アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

超能力比べ

2006-07-01 08:06:13 | 超能力・霊能力
◎神と人の関係

旧約聖書の預言者エリヤの時代に、大勢の預言者たちが二手に分かれて、超能力比べをした記録が残っている。

さてカルメル山は、イスラエルとフェニキアの国境の山である。
この山の上に450人のバアル信仰の預言者と、たった一人のヤハウェ信仰の預言者エリヤが、各々神の祭壇に雄牛の犠牲を捧げ、どちらの犠牲の上に天から火が降るかを競った。

『 彼らは与えられた雄牛を取って準備し、朝から真昼までバアルの名を呼び、「バアルよ、我々に答えてください」と祈った。しかし、声もなく答える者もなかった。彼らは築いた祭壇の周りを跳び回った。

真昼ごろ、エリヤは彼らを嘲って言った。「大声で呼ぶがいい。バアルは神なのだから。神は不満なのか、それとも人目を避けているのか、旅にでも出ているのか。恐らく眠っていて、起こしてもらわなければならないのだろう。」

彼らは大声を張り上げ、彼らのならわしに従って剣や槍で体を傷つけ、血を流すまでに至った。

真昼を過ぎても、彼らは狂ったように叫び続け、献げ物をささげる時刻になった。しかし、声もなく答える者もなく、何の兆候もなかった。 』
(旧約聖書列王記 上18)

このように、バアルの預言者は、長時間超能力の実現を祈ったがついに火は降らなかった。

これに対し、ヤハウェの預言者エリヤが祈ると、たちどころに火が降り、火は犠牲の牛や祭壇をなめ尽くし、勝敗は決した。その後エリヤは、参集していた民に、バアルの預言者を皆殺しにさせる。

神に対して、その正統性の証明とはいえども、超能力の実現をもって、神の力を験そうというのは、問題ではある。後のイエスも、神の力を験してはならぬと戒めている。超能力比べは、次元の低い征服欲の延長だからである。

この事件には、邪教の預言者といえども、本来的に神性の現れであるなどという発想は微塵もない。神と人が、きちんと意識の上で全然別の物であり、その上で個人が神を祈るという近代的な自我モデルのスタイルではなく、個人は、いわば受動的、無意識的に、預言者だけを通じて、神の意志を知るならわしであったのだろう。

というわけで、この事件には、ややキワモノ的な雰囲気を感じさせられる。バアル神をほふった剣に、エリヤがいつか倒れることがある。


    1日1善。1日1クリ。

NASA Astronomy Picture of the Day


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