アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

姜甑山の全人類滅亡之境

2008-11-11 06:06:52 | 道教
◎新時代の開闢

ある日弟子の一人が姜甑山に対して、「新世界を開くと先生が言われてから既に長い年月が経ったが一向に時代は変わりない。他人もそれをあざ笑っている。どうか一刻も早くこの時代を立て替えて下さい」と詰め寄った。

すると姜甑山は、「人事には機会があり、天の理には天地運行の時期というものがある。その機会を作り、天の時を作るのが、この教団の行き方のルールである。そのルールを捨てて無理に立替を行なえば、億兆の生命を奪うことになりかねないので、敢えてすべきではない。」と見解を述べたが、弟子が更に、速やかに旧時代を葬るべきであると主張するので、しばらくしてから、辺山開岩寺に行き、指に水をつけて振った。

するとその方面が一気に大雨となった。その弟子は速やかに家に行って来なさいと命じられ、家に着くと、自分の弟の家が豪雨で崩れ、自分の家に避難していることを見て愕然とした。

かの弟子が戻って来て、それを報告すると、姜甑山は、「新時代の開闢とはこんなものである。天下を水で覆い、すべてのものを滅亡させ、我々だけが生きているとしても何の幸があるだろうか。」と諭した。
(参考:回天の聖者/姜甑山先生顕彰会刊)

『ある日壁に向かって横になられ、ふと大きく悲しまれ、言われるに、全人類が滅亡之境に至ったが、どう手段しても全部を救うことが難しいので、悲しまないで居られようかと言われて感泣された。』

『ある時雷雨と稲妻を大きく起こされて、いずれ私が出世する時はこれ所ではない。天地が振動し、雷声霹靂がもっと大きく起き、修行のない者は席を求めても行くことができず、誰でも途中で卒倒するであろう。必ず心をまめまめしく磨いて私を想ひなさいと言われた。』
(以上2節、回天の聖者/姜甑山先生顕彰会刊から引用)

最後の引用文は、その時には出口王仁三郎ですら気絶すると予想していることを彷彿とさせる記述である。

冥想によって心を磨くべし。「私を想へ」とは、天地の主神を想えということ。





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