アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

一休、謙翁和尚の葬式を出せず

2019-08-24 06:00:05 | 丹田禅(冥想法8)
◎観音様を心から求める

17歳の一休は、謙翁和尚を師匠として修業を始め、既に20歳の時にその悟りを認められていた。

21歳、謙翁和尚が亡くなってしまった。ところが葬式を出したくても金がないので、いたずらに心の中で哀悼の気持ちに苦しむだけであった。

壬生の寺を去って清水寺に参詣したが、折しも大晦日から正月15日までは寺全体が、人の出入りを禁じ、断食し香を焚いて経を読む時期に入っていた。仕方なく母親のところに行き、再び清水寺に参詣し、大津に出た。

穴倉に入ったような一休の喪失感を見て、一人の人が、暮れによく作るきな粉餅数枚をくれ、それを食べながら、ふらふらと石山寺に向かった。

石山の観音像前で、自分の道心の堅固なることを七日間祈っていると、これを見ていた曹洞宗の僧が一休を自分の庵に招いて手厚くもてなしてくれた。かの僧が曹洞宗の古則百則を書写することを求めてきたので、さっさと書き上げたところ、喜んで旅費のたしにせよとて、お金をくれた。

一休はその足で、琵琶湖にかかる橋で身投げをしようと向かうが、胸騒ぎを覚えた母の差し向けた使者が一休の自殺を止めた。
(一休和尚年譜から)

21歳で、頼り切っていた師匠を失い、金もなく、母のところに行ったが何も変わらず、観音様を頼もうとして、清水寺に行ったが中に入れず、がっかりしてこれまた観音様の石山寺に行く。

青年一休は、真っ暗な喪失感の中で観音様の暖かみを求めていったのだ。20歳で印可がなんだ。全くものの役には立っていないではないかと。神、仏を心から求めるというのは、そういうことなのだろう。

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