アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

公案禅の問題点

2006-05-31 05:18:00 | 丹田禅(冥想法8)
◎見性は入口

原田雪渓老師は、公案禅では見性を最初の目標に置いているが、見性した人といえども、「見ている自分」が残っているので本物ではないと主張する。見性すれば、師家として後進の指導に当たることができるのだろうけれど、見性したことだけでは、十分ではないことを自覚して、まだ窮極を求めていくべきであるとしている。

というのは、只管打坐は段階のない禅であるのに対して、公案禅は、公案というステップを段階的に登っていく禅であるとも見ることができるからである。公案を透過することを認め、見性を認めることは、段階を認めることなので、窮極という段階があるのではないかという疑念がいつまでも残ることになる。

またそれが、結果として今の自分以外のものを求めることになる落とし穴なのだという。

『次に、目的のある禅があります。
悟りを目的とした禅で、見性禅、公案禅といいます。これは主として公案・・・話頭ともいいますが、・・・を一つづつ,段階的に解決していく、それによって悟りを深めていくというような禅です。

もし段階を認め、いまの自分の様子以外のところに求めるものがあったならば、果たして坐禅を行じても、窮極に到達するかどうかは不明であります。これは他の状態があるのではないかと、絶えず心配をしなければならない。求め続けなければならないということです。

多くの、見性をしたという人は、見性ということを認める「人」が残る、それが、現代の、悟りを開いた人、見性をした人の現状です。そういう経験をしたことを「認める自分」が残っている。
これはその見性、悟りということを認める人だけが、、まだ「悟りの外」にいるということです。見性をしたといいますが、自分が残るために、それはまだ本当ではないということです。見性を認める自分があるうちは、あくまで本当ではないはずです。

それから、見性をした以後は、迷いとか、苦しみとか、諸々の雑念というものが、なくなったという無我意識が働きます。

見性ということによって見性以前と以後という隔てができてしまうわけですから、真の身心脱落とは認めることができません。』
(THE禅/原田雪渓/柏樹社から引用)

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只管打坐の問題点

2006-05-30 05:22:11 | 只管打坐
◎心に認めるものがない

原田雪渓老師と言えば、只管打坐得道したと言われる方です。まだ存命で活躍していらっしゃると思います。私は面識がありませんが、一時発心寺の師家をなさっていたかと思います。

原田雪渓老師は、「目的を持つ坐禅は間違いである」と説く人がいるが、その考え方では、まず先に「目的を持たない」という先入観があり、その後に坐禅があるので、それは間違った坐禅であると指摘している。

『只管、そのまま、「無所悟、無所得」というものは認識以前の状態であります。したがって「目的を持ってはいけない」といわれる方が、「只管打坐をしなさい。ただ坐りなさい」とこのような説明指導をしますと、受け取る側の方は、只を認めてただ坐る、「只管」という考えの中で坐るという坐禅をして、これは只管になりません。

このような坐禅をしますと、いつまでも終りのない坐禅になってしまいます。終りのない坐禅とは、坐がなくならない、禅がなくならないということです。禅から離れられない、禅に執着している坐禅ということです。ものがいささかでもあるうち、坐とか禅とか修行とか、こういうものがあるうちは、絶対に自分の満足というものはありません。

只管ということは、事実ということです。事実ということは、認めるべきものがないということです。「実相は無相なり」これを只管といいます。ですから考えの中で只管を作ってもこれは間違いであります。

認識は事実の後になる、これをよく承知しておいて下さい。』
(THE禅/原田雪渓/柏樹社から引用)

認識は事実の後になるとして、事実を得た後の認識ばかり説明するとクリシュナムルティの説明になる。ここは只管打坐のあり方として、とても親切な説明である。

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七日間で悟りを得る-3

2006-05-29 05:44:08 | 丹田禅(冥想法8)
◎現成公案

瓊禅師は、薄皮を剥いでいく微妙な感覚を得て、更に坐禅を推し進めた。

『ある日壁の上に掛けてある三祖僧璨の「信心銘」の「根本の心体に帰着して、本来の旨を会得する。外に向かって観照するにしたがい、本来の宗旨を失う。」という句を見て、また一皮はげ落ちた。

蒙山禅師が言われるには、「この参禅の事は珠を剥いでいくようなものである。剥げば剥ぐほどますます光り、ますます明るく、ますます浄らかになる。ひと剥ぎひと剥ぎが幾世の工夫に勝るものがある。」と。
しかし私が見解を呈すると、「欠けておる」と言われるだけであった。

ある日坐禅中に突然「欠」ということにぶちあたって、身心がからりと開けて骨髄にまで貫徹し、積日の雪がにわかにやんで、晴れ渡ったようであった。
それでじっとしていることができず、地上に飛び下りて蒙山禅師をひっとらえ、「私に一体何が欠けているのか」と言った。

すると禅師は私を平手で三度打った。
私は三度礼拝した。
禅師は言われた。「この一句を(吐き得るまでに)幾年かかったか。今日まさに出来上がった。」と。』(禅関策進/筑摩書房から引用)

この後にコツが示されている。
1.公案と取り組んでいる時に定力を得ているかどうか点検すること。
2.禅定中に公案を忘れてはいけない。
3.心中に悟りを期待してはならない。
4.文字を読んで概念的に理解してはならない。
5.少しばかりの体験でもって、大悟し終わったなどと思ってはならない。

定力とは、胆力のことだから、今の社会で一生懸命、精根込めて仕事をしている内に定力は知らないうちについてくるものだろうと思う。そのような仕事をするのは公案と取り組むようなものだから、何年か、まじめに一生懸命働いている人の中には、十分に公案と取り組んで、定力を得た状態の人が少なからずいるのだと思う。

このように定力がすでにあって毎日公案に取り組んでいる状態なのだから、あとはぶち抜けるために坐禅をするだけの人というのは、結構世の中に多いのではないかと思った。
私が仕事上で出会った人の中に、胆(ハラ)ができている上に、『これは凄い人だ』と感心させられる人は何人かいた。現代社会の複雑さと困難さが自然とそうした人を生んでいるのである。

『現代社会を生きるとは、現成公案を生きるようなものだ』とは、このことだろう。

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子豚



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七日間で悟りを得る-2

2006-05-28 07:14:40 | 丹田禅(冥想法8)
◎定力で推し詰める

雪巌和尚からは、「仏祖の幽玄な教えの真実義を受け継ぎ、興隆してもなお、脳の後ろに依然として一槌が欠けている」との法語をもらったが、自分では、一槌が欠けていると思わず、この法語を信じなかった。けれども、自分でもまだ疑いがあるようなので、鉄山の瓊禅師は、その後も毎日じっと動かずに坐禅した。

その後、瓊禅師は、蒙山禅師のところに移った。
『蒙山禅師は、私に問うた。
「参禅は、一体どこまでいったら、一大事をわかってしまったといえるのか。」と。
私はどこから入って良いか、その入口すら知らなかった。

それで蒙山禅師は、再び定力をつける工夫をして、煩悩を洗い流せと言われた。

私が入室参禅して、自分の見解を呈するたびに、禅師はただ「欠けている」と言われるだけだった。

ある日午後4時から坐禅して、夜更けに至った。定力をもってだんだんと推し詰めていき、真っ直ぐに深幽微妙の境地となった。禅定から出て蒙山禅師に見(まみ)え、この境地について述べ終わると、禅師は、

「一体何がお前の本来の面目であるか」と問われた。
私がまさに見解を述べようとした途端、禅師はぴたりと門を閉じてしまわれた。

それからというもの、私の坐禅工夫は、日々に微妙な境地を体得することができた。
思えば雪巌禅師の下を離れるのが早すぎたため、これまで綿密な工夫を為すことができなかったか、幸いに今、正真正銘の師家に遇ってここまで来ることができた。

もともと坐禅工夫は緊張してやれば、時々刻々に悟入するところがあり、一歩ずつ皮がはげ落ちて行くものである』
(禅関策進/筑摩書房から引用)

結局7日間で悟りは開けなかった。

この定力をもって推し詰めるという感じは、「公案との取り組みで練りに練った丹田から出る力でもって坐る」という感じなのだろうと思う。これはクンダリーニ・ヨーガとも、只管打坐とも全く違った坐り方であることに注意が要る。

公案禅でも初心のうちはわかる由もないが、ある程度まで修行が進めば、うす皮を一枚一枚剥いで行くように、「本当の自分=本来の面目」に一歩一歩アプローチしていることを感じることができることがわかる。

時々刻々に悟入するところがあることを信じて、一坐一坐緊張してすわりたいものだ。

瓊禅師は更に坐り続ける。

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七日間で悟りを得る-1

2006-05-27 06:46:56 | 丹田禅(冥想法8)
◎リフレッシュ&トライ

鉄山の瓊禅師は、例の雪巌禅師の下で修行していた。

『雪巌禅師が
「あなたがたは、長い間座布団の上に坐って居眠りしている。地上におりてぐるりと一回りして、冷たい水で顔を洗い、口をすすぎ、両方の目をパッチリ開いて、再び座布団に上がって、背骨をまっすぐ立て、山や岩が壁のように切り立っているように端座し、公案をひたすら工夫すべきである。

このように修行すれば七日間で必ず悟りを得るであろう。これは私が40年前に既に用いた方法である。」と。

私はそこで、第一日に雪巌禅師の言われたとおりにやってみたが、その工夫の仕方が普通と違っていることを自覚した。

第二日には、両眼を閉じようとしたが、閉じることはできなかった。

第三日には、この体が虚空の中を行くような気がした。

第四日には世間のこと、すなわち外界のあることを知らないような気持がした。その夜てすりに寄り掛かってしばらく立っていた。するとぼんやりして何もわからなくなった。

それで公案を点検してみたら、忘れてはいなかった。早速引き返して座布団の上に上った。するとたちまち、頭から足に到るまで、ちょうど髑髏を打ち割ったように、また万丈の深い井戸の底から空中に引き上げられたように感じた。

その時そのよろこびを告げる人もなく、雪巌和尚に話した。ところが、和尚は「まだだ、もっと工夫して来い」と言われた。』
(禅関策進/筑摩書房/から引用)

ここは七日間で悟りを得なかった。
最後の四日目のレベルも、初禅と言われる、うれしく、楽しい状態までも至らない、欲界定レベルではないかと思われる程度であるが、とにかく、とっかかりがあったことは事実である。

「潜在意識を使ったメソッドで、あなたは一週間で開悟できる」とは、最近流行のキャッチ・コピーそのものだ。禅では、願望が叶うとか、金がもうかるとか、先祖供養が足らないなどの無粋なことは一切言わない。

スピリチュアルな体験は、私だけの特別な体験であるものだから、誤解しやすいものである。すっかり有頂天になって、誤解してしまわないように、正しい指導者のいることはありがたいものである。鉄山の瓊禅師は、更に工夫を続けていく。

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バンジージャンプ

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クンダリーニとウパニシャッド-9

2006-05-26 05:51:22 | クンダリーニ・ヨーガ
◎調息法

オーム(吽)を分解するとア・ウ・ムに三分割される。オーム(吽)は、『オウム』ではなくて、『アウム』表記が正当のようだ。鳴り鳴りてやまぬ宇宙の音、アウム、AUM。

ここでは、完全呼吸法(クンバカ)とアウムの観想とイダー管とピンガラー管による呼吸を組み合わせている。したがって、これは、物質レベルの空気の呼吸をイメージしているのではなく、プラーナ(気)の呼吸をイメージしているものであり、通常の完全呼吸法より複雑なものになっている。

ウパニシャッドの頃はメートル法がなかったので、長さは、指の幅の本数で表現し、音の長さは音節の数で表示しているようだ。

シャーンデイルヤ・ウパニシャッドから
『調息法は、呼風と吸風のコンビネーションによる。それは、呼出相、吸満相、止息相の三部分に分かれている。

それらは、有節音の性質を持っている。それ故に、調息法こそプラナヴァ(オーム)である。つまりバドマ・アーサナ(蓮華座)で座することは、オームである。

ア音は、人の鼻端における月面の光網の広がりである。赤であり、鵞鳥の群れであり、鞭を手にしている童子であり、ガーヤトリ調であり、

ウ音の表現は、白である。金翅鳥の群れである。円盤を手にしている若い乙女である。

ム音の表現は黒である。大雌牛の群れである。老女である。三叉戟を手にしている弁財天(サラスヴァティー)である。

アウムの3音において、プラナヴァ(アウム)は、一切の根本である。唯一不壊の音である。最高の光明であると冥想(静慮=ジャーナ=定)すべきである。

ア音を思惟しつつ、イダー管によって外界より16音節(の長さ)を以て体風(ヴァーユ)を吸入し、
ウ音を冥想(静慮)しつつ、充満している体風を64音節(の長さ)をもって止息し、
ム音を冥想(静慮)しつつ、充満している体風をピンガラー管ではき出しなさい。

このように順序正しく再三実行しなさい。』

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アートマンとブラフマン再論

2006-05-25 05:41:27 | クンダリーニ・ヨーガ
◎梵我一如に非ず

ウパニシャッドの現代語訳の著作がある湯田豊も梵我一如ではないと述べている。

『アートマンとブラフマンが本質において一つであるという学説は少なくとも初期ウパニシャッドには存在しない。したがってアートマン=ブラフマン説がウパニシャッド全体を代表する思想であるはずはない。

大宇宙の原理であるブラフマンが人間の本来的自己に他ならないというインド思想上有名な梵我一如は、私の関知する限り、ウパニシャッドのテクストによって実証されないように思われる。』
(ウパニシャッドの哲学/湯田豊/平楽寺書店から引用)

ウパニシャッドの中で出てくるブラフマンという言葉は、アートマンの説明またはアートマンという言葉の後に唐突に、何の解説もなく、挿入されているケースが多い。だからといって、それがブラフマンがアートマンと同一である証拠にはならない。七つの身体論からするとニルヴァーナが第七身体(無)であり、アートマンが第六身体(有)であるので、ウパニシャッドのように、十分な微細レベルの身体の記述がある書物において、有に属するものと無に属するものをよもや取り違えようはずがない。

言詮不及、言葉で表現できないものは、ニルヴァーナであり、アートマンではない。言葉で表現できないものをかりにニルヴァーナと名付けているのだから、ウパニシャッドでブラフマンについて、何の解説もついてないのは、却って正統的な表現であると言わざるを得ない。

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アレクサンドリアの燈台/ダリ

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坐禅のバリエーション-2

2006-05-24 05:29:21 | 丹田禅(冥想法8)
◎雪巌禅師のトライアル-2

雪巌禅師は、前回記事では大悟したものの、続きがある。

前回の大悟では、「もともとすべてこれ、自己の玄妙にして了々として明らかな、真性の中から流出したものであることを見て取った」といっているので、アートマン(真我、第六身体)以下の世界を見て取ったものなので、窮極の悟りに至っていたわけではなかった。

雪巌は、それから半月、一向に動揺の相もなく、無意味にじっと坐っていただけだった。その時は、自分が常に眠っている状態であったので、「眠りと覚醒の差別」が残っているのに気がつかなかったと述懐している。

だから公案に筋道が立っているときは、簡単に透過できるが、銀山鉄壁のように近づきがたい公案には手のつけようもなく、無準老師に入室参禅して問答しても、説法を聞いても、どうしても解けない、一つの謎が残っていた。

ある日、天目山径山寺の仏殿の中を歩いていて、ふと目を上げると一本の老いた柏の木があった。それが目に入った時、深く悟るところがあった。いままで得た境界や、境中につかえていたものがばっさりと散ってなくなった。それは黒闇の中から、白日の中に出たような心境であった。それからというもの、もはや生を疑わず、死を疑わず、釈迦を疑わず、達磨大師を疑わず、一切の疑団が晴れて、無準老師の安心立命の境地がわかった。
(以上 底本:禅関策進/筑摩書房)

ここで注目すべきなのは、アートマン以下について気づきが起こっても、それは、依然として、眠りの世界にいるようなものであるというところ。「眠りと覚醒の差別」ということを殊更に強調しているのは、ウパニシャッドだが、そこでよく議論される眠りと覚醒の差別の本質が、このステージで初めて問題にされることを述べているように思う。

最後は、丹田禅(公案禅)で修行した者の行きつく境地として、安心というキーワードがおかれているが、そこは「死をも了知」した境地であり、そこでは死の世界も問題にしないところであったのである。

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坐禅のバリエーション-1

2006-05-23 06:10:21 | 丹田禅(冥想法8)
◎雪巌禅師のトライアル-1

坐り方をいろいろと験してみると言っても、実際にどのようにしたのか、実例を挙げてもらわないとイメージは湧かないものだ。まして投げた小石が竹に当たってカーンという音を聞いて悟ったとか、婆さんにしたたかにほうきで殴られて悟ったなどと言っても、それまでにどのようにしてそうなったのか知らないと、「真理は日常生活に潜む」などという誤解をしがちなものである。

「真理は日常生活に潜む」などと聞けば、何も冥想訓練のない只の人が、道を歩いて犬にぶつかったら悟りが開けた、というようなことを想像することもあるのではないだろうか。

中国の雪巌禅師は、禅関策進という書物の中で、自分の修行の流れを次のように語っている。

1.16歳の時に僧となり、18歳の時に双林寺で、朝から晩まで禅堂の前庭から外に出ることはなかった。トイレや洗面にたつときも三尺以上先は見ないで、脇見をしなかった。
この時は無字の公案に取り組み、たちまちいろいろな雑念が起こったが、その起こるところを反省してみると、冷たい水のように直ちに心がさっぱり澄みきって静かになり、ちっとも動揺せず、一日が指をはじくほどの短い時間に感じられ、この間鐘や太鼓の音も一切聞こえなかった。

2.19歳になって処州の来書記に、「あなたの坐禅工夫は死んでいる。坐禅する時は必ず疑いを起こすべきだ」とアドバイスされ、こんどは「乾屎けつ」の公案に取り組んだ。その公案は次のようなもの。

「雲門和尚はある僧から「仏とはどういうものですか」と尋ねられ、「乾いたクソのかたまり」と答えた。」

東に疑い、西に疑い、縦横に公案を研究してみたが、昏沈と散乱に交互に攻められて、しばしも胸中の浄らかさを得ることができなかった。

3.こんどは浄慈寺に移り、7人の仲間の雲水と組んで修行した。そこでは寝具をしまい込んで、脇を床につけて横臥しないで、ひたすら座布団の上で鉄の棒くいのように坐っていた。

2年間も身体を横にして寝なかったので、のびてしまって目がくらみ、気力もなくなった。そこでこの苦行を一気にやめてしまった。

4.2か月たって身体が回復して、生気を帯びてきたので、必ず夜中にぐっすり眠ることによって生気が回復することを知った。

5.仲間の修上座から、「座布団を高くして、背骨を真っ直ぐに立てて、全身をそのまま公案と一丸にしていけば、昏沈と散乱は問題にならない」と示唆され、これを支えに坐禅したところ、覚えず心身ともに忘れるまでになり、清々として爽快なること3昼夜、両眼のまぶたが合わないでさめていた。

三日目の午後、寺の門の下を心は坐ったままの境地で歩いていた。すると修上座に「ここで何をしているのですか。」と問われ、「道を弁じています。」と答えたものの、「一体何を道と言うのか」と問われ、答えることができず、ますます昏迷した。

そこで坐禅しようと思って堂に帰ると、首座に逢って「お前はただ大きく眼を開けて、これは何の道理かと、しっかり見極めていくことだ」といわれ、座布団に坐ったとたん、眼の前がからりと開いて大地が落ち込むかのように感じた。この時はその心境を人に言って聞かせられるものではなかった。それはこの世のあらゆる相貌でたとえられるものではなかった。

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山岳修験の深く旧いルーツ

2006-05-22 05:43:18 | 修験道
◎空海以前

空海以前には密教らしい密教は日本にはなかった。ところが空海自身盛んに山岳修験に学んでいる形跡がある。空海は8世紀の人。

「私は少年時代、好んで山水を渉覧した。吉野から南へ一日、更に西へ2日ほどの山深いところに静かな平地がある。名付けて高野という。紀伊国伊都郡の南にあたる。その四面は高い峰々に囲まれ、人の通った跡もなく、道もない。」(性霊集)

このルートの途中までは、山岳修験のメイン・ストリートのひとつである(吉野)大峰奥駆け道であり、空海も少年時代に、このルートを跋渉したであろうことが知れる。

三教指帰には、「ある時には金の巌に登って雪に降られ難渋し、ある時は石槌山に登頂し食料が絶え、散々な目にあった。」
「阿波の国の大滝岳によじ登り、土佐の国の室戸岬で一心不乱に修行した。その私のまごころに感応して、谷はこだまで答え、虚空蔵菩薩の応化とされる明星は、大空に姿を現された」などどあり、紀伊半島から四国を中心に、しきりに山岳にあっては、修行を行っていたことがわかる。

空海は、文弱の徒ではなく、中国留学以前に、山岳修験によって、クンダリーニ・ヨーガのエッセンス(密教も修験もクンダリーニ系)を学んでいたのではないかという推測ができるのである。一方山岳修験そのものも、空海以後は密教と習合した形になっている。

時代は下って11世紀に安倍晴明が出たが、陰陽師である彼も泉州の葛城山に山岳修験を学んだような形跡があり、和泉には安倍晴明の伝説が到るところに残っている。空海以後ですら、山岳修験はそのノウハウが連綿として伝承されていたことがわかる。密教、陰陽道と、クンダリーニ・ヨーガ系のものはあるが、山岳修験は、日本のクンダリーニ・ヨーガのバック・ボーンとしての役割であったように見える。山岳修験おそるべし。

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マグリット/傑作あるいは水平線の神秘

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ダ・ヴィンチ・コード

2006-05-21 05:49:29 | 時代のおわり
◎イエスの恋人

昨日のテレビ番組の、ダ・ヴィンチ・コードスペシャルを半分くらい見ていました。

特に興味を持ったのは、マグダラのマリアがイエスの伴侶であったことと、その娘のサラがテンプル騎士団へとつながっていくところ。

1.マグダラのマリア
例のナグ・ハマディ文書のピリポ福音書に、「イエスがしばしばマグダラのマリアとキスを交わしたこと」、またトマス福音書に「そのことにペトロをはじめとする十二使徒が不快感を感じたり、嫉妬を抱いていたこと」などが書いてあるそうだから、今度調べてみよう。でもナグ・ハマディ文書のことだから、文章の断片がぱらぱらと残っているだけかもしれないので、過大な期待はできない。

またマグダラのマリアの生涯のことは、ヴァラギオンの『黄金伝説』に詳しいそうだから、今度また読んでみよう。黄金伝説は、多数の歴代聖人のエピソード集だったと思うので、マグダラのマリアのところだけなら分量は少なかろう。

※ピリポ福音書などのグノーシス系文書は、キリスト教からは異端とされているが、グノーシスは、ヘルメス文書を頂点とする一種の「神の側から打ち出された世界観」があるので、それなりの冥想法体系とそれなりの指導者群を持つ宗教体系だったのだろうと思う。

ホンチャンの修行者にとっては、禁欲は義務であるが、一度至聖なる秘蹟である聖三位一体を確認した者にとっては、もはや禁欲は必要なくなるというメカニズムがあっても不思議はないと思う。それは、一休禅師が、愛欲を尽くしたのと同じ理由である。もっとも現今のキリスト教の組織内では、それはあってはならないことなのだろうけれど。

2.イエスの娘
マグダラのマリアとイエスの娘サラは、フランスに移り住み、なぜかテンプル騎士団のところに、マリアの髑髏があり、その子孫は、メロヴィング朝からテンプル騎士団へとつながって行き、イエスの血脈は、受け継がれて行ったということだそうだ。聖者との血縁は、ないよりあった方がいいですから。

中国なんかでも、よく孔子の何十代目子孫という触れ込みの中国人の方がいらっしゃるがそれはそれで、結構なことだと思う。

ある宗教教団が、何千年も連綿として続くメカニズムというのは、その教団のトップが、歴代必ず神との合一を果たした覚者であったということではなく、その教団全体のどこかに、いつの時代にもそうした覚者が居続けたということだと思う。

つまり、ある時代は、法王そのものが、覚者であったし、ある時代においては、末端の一信者にすぎない門前のコンビニのおばちゃんが覚者であったが、教団全体としては、覚者を輩出し続けたから何千年も続いたのだろうと思う。

従って、仮にイエスに娘がいてもキリスト教の権威は微動だにしないと思う。いまだ見神していない信者にとっては毒のある話ではあるけれど。

聖なる者は、自分の外にはいない。だから今貴方の立っている場所こそが聖なる場所であって、靴を脱いで敬意を示すべきであるとイエスは言った。イエス・キリストの娘サラだけが、聖なる者ではないのだ。あなたが聖なる者だから。

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テポドンの発射準備

2006-05-20 08:11:36 | 時代のおわり
◎奇妙な日常生活

北朝鮮の長距離弾道ミサイル・テポドン2発の発射準備が報道されている。テポドンは、射程3千キロ以上の長距離タイプなので、日本の安全にとって改めて脅威が増したわけではない。

というのは、既に中距離弾道ミサイル・ノドンが100~200発ほど日本に照準を向けて配備されていると見られているからである。ノドンの射程距離は、射程約1000~1300kmとされ、ほぼ射程内に日本全域がすっぽり入る状態である。日本が北朝鮮のミサイル網に狙われ始めたのではなく、いつも狙われている状態が継続しているだけなのである。

湾岸戦争の時にイラクのスカッド・ミサイルがイスラエルに向けて発射されたが、パトリオット迎撃ミサイルでいくつかは打ち落としたものの、かなりの数がエルサレムなどに着弾していた(迎撃率40%)。ノドンについても、パトリオットで迎撃できる本数は限られているだろうし、日本国内ではパトリオット迎撃ミサイルの配備は米軍基地周辺が中心だと聞く。だから日本に向けて、ノドンが一斉に発射されたら、相当な数が着弾することになるだろう。

スピリチュアルな世界も、きれいごとだけでは済まないので、いつでもミサイルが飛んでくる覚悟で、日々納得できる生き方をしていくしかなかろう。フォトン・ベルトに入ろうが入るまいが、巨額の資金と人材を投入してミサイルや核兵器を開発して、日本を軍事的に壊滅させようとしている勢力があることも現実だ。そしてそのような勢力は、北朝鮮以外にも北朝鮮の同盟国もそうであると考えられるだろう。

また一般に核戦力を持つ国は、敵であるか味方であるかに係わらず、持たない国(日本)に対して、恫喝的な外交を繰り広げがちなものである。カツ上げ外交だ。

テポドンの発射準備の報道を聞いて、真っ先に思ったのは、原爆が日本に落ちたらその周辺数十キロ以内のパソコンや家電は、爆発で発生する電磁波で焼き切れて使い物にならなくなるだろうってことだった。文明の利器、物質文明、テクノロジーは、いつかこのようにして失なわれていくのだろう。

昔、北朝鮮の若者の集団を見たことがあるが、男性で身長160センチある人は少なかったことを記憶している。テレビで金正日(身長160センチ前後)の農村訪問風景を流していたが、金正日の背丈が、村人たちより頭一つ分高かったことに驚いた。国民の食物をそこまで切り詰めて、核兵器とミサイルに資金を投入しているのだ。

もうかった金のほとんどを武器と楯の購入に充て、食物にはごくわずかという生活は、ドラゴン・クエストのようなRPGと同じ購入パターンではあるが、それを国是とする国のミサイルに常時狙われている、我々の日常も奇妙なものである。またそうした報道をまともにしないマスコミも奇怪ではある。

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潜水艦発射型ミサイル

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不動金縛り

2006-05-19 06:26:08 | 超能力・霊能力
◎幽霊も怖じ気づく

1.ねずみ篇

元禄の頃、鎖鎌の名人正木弾之進が幼少の頃、ねずみがガリガリと襖をかじる音で、しばしば眠りを妨げられた。一夜布団から出て、坐を正し、ねずみが出て来る方を一心ににらみとおしていたところ、その夜はついにねずみが出てくることはなかった。

長じて修練を積んだ結果、梁を走るねずみに気を凝らすと、ねずみが気絶するほどになったという。

明治の剣豪山岡鉄舟も、ボロ家で坐禅を始めると、それまで走り回っていたねずみの足音がピタリとやんだという。

2.清水の次郎長篇

侠客(ヤクザ)の清水の次郎長がある時、山岡鉄舟に
「先生、剣術なんて何の役にもたちませんよ。私が素手で、この野郎とにらみつけるとたいていの奴は逃げてしまいますぜ」と自慢すると、
鉄舟は、「そうか。ならばお前のその長ドスで、俺に切りかかってこい。俺はその木刀で相手をしよう。もしかすり傷でも受けたらお前の勝ちだ。」と立ち合いを促した。

さて切りかかろうとした次郎長は、「だめだ先生。手足がすくんでしまうようだ。どうしたわけでしょう。」と言う。
鉄舟は、「何、お前が「この野郎」と言って相手をすくませるのと同じことだ。」と言って「眼、光輝を放たざれば、大丈夫に非ず」の一書を与えた。(鉄舟は金がなかったが、謝礼として書をよく与えていた。)

3.幽霊篇

大本教の出口王仁三郎は、幽霊にエイッという言葉を発して、霊を金縛りにかけるのはお手のものだった。人間にも気合が効くのだから、幽霊にも霊縛が効くのは当たり前か。
霊界物語にもしばしば、手に合わない相手(霊)をエイッと霊縛するシーンが出てくる。幽霊は既にエーテル体は失っているのだろうから、この手の技は、アストラル体レベルでも通用するということなのだろう。

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    1日1善。1日1クリ。

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注目すべきブロガーとの出会い

2006-05-18 18:56:04 | 時代のおわり
このブログを始めたばかりの頃は、精神世界系ブログは、それほど多くないものでした。最近しっかりしたブロガーが多くなってきました。

そこで注目しているブロガーをご紹介します。



光のシェラザード
レムリア・アトランティスの記憶は、今生の目覚めのための刺激剤。
霊能力体験記
ベテランの霊能力者の回顧録、含蓄深し。



スカイ・ハイ
精神世界系ブログの老舗。最近時事ネタ多し。
affection or love 情愛かそれとも愛か?
いろいろトライしています。



Crystal Heart ・・☆
一体どこまで導かれていくのか。
God's truth
やや破天荒ながら、人間の自由な可能性を感じさせるところがある。



スピリチュアル生活~あまりんのオーラ日記~
アカシック・レコードというよりも、意識の深化。
卵の中の宙
昔、瓢箪でなまずを捕まえようとする絵をかざっていたような。





るちるの「何も持たずに」
いろいろなことが起こっています。
虚空界秘密蔵
最近のウパニシャッド記事で注目。




岩城和平の修行記の部屋 注目してますが、続きを書いてくれないとどんなものかわかりません。




番外;
こんな私でよろしければ。人気のあるブログのいろいろな要素がちりばめられている。元女子大生。

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ヨーロッパ・チャンピオンズリーグ決勝

2006-05-18 18:29:41 | 時代のおわり
◎ガチンコの魅力

バルセロナ対アーセナル。私のブログ・タイムにやっていたので、つい見てしまいました。
ガチンコの勝負は野球のWBCもそうだったけれど、真剣な立ち合いの先に勝敗以外の何かが見える気がして、すがすがしいものがあります。ちなみに、私はバルセロナを応援していました。日本代表監督就任を断って、代わりにトルシエを推薦したアーセナルのベンゲル監督は、欧州の決勝戦で3連敗だそうです。

☆アーセナルのゴールキーパー、レーマンが早々にレッド・カードで退場。
カーンを押し退けてドイツ代表の正ゴールキーパーを勝ち取ったレーマンでも、ああいう時は、エトー(バルセロナ)の足をつかんじゃうんですね。レーマンは、連続試合無失点記録継続中だったなのに。


♡アーセナルDFキャンベルのコーナーキックからのヘッドによる1点目。
足の早いボブ・サップみたいな奴をノーマークでヘディングさせてはいけませんね。
これで人数の一人少ないアーセナルが1点リード。

♢後半30分経過して、エトー(バルセロナ)が左サイド深く切り込んで1点入れて同点。
アーセナルは、この得点はオフサイドだったと反発しているけれど、判定も試合の流れのうちだからよほど憤懣やる方ないのでしょう。 

♧べレッチ(バルセロナ)が右サイド深く走り込んで1点。これで決着。
この時間帯には、アーセナルには相手をプレスする脚力がもはや残っておらず、この1点は当然の流れだった。得点結果だけ見れば、10人でプレーする時間の長かったアーセナルが逆転されたのは当然というのは簡単。

しかしこうした大一番で、勝ちの局面を勝ち切るのがいかに難しいかは、どのプレーヤーもよく知っているようでした。

♤ロナウジーニョ
相手が2、3人寄ってきてチャージしても、平気でボールを持ち続けていました。存在自体が反則みたいな素晴らしい選手だと思います。でも、ワールド・カップでは、このブラジルと戦うことを思い出し、ちょっと複雑な気分です。

●左の快速フォワードのエトー(カメルーン代表)
何度もドリブル突破をしかけたが、ことごとくアーセナルのコートジボーアル代表DFエブエに止められていた。エブエはすごい

サッカーだけがガチンコではありませんが、みんな本当は、本物(ガチンコ)の感動を求めているんですね。

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