アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

テレビの前の正気-12

2005-09-30 05:16:25 | マインド・コントロール
◎催眠における暗示の原理とテレビ洗脳-2

3.催眠とテレビの手法の相違(催眠性トランスの有無)
催眠誘導または催眠術は、通例、催眠性トランスへの誘導技術にその説明の半分以上が割かれている。つまり催眠とは、催眠性トランスに誘導してから、暗示を刷り込むものなのである。

ところが、テレビ・コマーシャル、何気ない道路の看板などの通常のサブリミナル・コントロールにおいては、相手を催眠性トランスへ誘導することなく、相手の顕在意識がしゃんとしている状態で、いきなり狙いとする情報を刷り込んでくる。ここが催眠術とテレビなど通常のサブリミナル・コントロール手法との大きな相違点である。

もっとも、催眠の方は、れっきとした医療技術でもあることもあり、まず最初にインフォームド・コンセントに相当する、本人の事前了解を受け、施術者と被催眠者の間の信頼関係(ラポール)を築くことが必要とされる。これは1対1の医療現場では当然のことではあるが、催眠自体が、歴史的に超能力などと同様のきわもの扱いされてきた経緯、さらに明治41年に催眠術が法律で取り締まられてきた経緯を反映した結果、より慎重に被催眠者に対応していく必要があったためと考えられる。なお、催眠の価値を認めない医者や心理療法家もまだ多いそうだ。

他方テレビのサブリミナル・コントロール手法において、催眠開始前の信頼関係(ラポール)に相当するものは、「テレビ番組が、公序良俗に反していない」という社会的通念と考えることができよう。以上により、事前の信頼関係に相当するものは、催眠にもテレビにも既にあると考えられる。

またここでは、テレビ視聴者が、催眠性トランスに入っていないことを、とりあえず前提としているが、催眠性トランスの状態に入るテレビ視聴者が全くいないのかどうかということも検討すべき課題の一つと考えられる。

次に、催眠性トランスへの誘導の実際を見てみたい。


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テレビの前の正気-11

2005-09-29 06:00:34 | マインド・コントロール
◎催眠における暗示の原理とテレビ洗脳-1

サブリミナル(潜在意識)への情報投入は、そのままでは、物を買わせたり、特定の候補者に投票させることはできない。その商品がすてきだとか、特定の候補者が好ましいと思うだけで、間接的に作用するだけである。そこで、各人の何でも従順に言うことを聞いてくれる人の良い潜在意識に、自分の思うがままの行動をさせようと思うのは、企業や政府にとって自然な流れである。

そこで潜在意識に対して暗示を用いて、ある行動を起こさせようとする催眠という技術が、どの程度応用されているか、またはいないかを見てみたい。仮にテレビから流れるニュースやコマーシャルに催眠性暗示がある場合、その暗示による実質的な行動指示の影響で、その狙いとする行動を起こす人が一定の確率で発生するのは、当然に予想されることである。

1.催眠とは
催眠とは、主として暗示によって、意図的に変性意識状態を作り出す方法のことであり、またその変性意識状態のことをも催眠と呼ぶ。変性意識状態(催眠性トランス)とは、自意識はあるが、頭の中がボーッとした一種忘我の状態となり、何もしたくなくなって、自発的に行動しようとする意志が薄れる状態である。この状態では被暗示性が亢進し、理性や判断力が低下し、無批判に暗示を受け入れやすい状態となる。要するに何でも物分かりのよい「潜在意識」がむきだしとなった状態なのである。
顕在意識がしゃんとしていれば、「あなたは、眠くなります」などと言われても、「何を言っているんだ」などと反発するところだが、催眠ではそれはない。

2.催眠は自己暗示
催眠においては、表面的には、第三者が主導権を握って催眠性トランスに導くが、実態は被催眠者が自己暗示を行っているのである。というのは、催眠性トランスにおいては、被催眠者は、催眠者の暗示どおりになることを望み、意識するしないに係わらず、自分に暗示をかけるのである。それゆえ、催眠者はあくまで、自己暗示のための媒介の機能しかないことになる。


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エドガー・ケーシーの見たアトランティス-1

2005-09-28 07:13:12 | 時代のおわり
◎半人半獣

最近、前世記憶で、アトランティスの前世を語る人が少なくないので、アトランティスの話です。

エドガー・ケーシーの幻視の五分の一はアトランティスがらみである。
それを読むと、アトランティス大陸沈没前夜に、当時の最先進国アトランティスから、アトランティス人が半人半獣の奴隷を連れて、大挙して、エジプトにやって来たとある。
また人間にも総じて尾があるとされており、 半人半獣には、羊の脚があったり、蹄がついていたり、頭だけが馬で身体は人間のものも見られた。
また、エジプトの先住民には、手足には翼が見られたので、アトランティス人は彼らを奴隷と分類していたとされる。。

半人半獣の起源について、エドガー・ケーシーは、霊魂がそのメンタル体(想念体)を物質に投射して、地球に入り込んで来た頃、魂は肉体に住むようになったことにより、尾などの獣的な付属物を引き継いだことが起源であるとしている。

スフィンクスは、ライオンと人と鳥の翼の合体であるが、ケーシーは、これを人間が今の体型を作り出すまでの過程で通ってきた肉体を表現したものとしている。また、これがユニコーンやケンタウロス、人魚やエジプトで出土する半人半獣神像のようなイメージの出所のようである。

当時エジプトにあった犠牲の宮での修練で、肉体が浄化されてくると、徐々に翼などを自分の手足から除けるようになり、毛も少なくなり、尾や獣の手足、蹄が変形した身体の一部を取り除き始め、だんだんと均整のとれた身体を持てるようになってきた。

このようにアトランティス大陸沈没前夜の人間の大きなテーマの一つは、個々の生命の維持であり、それに直結した肉体の浄化、改善、改造ということであった。そしてまた、半人半獣であっても、一人の人間として、ついには神を知ることによる救いを得ることももう一つのテーマであった。

こういった半人半獣のエピソードそのものは、それだけでは、連続ドラマのストーリーをもう1つ知るのと大差ないが、当時のエジプトの美の宮の門にあった「主よ、道を示したまえ、我は我が身と魂を汝と一つとなさん」という文句をみると、人間の根源的な願いは、主なる神との合一であり、それは、当時も今も、何ら変わりがないことが知れる。

さて、アトランティスの前世を見てる人は、半神半獣を見たのでしょうか。

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テレビの前の正気-10

2005-09-27 05:40:16 | マインド・コントロール
◎サブリミナルのマインド・コントロール-4

4.スポンサーの好みを自分の好みと思い込む

(1)販売促進の原理
広告やコマーシャルによる単純呈示による販売促進は、次の二つの原理に沿って行われる。
(a)説得性原理
商品の存在と魅力をアピールし、他の商品に比べて優れていることを消費者に納得させる。
これは顕在意識(表層意識)に向けて働きかけが行われる。

(b)親近性原理
その商品を見知っている、なじみがある、聞き覚えがあるという状態になるだけで、他社製品より買いたくなる。どのような対象でも単純に見せられた経験や聞かされた経験が繰り替えされればされるだけ、一律にその傾向は増大する。既知のものは、より安心である。聞き覚え、見覚えがなくとも親近感は増す。換言すると経験済のものと経験無しのものを2つ並べて出されると、人は必ず経験のあるものを選ぶものである。
これは、サブリミナル(潜在意識)に向けて働きかけが行われる。

(2)親近性原理と説得性原理の複合・強化
消費する購買するという行為は、それを手に入れることにより、自分が,何かすばらしいものになったり接したりすることであると思い込ませることを説得と考える。
たとえば、高級感と商品を合わせてコマーシャルを繰り返せば、その商品は高級というイメージが連想される。実際には、ゴージャスな雰囲気の舞台や背景にに有名女優が登場して、商品を紹介するというようなコマーシャルは、毎日いくらでも流されている。

商品の呈示に付随して、与えたいイメージの映像をかぶせるのは常套手段である。
日常生活とはかけ離れた、南海のリゾートの風景、ゴージャスな室内なども肯定的なインパクトを与えることができる。また逆に大事故、パニック、殺人、タブー語や、死と破壊のイメージが感情的にインパクトがあるのは知られている。

情動的にインパクトの強いものは記憶に残りやすい性質があるので、ショッキング、残酷、暴力的、性的なものは記憶に残りやすい。ショッキングな映像を流して、視聴者を引きつけてから、商品名テロップを入れるという手口である。「ファイト!一発」「アジエンス」などは典型である。

他方流行品を手にすることにより、自分が社会的なマジョリティに参加している気分になり、安心するという心理的メカニズムも別にある。

このメカニズムを全体としてみると、コマーシャルや広告により意図的に欲望を喚起し、それに商品という心理的な意味を潜在的に与えて欲望を満足させるか、社会的な行動のシナリオ(社会的マジョリティに参加するなど)を潜在的に与えて欲望を充足させるか、というメンタルなプログラムとしてでき上がっている。この結果、我々の中にはスーパーやコンビニやデパートで買い物をすることにより、満足した気分を味わう人が一定の確率で発生するのである。

かくのごとく、自由意志はそこなわれて、スポンサーの好みを自分の好みと勘違いしていることに気がつかない人が拡大再生産されるのである。
(「サブリミナル・マインド」/下條信輔を参考とした。)


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テレビの前の正気-9

2005-09-26 05:26:01 | マインド・コントロール
◎サブリミナルのマインド・コントロール-3

3.人は素直に操作される

(1)人はサブリミナルに与えられた情報の方を無条件に選びがち
千分の一秒だけ図形を見せて、「いまの図形は何だった」と聞いても回答できるものではない。それゆえ千分の一秒のように極めて短時間の画像呈示をサブリミナルでの単純呈示と呼ぶ。何気なく見ているテレビ・ニュースやコマーシャルや町の立て看板なども、意識的に見ていないという場合においては、サブリミナルな情報呈示と考えることができる。

さて千分の一秒だけ見た図形でも、その見たという潜在記憶をもとに、好ましいと判断する法則がある。このことから、「見覚えがある」という確信があるものと、より好ましいとするものは、ほとんど同じものにはならない。要するに「見覚えがあると確信するもの」を好ましいと思うかどうかは全く別であるということ。むしろサブリミナルで単純に呈示した効果の方が好ましいと思われることがわかっている。

さらに再認識できないようなかすかな潜在的な知覚・記憶の効果は、ある基準にしたがって選択して下さいというケースでの基準の内容に係わらず、潜在的な記憶のある方を選びがちの傾向がある。マンドラーの実験例では、より明るいものを選択せよと指示した場合も、より暗いものを選択せよと指示した場合も、潜在的な知覚・記憶がある方を選んだ。
そして選ぶ本人はなぜそれを選んだかわからないから、何となくそれを選んだつもりになっている。

このあたりは、シャクターの法則の「本人は自覚できないが、無意識には知っている事柄があるが、それを自分で言葉で説明することはできない。つまり無意識的な判断は行動に出る。意識的な判断は言語に出る。」によっている事象。

これにより、人によっては、後でサブリミナルで単純呈示したことを説明しても、一般的にはそうかもしれないが、自分は違うなどと主張したりするケースすらあり、呈示回数を増やせばふやすほどその効果は上がる。
呈示時間は0.5秒以上が閾上(顕在意識)、千分の5秒を閾下(サブリミナル)とした実験では、十分な回数の呈示を行えば、閾上呈示と閾下呈示の比較を行えば、閾下の方が効果が増大することか知られている。

また無意識(サブリミナル)で見たか見なかったをどう判定するか。これは、自覚できない心の部分を自覚せよということになり、一般人にとっては、わからないということになる。また同様にサブリミナルの効果がどの程度継続するかどうかも自覚できない。

(2)人は、サブリミナルな情報操作に素直に従い、画一的な欲望を持つ

以上により、
(a)サブリミナル・コントロールが微妙で気がつきにくいほど、我々は、無抵抗にその操作に従いがちである。
逆に意識できる情報呈示であれば、我々は独自の判断で取捨選択、抵抗するものである。
(b)サブリミナル・コントロールでは、我々は素直にその操作どおりに選択する性質があるため、我々の欲望は受動化、画一化しがちである。

このようにテレビ・ニュースでも、コマーシャルでも何気なく見ていれば、我々は無抵抗にある種の情報を選ぶように仕組まれることになっていることになる。この性質を利用して、政治宣伝、経済宣伝が、どんどん我々に対し行われていく。

(「サブリミナル・マインド」/下條信輔を参考とした。)



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テレビの前の正気-8

2005-09-25 08:29:08 | マインド・コントロール
◎サブリミナルのマインド・コントロール-2

2.サブリミナル情報の影響範囲、時間
選挙運動で候補者の名前を連呼することや、同じテレビ・コマシーシャルを繰り返すことは、それを聞いたり見たりした人に、その記憶を刷り込むことは広く知られている。
こういった潜在意識(サブリミナル)がどの程度効果を及ぼすかについて基本原則となる「シャクターの情動二要因理論」というのがある。(「サブリミナル・マインド」/下條信輔を参考とした。)

(1)シャクターの情動二要因理論の前提は、「情動による生理的喚起=興奮状態は、情動の種類(喜び、怒り、悲しみなど)にかかわらず共通である。」ということ。要するに、
喜び、怒り、悲しみを共通の興奮状態と考えて、人間はまず最初に興奮して、その後にその興奮が喜び、怒り、悲しみのいずれかかどうか判断するものだという理論である。
常識的には、喜んで興奮する、怒って興奮するというのが自然であるが、実験心理学者は、肉体の興奮反応と感情をどうしても分けて考えたがる習性があるようだ。

(2)シャクターの情動二要因理論の結論は、

(a)生理的興奮そのものは、怒り、悲しみなどの情動(感情)の種類にかかわらず、案外似ていること。

(b)怒り、悲しみ、喜びなどの情動(感情)は、その興奮の原因が何のせいであるかと思う(認知)ことによる。その原因が痛みなどの生理的な要因であることもあるが、罪の意識や性欲などの、無意識にその感情を湧き起こさせる過程が要因であることもある。
というのは、事前に与えた情報により、その感情が昂進したり、抑制されたりすることがあるからで、興奮により自動的に感情が発出するものではないということ。

(c)そして本人は自覚できないが、無意識には知っている事柄があるが、それを自分で言葉で説明することはできない。つまり無意識的な判断は行動に出る。意識的な判断は言語に出る。

(d)人は自分の感情や行動の本当の理由を意外に知らないが、そのメカニズムは、生理的ではなく、認知して初めてわかるものでありながら、意識的することはできないからである。

基本原則としては、この程度であり、いろいろテレビ・ニュースコマーシャルが、潜在意識(サブリミナル)にどの程度の影響を与え、その影響が継続する時間まで知ることはできないということがわかる。
ところが、マスコミ、広告業者、選挙屋?などは、経験的にどのようにすればサブリミナルな影響力を行使できるかを知っており、実際の活動に利用しているとしか思えないところがある。それでは、どのように自分の好みが、影響を受けているのだろうか。

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テレビの前の正気-7

2005-09-24 05:44:31 | マインド・コントロール
◎サブリミナルのマインド・コントロール-1
 
1.サブリミナル・(潜在意識)コントロールとは何か
現代人は、知性が発達し、自立的で個性的な精神を持っているから、自分が何を買うのかや何が好みかということは、よく知っているが、一歩進んで、自分がなぜそれを好むかということは意外にわかっていない。

サブリミナル広告とか操作とは、テレビや映画で、本筋とは関係のない画像を、数コマ挿入して無意識に知覚させることだと思われているが、それだけではなくて、日常われわれが目や耳で接するテレビ・コマーシャル、何気ない道路の看板なども、記憶に長く残り、結果的に潜在意識を揺さぶってくるものであり、これを全体としてサブリミナル・コントロールと見ることができる。
したがって、いわゆるサブリミナル・コントロールの問題点は、自分の潜在的欲望を操作されているという自覚のない状態で、外部から我々は自分の欲望と好みを操作されているということに尽きる。

テレビ・コマーシャルによって、有権者の候補者の好みを変えてしまおうという試みは、米国の歴代大統領選挙のケースで顕著であったし、日本では今般の衆議院議員選挙に際して、自民党と民主党の対決という構図の中で、初めて両政党のテレビ・コマーシャル対決という色彩が前面に出てきていたように思う。選挙結果を見て、自民党のうまい宣伝に、してやられたと思う人も少なくないようだ。


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ピラミッドの目的

2005-09-23 06:56:55 | 時代のおわり
◎ブラントンとブラバツキー夫人

ピラミッドとアトランティスのことでは、かの眠りながら予言するエドガー・ケーシーが有名であり、エドガー・ケーシーの14,246本の予言の中の五分の一はアトランティス関係である。
ケーシーについては、後に言及するとして『秘められたエジプトを探して』(1935年)の著者ポール・ブラントンのピラミッド王の間の体験が、ピラミットの建造目的を示唆している。

《王の間で、一夜を過ごした時に、身体がひんやりしてきたと思うと王の間が見えない存在で満たされているのを感じた。そして巨大で奇怪な生き物、地下世界の邪悪なものたち、異様、狂気、無様、極悪非道といった感じをもたらすものが形となってブラントンを取り囲み、想像を絶するほどの不快感に悩まされた。
しかしまもなくエジプトの高位の神官の正装をまとった長身の賢者の霊が現れ、「おまえはなぜこの場所に来たのか。秘められた力を呼び起こすためなのか。お前は人生の常道では満足がいかないのか」と問い、遠回しにブラントンを脅して、追い払おうとしたが、引き下がらなかった。
一人の神官の霊がブラントンを石棺に連れて行き、石棺の中に入れると、プラントンは、死と境目のトランス状態へと誘導され、幽体離脱を体験し、今は亡き愛する人々との再開を果たす。
最後に神官の霊が「警告を現世へと持って帰るのだ。人間は創造主を見捨て、同胞を憎しみの目で見る時、この大ピラミッドが建てられた時に栄えていたアトランティスの君主たちのように自らの重い罪ゆえに滅ぼされる。アトランティス人が滅ぼされたように。・・・。大ピラミッドは、お前自身の謎だ。秘密の部屋と古代の記録は、すべてお前が生まれ持った性質の中に含まれている。」と語った。》
《図説:大ピラミッドのすべて》

20世紀初頭のオカルティスト、ブラバツキー夫人は、大ピラミッドは、人間が神のもとへと上昇し、神々が人間のもとへと下降する秘儀参入が行われる神殿であるととし、王の間の石棺は、いわば洗礼盤で、秘儀に参入するものは、変容を体験するために石棺の中に身を横たえたと見ていた。。
変容というものを、仮に神に目覚めることであるという初歩的なものに限定するならば、小石がカチンと竹に当たった瞬間に開悟した禅僧香厳の出来事は、秘密の儀式でもなんでもない。偶然小石が竹に当たっただけなのだ。
変容とは、人間から見れば上昇であり、神の視座から見れば下降であり、神霊的な説明が大好きなブラバツキー夫人は、秘儀という言い方をしているが、神霊好事家の目から見れば、神に目覚めるその出来事が秘儀に見えるのだろう。

プラントンの体験にしてもブラバツキー夫人の言及にしても王の間が、ある特殊な冥想空間、神域、サンクチュアリであることを示唆しているように思う。そしてその王の間の効果の評価をするためには、精神的なものの価値があるということが、世界的に広範に認められていくことが必要となる。それがなければ、結局現代では、ピラミッドの価値と建造目的はわからず仕舞いになるだろう。

精神的なものに価値があることを認める時代とは、精神的価値の代替としてブランド品を買うことをやめる時代のことだと思う。

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テレビの前の正気-6

2005-09-22 04:45:33 | マインド・コントロール
◎思考停止への誘い-4

⑸コマーシャルは密かにしみ入る
コマーシャルを主人公と見れば、テレビニュースは、コマーシャルの合間に入る脇役または話の枕にすぎない。
日本でも、新聞の最大手でも9百万部程度であるが、日本全国50百万世帯あるわけだから、同一時間帯に一斉にコマーシャルを流せば、最大手の新聞や雑誌に広告を打つより効果があることになる。テレビコマーシャルは、広告メディアとして極めて優秀である。特に視聴率を安定してかせぐテレビニュースのコマーシャルには高いプレミアムがつくことが多い。

(a)コマーシャルの中身
その商品を買えばあなたは幸せになれるのだという幻想を与える。コマーシャルの商品を買えば、人生のほとんどの価値が手に入る。高い社会的ステータスの誇りとしての高級車、誰もが認める美としてのブランドの洋服。異性への魅力を倍加させる化粧品などなどである。金を投じて精神的な価値を手に入れることができるのだ。

(b)コマーシャルは心にしみ入る。
静けさや心にしみ入るコマーシャル
とは、松尾芭蕉の山寺の立石寺の句のもじりである。
我々は、「さあ、コマーシャルが始まるぞ。耳にふたをして聞かないようにしよう」などと身構えたりしない。コマーシャルは一種のBGMのように自然に我々の心に入ってくる。そのことがコマーシャルの効果が高い理由である。新聞、雑誌の広告欄はほとんど読み飛ばすあなたでも、テレビコマーシャルは、とりあえず耳に入ってしまう。
そして同じ文句を繰り返されることにより、そのマントラ(文句)は心の無意識に深くインプットされていく。
なお、マントラ・ヨーガでも「コカ・コーラ」とか商品名の呪文はOKとされる。

問題なのは、人生上の様々な問題を抱えているあなたが、タイムリーなコマーシャルを見ることで、その問題を解決するためのいろいろな商品知識を頭にインプットすることである。つまり、コマーシャルを見なければ、知ることのなかった商品を知ることによって、頭痛が起きればA社の頭痛薬を買い、低カロリービールが必要であれば、B社のビールを買うというように、コマーシャルは、実際の消費行動の動機になることである。コマーシャルは、「買う」という欲望を刺激し続けるのである。コマーシャルなかりせば、こんなに無駄な買い物はしないだろう。

すなわち、本来知る必要のない、余計な欲望を刺激する情報が、あなたの頭に次から次へと流れ込み、その結果あなたのハートは欲望でっかちになってしまう。コマーシャルを見るたび、欲しいか欲しくないかを思い、買えるか買えないかを思い、買えるとなれば、買いに行く算段をするものである。
その結果あなたのハートは自分のもっとも深いところから出てくる本源的な欲望を感じ取る落ち着きや余裕は、気分的にも、時間的にも失われがちとなる。刹那的な目先の欲望に右往左往しがちになるのである。

要するにテレビを習慣的に見る人は、意馬心猿状態なので、そういった人が自分の本音を知る落ち着いた気分になるためには、リラックス冥想のような初歩的な冥想がまず必要な状態になっているのである。また商品を買うことだけが、自分の幸福ではないということに気づくのがコマーシャル洗脳から抜け出る第一歩なのだろう。

コマーシャルは冥想修行に対しては、余計なお世話であり、邪魔ということになる。


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テレビの前の正気-5

2005-09-21 04:26:31 | マインド・コントロール
◎思考停止への誘い-3

⑷抽象的なもの、複雑な説明を要するものは、排除

テレビニュースでは、放送時間の制限から、個々のニュースを堀り下げて放送することはできないので、断片的ではあるが、整然と伝えることに重きを置く。従って,次のような事情から、抽象的なもの、複雑な説明を要するものは、排除されがちとなる。

(a)抽象的な出来事を多面的・総合的に説明することはテレビでは困難。
抽象的な出来事は、いろいろなレベル、側面から説明する必要がある。しかしながら、同じ出来事の描写であっても、表現する言葉によって結果的に違う印象、違う事実観を与えることがある。だから、同じ出来事を、あるテレビ局がAAAであると表現したものを、別のテレビ局がAABと表現しても全く不思議はないのだ。
特に抽象的なことを表現する場合にはそれが顕著である。

言葉には抽象物を、描写するケース、評価するケース、推論するケースと3つあるが、事実の部分は描写するケースだけであり、テレビ局の評価と推論の部分は事実でないことを認識していないと、事実を見誤ることになる。

(b)複雑で一貫した説明を要することはテレビに向かない。

テレビは動画でてきているので、例えば法律の話とか、マクロ経済の話、工学の話など複雑で一貫した説明を必要とする事柄には向かない。文字と数字だけで一杯で、動かない映像は、テレビのコマとしては最悪だ。それで、複雑で一貫した説明を要することは、最初から排除されがちである。

その結果、ニュース番組全体としては、相互に脈絡のない断片的な動画の連続という形で、各々の視聴者は世界観を組み上げる。互いに脈絡のない動画全体から、あるイメージを感じるというのは、互いの脈絡のないタロット・カード10枚から、占うことについてのイメージを受け取るのとほとんど同じなので、当然全員がほとんどおなじイメージを作り上げるとは限らないのである。

このようなことを前提にすると、我々視聴者が、自分の価値観や意見をしっかり持った上でニュースを見ないと、テレビニュースの説明は短く断片的で、一貫性がないので、ともすれば、映像から受ける印象だけでその事実を判定することになりがちである。事実への正確な理解より印象が優先するのである。これも落とし穴の一つ。

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テレビの前の正気-4

2005-09-20 04:12:59 | マインド・コントロール
◎思考停止への誘い-2

⑵事実とフィクションの区別がわからない。
ニュースの再現フィルムは、しばしば現実と誤認される。それが再現フィルムであるという注書きがあっても、見る方はどこのディテールがフィクションなのか見抜くすべがないからである。

またインタビューにおいて、質問を後から編集(挿入)することは、インタビュー版の再現フィルムのようなものだが、全体として見れば、実際起こらなかったインタビューを、まるで起こったかのように見せる、やらせのようなものと言われても仕方ないところがある。
これは、単純なニュース取材上のミスとは別である。

⑶重要でない情報を大量に流す
珍奇なもの、わいせつなもの、センセイショナルなもの、例えば犯罪や捜査の密着ドキュメント、風俗系のようなニュースは、禁断の果実を見たい、知りたいという欲望をあおる。ところがこういったきわもののことを知っているということは、あまり重要でないことに人々の注意を集中させている側面がある。要するに、あまり知る必要のないことに注意を向けさせることにより、知るべきことに充てられるべき時間心的エネルギーを失わせるのだ。

また逆に、知るべき重要なことを知っている気分にさせていることの方が問題である。テレビニュースは真実を報道していると純粋に信じている人ならば、「私は毎日テレビで最新のニュースをチェックしているので、世の中の動きには敏感である」などと時々語ることがあるのではないだろうか。
これは、本人に気づかれないうちに情報操作するための基礎となる条件の一つとなる。



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テレビの前の正気-3

2005-09-19 02:59:01 | マインド・コントロール
◎思考停止への誘い-1

テレビを見ていても、特に思考が止まるわけではない。
ところが、テレビニュースの内容に嘘や誤解を招くものがあったり、事実とフィクションの区別がつかなかったり、重要でないニュースが沢山あったり、複雑なものや長い説明が要るものは、最初から除外されたりしているので、真剣に現実を知ろうとする者は、思考停止に陥るハメになる。

⑴情報源の偏りによる誤解と嘘
テレビニュースの情報源として偏った情報源だけを取材し、偏った印象を与えることは容易である。だからテレビでは真実が勝つとは限らないなどと言われる。

次の例は、事実無根であったが、泣きながら語られた説得力ある嘘であったため、政治に大きな影響を与えることになった。嘘も、すぐにバレなければ、現実を動かす取り返しのつかない原因となる。

1990年湾岸戦争前に、米国連邦議会で、駐米クウェート大使の娘ナイラ・アルサバが「イラク軍がクウェートの病院で保育器から赤ん坊を取り出し、冷たい床に置き、死なせるところを見た」と泣きながら証言した。このセンセイショナルな証言は、後に、嘘であることがバレたが、ブッシュ大統領の演説にも引用され、米国民や議会を湾岸戦争に駆り立てる材料の一つになったという。湾岸戦争では、重油にまみれた鳥の写真も後にやらせであることが判明。

その結果がどうなろうと、内容の真偽を問わず、真実らしい映像がタイムリーに出てくることの方がマスコミにとっては重要なのだ。アメリカでは戦争につき進んだので、後でそういう事実はなかったのがわかっても、「後の祭り」になっただけだった。

この事例ではやらせが実をとったことになる。


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テレビの前の正気-2

2005-09-18 06:21:32 | マインド・コントロール
◎テレビニュースはショッキングで面白いのが優先

テレビニュースとは、歴史上最高の宣伝であり、物語であり、社会状況の記録、人々が興奮するような映像エンターテインメントであり、テレビ局のジャーナリストの偏見であり、これらすべてがテレビである。
だから面白く、人の気を引き、ショッキングであることを何よりも優先される。しばしば国や庶民にとって重要かどうかは二の次のニュースが入ってくる。(最近だと東京中野区でペット子豚が逃げ出して警察に捕獲されたのが全国ニュースになったのがその一例)

面白くないまじめなニュースは、ニュースとしての重要性は低い。その結果しばしば事実はゆがめられ、単なる見せ物になる。何が重要なニュースかを決めているのはテレビ局だが、庶民にとって重要ではないが、面白いニュースが、多数散りばめられているのは、テレビ局の都合によるところが大であると考えざるを得ない。

ニュースのメニューは、まずセンセイショナルなドキッとさせるニュースが最初だ。政策の変更、経済の変動、大事故、皇室ネタ、有名芸能人の災難・スキャンダルなどである。こういったものがなければ、血なまぐさい事件ものだ。死体が多ければ多いほど、ドラマチックになる。 死体の数が多ければ多いほど大ニュース。
ニュースのネタが尽きるとスポーツ、天気予報と展開していく。

ティーズとは、ニュース番組の合間に「まもなくです。」「引き続き○○のニュースをお伝えします」という視聴者の注意を引きつけるための短い文句である。ティーズは、ニュースの切れ目や、スポーツの前、天気予報の前に必ず挿入されて、見続けさせる暗示を与える。

ニュースキャスターチームは、男女の組み合わせで仲がよいことで、家族的な幸せそうな雰囲気をかもしだすことにより、番組から安定感や一体性を感じさせる。スポーツ・キャスターは視聴者を興奮させるべく、「お待ちかねの」「さあVTRスタート」などという合いの手を入れ、ハイライト・シーンを連続させることでニュース番組全体のひとつの興奮のピークを形成するように持っていく。

そして天気予報。民放では、天気予報の前には必ずコマーシャルが入る。天気は視聴者を引きつけるには、最適のネタである。天気のことは、みんな気になる。

このようにテレビニュースは、みんなが安心して楽しめる趣向になっており、ちょっとショッキングで気になる話題が連続して流れるのだ。そこであなたは、リビングに坐って、お茶かビール片手に「今日起きたホットな他人の災難」を見る。他人の災難にはなるべく無感覚になる習性が知らず知らずについてしまうことになる。

ちなみに最近の番組種目別放送量は、報道、芸能、スポーツ、教育・教養、クイズ・ゲーム、一般劇の順序だそうなので、テレビニュースは依然として番組の王様である。

これだけ読めば、テレビニュースを賛美しているように思えるのだが、問題なのは、テレビニュースには、このように視聴者の感情的、理性的な防壁をゆるめさせる道具立てがそろっており、そこに情報を一方的に流し込めることなのである。

宣伝の大御所ジャック・エルーの「プロパガンダ(宣伝)は、それと気づかれない場合に最大の効果を発揮する」という現代の政治宣伝・経済宣伝の根本テーマを実現するための、家族的な雰囲気で、ちょっと楽しくて、他人が不幸になるのは自分にとって重要ではないという基本的な諸条件がテレビニュースには兼ね備わっているのである。すなわちテレビニュースは、「それと気づかれずに、狙いとする情報を宣伝できる」最高のメディアなのである。

テレビニュースを見ることは、とても手軽だが、我々が本当に正気であり、人間らしくあるためには、まず自分を見つめることからスタートしたいものだ。


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テレビの前の正気-1

2005-09-17 05:55:06 | マインド・コントロール
◎テレビは巧妙な洗脳マシーン

この混乱した現代に生きる我々にとって、まず最初に取り組むべき課題は、いかに正気でいられるかということである。
毎日ニュースで他人の不幸や災難を見て、大体いつも平気でいることが、まず正気から離れている一つの兆候である。テレビで他人の不幸や災難を見て、いつも気分が滅入るのであれば、いつかそうしたテレビを見なくなるのが、人間としては当り前の姿ではないだろうか。
あなたは、リビングに坐って、お茶かビール片手に「今日起きたホットな他人の災難」をくつろいで見ているのではないだろうか。

更にテレビは思考力を奪い、コマーシャルによる欲望の強化刺激を常時与え続け、その結果アンバランスな精神構造になることを要求してくる巧妙な洗脳マシーンである。
洗脳には、洗脳の技術形態とは何かということと、洗脳により、どのような不自然な情報を信じ込まされているのかという側面があるが、ここではまず、洗脳の技術形態の側面について考えてみたい。

テレビ、新聞、インターネット、コマーシャル、それにそういったものに影響を受けた人々のこれらの情報の受け売りたる口コミ、こういった情報に接することそのものが、全体としてメガ洗脳社会そのものではある。しかし、言い方を変えれば、それが今風の社会通念というものなのだろう。

日々冥想しても、特にテレビで、ガンガンその精神状態のバランスを崩されるようなことをやられるのであれば、いくら祈り禊ぎをしても追いつかないものだ。まじめに求道している人にとっては、テレビの対策は避けて通れないと思う。

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シャーマンの危機

2005-09-16 02:45:56 | 冥想アヴァンギャルド
精神変容の過程については、苦悩と死と再生の秘儀、アニマ、アニムス、トリックスターなど、さまざまなシナリオで、ユング派の心理学者を中心に研究されている。ただそのいずれもが、精神変容による変性意識を、あくまで心理現象ととらえ、最終的にはその人を、社会に対して無理やり適応させるための材料と見る立場を出ないところがある。(精神病でなく、自然に治る変性意識もあるとは認めているようだ)

自分の内なる神と社会をつなぐということは、社会という世俗の観念にどっぷりとつかって生きている我々が、その既成の価値体系や概念を払拭し切って、神という実在に出会い、そこで社会と神の折り合いをつけることである。その折り合いをつける過程が精神変容の過程なのである。

神に出会うことは、人に出会うような平板なことではないので、変性意識状態を通過するものである。その変性意識状態をスピリチュアル・エマージェンシーとも呼ぶ。ただし例えば、苦悩、死、再生のパターンで変性意識が発生するとしても、その意識状態の深浅は、ケースにより全く異なるものであり、次の例のような大歓喜という神の属性に触れたのものもあれば、もっと軽い表層意識に近い気づきやひらめき程度の場合もある。

『私は、説明のしようのない大きな喜びをあまりにも強烈に感じたため、それを抑えることもできず、突然歌い始めた。それは、喜び、喜び!というたった一語の力強い歌だった。
・・・そして、この神秘的で圧倒されるような歓喜の爆発のただ中で、私はシャーマンになった。それがどのように起こったのかは自分ではわからなかったが、私は光明を、シャーマンの頭脳と身体の輝きを得たのだ。』
エスキモーのシャーマンの言葉「エクスタシーの宗教」<<出典:魂の危機を超えて/春秋社>>

この本では引用がこれだけしかないので、この体験がどの程度のものか断定しにくいが、エスキモーのシャーマンになる修行の中で起こった歓喜であることだけはわかる。臨済禅でいう見性においても、大歓喜が伴うことがあるので、この体験は見性相当のものであるように思うが、これだけの材料では、その境地の高さを判定できない。

忘れてはならないのは、現代の心ある人にとって、自分の内なる神と社会をつなぐということが、ほとんど共通の課題となっていると思われることである。

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