アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

ケン・ウィルバーの統合的アプローチ-1

2006-03-31 05:50:34 | 冥想アヴァンギャルド
◎窮極に至る迷路のいろいろ-1

ケン・ウィルバーの統合的アプローチとは、何のことはない窮極(ニルヴァーナ、宇宙意識、アイン、神、仏、タオ)に至る道のことである。

その道には三つの大きな迷路(障害)があるという。
一つ目は、フラットランドの全体論(肉体・物質レベルだけで世界はできているという世界観)。現代社会のいろいろなしくみがこの考え方を前提にできているのも現実だが、この考え方は、魂の叫びに対しては、結局何も本質的な回答を与えてくれないことをみなさんがよくご存じだろう。

二つ目は、単により微細な身体レベル(エーテル体、アストラル体、メンタル体など)に上昇していこうとする道である。具体的には小乗仏教、ある種のヴェーダーンタ哲学(十牛図の第八図を目標としそれにとどまるもの。)、(心的な停止だけが目的とされる)無着の考え方やハタ・ヨーガの多くがこれに含まれるという。ケン・ウィルバーは、この2つ目のアプローチ自体は間違ってはいないが、より非二元的なスタンスを得るために、粗雑なレベルへの下降の道によって補完される必要があるという。
要するに窮極にたどり着いただけでは十分ではなく、そこから十牛図の第十図のように窮極を手にぶら下げて、街に戻って来ることで補完しなければならないと考えているのである。私はそこは大した問題ではなく、街に戻ってくるかどうかは、本人の好みの問題が大きいと考えている。

それと、心的停止とは、想念停止のことを言うのだと思うが、想念停止そのものに善悪の色はないところが落とし穴になり得ることに注意がいると思う。

三つ目は、「スピリチュアルなバイパス」グループであるという。これは、霊(スピリット)や女神や高次の自己を見出したならば、他のあらゆる物事は、魔術的に自動的に解決してしまうだろうという幻想を持つことである。換言すれば、職業、仕事、人間関係、家族、地域社会、お金、食べ物、セックスはその迷惑で面倒な傾向を、その瞬間から終わらせてしまうだろうと思い込むことである。ある宗教に入信しさえすれば、あらゆる現実的な物事がすべて解決すると思い込むのも同じこと。

悲しいことには、それが現実ではない幻想であると気づくまでには、たいてい10年や20年はかかってしまうものであり、気づいたときには、人生の前半はたいがい終わってしまっていたという悲劇となる。

ケン・ウィルバーは、特にこの3つ目がくせもので、覚者が現実を生きるむずかしさを更に説明する。

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《ケン・ウィルバーでTBさせていただきました。》
(宇都出ブックセンター) ()
コンテンポラリー・アートマン・プロジェクト) ()
独白な毎日) ()
(燃えるカウンセラーのらくがき☆) ()
日誌) ()
かぺるん日記) ()
Have a nice adventure!) ()
(ボクにあるもの。) ()
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ケン・ウィルバーの神を直接認識

2006-03-30 05:39:36 | 冥想アヴァンギャルド
◎善悪、自他を超えたそのもの

ケン・ウィルバーは、禅から入ったせいか、禅のスタイルが、善悪や自他という分別や言葉遊びを超えて、窮極・神・仏直接認識することであることを承知している。

信仰とは、信じるの信じるの信の字が入っているので、「単に神仏を信じ込む」ことみたいに思われがちだが、「神仏が信じられる何かになった」という心理状態は何も生まないのである。「神仏が信じられる何かになった」という心理は、そのうち「神仏が信じられない」心理になって、長い目では、その両方の心理状態を繰り返すだけのことだ。その気持の背景には、窮極・神・仏と自分は全く別ものものであるという根強い思い込み(先入観)がまずある。それは社会通念であるけれど。

あるいは、ある宗教の膨大な教義体系を概念として、しっかり理解しても、それは、窮極・神・仏に触れることとは、全く別のものであって、山頂に登ろうとして、そのふもとだけをぐるぐる回っているようなものである。ただし、真正な宗教の教義体系は、行法(冥想)を裏付けとしたものなので、教義の展開の仕方に冥想手法のヒントが隠されてはいるけれど。

ここでは、ケン・ウィルバーが、現代の覚者として、現代人の言葉で、非二元とは「二に対する一元」ではない一元であることを語っている。神・仏・窮極とは、直接認識であると。

『涅槃と輪廻、一者と他者、上昇と下降、智慧と慈悲、観照者と観照されるすべて・・・・・・これらすべては、二つではなく、非二元である。しかしその非二元性は、思想や概念ではない。それは直接認識なのだ。もしそれが概念になると、あるいは単に信じられる何かになると、禅の老師の棒によって鋭くバシッと強打されるだろう。そのため非二元性は、しばしば「二つではなく、一つでもない」と言われてきた。(それを単なる概念的な一元論、生命の織物理論(ウェブ・オブ・ライフ)、フラットランドの全体論(肉体・物質レベルだけで世界はできているという世界観)と取り違えないように)』
(ワン・テイスト/ケン・ウィルバー/コスモスライブラリーから引用)

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ケン・ウィルバーの冥想の勧め

2006-03-29 05:39:22 | 冥想の準備
◎すべての人に冥想体験を

ある日ケン・ウィルバーは、スコット・ウォーレンとのインタビューに応じた。
『スコット・ウォーレン「私が知っているトランスパーソナル・セラピストそしてスピリチュアル・セラピストの多くは、あなたの見解を非常に合理的な方法で利用しています。彼らは自分たちがやるべきことは、あなたが示した高次の段階を覚えておくことだけだと言います。彼らは自分たちには禅やヨーガや黙想の祈りのような霊的(スピリチュアル)実践は必要ではないと考えています。」なぜならあなたがすでにすべての結果を明らかにしているからです。」

ケン・ウィルバー「私のせいで彼らは実践しないのですか?なんということでしょう。それは私の意図とまさに正反対です。私はそうした成長の高位の段階を実際に見たり、理解するために実践を続けなければならないこと、命令に従わなければならないこと、を絶えず強調しています。冗談だと言って下さい。」

スコット・ウォーレン「まじめな話、彼らはあなたの話を覚えておくことが、良いトランスパーソナル・セラピストになる必要なすべてだと考えています。」

ケン・ウィルバー「冗談じゃないなんて。それはまるでバハマの精密な地図を作成したので、もうあなたは休暇のために実際にバハマに行く必要はなく、ただ居間に坐って地図を見れば良い、と言っているようなものです。まったくひどいですね。一度も行ったことがないのに、バハマの旅行ガイドにはなれません。」』
(ワン・テイスト/ケン・ウィルバー/コスモスライブラリーから引用)

単なる哲学としてケン・ウィルバーの世界観を覚え込んでも何もならない。人の出会う現実は生き生きとして躍動、変化を続けているものであり、ケン・ウィルバーの本には、たとえば「幼児的な段階で統合的なものではない」と書いてあっても、実際に幼児的な素振りを見せるその人は、統合的な元因的な段階(見性)に至っている場合がありえる。そのようなことは、実際に現実にいろいろなことに出会って注意深く観察すれば、わかってくるものである。

むしろセラピストが、教条的に人間の精神的発達段階を枠にはめ、その人工的な定規でもって人間を測る行為は、患者の自己認識や治療の過程を混乱させるにとどまるのだと思う。なぜならば、そのセラピストは窮極そのものを体験していないので、スピリチュアル・ガイドとしては、一人前ではないからである。

世間ではこのような考え方は一般的ではないようだが、私はケン・ウィルバーと同じ危惧を感じている。公案禅で公案のアンチョコを見ながら入室参禅するようなものだ。

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ジャンプ・アウト

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彭祖の冥想法-2

2006-03-28 06:15:48 | 気功、導引(冥想法2)
◎長生の術-2

ある日、王が年齢270歳の采女という仙女を差し向けて、長生きの方法について質問させた。すると彭祖は、仙人と得道者は違うという。

仙人とは、金丹を服用し、肉身のまま昇天し、仙官に補せられねばならない。老子の師匠の元君太一が白日に昇天したのもこれによる。しかしこの方法は重大で、王にできることではない。

仙人とは、羽なしで飛ぶものであり、龍に乗ったり、雲に乗ったりする。鳥獣に化して大空を飛び回り、川や海に潜り、名山を駆ける。天然の気を食して、霊芝を食す。人間界に出入りすることもあるが誰にも気づかれず、その身を誰にも見られることはない。
ところが顔に異様な骨相があらわれたり、身体に奇妙な毛が生えたりする。

このように仙人とは、大抵は僻遠の地に住み、俗物とは交わらない。仙人は不死の寿命を持ちながら、人情を離れ、栄華快楽から遠ざかり、人間として本来の天然の形を失うばかりか異形の気をうけるものである。

彭祖は、人間とは、うまいものを食べ、すてきな服を着て、陰陽を通じ、官職につかなければならない。そして、筋骨たくましく、顔色に光沢があり、老いて衰えず、長寿で、喜怒の情や毀誉褒貶にもわずらわされないことが最もよいと考えていた。彭祖自身は、顔色に光沢もなく、血気も枯れはて、仙人にはなれまいと考えていた。そして得道者でもなかったので、道を知らぬ人間としての長生きの方法を述べている。

長生きは、適切に気を養えば120歳、多少道がわかれば240歳から480歳にはなれる。
その方法は、第一に美女や安逸娯楽に惑わされず、車馬服装などの体裁も足るを知ってそれ以上を求めないこと。喜びすぎ、悲しみ過ぎもいけない。
第二に服気の法(呼吸法)が身を治める根本である。
この他にも吐納導引(呼吸法・ストレッチ)、体内の神々を思会すること(体内の五臓六腑の神々を思念し、健康であるようにイメージすること)、含影守形(?)などの方法がある。(底本:神仙伝/平凡社)

このように彭祖の冥想は、手法としては肉体の健康の観想法だったり、血行を改善し筋力を強化する、ひたすら長生きをするためだけの健康維持を主眼にしているのであり、求道型の冥想法ではないことがわかる。リラックスや癒し主体の冥想法は、結局人間としての本質的な問題に踏み込む手法ではない。

彭祖の人生を見れば、自分は父の死後に生れ、三歳で母を失い、犬戎の乱で西域流浪百余年、49人の妻と54人の子を失い、若年より精力乏しく、しばしば艱難不幸に会って健康を損ねて、長生きのためだけに生活を律している人生というのは、ややもすればつまらない人生であったのではないだろうか。

もう一つのポイントとしては、現代においては、長生きということが幸福なのかどうか甚だ疑問なところがあるが、当時(中国の殷の時代)は、無条件に長生きが幸福というものであるという社会通念があった時代の考え方であるといえよう。

「仙人とは、金丹を服用し、肉身のまま昇天する」というのは、クンダリーニ・ヨーガで、昇天し、然る後に人間として生きることを選ばず、仙人として生きることを選んだ人のことを言うのだろうと思う。
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彭祖の冥想法-1

2006-03-27 05:45:59 | 気功、導引(冥想法2)
◎長生の術-1

彭祖は、中国の古典では、長命の代表格としていろいろな書物に登場する。殷代の末期には767歳になっていたが老衰していなかった。また人を惑わす変化(へんげ)や鬼神怪異のことはしなかった。どんなに長命であっても、幸せではない一生であれば、あまり意味のないものではあるが、とりあえず長生だったということ。その前半生は決して幸福ではなかったと述懐している。

彭祖は若い頃から安静を好み、世事にかまわず名声を気にせず、外観を飾らず、なすことと言えば、ひたすら生を養い、身を治めることだった。
「いつも息をつめて腹式呼吸をする。早朝から日中まで正座を続けて、目を拭い、身体を摩(こす)り、唇をなめ、つばを飲み込み、深呼吸をすること数十回、それから日常の動作に移る。

疲れたり、気分が悪くなったりした時には、すぐさま導引閉気の養生法でその患部を治療する。神経が全身くまなく届き、頭部より諸器官・内臓・手足ないしは毛髪に至るまで、まんべんなく行き渡らせ、その気が全身にみなぎるのを覚えるまでやる。ゆえに鼻や口を経て十本の指先にまで届き、やがて身体が安楽になるのであった。

王が自らでかけて行ったが何も教えてくれなかった。」(神仙伝/平凡社から引用)

導引は、気力、プラーナ、エーテルエネルギーによって、エーテル体の健康を強化するトレーニング。閉気は吸気の後に呼吸を停めることだそうなので、完全呼吸法(クンバカ)ですね。

この記事には、実際の呼吸法や体操の詳細はないが、当時の道家の修行内容に正座と呼ばれる冥想法があり、呼吸法や体操を合わせ用いていたことがうかがえる。したがって老子や荘子なども同様に気功導引により体調を整え、冥想により大道(タオ)にアプローチしていたであろうことが推測される。

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火星の不思議な顔

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ヴェーダーンタ・サーラに見る解脱者

2006-03-26 06:29:29 | 冥想アヴァンギャルド
◎解脱者とはこんな人

ヴェーダーンタ・サーラは、インド16世紀頃のヴェーダーンタの概説書。

解脱者には、そう簡単に出会うものではないが、一般人が『解脱者は、芸能アイドルみたいなものである。ルックスが良くて、性格も円満で、所作はきちんとしており、ファッションもシックであり、持ち物にも細かい趣味の良さが感じられる。金に困っていない。』という誤った幻想を引き起こさないために、ヴェーダンタ・サーラの生前解脱者の説明は有用である。

まず、生前解脱とは、ブラフマンを直接体験した人である。ブラフマンを認識しているので、もはや無知による業を積むことはない。一度ブラフマンの直観が起こると、過去の生涯に積まれた業は、滅ぼされてしまう。またもはや無知による業は、新たに作られることはないので、今生の業が、未来への転生を引き起こすことはない。

生前解脱者でも、過去の業により、その果報が今生に現れている間は、ブラフマンを直接体験する以前と同様の身体を持っている。要するにブラフマンの三昧(冥想状態)から出ても依然として、それまでと同じ、『肉、血、糞、尿などの容器』であり、彼の感覚器官は『盲目、愚鈍、まずさなどの容器』であり、『飢え、渇き、憂い、迷いなどの容器』である。

肉体を持つ以上は、肉体があることに起因する飢え、渇き、憂い、迷いを一般人と同様に持つのであるが、そうした感覚や感情の揺れが絶対的なものではなく、決して変化することのない自分というものを知っているのが生前解脱者ということになるだろう。
だからどんな聖者、覚者でも、その肉親が死んだときに、悲嘆にくれる話が、周辺の信者にとって『意外なエピソード』として必ず残っているものである。

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資本主義ピラミッド

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黒い聖母像

2006-03-25 06:56:45 | 時代のおわり
◎地母神の必要性

黒い聖母像は、フランス、スペインだけでなく、メキシコ、ブラジル、フィリピンなど世界的に分布する。フランス、スペインの黒い聖母は、キリスト教がこの地に入ってくる以前に隆盛であったイシス信仰(エジプト神話の豊穣の女神)とか、キュペレ信仰(ギリシア神話の地母神)などの偶像がそのまま持ち込まれたものだとか、ブラジルなどでは土着信仰に近いカンドンブレなどの信仰とキリスト教が混交したものだとか、定説がない。おそらくは、地母神信仰がキリスト教の体裁を借りて生き延びたものではないだろうか。

聖地巡礼で有名なサンチャゴ・デ・コンポステラの像は黒いマリアだとか、意外に有名なところに黒いマリアがある。像だけでなく、ポーランドでは、黒い顔のマリアのイコン(絵画)が民族的な宝として伝承されている。黒い偶像ということならば、日本では大黒天であり、インドでは、カーリー女神(シヴァ神の妻)としてあり、キリスト教に限らず、世界中どこにでもある。

スランスの黒い聖母の多くは、その起源をメロヴィング朝(500~750年)にさかのぼることができる。メロヴィング朝はフン族のアッチラ大王の進入により民族大移動したひとつである西ゴート族の末裔で、聖母マリア崇拝を振興した。

その後12世紀になってシトー修道会のリーダーとなったフランスのベルナールが盛んに聖母崇拝を推進した。ベルナールはテンプル騎士団の創立メンバーの一人であり。旧約聖書雅歌の『エルサレムのおとめたちよ わたしは黒いけれども愛らしい。それ故、王はわたしをお選びになり、みずから、お部屋にお連れくださる』は、黒い聖母崇拝で愛唱される文句だ。

またベルナールはサンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼も推奨した。道中には、ベネディクト修道会や、シトー修道会の宿屋、黒い聖母教会が点在し、その様子は天の川とも呼ばれた。巡礼の四大出発地の一つであるヴェズレーは、マグダラのマリア(黒い聖母のモデルのひとつ)崇拝の中心地なので、黒い聖母の地でもある。

1307年には、テンプル騎士団は異端とされ、黒い聖母崇拝は下火となっていったが、黒い聖母は、その後も連綿として生き延びている。それが生き延びた原因としては、中世的な教条的なスタイルのキリスト教がカバーできない、いわば人間のコントロールできない生命やエネルギーの源の象徴として、黒い聖母を必要とした社会的な心理があるのではないかと思う。それは、とても土俗的な動機だが、キリスト教の持つ特徴の反面を映しているように感じられる。

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フランスRocamadourの黒い聖母/異教的ですね


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老子の世界観

2006-03-24 05:40:41 | 老子
◎老子第40章反者道之動

訓読『反は道の動なり、弱は道の用なり。天下の万物は有に生じ、有は無に生ず』

大意『すべてのものが無へ反えるのは、それが、この玄たる道のはたらきである。そしてすべてのものの弱は、それの存在することは、それが道のはたらきを為すものなのである。この天下のすべてのものは、有から生ずる。そして、その有は無から生ずる。』

大道(タオ)の働きとは弱のことである。無から有が生じ、有から天下の万物が生ずるということは、第七身体である無から、第六身体であるアートマン・有が生じて、第六身体であるアートマン・有から、第五身体以下の個別性であるコーザル体や肉体が生ずることを説明している。この世界間は、ケン・ウィルバーの世界観や仏教十界説と本質的な差はないように思う。

個別性のある人間や万物が、もはや個別性のない大道(タオ) に反ろうとするのは、大道の働きである。万物に『弱』が存在しているとは、より精妙な存在レベルが存在していることを『弱』とみて、より粗雑な存在レベルを『強』とみているように考えられる。老子は、万物にはより精妙な存在レベルがあるが、それが道の働きをなすものであると述べる。

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葛玄の仙術-2

2006-03-23 05:32:12 | クンダリーニ・ヨーガ
◎尸解

『葛玄は、ある日、弟子の張大に告げて言うには、「私は、天子に無理にひきとめられて、丹薬を作る暇もなかった。これから尸解(しけ)するつもりだ。8月13日の日中に発つことにする」。

その日になると葛玄は、衣冠を整えて室に入り、横になったまま息が絶えたが、顔の色には変わりがなかった。弟子たちが焼香しながらこれを守ること3日、夜半ににわかに大風が吹き起こり、屋根をめくり樹木を折り、雷鳴のような音がして、炬火(たいまつ)も消えた。

しばらくして風はやんだが、見ると忽然として葛玄の姿は消えており、ただ床の上に衣服が残され、帯を解いた形跡もなかった。翌朝隣家に聞いてみたが、隣家の人の話では、大風なんかまったく吹かなかったとのこと。風がやむとただ一軒の家だけが、垣根も樹木もことごとく吹き折られていた。』(抱朴子、列仙伝・神仙伝、山海経/平凡社から引用)

葛玄は、丹薬を練ることができなかったので,不老不死の仙人として、肉体を維持して長寿になることはせず、尸解を選んだようだ。勿論への恐怖は、この話からは微塵もうかがえない。

死にあたり、人の身体が虚空に消えて行くことを尸解といい、このブログでは、禅家、チベット密教の例を既に挙げ、ここで道家の例も述べた。このように尸解は、宗派を問わず、一つのクンダリーニ・ヨーガの粋として現れる技法なのだと思う。

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葛玄の仙術-1

2006-03-22 05:47:52 | クンダリーニ・ヨーガ
◎左慈直伝の仙術

神仙伝の著者の葛洪の叔祖父であった葛玄は、江蘇省丹陽の句容という揚子江沿岸の街に住んでいた。葛玄は、三国志にも登場してくる仙人左慈直伝の仙術を駆使しており、葛洪はその道流を受け継いでいた。

1.葛玄は来客があって、あとから別の客が訪ねてきたときには、いつも出てこれを迎えたが、座にはもうひとりの葛玄がいて、先客と語り合っていた。送迎ともにすべてそうであった。

2.ある寒い日に、来客たちに、「貧居のことゆえ、各位それぞれに炉の火をあげることはできない。ついては、火を起こしてご一緒に暖をとることに致したい。」と言って葛玄が口を開けて息を吐くと、火がカッと燃えだし、みるみる部屋一杯に広がった。客人たちは日向にいるような気分になり、しかもさほど熱くも感じなかった。

この程度のことは簡単にできた。仙人という名のクンダリーニ・ヨーギの面目躍如たるところがある。仙人とは、そうした超人間的能力を許される、ある高みにいたことは間違いない。仙人は、日本にも、中国にも、インドにも分布しており、最近では笹目恒雄氏が崑崙山中で仙人に会っている。

仙人のエピソードでは、世俗のちょっと便利で不思議な話から、人間のせせこましい限界を超えた痛快な話まで見ることができる。

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大燈国師の遺戒

2006-03-21 06:38:03 | 丹田禅(冥想法8)
◎仏祖不伝の妙道

大燈国師が建武年間に建てた小さな庵が、今の紫野大徳寺の始まりである。一休ゆかりの寺も残ってはいるが、人材を大いに輩出というほどではない。見性した後に師のいいつけに従って20年間京都五条河原でホームレスをしていた大燈国師の大徳寺が繁栄しているのは、その生きざまの生真面目さの故ではないだろうか。

大燈国師の遺戒は、寺の修行僧向けの言葉である。
「寺門が栄え、仏閣や経巻が金銀でちりばめられ、修行者が大勢集まり、読経法要が盛大に営まれ、夜も眠らずに坐禅して、常時戒律を守ることをしていても、『仏祖不伝の妙道をもって胸間に掛在せずんば』道は断絶してしまう。こんなことをしている奴らは邪魔の種族である。こんな奴は、私が死んだ後にも私の末裔と名乗ることは許さない。

けれども、荒れ野のあばら家で、たった一人で、野菜の根を煮て食うような貧しい生活をしていても専一に己事を究明しようとしている人は、私と毎日会っているような人である。」

『仏祖不伝の妙道をもって胸間に掛在』とは、少なくとも見性することだろう。当時から、坐禅をしていても、戒律を守っていても、求道の方向に努力していない修行者が大勢いたからこそ、大燈国師のこのような発言になったのだろう。仏祖・釈迦が伝えてくれなかったステキなものは、他人が教え込むことはできないから、自分で見つけなければ、いつまでも何も起こらない。

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無慈悲な出来事

2006-03-20 05:52:36 | 時代のおわり
◎無常迅速 生死事大

かつてのニュー・エイジの旗手ラム・ダスが脳卒中に倒れ、リハビリを続けて、少し話ができるほどに回復した。これに対するケン・ウィルバーの感想、「私は彼の回復を祈っている。けれども私は痛ましい体験から、その人のスピリチュアルな実現がどれだけ強力で一見揺るぎないように見えても、人生はあなたの下にある敷物を、あなたか見ていない時に、そしてより厄介なことにあなたが見ている時でも、ぐいと引き抜くことができるのを知っている。」(ワン・テイスト/ケン・ウィルバー/コスモス・ライブラリーから引用)

夢窓疎石の墨蹟に、『無常迅速 生死事大』というものがある。これは、生死の重大事はあっという間にやってくるものだから、修行者は、をさをさ修行を怠ってはならないと解説されることが多い。ところが、その真意には、ケン・ウィルバーが感じたような現実の無慈悲な展開が突然やってくることについての、とまどい、驚き、無力感などの混じった感情が背後に潜んでいるように思う。『無常迅速 生死事大』とは、現実の無慈悲な出来事の現われ方に対する実感である。

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アルファ・ケンタウリ(地球に最も近い銀河)NASA Astronomy Picture of the Day


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ケン・ウィルバーの意識状態

2006-03-19 06:57:23 | 冥想アヴァンギャルド
◎見性からの深まり

ケン・ウィルバーはその心理と社会を全部まとめた統合的マトリックス・世界観ばかりが取り上げられている。実際にインタ-ネットで検索してみると、ケン・ウィルバーに関するサイトは、その世界観をとりあげているものがほとんどと言ってよいだろう。しかしながら彼のバックボーンはその見性体験にあり、古代秘教型の、「窮極(神・仏・タオ)からあらゆる現実が発生している」という方向性の説明を、心理学者や社会学者が理論づけしやすいように述べているにすぎない。

だから少なくとも見性体験がない人間が、彼の説が正しいということを、自信をもって確信することはできないのだ。ケン・ウィルバーの周辺には、ヨーギ(ヨーガのマスター)、カバリスト、禅者、冥想を用いるソウシャル・ワーカーなど冥想に縁のある人がかなり多いので、中には何人か見性者がいて、それを実際に確認できている人がいてもおかしくない環境なのだろうと思う。

ケン・ウィルバーは、すでに見性あるいは悟りの体験が何度かあったと述べているが、最初の著書を二十歳そこそこで出版したが、おそらくはそれ以前に、それはあったのだと思う。

ただその体験があった後も結跏趺坐の冥想を20年継続して、一つのテーマを持ちながら冥想を継続していった。それはラマナ・マハリシの「夢を見ない深い眠りの中に存在しないものは、リアルではない」という言葉だった。これは、夢を見ない深い眠りこそが窮極(神、仏、タオ)であるという意味である。

人間には目覚めている状態、夢を見ている状態、夢を見ていない状態とあるが、その見性あるいは悟り体験は、最初は目覚めている状態のときだけに起こったという。ケン・ウィルバーにとってショックだったのは、彼の窮極を認識している状態は、目覚めている時間帯限りで、寝ている時間帯には窮極から離れてしまっていたことであった。それはいかにも本物の状態ではないのである。真正の覚者は、睡眠中でも窮極を自覚しながら意識が継続していることを彼は知っていた。

そして、その後の真剣な坐禅修行を続けていく一方、チベット密教・ゾクチェンのチャグダッド・トゥルク・リンポチェ師の11日間の集中的なセッションに参加した時に、彼の自己というものの大死一番が起こり、自己は完全に死んでしまい、そこから意識が睡眠中でも継続するようになり、それからずっと継続していると述べる。

その状態は、目覚めている状態、夢を見ている状態、眠っている状態の間を移り変わっていっても意識が断絶することなく、そこには明瞭な鏡のような心、「観照者」=本来の自己しかなかったと彼は述べている。この状態でワン・テイストとか、仏性とか、菩提心とか「ブラフマンであるあなた自身のアートマン」(うまい言い方ですね)が現れるとしている。


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冥想的ではない人達

2006-03-18 05:53:13 | マインド・コントロール
◎慣れない冥想をすること

インドでの仏教復興運動の佐々井秀嶺氏が牢獄に入った時の経験によると、強盗と常習的なこそ泥を比較すると、言い聞かせ諭してみると、強盗の方がよく納得し改心するものであるのに対し、常習的なこそ泥は、その場では改心した振りをしてみせるが、内面は全く納得していないもので、善なるものにより近いのは、意外なことに強盗のほうであり、実は常習的なこそ泥の方が悪質で度し難いものであることを知ったそうだ。

さてアレイスター・クロウリーは、悪名高い魔術師である。アレイスター・クローリーは、そのような常習的なこそ泥の如き反省しない人生をずっと送っているので、その語っていることがすべて本当だとは限らないところがある。そのような前提ではあるが、次のエピソードには、冥想に縁のない人がどのように冥想に近づいていくかという点で参考になるところがある。

1920年クロウリーのケファルにあった別荘にジェーン・ウルフという女優が、魔術師になりたいという理由でやってきた。彼女は喧嘩腰で、なかなかクロウリーの指示に従わなかった。クロウリーは、「魔術師になるためのトレーニングの第一歩は、まず断崖の上にあるテントで、一カ月間の冥想をすることから始めなければならない。」と指示したが、ジェーンウルフは即座に拒絶した。

クロウリーが、それならば次の舟でここから帰っていいと言うと、彼女は怒りりつつも、いやいやながら断崖のテントで冥想することに同意した。

ジェーン・ウルフは、クローリーに指示されたように毛皮のローブだけを身につけ、そのテントでパンとぶどうと水だけの生活を送った。最初の数日間は気を緩めることができず、むかついて、とにかく気分が悪かった。

それから今度は退屈し始めた。

しかし19日目が過ぎた頃から、彼女は突如として、「完璧な静寂、深い喜びと新たにみなぎる力、そして勇気がわいてきた」という状態に入った。そしてクロウリーが言っていた「太陽や月、空、海、宇宙が読む本となり遊び相手になる」という言葉の意味がわかった。(底本:アトラティンティスの遺産/コリン・ウィルソン/角川春樹事務所)

こんな風に、全く冥想に縁のなかった人がいきなり冥想を始めても、最初はむかつくだけで、しばらくは退屈なだけである。これが冥想が、世間で受けない理由ではある。この段階で冥想に飽きてしまい、やめてしまう人も多い。

このちょっとクレイジーな社会で日常生活をしている一般人なら、ちょっとクレイジーな乗りに合わせて生活しなくちゃならないので、冥想などというズレたものに関心が低いのは仕方がない。アメリカでも日本でも、霊的なものは、マスコミからはきわ物扱いであることに変わりはないが、アメリカでは見性者ケン・ウィルバーの著書がベストセラーになるほど、冥想に対する理解者が多いのに対し、日本ではケン・ウィルバーの著書は絶版を重ねるほど人気がなく、冥想に関心がある者が少ないということである。その意味では精神性の危機はアメリカ人より日本人のほうがはるかに重症であると言える。

結局ジェーン・ウルフは、お定まりのクロウリーのなぐさみものになっただけだったようなところがあり、ひとかどの魔術師になったわけではない。その境地もせいぜい初禅(純粋な喜び、楽しさ)程度のものと思われる。

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金星と2012年

2006-03-17 06:07:02 | 時代のおわり
◎マヤ暦とアポロン

最近2012年に、何もしなくとも幸せになるという共同幻想を主張する人が少なくない。私は、2012年に何かが起こるなとどというものは、1999年7月恐怖の大王が空から来なかったことと同じだと思っている。たまたまその話の出所に行き当たったので、感想を書いてみます。

このことは、モーリス・コテレルの著書「マヤの預言」の中に出ているそうだ。彼によると、マヤ人は、金星は紀元前3114年8月12日に生れたと断言していた。そして金星の公転周期(歳差)は、136万6560日だと計算していた。この日数はマヤ暦の1周期である。

コテレルは太陽の2つの磁場と地球の動きの相対関係をスーパーコンピュターで計算してみたら、太陽の磁極は1万8139年毎に逆転することがわかった。この周期は 5分割することができ、分割された太陽の磁極が変動する大周期の一つが136万6040日。この日数にマヤ人の260日のツォルキンという単位を2単位加えた日数が、マヤ暦の136万6560日に合致する。これによりコテレルは、マヤ人が太陽の磁極が変動する周期(太陽黒点の周期)を知っていたと考えた。

金星が生れた紀元前3114年8月12日から、136万6560日目が、西暦627年であり、この年から、更に136万6560日目が、2012年12月22日になるのだそうだ。西暦627年は太陽の磁場が逆転し、2012年にはまた磁場が逆転するという。だから地球も極ジャンプするというのは短絡的な結論だろう。しかしこうした現象は、人間の生活や意識に対して長期的な大きな影響を与えるものだと思う。(底本:コリン・ウィルソン/アトランティスの遺産)

むしろ2012年が、金星が出現したとされる紀元前3114年の周期の終りということが、人間にとっては意味深いことのような気がする。太陽がサハスラーラ・チャクラ、水星がアジナー・チャクラ、金星がビシュダ・チャクラ、地球がアナハタ・チャクラと照応するが、金星はアポロンそのものであり、アポロンに象徴される近代西欧文明が隆盛を極め、その大周期が終焉するのが、2012年であるというのは、とてもシンボリックで、ありそうなことに思える。

なお史記の天官書には、金星(太白)が中天にあった(今では最大で地平線から46度くらいまでしか高くならない)時代があったことを書いているので、マヤ人が金星が最近出現したと言っているのもむげには否定できないところがある。

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泰山


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