アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

出口王仁三郎の伊都能売論

2017-06-23 05:56:48 | 古神道の手振り
◎伊都能売神=木の花姫神、聖観音

伊都能売については、出口王仁三郎は、無数の場所で言及しており、いささか
わかりにくいのだが、決定版のような説明が、出口王仁三郎全集(第1巻皇道編
第6篇 愛善の真意義)にある。


曰く、伊都能売の御魂の神格とは、観音に等しく、神道にては、木の花姫命のことである。

つまり仏教でいう報、法、応三身一体の観音、絶対的な一実法如の観音であり、神道の木の花姫神は、本有無作の一実体神であり、決して世界の森羅萬象の存在より推理する所の、運命上の唯一神論的の神でもなく、又単に自然界の因果律を見て宗教化した、酬因感果上の一神格でも無い。

木の花姫神は、無始本有妙覚円満の神であって、天地宇宙に遍満し一切の時、一切の処を悉く照覧するところの神である。仏教家のいわゆる、無所不至の宇宙の一大生命である。大本尊である。

しかも体の上においては、本然として衆生と一如なる神格を有したまう神であって、所謂汎神的一神観上の、あるいは一神的汎神観上の神格が、即ち伊都能売神で、又の名は木の花姫神、聖観音である。
 
信仰の上から見れば、世界一切教化の現象とも云うべきものは、悉く、観音即木の花姫神の活動であって、天地八百万の神も、仏教の諸々の仏も、諸宗教の神々も、世界一切の教典も、一切の教化的人格すなわち釈迦も、孔子も、キリストも、皆悉く木の花姫神、観音の顕現である。

世界一切宗教の本尊神は、ことごとく木の花姫神 即観音 即伊都能売神の活現であって、世界を創造したというキリスト教の神も、木の花姫神即観音の一顕現として見られるのである。厳の御魂、瑞の御魂の神も、また伊都能売神の分身的活現であります。


以上が出口王仁三郎の説明の概略だが、伊都能売の神については、これまで両性具有にこだわってコーザル体とみてきたが、そういう個的位置づけではなく、第六身体アートマンの方であることがわかった。

古事記には伊都能売についての説明らしき説明はほとんどなく、出口王仁三郎にして、ここまで描けたと思う。
コメント   この記事についてブログを書く
« 不動明王とサラマンダー | トップ | 日本の怨みを解く »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

古神道の手振り」カテゴリの最新記事