アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

只管打坐と暮らしが成り立つこと

2006-09-30 05:44:06 | 只管打坐
◎曹洞宗の大衆化

道元は、周知のように、中国直輸入というべき純粋禅を唱え、厳重な出家主義を貫き、権力への接近を避け、加持祈祷を廃した。そこには神仏の習合思想など入り込む余地もなかった。しかし、この厳格さは教団経営の上で経済的困難を招くことになっていく。

そこで道元の死後は、民衆化を進め、神祇信仰の導入が図られることになった。

曹洞宗第二世の孤雲懐弉は、世俗的才能を持ち合わせた徹通義介に、一山の興隆のために努力するよう委嘱した。義介は、京都鎌倉の禅宗・寺院を巡察し、更に入宋して中国の禅宗寺院のあり方も研究して帰朝する。

やがて第三世となったが、彼の時世順応・密教色導入に反対する一派と対立して、ついに永平寺を去る。しかし加賀国の大乗寺(真言宗寺院であったが、本願澄海阿闍梨は禅寺に改めた。)に迎えられて開山となり、彼の宗風はいよいよ密教色を強めた。

彼の弟子蛍山紹瑾に至ると、加持祈祷的要素がさらに強まり、読経と合わせて秘密神呪が誦せられ、護法天善神・陰陽道の神々・星宿・日本の大小神祇・禅刹の土地神・護伽藍神が祈願の対象となったのである。

このような紹瑾およびその門流は、世俗の大いに歓迎するところとなり、加賀から能登にかけて教勢を伸ばし、教団の主流的な存在になっていった。』
(神仏習合/つじ日出典/六興出版から引用)

なるほど、メシが食えなければ、教団はついには衰亡するものである。只管打坐での身心脱落という神秘体験とは呼べない体験が中心になっている道元の禅では、大衆の最もニーズのあるところの加持祈祷による病気平癒(いやし)や開運、願望実現などという現世利益の視点などあるはずもない。

そしてまた只管打坐のプロセスは、直接最終レベルを狙うものなので、密教やクンダリーニ・ヨーガのように、段階的な超能力開発を伴うようなものはない。従って只管打坐には、もともと加持祈祷のノウハウと呼べるようなものはなかったので、加持祈祷のノウハウは、密教や古神道から輸入せざるを得なかった訳だ。

もちろんそのような大衆迎合的な活動は、道元の本意ではあるまいが、その教団の中に一人でも半人でも本物を創り出すためには目をつぶったというところだろう。


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神社とお寺の共存

2006-09-29 05:21:45 | 現代冥想の到達点
◎コンバーティブルな絶対神

日本の神道の神々と仏教の諸仏の共存については、538年の仏教輸入以来、並行して仲良く共存してきたものだというイメージを持ちがちである。その証拠に神社とお寺はどの町村でも共存共栄だし、間違ってもイスラムとキリスト教のように、十字軍以来お互いにやり合っているなどということはない。

ところがよくよく神々と諸仏の共存の歴史を見てみると、7~8世紀には既に、神々の方が諸仏の方にすり寄って、「○○の神は、実は○○仏の現れである」という形での習合が始まっている。なぜか先住者である神々の方が立場が弱くなっていたのである。

この傾向は、鎌倉時代の本地垂迹(八百万の神々は、実は諸仏の現れであるという考え方)に至って更に強化され、天照大神は、大日如来であるとか、熊野権現は、阿弥陀如来であるとか、土地土地によって様々な本地垂迹が現れた。その後の若干の変遷はあるものの、このような仏が主で、神が従の傾向は、江戸時代末期まで変わることのないものであった。

ところが明治維新になって、いきなり廃仏毀釈をやったものだから、これが逆転し、神が主で仏が従の構造になってしまった。結局このやり方は、短期間でかつ強引であったために、必ずしも徹底できず、一種の不安定な状況を生み出した。これを背景に、政府の方も更に富国強兵を進めるための道具として、強引に国家神道という歪んだ形での神道優位策に突き進んで行った。結果から見ると、廃仏毀釈から国家神道の流れは、それまでの千年以上にわたる日本人の精神性と密着していた神仏習合の伝統を本質的には崩すことができなかったように見える。

窮極を初めて見る時に、キリスト者には、イエス・キリストに見え、仏教者には、釈迦に見え、神道家には、天照大神に見えるという。神仏習合は、そうした絶対的な状況・神秘体験を根拠としたものではないと思う。しかしながら、過去一千年の神仏習合の伝統は、日本人に対して、マルチな絶対神・仏を受け入れることに対するアレルギーがない精神性を与えてきているのは間違いない。


    1日1善。1日1クリ。

平等院

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宮地神仙道と本田親徳

2006-09-28 05:42:41 | 究極というものの可能性
◎天御中主神にダイレクト・アタック

宮地神仙道は、近代の古神道史では必ず登場してくるもの。宮地水位は、その始祖たる人であるが、皇典講究所の委員になったりしているから社会的にはそれなりに認められていた人だったのだろう。宮地水位は、明治37年没。

同じ時代に、出口王仁三郎につながる本田親徳がいたが、宮地水位派は次のように本田親徳の神道を批判する。

『所謂本田霊学の眼目が、この頃の大学教授先生らの神典研究と同様に、神霊の人格的存在を認めないという根底から展開されているという救い難い大矛盾をすら解決し得ずに、一旗組の宗教山師どもがわけもわからずに本田流の鎮魂帰神を一枚看板に利用する手段として、明治一世の霊学者と称し、神伝霊学の大偉人本田九郎平親徳先生云々と担ぎ上げた広告文句を無審査に鵜呑みしているところに無知の勇敢さがあるのである。』
(宮地神仙道玄義/第五章霊鏡台の幽事/清水宗徳/八幡書店から引用)

この「神霊の人格的存在を認める」とは、神霊の人格的存在が実在かどうかという論点であるように思う。ここで宮地神仙道は、「神霊の人格的存在を認める」が、本田親徳は、これを認めないとして批判しているものである。七つの身体論で言えば、本田親徳は、第七身体まで見ているので、神霊の窮極の本質は、言葉で表現できない天御中主神(第七身体)であるという立場から、個別性である「神霊の人格的存在」は、全部が全部実在としては認められないということなのだろうと思う。

チャネリング、神懸かりというものは、諸神霊にコンタクトして、霊言を頂戴してありがたいアドバイスとして珍重するものであるから、諸神霊が怪しげなものと退けられては困るので、この論点は、いつの時代でも常に存在するものではないだろうか。

出口王仁三郎は、大正10年頃から、神懸かりすることを推奨するのをやめたと言っているので、もう80年前からチャネリング、神懸かりの時代は終り、現代は、鎮魂帰神により、直接天御中主神にコンタクトする時代になっているのだと思う。


    1日1善。1日1クリ。

伏見稲荷

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飲酒運転取り締まりを煽るマスコミ

2006-09-27 06:08:33 | 時代のおわり
◎世のいさかいを増やす

昨今のマスコミの飲酒運転取り締まりの報道ぶりは異常なほど盛んである。飲酒運転の厳格な取り締まりは、飲酒運転だけでなく、飲酒の機会を著しく減らすことになるのは、特に車でないと移動できない地域の方はよく知っていること。

これは、歩行中喫煙の禁止、電車、建物内での禁煙と同じ流れで、嗜好品の禁止という一貫した政策の流れにあるものである。

こうした政策の下、嗜好品なしで、自分の気持をオブラートに包まないまま、自分の気持を陰に陽に相手にぶつける機会が増えれば、学校で、職場で、家庭での小さないさかいは天文学的な割合で増加するに決まっている。それは、内的な不満をどんどんお互いに増長させて、果ては犯罪などの更なる増加につながっていく。

それでなくとも離婚率が3割で、30代の未婚率が3割で、大人も子どもも孤立して生活してする人が多い中、更に酒やタバコなどの嗜好品の禁止は、一見小技だが、対象となる範囲が広いだけに、世の人の『イライラを他人にストレートにぶつける人の増加』を招く。結果的にそれは、犯罪の増加、離婚率の増加、学校なら荒れたクラスの増加、職場なら一体感・まとまりのない職場の増加という形で、世の中全体の不安定化を推し進めていくことになる。

その一方、感受性の強い一群の人は、虚無的な人生観、ニヒルに陥ることになり、そうした人もますます増える。

行列のできる法律相談所というテレビ番組もそうだが、このような人と人とのいさかいを増す方向の小技を『自分の権利を上手に主張すれば、もっと他人から金を取れる』『飲酒運転は悪い』『喫煙は他人の健康の害』などという誰もが認める大義名分を並べて、ことさらにマスコミが宣伝してくる時は、その最終的な効果を狙っている勢力がいることに思い当たるとぞっとするものである。『世の中を悪くしたいと思っている』としか思えない人がいるとしか考えられないからである。それは日本を弱体化させる狙いかもしれないし、もっと別の狙いかもしれない。

それに気づいて冷静に冥想をしたいものです。


    1日1善。1日1クリ。

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山のオーラ

2006-09-26 05:09:53 | 現代冥想の到達点
◎山相秘録

昔から山の鉱脈を当てる商売を山師と呼ぶ。これも最近は読まれないが、江戸時代文政年間に成立した山相秘録と呼ばれる書物があり、山師の秘訣の書である。人中の金を求める目と、山中の金を求める目には共通したところがある。ここでは相手は山だから、山のオーラを見て中身を推し量る。

その山脈中の主峰を太祖と呼び、その山の正確に真北に立ち、真南を望見することが、古からの定法である。時期は5、6、7月の雨の新たに晴れた時を上とする。その理由はこの時期は、雨が多く降る時期であり、鉱脈から蒸発する精気である霞光瑞靄が蒸発することが多いからである。望見する距離は山の麓より20町(1町は109.09m)以内とすること。

さて、日中、山を望見して霞光瑞靄の発するを確認したら、その山の畳まれたひだの重複を熟視して、この峯かの峯の表的を暗記しなさい。夜中にその表的を何度もうかがってその山に含有する諸金属より蒸発する精気を望見して、金なるか、銀なるか、銅か鉛か錫かを見定めなさい。これを中夜望気の法と名付ける。

さてそれぞれの金属の精気(オーラ)の色は、黄赤色の金光にして、土から発生する時は、その勢い全く砲火を昇るが如く、6、7丈あるいは、10余丈の高さに昇り、開いて花形となり、その花は必ず八花咲(やつはなさ)きなる者である。

金の精気(オーラ)は、華のようであり、銀の精気は龍のようであり、銅の精気は虹のようであり、鉛の精気は煙のようであり、錫の精気は霧のようである。金銀銅の精気は20丈以上(約66メートル)昇ることがあり、鉛精は風に順がい、錫の精は風に逆らう。

およそ黄金を多く含有する山は、大半が下渇れの相(山頂、中腹付近は草木繁茂しているが、麓は禿げている)であり、ところどころに黎(きび)色か暗灰色の燔様石(焼けたような色のもろい石)があって、これを破ると中に紫紺色の細かなる斑点を有し、かつ金色、紫色、紅色、蜥蜴色等の銗石あるもので、またその山下の渓流に必ず金精、銀精の石があって、その水は極めて清潔で、その味は少し辛いようなものである。

この特徴を持つ山ならば、必ず、その渓流の瀬の最急流の水底の土地をとって淘汰してみなさい。必ず金砂であることだろう。もし渓流の底に金砂あれば、たとえ設備が備わっていなくても、その水源の深山幽谷を探索しなさい。もしかすると純金の塊となったものを得るかもしれない。

凡そ金属は、山の東北にあることが多いものだという。出口王仁三郎は、山の東北に岩の突き出ているところには何かあり、東北から東南へ掘れば出ると言う。大和にはたびたび行ったが、霊眼で見るとあるのがよく見えたそうな。金鉱捜しは、アストラル・トリップに限るわけですね。

さて山国に住めば、朝夕山を望見するもの。金銀のオーラが立ち上るのが見えるでしょうか。


    1日1善。1日1クリ。

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人為的なはからいをしない

2006-09-25 05:15:14 | 老子
◎老子第53章 使我介然

『我をよく知るものがあって、大道を行わしめたならば、ただただ人為的な行動・はからいをすることを何よりも恐れるであろう。

大道なるものは、まことに当たり前すぎて人が気のつかないようなものである。だから民は、これを捨てて小径を好む。

宮廷が甚だ美しくなれば、田畑は必ず荒廃し、人民の倉庫は虚しくなる。

政治の府にいるものが、美々しい服を着て、利剣を帯び、飲食に飽き、財貨を余るほど蓄えている。これを驕り高ぶる盗人であると言わずして何と言おう。まことに道とは言えないではないか。』

この世をより快適に、健康にさわやかに、生きようとするのみを目指すのであれば、アストラル体以下の健康増進、気力充実といったものを主体とした行法によるのが手っとり早い。大道については、そうした快適さや、現世的欲望の実現とは実は無縁であるため、当たり前すぎて気がつく人が少ない。その当たり前に気がつくためには、それなりの冥想練習が必要なのであるが。

またここには、当時の役人の仕振りについての批判がある。春秋戦国の当時ならば、この批判は通用したが、現代においては、表面的な「意識改革」や法令や組織を変えただけでは、それは人為であって、逆に大道からは離れることになる。役人も一人一人が冥想をして大道を踏み行うべきだといっているのである。


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ラーマクリシュナが女を捨てた理由

2006-09-24 10:09:30 | 現代冥想の到達点
◎太母と肉身

ラーマクリシュナは、女性の身体に手を触れると手は痺れてじんじんした。また女性に身内に対するのと同じように話をしようと近づいても、何か一つの障壁が彼女との間に現れて、どうしてもその障壁の向こうに行くことができなかった。

そしてラーマクリシュナが一人で坐っている時に、誰か女性がやってきたら、ラーマクリシュナは、全くの子どもの状態になってしまい、「その女性は宇宙の母親、太母であるという明知」を持つと述懐している。

更に、結婚したばかりの弟子の一人に、美しい奥さんであっても、肉体的な交わりはせず、神の話だけしなさいというアドバイスまでしている。きっとラーマクリシュナ自身の結婚生活がそうだったからなのだろう。

ラーマクリシュナの虚弱な肉体、母なるカーリ女神との渇望としばしば起こった一体化、大麻好き。こうした彼の信仰生活のセッティングの中に肉身の女性は、入る余地がなかったということになる。

仮にラーマクリシュナが強壮な肉体ないしは普通の体力の肉体を持っていれば、あれほど簡単に太母神との合一は、起こらなかっただろう。だから、ラーマクリュシナの境涯が虚弱な肉体を前提条件とするものではないかという疑念がつきまとう。


    1日1善。1日1クリ。

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旧事本紀と天皇

2006-09-23 05:54:06 | 時代のおわり
◎アトランティスと肉体改造

出口王仁三郎は、古事記は日本固有の大予言書であるなどと賞揚しているのであるが、一方で内容がワヤになっていると云い、古事記だけでは真相がわからないことを暗示している。そこで彼が推薦する旧事紀(旧事本紀)を見てみることにした。旧事本紀は、聖徳太子が主導で編纂させた72巻本。

1.神武天皇の御姿
身の丈、一丈五寸、身の太さは一囲(かこい)五寸、頭に二本の角を生やし、三寸、目は猶お雪の如く、尻に素(シロ)の龍尾あり、その長さ6咫4寸、尾の背に72の大鱗あり。
115歳で皇太子になった。

ということで、ほとんど尻尾つきミノタウロス状態であるが、こうした異形の天皇は、この後に続く、第二代綏靖天皇、第七代孝霊天皇、第十代崇神天皇も異形の記録があるそうだ。

2.神功皇后の御姿
容貌美しく、目には二つの瞳があり、乳房には9つの穴があり、力は建物の柱を揺るがすほどであった。

3第十五代応神天皇の御姿
身の丈9咫6寸、臂(ひじ)に鞆の形あり。眼形は三角の形で張り弓のようであり、中の角は天に向かい弓に鏃(やじり)をつがえるがごとし。
胸に72の青毛があって牛尾の如く、長きこと馬の尾のごとし。
69歳で即位し、110歳で崩御。

次の仁徳天皇以降からは、異形の記録はないそうだ。
(以上の旧事紀の内容は、「先代旧事本紀大成経/後藤隆/徳間書店」から引用)

さてここで思い当たるのがエドガー・ケーシーのリーディングである。アトランティス大陸沈没前夜(紀元前1万年頃か)の時代には、人間には大体尾があったことや、半人半獣の人がかなりいたことである。このことからすると、神武天皇は、正史では、紀元前700年頃の人ということになっているが、実は紀元前一万年頃の人だったのかもしれない。

エドガー・ケーシーのリーディングでも、現代人の肉体になるのには、かなり時間がかかったようであり、天皇家も、バイオテクノロジーによる肉体改造が、仁徳天皇まで15代かかったということになるのだろうか。先代旧事本紀大成経のフルテキストを見る機会があれば、更に検討してみたい事象ではある。


    1日1善。1日1クリ。


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植芝盛平の電気感覚

2006-09-22 05:18:59 | 気功、導引(冥想法2)
◎電気と気

植芝盛平の直弟子だった塩田剛三によると、植芝盛平は、電気の強いJRの電車には乗らなかった

『私は植芝先生のお伴をして、どこへでも行きました。今ひとつ植芝先生の人と違ったところは、人一倍感覚が鋭く、電気を非常に感じられ、いやがられました。当時は国電のことを省線と言っていましたが、目黒の大川周明先生(右翼の大立物。A級戦犯として起訴されたことがある。)の道場に行くのに決して省線には乗らずに市電(後の都電)で行かれました。
 市電の方が電力が弱いせいか響かないそうで、抜弁天から角筈に出て(当時は乗り換えも切符一枚でどこまでも行け、電車賃は7銭)乗り換えて四谷塩町に行き、また乗り換えて魚籃坂まで行き、さらにまた乗り換え目黒に行ったのです。

お伴をする方は大変で、稽古着と木剣、短刀などを持ち、後ろを追って行かねばなりませんでした。一時間半以上かかりました。』
(塩田剛三/合気道人生/竹内書店新社から引用)

合気道は気の技。気はエーテルのことであり半物質であるから、合気道の達人植芝盛平には電気がことのほか感じられていたのだろう。電車の強力な電気が人間に与えている影響は他の人と植芝盛平で差があるわけではないだろうから、植芝盛平が苦手と感ずるほどの強力な電気を、我々も電車内で浴びていることになる。

電車もさることながら、今の人は電磁波を発する携帯電話を常時持ち歩くので、携帯の電磁波がエーテル体に常時影響を与えていることになる。エーテル体は神経系、内分泌腺の働きと密接なので、携帯電話の持ち歩きは、多かれ少なかれ健康状態や精神状態にあまり好ましくない影響を与えているに相違ないとにらんでいる。


    1日1善。1日1クリ。

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昭和神聖会ということ-2

2006-09-21 05:36:46 | 時代のおわり
◎昭和神聖会で実施したこと

昭和神聖会は発足後1年5カ月で第二次大本事件に遭遇した。出口王仁三郎は、昭和神聖会の目的は浮草の如き信者の団結促進を図ることだったと説明しているが、本音はそれだけではなく、「型を出す」という「時代の先行モデルを大衆の潜在意識に植えつける」という操作を意図していたようなところがある。

1.昭和神聖会でやったこと
昭和神聖会でやったことは、次のようなものである。
(1)軍人による軍隊式訓練を行い、分列式(閲兵式のことか)までやった。
(2)信者を青年、(中年、老年まで含めて有事の動員計画を作成していた。
(3)武器は、刀を2~3百振用意してあったが、自分で使うつもりはなく、教団に来訪した軍人に渡すつもりで持っていた。。
(4)大本信条は昔出来たままだったので、信条を改正すると共に、大本規約を改正した。
(5)王仁三郎全集を発行した。
(6)映画部を設けて映画宣伝をした。(当時はまだテレビはなかった。)


2.昭和神聖会の目指した体制
昭和七年の十月統管(出口王仁三郎)随筆により、目指す体制面でのあり方を表明した。それによると

(1)絶対服従は天下統治の大本なり。私意を加へ言論を為す者は、断然除名して神聖会の統制を保つ覚悟を要する
(2)神聖会は、統制上一人の独裁を要する。神聖会員は総て統管の命令に絶対服従すべきである
(3)議会主義は駄目だ、独裁政治に限るのだ。
(4)大事を為すものは光鋭強化せる一団体の威力だ。一千万人の理解ある賛同者を獲得する迄は決して褌を緩めてはならぬ。
として当時本州の人口が6千万しかなかった当時、一千万人の昭和神聖運動への参加を目標に据え、最盛期で百三十何万人もの賛同者を得ていた。

3.日本の先行モデル
以上の昭和神聖会の事蹟から今後の日本の行く末を想像すると、次のようなことになろうか。

(1) 戦争のために憲法を改正する。
(2) 戦争遂行のために、議会政治をやめ、一党独裁体制を整える。
(3)その独裁の一党に反対する言論の自由を認めない。
(4)その一党のリーダーの命令には絶対服従を旨とする。
(5)その一党と党首の宣伝を出版、テレビ報道などで盛んに行う。
(6)日本は若干の軍備を準備するが、周辺国に対しては、せいぜい自衛のためのものであると言い訳できる程度の少量の軍備しか持っていない。
(7)ところがある日、戦争遂行準備していることを理由に、米国を初めとする世界じゅうの国から、日本という国が元からなかったかのように、根こそぎに攻撃・破壊される

4.まとめ
日本の先行モデルで挙げた予想は、今の段階では、まったく夢物語ではあるが、実際に憲法が改正されて、たとえばテロと戦うための自衛戦遂行を名目として、事実上の一党独裁となるような可能性は全くないとは言えないのではないだろうか。一党独裁になれば、何でもできてしまう。

しかし『一党独裁→戦争準備』という夢想的な可能性を云々することよりは、その後の日本を襲う悲劇的シナリオを回避することにこのブログの本旨がある。その回避の方法は、反戦運動、平和運動や、政治活動ではなく、一人一人が、宗派の如何は問わず、まず一日数十分の冥想を始めることしかないだろうと考えている。


    1日1善。1日1クリ。

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昭和神聖会ということ-1

2006-09-20 05:46:31 | 時代のおわり
◎これからの日本のモデル

戦前の大超能力者出口王仁三郎は、「第一次大本事件として、大本教に型となって現れたことが、大東亜戦争(第二次世界大戦)となって、そのまま日本に現出した。しかし第二次大本事件が日本に現出するのはこれからである」として、昭和23年世を去った。

従ってどのように日本にそれが現出するかを予想するためには、第二次大本事件の特徴を知る必要がある。

第二次大本事件(昭和10年12月)は、出口王仁三郎など大本幹部信者の大量逮捕、本部建物の徹底した爆破による破壊、書類の焼却など徹底的にやられ、あたかも歴史の上から大本をなくしてしまおうとする意図の感じられるものであった。

そこまで徹底的にやられる主たる原因の一つが、昭和神聖会と呼ばれる信者による似非軍隊組織の構築であったように感じる。治安維持法の嫌疑の中には、出口王仁三郎が自ら天皇になることを狙ったという荒唐無稽のものもあったが、より現実味のある嫌疑としては、昭和神聖会によるクーデターだったのではないだろうか。昭和神聖会という何万人も加入している似非軍隊組織が、出口王仁三郎に対し絶対服従であり、軍隊型の行動訓練を受けているということは、官憲にとって2.26事件や5.15事件などのようなクーデーターの可能性を想像させる材料としては十分だったのではないか。

昭和6年に信者有志の輪読会である昭和青年会ができ、折しも満州事変の頃であり、これを出口王仁三郎の命により、組織を軍隊式として、15歳以上の信者全員を会員として、団体運動の訓練をして、王仁三郎の命令に絶対服従すべきものとして、統制がとれるようになることを狙って、公式な昭和青年会として再組織した。

後にこれから婦人部を独立させ、昭和坤生会とした。更に昭和9年7月6日昭和青年会を中心に大本を支持する大衆団体である昭和神聖会を発足させた。


    1日1善。1日1クリ。

ゼロ戦

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出口王仁三郎の神の目

2006-09-19 05:46:21 | 冥想アヴァンギャルド
◎この世の狂人

神を知らない者は狂人(きちがい)であるとは、覚者から見た、神を知らない人に対する率直な評価。しかし、それは禅の世界などでもごくあたり前のこと。平常心これ道などというが、平常心とは、神を知る心のことであって、神を知らない者のウツウツとして楽しまぬ気分のことをいうのではない。だから私のように神を見たことがない者が神のことを語るのは、狂人のたわごとということになってしまう。

『今の世の人間社会を見渡せば 皆狂人(きちがい)の寄り合いなりけり
神という尊きものをかかへながら それを知らざる人間狂人(きちがい)
知らず知らず悪魔の器となりながら 聖人ぶれる人間狂人(きちがい)
人間は神と悪魔をかかへつつ 喜怒哀楽の巷に迷ふ
大方の今の人間 神の目ゆ 見たまふ時は 狂人(きちがい)なりけり

現世に孤独の生活なす者は かへって解放自由なりけり
人生の墳墓なるべき結婚を急ぐ若人は 半狂なりけり
人間の味わひを知るは孤独より 他にまされる自由あるなし 
吾常に買いかぶられたる心地して 狂人社会をさびしく思ふ
そしられてまたほめられて笑はれて また値切られる買いかぶられる吾

若返る唯一の法は 人間の野心と色気にまさるものなし
人格者の名をとりし人は おしなべて身の丈長く細きものなり
親分と世人に誤認さるるものは 太く短き男なりけり
君の為め 御国のため 何のためと叫ぶも その実生活のため

為めと云う 字にしばられて 人生をあやまつ馬鹿の多かる世なり
道の為め 世の為め 人の為めなどと叫ぶも 金をためん 為めなり
偽善者は 為めの一字を利用して 糊口と名誉の為めにうごめく』
出口王仁三郎『昭和』昭和8年2月号から引用 )

長い人生経験と、多くの人に出会った経験から出てくる言葉も多いですね。『為め』という理由づけには、イデオロギーや、宗教の教義や政治理念とか、運動理念など、かっこいいものがいくらでもあるが、神の目からは通用しないものがほとんどであることを喝破している。

「大方の今の人間 神の目ゆ 見たまふ時は 狂人(きちがい)なりけり」
神の目に直面することが、今の時代の人には、多分あるのだろうから、平素から冥想の練習を重ね、神の目に直面しても発狂しない程度にはなりたいものです。


    1日1善。1日1クリ。

ゴッホ

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アメリカの軍事政策と預言

2006-09-18 06:44:03 | 時代のおわり
◎日高義樹のワシントンリポート

日高義樹のワシントンリポートを見た。この番組は、向こう数年の予測にかけては、下手なスピリュアル預言より当たるので、時々は見るようにしている。要するに日本のマスコミが絶対報道しないアメリカの本音と見方を伝えてくれる部分がある。

アメリカの政治、外交、軍事政策の骨子は、政権が変わらないうちはそれほどぶれないものなので、その骨子を知れば、まだ2年あるブッシュ政権下でのいろいろなことの成り行きが、それほどずれないで予測できようというもの。ゲストは、マイヤーズ前統合参謀会議議長(米軍のトップ)。

ブッシュ政権は、9.11テロの原因が、イラクとは何にも関係のなかったことがバレバレになりつつあり、イラク戦争そのものを継続する意義のないことをマスコミや議会から批判されており、四面楚歌の状態のようだ。国民のブッシュ政権の支持率は、9.11事件直後の90%台から40%台に急落。なんと、ホワイトハウス内の記者室からマスコミを追い出し、記者室をマスコミには使用禁止にしてしまったそうだ。(こんなことは日本のニュースや報道バラエティでは、これっぽっちも報道していないのでは。)

印象に残ったのは次の点
1.北朝鮮問題についてのマイヤーズの見解
(1)北朝鮮の核開発は、外交努力で抑止していくしかない。
(2)北朝鮮に対する爆撃は、韓国、北朝鮮を主戦場とした全面戦争に拡大していくので、その選択肢はとりにくい。その場合、特にソウルを中心とした被害が甚大になることが予想されるからでもある。

感想:
やはりブッシュ政権発足当時のこの番組で、キッシンジャーが、アメリカが軍事力でなく、外交を選択している以上は、北朝鮮の核開発を放棄させるには、3~4年はかかると予想していたが、まさにそのような展開になっている。中国の懸念は北朝鮮の核武装が日本の核武装の引き金になることであり、中国の靖国批判の本質はそこにあるように思う。靖国問題は単なる政治家の信教の自由の問題ではない。

2.中国の軍事力増強についてのマイヤーズの見解
(1)中国は、今や経済大国にふさわしい軍事力を持つべく増強し続けている。ただそれを何のために使用しようとしているのかは疑問であり、周辺各国の脅威は増大しつつある。
(2)中国は台湾を軍事制圧する能力を数年以内に持つだろう。(かつて不足と言われた海軍力の増強が顕著)
(3)米国は台湾条例により、台湾が自国を防衛するのに十分な武器を台湾に供給する義務を負っている。

感想:
かつて2008年の北京オリンピックまで、中国は、台湾侵攻を思い止まるのではないかという論点があって、キッシンジャーは、中国は、我慢するとは思えないという見解であった。

またアメリカに台湾条例という法律があるのを初めて知った。これにより、米軍としては、いつでも中国の台湾侵攻が起こりうるものとして、必要な兵站の供給を可能な状態にしておいているのだろう。意外に台湾問題は、中東以上にナーバスな段階になっているようだ。
台湾侵攻が起こったら、周辺各国は次の台湾がどこになるか心配することになるだろう。

3.イランの核開発問題についてのマイヤーズの見解
(1)イランはホルムズ海峡沿いに強力な基地を展開しているが、仮にイランかホルムズ海峡封鎖という挙に出れば、それは、中東の問題ではなく、世界の問題となる。中国も日本もたちまち困る。
(2)仮にイラン領土で戦争した場合、地形的にも地勢学的にも、イラクやアフガニスタンより困難な戦いになる。

感想:
(1)ホルムズ海峡は、世界の喉もと。喉元に刃を向けられれば、おお事になってしまう。中東石油に依存する中国や日本はイランに対して強く出にくいのではないだろうか。
(2)アメリカはイラクに陸軍力の大半を割かれており、そのため、北朝鮮やイランなどイラク以外の国に対しては、アメリカは地上戦を行う能力がないと足元を見られているところがあるようだ。イラク駐留のせいで、アメリカの脅しが効きにくい状態になっているのだ。


    1日1善。1日1クリ。

ペルセポリスの浮彫

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修験道フリー・ウェイ-1

2006-09-17 06:49:27 | 修験道
◎修験の2潮流

バーナデット・ロバーツがいよいよ自己がなくなって、日常生活ができなくなった時に山籠もりを数カ月したように、自然の息吹の中で、生きるということを確認させられる時というものはあるものだと思う。

修験道は、教学の研鑽よりは、密教系(クンダリーニ型)の修行を専一に修め、専ら超能力の開発を目指しているなどと、書いている解説本もあるけれど、修験道は、空海(774年生)を生み出した母体のひとつであるから、必ずや正統的なものが連綿と流れているに相違ないのである。

山に入り自然とともに暮らし、体力的には消耗しがちになることを利用して、クンダリーニ・ヨーガ系の修行に励むのが、そもそも修験道を始めた人の修行プロセスのイメージだったのではないだろうか。

役小角(えんのおづぬ)は、7世紀後半の人物であり、修験道の開祖として知られる。日本では、この当時の歴史について書かれたものが少ないが、中国・唐に外国からのいろいろな人や思潮、哲学、宗教、技術が激しく流入した時代なので、その刺激を受けて、役小角という人物が、修験道をクリエイトした可能性は排除できないように思う。7世紀は、東アジアの躍動期だったに相違ないのだ。

修験道には、2流派あり、天台系と真言系である。

聖護院といえば、京都名物八つ橋で有名である。
天台系は、平安時代に白河上皇の熊野行幸の先達を勤めた増誉が聖護院を賜り、熊野三所権現を勧請して、修験道の鎮守としたのが始まり。当時盛行した熊野信仰の出先として、聖護院を京都において、修験道の中心とした。有髪が特徴。

醍醐寺と言えば、太閤の花見で名高い。
真言系は、醍醐寺-金峯山寺ラインで、醍醐寺の開山の聖宝が堂舎や登山路を整備したり、醍醐寺4代座主貞崇が30年間も醍醐寺-金峯山寺に籠もって修行しており、もともと強いつながりを持っていた。剃髪が特徴でもある。

山伏の世界も高齢化の波が押し寄せており、信者数の激減にも悩んでいるそうだが、それは、修験道だけの問題ではなく、信仰の世界共通の問題でもある。


    1日1善。1日1クリ。



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夫からは愛、妻からは恋

2006-09-16 06:07:45 | カーマ・ヨーガ(性愛冥想)(冥想法4)
◎より縁の深い人に対する自己犠牲

貞淑であること、操を守ることと言うのは、若者の習俗では、死語に近い。私も若い時は貞淑であるということは、人間として自然なあり方なのかどうか深く疑問に思う時期があった。

ところが、出口王仁三郎は、夫から妻への気持はであり、妻から夫への気持は恋であると喝破している。その組み合わせの延長線上に、妻が操を守るということがごく自然なあり方として存在するものなのだと思う。

これは、中国の列女伝にある話。
高行は、梁の寡婦(やもめ)であった。その容色は光輝くようであって、美人の誉れが高かった。夫が死んで早く寡婦となり、他家に嫁して行くことはなかった。梁の貴族たちが、争ってこれを娶ろうとする者が多かったが、得ることはできなかった。

梁王がこれを聞いて、大臣に招聘させたところ、高行は、「私の主人は不幸にして、早く亡くなりました。私はその遺児を守って養い育てているので、勝手な振る舞いをすることはできません。

貴族で私を求める人が多いですが、幸いそれを免れています。今般、梁王からそのお誘いを受けました。

私は『婦人の義というものは、一度嫁に行ったら改めない。このことが貞節を全うすることである』と聞いています。思うに、亡夫の死を忘れて、生に走るのは信念のないことです。また、貴人をみて、賤しい人(亡夫)のことを忘れるのは、貞(ただ)しくはありません。亡夫への義というものを捨てて、利に従う人は、人となることはできません。」と語った。

すると高行は、鏡を引き出してきて、刀を持って自分の鼻を引き裂いて言った。「私は、すでに刑に処せられました。それでは、なぜ私が死なないかという理由は、まだ亡夫の子供が幼く、父を失った子がまたここで母を失うのに忍びないからです。

王を私を求めるのは、この容色があってのことです。今鼻を削いで前科者になったので、許してください(王の命令に背いたので、刑罰がある)。」と訴えた。

ここで大臣がこれを王に報告したところ、梁王は、大変な義人であり、その行動を崇高なものであると激賞した。そこで刑を免除し、彼女に高行という称号を与えた。

貞操を守るというのは、単なるすごい意地っ張りやわがままで、できるものではない。目先に金という餌をぶら下げられ、権力で脅されてもそれを貫くということは、それを超えた人間としてのまともな生き方についての洞察が一番深いところになければ、貫き通せるものではないだだろう。そしてその基調は無私であり、自己犠牲であり、自我をなくしていく方向なのである。より縁の深い人に対する自己犠牲・・・。

中国では、共産中国以前のどの王朝においても、孝子、貞女を称賛する伝統があったものだ。為政者側でもそれを承知しているところがあったと言えよう。


    1日1善。1日1クリ。

貞淑の寓意/コレージオ

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