アヴァンギャルド精神世界

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OSHOの高弟の死

2006-02-08 05:20:46 | クンダリーニ・ヨーガ
◎肉体へ帰還せず

OSHOの高弟で、元ハノーヴァー公国のウェルフ王子30歳(道名ヴィマルキルティ)は、1981年1月5日、日課のウォーミングアップをしている時に脳出血で倒れた。そして1月9日の晩に悟りを得て、翌10日に亡くなった。

OSHOの弔辞
「ヴィマルキルティは、祝福されている。彼はわたしのサニヤシン(弟子の修行者)の中でも数少ない選り抜きの一人て、ここにいる間中その信頼は一瞬たりとも揺らがなかった。

その信頼はトータルだった。彼は一度として質問をせず、一度として手紙もよこさず、一度として問題を持ってくることもなかった。彼の信頼は、だんだんと彼をして完全にわたしと溶け合わせてしまうほどのものだった。

彼は世にもまれなハートをもった一人だった。あのような質のハートは、この世界から消えてしまった。彼こそ本当の王子だ。本当に気高い、真の貴族だと言える。

貴族の位というは、生まれとは関係ない。それはハートの質と関係があるのだ。そして私のみた限り、かれはこの地上でもっともまれな、最も美しい魂のひとりだった。」
(反逆のブッダ/ヴァサント・ジョン/メルクマール社から引用)

OSHOは、ヴィマルキルティは、脳出血で倒れた時にまだ悟っていないのを知っていた。それで倒れてから7日間プーナの病院の呼吸装置にかけておくように命じた。の前日ヴィマルキルティが、「すること」から「しないこと」への境界線を超えたことをOSHOは確認した。(「すること」は、人間としてすること。「しないこと」は人間としてしないこと、つまり神としてすること)

この境界線を超えるためには、肉体と魂が別であることを熟知していることの他に肉体を持っていなければならないので、その肉体の内臓は、もうぼろぼろだったけれど、境界線をを超えるまで、病院の人工呼吸装置で延命させたというニュアンスのことを、OSHOは解説している。

OSHOは、「ヴィマルキルティが、二度と肉体に戻って来る必要がないだろう。彼は目覚めて去ってゆく。ブッダフッド(悟り)の状態で去っていく。」と評した。OSHOは、肉体への帰還についてはあまり関心がなかったようだ。インド人は、宇宙意識(ニルヴァーナ)まで到達することについて関心は高いが、そこから日常に戻ってくることには関心が薄いのだろう。それがインド的伝統なのだろう。

ヴィマルキルティが、インド・プーナの同じコミュニティでOSHOと暮らしながら、一度として、質問しにも来なかったというのは、覚者OSHOのバイブレーションを味わうだけでよかった段階だったのだと思う。

いつのまにか、OSHOも故人となった。残ったのは、われわれだけである。

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    1日1善。1日1クリ。


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