アヴァンギャルド精神世界

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古墳の時代と神代文字

2007-07-14 07:55:48 | 時代のおわり
◎文字と宗教

神代文字が日本古来の文字で、漢字伝来以前の文字であったとすれば、書物、記録は勿論、や剣や石碑にも大量に神代文字があるはずである。

さて日本では、北海道と沖縄を除いたところには3世紀中頃から七世紀初め頃までに約5千2百基の前方後円(方)墳が造られた。このうち全国で墳丘の長さが二百メートルを超える巨大なものは全国で35しかない。

門外漢の常識からすると、前方後円(方)墳の造成工事というのは、いわばゴルフ場の造成みたいな規模であろうから、全国にゴルファーがいるから全国にゴルフ場が分布するように、造成するのにこれだけ手間のかかる前方後円(方)墳が全国で造成されたということは、前方後円(方)墳の造成は食料の増産や武器の生産とは関係なさそうなので、前方後円(方)墳への埋葬を強制する中央集権的な権力があったと考えるのが穏当ではないだろうか。  

また8世紀のキトラ古墳以後はパタっと古墳造成が止まったので、この頃前方後円(方)墳宗教が廃れたと見るのだろう。

従って前方後円(方)墳の宗教がいかなるものであったかが、当時の主権者が日本在来系か朝鮮系か中国系かはたまた沿海州系かを特定する鍵になるように思う。

埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣には黄金の象嵌で漢字115文字が刻まれており、剣の作成年代は5世紀(471年が有力説)とされる。雄略天皇の軍事部門の高官であったオワケさんがこの鉄剣を作ったなどと書かれている。

これで、五世紀は、天皇周辺では漢字が使われていたわけで、神代文字の位置付けがまた疑問になるのである。何故神社を中心に神代文字が残っているかである。

稲荷山古墳の埋葬では漢字だったが、神代文字と古墳の埋葬を奨励している宗教は関連があったのだろうか。

かの仁徳天皇陵は、長さ486メートルと古墳中最大であるが宮内庁の発掘許可が出ないので、発掘はまかりならず、古代史の謎は土中に埋もれたままである。


    1日1善。1日1クリ。

仁徳天皇陵



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2 コメント

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Unknown (hindyquest)
2007-07-14 18:50:28
神代文字は50音図(古代インドの音韻論の成果)に対応するそうなので、古代文明の海をこえた広がりを前提にしなければ偽作説が優位になります。

完全に推測ですが、古代インドの50音図の成立には、インド系の文明が太平洋に進出していったことと関係があるのかも。

たとえば現地語を表記するために開発されたのかもしれません。

>前方後円(方)墳の宗教がいかなるものであったか

この問題意識、好きです。
前方後円墳を素直に見ればヨーニの形ですよね。
ですが「死後は子宮に還る」という世界観はかなり一般的です。古墳の巨大さを別にすれば、世界中どこでも同じような宗教があるようには思います。

hindyquest殿へ (湖南)
2007-07-15 07:27:33
サンスクリットの母音は5個どころではなく、20個くらいはあったように記憶していますので、50音はサンスクリットとは別ものだと思います。

またわ行とや行には日本語では用いられない発音がありますが、それらの一部が朝鮮の発音だったり、南方の発音だったりするそうなので、それが50音の由来を知る手がかりだと思います。(日本語は50音と言いながら、使っているのは、45音)

前方後円墳は、あの人口の少ない時代にあの大土木工事をできる動員力があったかも疑問なので、それはピラミッド同様、成立年代への疑問にもつながっていきます。

またネタが出てくれば書いてみます。

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