アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

不死となる霊水アムリタを与える

2016-07-23 06:46:03 | 現代冥想の到達点
◎怒って飲まなかった人

チベット密教経典秘密集会タントラが糞尿オンパレードであることは書いたが、これについて承知しておくべきことがある。

一日、大聖クリシュナの求めに応じ、インドラ神は、ウッタンカ仙人に対し不死となる霊水アムリタを与えることになった。ところが、インドラ神は漁師の姿になって現われ、その尿としてアムリタを与えようとしたから、ウッタンカ仙人は怒って飲まなかった。

これについて、シャンカラがコメントする。
『〔聖者〕ウダンカは、〔ヴィシュヌ神が、武器を持ち恐ろしい形相の狩人に扮したインド
ラ神を介して甘露を与えようとしたが、それが狩人の尿の排泄器官から出ていたために、折角の甘露を〕尿ではないか、と考えて、甘露を受け取らなかったように(『マハー ・バーラタ』アシュバメーダ章五十四)、人々は、行為が止滅することを恐れて、アートマンの知識を受け取らない。』
(ウパデーシャ・サーハスリー 真実の自己の探求 [岩波文庫] シャンカラ/著 岩波書店P28から」引用)

行為とは有の世界、アートマン側のことであるから、行為が止滅とは、アートマンから先に進むことを云うと見る。或いは行為の主体である個我の止滅と見る。いずれにしても不死は人間に属することではない。

尿で与えるとは、無用の用の一つの表現のあり方。わびさびもその表現の一つだが、コミュニケーションにあたってインパクトはあるが、もっと説得力のあるものがないものか。

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