アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

趙州の暮らし向き

2008-03-06 06:11:49 | マインド・コントロール
◎この世が思い通りにならないこと

ままならぬこの世に生きることに、どうしようもないやりきれなさを感じて、道心というものが芽生える。そうするとスピリチュアルや古典的宗教に関心が向くことになる。

趙州は、超有名な公案である無字の公案の出所であり、非常に達者な人間であるが、それでも周辺の村人の求道に対する無理解には頭にきていたらしく、次のような詩を残している。

剃髪してこんな生活になってしまうとは、誰が思ったことだろう。
是非もなく請われて村の寺の僧となった。
村人に馬鹿にされるは、食べるものはないわで、死にそうになるほどである。

村には、(求道のことなど知らぬ)八さん、熊さんばかりで、僧に対する尊敬の気持ちなどさらさらない。

こうした人が突然玄関にやってきては、お茶を貸してくれ、紙を貸してくれと物をねだりに来るだけである。


さて極貧にあっては、なけなしの私物を差し出すことが自分の死に直結することもあるが、それにもかまわず差し出すのが、道者である。

よく他人のことを「自分のことしか考えていない」と批判する人がいるが、本当に他人のことを考える人であれば、自分の持ち物は、ためらわず喜んで何でも差し出すのだろうが、そうした姿勢は今の生活習慣、社会通念とは相容れない。

我が身を犠牲にする、我が持ち物を喜んで与えることが、本来の道者の姿であるが、その生活ぶりは、恐ろしく苛酷になりがちであるがゆえに、マスコミ受けはしないし、入門者をしばしばたじろがせることになる。それでも本物はその方向にしかない。


    1日1善。1日1クリ。




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