アヴァンギャルド精神世界

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内田良平の『支那観』に見る中国人の悪い面-2

2015-09-30 05:24:09 | 時代のおわり
◎第二の元寇

内田良平の支那観により、中国人の徹底した個人主義と我良し的発想と、公徳心のなさ、守銭奴ぶりを見ることができる。

こうして中国人は、空気を呼吸するように嘘を言い、他人を騙し、小役人も大官僚もなべて賄賂を要求しないことはないし、そうした悪事をなすことに恥じることがない。これを見て内田良平は、この国民精神のなさに驚き、また西欧列強の膝下に屈しても政治家は党争を事とし、国民は私利に汲々とし羞恥を知らないとする。

毛沢東在世時は、中国もここまでひどくはなかったが、小平以来の改革開放は、結果的に黒い猫ばかり増やすことになった。内田良平の支那観以来90年になろうとするが、中国人の本質は人肉食を除けば何も変わっていないのではないか。

また遊民社会は、秘密結社の温床であり、上部構造としての共産党支配を支えているのだろうが、失業者の増加、公害、暴動の増加は、秘密結社の活動の拡大を招き、共産党の締め付けを弱めていくことになる。

内田良平は、巻頭で、中国で前政権を打倒した勢力は、わずかの例外を除いて、首都を離れた僻遠の地で革命の兵を起こしていることを挙げる。中国では、過去一貫して為政者層と民衆層が完全に分離していて、悪政に憤った首都の民衆が革命を起こし政権を握った例が少ない。

今次についても、四分裂を予想する声が多いが、そのきっかけは、北京からはるか離れた辺境の地で起こるというのが有力予想となる。

中国人の思考と行動様式については、全体調和と文明人としての矜持、エチケットが骨身に染みついている日本人からすれば、あまりにかけ離れていることに驚かされるだろう。中国人とは日本人の眼からみれば、えげつなさ、人の悪さ、非情さの極致を生きる民族であり、そのことに納得するのにやや時間を要するかもしれない。中国とは中国人の集団であるが、このようなグループは、いわば集団我欲の暴力装置であり、中国に配置された日本全土を狙う大陸間弾道弾を背景にした外交こそは、中華の夢なのだ。

内田良平の『支那観』の表紙には『国難来る』と併記されているが、いまやマスコミのほんわかな中国報道とは裏腹に、今まさに国難が近いと思う。爆買は一朝事あれば、第二の元寇に転化する可能性を秘める。


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2 コメント

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少し偏りを感じます。 (しゅう)
2015-09-30 11:03:50
こんにちは。
いつも情報の豊富さにありがたく拝見させていただいております。

しかし中国にかんして若干批判的過ぎる面を感じます。
どの国とて長所短所はあるもの。
日本国民とて近年の堕落ぶりは目を覆いたくなるものがあります。

あと、若干右よりの見方も気になる。
「中共・北が攻めてくるぞ~」
これでは現安倍政権の極右ネトサポと同じプロパガンダになってしまう。

宗教者はニュートラルな見方を見出すべきです。
辛口になりましたが。
しゅう殿へ (湖南)
2015-09-30 23:03:20
いつもありがとうございます。コメントありがとうございました。

ここでは、善良な日本人には見えにくい中国人の基層をことさらに強調しているものです。

臨済も中国人、呂洞賓も中国人、老子も荘子も孔子も中国人。禅は、中国で練磨され純粋さを増したからこそ、日本で花開いた。

厳しい風土、社会環境だからこそ、その中で出てきた冥想家の高みは見事なものです。

なんだかんだ言っても、日本仏教の大きな流れは中国経由であることに間違いはなく、そこに日本文化は大恩を享けています。中国も亦良し。

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