アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

チャネラー達-15

2006-01-31 05:49:36 | 超能力・霊能力
◎シャーマンの入門儀礼-3

サモエドのシャーマンの入門儀礼夢の続きです。

「それから候補者は、広大な広野に来て、はるか彼方に山があるのに気づく、三日間歩いて山に着き、入口から中に入ると、ふいごを使って仕事をしている裸の男と出会った。火の上には大地の半分ほどの大きさの巨大な釜がかかっている。男は彼に気づいて、大きなやっとこで彼をつかまえた。(・・・)

男は彼の頭を切り落とし、身体を小片に切り分けると、それを全部釜の中に投げ入れた。こうして男は、彼の身体を三年間煮た。男は三つのかなとこを持っていたが、三番目のかなとこの上で彼の頭をハンマーで鍛えた。これは最高のシャーマンを鍛えるためのかなとこである。そして男は彼の頭をそこにあった三つの壺のひとつに投げ入れたが、これは、最も冷たい水が入っている壺である。(・・・)

続いて鍛冶屋は、川の中を漂っていた彼の骨を釣り上げ、再び組み立てて、肉で覆った。骨の数を数えて、三本多くなっているから、シャーマンの衣装を三組入手せねばならぬと彼に告げる。鍛冶屋は、ハンマーで彼の頭を鍛えながら、頭の中に封じられている文書を見ずに読む方法を教えた。彼の目を取り替え、おかげで彼はシャーマンの仕事をする際、肉体の目で見るのではなく、神秘の目でものを見るようになる。彼の耳もうがち、植物の言葉が理解できるようにした。

それから気がつくと、候補者は再び山の頂上にいた。そしてとうとう、彼は家族に囲まれて、ユルトの中で目を覚ました。
今は、彼は全く疲れを知らずに歌い、シャーマンの努めを果たすことができるようになっている。」
(図説 シャーマニズムの世界/ミハイル・ホッパール/青土社から引用)

こにはシャーマンの小さな死と再生、霊眼、霊耳を開く話などが盛られいている。シャーマンは一種のクンダリーニ・ヨーガ行者なので、徐々に修行が進化していく。これは、最初のイニシエーション(入門儀礼)なので、この後にシャーマン自身が力量を高めていくプロセスが続くのだろうと思う。

サモエドの世界には、近代文明的な生活感は薄いので、「ただ生きて、結婚して、子をなして、死んでいくだけ」というシンプルな人生の美しさが基調としてあると思う。部族の社会性の中で人生が充足、満足していくことが、サモエドにとってハッピーな人生といえる。

こうした社会は、マニピュラ・チャクラに象徴される社会性の社会と呼ぶべきものであるが、今問題になっている愛=アナハタ・チャクラに象徴される時代は、社会性と個人の折り合いを愛でつけようというものである。

部族のごく一部の人であるシャーマンに部族全体が指導されるスタイルは、現代では通用しない。一人一人が自分のシャーマンである時代なのだ。

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チャネラー達-14

2006-01-30 05:04:24 | 超能力・霊能力
◎シャーマンの入門儀礼-2

サモエドのシャーマンの入門儀礼夢の続きです。

天に伸びる白樺の木とは、クンダリーニというエネルギー・コードのことだと考えられます。というのは、それ以外に肉体の世界から始まって、絶対神を貫く木などあり得ないからです。宇宙樹のイメージは北欧神話にも出てきます。

その宇宙樹を取り囲む海のすべてをシャーマン候補は見たが、すべてに近づくことはできなかった。これは、シャーマンが生活する地域に限定されたものだけを見る程度の霊的・精神的成熟に対応するものしか見られなかったということだと思います。

「それから彼は9つの海の岸へと連れて来られる。一つの海の真ん中に島があってその中央には、一本の若い白樺の木が天に伸びている。それは、大地の主の木であった。その横には9種類の草が生えているが、それはそれは地上のすべての植物の祖先であった。
この木を海が取り囲み、それぞれの海には子供たちを連れた一種類づつの鳥が泳いでいる。(・・・)候補者は、これらの海すべてを訪れたが、いくつかの海は塩辛く、また別のいくつかの海は、とても熱く、岸辺に近づくことすらできなかった。

これらの海を一周した後、頭を上げて木の上の方を見ると、様々な国の人々、タヴギ・サモエド人、ロシア人、ドルガン人、ヤクート人とツングース人がいるのが見えた。彼は『太鼓とおまえのばちは、この木から作られるように定められている』という声を聞いた。彼は、海の鳥たちと一緒に空を飛び始めた。『わが枝の一本がまもなく落ちる。それを取って太鼓を作るがよい。それは生涯にわたって、お前に仕えるだろう。』と声は言う。

この枝は三叉になっていて、木の主はそれから三つの太鼓を作って、三人の女性のところに保管し、それぞれを特定の儀礼のために用いるようにと指示した。(・・・)

彼の二匹の助手、雌テンとねずみは、彼を今度は高い丸い山へと案内する。彼は山の前面に入り口が開いているのに気づいて、とても明るい洞窟の中に入ってゆく。そこは氷でおおわれ、中央には、火のようなものがある。彼は二人の裸の、しかしトナカイのように毛でおおわれた女たちを見た。

やがて、ここには、火は燃えておらず、開口部を通して上から光が射し込んでいるのだということがわかる。二人の女のうちの一人が彼に告げた。自分は身ごもっていて、二頭のトナカイを産むであろう。一頭はドルガン人とエヴェンキ人の、もう一頭は、タヴギ人の供犠動物になろう。と。

彼女は彼に動物の毛を一本与えて、彼がトナカイのためにシャーマンの努めを果たさねばならぬ時、これが役にたつだろうと言った。もう一人の女も二頭のトナカイを産むが、それは人間のあらゆる仕事を助け、また食料として人間に役立つことになるだろう。

洞窟には二つの開口部があって、北と南を向いていたが、そのおのおのを通して、女たちは森の民(ドルガン人とエヴェンキ人)に仕えるべく、トナカイの子たちを送り出すのだ。シャーマンとして脱魂に入る時、心の中でこの洞窟に向かうようにと言って、もう一人の女も彼に動物の毛を一本くれた。」
(続く)
(図説 シャーマニズムの世界/ミハイル・ホッパール/青土社から引用)

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チャネラー達-13

2006-01-29 06:55:17 | 超能力・霊能力
◎シャーマンの入門儀礼-1

シャーマンの入門儀礼の典型として、タイミル半島(ロシア北部)のサモエドのシャーマンの入門儀礼夢を紹介したい。この中には、身体をバラバラにされる、天に届く木のイメージ、太鼓を作るようにという命令、シャーマンの様々な使命とそれに応じて違った太鼓、動物の姿をとった補助霊、天上界、地下界へのと、入門儀礼では重要とされるものが大体網羅されている。

シャーマンが、部族全体の精神世界のバランサーとして機能していることをここではまず意識したい。

「彼は天然痘にかかって、三日間の間、意識なく横たわり、ほとんど死んだようになっていたので、三日目には、あやうく埋葬されるところだった。この間に彼は病気(天然痘)の声が自分にこう言うのを聞いた。

「お前は水の神から、シャーマンの職というものをもらうであろう。シャーマンとしてのお前の名はヒュッタリ(泳ぎ手)になろう!」
それから病気は海の水を波立たせた。

彼はそこを去って山に昇った。そこで彼は一人の裸の女に出会い、その乳房を吸い始めた。水の母神と思われるこの女性は彼に言った。「お前はわが子である。だから私はわが乳房から、お前に乳を飲ませるのだ。お前の行く手には多くの困難が待ち構えている。お前はひどく疲れるであろう。」

水母神の夫は、二匹の助手、雌のテンとネズミを彼につけてやり、二匹に彼を冥界へと案内させた。彼らが高い山の上にやってくると、案内役たちは、彼に上部が裂けた七つのテントを指し示す。

彼は第一のテントに入り、冥界の住人たちと、病気(天然痘)の人たちに出会った。これらの人々は、彼の心臓を身体から引きちぎって、壺の中に投げ入れた。他のテントのなかでは、狂気の持ち主、あらゆる神経の病の持ち主、そしてまた悪しきシャーマン達に出会った。(・・・)

これらの人々は、続いてシャーマン候補者は、相変わらず案内役たちに先導されて、女シャーマンの国にやってくる。彼女らは、彼の喉と声を丈夫にした。」
(続く)

(図説 シャーマニズムの世界/ミハイル・ホッパール/青土社から引用)
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チャネラー達-12

2006-01-28 06:29:19 | 超能力・霊能力
◎シャーマニズムと召命
現代人は、生きていること自体が公案(現成公案)の時代である。「なぜ生きなければならないか」「なぜ生きるのか」という根源的な問題(公案)を、毎日繰り返し突きつけられながら、日々の生業にいそしんでいるのである。

シャーマニズムは世界宗教とは違い、その霊的体験(エクスタシー)には、土俗的な香りが強い。世界宗教における霊的世界を含む世界構造は、最後には、個人・個性というものを完全に超えた世界、つまり大神、タオ、ニルヴァーナ、空などというものが厳然と待ち構えているのに対し、シャーマニズムでは、ほとんどそういった自分と他人という相対的な区別をも超えるものに出会うことはない。

シャーマンの霊的体験は、確かに冥界めぐりではあるが、しっかりとした自分が、この世ならぬことを経験するのである。しっかりとした自分があるかぎりは、どんなにがんばっても、七つの身体論でいえば、第五身体であるコーザル体止まりなのだ。

シャーマンになるための入門儀礼(イニシエーション)では、シャーマン候補はさまざまな肉体的心理的圧迫を受ける。それをきっかけに、シャーマン候補者は、最初はシャーマンになることについて意識的な抵抗を試みるが、様々な試練を繰り返すうちに、「自分はシャーマンになるために召命された」ことを自覚していくことになる。

シャーマニズムの舞台である土俗的世界では、現代人のような強固な自我が弱いと考えられるので、そうした自我の殻が緩い精神構造に対しては、このようなタイプの霊的体験が充分な召命機能を果たし得たのではないだろうか。

ところが、ルネッサンス以降の近代西欧文明社会で育った現代人であれば、強固な自我意識が育まれているから、個人の選択の自由により、社会的には一種異端であるシャーマンになることなど一蹴してしまうことが多いだろう。強制的に召命することは必ずしも有効ではないのだ。

組織宗教というのは、いわば組織による強制召命であるが、固い自我の現代人にもっともフィットするのは、上位下達型の強制召命ではなく、組織を離れた個人の自発的な冥想による求道なのだと思う。「なぜ生きなければならないか」は、個人の問題なのだから、本人が解決するしかないのだ。

今の日本社会でシャーマニズムの入門儀礼をやれば、カルト教団入信のための強制洗脳と解釈されるだろう。

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サファイア/スター・オブ・アジア/スミソニアン博物館/329.7カラット

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チャネラー達-11

2006-01-27 05:44:00 | 超能力・霊能力
◎中国の神懸かり-フーチ(扶乩)

フーチとは、中国の神託法である。神懸かりではなく、どうしてこのような方法が残ったのか興味のあるところではある。もっとも神意をうかがう方法として、筮竹を用いるもあり、日本でも天津金木などの器物を用いて神意をうかがう方法があり、特に奇異とする理由はない。

ただ往古には、このような器物を用いる手法によらないと神意をうかがうことができなかったが、最近では人間の肉体にそれが備わっているので、そのような器物によらなくても神意をうかがうことができるとされる。その意は、現代人であれば、冥想により神意を問うことができることを示唆しているものと考えられる。

『まず神位をもうける。その前にテーブルを置いて、その上に砂盤といって50センチ角の箱に砂を盛ったものを載せる。もう一つは乩筆を称して、一メートルくらいの長い棒の中央に20センチ程度の木筆を付したものを盤の左右に立った人が捧げ持つ。

そして天地神明に教えを請い願うことの祈祷をする。そうすると神霊が降臨され、その丁字型の乩筆が砂盤の上に動き出して、大文章を示して教訓を垂れ給うことになるのだが、中国ではおよそ三千年の昔からこうした方法によって天の啓示を受けていたものです。』
(神仙の寵児6-p107/笹目恒雄/国書刊行会から引用)
※神位は、北方上位。

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乩筆

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チャネラー達-10

2006-01-26 05:15:27 | 超能力・霊能力
◎シャーマンになる儀式の実際

補助霊は冥界のガイドなどと述べても、味もそっけもないので、実際はどうなのか。

以下のストーリーでは、老呪医が冥界のガイドである。老呪医が自我の死を経験させ、意識変容を引き起こし、冥界感覚を開くというものである。

冥界に対する現代人の一般的認識は、学校で何も教えないこともあり、オーストラリアの土人並みの原始的認識しかないのが普通である。要するに自我の死による意識変容については、迷信的な恐怖感しかないという点では、現代人は、未開人と同列なのである。

冥想の深浅高低でいえば、この経験は初禅より下の欲界定程度のものだと思われるが、自我の小さな死による意識変容が起こったことは、第一歩として評価できよう。

中央オーストラリアのウンマチェラ族の呪術師、イルパイルルクナの話
『私が呪医に仕立て上げられたとき、ある日一人のひどく年取った呪医がやってきて、彼のアトノンガラ石(呪医がその身体から作り出す結晶体の石)をいくつか槍投げ器で私に投げつけた。

ある石は胸に当たり、他の石は頭を真っ直ぐに耳から耳へと貫いて、私は死んだ。やがてこの老人は私の全内臓、腸や肝臓や心臓を実際に一つ一つ切り取り、一晩中大地に横たえたままにして去った。

朝になると老人はやってきて、私をのぞき、さらにアトノンガラ石をいくつか私の身体の中と腕や脛の中に置き、木の葉で私の顔を覆った。こうして老人は、私のために新しい内臓の完全な一揃いを準備する。

そしてさらに多くのアトノンガラ石を置き、私の頭を軽くたたく。すると私は、生き返って飛び上がる。
老呪医は私に水を飲ませ、アトノンガラ石の入った肉を食べさせる。私は目覚めたとき、どこにいたのかを全く覚えていなかった。私は「チュー、チュー、チュー(私は死んだと思う)」と言った。しかしあたりを見回すと、あの老呪医が私の傍らに立っているのが見えた。老人は「いやお前は死んでいるのではない。私はお前をずっと前に殺したのだ。」と言った。

私は全く自分が誰だったのか。また私の過去の生活のすべてを忘れてしまった。しばらく経った後、老人は私を村に連れ戻し、部落を私に見せて、「ここにいる女は、お前の娘である」と言った。私は彼女のことを全く忘れ去っていたからである。私のこうした復帰と奇妙な行動とは、たちまちにして他の土人たちに私が呪医に仕立て上げられたことを了解せしめたのである。』
(ちくま学芸文庫/シャ-マニズム/エリアーデから引用)

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神頼みと冥想

2006-01-25 04:54:23 | マインド・コントロール
今更言うまでもないが、真剣にあらゆるものを振り捨てて、神頼みしかできないような、緊迫した状態に陥らねば、人は冥想なんぞしないものだ。

昨年までの連年の猛暑と温暖化。そして、この冬の、史上初めてというべき厳冬の訪れに不気味な予兆を感じている人は少ないだろう。日に日に増していく緊迫感・・・。

公案禅では、公案という人為的な危機のイメージを現前化させることにより、人を追い込んでいくものだが、公案は一種虚構の世界であるだけに、危機は公案に取り組む人だけにあり、万人が公案による危機に追い込まれることはない。

天変地異などに遭遇して、初めて万人は、神頼みしかないところに追い込まれる。

大方の人がそうなるのは、世界に冠たる知的民族である日本人としては、情けないことではある。

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チャネラー達-9

2006-01-24 04:52:06 | 超能力・霊能力
◎補助霊は冥界のガイド

人類学者エリアーデは、シャーマンの霊的な能力獲得過程の中に一間の共通パターンを見ているが、個人から始まって、個人の死、普遍なるものとのコンタクト、個人の復活と典型的なパターンが組み込まれていることを発見している。

外見上シャーマンが、狼や蛇や熊やつむじ風に変身して、その動物の動作や、声を真似するのは、動物霊の憑依のように見えるが、實態はシャーマンによる補助霊の獲得である。

動物の霊として補助霊が現れ、シャーマンが動物の霊と秘密の言語(精霊や動物霊と交信するための秘密の言葉)で対話して、最後にはシャーマン自身が動物霊に変身(仮面、身振り、舞踏など)することは、シャーマンが人間であることを放棄する、つまり死ぬことを意味する。

動物はシャーマンを、口にくわえたり、呑み込んだりして、地下世界に運び、シャーマンを復活させ、結果としてシャーマンに、冥界と通じる能力をも与えることになる。

シャーマンは、薬草(幻覚性植物)やリズミカルな太鼓の連打から、精霊の憑依に至るあらゆる手段によって「死」に到達する。

以上シャーマンの冥界的能力獲得には、動物霊が重要な役割を果たすことを述べたが、シャーマンへの入門儀礼においては、動物霊ではなく、死んだシャーマンの霊や老シャーマンに使えた霊が、シャーマンに憑依し、シャーマンを呪術者に入門(イニシエイト)させてしまう。

このシャーマンの世界は、精霊をバンバン用いるので、クンダリーニ・ヨーガの世界に分類することができる。小さな死からの復活とは、小さな悟りのことであり、それを繰り返して行く中で、絶対的なものに出会うことになるのだろう。

注意すべきは、文化人類学者は、こうした体験は、終始体験している個人がしている体験だと思い込んでいるところであり、個人が本当に死に、神が神を体験することがあるという消息は、夢想だにできないところだろう。

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足るを知る

2006-01-23 05:03:31 | 老子
◎老子第46章 天下有道

足るを知るということはほどほどで我慢したり、満足したりすることを学ぶことではない。を見たり、知ったりする、人間を越えた体験があって初めて足るを知ることができる。

生活の智慧として、欲深にするのははやめようとか、そこそこにしようとか言っているわけではない。

本当の分を知ることは、人間的体験の中にはない。冥想にある。

欲望を満足させるというのは、マニピュラ・チャクラの働きであり、愛は、アナハタチャクラの働きである。時代は、単なる欲望満足から愛へと移り変わろうとしているので、この章の意味は深長である。

老子第46章 天下有道

『天下に道が行われるならば、軍馬はしりぞけられて、田野が耕作されるであろう。

天下に道が行われないならば、軍馬が田野で子を生むようになるであろう(田野が戦場となる)。

足るということを知らない欲深さより大きな禍いはない。とどまることを知らないということより大なる咎はない。

野心を是認するより大きな罪はない。

だから分を知って満足するということこそ、いつも変わることのない不朽の満足である。』

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フッカーエメラルドブローチ/スミソニアン博物館/75.47カラット

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奥深い心

2006-01-22 05:08:24 | 現代冥想の到達点
「奥深い心」

すでに人間はいない
あらゆるものを構え
その中でとりとめもない
人間の喜びと人間の悲しみとを持つ
そのものはすでにいない

人間の喜びと悲しみとから生れる
あのしみじみとした心の果てには
すでに人間はいない

人間にとってあるというすべてのものは
ことごとく消え果て
ただその奥深い心だけが
何の束縛もなく現前している

それは人間の心ではない
人間の喜びも悲しみも
その心のどこにもないのだから
人の子の悲惨な死も
甘美な恋慕も
その心には見えない

また その心は
石ころと人間とに区別がつかない
めくらで不人情な心だ

だが その非人間的な心の絶対から人間の喜びと悲しみとを
しみじみと眺めあたたかく包む
何ものかが
限りなくあふれ出す

(ダンテス・ダイジの詩集『絶対無の戯れ』/森北出版から引用)

このブログは理屈っぽいブログだし、書いている本人があまり情感豊かな人間ではないので、この詩を読んでも、こういう状態は、マントラ禅(南無阿弥陀仏などのマントラの念唱)によりマントラそのものに成りきるマントラ・シッディにおけるメンタル体におけるアナハタ・チャクラが開く体験だなどと説明してしまう。

クンダリーニ・ヨーガでいえば、個別人間の終わりであるコーザル体を抜けないとこの実感はないだろう。

バクティ型の、自分自身を神の御前にすべてを投げ出すタイプのものでも、これは起こるだろう。

しかし本当の他人のへの思いやり、親切、無私の愛などと言われる、この社会に足りないもののほとんどが、この非人間的な心の絶対を体験することなしには、わかるものではない。

ありがとうを何回も言う運動。漫然と繰り返すだけでは何も起こらない。そのままでは、個人的無意識の感情の部分をやや刺激する程度に終わる。

でも「ありがとう」というマントラに自分自身をすべて投げ出して、「ありがとう」になり切ればきっとそれは開けるだろう。でも使うマントラに制限はなく、「ありがとう」ではなく「エグザイル」でも「倖田來未」でも「ケツメイシ」でも、いつかは行けるところが摩訶不思議。「ありがとう」に成りきる、「エグザイル」に成りきる、「倖田來未」に成りきる、「ケツメイシ」に成りきる、どれも人間の気持という感情のことを言っているのではない。「奥深い心」のことである。

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ローガン・サファイア/スミソニアン博物館/422.99カラット

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宝石は天のパワー

2006-01-21 06:07:06 | 錬金術
霊感商法と間違えられては困るが、宝石のミステリアスなパワーについて、中世の錬金術師アルベルトゥス・マグヌスが、ヘルメスの宝石の見解について述べている。それによるとヘルメスの宝石の見方は、

1.すべての『普遍的な力』は、すべてのものに宿るが、その宿り方には、高貴な方法でやどる場合と卑しい方法で宿る場合の2とおりある。高貴な方法とは、受けた素材の輝きや透明性が天上のものにより近いものであり、卑しい方法とは、素材の輝きや透明性が混乱し、もつれているものである。宝石は、高貴な方法によるので、何物にもまして素晴らしいパワーを持つ。

2.宝石の4つの主な色は、天上界にもある色である。
(1)星のない時の空の色
  ラピスラズリ

(2)明るく輝く白
  これはほとんどの星の色である。ダイヤモンド、ベリル(緑柱石)、水晶

(3)火のように赤々と輝く色
太陽や火星などの色のことで、ルビー、ざくろ石、スピネル。特にルビー、ざくろ石は、最高に高貴で天のあらゆるものに輝きと力を与える普遍的な力としての太陽と似たパワーを受ける。

(4)暗い曇った色
一部の星や月宿に見られる色。玉髄(石英の微小な結晶から成る)、アメジスト、エメラルド、孔雀石などの暗く曇りのある石がそれである。

自分の強欲さを隠さない人が多い中で、冥想的な人は、禁欲的であることが自然な態度として、日常を過ごすのであるが、天の力、神の力の純粋な現れとして、宝石というがあることを否定する訳にはいかない。また宝石そのものには、もとより善悪などはないが、無理やり手に入れようとして、宝石欲しい餓鬼になってしまえば、天の力は遠ざかる。

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チャネラー達-8

2006-01-20 05:41:44 | 超能力・霊能力
◎沖縄のノロ

沖縄は、シャーマンを中心とする祭政一致の時代が8、9世紀から江戸時代まで続いていた。その中心となったのは、世俗権力を掌握していた根神と呼ばれるその村落の宗家。宗家は世襲であり、宗家が鎮守の杜または鎮守の山の最前面にあり、その周りに村人の住居が展開していた。

そして、祭司を掌握していたのは、ノロと呼ばれる祝女(神女)であった。その村には神女が多数おり、ノロがその最高神女の呼び名であった。ノロは、時代が下がると領地を与えられ、公儀ノロという位置づけになった。ノロと根神は、権力的には同等であった。ノロも世襲であり、村人から見ると、ノロは霊力高い神女であり、首里の中央権力の息のかかった官人でもあり、畏敬の対象となっていた。

ノロは旧い家柄であるがゆえに、どのノロ家も○○王の子孫ということで、その出自を誇示する意識は強烈であった。琉球王国の最高神女を聞得大君と呼ぶ。本土では巫女は未婚というのが先入観としてあるが、ノロはむしろ既婚者が多かったようである。

官に近いノロに対し、ユタは在野のシャーマンのこと。ノロは、琉球王国が薩摩藩に敗北した江戸期から衰退を始め、第二次世界大戦を境にして、ほとんどその地位は失われたようである。これに伴って沖縄の人の民のスピリチュアルな相談相手はノロからユタに変わってきたようだ。

2005年12月25日、首里城復元期成会の主宰で、国頭村の辺戸大川で取水した若水を首里王府へ奉納する伝統行事を再現した「首里王府への美御水(ヌービー)の奉納祭」が行われたというニュースが流れていたが、これは、もともと国王の健康や国の繁栄を祈願して琉球王朝時代に実施されていた祭事であり、ノロが主宰すべきものであったが、ノロの衰退によりいつしか行われなくなったものであろう。2001年から復活したものの、観光行事として復活した。

ブログにも沖縄系ブログがありますが、このような誇り高さと伝統を知ると沖縄への見方が少し違ってきますね。

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守礼の門

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エキゾチックな宇宙船

2006-01-19 05:56:31 | 時代のおわり
中国における唐の時代や、ヨーロッパにおけるルネッサンスなど意識それ自体を拡大させようとする流れは、文化や生活全体を遠からず変えてしまうことになる。唐という世界帝国は、玄奘三蔵のインド経典の輸入や天台智が止観(禅定)という純粋冥想を持ち込んだことにより、次の宋代において朱子学の発展を促した。

また唐代は、貴族政治が頽廃して、君主独裁に切り替わる時期であったので、人民は、貴族の持ち物から独裁君主の直接統治に入ることにより、より君主に近い所に位置することになった。このような人々の地位の上昇は、人々の自意識の上昇を促すことになる。

ルネッサンスも中世のカトリック・キリスト教のくびきから抜けて、プロテスタンティズムにより近代的自我が社会的に広範に形成され始めようとした時期であった。このことは、最近のダ・ヴィンチブームでよくご存じの方が多いと思う。

そのような意識拡大は、必然的に感覚も拡大させようとする動きと平行している。
一つは、味覚。特に砂糖とスパイス、嗜好品である。

砂糖は、14世紀にはヨーロッパに持ち込まれていたが、それまではインド原産の高価な珍品であった。
スペインは、大航海時代において、サトウキビを米大陸で組織的に増産しようとしてアフリカから奴隷を大量に送り込んだ。これにより、砂糖というとろける味覚は、中世ヨーロッパにはなかった舌の陶酔をもたらすことになった。

スパイスは、もともと中世イスラム世界にあったナツメグ、シナモン、クローブ、カルダモンなどが細々とヨーローッパに入って来てはいたものの、大航海時代に香料諸島などでスパイスの大増産ができるようになってから、一般庶民の口にも入ることになった。

コーヒー、タバコなどの嗜好品が広まったのもこの時期である。聖書には、預言者がタバコを吹かしたり、コーヒーでくつろぐ場面はなく、その教えを忠実に日常生活で守ってきた中世ヨーロッパの味覚は、パンと肉、牛乳、チーズとぶどう酒という単調なものであったろう。コーヒー、タバコが入ってきたことで生活の新たなリズムが生れたのだ。

もう一つは、視覚である。
中世ヨーロッパでは、質実剛健な教会や修道院の建築、写実性に乏しいが寓意的な絵画や彫刻が中心であった。衣装、家具、調度品の色彩デザインも地味で堅実なものばかりであった。

これがルネッサンスになってから、華やかな色彩の写実的な絵画、彫刻が現れるようになってきた。人間性肯定の気運とは、人びとの個性を肯定しようとする社会定な個人の地位の向上の動きのことである。それは、用いられた色彩の多様化という形で現れた。

このようなあらたな味覚、視覚への広がりは、感覚におけるエキゾチズム(異国趣味)への関心の高まりである。20世紀からは、特にそういった新たな感覚にチャレンジしようという動きが激しい。味覚についても、どの街に行っても多国籍料理と称するエスニック料理の看板を目にするようになった。色彩、デザインも60年代のサイケデリック・ブーム以後は、全くタブーなく斬新なものが使われるようになった。

社会全体のエキゾチズムへの関心の高まりは、同じ時代の意識の拡大の動きと軌を一にしている。宇宙旅行も可能になり、テレビの秘境探検番組ももはや地上には秘境はないと言われるほどにあらゆる秘境を究めている。もはや残された秘境は三次元宇宙空間にはなく、別の意識次元にしかないことを暗示しているとしか思えないのである。冥想という新たな宇宙船に乗って。

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チャネラー達-7

2006-01-18 04:37:24 | 超能力・霊能力
◎シビュレ運命の書
古代ローマでも、ファティマ第三の預言のようなネガティブ預言集が珍重されていた。それをシビュレ運命の書と呼ぶ。

シビュレ運命の書は、10人の女預言者の幻視集である。さる神霊が女預言者に憑依し、忘我状態になって預言を語った。その預言が何十年も後でしばしば実現することがあったので、司祭たちはその預言を記録していった。

この記録書「シビュレ運命の書」は、石の箱に納められ、ローマのカピトリウム丘のユピテル神殿の奥深く、厳重に保管されていた。これは、ギリシア語の預言であり、元老院の決定した15名の者が、戦争、飢饉、疾病、天災、などの緊急事態に限り読むことを許され、その中から適当な神託を捜すのであった。乱用は死刑をもって罰せられた。

これは、決定そのものを神託によって決めてしまおうとする動機で用いる神託ではあるが、タイムリーさを欠いており、神託の内容よりは、適当な神託を捜し当てる直観の的確さのほうが問題となる。

というのは、預言した時点から預言自体が現実に干渉していくので、その預言は預言した時点で正しいものであっても、どんどんずれていくのが通常だ。ローマ人全体の集合的無意識や現実を作り出すアラヤ識という深い潜在意識を読み解いたのがシビュレ運命の書という神託集なのだろうが、古い神託であればあるほど、そのずれの分はずれることになる。

いつの時代も人間は、神の言葉に血眼になるが、その言葉に出会ったとしても、容易に探し当てられたという実感は得にくいものだ。

紀元前83年ユピテル神殿が大火に遇い、シビュレ運命の書は消失したので、もはやその中身を知ることはできない。これもカサンドラの呪いのせいだろうか。

※カサンドラの呪い
カサンドラはトロイアの王族の女である。アポロンはカサンドラを愛して予言の力を与えたが、カサンドラは、アポロンに身を任せることを拒んだため、アポロンは仕返しに、彼女は迫り来る災いしか預言できず、かつ誰も彼女の予言を信じないようにしてしまった。
そのため彼女は、ギリシア軍の木馬の入城を止めようとするなど、事あるごとにトロイアの危機を警告したが、人々は聞きいれなかった。

イリオスは、トロイア戦争にはロクリス人を率いて40隻の船と共に参加した。トロイア陥落に際しては、アテナ神殿に逃れたカッサンドラを凌辱し、アテナの怒りを買った(神域に逃れた人に危害を加えてはいけないと云う掟があった)。このため、イリオスは、ギリシアへの帰路に溺死させられた。

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イリオスがカサンドラを襲うの図

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チャネラー達-6

2006-01-17 04:02:55 | 超能力・霊能力
◎夢で神託

紀元前5世紀の頃、アテネの北方50キロのオロボスの街の中心には、この地方の守護神アンピアラオスの神殿と巨大な供犠祭壇があり、長さ110メートルの睡眠ホールがある。この睡眠ホールは、まだ寝台の土台まで残っている。

ここにあるアンピアレイオンは、金持ちやインテリ専門の社交場風の湯治場であり、鉱泉が湧きいで、神託を受けようとする者は、ワインまで提供され、ここでくつろいで夢を見るのであった。そこで見た夢は、祭司によって精神分析的な方法で解釈され、巫女による託宣の代わりとなった。

神託希望者は、神託を受けるための睡眠の数日前から、豚肉、一定の魚、タマネギ、豆、にんにくを避ける。飲み物は水だけという食事制限を課された。

精神分析でも、体調の悪いことが夢に出てきたり、心配事が夢の内容に影響を与えることは知られている。スパで気持よくなって見る夢が悪かろうはずはない。この程度のことは誰でも知っていることだ。

2世紀の夢占師アルテミドロスすら、この子供だましなことを指摘している「ある夢を見たければ、薫香類を焚いたり、魔法の呪文を唱えたりするな、分別のある人間なら、無理無法なことを要求する連中の望みをことわるのに、神々が凶暴な要求に耳を傾けて下さるなどと思うのは馬鹿げているではないか」。
(底本:神託/P.ファンデンベルク/河出書房新社)

夢の深まりによっては、神託と呼ぶべきものもあるだろうが、何の冥想的訓練のない、潜在意識に対する感受性を開発されていない人が夢を見ても、なかなかアポロンなど高級神霊の登場する夢をみるものではないのだろうと思う。

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