アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

2006年の終り

2006-12-31 07:37:23 | 時代のおわり
この一年、弊ブログにご来訪ありがとうございました。

一年前の大晦日に一年を締めくくる時には、このブログをやっていることについての世間のレスポンスというものを感じることはあまりありませんでした。むしろ孤軍奮闘の中に読者の皆様の支援を頂いている感がありました。

しかし、この一年、世間では明らかに精神世界に回帰して、自分を見つめなおそうという動きが一つの大きなうねりになり始めていることを感じています。たとえば、スピリチュアルという言葉でブログ検索すれば、100本の記事が3日以内に登場していることがわかりますし、やや専門的ですが、クンダリーニという言葉で検索すると1週間で10本は上がっています。

このように、それぞれの人が各人なりの探求を始めていることが、一つの形になり始めてきたように感じられます。ただしそれは歓迎すべきことではありますが、その方向性は、2方向あります。一つは、開運・御利益・願望実現を求めるタイプの人達で、9割以上の人達がこれから入っていくのだと思います。この方向は間口は広いですが、とても間違いやすいのです。

もう一つは、毎日の生活の中での解決策などないだろうと思われる様々な困難な問題と真剣に向き合う中で、まやかしや誤魔化しのないところで古人が見ていたありのままの神や仏やタオや無や空に出会おうとする人達です。

仮に現世利益・願望実現から探求をスタートしても、最後は本当の自分に向き合う方に行けば、それはそれで、問題はありません。けれども精神世界への関心が静かに高まって行く中で、本物の息吹を感ずることがなければ、その関心は一過性に終わってしまいます。

だから来年こそは、世の中に神や仏やイエス様に出会ったことのある本物の人が徐々に増えて,その真正の体験とこつを教えてくれる人が続々と出ることを期待したいと思います。このブログはまだ悟っていない人のブログですが、シャイな悟った人のブログがあちこちに登場してくる時節の到来を待望しています。


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ニュートンの世界観

2006-12-30 06:52:02 | 錬金術
◎第五元素の説明

錬金術書の挿絵や説明が、ユング派の心理学者が主張するような人格の成長やら自我の形成・確立という心理現象に留まるものではないように、ニュートンの物理学的世界観には、物質、時間、空間を一歩超えている形跡を見ることができる。

第五元素とは、地水火風の四元素の次のものであるが、ニュートンの手稿によれば、このような捕らえ方となっている。
『ニュートンはこれをエレメントールム・カオス(諸元素のカオス)すなわちムンドゥス(世界)とも呼び、それは、錬金術ではアンチモンあるいは、ゲーベルのマグネシアと表されるのであると注記している。

またニュートンは、「マグネシアとは、火でも風でも水でも地でもなく、それらのすべてである。」 と述べ、「それは火のようでも、風のようでも、水のようでも、地のようでもある。熱であり、乾であり、湿であり、冷である。水のような火であり、火のような水である。物質的霊であり、霊的物体である。それは濃縮された世界霊である。』
(錬金術師ニュートン/ドッブズ/みすず書房から引用)

このように第五元素とは、四元素とは全く同列ではなく、もはや物質とは呼べない物質のことである。ここで形容されている第五元素(マグネシア、アンチモン)の属性は、冥想体験の深化の中で、自分というものを持ちながら、神を見た時に得られるビジョンと同様であるので、ニュートンは錬金術研究のプロセスの中で、それを見たか、直観したかのいずれかなのだろうと思う。

錬金術研究という一つの行に打ち込む”一行三昧”により、このような窮極についての洞察か、もはや体験とはよべない体験が起こったとしても、それは不思議なことではないと思う。


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万有引力

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立ちすくむ日本人

2006-12-29 07:38:06 | 時代のおわり
◎心理的自殺

日本人の将来を真面目な報道のいくつかから想像すると、それぞれが暗澹たるものである。たとえば、
老人が、人口全体の4割以上に増加することが確実であって、将来受け取る年金が今の収入の半分の水準にもならないこと。

年収2百万円以下のワーキングプア世帯は、その家族も入れると6百万人とか、2千万人とか言われるが、政府もワーキングプアの存在を認めてもいないし、表立った政策も打っていない。挙げ句、NHKがワーキングプア特集の番組を放送したら、 「ワーキングプアになったのは本人の責任、なんでこんなものを放送するのだ」という趣旨の電話が殺到したそうで、ますますワーキングプアは増える環境が続く。

食糧自給率は、ここ何十年間、三割を維持してきていたが、米作農家の保護策もついえて、食糧国産を安全保障策として採ることを、政府は諦めたかに見える。これによって米国、オーストラリアなど主要国からの食糧輸入が止まれば、日本人全体、飢えて死ぬ体制になっている。

石油も99%輸入国で何十年ずっとやってきたが、着々と中東大戦の準備が整いつつあり、一朝中東大戦ともなれば、石油備蓄がなくなるのを待つだけになる。

戦後一貫して民間賃金より安かったはずの公務員の賃金水準は、特に地方において民間の賃金水準のはるか上を行っている。ボーナスの平均支給額だけ見れば、地方では公務員は民間の倍額もらっているので、本給も似たりよったりの実態なのであろう。民間を搾取して役人が栄えたのは古代中国であったが、いつのまにか日本もそうなってしまった。苛政は虎よりも恐い。

こうした将来に希望が持てない予測が並ぶ中、国は滅んでも役人は生き残ることを第一とした政策(公的年金の一元化など)が次々と打ち出されているのではないだろうか。

というわけで、来るべき危機・クライシスが目の前にいきなり飛び出してくると、兎は金縛りにあったように立ちすくんでしまう。兎は次にどんな恐ろしい事態が起こるかは知らないがそれを観念して金縛り状態になっているのだ。それが今の日本人のように見える。

金縛りを解くために、一日数十分の冥想を。


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知りやすく行いやすい

2006-12-28 05:31:23 | 老子
◎老子第70章 吾言甚易知

道(タオ)というのは、人間に属するものではない。人間の見方で道(タオ)を考えてしまうと大いに誤解するだけである。人間を捨て去った、意識の絶対的な極限状態を通過しようとする者だけに与えられる、凡そ人の想像を超えた、絶対者から与えられる賜物・・・・それがタオ(道)である。

だからタオ(道)は、知りやすく行いやすいと老子が語るのは、タオの側から語っているのであって人間の側から語っているわけではない。

道を知る者の立場から見れば、道はとても知りやすく、行い易いことである。道を知らない者、意識の極北を体験したことのない者が「道はとても知りやすく、行い易いことだ」とか「道は平常のあたりまえの事柄の中にある」などと言うのは、世迷い言と言われてもしかたない。

『私の言っていることは、甚だ知り易く甚だ行い易いことなのだが、しかし世間の人は、誰もこれを知り得ず、行い得ない。

私の言っていることには、万物の根本原理があり、私の行っていることには、社会の根本原理があるのだが、それを世間の人は知らない。

だから私を知らないのである。私を知るものの稀であればあるほど、私は貴いのである。聖人は毛でつくった穢(けがらわ)しい着物は被っていても、しかし懐には名玉をいだいているのである。』


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アレクサンダー・セトン-2

2006-12-27 01:33:56 | 錬金術
◎秘密を明かさない

シュトラスブルグで、セトンは、グステンホーファーという金細工師に出会い、なにくれとなく生活の面倒を見てもらった。セトンは彼の家を辞去する時に、自分の本名も名乗らず、賢者の石の赤い粉末を与え、金属変成の方法を伝授した。

早速グステンホーファーは、友人を駆り集め、皆の前で鉛を黄金に変えてみせた。噂を聞きつけた市議会の調査人の前でもグステンホーファーは実演してみせた。グステンホーファーの評判は高まり、ついに神聖ローマ皇帝ルドルフ2世は、彼をプラハの宮廷に召還した。

ところが、彼は既に賢者の石の粉末を使い切っており、自分ではその石を造ることはできないと弁明した。ところが、皇帝は、彼を白塔と呼ばれる天上に小さな穴が一カ所開いているだけの錬金術師用の牢獄に収監し、グステンホーファーは一生をその牢獄で送ることになった。

一方セトンはそんなこととはつゆ知らず、偽錬金術師が跋扈するケルンで、近所の人々を集め、アンチモニー・ガラスを溶融して、例の粉を混ぜると坩堝に黄金を作り出すことに成功し、更にアンチ錬金術のゲオルグという外科医の前でも金属変成を成功させた。このようにヨーロッパ各地で錬金術師としての名声を高めたことから、彼はコスモポリタンという異称を得ることになったほどである。

セトンは、ミュンヘンの選帝侯クリスティアン2世の前で金属変成を実演したが、どうしても賢者の石の秘密を聞きたがったクリスティアン2世に対してその秘密を明かさなかった。その結果、先の尖った鉄棒に刺されたり、溶けた鉛をかけられたり、火で焼かれたりする拷問にあい、地下牢に幽閉されたが、セトンは秘密を明かすことはなかった。

ポーランド貴族センディボギウスが地下牢から出してくれ、セトンは、感謝の気持として、彼に賢者の石を贈呈した。しかし、拷問の傷がもとで、セトンはまもなく亡くなった。

後にセンディボギウスもグステンホーファー同様に、賢者の石の製法を知らない錬金術師として名を残した。

セトンは、確かに賢者の石の製法を何かの拍子につかんだに相違ない。しかしニコラ・フラメルが語るような、錬金術には心の正しさが必要条件であるという警告は知らなかったようだ。

どうもセトンは、金属変成の技術が実在するということを世間に証明するためにキャンペーン・ツアーを行っただけの、純真な心根の人でしかなかったように見える。仮にその技術の出て来る源を承知していれば、それこそ、見込みのある弟子、つまりそれを知るに値する人だけに、その技術を相伝したに相違ないのだ。

その技術を利用するに足る精神的な成熟のない人にこうした技術が渡ることは、いたずらに世の中を混乱させるだけである。挙げ句の果て、強欲な権力者に出会えば、錬金術師本人が金の卵を産む鶏よろしく始末されるのは当然の流れではあった。この技術は、17世紀に出るには、早過ぎたのだ。当時の世人は金だけに関心があり、心には関心が薄かった。21世紀の今も、錬金術と言えば、株などの資金運用の代名詞であり、17世紀とあまり変わらないが・・・。


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アレクサンダー・セトン-1

2006-12-26 05:53:01 | 錬金術
◎黄金変成の実演

アレクサンダー・セトンはスコットランドの貴族。1601年セトンの村の海岸でオランダ船が難破した。セトンは村人たちと一緒に乗組員を救助した。その中に水先案内人ヤコブ・ハウゼンがいた。

翌年セトンは大陸旅行に出て、オランダのハウゼンの家に数週間滞在し、辞去する時に一片の鉛を同じ重さの黄金に変成し、これをハウゼンに贈った。これでセトンの名が世に知られることとなった。

次にセトンはスイスに向かい、スイスでフライブルグ大学教授のヴォルフガング・ディーンハイムに出会った。二人は、船でチューリヒからバーゼルまで旅をしたが、バーゼルに着いたときに、ディーンハイムが錬金術を信じないならば、それを実演してみせましょうと言って、ある金鉱夫の家で実演してみせた。

セトンの準備は、金細工師から坩堝を借り、ディーンハイムから鉛を借り、街で硫黄を買い求めただけだった。セトンはに火をつけ鉛と硫黄を入れ、金細工師に中身を時々かき混ぜさせながら、15分が経過した。セトンは黄色の粉末が極小量入った紙包みを出してこれを溶けた炉の中に落として下さいと命じた。更に15分経った後に鉄の棒で中身をかき混ぜ、火を止めて見ると鉛は純金に変わっていた。

セトンは、これで正真正銘の真実がおわかりになるでしょうと見栄を切った。立ち会っていたバーゼル大学教授ツヴィンガーは、この金の一片を受け取り、それは数世代にわたって彼の家で保管された。
またその事件の後、ディーンハイムは、金属変成を自ら見たことを証明する用意があると語った。

セトンは、ついでドイツのシュトラスブルグに向かった。


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ニュートンのエーテル論-2

2006-12-25 05:44:44 | 錬金術
◎エーテルと物質の循環

ニュートンは、万物はエーテルから生み出されるという根本的な提起をした。エーテルは、凝結することにより、固体から液体、気体となり、エーテルにもどり、またエーテルは固体などの物質になるというような循環的な物質観を持っていた。

エーテルを、単純に希薄・細密な物質だと見たがる人もいるが、もしそうであれば、エーテルのことを霊という呼び名でニュートンは呼びはしないだろう。

ニュートンは、このような「エーテル性の霊」を発酵しているか、燃えている物体に凝結できるならば、万物が発生する第一物質のようなものになると見ており、その意味で、万物を供給している大地では、「エーテル性の霊」が、絶え間なく、天上からすみやかに下降しているというイメージを持っていた。

またエーテルは物質に下降するだけではなく、下から上昇する空気や蒸気により、不断にエーテル圏に上昇してくるエーテルもあるとしている。要するに,地球上空の高高度の成層圏や電離圏のようなものとしてエーテル圏があるかのように想像していたわけだが、実際のエーテルと物質間の変換は、地上に極く近いところでも日常的に発生しているわけであるから、 エーテル層が高高度にあるということは、気体が上昇するという想像の延長線上のものでしかないだろう。

エーテルは半物質であるから、物質の生成から見ても媒介として作用するように見え、霊なるアストラル体と物質なる肉体の関係から見ても媒介とよぶことができる。このあたりに、レイキや気功が肉体に作用したり、思念・願望が現実として実現するメカニズムが隠されている。


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ニュートンのエーテル論-1

2006-12-24 07:27:49 | 錬金術
◎物質よりはるかに希薄・微細

ニュートンは、万有引力の法則を発表した。その上、「万物はエーテルから成る」という考えは発表しなかったが、1675年のオルデンバーグ氏宛の手紙の中で次のように披瀝している。

『おそらく自然の全機構は、{発酵の原理によって凝縮されたエーテルに他ならないだろう。}〔それほど容易に凝結し得ないにしても蒸発気が凝結して水となり、発散物が凝結してより稠密な物質となるという具合に、いわは降下によって凝結されたあるエーテル性の霊もしくは蒸発気の多様な織物に他ならないだろう。

そして凝結の後、最初、造物主の直接の手により、その後はずっと、増加・増殖の命令により、原型から造られた複製の完全なる模倣者となった自然の力によって様々な形態に造られるのである。〕。

かくして、おそらく万物はエーテルから生み出される。』
(ニュートンの錬金術/平凡社/ドブズから引用)

ニュートンは、エーテルとは、空気と同じ組成を持つが、空気よりはるかに希薄・微細で、膨張力の大きなエーテルの媒体が存在すると考えていた。「媒体」と表現しているので、空気と同じ存在レベルではないところに勘づいてした節がうかがえる。

ニュートンはおそらくは、賢者の水銀の生成に成功したことから、エーテルの媒介を有力な仮説として考えていたのではないだろうか。でも証明できなかったから発表しなかった。


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錬金術書の鍵-3

2006-12-23 06:39:54 | 錬金術
◎死のプロセスと白、赤、黒

ニコラ・フラメルの賢者の術概要によると、
サハスラーラ・チャクラで見つけた草から、太陽と月を含む純粋無垢な液体を採取して、草を捨てて種子を取らなければならない。草の液を抽出すると、先に白の医薬、次に赤の医薬を手に入れることができる。

この液体には、精液と経血が含まれているが、これを分離しないままで抽出する。抽出で注意すべき点は、精液は人の手では抽出することはできず、神の御力(自然の力)だけが抽出を行うことができる。抽出とは、等質性を損なう余分な異物を取り除くことで、生のものと熟したものを選別することである。

死のプロセスでは、肉体崩壊のイメージとして、地、水、火、風の各元素に係かる肉体が崩壊していることを観じ、心臓の鼓動が止まる。ここまでは肉体=物質レベル。

そして意識と身体が分離する直前に、エーテル体レベル(プラーナ、ルン、気)において、『鮮やかな白い心』がやってきて、次に、『鮮やかな朱色の心』がやってくる。そして第三に『鮮やかな黒い心』が登場する。

これを示唆と見ると、白と赤の医薬生成のレベルは、エーテル体レベルではないかと推理される。肉体つまり物質レベルでの生成ではない。冬至や春分の日に、物質である水銀に硫黄を混ぜたりしても何も起こらないわけである。

生成と言っても、ニコラ・フラメルは、卵をかえすには、卵は産み落とされたそのままで鶏に抱かせるし、また雛を早く孵化させるには、母鶏の下で毎日卵をひっくり返すだけで良いと、人為のさかしらが効かないことを、繰り返し表現を変えて強調している。

このあたりの技術論の説明と同時に、ニコラ・フラメルは、心正しくない者は川に落とされると警告も忘れない。錬金術は人の技術ではなく、神(自然)の力を利用するという技術なのだから当然のことである。


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錬金術書 太陽の光輝

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錬金術書の鍵-2

2006-12-22 05:42:53 | 錬金術
◎七つのチャクラ

ニコラ・フラメルはその鍵について、このように述べている。
『こうして彼ら(錬金術者)は、石の原材料(プリマ・マテリア)とは何か、その真の母鉱はなんであるかを知ることを得ぬ。

彼らはあの七つの山に至らぬ限り成功はおぼつかない。そのことには何の不思議もありはしない。遠くから望み見る六つの山を超えれば、最高の山頂で、必ずや見事な王者の草を知るであろう。それは鉱物の草と呼ばれ、ある学者は草の草と名付ける。またサトゥールヌスの草と呼ばれることもある。

だが搾りかすはそのままにおき、草から搾る純粋無垢の液体を採取するが良い。この点に留意してやり方をよく心得よ。草を捨て種子を取れ。平常の仕方ではこの作業はおぼつかない。麦の選別を見るがよい。黄金の液の植物についてもまた同じ、あるいは更なる巧みを要する』
(賢者の術概要/ニコラ・フラメル/白水社から引用)

七つの山とは、七つのチャクラのこと。最高の山頂とはサハスラーラ・チャクラのことだから、サハスラーラ・チャクラを超えれば、次のボディに至るか、神に至る。神との出会いを王者の草と呼び、草の草と呼び、鍛冶屋であり、土星である、あらゆるものを造り出すサトゥールヌスの草と呼ぶ。

搾りかすとは、観想法の中で現れるガラクタのビジョン、イメージ、幻視のこと。純粋無垢の液体とは、ガラクタではない本物のビジョンのこと。これをよりわける『巧み』は、真のグル、マスターの直伝による。

と読んでみると、石の原材料(プリマ・マテリア)とは、人間のことであるが、どうなのだろうか。


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錬金術書の鍵-1

2006-12-21 06:01:31 | 錬金術
◎坩堝をくぐり抜ける人

錬金術の言葉は難解である。錬金術者は何をやっていたのか、何を求めていたのかをはっきりと知らないと誤解したままになる。

ニコラ・フラメルが、『賢者の術概要』で指摘しているが、多くの錬金術者は、普通の金や銀や卑俗の水銀を動力因として用いて、この三つを混ぜたり、熱したり、かき回したりして、賢者の水銀を作り出そうとするが、決して完成することはない、としているので、錬金術では鉱物の話をしていないことは想像がつく。

象形寓意図の書の第六章で、白い石に表象されるものを得る。続く第七章では、この錬金術の石は、人間と同じく肉体、魂、精神を有するとする。この石をとも呼ぶのは、中国錬金術風でもある。

また肉体と魂と精神は、一旦死に、蘇って生に帰ってくるが、この蘇生によって太陽と月と水銀が得られると言う。白い石の白は、生の象徴である。太陽と月と水銀は、死からの蘇生以後に初めて出現すると強調されているので、それ以前には存在しないことがわかる。

肉体も魂も精神も、復活してから以降は、腐敗しない性質となると言っているので、これは、第六身体=アートマンを意識した物言いであることがわかる。腐敗しない、不壊の存在レベルは第六身体にしかないからである。

ここで人は救世主となり、王として登場する。この時『白い霊薬エリクシール』=白い石が現れ、以後これが金属を極めて精妙な本質に変えるとされるが、これは、死から復活した人が悪を犯すことなく、善のみ行う様(衆善奉行諸悪莫作)をこのように表現したように思えるのである。

なるほどこの『白』を地水火風の次の第五元素と呼ぶのは、当然のことであり、アートマンに到達するまでの様々な苦難を『坩堝をくぐり抜けて七度精錬される』と表現するのは、クンダリーニ・ヨーガで窮極に到達できた人を英雄と呼びならわすように、その苦難の道のりを意識した言葉と感じられる。

このように錬金術書とは、人から神に至るテクノロジー解説に見えるのである。


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象形寓意図の書 第五図

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天狗の出自

2006-12-20 05:57:27 | 修験道
◎スピリチュアルな隣人

これは、太平記にある話。

1348年ある禅僧が仁和寺の六本杉のあたりで、夕立を避け、雨やどりしていた。晴れ間を待つうちにいつしか夜となり、雨後の月明かりに映える六本杉の梢に、比叡山、愛宕山のあたりから簾を降ろした輿が虚空を飛んで、三々五々集まってきた。

黒ずんだ黄袈裟で目は金色に光り、嘴は鳶に似て尖り、水晶の数珠を繰るのは後醍醐帝の外戚にあたる峯僧正春雅、その左右には南都の智教上人。浄土寺の忠円僧正、その他の居並ぶ人も同じように両脇に翼が生えている。

やがて一際りっぱな輿に乗ってやって来たのは、大塔宮護良親王で、先着の天狗達のあいさつを受けながら上座に坐った。

さてこの一団は寺侍の運んできた銀の銚子と金の盃を回して酒盛りを始めたが、一言も語り出すものがいなく、陰々滅々とした雰囲気のうちに献酬が続いた後、突然下座の方から「ワッ」という悲鳴が上がったかと思うと、一同一斉に手足を締めて悶え苦しむ。頭上からは黒煙が燃え立ち,七転八倒して泣き叫ぶこと一時間あまり、みんな火に焼けて、一塊の黒こげになってしまった。

禅僧は、生きた心地もなく「恐ろしいことだ。天狗道の苦患に日に3度熱鉄の玉を飲まされるとあるが、さてはこれがその呵責かと震えながら様子をうかがっていること4時間。すると一同何事もなかったかのように息を吹き返して、威儀を正した。

そこで峯の僧正が「せっかく北条家を滅亡させて、王政に復したのも束の間、今また足利尊氏の反逆によって武家に権力を奪われ、足利一族の悪政により天下は怨嗟の声に満ちている。この期をはずさず、足利家に内紛を起こさせる良い策略はないかと、大塔宮の御意志により皆様に参集願った。」と申すと、

忠円僧正が、「まず大塔宮が尊氏の弟直義の妻の子として男子として出生する。次は尊氏の尊崇篤い夢窓国師の弟子の野心家の妙吉侍者の心に峯の僧正が入り込み,邪法を吹き込み、政道に口を出させる。また智教上人は、佞奸で嫉妬深い上杉重能、畠山直忠の邪心に取り入り、高帥直、帥泰強大を滅亡させる。そうすれば、尊氏兄弟は不和となり、各国の叛乱を押さえることもできなくなるだろう。」

大塔宮以下の一座の大天狗、小天狗が、又とない謀略であると賛同して煙のように消え去ったのは、もう夜明け近くのことであった。
(参考:天狗の研究/知切光蔵/原書房)

天狗は、仏教十界説でいえば「天」の分類なので、天人五衰と同様に、熱鉄玉を飲むような激しい苦患の相を表す。時には、この談義のように有力者出身の天狗が、天下の謀略を行うため人に取り入ることもある。

これは、悪玉天狗の例であるが、修験道場とされる山に居る天狗は総じて善玉である。彦山豊前坊、京都愛宕山太郎坊、鞍馬山魔王大僧正、榛名山満行坊、赤城山杉ノ坊などなどがそれ。平安から江戸期まで、日本のスピリチュアルな隣人と言えば、天狗がその一つだったのだろう。これほどポピュラーなのは、日本人の集合的無意識に組み込まれているってことでしょう。


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天狗

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天狗の山

2006-12-19 05:19:15 | 修験道
◎最初は凶星

日本には、天狗のメッカと呼ぶべきところは数多く、京都の愛宕山を手始めに、伊吹山、秋葉山から南信濃にかけて、木曽の御嶽山、富士山の北側、戸隠、出羽三山、吾妻連峰、高尾山などなど数が多い。近畿の岩屋山や、埼玉県秩父地方も天狗譚が多いところとして知られる。至るところに天狗岩なんかもある。

もともと中国の史記や漢書では地上に災厄をもたらす、凶星のことで、特に彗星の出現のことを謂ったようだ。日本では637年に出現した超特大の彗星のことを、日本書紀で天狗と読んだのが嚆矢(こうし=はじめ)とされる。

ところが時代が下がるにつれて、世の中の怪異、霊異のことを天狗と言うようになり、平安時代になると山に棲む小さな妖異として世人に認知されるようになった。その当時には何といっても京都愛宕山の太郎坊が全国的な知名度を誇っていた。

天狗は山伏の友人。役行者が使ったという前鬼、後鬼も時代が下がると、天狗の人気の高さによって、いつのまにか天狗の姿になっていたそうだ。天狗は修験者を助ける神霊の代表格と見て良いのではないだろうか。

天狗の得意技は神隠しと天狗さらい。江戸時代には神隠しの下手人として恐れられた。天狗に逢うのは、まれなことで、逢っても一生に1回か2回のことである。

山奥も開発が進み、道路ができ、天狗が身を潜めることのできる場所も少なくなった今の時代。山伏が里に出たように、天狗も街に入らざるを得なくなってしまったのだろうか、ひたすら闇をなくすことにご執心の近代西欧文明の最後のステージ。


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天狗

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戦争は大がかりな葬礼

2006-12-18 05:51:13 | 老子
◎老子第31章 夫佳兵者

『そもそも立派な武器というものが、実は不祥の器なのである。即ち道のよしとしないものなのだ。だから道にいる人はこのように器は棄てて使わないのだ。

立派な人は普段左を貴ぶ。そして武器を持つ時だけ右を貴ぶ。武器なるものは抑々けがれた器であって、立派な人の持つべきものではない。仕方のない時だけこれを使うのだが、それに執着しないでさっぱりすることをよしとされている。

又そういう時勝ったからとて、名誉なこととしない。これを名誉なこととするものは、これこそ人を殺すことを楽しむものである。

そうな人を殺すことを楽しむようなものは、とても天下に志を得ることはできるものでない。

喜び事の時には左を尚ぶ。悲しみのときには右を尚ぶ。儀式の時でも軍では副将軍が左に居り、大将軍が右に居るのは、軍隊そのものを葬礼と同じものに見ているのである。人を沢山殺す時には、哀れみ悲しんで泣くのである。則ちいくさに勝って、葬礼と同じ式に居るのはこの心である。』 

ここの記述は、道に対するものは何もなく、名誉とか、儀式の話であり、いささか格調が低いものとなっている。話題そのものは、武器と戦争の話だが、それ自体では色のついたものではなく、それを用いる人が色を付けてしまう。

見性大悟した人でも、武器をやむを得ず取ることがある。バガヴァッド・ギータのアルジュナのように。しかしそれに執着するとそれに酔うようなことになり、道を失う。


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天動説と地動説

2006-12-17 07:40:43 | チャクラと七つの身体
◎神と自我の位置逆転

天動説の天球図は、17世紀のドイツの古代エジプト学者キルヒャーの次の図案のようなものである。中心に地球があり、地球から近い順に惑星が配列されている。月、金星、水星、太陽、火星、木星、土星。

チャクラというものを内惑星として見れば、天動説の時代には、地球こそ個的自我であり、月たるアートマンが最も近く、神たる太陽はなぜか4番目に位置するへんちくりんなことになっているのだが、これが客観的事実として受け入れられている時代が、古代ギリシアから16世紀にコペルニクスが地動説を唱えるまで続いていたのだ。

この世界観では、自我の中心である地球は、その位置に疑問を持たれることもなく、自明なものであった。自我たる地球から見た神の座である太陽は、地球から数えて4番目の遥か遠い惑星のひとつであった。その上この主神の太陽の位置は、諸神霊の位置が太陽以外の惑星で照応していると見れば、主神太陽はあるにはあるが、沢山ある神々の一つという位置付けであったに相違ないのである。

さて物理的に誤った説である天動説は、アリストテレスの時代(前384年―322年)からコペルニクスの登場する16世紀まで続いていたのであって、アリストテレス以前は、なんと地動説であると思われ、その一例として古代ギリシアの紀元前310年 - 紀元前230年頃のアリスタルコスは、太陽中心の地動説を堂々と唱えていた。

要するにアリストテレスの時代の頃から技術文明の衰退は始まっていたのだろう。また占星術で言えば、コペルニクス以前の約二千年は、誤った天体運行観で星宿を見ていたのであるから、はずれて当然みたいなことになってしまう。要するに16世紀に天動説が地動説に転換したのは、占星術業界的には業界全体の信用問題だったはずなのだが、なんとか現代まで生きながらえているのは何かに頬かむりした結果とも言えよう。


さて、ケプラーやニュートンにより地動説が正しいことが証明された以後は、地動説が社会的通念として、無意識に内惑星の世界観となる。この世界観は、いわば個的自我(地球)と神(太陽)の両方を俯瞰できる位置に人が立って世界を見渡している状態で見た太陽系であり、それが地動説ということになる。土星に照応する一番下のムラダーラ・チャクラから最上位に位置する太陽であるサハスラーラ・チャクラまで、一列のヒエラルヒーを見抜いたのである。

要するに自我は独立絶対的に中心ではなく、神があっての自我であるという相対的な位置関係であることが、太陽系全体のヒエラルヒーの中で理解されたのである。

地球は物理的には、金星と火星の間にある。火星はマニピュラ・チャクラに照応し、金星はアナハタ・チャクラに照応する。ダンテス・ダイジは、地球の位相をマニピュラ・チャクラからアナハタ・チャクラに移行する中有、つまり中間にあると喝破した。

こうした物理的理論が世間に登場してくるということも、巨視的には人間の成熟の証明の一つであることに間違いはないと思うが、16世紀物理学に起こったコペルニクス的展開から400年を経ても、精神世界にコペルニクス展開はまだ起きていない。

【チャクラと七つの身体-357】
◎アートマン-61
10.錬金術 ◎天動説と地動説
(ザ・ジャンプ・アウト411)

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