アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

ラーマクリシュナのチャクラ

2006-04-27 05:37:24 | チャクラと七つの身体
◎チャクラが開く

19世紀インドの聖者ラーマクリシュナは、いろいろな修行をした。

『その修行の状態であらゆる種類の驚くべきものを見ました。アートマンと交合するのを直接この眼で見ました。私のような姿のひとりの人が、私の体内に入ったのです。

そして体内の霊的エネルギーの6つのチャクラのそれぞれの蓮華と交合し始めたのです。6つの輪は閉ざされていたのですが、あっと言う間に交合し、またひとつ蓮華が開きました。そして花弁は上向きになったのです。

そのようにして脊柱基底にあるムラダーラ、生殖器の近くにあるスワジスターナ、心臓に近いアナハタ、喉のそばのヴィシュダ、眉間にあるアジナー、大脳上部にある千の花弁の蓮の座サハスラーラ。

---それらすべての座の蓮華が開きました。そして下を向いていたそれらの花弁が上向きになったのを、直接この眼で見たのです。』
(ラーマクリシュナの福音 3巻 シュリーマ(M)/著 東方出版P223から引用)

このようにチャクラが開くのを直接描写した例は稀有なことである。それでも、マニピュラ・チャクラが開いていないではないかという指摘がある。マニピュラ・チャクラは、現代人の座であり、ラーマクリシュナの場合も最初から開いていたと考えるのが自然だろう。現代人のテーマは、マニピュラ・チャクラ(社会性)からアナハタ・チャクラ(愛)への進化である。

それと、バクティ・ヨーガ(献身)が主体であったラーマクリシュナではあったが、神人と評されるだけのことはあって、ちゃんとクンダリーニ・ヨーガのチャクラの話題まで開陳してくれていることに、その自在の境地の高さをうかがい知ることができる。

目次
    1日1善。1日1クリ。


コメント (4)   この記事についてブログを書く
« アートマンとブラフマンの違... | トップ | 老子第59章 治人事天 »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
凄い体験です (Harriet)
2006-04-27 14:01:04
>マニピュラ・チャクラは現代人の座



確かに現代人は社交流儀で生きてるという気はしますが。もう少し詳しく説明していただければ嬉しいです。

我々にとって、マニピュラ・チャクラは開きやすいチャクラなんですか?
Harriet殿へ (湖南)
2006-04-28 05:26:00
マニピュラは自我の座です。個人としての欲望を持ち、それを満足させることを繰り返し、繰り返していく内に、強固な自我というものか出来上がっていきます。



それがルネッサンス以降の近代的な自我を持つ現代人です。そうした自我の集まりが現代社会ということになります。



自我はこのように、最初は、各々のオレ流の快楽追求のために発達してきたが、今はついに自我同志が衝突し合う状態になってしまっています。



このような個人の自我の強化・拡大は、程度の差はあれマニピュラ・チャクラの開花だと考えています。

開いているかいないかという議論では、現代人なら少しは開いているんだと思います。(メンタル体レベルを見れる霊能力者に確認がいると思いますが。)

有り難うございました (Harriet)
2006-04-28 14:27:03
ご丁寧な説明有り難うございました。かなり納得できた気がします。

チャクラのありようにも個人に留まらない歴史的側面があるのですね。

現代は正しく聖人待望の時代、希望です。
Harriet殿へ (湖南)
2006-04-28 21:10:36
どういたしまして。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

チャクラと七つの身体」カテゴリの最新記事