アヴァンギャルド精神世界

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平和、平和と唱えているうちに亡国になった国

2015-02-25 06:51:23 | 時代のおわり
◎亡国のビジョンは頻発しているか

平和、平和と唱えているうち亡国になった国があった。
それは、チベットのことである。

チベットは、七世紀に唐から文成公主を嫁入りさせた頃が最大の軍事大国であったが、聖王統治も次第に国力を弱体化させ、17世紀清朝成立後は、清朝に服属したものの、清朝はチベット密教尊崇国家であるがゆえにあからさまなチベット侵略に出ることはなかった。

18世紀になる頃には、チベットの内紛を平定するために、テレビドラマ『宮廷の諍い女』でイジメ役として名を馳せた華妃の兄年羮尭が青海に軍を進め乱を治めた。

しかし清朝のチベット支配は、徐々に力を失い、20世紀に入ると、ロシアと英国の侵略の脅威に挟み撃ちとなり、ヤングハズバンド率いる英領インド軍のチベット侵攻と虐殺事件などで、チベットはますますその国力を衰退させていった。

1905年、四川総督の趙爾豊は四川軍を率いてチベットに侵攻、1910年、ラサに入城した。ダライ・ラマ13世はインドへ逃れたが、1912年辛亥革命で清朝が滅亡するとラサに戻った。

以後英国、ソ連、中国の角逐の中で、1950年までチベットは自治国として維持されていく。中共は、1950年から東チベットを侵略開始し、ダライ・ラマが1959年インドに亡命して、ここに事実上チベットは滅亡した。

チベット密教の聖職者が、中国人民解放軍によってチベットが占領されるビジョンを見た話は、20世紀のチベット物を読むと至るところに出て来る(日本でもそういう話をよく聞くようになったら危ないということでしょう)。ダライラマは、1959年の自身のラサ脱出までは、中共といえども話し合えばわかるなどと考えており、結果から見て、見通しが甘かったという批判はあるかもしれないが、聖王というものはそのように動くものだろう。覇王ではないのだから。

軍事的に見れば、チベットは、結局自衛に足る軍備を18世紀以降持たなかったために、以後国際政治のリアリズムに翻弄され、結局亡国となった。

日本は核の傘を借りて、通常兵器部分だけで、「自衛」軍備としている。ところが軍備は国を守る力の半分に過ぎず、残り半分は情報(インテリジェンス)である。日本には、対外情報組織はないに等しく、情報サポートのない軍備は、子供が立派な真剣を振り回しているようなもので、ものの役にはたたない。ミッドウェーに向かう大日本帝国海軍は、暗号を解読されたことで、壊滅的打撃を受けたが、それはインテリジェンスの差であった。きちんとした在外情報機関があった戦前であってすらインテリジェンスで敗北したのに、目も耳も効かない今の日本はそれよりも更に危ういのではないか。

憲法9条に平和を謳っているからずっと平和でいられると思い込んでいる国は、中共侵攻前に「話せば中共もわかってくれる」と唱えていたダライラマのチベットにも似ている。そういうのもマインド・コントロールと呼ぶのではないか。

国が危ないのは、原発や放射能や経済や政治もさることながら、人心が危ないことを云う。

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