アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

やってはならないこと

2007-09-16 06:31:43 | 時代のおわり
◎明治維新と薩長土肥

安倍首相は、長州閥の末裔。明治維新以来の薩長土肥、最近ではその中でも特に、政治の長州、経済の土佐・三菱(三菱のマークは土佐藩主山内家の家紋と岩崎家の家紋の合体デフォルメ。そういえば去年山内一豊の妻の大河ドラマもやってた。)の勢力が強力である。

さて碩学内藤湖南先生が、明治維新前後の人の評価について、維新後50年も経つのにきちんと再評価されていないことを大正の末年に嘆いた一文がある。これは、特に反薩長の立場に立った人達の評価が不当に低いことを嘆いた内容のものである。その中で、

久邇宮朝彦親王(1824-1891年)は孝明天皇の信任の非常に篤かった方で、孝明天皇は何もかもご相談なさったほどの方である。

孝明天皇が崩御されて後、男爵中島錫胤が、同親王謀叛の文書をもって親王の尋問にやってきた。親王は、当然ながら、謀叛は知らぬことだとおっしゃられた。その文書には、親王の手形が押してあるということで、その手形に親王が手を当ててみると、なんとその手形は親王の手より全然大きい手形であった。そこで中島男爵はそのまま引き返した。

これにもかかわらず、謀叛の嫌疑は晴れず、何の理由もなく久邇宮朝彦親王は広島に遷された。

その後赦免ということで広島から東京に戻られた時も、非常に困窮されて土佐の山内容堂侯より500両の金を借りて京都にお着きになったほどであった由。
(参考:内藤湖南全集第9巻/筑摩書房)

天皇側近の宮家を無実の罪に落とすほど、本来やってはいけない激烈な手段を明治維新の薩長土肥(鹿児島、山口、高知、佐賀)はやってきたということなのだろう。安倍首相のドタキャン辞任も本来やってはならないことだけど、その伝統を踏んだのか。

維新前後のこのような真相が明らかになっていないのは、いまだに薩長土肥が隠然たる力をもっているからだろう。中国の歴史でも前王朝がひっくりかえってから初めて前王朝の真相が明らかになるもの。


    1日1善。1日1クリ。


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2 コメント

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薩長土肥の部分 (くま)
2007-09-17 01:31:27
薩長土肥の肥は肥前の略で佐賀ですよ。念の為。
くま殿へ (湖南)
2007-09-17 05:16:44
そういえば、そうですね。
失礼しました。

ご指摘ありがとうございました。

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