アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

七つの身体 ボディと修行

2018-12-25 03:31:03 | 現代冥想の到達点
◎一生だけで行けるのかという観点

人間は七つの身体の集合体である。

人間の臨終を霊視した人によれば、肉体は、呼吸・心拍・脳停止の死において、機能を止め崩壊を開始する。半物質であるエーテル体は、肉体死の後数時間しか残存しない。

アストラル体は、何百年、時により何千年ももつようだが、それでも寿命はある。仏教の天人五衰に見るように衰亡はあるらしい。

メンタル体、コーザル体にも死はある(アメジスト・タブレット・プロローグ)

『肉体・意識・現象・宇宙・・・・
そのありとあらゆる出来事・・・・
これらは、
すべて肉体に属するものにすぎぬ。
どれほど高尚な形而上学的悩みも、
肉体あってのものだねだ。

一般に、
クンダリーニ・ヨーガは、
アストラル体を基点とする。
マントラ禅や丹田禅は、
エーテル体を基点とする。
公案禅や只管打坐は、メンタル体を基点とする。』
(アメジスト・タブレット・プロローグ/ダンテス・ダイジ/森北出版P122-123から引用)

肉体とエーテル体は、死後まもなく崩壊する。

ある特定の意識状態は、ある坐相を惹起する。逆に特定の姿勢、坐相は特定の意識状態を惹起する。これがハタ・ヨーガのメカニズム。肉体は、クリヤ・ヨーガが快適にできるように、調整された。だが寿命が尽きて死んでしまい、生まれ変わったら、もう一度一からの肉体作りからのやり直しとなった。

これでは非効率な修行ではある。時間がかかる。そこで今生でもっと長期間修行したほうがましと考える。長寿の基本は小食。人間は消化器系から老化するからだ。

周天で気を回し、一生の最後には頭頂上に少々出神する。これでは修行が完成していないが、寿命が来て亡くなる。生まれ変わったら別のエーテル体でもって修行はやり直しだ。(周天には、アストラル体パートもあるのだが。)これまた、非効率なので、長寿延命法を考えるのは論理的帰結。

各人は、各人の修行法を選び取る。ほっておくと何百年でも同じことをやったりするので、真正の師匠は不可欠である。また特定の冥想法が特定の結果を起こすという保証もない。まともな冥想法であればあるほど現世利益とは関係がない。それでも坐る。

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