アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

スーパーチャネラー列伝-1

2005-04-30 09:58:44 | 超能力・霊能力
⑴チャネラーの限界
チャネラーの限界とは、どんなに崇高な、どんなに高級な神(天使、霊、ハイアーセルフ)がかかっても、自分というものを捨てることができないことである。
つまり、どんなにすばらしい神(天使、霊、ハイアーセルフ)が、ご来臨して、その神の素敵な言説をお伝えしても、自分という殻を破れないことである。

結局チャネラーにとって、「神と私は別々の存在である」という立場を絶対に崩せないのが、その根本的な特徴となる。どこまでも、神を仰ぎみる『私』が捨てられないのである。

『私』というのがあるのは、七つの身体でいえば、コーザル体(第五身体)まで、であるが、第五身体に入るためには、メンタル体(第四身体)の死滅が必要であることが知られている。メンタル体(第四身体)の死滅とは、『私』が死ぬことなので、『私』を捨てられないチャネラーは最高でも、メンタル体レベルを越えることはないことがわかる。

人格神ではない非人格神(仏、空、大日如来、道(タオ))は、そこから先にいるので、チャネリングでは原則として、非人格神(唯一神)を見たり、一体となったりすることはないといえる。

ただしチャネラーの中には、その絶対的なるものを希求する思いが天に通じて、非人格神(唯一神)を見る者がいることを否定できない。

⑵チャネラーとは
チャネラーとは、霊媒だし、巫女さんだし、神託の受け手であるし、古神道で神を下ろしてもらう時は、『よりしろ(神主)』と呼ばれている。

チャネリングは、古神道で言えば神がかりである。
どんな神が、かかるのかと言えば、第三身体・アストラル体、第四身体メンタル体レベルで存在する神霊である。

具体的には、キリスト教なら、ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルなどの大天使など、神道なら、いざなぎ、いざなみ、大国主のみことなどである。
古代ギリシアでも、デルフォイ神殿(アポロン神)、ドドナ神殿(ゼウス)など神託専門の霊場があった。

古神道では、神がかりでは、本物の神(真神)と偽物の神(偽神)がかかることが知られており、それを見分けるために審神者を置くことになっている。

現代でもっともよく見られるのは、ゲーム憑きテレビ憑きである。
ゲーム憑きは、ゲームかかりであり、テレビ憑きは、テレビかかりである。憑きものの典型的パターンとして、ゲーム憑き、テレビ憑きの子供の、へそのアストラル体に穴があるのを見る霊能力者もいるようだ。

人気blogランキング/精神世界 ランキング/目次

      

         【古神道の神の象徴は円鏡】

《TBさせていただきました》
道楽主婦の気楽な毎日    菅原光希の【エンジェルトレード日記】   らくちんランプ   すちゃらか妊娠物語   日々の戯れ歌   Naoki's Joy Life Journal み~ん   愛の風   大地に抱擁されるがごとく/フラワーエッセンスプラクティショナーの日常   柿子memo。   紫源二日記   Diary   あの世とこの世の狭間で   Ascension ~この世界の終焉へ向け)
コメント (10)

荘子の7つのチャクラ

2005-04-29 05:51:13 | チャクラと七つの身体
儵(しゅく)という名の南海の帝王と、忽という名の北海の帝王とが、ある時、世界の真中の『渾沌』の支配する国で、一緒に出会った。

訪れてきた儵(しゅく)と忽の二人を、渾沌は心から歓待してくれたので、儵(しゅく)と忽とは、渾沌の心からの歓待のお礼をする相談をした。

他の人には、七つの竅(あな/きょう)があって、その穴で、美しい色を視、妙なる音を聴き、美味(うま)い食物を食い、安らかに呼吸するが、渾沌だけには一つも竅(あな)がない。そうだ、せめてもの恩返しに、ひとつ七つの穴をあけてやろう。

毎日穴を一つづつ開けていったところ、七日目に混沌は死んでしまった。

《荘子(応帝王篇) 》

これは比較的有名な話なので、知ってる人も多いと思います。

漢文の解説では、七つの穴とは、目2、耳2、鼻2、口1の合計七つの穴だと言っているが、それはフェイント。

クンダリーニ・ヨーガの最終ステージで、無上の垂直道から見る窮極とは、混沌に見えるそうなので、混沌がすなわち『道・TAO』であり、『無為自然』(神・仏・絶対無)である。

北海の帝王とは、南面しているので、世俗・物質界の王者のこと。南海の帝王とは、北面しているので、精神界の王者のこと。それが出会う中央に『道・TAO』たる混沌がいるのは当たり前のことである。 

『道・TAO』(神)がこの世を創造する時に、七つのチャクラに象徴される七つの存在レベルを『道・TAO』の側から物質世界の方向へ発出して行く。

一日目  サハスラーラ・チャクラ  (道・TAO)    
二日目  アジナー・チャクラ    (アートマン)
三日目  ビシュダ・チャクラ     (コーザル体)
四日目  アナハタ・チャクラ     (メンタル体)
五日目  マニピュラ・チャクラ   (アストラル体)
六日目  スワジスターナ・チャクラ (エーテル体)
七日目  ムラダーラ・チャクラ   (肉体)

七日目に、肉体死が可能な人間が完成し、個人という自我を持つ死すべき人間が出来上がり、さまざまな悲喜劇を演じることが可能になることを、混沌は死ぬと見る。
このことを天の岩戸隠れと呼び、冥想修行を経て再び混沌に出会うことを天の岩戸開きと見ることもできる。

最近はいざ知らず、古代中国の精神世界は、『道・TAO』から個人への展開の構造を知っており、かなりレベルが高かった。

人気blogランキング精神世界 ランキング目次
    1日1善。1日1クリ。


             【荘子胡蝶の夢】
コメント (10)

老子の理解者、達磨

2005-04-28 05:13:17 | 老子
老子は周の王室の図書館の記録官だったが、後年周の衰えを見て立ち去った。このとき老子が通過した、難攻不落の関所函谷関で、関守の尹喜の頼みを受けて書き残したのが『老子』上下巻5000余字である
誰にも知られないまま、歴史の闇に消えようとした老子をつかまえて、その言葉を残そうとした関守の尹喜は、老子が語るに値する、相当に深い境地を持っていたに相違ない。

その後六世紀に達磨(中国禅の始祖)が出現して、初めて老子の本来の価値を評価してもらったようなところがあるのではないか。老子以後には、孔子(紀元前551頃~前479頃)がいたが、孔子は、易経の十翼(説明書)を著したので、その内容を見ると太極(空・無)を承知している。ところが孔子の言行録には、老子を評価しているところはないので、孔子は、おそらく晩年に至って太極を知る経験に達したのではあるまいか。

《達磨の語録から》
弟子が問う『老子六十四章の 『最後まで、最初と同じように慎重であれ、そうすれば決して失敗することはない』これはどういう意味ですか。』
達磨『これは、誠で正しい心を持った人が、一度決心すると、それがいつまでも衰えたり、失われたりせず、往古も今も変わらぬことを言う。
初めて決心するのは、今であるが、今から昔を望むのは古であり、古より端緒を望むのは今である。』と老子が太極を体験した者の立場から語っていることを認めている。

今風に説明し直すと、
一旦太極を知った人間の行動は、人間のさかしらな心から行為することがないので、善なる行動しかしない。しかもその行動のあり方は、いつまでも善からはずれることがない。
そして太極(道、空、神、仏)を知る人間は、時間は存在しないことを知っているので、自らの行動が、昔も今も、善だけだったことを知っている。

老子六十四章其安易持では、更に『無のはたらきを無視して、人為によってこれを為そうとするものは、必ず道を敗り、我執するものは、道を失う。これだから聖人は、人為を為さない。だから敗れることがない。我執も持たない。だから失うことがない。』
と述べ、

ここで言う人為とは、太極(無・道)を知らないままでの行動を指す。要するに太極(無・道)という絶対的な体験がないままで、自分の賢(さか)しらで行動しても、必ずそれは、善ではなく、道をはずれるということ。太極を体験した聖人は、善行しかできなくなるからである。

というわけで、一見世俗の政治哲学に見える老子も、実は太極(無・道)を体験した者が、体験しない人向けに著した、その窮極の冥想体験の解説書であったことがわかる。

人気blogランキング精神世界 ランキング目次
    1日1善。1日1クリ。


【老子】

               
コメント (2)   トラックバック (1)

『善』、行動の冥想-10

2005-04-27 05:50:31 | 冥想の準備
◎二十四孝子の素直じゃない例から

儒教の説話として、中国でも日本でも有名だった二十四の親孝行の話からです。
中国では、明から清まで一貫して儒教が政府の主たる思想であったし、日本でも江戸幕府から、昭和の戦前政府まで儒教が政府の主たる思想なので、皆学校でこの二十四孝子のことを習ったものです。

郭巨は、河内と云う所の人でした。郭巨の家は貧しかったが、母を養っていました。妻との間に一子を得て、三歳になりました。
郭巨の老母がその孫を可愛がって、自分の食事を分けて与えていました。ある時、郭巨は妻に「家が貧しいので、ただでさえ母の食事も不足がちであると思っていたのに、それをさらに分けて孫に与えているので、食べ物はきっと足りないだろう
これは、間違いなく私の子供がいるせいだ。所詮、お前と夫婦であれば、また子供は授かるだろうけれど、母は二度有るわけではない。とにかくこの子供を殺して、母をちゃんと養いたいと思う」と郭巨は言った。

妻もさすがに悲しいことだ思ったけれど、夫の命令に逆らわず、その三歳の子供を引き連れて、埋め殺しに行きました。

郭巨は、涙をこらえながら、少し掘ったところ、黄金の釜を掘出した。その釜に不思議な文字が彫ってある。
その文字は、天賜孝子郭巨 不得奪民不得取と書いてある。その意味は、
天道より郭巨に給わったものなので、余人は取るべからずである。またその釜を手に入れて喜んで、子供をも埋めず、ともに帰って、母にますます孝行を尽したそうだ。  

母の食べる量を増やすために、子供を殺そうとする話である。今食料難の伝えられる北朝鮮ではよくある話かもしれませんね。またこの話が、政府の認める飢餓時のおすすめ行為パターンとして、中国の飢饉の時は、子供を殺すことが広く行われてきた可能性もあります。

ここでは、黄金の釜を掘りあててハッピーエンドにしてあるが、黄金の釜が出ない場合、どのようにするかが問題である。
功過格で見れば、子供を殺すのは百悪であるが、老親の食べ物を減らすのは悪には該当しない。そして子供を殺すのは、老親の孫に食べ物を分け与えるという善行を、無にする行為(一悪)でもある。
そこで、子供を殺すという選択肢はないので、これまでどおり、老親が孫に食べ物を分け与える善意に感謝することしかできないと見たい。

イエス・キリストの他に禅者も、「明日のことは、明日が思いわずらう」として、明日の食べ物は神が心配してくれるというのが、神を知るものにとっては当たり前の感覚であることも知っておきたい。
自分が飢え死にしようがしまいが、それは自分にとってどうでもよいことである、というあり方である。

しかしこれは、一人ぼっちで修行する立場ではそう言えるのであるが、一家を食わせる家長の立場にあっては、親子4人が全員飢え死に瀕するケースでは、全員を十分に食わせる努力を最優先とするのは当たり前である。
その努力がだめで、家族全員が、「自分が飢え死にしようがしまいが、それは自分にとってどうでもよいことである」、というあり方に本当に納得できれば、全員飢え死にを覚悟する選択肢はあるが、現実はそれほど単純ではないだろう。
皆さんも毎日のように板挟みの問題に出会っていて、よくご承知と思いますが・・・。

チベット仏教の僧ラマ・ケツン・サンボ(中沢新一の先生)が、中国軍のチベット侵攻の混乱の中、チベットで、よくできた最愛の妻と9カ月の娘を置いて、泣き叫ぶ二人の目の前から、ひとりでインドに亡命して行ったが、その心境は、単に道の探求のため、というだけでは、割り切れないものがある。
彼にとっても一生の悔いになったのだから。それは善行だったのか。

その妻は、その後共産主義を認めず、自己批判しなかったので、労働改造所(共産主義の洗脳施設)に送られて、がけから飛び下り自殺した。

人気blogランキング精神世界 ランキング目次
    1日1善。1日1クリ。


        【フェイジョアーダ/ブラジルの豚肉のごった煮】
コメント (7)

この5百年仏教が不人気だった国、中国

2005-04-26 05:43:36 | マインド・コントロール
中国四川省の成都の宝光寺は,規模はさほど大きくはないけれど、文物はまずまず保存されていたが、その文物を文化大革命時(1966~1976)、紅衛兵の破壊から、周恩来首相が守ったという逸話のあることを聞いた。

西安の大雁塔。これは、三蔵法師がインドから持ち帰った経典を訳した場所だが、寺域が狭く、ほとんど塔しか残っていないのには驚いた。

というわけで、かろうじて残っている中国の仏教史跡も、そのさびれように驚いたことを記憶している。もともと中国は、ここ5百年仏教を冷遇してきたが、文化大革命の混乱でとどめをさされたようだった。かつての礼節の国、中国も文化大革命以後は礼節がなくなった。

唐代から宋代にかけ隆盛だった仏教も、明の嘉靖帝(1522-1566)以降『僧の免許証(度牒)』売買でしか出家できなくなると、金がある者しか僧になれないため、僧の質は著しく低下した。

宋代、明代は、 財政難により、『僧の免許証(度牒)』を売却し、紙幣のような性格をもったというから、これは、金本位制ならぬ『僧本位制』の紙幣発行ということですね。

更に明朝では、僧官の売買まで行ったので、僧としての資質は更に著しく低下した。明の中期以降は、儒教、仏教、道教のコラボレーションは『三教一致』と呼ばれ、陽明学の隆盛と相まって、社会の通念までになっていたが、仏教の地位は相対的に低下を続けた。

しかも明の滅亡後、清朝に仕えることをいさぎよしとしない遺臣の間で、形だけ僧となる風潮がひろまり、彼らは修行への情熱を欠いた上に、派閥争いを持ち込んで、仏教の世界を混乱させたので、仏教はいよいよ衰退した。

清朝は朱子学を主たる学問に据え、仏教や道教に厳しい統制を加えた。
寺院の創建や街頭での布教活動、婦女子の寺廟への参拝を禁止するなどさまざまな制限を加えた。

特に雍正帝は、僧侶の免許制度(試経、度牒)を廃止して、更に僧侶の質の低下を招き、禅思想において対立する一派を弾圧するなど、禅思想そのものに対しても権力を行使しようとした。これら3代にわたる仏教圧迫策により、僧侶に対する社会の信頼そのものが失われるようになっていった。

中国共産党政権になってからは、共産党は無神論なので、宗教はアヘンとして認めないため、宗教の自由を求めて、胡適を始めとする学者が、台湾や、英国統治下の香港に脱出していったので、中国仏教の伝統は、大陸よりも、台湾や、香港で維持されてきたと言える。

毛沢東没後の1976年には仏教活動の再開が認められ、その後国家主導の寺院再興が進められ、多くの人が観光目的で寺院を訪れているが、ほとんど信仰とは無縁のようである。

最近チベットものを読むと、中国共産党政権成立(1948年)の頃から、リンポチェ・クラスの高僧が、冥想生活をしているチベットの洞窟から、中国兵に無理やり引っ張り出されて、冥想生活がチベットではできなくなった話を随所に見るにつけ、中国共産党の「チベット仏教の破壊は1966年の文化大革命から」という説明が正しくないことがよくわかる。中国共産党政権下では、仏教は徹底的に破壊されてきたのだろう。中国関係の人は、チベット仏教ものはあまり読まないが、チベット仏教ものを読まないと、中国共産党のチベット侵攻の実情はわからない。ダライ・ラマのチベット脱出もそういった流れの中にあった。

※リンポチェ:最低でも神を見た(見性)レベルの体験があるチベット僧

コメント (2)

『善』、行動の冥想-9

2005-04-25 20:39:34 | 冥想の準備
◎陰隲録(いんしつろく)の素直な例から、

楊少師栄は、建寧府(南京付近か?)の人で、代々渡し守をして生計を立てていた。ある時、雨が降り続いたため、渓川が氾濫し、その激流は民家を突き破り、溺死者が流されていく有り様であった。
この時川に出ていた他の舟では、皆流れてくる他人の貨物を鉤(かぎ)にかけて取ったが、ただ楊少師の曾祖父と祖父は、もっぱら人を救うことをして、貨物は一つも取ることをしなかった。
このことを村人たちは、馬鹿者だとあざ笑った。

ところが、楊少師の父が生まれた頃になると、家運も興り段々と豊かな暮らし向きになってきた。そしてその頃神様が化して、道者の姿になって楊少師の父に告げて言うには、
「お前の祖父には陰徳があったから、子孫は必ず尊貴になり、世に現れるであろう。それ故、墓をこれこれの土地に作って、葬るが良い。」
その御告げにしたがって、墓を定めた。それがすなわち今の白兎墳である。

後になって楊少師が生まれた。20歳の時には進士(高級官僚試験)に及第し、位は三公(文官のトップ)に登り、曾祖父や祖父にも父と同様の官を贈り、子孫も尊貴に栄え、今日もなお賢者が多いのは、積善陰徳の功によるものである。

というわけで、当時の中国の村では、洪水の川を流れる他人の荷物を取るのは常識だったということ。最近ロシアのレナ川の洪水の時に、住民が避難せずに、自宅の屋根に留まっていたのは、泥棒に家財を持って行かれるのを防ぐためというニュースもあったので、洪水の時に家財を盗むのはどうやら世界的な常識のようだ。勿論みんな生活が苦しいというのがあると思います。

家財を盗まなかった話が、奇特な話として何百年も語り継がれるほど、中国では珍しいことだったわけである。如何に徳の多なるものとして受け止められたかである。
ちなみに功過格では『一人の死を救うは百善』であり『人の遺留品を私して返さぬことは一悪』となっている。
ここでは貨物を奪って人を救っているのは、これを代価をもらって救うと見て、100善ではなく、何と0善となる。

ここのポイントは、自分は川に流されているので、貨物を自分では守るすべがない無力な者である。そういう無力につけこんで、貨物を盗むという部分が罪の大なるところであるという気がするのである。

 前漢の李広将軍が、かつて武器を持っていない民数千人を殺したことが、権勢を得ない原因ではないだろうかと晩年に述懐しているが、これも自分を守るに無力な武器のない民を殺すことの悪が、想像しているより大きいことを暗示している。

無力な人や生き物に対するやさしさがないと、無力な人や生き物を助けることはできない。そして本当のやさしさはやさしい気分の先にあるのではなく、本当のものを求める冥想の先にしかない。

コメント (2)

『善』、行動の冥想-8

2005-04-24 09:42:15 | 冥想の準備
◎功過格表-2(悪行篇)

過格五十条(誤って犯した物は除外すること)
百悪
一人の人を死に至らしめること
一人の婦女の節操を失わしめること
一子を溺死させさたり、堕胎させることに協力すること

五十悪
他家を断絶させること
一人の婚姻を破談にさせること
一人の死骸を抛棄すること
一人の人を流浪者にしてしまうこと

三十悪
一人の者の戒行を破らせること
誹謗して一人の行為に疵をつけること
隠し事を摘発して人の行為の邪魔をすること

十悪
一人の有徳者を排斥すること
一人の邪な人を推薦し、挙げ用いること
一人のすでに節操を失った婦人に触れること
あらゆる生物を殺す道具を一つ所持すること

五悪
経典礼法を一つ破壊すること
一冊の教化を乱す書物を編纂すること
無実の罪を明白にすることができるのに捨ておくこと
一人病人が救いを求めてきても救わないこと
一人の者に訴訟をするように唆すこと
一人の者にあだ名をつけたり噂をしたりすること
悪口を言って人を傷つけること
道路や橋や渡し場などを妨害したり、切り崩したりすること
人間に役立つ一匹の家畜を殺すこと

三悪
一つの耳に逆らう言を聞いて怒ること
一つの尊卑の順序にそむくこと
酔って一人の人を害すること
一人のうち責めるべきでない人を打ちたたくこと
二枚舌を使って人の中を離間すること
一つの正しくない制服を着ること
一匹の家畜以外の畜生を殺すこと

一悪
一人の善行を無にしてしまうこと
一人の人に争うことを唆すこと
一人の人の過失を言い広めること
人の非行一つに協力すること
一人の盗みをする者を見ても諭しとどめることをしないこと
承諾も得ずに一本の針、一本の草を取ること
一人の無知の者を欺きたぶらかすこと
一つ約束に背くこと
一つの礼儀を失うこと
一人の心配事あるものを見ても慰めないこと
人や家畜を使役して、その疲労を憐れまないこと1回
湿気に生ずる微細な生物一匹の生命を奪うこと

一万円相当が一悪に相当する行い (注1.原典では、百銭相当が、一善または一悪に相当することになっているが、ここでは、仮に一万円相当とした。)
天の生ずる物を無益に浪費し尽くすこと
人の功績を破壊すること
公衆の利益に背いて自分だけが利益を受けること
他人に代わって金銭を使う場合、倹約せずにほしいままに使用すること
借りた金品を返済しないこと
人の遺留品を私して返さぬこと(1万円未満も1悪に計算する)
官の権力を借りて金品の贈与を要求すること
人や金品資材を取る方法のすべてのことを謀略によってなすこと


◎功過格表-1(善行篇)
コメント (2)

『善』、行動の冥想-7

2005-04-24 09:38:09 | 冥想の準備
◎功過格の実際のやり方:

一例:
1.おじいちゃんが死んだのでがっかりしているAさんを慰めなかった(マイナス1点=一悪)。
2.Bさんにひどいこと言われたが、怒らなかった(プラス3点=三善)。
3.ペットの文鳥がごみ箱に入って動けないのを助けた(プラス1点=一善)

今日は合計でプラス3点でした。一カ月合計し、年でも合計していく。

◎功過格表-1(善行篇)


功格五十条(謝礼や代価を受けて行った物は除外すること)
(たとえば百善とは一回やると一善の項目百回と同等であるということです。)

百善
一人の死を救う
一人の婦女の貞節を全うさせること
子供を溺死させたり、堕胎しようとするのを諭し思い止まらせること

五十善
世嗣ぎの絶えるのを継続させてやること (先祖供養の継続)
一人の寄る辺ない人を引き取って養ってやること
一人の無縁者の死骸を埋葬してやること
一人の流浪者を救うこと

三十善
一人の者を出家得度させること
一人の無法者を教化して行いを改め善につかせること
一人の無実の罪を明らかにして救ってやること
自分の土地の一か所を無縁者の墓地に提供すること

十善
一人の有徳者を推薦し引き挙げてやること
一つの民の害になることを取り除くこと
一冊の世を救う法典を編纂すること
医術等をもって一人の重病人を治してやること

五善
一人の訴訟者を諭して思い止まらさせること
人に一つの生命を保ち益す方法を伝えること
生命を保益する書物を1冊編纂すること
医術等をもって一人の軽病者を治すこと
人間に役立つ1家畜の生命を救うこと

三善
一の不法な仕打ちを受けても怒らないこと
一つのそしりを受け手も受け流して弁解しないこと
一つの気に入らぬ言葉も甘んじて受けること
一人の打ち懲らしめてやりたいものに対して許してやること
人間に報いることもない一匹の畜生の生命を救う

一善
一人の人の善を讃えること
一人の欠点や悪いところをあばき立てないこと
人の非行の一時を諭しとどめること
一人の争いを諭しとめさせること
出かけていって人の病気を治療すること一回
捨ておかれた字一千字(文書のこと)を拾い上げること
饗応に招かれることになって受けないこと1回
一人の飢えを救うこと
死人を留めて一夜の宿を貸してやること
正しい道を説いて教化が一人に及ぶこと
事業を興しその利が一人に及ぶこと
人畜の疲労を世話して回復させること一時
一匹の自然に死んだ鳥類畜類を埋めてやること
一匹の微細な生物の命を救うこと

一万円相当が一善に相当する行い (注1.原典では、百銭相当が、一善または一悪に相当することになっているが、ここでは、仮に一万円相当とした。)
道路や橋を修繕すること
河川を通じさせ、井戸を掘って民衆を救うこと
神社仏閣などの聖なる像壇宇や供養などの者を修繕すること (他人に費用を与えてさせた場合には半減して計算する)
人のなくした品物を返すこと
債務を免除すること
人を教化し救うための文書を思考すること
功徳を作って非業に倒れて浮かばれない魂に回向すること
困っている者に恵んで賑わしてやること
倉庫を建て穀物の価格を調節すること
茶薬衣棺一切の物を施すこと




◎功過格表-2(悪行篇)
コメント (5)

『善』、行動の冥想-6

2005-04-24 09:10:28 | 冥想の準備
功過格(毎日の行動を善悪に分けて採点する)

自分で閻魔大王してみようということですね。
あの世の閻魔大王の前には、自分が乗る天秤はかりがあって、自分の体重より自分の犯した罪が重ければ、地獄行きだって言うじゃないですか。

それで中国では、他人が見てなくとも天はあなたの行動を見ているという通念があって、善行をたくさん積み重ねた家には、意外な慶び事があり、小さな悪事を積み重ねてきた家には、不慮の災難がふりかかる、というではないですか。
(積善の家に余慶あり、積不善の家に余殃(よおう)あり:易経)

※文化大革命以降は、中国では礼儀正しいことはブルジョア的であるとして、労働者階級の敵として批判される理由になるので、今の中国でこんなことを言っても通用しないと思いますが・・・。

次項の功過格善行悪行)は、12世紀中国の金の時代の新道教「浄明道」に由来すると言われています。その後、明の時代の袁了凡という高級官僚が、これを勤勉に守ることにより、科挙の試験(高級官僚任官試験)も合格し、占いでは、できないと言われた子供まで授かったので、抜群の効果があることがわかり、「陰隲録」に所載されて、有名になったものです。(陰隲録(いんしつろく)/明徳出版社)

でもこのブログでは一貫して、効果を期待して行う善行は善行ではない、と言い続けていますが、功過格でも同じ考え方です。

袁了凡は、まる三日冥想しても雑念が沸かなかったので、既に想念停止(想念はメンタル体の呼吸です)まで、できていた人であるが、善行にまで踏み込めなかったので、窮極の体験はまだなかったと考えられます。
想念停止そのものに対しては、善でも悪でも入れられるので、その段階からは、普通はポジティブなイメージの観想法(日輪観とか阿字観とかマンダラ観想等々)をやらせるところだが、袁了凡は、修行者ではなく、世俗の人間であったので、戒律としての「功過格」を与えられたのだと考えられます。「功過格」こそ『行動する冥想』そのものなのです。

そして功過格は、人間が生活の智慧として集めた良い行い・悪い行いの実例集ではなく、、空(仏、神、宇宙意識)を知った人は善行だけ行い、悪事を行う事ができないが、そんな空を体験した者の、その生きる姿『衆善奉行 諸悪莫作』を、世俗で生きる者のためのおすすめ行為とやってはいけない行為の実例に翻案したものであると言えます。つまり功過格は人間の側から来たものでなく神の側から来た行動基準とも言えると考えられます。

そして袁了凡が、北京の雲谷禅師に会って、功過格をやってみようと決心した理由は、「今までの境遇や運命は、天から与えられたものであるが、これからの運命は、自分の努力で能動的に変えていくことができる。」と説得されたからです。
この部分だけが、様子を知らない世間の人に『願望実現のノウハウ』として強調されてしまったのだと思います。
逆に、そういう誤解の起こることを承知で出したということもあるでしょう。つまり功過格の外形はカルマ・ヨーガであり、無私の行動を積み重ねることにより、宇宙意識(空、仏、神)に至る道だからです。

また想念停止までできた人にとって、人間的欲望の実現はあまり重きがないはずなのですが。

コメント (2)   トラックバック (3)

魔女の安息日

2005-04-23 08:47:49 | 時代のおわり
錬金術が、世俗の欲望の代わりのものとして出てくる原因は、社会の恐怖からの逃避が一番である。錬金術の気分といえば、パチンコやパチスロも立派な錬金術気分を味わえる。パチンコを始める前のあのわくわくする気分は、錬金術で金を作る気分と大差ないのではあるまいか。いろんな社会の規制をはずれて、お金が運だけで?儲かってしまう。そこに日常性から逃れて一時幸せな気分にひたることができるのである。

いま隆盛を極める近代西洋型文明でなくても、いかなる社会にも、社会の恐怖からのガス抜きがあった。それが祭りである。特にディオニュソス的と呼ばれる、乱痴気騒ぎがそうである。
農業中心社会であった、50年以上前までの日本でも、もちろん夜這いを中心にする楽しい習慣があった。
日本では、アメノウズメノミコトの天の岩戸の前での、ヌード・ダンス・パーティ以来の無礼講の伝統がある。

土曜日の夜に行われる女性の乱痴気(乱交?)騒ぎは、魔女の安息日と呼ばれ、ヨーロッパ中で行われていたようだが、特に南フランスから北スペインでは、盛んであった。
場所は野原だったり、荒れ果てた教会だったり、共同墓地だったりする。そして向精神性の「魔女の軟膏」を塗布して、日常感覚から飛んだ状態で行われる。
魔女の軟膏には、ハシシや麻の花、ケシの花、、トリカブト(強心、鎮痛作用もあるが、毒薬でもある)、ベラドンナ(鎮痛、鎮痙作用もあるが、毒薬でもある)、黒ヒヨス(古来の催眠剤、麻酔剤)が含まれることがあった。

現代社会の特徴は、こういった饗宴や騒ぎが、法律や不道徳の名のもとにどんどん行われなくなったところにある(アポロン型文明)。その結果、社会への恐怖に対するガス抜きのチャンスを失ったストレスは、犯罪や暴力に向かったり、薬物への逃避となったり、自分の内部に向かう場合は、躁鬱・ノイローゼのような精神疾患の形で現れることになる。

だからと言って、羽目をはずしたパーティができるかといえば、個人の権利保護の名の下に、いろいろな規制が張りめぐらされ、ストレス発散が、ますますできにくい環境に追い詰められている。
というわけで、自分の部屋で冥想するぐらいしかないのでは、ないでしょうか。

コメント (10)

錬金術の現実-2

2005-04-22 05:26:41 | 錬金術
神とも善ともあまり関係がないけれど、クンダリーニ・ヨーガの技術がほの見えるので、続けます。

1782年にジェームス・プライスという男が『金属を変質させる方法を発見したので、自分の主張が正しいことを実地で見てくれ』と当時のイギリス首相の父親パルマーストン卿などそうそうたる人々を招いた。

そして彼らは、プライスが水銀を何か白い粉と一緒に熱することで銀に変え、また赤い粉と一緒に熱することで、水銀を金に変えるところを目の当たりにした。こうして作られた金属塊は、検査されて本物であることがわかり、国王ジョージ3世にも見せられた。

しかしプライスは、『自分の健康を害することなしには、これ以上問題の粉を作ることはできない』と言った。
彼は、彼の主張を調べにやって来た三人の英国学士院会員の前で、青酸カリを飲んで自殺してしまった。
以上は、コリン・ウィルソンの『オカルト』に出ている話。
             
さて問題の粉とは『賢者の石』のことである。「賢者の石は、自分の健康を害することなしにはできない」とは、自分のエーテル体エネルギーを消耗することなしには、できないと言っているように考えられる。
昨日のアフザルの錬金術のケースも、エーテル体エネルギーから原子を物質化するものであった。アフザルは、賢者の石の代わりに「ハズラという幽霊」を使った。他の霊界探訪譚でも、エーテル体で存在しつづける生き物や、エーテル体に干渉できる幽霊があることは知られている。

以上のことから、賢者の石とは、半物質であるエーテル体(第六身体)レベルのものではないかと推定される。プライスは、自分のエーテル体を原料に賢者の石を生成したので、自分の健康を害した。アフザルは、「ハズラという幽霊」を使ったので、健康を害した話はない。という構図と考えられる。

陰陽道でも、式神と呼ばれる幽霊を、超自然的な現象を引き起こすことに使い、西洋魔術でも使い魔という幽霊を使う。
ということで自分の健康を害さない錬金術のベイシックな手法は、エーテル体に干渉できる幽霊を使役する技術であるように考えられる。

ただこのような物資界レベル(第七身体)とエーテル体レベル(第六身体)の間の変換技術は、錬金術としては低次元なもののように思える。

つまり西洋で中世に発達した錬金術の発想は、人間は☆(五芒星)で象徴されるミクロコスモスであり、大宇宙は、六芒星で象徴される世界であり、それを固有のシンボルで操作しようとするものである。それは、心理学者ユングが見た元型を操作して、現実に干渉する技術である。またこの世界観は、神と自分が別である第5身体(コーザル体)以下の世界観である。

元型とは、アストラル体・メンタル体(第三身体・第四身体)の形象のことであるが、その形象は、現実そのものであるから、元型(シンボル)を操作できれば、現実を動かせるのは当たり前ということになる。従ってその技術は、同じ現実に干渉する技術としては、エーテル体のレベルより高次元のものと言える

太陽の輝きの図版で見える異次元の風光は、明らかにアストラル体以上の世界にあるものであり、その高次元の技術を象徴している。

そして錬金術は、神を知るということとは、何の関係もない。基本的には神の技術なので、神を知らぬ錬金術は、他人のものを分捕るだけの技術になり下がり易いことを忘れずに。

コメント (2)

錬金術の現実-1

2005-04-21 05:19:41 | 錬金術
これは『あるヨーギの自叙伝(パラマンサ・ヨガナンダ)』に出てくるアフザル・カーンという回教徒の4つの錬金術。

アフガル・カーンが少年の時、旅のヒンズー教の道士から水を恵んでもらったお礼に、その技をヒューマニズムの目的のために用いて、世の人々に奉仕することを条件に、『欲しいものが何でも直ちに物質化されるある幽界(低次霊界)に自由に出入りすることができる行法』を教えられた。そして20年間忠実にその行法を行った。

1.アフザルは客を装って、カルカッタの一流の宝石店を、しばしば訪れたが、彼が手にした宝石はどれも、彼が店を出て少したつと消えてしまった。

2.アフザルの周りには、その秘術を教えてもらおうと、いつも大勢の取り巻きがいた。その取り巻きを連れて旅行する時、アフザルは、駅の改札口で「切符を一束見せてくれ」と行って手にとって見る。切符を買うのをやめて、出札係に返して、連れの連中と一緒に列車に乗り込むと、買っていないはずの切符はすべてアフザルの手元にあった。

こうしてアフザルに対する人々の憤激の声は高まっていった。警察は何とかしてアフザルを逮捕する証拠を探しだそうとしたが、アフザルが「ハズラ(幽霊)、これを持っていけ」というと証拠の品は、すべて消えていった。

3.スリ・ユクテスワ(19世紀インドの聖者)の友人は、ずっしりとした古風な鎖つきの金時計をしていた。アフザルはそれを手にとると、不気味にほめながら、それを眺め回した。するとまもなく、金時計も鎖もなくなってしまった。
友人が抗議すると、アフザルは「君は家の金庫に500ルピーしまってある。それを持って来れば、時計のありかを教えよう」と言われ、500ルピー渡して時計を返してもらった。

4.それを見た他の友人たちが憤激したところ、アフザルは、好きな飲み物と高価な昼食を振る舞うと申し出てきた。アフザルはそれをハズラという幽霊に命じると、いきなりがたがたという音が聞こえてきて、大きな金の皿に手の込んだカレー料理や、熱いスープや、季節はずれのいろいろな果物が、どこからともなく運ばれてきた。
料理はどれもおいしく、約一時間ごちそうになり、帰ろうとしたところ、後ろで皿を積み上げるようなすさまじい音がして、振り返ると、そこにあった金の皿や、ごちそうの残りものは跡形もなく消え去っていた。

スリ・ユクテスワの解説:
『アフザルは、神に目覚めていなかった俗人だが、修行により、欲しいものが何でも直ちに物質化される、ある幽界に自由に出入りすることが、できるようになっただけなのだ。
アフザルは、ハズラという幽霊を仲介とし、強烈な意志の力を用いて欲しい物の原子を霊妙なエーテル・エネルギーから凝集することができたのだ。しかしこのように霊的に作り出された物質は、構造的にはかなく、長持ちしない。そこでアフザルは、もっと長持ちのするこの世の物質を欲しがったのだ。』

しかしこの世の物質も、時にはあっと言う間に消える。

金の皿でも、高価な宝石でも、何でも持って来れるし、この世にないものでも霊界からいつでも持ってこれる。そして魔方陣も書かずに、何でも出せるのは、とりあえずすごいですね。

でも『こんなカッコ悪いものは錬金術ではない』って。私もそう思います。他人が自分個人の欲望を、ずるく立ち回って満たすのを見れば、それは醜く見えるものではないでしょうか。

錬金術の現実とは、こんなものです。ヒューマニズムの美しさなどかけらもない。錬金術のうまいへたよりも、神を知っているかどうかの方が問題なのです。

そしてスリ・ユクステワの解説の中に、錬金術の一つの原理とコツが示されている。


コメント (2)

『善』、行動の冥想-5

2005-04-20 05:03:10 | 冥想の準備
◎普化(ふけ)の生きざま-2

ある時普化が、「俺もそろそろ冬支度なんかで、ちゃんとした服装がほしくなった。」と言い出した。すると周りの本当に普化の価値をわかっている檀家が、きれいな衣を普化にあげるが、普化は「そんなもの駄目だ」と断る。

そうすると臨済だけがわかって、棺桶を作ってあげた。
普化は「臨済が俺の服を作ってくれた。」 「臨済が俺の服を作ってくれた。」と言って棺桶にひもをつけて、引きずりながら、村中を練り歩く。
それを見に村の野次馬が集まったところで、普化は、「俺は、明日北の門で死ぬことになる。俺は午後3時に死ぬぞ」と宣言する。

翌日午後3時、物見高い村人が、北の門にそれはそれは大勢集まった。ところが普化は大分遅れてやってきて「今日はちょっと日が悪いな。うん明日にしよう。俺は、明日南門で死ぬから。」とまたも予告する。

その翌日午後3時、好奇心旺盛な村人が、南の門にそれは大勢集まった。ところが普化は大分遅れてやってきて「今日はちょっと肌寒いしな。うん明日にしよう。俺は、明日東門で死ぬから。」と予定変更する。

そのまた翌日午後3時、本当に物好きな村人が、東の門に若干名集まった。集まった村人は、「普化は、きちがいだとか聖者だとか言われているが、さっぱりわからないけれど、死ぬ時にはわかるかもしれない。」などと考えている。
ところが普化は遅れてやってきて「今日もはちょっと調子悪いなあ。うん明日にしよう。俺は、明日西門で死ぬから。」とまたも延期する。

そのまた翌日午後3時、西門には誰も来なかった。普化が棺桶を引っ張ってきて、周りを見ていると、一人の旅人が通りかかる。普化がその旅人に「頼むからここに穴を掘って、俺が棺桶に入ったら、そこに釘を打って、それから埋めてくれればいいから。」と頼む。
それで、普化が棺桶に入って、釘を打ってもらって、土をかけてもらった。

旅人はびっくりして、「なんか乞食坊主みたいなのが、西の門の原っぱで生き埋めにしてくれって言うから、そのとおり、棺桶に入れて生き埋めにしたけれど、あれどうなっているんだ。」などと言うと、村人は、驚いて西門に駆けつけて、掘ってみると棺桶に釘が打ってある。それをこじ開けて中を見ると草履が片方残っているだけで、もぬけの空。そして突然ちりーん、ちりーんと音がして、ずっと空の方に上がっていって、『ワッハッハッハ』なんて大笑いが聞こえてくる。

これは、もともと臨済録に出てくる話で、それをダンテス・ダイジが座談で語っているのをアレンジしたもの。(素直になる/ダンテス・ダイジ講話録4)

仏(神、宇宙意識)と一体になった経験のある聖者が生きる場合には、このように人間臭さすらも、素直で自然に生きるという、圧倒的な流れの前に薄れてしまう。このような生き方こそ行雲流水そのものであって、他の生き方ではない。また窮極を知らぬフツーの人にできる生き方でもない。

その行動の外形だけ見れば、,トリックスターであるということになるが、トリックスターというのは、世俗の視点から行動を評価した場合そういわれるのであって、普化は仏そのもの,善そのものを生きているとしか言いようがない。(トリックスター:神話や民話に登場し、人間に知恵や道具をもたらす一方、社会の秩序をかき乱すいたずら者。)

笑えない笑い話のように見えますね。
ところで人を集めて死んで見せるのが、イエス・キリストとオーバーラップしていることに気がつきましたか。
聖者の死は重いものです。天地全体が涙を流し、悲しみに震える。イエス・キリストが成功しなければ、唐の時代の普化がイエス・キリストになっていたかも知れない。

コメント

『善』、行動の冥想-4

2005-04-19 05:46:44 | 冥想の準備
◎普化(ふけ)の生きざま-1
普化は、臨済(臨済宗の始祖、中国の禅の坊さん)の同僚である。
普化も十牛図の第十図入鄽垂手を生きた数少ない人間である。
普化も空(仏、神、窮極)を知っている。

普化は道に出ては、「頂戴」と言ったり、「俺は、どうしてここにいるんだろう」なんて言ったり、いきなり「ワー」などと言ったり、きちがいみたいな真似を朝から晩までやっている。

普化が、旅行者に出会ったときには、旅行者の肩をいきなりたたいて、振り向いたら「お金ちょうだい」とかいう。ぼろぼろの服を着て、不精ひげをはやして、わけのわからない、乞食みたいな汚いやつだ。
それで寺に戻れば、大根とか、にんじんを引っこ抜いて、生のままぼりぼり食っている。
臨済が、普化に「まったくお前はロバみたいな奴だ」というと、普化は「ヒヒヒーン、ヒヒヒーン」と答える。

本当に素直になった人にとっては、自分がロバだろうが、ウジムシでもなんでもいい。というのは、本当の命のありがたみ・神性を、ロバやウジムシにも認めているから、素直に、自然に、その場で、ロバになりきるのだ。

コメント (2)

『善』、行動の冥想-3

2005-04-18 05:53:50 | 冥想の準備
◎一休の善

一休は、破戒僧として知られる。
既に空(神、仏)を極めた身であるが、『美人と愛し合う気持は川より深いけれど、情欲の炎に焦がす、我が身を捨てる気はない』と狂雲集で歌い、美少年との男色をも語る詩もある。また老境になってから、盲目の30代の美人、森侍者と肉欲の世界を楽しんだ歌もある。

さらに『戒律を守る僧はロバになり、戒律を破る僧は真人になる』と断言する詩もある。これは、空を知らぬ者が戒律を守ることの空しさを謂い、真人の行動は、善行しかないのだから、戒律を守るとか守らないということは無意味であるという。

すなわち空を知らぬ求道者が、戒律を守るのは当たり前であるが、戒律を守ることそのものに本旨があるのではないということ、つまり、いくら戒律を守っても、冥想レベルの深まりがないとだめということ。

また真人が戒律を守らないとは何か。一休自身はその解説などしていないが、人生の中では、戒律に触れる所業をする場面がある。しかしその場面でも、本当の自分すなわち空(仏、神)である自分が行う行動は、自分勝手なものがなく、全く善であるのである。それは、ちゃんとした社会人からは理解するのは、とてもむずかしい。空なるバイブレーションが、世を楽しんでいるとしか見るしかない。十牛図の第十図である。
そういった一休の行動の中に、社会から見れば問題がある行動があるのは、当然だが、神の目から見れば問題はないのである。

付け加えると、ヨーガの覚者が、呪文をとなえつつ、動物を焼きながら食べるのを見て、弟子がどうして殺生・肉食をするのかと問うたにのに対し、覚者が『この動物を成仏させているのだ』と説明した話がある。

コメント (6)