アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

洗脳と回心の違い

2019-08-10 06:07:56 | マインド・コントロール
◎価値の逆転への道

中国共産党は、2千年にわたる親孝行思想を排斥し、共産主義を絶対的崇拝の対象である「親」と入れ替えるために、「親」を徹底的に攻撃した。

1966年から10年間行われた文化大革命時には、革命的ではない「反革命」という罪状のもとに子が親を多数の他人の前で吊し上げ、暴行を加えたり、リンチ殺人を犯すことすら奨励された。
(このようなエピソードは、文化大革命時代の本を読めばいくらでも出てくる)

これによって、「親孝行」を中核とする儒教的道徳観は姿をひそめ、行儀所作が乱暴であることが「革命的」であると広く評価される共産主義洗脳社会は確立した。ところが、家族をも政治が破壊することで、もともと高いとは言えなかった公徳心を更に低下させ、強き者である政権に屈従する感情はさらに複雑さを増した。

そうした中国人が今大量に日本に住みついていて、われわれは、彼らの行動パターンの中に、そうした片鱗を見たり感じたりすることがある。

洗脳は、共産主義革命において、主にインテリ層をターゲットに行われるものだが、域内に宗教を護持する民衆がいれば、それもターゲットとされ、チベット、ウイグルで起きていることはそれである。

また洗脳は、共産主義政権下におけるほど一義的に徹底してはいないが、資本主義社会において、政治、経済、カルトなどが主体となり、情報操作も駆使しながら、様々な勢力によって、多様に多層に行われているものだ。

その究極のツールはテレビとスマホというのは共通している。

今は科学的には仮説に過ぎないが、以下の2論を挙げる。
1.外部情報の注入による洗脳は、3年程度で解ける。
2.内発的な回心(大悟覚醒)は、半永久に解けることはない。

 外部情報の注入による洗脳では、個人は個人のままで、周辺情報を入れ替えるにすぎない。一方内発的な回心(大悟覚醒)では、アートマン(第六身体、真我、神、仏、道)が個人として現れているので、世界観自体が、以前と全く別のものになっている。

民主主義というのは、個人という立場を捨てないので、回心(大悟覚醒)の埒外にあり、理解されにくい。
一方神主主義は、回心(大悟覚醒)した人間たちがほとんどである社会であって初めて成立するのであるが、民主主義や独裁至上と考える人々にとっては想像することもできない価値の逆転、世界の逆転ではある。

やりづらい時代であり、生きづらい時代である。

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