目から臨死体験者の生き方を評するならば、臨死体験者は世間的には、きつい人生を強いられることになるだろう。


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臨死体験の天国と地獄

2008-02-24 06:56:40 | 究極というものの可能性
◎どっちが多いか

臨死体験と言えば、身体から上昇して、トンネルを抜けて、最後は、まばゆい光を見て、イエスや『神』に出会って、まだお前は来る時期ではないと、天国の門番に断られて、気がついたらベッドの上にいたというシナリオが、通り相場である。

それでは天国ではなく、地獄に行く人は、どの程度の割合かというと、フィリス・アトウォーターによれば、7人の一人位だという。しかし現代は地獄のような時代とも言われており、本当は逆の割合の可能性もあるのではないかと思う。地獄に行った経験を喜んで他人に話す人は多くないと思われるからである。

臨死体験は、本人の意思とは関係なく、偶発的に発生して、一般的には、それまでの本人の自堕落な生活を反省させるチャンスを与えることになり、心を入れ替えて正しい人生に立ち戻るきっかけになるというような筋書きが多い。たとえば最初は地獄に入りこみ、絶望に打ちひしがれていると、まばゆい光の貴人に出会って、それまでのダメな人生を諭される、というようなものである。

またチベット死者の書では、最初に死者が出会うのは、いわゆる高いレベルの世界であって、それから段々に地獄に近い世界に展開していく。ところが、地獄経由でイエスや神に出会う臨死体験では、逆に最初に地獄があり、段々と高い世界に昇っていく印象がある。

臨死体験にはあらゆるバリエーションがあり、そうでない例もあるので、なかなかこのパターンがメジャーなものであると断定はできないが、チベット死者の書と逆の展開になっている理由を検討してみると、まず臨死体験者は、肉体をアストラル体で出るのか、メンタル体で出るのかという議論がある。

そこで地獄経由ならば、アストラル体なのだろうと思う。つまりチベット死者の書はメンタル体で出た人を前提に書かれているところがあり、一方臨死体験は、アストラル体で出る人が多いせいではないかということが考えられる。

このあたりは、更なる事例の積み重ねと研究の進展を待ちたい。


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達磨の居た頃

2008-02-23 07:59:25 | 時代のおわり
◎洛陽の永寧寺

達磨は、仏教が北魏で最も隆盛であった時代に中国にやってきて、一片の語録も残さないで飄然と去った。

494年北魏は、孝文帝の時代に山西省大同から、首都を洛陽に移した。洛陽には、1367カ寺という未曽有の数の寺があり、その中でも第一は木造九重の塔を持つ永寧寺であった。永寧寺は、霊太后が、胡僧菩提流支のために作った寺。

永寧寺の九層の塔は高さ1千尺というから200メートル位だろうか、場外百里の地からも望見できたという。おまけに、塔の先端には、高さ十丈の金刹がついて、扉は朱漆で、5400の金の鋲が全面に打たれていたというから、朱金の巨大建築物であった。

こうした北魏仏教の最盛期に、ペルシア人達磨が洛陽にやってきて、永寧寺の宝鐸が風で鳴るのを聞くと聖なる歌を歌った。彼は150歳で、数多くの国を渡り歩いたが、これほど見事な寺は地上にはない、仏国土を探してもこれほどのところはないと賛嘆し、南無南無と唱えては、毎日毎日合掌していたと伝えられる。

以後数百年にもわたり、その地域の宗教シーンに大きな影響を残す人物は、なぜか直前の文明の最盛期に出現し、忽然と姿を消す。文明が落ち目になって、あの聖者はどこに行ったと探し求めて資料をかき集めたのが曇林の二入四行論ということになろうか。

534年永寧寺の九層の塔は、落雷により、七層から出火。塔は消失して、今はその基盤部分が発掘されて残っているだけになった。

完全に落ち目になる前に気がつかないと。


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覚醒を伝授する人々

2008-02-22 06:05:57 | 究極というものの可能性
◎臨死体験と秘儀の伝授者

1943年医学部進学課程で生物と科学を学んでいたジョージ・リチーは1943年肺炎に倒れ、臨死体験をした。

その時リチーは、ベットの端にアストラル体が起き上がって、自分らしきものがベッドに寝ている姿を見た。

病棟のドアを出るといきなり自分が高さ150メートルくらいの所まで昇っていることがわかり、リッチモンドらしき方向へまっしぐらに飛んでいった。凍結した河をいくつも越えて、やがてとある町の深夜酒場の前に着いた。

そこでリチーは道を聴こうと、ある男の前に立ったがその男はリチーのことを知らない顔で通りすぎようとするので、リチーは彼のほほを軽く叩いた。すると手がすーっととおり抜けてしまう。

そこでリチーは自分の肉体に何かとんでもないことが起こったと思った瞬間、あっという間に元の病院に戻った。病院に戻って自分の死体を眺めていると夢も希望もない絶望的な気持になった。

やがて部屋の上のほうがどんどん明るくなって突然目の前に自分の人生がパノラマのように浮かび上がってきた。帝王切開で生れたこと、病院から靴の箱に入って家に連れられてきたことなどなど。

そして光の中からイエス・キリストが登場して、一緒にシカゴかニューヨークみたいな大きな水域のそばの都会に連れて行った。

そこは夜の飛行機から見えるような一面の光の海で、繁華街には普通の人もいたがそうでない人もいた。普通の人間には兵士も水兵も一般市民もいたが、みんな酔っているように見えた。彼らは身体の回りにてっぺんが開いた電場を持っていて他の肉体のない人が彼らを導こうとしていました。
(参考:死後の生/ジェフリー・アイバーソン/日本放送出版協会)

てっぺんが開いた電場とは、エーテル体のことを見たのだろう。一般市民を導こうとする『他の肉体のない人』こそが秘儀の伝授者達なのだろう。

密教系、錬金術系,道教系などで、時々、呼べばいつでもやってくることを約束している練達の人がいるものだが、そうした人がこの秘儀の伝授者にあたるのだろう。密教系、錬金術系,道教系などのクンダリーニ・ヨーガ系列では、そうした肉体のない人による秘儀伝承があると考えている。

ところが、これに対して只管打坐系でも、衣鉢の伝承による法の継承が疑わしいものであることを知るにつけ、そうしたことがあるかもしれないと思うようになってきた。


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只管打坐の坐り方

2008-02-21 06:06:16 | 只管打坐
◎普勧坐禅儀

『厚い座布団を広げ、その上に尻あての布団を使います。そこで結跏趺坐(両足のかかとの裏を組み合わせて坐る方法)、もしくは、半跏趺坐(片方のかかとの裏だけ重ねて坐る方法)に入ります。

結跏趺坐というのは、まず右の足くびを左の股の上におき、左の足くびを右の股の上におきます。

半跏趺坐は、ただ左の足くびで、右の股をおさえるだけです。衣服や帯をゆるめて、きちんと整えます。

次に右の手くびを左の足くびの上におき、左手の掌を右手の掌の上において、両手の親指の先端を、相互に向き合わせて支えます。

そこで上半身を真っ直ぐにおちつけます。左に片寄ったり、右に傾いたり、前にかがんだり、後にそりかえってはいけません。かならず、耳を肩と向き合わせ、鼻を臍と向きあわせて、舌を上顎におしつけ、上下の唇と歯を、相互にくっつけることであり、目はいつも開いていなければなりません。

身体の形がきまったからには、息づかいも調ってきます。何か思念が起こったらすぐに気をつけます。気がつけばもう思念は消えています。そのままながく、外とのかかわりが断えて、自然に自分一つになります。これが坐禅の要点でございます。

(中略)

ところで、もし坐禅から立つ場合ですが、ゆっくりと身体を動かせて、心しずかに起ちあがります。いきなり荒々しくしてはなりません。』
(思想読本道元/柳田聖山編/法蔵館の普勧坐禅儀から引用)


さあこれで坐ってみましょう。
『何か思念が起こったらすぐに気をつけます。』とは、姿勢が崩れると思念が起こるということがあるようなので、つど姿勢を直すことだと思います。


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道元が人格的に未熟であること

2008-02-20 06:11:48 | 只管打坐
◎悟りと人格成熟は別

覚者でも、身心脱落しても人格的に未熟である代表として道元が挙げられる。ニルヴァーナの体験がなくて人格的に成熟した人ならいくらでもいるが,覚醒と人格陶冶は別物なのだ。

彼の弟子の玄明が北条時頼から寄進地をもらって意気揚々と永平寺に帰って来た。道元はこれを聞いてひどく怒り、玄明の坐禅の坐は破壊するは、居たところの土を掘って捨てるはと、すごい剣幕であった。

道元は、弟子の名利の欲望を許すことができなかったのだが、やりすぎだろう。ここでは高弟の孤雲懐奘が出てきてとりなしてやれよくらいのシチュエーションである。

正法眼蔵随聞記で、栄西の死後建仁寺の僧がセックスなどのエロ話を語るのを聞いて、はなはだあるまじきことだと言ったり、人の見ていない場所や、暗い場所であっても、陰部を隠さずさらしているのは、天にも恥じない行為であると厳しく指弾している。これもやや神経質に過ぎ、エロ系の行為や会話について過敏すぎて、コンプレックスがあるのではないかと疑われる程である。

最初の話は怒りをコントロールできなかったこと、後の段はセックスに何がしかのこだわりを残していることで、どうも人格的にはいかがなものかという印象が残る。

だからといってその身心脱落の境地の高さとは全く別のこと。大宗教教団にあっては、教祖が人格的にイマイチであることは建前として認められまいが、現代のように大衆の多くが悟るべき時代なら、個々人では、人格の成熟と覚醒は別であることを承知しておきたい。

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フィリスの八つの分身

2008-02-19 08:23:59 | 究極というものの可能性
◎超高速の思考や感覚と超スローな動作

フィリス・アトウォーターは、悪意のない超能力者とでもいうべき人。

彼女はある朝、オフィスで仕事をしていると、霧のような泡粒状のプラズマのようなエネルギーが、製図用机の中心から広がって扇の形になった。

そしてその扇は、8つに均等に分かれた。続いてフィリスの中から自分のパーツが出てきて、その扇の8つのパーツと合体して、扇の中に8人のフィリスが現じるに至った。

その上に頭の上の少し後ろにはもう一人のフィリスが出現し、8分身と肉体と頭上の合計10のフィリスが、同時に独立して活動することになった。

それぞれの8分身は、祈ったり、無の探求をしたり、病気の友人のお見舞いに出かけたり、バラバラに活動しており、頭上の分身が8人を監督、コントロールしていた。

こうした状態が10日間続いて、かつてない能率で行動することができて、フィリスの気分は爽快であった。驚くべき速さで考えたり、聞いたり、あらゆる角度で見ることができた。

ところが、この結果肉体の動作が極端に遅くなってしまい。オフィスの同僚に気持ち悪がられることになった。フィリスだけが、階段の上り下りから、じゃがいもを切ることまですべてがスローモーションになってしまって、やたらに時間がかかるようになってしまった。手短にすむ会話 ですら一時間半かかったりして、オフィスの仕事のペースを落とすことになった。

結局フィリスは18時間の冥想を行っってもとの状態に戻った。ただスローモーション状態の魅力である生き生きとした色や音や繊細な感覚は残すことにして、分身はなくした。
(参考:臨死体験未来の記憶/フィリス・アトウォーター/原書房)

フィリスによると、この状態は偶発的に発生したものであるが、発生原因は、強い感情と欲求に集中したこと。必死な余りの強烈な集中と思い込みだそうだ。強い感情のエネルギーとその集中がキーワードになっていることは傾聴に値する言葉である。

この世で何を為すにも強烈な感情と実現したいという願望は必要なので、ここまでの超能力を例に採らなくとも、どんな人でも日常的かつ無意識にこの手法は用いられているに違いないと思う。ただそれが、時間と空間を越えた世界に入るブースターロケットとしても用いられることは認識しておきたい。

剣豪山岡鉄舟の剣さばきは、とてもスローでひょいひょいという感じだったらしいが、それはこのスローモーと同根なのではなかったろうか。


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只管打坐メソッドの伝承-3

2008-02-18 05:43:40 | 只管打坐
◎煩悩を断じないままで涅槃に入る

維摩経の弟子品に、釈迦の高弟であるシャーリプトラが林の樹の中で坐禅していたところ、在家の維摩詰に、煩悩を断じないままで涅槃に入るのが坐禅だとやられた。

これに対してシャーリプトラは、一言も答えることができなかった。(安坐とは坐禅のこと)

『必ずしも坐していることが安坐なのではない。そもそも安坐とは、三界のうちに身と意を現じないことである。一切の精神作用を滅し尽くした禅定から立たないでしかももろもろのふるまいを現ずることが安坐なのである。

道法を捨てずしてしかも凡夫のことを現ずる、これが安坐なのである。

心が内に住せず、また外に在らず、これが安坐なのである。

もろもろの見解について動ずることなく、三十七のさとりへの手段を修行するのが安坐である。

煩悩を断ぜずして涅槃に入るこれが安坐である。

もしもこのようにして坐する者であるならば、すなわち仏の印可したもうところである。』
(大乗仏典/中村元/筑摩書房から引用)

クンダリーニ・ヨーガは、チベット密教に見るように観想に次ぐ観想を繰り返す。そうやって段階的に観想を行なうことによって徐々に煩悩をなくして行こうとするものがクンダリーニ・ヨーガである。

これに対して禅の行き方は、最初から煩悩の有無など相手にしないで坐るのである。

ただ維摩の説明の仕方は、既に悟りにある者が悟りを語っているのであって(この語り口はクリシュナムルティと同じである。)、文字どおり読むならば、静かなところで坐禅、只管打坐などせずに、涅槃を体現しながら日常生活をすることが真の坐禅である。つまり坐って坐禅することを真っ向から否定しているように読める。

これでは、坐禅に打ち込んでいたシャーリプトラが当惑してしまうのももっともなことである。

三界のうちに身と意を現じないあり方とは、個人の個別性のないあり方をいいい、全体性、つまり生きながらニルヴァーナそのものにある生き方のことを言っているのだろうから、真面目な修行者は、今ここでそのままに悟れと言われたことに気づきギョッとする。

ここで語られている坐り方も只管打坐の流れであるように思う。


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混沌を見る-3

2008-02-17 05:41:51 | 究極というものの可能性
◎フィリスの臨死体験の評価

『臨死体験 未来の記憶』という本は、著者による臨死体験の評価によって構成されているわけだが、敢えてその体験を評価し直してみると次のようになるだろうか。

1.見ている自分が最後まで残ったことから、クンダリーニ・ヨーガの窮極である中心太陽への突入は果たしていない。神は自分と別々のままで終わってしまったのだ。

2.只管打坐では、段階を飛び越えて全体との合一だけを問題にするが、クンダリーニ・ヨーガでは、段階を踏んで中心太陽との合体を最終目標とする。この体験がクンダリーニ・ヨーガ的世界にあると見れば、これはその数あるステップの一つを踏んで、世界の構造を宏観したということで、それなりに体験の希少価値はあるだろう。

3.ごちゃごちゃのサイクロン(竜巻)の中に時間と空間と個人間が詰まっていたことから、現象、有の世界を見たが、無にはアプローチできなかった。

4.見た世界が、エーテル体世界を抜けたか、またアストラル体世界(霊界)を抜けたかという点については、宇宙全体のあらゆる事象を知覚するのは、メンタル体レベルだそうなので、エーテル体宇宙もアストラル体宇宙も飛び出してしまったと考える。

確かに神の居所に接近しようとしたフィリスの、この体験を締めくくる言葉の一つに「この地球上に宗教は二つしかない。すなわち愛の宗教と恐怖の宗教だ。そして誰もが好むと好まざるとに関わりなく、そのいずれかに帰属する。」というのがある。

フィリスは運良く神の顕現に出会うことができたので愛の宗教に帰属することができたが、神の顕現に出会わない大多数の人々はその顕現を直観で信じて進むことしかできない。その信じ方によっては、自分がいるのが恐怖の宗教であることもままあるだろう。

ここにニューエイジ型の新宗教運動のむずかしさがある。

いずれにせよ、フィリスの見た竜巻が他の聖者や臨死体験者にも共通して語られるものであるならば、その至福と霊能力開顕とともに、その体験の正統性が確認できるものだと思うので、これからも類似事例があれば評価していきたい。


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混沌を見る-2

2008-02-16 07:13:54 | 究極というものの可能性
◎フィリスの臨死体験-2

フィリスの体験の続き。
1.サイクロンとは、竜巻のこと。その見え方は、上のサイクロンは、時計回りに回っており、下のサイクロンは反時計回りに回っていた。その二つの放出口はくっついておらず、あらゆる方向に刺すようにまばゆい力の光線を放っていた。

2.上のサイクロンには、フィリス自身がほんの小さな点ぐらいに見えた。そこで自分の過去と未来が、現在の人生と同じ時間、同じ空間の中で展開していた。

3.その回りにはフィリスの知人の姿もあり、その人たちのまわりにも、フィリスと同様のことが起こっていた。そしてすべての生命形態がこのサイクロンの中に存在し、その一つ一つに同じことが起こっているのがわかった。

4.またそれは、ホログラムに似た像にも見えたが、脈動する波のようにも見え、その生命のどれかが自分のシナリオ全体のパターンを変えると、その人個人の未来だけでなく、過去や、他人の過去や未来も変えてしまうことになるだろうと思った。
 個々の生命は独立しているが、網の目のようなものを構成する、細くまばゆい光の糸によってその他すべてのものに結びつけられている。

5.上のサイクロンで起こったことは、下のサイクロンでも上の鏡像のように起こっていた。また回転するサイクロンは、次々と光と闇を作り出していったが、これを見たフィリスには、宇宙の創造に立ち会っている感覚があった

6.サイクロンの噴出口は、神へと至る入り口であるように思われた。フィリスは、かつてそこからやってきたのだから、そこに向かってもどろうとした。その瞬間、フィリスは、息子の声によって、生の世界に呼び戻されてしまった。
(参考:臨死体験未来の記憶/フィリス・アトウォーター/原書房)

天網恢々疎にして漏らさずとは、この4のシーンを見た人が言ったに違いない。細くまばゆい光の糸とは、クンダリーニのエネルギーコードだと思うが、網となってからまりあって見えるわけだ。

このシーンを一旦見れば殺生はできなくなるだろう。いわんや殺人をや。人を傷つけること自体ができなくなるのだろう。

これは臨死体験をきっかけに起こったが、クンダリーニ・ヨーガ型冥想で期待される社会的なメリットというのは、まずこのように人を傷つけることができなくなることであるように思う。


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混沌を見る-1

2008-02-15 06:12:59 | 究極というものの可能性
◎フィリスの臨死体験

アメリカ人で3度の流産をきっかけに三度の臨死体験をしたフィリス・アトウォーターは、三度目の臨死体験で混沌を見たようだ。

1977年3月、彼女は肉体を離れ、屋根をとおり抜け、急速に上昇していった。その途中天上と屋根の物質の分子が一つ一つ見えた。

『空中を舞い、夜空をどこまでも上がっていくと、やがて暗闇の中に、そこから明るい光が差し漏れてくる唇のような形をした裂け目が見えた。近づいてみると光の唇はわずかに開き、私がちょうど通れるぐらいになった。

だがそれは入るというより、その力の場にいきなり吸い込まれるような感じだった。その<場>は、その唇のまわりの宇宙の中へと広がっていた。きらきらと輝く粒子によってその広がりが確認できた。

私はかすかにアンモニアのまじったオゾン臭を鼻腔に感じた。さらに近づくと、その臭いは<気の抜けた>臭いに変わっていた。

その空間の中で、輝きは抗しがたいほどになっていたが、それがどこから来ているのかはわからない。遠くのほうに二つの巨大な物体が見えた。背中合わせにくっついたサイクロンがちょうど砂時計のような形で、すさまじい速さで回っていた。』
(臨死体験未来の記憶/フィリス・アトウォーター/原書房から引用)

これを最初に見た時の印象は、巨大な大峡谷一杯に大きなこだまが響いている、そんな感じだったそうだ。

これが魔境ではないという理由は、この大きなこだまの感じと、時間と空間をのみこんだこのなんとも名状しがたいものの特徴による。

この人はクンダリーニ・ヨーガの所定の訓練もなく、グルの指導もなく、偶然に混沌の真ん前に飛び出してしまったようだ。

だからその鳴り鳴りてとどろきわたるこだまの評価もできていないし、体験のまとめも、ただ見ただけみたいなものになっている。いずれにせよ、見ている自分が残ったままの体験だったのだ。


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