アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

愛のないセックス

2008-01-31 05:33:12 | カーマ・ヨーガ(性愛冥想)(冥想法4)
◎組織の論理

凡そ宗教組織でも、社会組織でも、政治組織でも、役人組織でも、組織というものは、その論理に従って、最も非人間的な行動を個人に強いることがあるものだ。

ロシア帝政末期のニコライ二世は、皇后との間に続けて女子ばかりが生れ、宮廷や周囲の間で嘲笑をかっていた。結局皇帝夫妻は、皇太子出生の可能性をほとんど信じなくなり、困ったことに皇帝はその原因を自分のせいだと思い込むことに至った。

そこで皇帝は、自分の皇后に対する夫としての権利を放棄して、皇后を誰か男子の種を植えつけてくれる男性に与える決心をしたそうだ。

どうも皇帝は、皇太子さえ生れれば、自分の地位が安泰となると考えたようだ。

そこでとてもハンサムでその上やもめであるオルロフ将軍にこのお鉢が回ってきた。こうして皇帝のお墨付きのもとに愛を交わした将軍と皇后の間には、首尾よく男児が誕生し、アレクセイと名付けられた。

ところがこのハンサムな情人に対して、皇后の愛が募り、男子出産後もこの関係が続き、物議をかもしたという。

これは話としては面白いが、余りにも現実味がなく、そんなばかなことはあるまいと思う人のために、著者は、この情報ソースは絶対に信用のおけるところのものであると注釈をつけている。(ユダヤ人とラスプーチン/ア・シマノウィッチ/新人物往来社が出典)

というわけでどこの王朝も皇位継承権のある男子が生れない場合は、その王朝の血脈のために、こういうことを当事者にさせようと発想するのが、周囲の「組織」の人のいわば当然の選択肢の一つになっている可能性はある。

組織は人間の都合などお構いなしだが、悲劇に直面させられるのは末端の人だけではないようだ。


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ラスプーチンの力

2008-01-30 06:11:05 | 超能力・霊能力
◎呪詛調伏

ラスプーチンは、独特の願望実現法を持っており、それによってどんなことでも達成できるし、危険な場合でも自分の命を救うことができると自信を持って語っていた。

ラスプーチンは、まだ字を書くことができなかった頃、自分の願いを棒の上に刻み目をつけて、印をつけることで、いろいろな災難を予防することができたと言っていた。

長じて字を書けるようになってからは、願い事を紙片に書きつけて、枕の下に入れて寝る。ラスプーチンの説明によると、睡眠中にその願いは成就するとのことである。

ラスプーチンが政敵ニコライ・ニコラエウィッチ大公をその力でもって葬り去った事件がある。

ある時ラスプーチンがさる陳情を行いにニコライ・ニコラエウィッチ大公を訪問しようとしたところは、当の大公から「もし来たら、君を絞首刑に処す」という電報をもらった。

これに激怒したラスプーチンは、何も食べないで、ひっきりなしにマデーラ酒を飲み続けながら、黙りこくっていた。そして突然腕を動かして、まるで誰かを捕まえるかのように、飛び上がった。また拳固を握って、威嚇のポーズをとり、「奴を痛い目に遭わせてやる」と叫んでいたことがあった。

数日後、ラスプーチンは、政敵ニコライ・ニコラエウィッチ大公をコーカサスへ都落ちさせることに成功した。

これは、彼の呪詛調伏の一連の手順であるが、怒りにまかせてそれを行なっていたところを見ると、彼は現実を動かすテクニックを駆使できる超能力のあった人物であることは間違いないが、自我の死を経験して復活するというような無限の光明というようなものにはまだ到達できていなかったように思う。

なぜかというと、彼は自分がやっつけられるということにとても敏感に反応している風が伺えるからである。覚者は自分が害されることについてはもっと恬淡としているものだと思う。

ただ政治にかかわる者にとっては国の大義に殉ずるという視点があり、この呪詛がそうであった可能性もあり、また彼は金に執着がなかったこともあり、単純に超能力を我欲実現のために使う悪玉ときめつけられないところもある。


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道を比喩で語る

2008-01-29 06:07:33 | 老子
◎老子 第56章 知者不言


『知る者は言わず、言う者は知らず。

道の体得者は、人生に於いてその感覚的な欲望を抑え、意欲的なものを制圧し、そして無用に才能智慮をあらわさぬようにし、争いのもとを解き、他人と異なったところを見せないで全くそれと一体になってしまう。

これを玄同、則ち玄なる道への同化というのだ。かくのごとくなる時、人はこれと狎(な)れ親しむことができないし、これを疎んずることもできない。

或いは又これを利用することもできないし、又これを害することもできないし、反対に賤しむこともできない。

だからこれによって初めて天下の最も貴ぶところとなることができる。』

道を知る者は、道をことばにして表現することができないと述べている。

言葉により明確に表現できないことは、既に第十四章に微妙な言い回しで既に出て来ている。道のことは、比喩することができるくらいである。

言葉とは想念であり、その社会の通念を抜きにして表現することはできないから、同じ音の言葉でも、時代を経ると全く違った意味の言葉になっていることがままある。

道の体得者が、乞食の一群に身を投じ、他の乞食と見分けがつかないことは、26歳の大燈が,京都五条橋下の乞食や病人や非人の群れに身を投じ,20年の修道生活を送ったことや、桃水が清水寺の裏で乞食をやった時に、なかなか見つけにくかった故事で知られている。

達磨が老子の悟境を肯定しつつ、たびたび言及していることにも留意したい。


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鶴林玄素

2008-01-28 06:06:12 | 只管打坐
◎黙照禅の始まり

禅は、公案禅と黙照禅に分かれるが、実際に黙照禅でやったのは、牛頭宗第五祖智威の門人である鶴林玄素である。

玄素は、俗称馬祖とも呼ばれたが、後の馬祖道一とは別人。杭州に鶴林寺を開いた。

玄素は、鶴林寺の住職となってからも、日常生活は黙々として、一度も説法したことがなかった。弟子あるいは信者たちが、禅定のことを質問すると、私は修めていない(吾、無修)と答え、智慧のことを聞かれると私は得ていない(吾、無得)と答えるだけだったそうだ。

このように応答はそっけないが、容貌は和らかであり、真理に飢えた者を飽かせるに足る徳があり、門人の数はきわめて多かったという。

要するにクリシュナムルティの悟境みたいなものだったが、クリシュナムルティとは違って語りまくりはしなかったのだろう。玄素には身心脱落と呼ばれる体験があったのか、どんな坐り方をしたのかが興味を惹かれる点ではある。


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達磨の実像

2008-01-27 08:12:14 | 丹田禅(冥想法8)
◎本質に揺るぎなし

達磨は、自分で著作や伝記を残さなかった。おまけに後に唐代の南宗禅の神会らが、いろいろな伝説を捏造したり追加したりしたため、およそ実像とは異なった達磨の姿が一般の人の脳裏に焼き付けられているようだ。

1.達磨は海から来たのか、陸路西域から来たのかはっきりしていないこと。

2.達磨は、インドでにおいて、釈迦以来の正統な仏教の師承をうけているかどうかはっきりしないこと。師承にこだわる禅家がエピソードを後付けしたようだ。

3.禅の六祖慧能の達磨以来伝承されてきた衣鉢は、実は神会の捏造であって、史実ではないこと。(胡適や宇井伯寿の指摘)

4.達磨は一カ所に定住せず、諸国(河南省や山西省など)を旅しながら教化したのであって、嵩山少林寺で9年も面壁の坐禅をしていたという説は、没後200年以上たってから初めて見えるので、これも後世の創作らしい。

5.達磨の面壁禅は、没後400年を経た宋高僧伝に初めて見えるので、面壁禅を勧めたというわけでもないようだ。達磨の所説とされる二入四行論の中に「壁観に凝住して」(壁のように静かな状態にあって)とあるため、これから面壁を連想したのではないかとも言われる。

6.禅で最も珍重される言葉に、『以心伝心 不立文字』、『直指人心 見性成仏』があるが、いずれも8世紀の圭峰宗密の選述が最初だそうなので、これも達磨オリジナルの言葉ではないそうだ。

ということで、禅の師家もきれいなことばかりやってきたわけではないことがよくわかる。それはさておき、やはり達磨の言説の本当のところは、結局昨日記事の二入四行論あたりを見ていくしかないことに立ち返っていく。

そして達磨がかなり自由な立場で諸国を遊行し、その死もいつのことかはっきりしないような人物ではあるが、彼の伝えた冥想技法は、スワジスターナ・チャクラを重視する臨済禅とニルヴァーナそのものに進む只管打坐と大別され、その命脈は日本において保たれているとみることができる。
(参考:達磨の研究/関口真大/岩波書店)


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達磨の教え方

2008-01-26 08:45:39 | 究極というものの可能性
◎只管打坐とカルマ・ヨーガ

達磨は、人が道(ニルヴァーナ)に至る方法は沢山あるが、大まかには2つしかないという。

一つは、黙照枯坐的な冥想の道。
妄念を払って、冥想(壁観)を深めれば、自分も他人も凡人も聖人も等しくひとつであるところにあって、寂然として無為となるという方法。これは只管打坐からの身心脱落を意識したやり方ではないかと思う。

もうひとつは、カルマ・ヨーガの道であり、
(1)苦しみに出会っても過去や前世の自分の罪業の報いが発生しただけであるとして恨まないこと。
(2)世間的な意味での成功や失敗があっても本来の自分には影響がないので、世間的なことにこだわりを持たずに暮らすこと
(3)物質的な欲を持つから苦しむのだから、物質的な欲を持たずに生きること。
(4)ありのままに生きること。あなたもわたしも万物も空であり、実体がないのだから、たとえばわが肉体も財産も他人に施し、なおかつそのことにこだわりを持たないこと。
                                
このカルマ・ヨーガの道は、いわゆる形から入るというやつで、覚者の生活の形を真似ているうちにいつのまにか本物になる時節もあるというやり方。このやり方の弱点は、この道から入ると何回も転生を繰り返さないと道に至ることができない可能性があること。つまり時間がかかること。(永遠の世界を相手にしているのに時間がかかるのが問題かという反論はあるだろう)

達磨は公案でもって禅しましょうとは言っておらず、黙照枯坐的なメディテーションが念頭にあったことは、注目すべきである。だから公案を用いる臨済禅の修行の中に黙照枯坐的な只管打坐みたいなものが隠しステージとしてあるかどうかというのは、大きな疑問として残る。


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メルキセデクの誕生

2008-01-25 07:54:42 | 時代のおわり
◎ノアの洪水以前

メルキセデクは、スラブ語エノク書によると、ノアの弟であるニルの妻の子である。ニルの妻ソフォニムは石女であった。

なぜかソフォニムが妊娠した。ニルは、その父メトセラから民族の祭司の職を引き継いだ時以来、一度も妻ソフォニムと寝たことがなかった。ソフォニムにも身に覚えがなかった。ソフォニムは、妊娠が発覚した日に、不倫を疑うニルになじられている最中に、突然亡くなった。

ソフォニムの亡骸を埋めるために墓を堀りに出た時に、その亡骸から赤ん坊が出てきて、いきなり、主をほめたたえる言葉を語った。

ノアとその弟ニルは、その様子を見てひどく恐れたが、その身体には祭司の印があり、栄えある姿をしていたことから、その子供を洗って祭司の服を着せ、メルキセデクと名付けた。

ノアは、ニルに、この不法はびこる時代では、この子は命を狙われることになるだろうから、時至るまでひそかに守りなさいと言って帰宅した。

ニルが、神に、この子メルキセデクの行く末について伺うと、その夜の夢で、神が姿を現され、天軍の長ミカエルを遣わしてその子をエデンの天国に匿って、地上の大いなる破滅(大洪水)から逃れさせ、その後永遠の祭司の中の祭司となることを予告した。

さて40日後に、大天使ミカエルが、ニルの家に現れ、メルキセデクを連れ去り、エデンの天国に置いた。

スラブ語エノク書では、折角手に入った子をまもなく神に連れ去られ、ニルの喜びも中ぐらいであるというところで終わっており、その後のメルキセデクの活躍のことは何も書かれていない。クムラン文書から続編が発見されることを期待したい。

メルキセデクがニルの住まいで40日を過ごした後に、完全に世俗を離れた修行生活に入って時を待ったのがエデンの天国の時期であると見るのが素直だろう。



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イエスの風采

2008-01-24 06:06:04 | 時代のおわり
◎人気の秘密

イエスエルサレムの神殿に殴り込みをかけ、商人たちのテーブルを蹴り倒し、商人を罵倒した事件があった。この事件でヤコブは官憲に逮捕され、各地にお尋ね者イエスの人相書きが貼り出された。

それによると、
『・・・身分の卑しげな外見、中年、色黒、短躯(身長3キュビット)、背骨が曲がっており、顔が長く、鼻も長く、両眉毛がつながって恐ろしげな風貌、ナジル人の慣習にしたがって、少ない髪の毛を真ん中から分けており、無精髭を生やしている』
(封印のイエス/学研から引用)

3キュビットの身長は140センチ以下だそうなので、非常な小男で、猫背で風采が上がらない人だったようだ。アッシジのフランチェスコも風采が上がらない人だったようなので、風采の上がらないのは、占星学で言えば強い土星の影響なので、我が身を一徹に捨てるには、土星ファクターが必要であることを感じるが、大衆受けはしにくい。

また醜悪な物を愛でる趣味は倒錯的な人に限られるが、人生の現実では不本意ながら時にそうした醜悪なものに直面させさられることもある。

不細工な小男が磔刑にあったとしても、それだけであれば一時の話題にしかならないが、キリストの教えの本質は、そのルックスにあったのではなかった。あらゆるルックスの人にも通用するような意識の深みを打つパフォーマンス(超能力もあり)と言葉の方だったと見るべきだろう。

現代マスコミはテレビがあるから、イエスが再臨すれば、瞬時にして同時生中継が入るだろうから、ルックスについての興味は一瞬にして消し飛び、その人気の秘密が探られるだろうが、その秘密を的確に報道することはできないだろう。それは言葉や映像で報道できる性質のものではないからだ。


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仏の境地など想像できるものではない

2008-01-23 06:03:42 | 究極というものの可能性
◎一瞬の勝負

ダルマと弟子の問答。

問。どんな場所が悟りの場所ですか。
答。あなたの立っている場所です。

突然そんなことを言われても実感わかないよ。そういえばイエスも、いまお前の立っている場所が聖なる場所だって言ってたが、それと同じだな。


問。諸仏の境地ってなんですか。
答。あなたがそれについて知的な理解をしても、それは勝手な思い込みに過ぎない。それは人に説明することもできないが、かといって秘密にしておくこともできないし、冥想(禅定)でもって推量することもできない。

諸仏の境地はあなたの理解を超え、知識越えたところにあり、諸仏の心は、あなたが推し量ることなどできない。要するにあなたの想像することもできないものが、諸仏である。

この議論で、達磨は言葉で回答することが不可能だと言っているので、これから先は議論にはならない。そこで達磨が続ける言葉は、仏の心がこうしたものであることを信じられる人は、今すぐここで仏の心に成れるという言葉なのである。

理屈ではなく、理解も想像もできはしないことを、無条件に信じられるか否かということが、勝負どころになる。

これは、生を生き切ろうとする人すべての問題であって、を志す人だけの問題ではないところに現代人の苦悩がある。


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ダルマの説明の仕方

2008-01-22 05:54:03 | マインド・コントロール
◎ちょっと変わった思いつきに非ず

ダルマは、世間には、2つの真理があるとする。

まだ真理=ニルヴァーナを悟っていない人にとっては、「たとえば悟っている人と悟っていない人がいる、または自我があって別に神があるが、なぜか神は自我もすべて含んでしまうとか、人には生があり、死がある」などということが現実そのもの、真理そのものである。

一方真理を悟った人にとっては、ニルヴァーナだとかニルヴァーナでないとかいう区別は超えてしまって、何もかもない、一物もないというのが現実である世界に生きている。その世界では、自我も神も、貧乏人も金持ちも、すべて実体のない幻であるとしか表現することはできない。これが彼らの真理。

だから肉体を持ったままで、ニルヴァーナの世界に入ることは、悟りでしょうかという弟子の質問に対して、ダルマは、そんなものは、夢の悟りであると一蹴してしまう。

そこで悟っていない人が、悟った人と議論をすると、自分の譲れない現実認識=真理の中で議論をするものだから、いつまでたっても悟った人の現実認識に理解を示すことはなく、永久に議論に決着が訪れることはない。

悟っていない人にとっては、悟った人の「何もない現実」というのは,一つの考え方や哲学の一種だろうと決めてかかるところがあるから、悟った人の現実認識を理解することはできない。何もないというのは、悟った人の生活感覚であって、ちょっと変わった思いつき程度のものではないのだ。

このところがわからないと、じゃぁちょっと坐禅冥想とかリラックスのポーズでもとってみようということにはなるまい。


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ピラミッド原文に見る王の上昇-2

2008-01-21 04:55:14 | 冥想アヴァンギャルド
◎地上に帰還せず

さて王が天に到着すると、かの不思議なパイロットが、太陽神であり主神であるラーに到着を報告する。すると諸々の神々は、歓呼して死せる王を迎えて、太陽神ラーに向かって、あなたの子供がやってきたと語る。                      

続いてセトとネフティスの二神は南方に赴いて、南方の諸神に対し、ラーの下に死者が来た旨を伝え、更にオシリスとイシスの二神は、これを北方の神々に伝え、トオト神は西へ伝達し、最後にホルスが東方にこの内容を伝えに行く。

王は諸神の声に推され、最初はラーの書記を勤め、更に後には王は祭司としてラー神に仕える。このように、いよいよラーと王は親しくなり、王はラー神の肩の上に坐るまでになった。

ついには、この亡くなった王は、「おお、ラーよ。あなたの身体は王の中にある」「王は、ラーである。あなたは王である。あなたは王の中に輝き、王はあなたの中に輝く」とまで語って、王は、太陽神ラーになり切ってしまうのである。ここで死した王は中心太陽に突入した。

ここは、日本、中国であれば、ラーと合一した王は、またも分離して、地上に王として帰還するのであるが、エジプトでは、地上に帰還するシナリオにはなっておらず、インド的な趣きとなっている。


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ピラミッド原文に見る王の上昇-1

2008-01-20 06:10:05 | 冥想アヴァンギャルド
◎クンダリーニ上昇

さて死せるエジプト王は、東方へ向かって進む。そこには天空へ通ずる門があり、門前に高い無花果の木が2本植えられており、王はその木を握る。

この神聖な場所で、王は太陽神と出会って、王は天空へと飛翔する。飛翔にあたって、天空を上昇するためには、翼が必要となるが、不思議なパイロットが登場してきて、王に向かって、翼は深い羽毛の鷹のようであり、夕空を過ぎて行く鷹のように生ずると語る。

そして王は太陽の光線を伝わって昇天するとも、天に達する階段を踏んで昇天するともいう。その階段の先には太陽の都がある。

王がこの梯子を昇る様子はこの上なく美しいもので、諸々の神々が賛嘆するところであった。

これは、死してまもなく中心太陽のあることを認め、真っ直ぐにクンダリーニのエネルギー・コードに沿って上昇していくことを神話風に述べたものだろうと容易に見当がつくプロットとなっている。いわゆるアセンションと見ることができる。


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ラスプーチン

2008-01-19 07:35:30 | 時代のおわり
◎古代ロシアの神

ラスプーチンは若い時に一子を得た。彼は、この子供を溺愛したが、6か月目でその子を失った。このことをきっかけに死と愛について悩むことが多かったのだろう。若きラスプーチンは一冬を聖典を前に考え込んで過ごした。

そんなある日、ラスプーチンが畑を耕していると、聖母マリアが空に出現し、彼に手で合図をし、何かを語りかけるようだった。そこで彼は聖母マリアが示現した場所に十字架を立て、帰宅して家族のそのことを語った。

ラスプーチンについて伝えられる神秘体験は、これだけなので、本当はもっと深い何かがあって、本人が肝心なことを他人に語ってはいないかどちらかだと思う。

というのは、ラスプーチンの役割というものは、ロシア帝政最後のロマノフ王朝のできる限りの延命であったように思われるからである。

実際に皇帝に直接影響力を持つラスプーチンは、1909年の戦争を回避させ、1912年のブルガリア、セルビア、トルコ、オーストリア間との戦争勃発を回避させる上で重要な役割を果たした。

またラスプーチンの有名な予言で、「私が生きている間は、皇帝は安泰だが、私が死ねば皇帝陛下は玉座と生命を共に失う」というものがあり、ラスプーチン自身がロマノフ朝に殉じる立場であることを自覚していたようなふしがうかがえる。

金には恬淡としており、ラスプーチンは、有力者からずっしりとした札束の賄賂を中味を数えないで受け取って、すぐその次に会った貧しい老婆から生活が苦しいのでと金の無心をされると、受け取ったばかりのその札束をそのまま老婆に渡す程であった。昨今の日本の政治家では考えにくい行動パターンではある。

国民全体のある程度の成熟が進まないところで、帝政崩壊という大きな政変があると何度も政治的な揺り戻しがあり、歓迎されない悲劇が沢山起こる。そのため、帝政崩壊が不可避であれば、崩壊の時期をなるべく先延ばしすることが国民全体のためになるという方針があったのだろうと思う。

覚悟が充分にできていないところでの切腹は、しばしば見苦しいものであるように、ロシア革命のように大きな犠牲を伴う変革を迎えるには、国民意識の充分な成熟が必要なものであるということを知っていたのだと思う。

金には恬淡で、自分が権力闘争の真っ只中にあり、暗殺される危険が高いことを承知しているにも係わらず、その動きは無私でひたすらロマノフ朝の延命に沿っていたように見える。

念力や催眠術が使える、予知能力がある、病気や怪我を神秘パワーで癒すことができる、だれかれ構わずセックスしたなどと、敵も批判も多い人物だったが、全体として見れば、古代ロシアの有力な神が転生して、国家危急の秋に登場して来て、活躍したようなものではなかったろうか。

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開口の儀礼-2

2008-01-18 06:09:16 | クンダリーニ・ヨーガ
◎失われた死者のための技術

まず古代エジプトにあっては、冥想は万人のための技術ではなく、王やその周辺の貴族だけのためのものであった、というのはありそうなことである。

古代エジプトでは死者のボディには2形態あり、ひとつはカアであり、ひとつはバア。

カアは、個人の誕生のときに創造され、生存中も共にあり、死後は墓の中やミイラの中にあるとされるので、エーテル体のことではないかと考えられる。

エーテル体は、ほっておけば死後数時間で崩壊するとされているので、ミイラ制作の目的は、エーテル体のボディを保持する時間を長くすることだった可能性がある。そのことに何か本質的な意味があるとも思えないが。

バアは、人間の顔を持つ鳥として表現されており、死後は肉体を去って、日中は墓の外を自由に往来するが、夜は帰ってミイラに住むとされる。従ってここはアストラル体のことを言っているのだろうが、夜ミイラに住んでいるのであれば、中有にも行けてない、いわゆる不成仏霊の生態ということになりそうだ。

さて開口の儀とは、すべての埋葬儀礼の中で最も重要とされるもの。第五王朝まででも死者に供物を献ずる時には、シンプルな開口の儀が行なわれていた。その後時代が下がるにつれて、ミイラを清浄にして、ミイラの口と眼を開く道具も用いられるようになってきた。

第18王朝ではこれが更に発達して、死者に言語と視力と聴力を取り戻させる儀式となった。これは神官がミイラの口にちょうなのような道具で触れることで、ミイラに死者の霊を呼び戻すようなイメージなので、いわゆるあの世での成仏とは全く異なるこの世に未練を残す儀式であるように思える。

つまり、開口の儀とは、第18王朝に到って、死者のための儀式・呪術ではなく、ショウアップした遺族・生者のためのセレモニーと化したように思える。結局時代が下がって当初の狙い(本来死者のための儀式)と技術は失われ、通俗的な発想の延長に過ぎない儀式が残ったということのように思う。


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アトランティス古記録

2008-01-17 06:09:24 | 時代のおわり
◎チベット埋蔵経との類似

地殻の変動と大洪水による崩壊を予期したアトランティスの主要な人々はエジプトに渡り、アトランティスの古記録を保存することにした。その場所は、いまだに発見されていないピラミッドの中であり、その位置は、スフィンクスから神殿またはピラミッドに通じる誘導路のどこかかそれに沿った場所である。その位置は、スフィンクスとナイル川の間にある。

時が満ちるまでは、スフィンクスの足につながる部屋を通って、その記録の大広間に入ることはできないだろう。

大ピラミッドとスフィンクスは、紀元前1万490年から1万390年の100年かけて建造され、アトランティス古記録の修復と追加は、紀元前1万500年に行なわれた。

以上がエドガー・ケーシーのリーディング情報である。

これをもとに調査が何回か行なわれ、スフィンクスの足の間に通路が発見されているそうだが、それ以上のことはわからない。

チベット各地にも、時至らねば発見されることのない埋蔵経が隠されている。埋蔵経を発見する者の資格は、その情報を理解できて、誤用・悪用する可能性のない精神性の高みがあることであろう。

翻ってアトランティス古記録がなかなか発見されない理由は、アトランティスと同等の高度で危険な技術を扱うほど人類の霊的成熟が充分ではないということになるだろう。精神的に不安定な者に刃物を与えないのは大人の常識。


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