アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

九つ花から十曜へ

2015-04-23 05:05:48 | 古神道の手振り
◎逆転のイメージ

九つ花は、霊界物語にも大本神諭にも出て来る。九つ花が満開になると十曜の神紋に変ずるというのが基本的なモチーフ。

綾部に九つ花が咲くとは、綾部とは今ここのことだから自分のこと、九つ花とは、10チャクラ中のサハスラーラ・チャクラ以外の9チャクラ。古神道は十種の神宝だから10チャクラ説をとる。

大本神諭に九つ花は誠から咲き出るとするが、誠とは、悟りのことであり、個を残したコーザル体レベルのことか。十曜の神紋は神の側だからアートマン第六身体のシンボルだろう。

9月8日は、旧体制の終わりであって、9月9日はひっくり返って新体制になっている。シンボリックな9月8日に全世界の身魂の審判があって、それで世の中が切り替わる。世の中が切り替わるとは、逆立ちや、逆十字や、逆さ吊りのモチーフで、タロット・カード、北欧神話、キリスト教、世界樹など多くのところで目にすること。

霊界物語2巻付録第一回高熊山参拝紀行歌
『誠一つの教子は  神と君とに二心
 吾あらめやと仕へ行く  三四の栄は五までも
 六び栄えよ七の国  神徳かをる大八洲
 九つ花の咲き出でて  常夜の闇を照らし行く
 十曜の神紋きらきらと  輝く棟を眺めつつ
 玉の御柱つき固め  栄ゆる御代を松村や  (松村仙造)』

霊界物語5巻6章聖地の憧憬 言霊の響
『朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  假令天地は倒に
 地は覆へり天となり  天はかへりて地となるも
 何と詮方千秋の  恨を胎すな万歳に
 神の恵の言の葉に  眼をさませ百の神
 耳を欹だて聞けよかし  聞けば香ばし長月の
 九月八日のこの経綸  九つ花の開くてふ
 今日九日の菊の花 』

霊界物語60巻5篇 金言玉辞 三五神翰(その五)
『九つ花が咲きかけたぞよ。九つ花が十曜(とよう)に成りて咲く時は、万古末代しほれぬ神国の誠の花であるぞよ。心の善きもの、神の御役に立てて、末代神に祭りて此世の守護神といたすぞよ。此世初まりてから、前にも後にも末代に一度より無い、大謨な天の岩戸開きであるから、一つなりとも神の御用を勤めたら、勤め徳であるぞよ。それも其人の心次第であるぞよ。神は無理に引張りは致さんぞよ。』

大本神諭 明治三十一年旧十一月五日
『開いた口も閉まらぬ如うな事が出て来るぞよ。世が代るのであるから、是迄に無かりた事が出来るぞよ。日本の国は是位い尊とい国といふ事を、今度世を切替に致して、表に現はれて、三千世界の政教を立替て、金神が世に出るぞよ。此の誠は九つ花の元じゃぞよ。九つ花は誠から咲せる花で在るから、三千年経綸を致した、誠の花の本で在るから、誠の人の世話でないと、此の御世話は出来んぞよ。』

大本神諭 明治三十一年旧十二月廿六日
『今度は三千世界の身魂の審判で在るから、全然斯世が転覆へるぞよ。大分心配を為んならん御方も出来るぞよ。万古末代世は持切りには致させんぞよ。けれども綾部に九つ花が咲いたなれば、万古末代しほれぬ花で在るぞよ。九つ花の初りで在るから、中々判らねども、モウ判るが近うなりたぞよ。』
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