アヴァンギャルド精神世界

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伊勢神宮の由来

2008-09-17 06:06:18 | 古神道の手振り
◎豊受大神は幽ならず

伊勢神宮の由来の定説は、こんな具合。
1.十代崇神天皇の御代に皇女豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に命じて、八咫の鏡を大和に笠縫村に移した。これを神人分離と云う。(同殿同床の終り)

2.次の垂仁天皇は、皇女倭姫命(やまとひめのみこと)に命じて天照大神の鎮座すべき良いところを探し求められた。命は、大和の宇陀から近江、美濃を20年遍歴し、伊勢の国に至ったところ、天照大神のお告げがあり、五十鈴川上流に宮社を建てた。これが内宮の起源。

3.二十一代雄略天皇の時代に天照大神が天皇に夢告があって、「吾ひとり居ることは不自由で食事も思うようにならぬ。故に丹波の国にます食事の主宰神たる豊受大神を我がもとに祭ってほしい」と仰せられた。
 そこで天皇は、豊受大神を丹波から勧請し、御饌殿(みけどの)も建てた。これが外宮豊受大神宮の始まり。

豊受大神は、マンモンの神と同類なので、現世利益のシンボルである。従って幽の幽ではない豊受大神を内宮と匹敵する立場に引き上げたのは、むしろ政治方面の配慮からであって、純粋な神道の見地からそうしたのではないと思う。幽の幽なる主神に食べる不安などあるはずもないからである。




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