アヴァンギャルド精神世界

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達磨の実像

2008-01-27 08:12:14 | 丹田禅(冥想法8)
◎本質に揺るぎなし

達磨は、自分で著作や伝記を残さなかった。おまけに後に唐代の南宗禅の神会らが、いろいろな伝説を捏造したり追加したりしたため、およそ実像とは異なった達磨の姿が一般の人の脳裏に焼き付けられているようだ。

1.達磨は海から来たのか、陸路西域から来たのかはっきりしていないこと。

2.達磨は、インドでにおいて、釈迦以来の正統な仏教の師承をうけているかどうかはっきりしないこと。師承にこだわる禅家がエピソードを後付けしたようだ。

3.禅の六祖慧能の達磨以来伝承されてきた衣鉢は、実は神会の捏造であって、史実ではないこと。(胡適や宇井伯寿の指摘)

4.達磨は一カ所に定住せず、諸国(河南省や山西省など)を旅しながら教化したのであって、嵩山少林寺で9年も面壁の坐禅をしていたという説は、没後200年以上たってから初めて見えるので、これも後世の創作らしい。

5.達磨の面壁禅は、没後400年を経た宋高僧伝に初めて見えるので、面壁禅を勧めたというわけでもないようだ。達磨の所説とされる二入四行論の中に「壁観に凝住して」(壁のように静かな状態にあって)とあるため、これから面壁を連想したのではないかとも言われる。

6.禅で最も珍重される言葉に、『以心伝心 不立文字』、『直指人心 見性成仏』があるが、いずれも8世紀の圭峰宗密の選述が最初だそうなので、これも達磨オリジナルの言葉ではないそうだ。

ということで、禅の師家もきれいなことばかりやってきたわけではないことがよくわかる。それはさておき、やはり達磨の言説の本当のところは、結局昨日記事の二入四行論あたりを見ていくしかないことに立ち返っていく。

そして達磨がかなり自由な立場で諸国を遊行し、その死もいつのことかはっきりしないような人物ではあるが、彼の伝えた冥想技法は、スワジスターナ・チャクラを重視する臨済禅とニルヴァーナそのものに進む只管打坐と大別され、その命脈は日本において保たれているとみることができる。
(参考:達磨の研究/関口真大/岩波書店)


    1日1善。1日1クリ。


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