アヴァンギャルド精神世界

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年齢と霊能

2017-07-23 06:46:50 | 超能力・霊能力
◎気のエネルギーの転換

出口王仁三郎は、死ぬまで霊能者であり続けたし、空海などもそうだったと思われる。天海などは、霊能者でありながら百歳超まで長寿であったのは、何か思うところがあったのだろうと思う。

本山博は、『生まれつきの霊能者は、年をとると身体の中の気のエネルギーが少なくなってくるので、チャクラで気のエネルギーを霊的なものに転換することができなくなってきます。』(スピリチュアリティの真実 本山 博/著 PHP研究所P22から引用)と述べ、自分で自分のエネルギーを消費して霊能を発揮しているタイプの霊能者は、60歳くらいになると霊能が消えるなどと書いている。

オウム真理教の教祖は、初期にはシャクティ・パットで何かエネルギーを注入するようなことをやっていたらしいが、ある時シャクティ・パットをやった直後にひどく衰弱し寝込むことがあって、以後一生懸命にはやらなくなったらしい。(かの教団の弟子には、高額な(30万円とか)シャクティ・パットを受けた弟子が多くかつ記録も著作として結構残されており、最近関係書を何冊か読んでいたが、どうもこんな具合らしい。)

本山博は、霊能力が消える実例として、心霊手術者を挙げ、霊能力がなくなって後は、うさぎや豚の血を使って、それを心霊手術で出た血だと誤魔化すことがあったとする(心霊手術と称するようなものを日本でやると医師法違反ですが。)。

実は霊能を使うと思われるメンタル・スポーツにも同様のことがあるのではないかと思われる。たとえばゴルフとかアーチェリーとかボーリングとか。サッカーでもバルセロナのメッシのシュートは人間技とは思えないところがある。

中国の神話にも弓の名人が登場し、弟子と弓で対決するのだが、双方矢じり同士が正面でぶつかるという何本かの応酬の末に、最後名人がすべての矢を打ち切った。これに対し、弟子が残った1本を名人に向けて放った。名人はこの矢を身を躱すことなく、正面から受け、なんと飛んできた矢を歯で噛みとめて、弟子を打ち破ったというのがある。

矢じり同士がぶつかるのは双方超能力者だが、自分のために用いる超能力霊能力は、最後は陥る。弟子が師匠を襲うのは天意にそむく。

自分のために用いない霊能力、超能力は、天意神意に沿うものであって、出口王仁三郎が同じことを二度と言えないと言ったのにはそういう消息が窺える。


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