アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

念仏は行者のためには非行非善なり

2019-10-16 05:10:37 | マントラ禅(冥想法7)
◎歎異抄のその八

マントラも本来言霊であるのだが、その精妙なバイブレーションの違いは、この粗雑な感性の時代ではあまり問題にはなるまいと言ったのはダンテス・ダイジ。

歎異抄のその八、
『念仏は行者のために非行・非善なり。わがはからひにて行ずるにあらざれば、非行といふ。

わがはからひにてつくる善にもあらざれば非善といふ。

ひとへに他力にして、自力をはなれたるゆゑに、行者のためには非行非善なりと云云。』

南無阿弥陀仏というマントラを繰り返し唱えることで、マントラシッディに至る。やがてすべてが南無阿弥陀仏である世界を経て、辺地浄土にいる自分を確認できる。そこで更に精進修行してほんまものの極楽に進む。

「わがはからひにて行じない」というのは、既に自分がないということだから、第六身体、本来の自己、アートマンを承知している境涯。

辺地浄土での修行は、死の世界の修行なのだが、それよりもまず、個なる自力でなく、全体である他力にあって、非行非善。

既に全体でなければ、非行非善とは言えないと思うが、「行者のために」敢えてそう言う。

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