アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

宗教、それで食べている人たちのための

2018-08-17 06:56:38 | 冥想アヴァンギャルド
◎せめて一本の蜘蛛の糸を

宗教は、争いであり、ビジネスであり、金もうけ。

宗教といえばそういう目で見られる。最古のネットワーク・ビジネス(ねずみ講)と言われても仕方がない。

更に戦いや人殺しを是認する宗教はある。キリスト教、イスラム教などは代表格。日本でも戦国時代は念仏教団が軍団となって戦った。古代インドでもバガバッド・ギータでは、聖者クリシュナが王子アルジュナに殺せ、戦えと唆しもした。

こうして何千年をかけて、宗教は、「幸福や真理を与える」というプロパガンダのもとに人間を破壊してきたとも言える。

西洋では、神と人は別物であるという立脚点から、どうしても「人は罪人である」というように意識にハイ・プレッシャーをかけて破裂を狙う修行法をとらせがち。

これに対して東洋では、神と人とはより親和的であり、時に人は神となることも認め、漸進的なクンダリーニ・ヨーガのような道と急速な只管打坐のような二種の道が用意されているが、神と人とは対立的ではない。

このように西洋の宗教と東洋の宗教はアプローチは違うものの、信者数に比しそれほど多数の覚者を出したわけでもなかったためか、
現在では、宗教で食べている人たちの生業のための組織がいわゆる宗教だと思われている。

「私はその組織に金を払うという信心をするのだから、教団の一員であるという安心感としっかりしたブランドをゲットするのだ。」みたいな。これでは、店で有名ブランド品を買うのと何ら変わりはない。

このように宗教は、いわば有名ブランドの一つに落ちてしまった部分がある。

だが、本来の宗教は、個人に対し、安全も成功も富も健康も家族も名誉も定業も長寿も、保証はしない

本来の宗教は、真理、真如、正念がなんであるかを教えてくれなどしない。

だったら人間に救済などないだろう。
そこがスタート・ラインなのである。天国はあるらしい、この世は地獄のようだ。

時に経典を読めば、天国も地獄もないといい、仏教では、地獄は最低、天国は最上。

一方で、天国地獄はおろか、時間などなく、一なるものが変化し続けているだけともいう説まである。

こうして人は、宗教すら信じられず、何が正しいのか、何が善いことなのかすら判断できなくなっている。

さらにテレビ、スマホ・携帯電話の普及で、そういうことを考える余裕も与えられないのが、最近の流行のライフ・スタイルである。

こうした哀れな人々に、せめて一本の蜘蛛の糸を。
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1 コメント

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翻訳 (sarah)
2018-08-18 01:54:36
いつも思うのですが、西洋宗教のラテン語発生の単語を日本語に訳すと意味合いが微妙に違う言葉に罪とか罪人と日本語に訳されてしまう箇所なんですよね。ラテン語アルファベットで書かれる聖書を読んでもOFFENSEという単語をどうして日本語にすると罪になるのか?今だによくわかりません。何故なら罪と発すれば日本語の意味合いは犯罪のニュアンスが強いですけど、本来のOFFENSEは、心を傷つけるとか神を傷つけたことに対しての謝罪になるはずです。訳者の訳した文ではなく原書を読まないと、本当の意味での理解は難しいように思えます。

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